平成19年版 情報通信白書

本文へジャンプ メニューへジャンプ
トップページへ戻る
操作方法


目次の階層をすべて開く目次の階層をすべて閉じる

第1章 ユビキタスエコノミーの進展とグローバル展開

(4)ユビキタスネットワークの進展と経済成長

 ユビキタスネットワークの進展が経済成長に与える影響について、マクロ経済の視点から定量的に把握するため、マクロ生産関数モデルを用いて分析を行う。
 分析に入る前に、今回のマクロ生産関数において重要な生産要素である情報通信資本の性質について整理する。通常、マクロ生産関数では、生産要素の投入をλ倍すると産出量も同様にλ倍になると仮定されるのが一般的であり、この仮定を「規模に関して収穫一定」といい、この仮定を前提とした関数を「一次同次関数」と呼ぶ。一方、情報通信資本については、投入をλ倍すると、産出量はλ倍以上になる可能性がある。これは、情報通信資本がネットワーク化されると、そこにネットワーク外部性等が働くことが考えられるためである。今回のマクロ生産関数では、こうした性質に着目し、情報通信資本についてその貢献を明確にするため、その他の一般資本と分けた変数にした。

ア 推定モデル
 ここで用いるマクロ生産関数は次のとおりである。
 
計算式(1)

イ 推定方法
 今回のモデルの推定に当たっては、推定期間を1975年から2005年までの30年間とした。この期間は、第一次オイルショック後から第二次オイルショック、円高不況、いわゆるバブルの発生とその崩壊、その後の長期停滞及びその回復期を含む期間に当たる。この中でも、バブル崩壊期と平成不況期における影響は特に大きいと考えられるため、今回はこの期間にダミー変数を用い、生産関数の推定結果を評価する際にその影響を除去した4。また、今回の推定では、系列相関を除去するために最尤法(Prais-Winsten method)を用いている。

ウ 推定結果
[1]基本的なマクロ生産関数
 
計算式(2)

 このモデルは、一次同次のコブ・ダグラス型生産関数
 
計算式(3)

から導出した対数線形モデル式であり、制約条件から「規模に関して収穫一定」である5。この関数から、各生産要素が経済成長に与える効果を推定する。なお、推定結果を示す式において決定係数は自由度修正済み決定係数を、また括弧内の数値はt値を表す。
 
計算式(4)

 推定結果によると、モデルの説明力を示す決定係数は高く、各変数の有意性を示すt値も高い。この推定結果からは、情報通信資本は経済成長にプラスの貢献をしており、かつ、一般資本に対する情報通信資本の比率(Ki / Ko)が1%上昇すると労働生産性(Y/L)が0.12%上昇するということが読み取れる。
[2]収穫逓増検証モデル
 
計算式(5)

 次に、このモデルで、一次同次の仮定を外すことによって「規模に関して収穫逓増」を許容し、経済全体として規模の経済性が働いているかを検証する。
 
計算式(6)

 推定結果によると、パラメーターの合計(α+β+γ)が1.0436で、わずかであるが1を上回っており、経済全体として「規模に関して収穫逓増」の可能性が示された。
[3]ネットワーク効果検証モデル
 
計算式(7)

 さらに、企業等の情報通信資本がネットワーク化されることによりネットワークの外部性が働いているかを検証するモデルを考える。このモデルでは、企業等の生産活動は規模に関して収穫一定としつつ、情報通信資本についてはネットワーク外部性が働き、それに起因して経済全体として収穫逓増が生じているかを検証する。
 
計算式(8)

 推定結果によると、情報通信資本(Ki)の蓄積が1%高まると労働生産性(Y/L)が0.13%上昇することが読み取れ、情報通信資本についてネットワーク外部性が確認される。すなわち、情報通信資本は、それがもたらすネットワーク外部性により経済全体に対し収穫逓増を生じさせていることが示された。
 ちなみに、ネットワーク外部性とは、例えば、ある企業が新たに情報通信端末を導入し、ネットワークに接続した場合、既にその情報通信端末を保有している他の企業にとっても接続先が拡大するという点でメリットがあり、その情報通信端末を保有しているあらゆる企業の利便性を高めるという現象のことである。これに加えて、その情報通信端末が接続されたネットワークをインフラとして生産活動に利用すれば、他の企業とネットワーク上で結び付くことによって連結、協働等が容易になり、「連携の経済性」が生まれて、生産性を向上させる可能性がある。ここでは、ネットワーク外部性にこのような効果も含めた「ネットワークの経済性6」が働いていると考えることができる。
[4]ユビキタス化効果検証モデル
 上記[3]のネットワーク効果検証モデルでは、情報通信資本のネットワーク外部性が確認されたが、このモデルでは情報通信資本の「量」による効果に着目しており、「普及の拡大」や「利用の進化」といったユビキタスネットワークの進展による効果が考慮されていない7。そこで、以下では、ユビキタスネットワークの進展により、企業等の経済領域のみならず個人・世帯等の社会生活領域にまで情報通信ネットワークが深く浸透した場合、それが経済成長にどのような影響を与えるか検証する。
 
計算式(9)

 このモデルでは、企業等の生産活動は規模に関して収穫一定としつつ、情報通信資本(Ki)にユビキタス指数(U)を乗じることにより、情報通信資本のユビキタス化による効果として情報通信資本によるネットワーク経済性とユビキタスネットワークの利用面の効果を合成し、その合成された効果の存在と、それに起因して経済全体として収穫逓増が生じているかについて検証する。
 
計算式(10)

 推定結果より、情報通信資本にユビキタス指数を乗じた値が1%上昇すると労働生産性(Y/L)が有意に0.01%上昇することが読み取れ、企業等の情報通信資本によるネットワークの経済性に加えて、ユビキタスネットワークが生産性の向上にプラスの貢献をしていることが確認できる。このことは、ユビキタスネットワークが進展し、「普及の拡大」と「利用の深化」が生じることにより、企業・産業分野のみならず、あらゆる領域でネットワークの経済性が働くようになったことを意味する。
 最後に、このユビキタス化効果検証モデルの推定結果を基に、情報通信資本のユビキタス化による経済成長への貢献の推移を見ると、ユビキタスネットワークの進展に伴い、経済成長への貢献は高まっていることが分かる(図表1-1-6)。
 
図表1-1-6 ユビキタスネットワークの進展と実質GDP成長に対する寄与
図表1-1-6 ユビキタスネットワークの進展と実質GDP成長に対する寄与
Excel形式のファイルはこちら

 ユビキタスネットワークが進展すると、企業等の経済領域のみならず個人・世帯等の社会生活領域にまで情報通信ネットワークが深く浸透する。このことにより、個人を含む様々な主体が、ネットワークにより多様な形態で結び付き生産活動に参加するようになる。そこでは、企業等の情報通信資本に限らず、あらゆる主体の情報通信資本がネットワーク化されて生産活動に利用されるため、そこで利用されるすべての情報通信資本についてネットワーク外部性が働く。さらに、前述のとおり、それをインフラとして利用した連結、協働等による「連携の経済性」も働く。例えば、ソフトウェア分野のOSS(オープンソース・ソフトウェア)の開発8やWeb2.0におけるマッシュアップと呼ばれるオープンなサービス開発9がその典型である。
 また、生産者である企業と消費者が、ネットワークにより、これまでになかった双方向の形態で結び付くことで、両者の間の情報ミスマッチの解消を通じて取引の効率性が高まり、消費者の便益が高まるとともに、企業等の生産性も向上する。これも「連携の経済性」の一つの類型と考えられる。例えば、ブログ、SNS、口コミサイト等の消費者発信型メディア(CGM)で消費者が「信頼できる生産的な協力者」として位置付けられる場合がその典型である。
 このようなユビキタスネットワークの利用面の効果は、これまで散在していた情報・知識を結集させるとともに、これまで生産活動に参加することが困難であった様々な主体を生産活動に参加できるようにするなど、あらゆる領域でネットワークの経済性を生じさせることを通じて経済全体の効率性を高め、我が国の経済成長に対して貢献していると考えることができる。
 なお、図表1-1-7は上記の[1]から[4]までの推定結果の一覧である。
 
図表1-1-7 生産関数モデルの推定結果
図表1-1-7 生産関数モデルの推定結果
Excel形式のファイルはこちら


4 ダミー変数の採用についての詳細な考え方及び推定に使用するデータの説明については、付注3を参照
5 このモデルは篠崎(1996)により、労働生産性の変化を一般資本の装備率要因と資本ストックの構成変化要因に分けて把握することを目的に提案されたモデルである(詳しくは篠崎(2003b)第6章を参照)
6 ネットワークの経済性に関する文献は多数あるが、ここでの議論は主に篠崎(2003b)第9章に依拠している。そこでは、「連携の経済性」については「連結の経済性」として表現されている
7 例えば、[3]のネットワーク効果検証モデルでは、1億円の大型コンピュータ1台を設置した場合と、10万円のパソコン1000台を設置した場合とが区別されておらず、ともに情報通信資本ストック1億円として計算される。しかしながら、同じ1億円の情報通信資本ストックであっても、後者においては、ユビキタスネットワークが進展し、1000台のパソコンがネットワークに接続されて生産活動に利用されることによって、前者よりも、経済成長に大きな貢献をすると考えられる
8 例えばLinux(OS)、Mozilla(ブラウザ)等がある
9 マッシュアップとは複数のサービスを組み合わせて新しいサービスとして提供すること。例えば、Googleの地図検索サービス「Google Map」についてはAPIが無償で公開されているため、これを自社のサービスと組み合わせて新しいサービスとして提供する企業がある。その例として、Google Mapと店舗情報のデータベースを組み合わせてGoogle Map上に店舗の場所及び詳細な情報を表示するサービス等がある

 第1節 情報通信と経済成長

テキスト形式のファイルはこちら

(3)ユビキタス指数の作成 に戻る (5)ユビキタスネットワークの進展と経済成長の将来見通し に進む