第3章 映像等が身体に与える影響



 本章では、映像などが身体に与える影響についての検討状況について紹介する。
 まず、本検討会における検討の契機となった「ポケットモンスター問題」の個別
症例について医学的に調査・研究を進めている厚生省研究班の概要について述べ
る。これは、厚生省研究班における個別症例の精査と当検討会における議論とは密
接に関連するものであり、実際、事務局が相互にオブザーバー参加するなど連携を
とりながら論議を深めてきたものなので、まず紹介するものである。
 次に、今回の症例に関係すると推定される医学的分野に関するこれまでの研究成
果を抄述する。
 また、従来までの映像が身体に及ぼす影響のほかに、今後発展することが予想さ
れる新たな映像表示が視覚機能に及ぼす影響や、人間の成長段階における影響の相
違、音が聴覚機能に与える影響についても簡単に紹介する。

 1 厚生省研究班の成果の概要

  (1)厚生省研究班の概要
      ポケットモンスターの問題については、厚生省でも、平成9年12月
     から厚生科学特別研究「光感受性発作に関する臨床研究」として研究班
     (班長:山内俊雄埼玉医科大学教授)を設け検討が進められた。同研究
     班では、主に今回体調に不調を訴え病院で治療を受けた方の個別の症例
     について調査し、その原因等について研究を進めた。同研究班は、4月3
     日に報告書の速報版を公表し、さらに6月25日に最終版を公表した。

  (2)厚生省研究班の研究報告の概要   
      同研究班では、実態調査班、症例検討班及び基礎研究班の3つの班に
     分かれて研究を進めた。
      同研究班の研究結果により、次のことがおおむね明らかになってきて
     いる。
    ア)これまでの研究結果からいえること
      各分担班の研究から、今回のアニメ番組を視聴していた20歳までの若
     年者についての健康被害(発作を含む。)をまとめると、次のとおりで
     ある。
     1.番組を視聴していた人のおおよそ1割の者に健康被害が出現したと
      推定される。
     2.健康被害の内容でもっとも多かったのは「眼がいたく」なったり 
      「きもち悪く」なったり、「頭がぼー」としたり、「はきけ」がした
      りといった眼・視覚系、不快気分、頭部・胃腸症状であったが、けい
      れん様の症状も数%に認められたものと思われる。
     3.医療機関を訪れた者の中で、発作性の症状を呈した者は8割を超 
      え、その中でけいれんが66.3%の者に認められた。残りは頭痛、嘔吐、
      不定愁訴などであった。
     4.発作症状を呈した者のうちで、てんかんの診断を受けたことがあっ
      たり、現在抗てんかん薬を服用中の者は約3割で、その中で、抗てん
      かん薬を服用していた者の中にはけいれん発作を示さず、視覚発作や
      意識減損にとどまった者がいた。
     5.医療機関を受診したもののうち半数はこれまでに一度も発作症状を
      経験したことのない人たちであった。これらの人たちの77.3%がけいれ
      ん発作を呈した。
     6.医療機関を受診した人たちの中で、一般脳波検査で異常が認められ
      た者が約5割認められたが、これまで一度も発作性の症状を示したこ
      とのなかった人たちの中でも37.5%に脳波異常が認められた。
     7.医療機関を訪れた者で、検査が可能であったもののうちの6割を超
      える者に光賦活脳波で突発性脳波異常、すなわち光突発反応が見ら 
      れ、これまでに発作の既往がない者でも65.6%に光突発反応が見られ 
      た。
     8.一般脳波、光賦活脳波ともに異常がなかった者は医療機関を訪れた
      者のうちの1/4に認められた。この群では自律神経症状、嘔吐や不
      定愁訴を示したものが多かった。このようなケースが実態調査で見ら
      れた健康被害の多くを占めていたと推定された。
     9.健康被害を呈した映像は12Hzの赤・青複合点滅刺激であったが、一
      般に10Hz前後以上の高頻度の赤・青複合点滅刺激が健康被害を誘発す
      るリスクが高いと考えられた。
    10.近い距離で、かつ暗い部屋でテレビなどを視聴することが、健康被
      害を増強する一因となることが推定された。

    イ)症例検討の結果から考えられる病態
       専門医による診察並びに脳波を主とする臨床神経生理学的検討の結
      果から、今回の当該映像により健康被害が生じた人たちには、次のよ
      うな異なるグループが存在したものと考えることができる。
       第1型:病態としては、てんかんあるいはてんかんに近い発作発現
          病態を有すると考えられるもので、その意味では従来から、
          光感受性発作を有するてんかんとして知られていた、いわゆ
          る光感受性てんかんに相当する。
       第2型:一般脳波では異常波を認めず、光刺激で初めて光突発性反
          応(PPR)が認められたもの。いわゆる光感受性発作の純粋 
          型。小児期、思春期の若年期に見られることが多く、その意
          味では年齢依存性であり、女性に多く見られる。発作症状は
          全般性のけいれん発作を示すものが多い。
       第3型:一般脳波でも、光刺激時にも何ら脳波で異常が認められな
          いもので、この群では吐き気、頭痛、不定愁訴などが多かっ
          た。どのような機序によってこれらの症状が出現したかは不
          明であるが、ひとつの可能性として、視覚刺激による視覚・
          小脳・迷路系を介する自律神経系の過剰興奮など、いわゆる
          動揺病と類似の機序や心理的要因の関与が想定される。

    ウ)対応
      当面考えられる対応は、以下のとおりである。
      1)特別の誘因もなく自発性の発作を呈したり、自発性の発作がなく
       ても、テレビなどの光刺激によって発作性の症状が繰り返し出現す
       る場合には、医学的診察、特に脳波検査を受ける必要がある。
        (1)一般脳波で突発性異常波が見られ、かつ光刺激で突発波が誘発
        されたときには、治療の必要性並びにテレビなどによる光入力に
        対する防御策の指導を専門家から受けるべきである。
        (2)一般脳波では異常がなく、光刺激にだけ反応して突発性異常波
        が誘発されるときには、強い光入力を避ける工夫が必要である。
        このタイプでは年齢とともに光誘発発作は起こりにくくなるのが
        一般的である。
        (3)以上のような脳波異常を示す者は全体として少なく、多くは光
        刺激が自律神経系の症状や視覚系の症状を呈することがあるの 
        で、テレビなどは明るい部屋で、少なくとも1メートル以上は離れ
        てみることが好ましい。
      2)例えば、赤・青色の点滅で、その周波数が比較的高頻度といった、
       症状を引き起こすリスクの高い視覚刺激を避けることが望ましく、
       テレビだけでなく、光を媒体とする工学機器は十分にこの点に配慮
       すべきであろう。



2 これまでの医学的研究成果(文献調査)

  (1)光感受性(Photosensitivity)とは
       光感受性とは、光等の視覚刺激により脳波上にてんかん波の出現を認
     める状態をいう。
      発作を伴うもの(光感受性発作photosensitive seizure)もあるが、
     脳波上のてんかん波のみで一生発作を発現しないものもある。
      多くの場合は素因規定性であり、年齢依存性発現を示す。
      一方、てんかんは一般に誘因なく発作が反復する慢性の大脳疾患をさ
     す。てんかんの特殊型として、光感受性てんかん(photosensitive   
     epilepsy: PSE)がある。PSEは、光(視覚)刺激によって発作が誘発さ
     れるてんかんをいう。光刺激によってのみ発作が誘発されるPSEと、光の
     誘因なしに自発する発作をも併発するPSEがある。
       〈PSE関連報告の経緯〉
        1946年 Walterが,閃光刺激によって脳波に発作波が誘発され 
            ることを報告
        1952年 Bickfordが、中枢神経系の光感受性を反映する光けい 
             れん反応と、眼輪筋の筋電図が誘発される光ミオク 
              ローヌス反応とを区別した
        1952年 Livingstonが、テレビてんかんを最初に報告
        1981年 Rushtonが、スペースインベーダてんかんを最初に報告
        1989年 わが国で前田らがテレビゲームてんかんを報告
        1992年 Waltzらは中枢神経系の光感受性を反映する光突発反応 
             として、4類型を報告
             ○ 光突発反応の4類型
               第1型:閃光に一致する後頭部の棘波
               第2型:後頭部優位性を示す棘徐波
               第3型:後頭部優位だが前頭部にも波及する棘徐 
                    波
               第4型:全般性棘徐波複合(光けいれん反応と同
                    一、これのみを光感受性と呼ぶべきで
                    あるという意見もある)

  (2)原因となる視覚刺激について
     ア 視覚刺激の物理的性質
      1) 閃光点滅刺激
      (ア)周波数:10〜30Hzで賦活効果(刺激により脳内に反応を起こす
        効果、又は起きる反応の大きさ)が大きい(Kasteleijn-Nolst  
        Trenite 1989, Harding et al 1994). 特に15〜18Hzで大きい 
        (Binnie et al 19929)。
         開眼では20Hz以下、閉眼時では20Hz以上で賦活されやすい  
        (Harding et al 1994)。
         小児では10Hz以下で賦活されやすく、思春期以降では10Hz以上
        で賦活されやすい(Laget et al 1954)。

      (イ)色:白色閃光よりも,赤色閃光の賦活効果が大きいとする報告
        が多い(Carteretteら 1952, 高橋1976, 1981, Harding et al  
        1994)。
         一方,青色は賦活効果が小さい(高橋1976, Harding et al  
        1994)。
         閉眼時の方が開眼時よりも賦活効果が大きいとする報告が多い
        が(Bickford et al 1953, 1969, Kooi 1971, Panayiotopoulos  
        1974)、眼瞼が赤色フィルターの役割をしているという説がある。

      2) 図形明滅刺激
       (ア)図形:密で単純な図形(縞模様,水玉模様,格子模様,渦巻
         き模様など)が賦活効果が大きい(Bickford & Klass 1962,  
         Klassら 1976)。とくに格子模様で大きい(Wilkins et al   
         1979)。縞模様では、斜めの縞よりも、垂直の縞模様で誘発さ
         れやすい(Bickford & Klass 1962)。

       (イ)コントラスト:コントラストの強さと賦活効果が比例する 
         (Wilkins et al 1979)。

       (ウ)位置:画面中央の図形の賦活効果が大きい。

       (エ)大きさ:視覚48度までの範囲では、刺激の大きさに比例して
         賦活効果が直線的に大きくなる(Wilkins 1989, Kasteleijn- 
         Nolst Trenite 1989, Binnie ら1992)。

       (オ)空間周波数:縞図形や格子図形では、図と地が1対1で、視覚
         1゜に対して2〜4Hz幅の図形が賦活効果が大きい(Wilkins et al
          1979, 1989)。

       (カ)光感受性との関連:閃光刺激に感受性を示す例は、30パーセ
         ントが静止した縞模様に、70パーセントが反転する縞模様に感
         受性を示す(Wilkins et al 1980)。脳器質障害をもつ例を除い
         て、閃光刺激に感受性がなく図形感受性のみを示す例は極めて
         少ない(Binnie et al 1992, Brinciotti et al 1994)。

     イ テレビによる視覚刺激
       1) テレビ映像はストロボなどの閃光刺激に比べると低輝度であり
        (現行の脳波検査のストロボが4000−5000cd/m2に対してテレビ画
        面の平均的明るさは20cd/m2)、テレビ映像と同程度の輝度での光
        刺激による研究(Takahashi et al 1995)によると、最も反応の大
        きい光刺激は以下のとおり。
          ○ 20cd/m2の赤色点滅(15Hz)
          ○ 2cycles/degreeの幾何学図形の点滅(20Hz)

       2) テレビによる図形明滅刺激:ITCのガイドラインでは、通常の対
        角線が25インチのテレビを、2m離れて見る場合を想定し、幅0.4
        〜2cmの縞模様(画面全体が縞模様の場合には10〜40の縞模様=1
        〜5cycles/degree)はさけるべきであるとしている。

       3) テレビ画面自体の明滅:暗い部屋でテレビから1〜2m離れて見
        ているときに起こりやすい(Wilkins 1979, Binnie 1992)。フィー
        ルド数が50Hzの欧州で多く、フィールド数が60Hzの北米では少な
        い(Quirk et al 1995)。
       テレビから2メートル以上離れ,部屋を明るくするか,テレビの上
        にテーブルランプを置くかして、テレビに近づくときは片眼を手
        で覆うと誘発されにくくなる(Harding et al 1994)。

       4) 飛越走査による走査線の明滅:明るい部屋でテレビのごく近く
        で見ているときに誘発されやすい(Wilkins 1979), Binnie   
        1992)。テレビから離れるか、あるいは小さなスクリーンで、縞模
        様を判別できない場合には誘発されにくく、テレビに近づくとき
        は片眼を手で覆うとよい(Harding et al 1994)。

     ウ 視覚刺激に対する開閉眼の効果
       1) 単眼と両眼:単眼刺激に比べ両眼刺激は数倍の賦活効果を示す
        (Wilkins et al 1979, Binnie ら1992)。

       2) 開閉眼:光感受性をもつ例では、閉眼によって発作波が誘発さ
        れることがあり、やや年長者で脳器質障害をもつ例に多い(高橋 
        1976)。閉眼による誘発は、明るい照明下で起こりやすく、暗い
        環境では起こりにくい(Harding et al 1994)。

       3) 眼球運動:光感受性をもつ例では、自発的な眼球偏位によって
        発作波が誘発されることがあり、やや年長者で脳器質障害をもつ
        例に多い(高橋 1976)。

(3)健常者にみられる光感受性について
    1) 健常者にみられる光感受性の頻度が異なる理由は、光感受性の定義 
     (狭義の光けいれん反応か、広義の光突発反応か、ときには徐波群発を
     も含めた報告もある)と、光刺激の方法(閃光刺激か、図形刺激か、そ
     の他の物理的性質)が異なるためと思われる。

    2) 小児期後期から思春期前期にかけて頻度が高く(Jeavons et al 1982,
      Kasteleijn-Nolst Trenite 1989, Doose et al 1993)、12〜14歳が 
     ピーク (Binnie et al 1992)。

    3) 光感受性の平均消失年齢は20歳代(Kasteleijn-Nolst Trenite 1989, 
     Harding et al 1994)だが、遺伝的負因の明らかな例では成人以降も長
     期にわたって持続する (Doose et al 1987, 1993, Harding et al   
     1994)。

    4) 女性で頻度が高い(Doose et al 1973, Eeg-oloffson et al 1971,  
     Wilkins 1980, Kasteleijn-Nolst Trenite 1989, Walz et al 1992,  
     Binnie et al 1992, Doose et al 1993, Quirk et al 1995)。

    5) 光感受性は遺伝性を示し、光感受性をもつ発端者の同胞では40%前後
     で、両親では16パーセント前後で光感受性が証明される(Doose et al  
     1973)。

    6) 健常者(1〜16歳)の7.6パーセントが光感受性を持ち、このうち発
     作が出現する頻度は5パーセント(健常者の約0.4パーセント)、20歳
     まで発作を繰り返してんかんと診断される例は3%(健常者の約0.2%) 
     (Doose & Waltz 1993)。光感受性のみでは何ら臨床症状を伴わないこと
     が多く(So et al 1993)、てんかんの家族歴がある例や光刺激以外でも棘
     徐波が出現する例で発作の頻度が高い(Doose et al 1973)。

    7) 光感受性をもつ例では中枢神経系の過興奮性があり、失神、夜驚、食
     思不振、血管性頭痛(特に偏頭痛)などの非てんかん症状がみられるとの
     報告もあるが、実証的なデータは少ない(Gross-Selbeck 1978, Doose et
      al 1993)。

         表  健常者にみられる光感受性の頻度
   研究者   
 対象年齢 
 症例 
  %  
   反応の種類   
Herrlin  (1954) 
0〜15歳   
70例  
1%    
著明な2〜5Hz波群発  
Eeg-Oloffson   
  (1971)     
         
1〜15歳   
      
      
605例  
    
    
4.1%   
     
14.2%   
全般性徐波群発あるい 
は棘徐波群発     
局在性棘徐波     
Brandt et al(1961)
1〜16歳   
120例  
8.3%   
全般性突発性群発   
Doose & Waltz   
  (1993)     
1〜16歳   
      
662例  
    
7.6%   
     
光突発反応      
           
Papatheophilon et 
al    (1976) 
12 〜16   
歳男性   
223例  
    
1.3%   
     
棘徐波あるいは多棘徐 
波群発        
Eeg-Oloffson(1971)
16〜21歳  
185例  
1%    
突発性活動      
Gregory et al   
     (1993) 
17〜25歳  
      
185例  
    
0.35%  
     
全般性棘徐波     
           
Mundy-Castle   
(1953)     
22±5歳   
      
154例  
    
3.9%   
     
多棘波,多棘徐波   
           
Kooi et al(1960) 
20〜60歳  
121例  
3.3%   
光けいれん反応    

(4)光感受性てんかんについて
   光感受性てんかんを持つ人は、光感受性を持つ人の中で一定の割合を占め 
  る。
   光感受性てんかんには、純粋光感受性てんかん、及び自発発作を持つ光感受
  性てんかんの2種類がある。
   以下の表に、純粋光感受性てんかんの患者と自発発作を持つ光感受性てんか
  んの患者のそれぞれにおいて、どのような種類の発作が起きやすいかを示す。

     発作の種類     
               
純粋光感受性
 てんかん 
自発発作を持つ光感受性てんかん
               
    強直間代発作     
  84.0%  
     55.0%        
     欠神発作      
  6.1%   
     15.2%        
   ミオクロニー発作    
  1.7%   
     7.9%        
     部分発作      
  2.8%   
     1.3%        
      混合       
  6.1%   
     20.5%        
 ミオクロニー発作と他の発作 
  2.2%   
     15.2%        
                        (Harding & Jeavons, 1994)

   ア 純粋光感受性てんかん
     1) 純粋光感受性てんかんは、光刺激の存在下のみで発作を起こし、閃
      光刺激によって脳波に光突発反応が誘発される。小児期後期から思春
      期にかけて多く、女性に多い(Harding et al 1994)。自己誘発性発作
      もみられる。

     2) 全般てんかんが多く、強直間代性発作がほとんどで、欠神発作、ミ
      オクロニー発作がときにみられる(Binnie et al 1992, Doose et al 
      1994)。

     3) まれに部分発作もあり、後頭葉起源の発作で、単純な視覚症状、頭
      痛、上腹部不快感、嘔吐を伴い、意識が軽度障害される場合と全く障
      害されない場合とがある(Guerrini et al 1995)。

     4) 光感受性てんかん全体の中で純粋光感受性てんかんの占める比率 
      は、40パーセント(Binnie 1992)あるいは3パーセント(高橋 1996)と、
      報告により異なる.

     5) テレビてんかんといわれるもののなかで、テレビを見ているときに
      のみ発作が生じるものは純粋光感受性てんかんと考えられ、他に自発
      発作を有する光感受性てんかんがある。テレビにもまるで吸い込まれ
      るように凝視して、発作が誘発される自己誘発発作が報告されている
      (Andermann 1971)。

     6) ビデオゲームてんかんにも、ビデオゲーム中あるいは直後だけに発
      作が誘発される一次性ビデオゲームてんかんと、自発発作をもつ二次
      性のビデオゲームてんかんとがある(高橋1994)。必ずしも光感受性や
      図形感受性が証明されず、低年齢層では53〜56パーセント、高年齢層
      では29パーセントが光感受性を示すが、他は眼球運動、手指運動、注
      意集中、情動変化などの関与が推定されている(高橋1994)。特定の場
      面で、ゲームに集中しているときにのみ、発作波が誘発される例もあ
      る(Maeda et al 1990)。
       疲労や断眠も間接的誘因となる。一般の光感受性てんかんと異な 
      り、男児に多い(高橋1994)。男児が好んでビデオゲームを行うため 
      (Maeda et al 1990)との説明もあるが、長時間のビデオゲームがより
      危険であるという証拠はない(Harding 1994)。
       最初の発作がビデオゲームによって誘発される例は1年間に10万人中
      1.5人(Quirk et al 1995)で、一般のてんかん例でビデオゲーム中に
      も発作を経験した例は6パーセントという(Kato et al 1994)。

   イ 自発発作をもつ光感受性てんかん
    1) 自発発作をもつ光感受性てんかんは一つの疾患ではなく、複数のてん
     かん症候群にみられる病態である。安静時や過呼吸時,睡眠時にもてん
     かん性異常波が出現することが少なくない。3分の2は女性で、家族性
     を示すことが多く、一般にバルプロ酸ナトリウムによる治療によく反応
     する。年令とともに光感受性が消失する例が多い。

    2) 英国における疫学調査では、年間発生率は10万人中1.5人(てんかんの
     初診例の2パーセント)、7-19歳に限ると10万人中5.7人(てんかん初診
     例の10パーセント)(Quirk et al 1995)。

    3) 約80パーセントの例は日常生活の光刺激で発作が誘発され、テレビに
     よる誘発が最も多く、次いでデイスコの照明や太陽光線のちらつき(木
     漏れ日、水面や雪面など)がある(Binnie et al 1992)。

  てんかん全体          
 5%(Kasteleijn-Nolst Trenite 1989) 
  小児てんかん全体        
   10%(Binnie et al, 1992)   
A.特発性全般てんかん       
  若年性ミオクロニーてんかん   
  小児欠神てんかん        
  覚醒時大発作てんかん      
        21%         
        30%         
        18%         
        13%         
B.特発性局在関連てんかん     
         3%         
C.症候性/潜因性全般てんかん   
  重症ミオクロニーてんかん    
         5%         
        71%         
D.症候性局在関連てんかん     
         3%         
E.分類不能型           
         3%         

   ウ 自己誘発効果
     1) 光感受性てんかんの約3分の1に自己誘発発作がみられ、当初は知
      的障害を合併する例に多いと報告されたが、正常知能例でも少なくな
      い(Kasteleijn-Nolst Trenite 1989, Binnie et al 1992)。

     2) 自己誘発発作は、ゆっくりと閉眼して、眼球を極端に上転すること
      で、欠神発作(自己誘発発作の44パーセントがこの発作型)やミオク
      ロニー発作(同33%)を誘発することが多く、周囲の人に気付かれに
      くい(Green 1966, Darby et al 1980)。

     3) 明るい環境下で、ストレス状況下におかれると、自己誘発発作が増
      えるという(Darby et al 1980, Kasteleijn-Nolst Trenite 1989)。
      しばしば強迫的な傾向を示し、通常の抗てんかん薬治療に抵抗する 
      (Kasteleijn-Nolst Trenite 1989)。

(5)動揺病(モーションシックネス:Motionsickness)について
    1) 動揺病はめまいの一種であり、乗り物酔いともいわれ、乗り物による
     内耳(迷路)への異常な加速度刺激の繰り返しにより、一時的な冷や 
     汗、吐き気、生唾等の自律神経機能障害を起こして生じる体の病的状態
     である。胃腸の不調、睡眠不足、過労等があると起こりやすい。

    2) 臨場感あふれる映像(仮想の視覚の動き刺激)に対して、動きの視覚
     感覚が生じ、これと前庭機能(内耳の平衡器官)や深部知覚(四肢や頚
     からの情報)とが矛盾することで、肉体的には固定している自分が強制
     的に動かされているという感覚が生じ、動揺病に似た症状が生じる。ま
     た、このような体性感覚入力以外にも、情緒的、心理的、身体的諸要因
     等が発症因子として関与するといわれている。その症状はさまざまで、
     眼精疲労、頭痛、顔面蒼白、発汗、口内乾燥、胃部膨満感、意識混濁、
     方向感覚障害、めまい、嘔吐等である。

    3) 年齢としては、2歳以下は動揺病を受けにくく、3〜12歳が最も受
     けやすく、12〜20歳で減少し、50歳以上では稀になるという報告
     がある(Reason 1967,Reason and Brand 1975,Biocca 1992)。

    4) 広い視野で動的視覚刺激(単純なパターンが多い)を被験者に提示す
     る実験的研究によると、次のような指摘がなされている。
      ・ 動的映像に臨場感が増す(3次元映像等)ほど動揺病に至る自律神
        経の不調を生じやすい(矢野 1991)。
      ・ 動的映像に臨場感が増すほど意識外の誘導性身体運動を誘発し、そ
        れが動揺病を発症させる(清水他 1991)。

(6)新たな映像表現の視覚機能に及ぼす影響
  ア 3次元映像表示の効果(人体への影響)
  1) 「迫力」「臨場感」といった心理効果による影響
    3次元映像の人間の感性や情動に対する心理効果については、主観評価と
   しての「迫力」「臨場感」といった面で2次元映像より効果が大きいことが
   報告されている。
    このような心理効果を生理指標などで定量評価することが試みられてい 
   る。3次元映像に限らず、興味集中度が高まると瞬目(まばたき)の回数が
   減少することや、臨場感や一体感が高まると視覚誘導による自己運動感覚が
   生じることなど、主観評価より心理効果を客観的かつ精密に把握する定量評
   価実験による人体への影響に関する研究が更に蓄積されることが必要であ 
   る。

  2) 身体動揺の誘発
    人間の直立姿勢は、視覚系、前庭感覚系、身体運動感覚系などの様々な感
   覚システムからの情報を使って維持されており、この中で直立姿勢維持にも
   っとも寄与しているのが視覚系の感覚システムである。
    視覚刺激による網膜像の動きが身体動揺を引き起こし、視覚刺激の方向に
   身体が傾いたり、視覚刺激の振動に応じて身体も振動するなど、直立姿勢を
   不安定化することが分かっている。

  3) VRシステム没入時の不快感
    VRシステムにおける代表的な生理的・心理的影響としては、システムに
   没入した時に感じる吐き気などの不快感がある。これは眼球運動関連の症状
   を示すシミュレーション病(Simulation Sickness)と、吐き気や嘔吐などにみ
   られる症状を示す動揺病(Motion Sickness)が考えられる。

(7)人間の成長段階における影響の相違
  ア 子どもと大人の影響の違い
    視聴覚機能を含めた人体への影響において、子どもと大人の成熟度の違い
   により、子どもの方が大人より映像刺激の影響を受けやすいと報告されてい
   る。

  1) 光感受性
    健常者にみられる光感受性について、小児期後期から思春期前期にかけて
   頻度が高く(Jeavons et al,1982 ; Kasteleijn-Nolst Trenite,1989 ;   
   Doose et al,1993)、12〜14歳がピークである(Binnie et al,1992)。
    アニメ発作に限れば、7歳〜19歳に頻度が高く、その前後は低く、初発
   発作を起こした平均年齢は13.7歳である(Harding)。
    光感受性がこのような低年齢層によくみられる理由としては、遺伝素因に
   関わるけいれん閾値がこの年齢層で最も低くなるからである。

  2) 動揺病
    年齢としては、2歳以下は動揺病を受けにくく、2〜12歳がもっとも受
   けやすく、12〜21歳で減少し、50歳以上ではまれになる(Biocca,  
   1992)。
    日常的な動揺病経験をアンケートで調べたものが多く、動揺病の感受性が
   年齢で異なることについて科学的に解明する研究は過去に報告されていない
   (高橋正紘,1997)。

  3) 情報処理メカニズム
    人間の情報処理メカニズムとは、外部環境から感覚器官を通して受け取っ
   た刺激を、脳が認識可能な形式の情報として取り込み、中枢神経系において
   加工し、反応・行動として出力する一連の流れを指す。
    情報処理能力には限界があり、膨大な情報をすべて処理できるわけではな
   く、その多くは捨てられ、ごく一部だけが選択されてより高次の処理を受け
   る。
     このような処理の遂行に必要な概念として、処理資源としての注意の容
   量モデル(capacity model)があげられる(Kahneman. D.,1973)。このモデルで
   は、注意は入力情報の取捨選択を行う制御過程の一つとしてではなく、種々
   の情報処理を発動し、実行するために必要な心的エネルギー源として特徴づ
   けられる。しかし、一度に配分できるこの資源の量には限りがあって、同時
   に遂行できる処理の効率や速度に制約を与える(Takano, Noda,1993)。したが
   って、処理そのものに注意資源を要さない習慣的行動では、同時に複数の課
   題や行動を遂行できるが、そうでない場合は困難である。
    このような観点からいえば、子どもは一般に大人に比べ、処理資源の配分
   はうまくいかない。特に、注意を強く喚起するような視聴覚刺激に対して 
   は、感覚入力の分析のみに限られた資源を当ててしまうため、凝視時間も長
   くなりやすい。

  4) 脳の発達
    外部刺激への反応メカニズムの中心となる脳の発達に着目すると、「個体
   発生は系統発生を繰り返す」「人の脳は生理的に未熟状態で出生する」とい
   う言葉通り、人間の脳は脊髄・脳幹の機能がほぼ完成した段階で出生し、大
   部分の大脳の機能は生後に成長する。そして前頭葉と大脳辺縁系の神経繊維
   の髄鞘化が思春期後に完成することから、成熟は青少年期とされている。こ
   れにより、子供と大人の影響の違いが裏付けられる。
    すなわち前頭葉は情操・意欲・思考の役目を果たす「よく生きる」脳であ
   り、そこがその他の大脳、微細に外界の変化を受け止めて器用に対応する 
   「うまく生きる」脳をよくコントロールしている。さらに最も古い皮質であ
   る大脳辺縁系の本能・情動の「たくましく生きる」脳を満足させている。

  5) テレビの視聴能力(リテラシー)
    マルチメディア時代を迎え、テレビ、ラジオ、ビデオ、パソコン等の各種
   メディアが複合的に発達する中、これらのメディアを使いこなし、コミュニ
   ケーションをする能力が必要になってきている。このようなメディアの表現
   技法の読み解き(視聴技能)についての知識のことを視聴能力(リテラ  
   シー)と呼ぶ。例えば、ひとつの場面から次の場面への移行が行われた場合
   にそれぞれの場面の相互関係を理解できない人がいる。メディアが発達する
   中、表現者はいろいろな表現を行うようになるため、受け手の側で自分の認
   識の歪みを修正する能力が必要となってきている。特に子どもの視聴技能は
   発達的な段階を踏むものであり(G.Salomom他)、この能力の必要性が指摘さ
   れている。
    視聴能力の対象となる要素としては、一つのシーンから次のシーンへと画
   面が切れて移行する技術(カット)、カメラが場面の片側からもう一方へ 
   徐々に移行する技術(パン)、遠くからの映像が徐々に近づいて拡大する技
   術(ズーム)、時間構成に関して推論させる技術(モンタージュ)などであ
   る。

(8)音の聴覚機能に与える影響について
   音の生体への影響については、あまり研究が進んでいない。また、この分野
  の過去の研究の多くは、いわゆる「低周波障害」に関するものであるが、低周
  波障害が数Hz〜50Hz程度の周波数の音であるのに対して、テレビのスピーカー
  が発する音は100Hz〜20,000Hzといわれており、テレビは少なくとも低周波障害
  を引き起こす可能性は低いと考えられる。

   低周波以外の音の生体への影響についての研究成果は極めて少なく、今後も
  継続して科学的な研究成果が蓄積されることが重要と考えられる。


  【参考】音の聴覚機能に与える影響に関する研究成果
  1) リズミカルな音刺激の生体に及ぼす影響
    平井(1984)によると、無麻酔のウサギを対象に、頻度(1分当たりの打こう
   数)及び高さ(ピッチ)の異なる音刺激が大脳皮質と海馬に及ぼす影響を調
   べたところ、頻度が低く(120/分)ピッチも低い(500Hz)音は、知覚や意識活
   動に抑制的作用を及ぼし、一方で頻度が高く(450/分)ピッチも高い(1,  
   000Hz)音は逆の作用を及ぼす。

  2) 騒音の生体に及ぼす影響
    吉田(1982)によると、騒音は生体に対して、騒音性難聴を引き起こすほ 
   か、循環器系への影響(血管収縮、血圧上昇、血液成分の変化)、消化器系
   への影響(胃の収縮回数や唾液分泌の減少)、内分泌系への影響(脳下垂体
   −副腎系ホルモン分泌)、妊娠出産への影響(出産率低下)、睡眠への影響
   (入眠の遅れと覚醒の早まり)パフォーマンスへの影響(心理学的影響)を
   引き起こす。
    また、本間(1984)によると、騒音の生体に与える影響を、脳波検査等を使
   って調べた結果、騒音によるストレスが集中維持機能の低下を生むことが分
   かった。

  3) ラットのてんかんにおける刺激誘発
    野田ら(1997)によると、Wisterラットコロニーで、自発性に30時間に1回、
   強直−間代性けいれん発作を起こすラットが発見された。ノダてんかんラッ
   トと命名されたこのラットの発作パターンと脳波は、ヒトの全汎性強直−間
   代性発作と類似した。このラットには妊性があり、さらに音によるプライミ
   ングを行うと100%の動物で上記発作を起こした。このプライミングした
   ラットを用い各種の抗てんかん薬の急性効果を検討した。また、発作を発現
   していないラットの海馬スライスにおける錐体細胞の電気生理学的症状を調
   べ、カルシウムチャネルの異常が発作に関与していると推察した。



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