第1部 特集 ICTの利活用による持続的な成長の実現
第3章 ICTによる経済成長と競争力の強化

(3)若者によるベンチャー事例の分析結果


●若手経営者がICTを活用して独自にサービスや製品を企画・開発しているベンチャー5社が分析対象

 分析対象とするのは、1970及び80年代生まれの若手経営者がICTを活用し、かつ自らサービス・製品を企画・開発(大手企業の社内ベンチャーや出資企業等は除く)しているベンチャー企業5社13である。

ア J社(カーシェアリングサービス)の事例

●ICTにより、立ち上げ段階からの積極的な宣伝・広告、企業運営にかかるコスト負担低減による自社サービスへの集中的な資金投下を実現

(ア)J社(カーシェアリングサービス)の基本情報
 平成19(2007)年11月に設立されたJ社は、当時日本ではまだ実施されていなかったカーシェアリングサービスに注目し、専業としている独立系の事業者である。経営理念は、誰も出来ないことをやりたい、新しいものを創造していきたいということである。
 カーシェアリング用のシステムは、国内数社から供給を受けている。現在次期システムを構築中であり、平成22年4月にリリース予定(インタビュー当時)である。次期システムは欧州でデファクトスタンダードとなっているシステムを日本に持ち込んだ上、自社だけで利用するのではなく外部にも提供する予定である。
 また、当初、数千万円規模の外部資金を活用した事業計画を描いたが、自分のやりたいことができないという想いから、自己資金で運営可能な規模のビジネスを手がけている。

(イ)J社(カーシェアリングサービス)の事業におけるICT活用
 J社では、主に事業戦略面での課題解決にICTを全面的に活用している。一例をあげると、カーシェアリングの予約業務については、電話予約では顧客の利便性を損なう上、運用コストもかさむと想定されたため、完全にシステム化している。
 seed段階でのネットを使った情報収集により、カーシェアリングという用語を知ることができた。さらに同社のビジネスモデルの構築に際して、ネット上から大量に入手した他社事例やノウハウを活用できたことが、ICTによる最大の効果であると実感している。
 さらに、利用者を増やすため広告、宣伝についても、Webサイトのアクセス件数を向上させるためのSEO14対策を実施する等、ICTに注力している。一方で紙ベースのチラシは10回くらい製作、配布した程度である。他にもホームページやブログにより情報を発信しており、最近ではマイクロブログ(Twitter)も利用している。
 また、社員がノートパソコンを常に携帯しており、顧客からの問い合わせ・トラブル連絡があった場合、遠隔操作で問題を解決している。定額で高速なモバイル回線が利用できるため、コールセンターを設置しなくてすみ、低コストでの事業運営につながっている。
 事業全般において、外部の安価なICTサービスを利用することにより、自社内の情報共有の仕組を低コストで運用している。その結果、カーシェアリングサービスの構築・維持といった事業面への資金の集中投下が可能となっている。

図表3-2-2-5 J社(カーシェアリングサービス)のビジネス展開に際してのICT活用事例分析
図表3-2-2-5 J社(カーシェアリングサービス)のビジネス展開に際してのICT活用事例分析
ICTは経営上必須で、起業のハードルを引き下げ、電子媒体による広告宣伝や外部サービスの利用で運営コスト低減を実現している
総務省「我が国ベンチャー企業における課題克服のためのICT活用方策に関する調査研究」により作成

イ K社(タクシー相乗り・配車手配サービス)の事例

●迅速さ重視、かつコア事業へのリソース集中投入といった戦略に従い、ICTを随所で活用

(ア)K社(タクシー相乗り・配車手配サービス)の基本情報
 平成20(2008)年7月に設立されたK社は、従業員数は5名で、20〜30代中心の構成であり、代表取締役は76世代となる。携帯電話からの利用に特化したタクシー相乗り、配車サービスを開発・提供しているほか、インターネット関連の情報サイト運営及びインターネット関連コンサルティング等を業務としている。経営方針は、人から「ありがとう」と言われるような「意義のあること」をしたいため顧客の視点からのサービスを構築すべき、「こんなのあったらよいな」と思った事に取り組むといったことである。他にも単に利益を追求するのではなく、サービスで得られた利益はユーザーや協力者に還元していくべきと考えている。サービスを開始後、会員数が増えてきており、2010年時点ではOther early stageの後半に差し掛かっており、Expansionはユーザー数10万人を達成してからの段階との認識である。
 戦略面においては、情報通信分野のビジネスはニッチな市場を見つけ、いち早くサービスインし顧客を獲得した企業が残っていく構造であるとの認識から、アイデアはできるだけ早く形にして市場投入すべきといった姿勢をとっている。さらに、資金投入は少額に抑え失敗時の被害は最小限にすること、基本は自己資金で賄える規模のサービスをしていくといった資本戦略をとっている。

(イ)K社(タクシー相乗り・配車手配サービス)の事業におけるICT活用
 サービス立ち上げ前の企画段階において、会社設立のノウハウやタクシー相乗り・配車手配サービスの市場性について、ネットを活用した情報収集、調査を実施した。また、ブログを通じて知り合った弁護士、税理士、デザイナーの知人から、検討していたサービスに社会的意義を感じたということで、無償での協力を受けることができた。さらに、Other early stageではデザイナー、経営企画ができるといった優秀な人材が必要になる一方で、常に若い考えを入れるため経営人材の若返りも図る必要があるが、ICTによる情報発信はここでも威力を発揮できると考えている。
 事業展開に際しては、先述の各種戦略に従い、自社にとって一番強い部分にリソースを特化し、周辺部分には外部から優れたものを取り入れるためのツールとして、ICTは極めて有効であると考え、活用している。具体的には、利用者を増やすための広告、宣伝については、自社だけで登録者を増やすことには限界があり、外部の人に自社サービスを宣伝してもらうため、APIを公開して外部サイトからのアフィリエイト利用をしやすくしている。アプリケーション開発についても、例えばGoogleマップのような他社サービスをAPI連携により自社サービスに取り込んでいる。
 Start-Up及びOther early stageでの最大の課題は企業の認知度の向上であるが、ICTがなければマスメディアに取り上げてもらう手段が少なくなり効果をあげることができなかったと考えている。
 他には、社内外との迅速かつ効率的なコミュニケーションのためにパソコン及び携帯電話(スマートフォン)を最大限に活用している。具体的には、社内外メンバーとの毎日の打ち合わせにパソコンの電話会議システム(Skype)を活用していること、スマートフォンを通話、メール、ウェブサイトの閲覧に利用し、特にメールについては会社宛のメールを転送し、どこからでも確認可能としていることがあげられる。
 最近ではマイクロブログを会社の情報発信と知人の状況を知るために利用している。マイクロブログは知人が他のだれと知り合いであるかが視覚化されているため、新規の人脈形成を支援する効果がある。

図表3-2-2-6 K社(タクシー相乗り・配車手配サービス)のビジネス展開に際してのICT活用事例分析
図表3-2-2-6 K社(タクシー相乗り・配車手配サービス)のビジネス展開に際してのICT活用事例分析
設立時の情報収集、その後の広告、宣伝、社内外での迅速かつ効率的コミュニケーション実現、人材獲得といった課題に対してICTを活用
総務省「我が国ベンチャー企業における課題克服のためのICT活用方策に関する調査研究」により作成

ウ L社(Web系サービス)の事例

●ICTによって独特の社風を確立しつつ、高能力、高意欲の人材採用が可能に

(ア)L社(Web系サービス)の基本情報
 平成10(1998)年8月に設立されたL社は、従業員数は約90名で、Webクリエイターを中心とした人材によるWeb系サービス事業を展開している。ビジネスにおける価値観については、利益のみを追求する時代が一巡した結果、社会貢献が重視されるようになるといった考えを有している。
 職場は大都市部から若干離れている(約2時間程度)地域に立地している。このことにより、大都市部に多く存在する高い能力を持つ人材へのアクセスと、大都市部から離れている同社をあえて職場に選ぶ高い意欲を持った人材の確保が両立できると考えている。

(イ)L社(Web系サービス)の事業におけるICT活用
 ICTがなければ、情報発信が不可能となり営業ができず事業が成立しない、そもそも起業できなかったとさえ考えている。ICTを主に業務を円滑に進めるためのコミュニケーション用途で利用しており、大都市部の支社や社外とは、テレビ会議システムを用いた会議を行っている。さらに、seedからExpansion(現在)に至る、すべての段階で、ICTを活用した情報発信により同社の考え方やサービス内容を効果的に周知、宣伝ができたため、能力のある人材の採用につながったと認識している。
 他にも、人・組織の課題に対して社内評価システムを自社構築したことにより、客観的な評価情報を社内で参照でき、マネジメントに貢献している。

図表3-2-2-7 L社(Web系サービス)のビジネス展開に際してのICT活用事例分析
図表3-2-2-7 L社(Web系サービス)のビジネス展開に際してのICT活用事例分析
ICTを創業から一貫して情報発信に用いると共に、コミュニケーションの円滑化、社員の人事評価といった用途にも活用している
総務省「我が国ベンチャー企業における課題克服のためのICT活用方策に関する調査研究」により作成

エ M社(地域の育児関連情報提供サービス)の事例

●電子掲示板で収集した地域の育児関連情報の雑誌化、左記ビジネススキームのフランチャイズ展開といった個性的なビジネスを地方都市で実践

(ア)M社(地域の育児関連情報提供サービス)の基本情報
 平成13(2001)年5月に設立されたM社は、従業員数は7名で、地方都市において地域の育児関連情報(幼稚園、保育園、託児所の情報、公園、子連れ可能な飲食店などのお出かけ情報、病院情報や子どもの健康など)を扱う情報誌の発行を主な業務としている。発行紙は、妊娠後出産前の母親や未就学児童をもつ母親を主な読者層とし、さらに同社の電子掲示板に書き込まれたクチコミ情報をベースに取材を行い記事にするスタイルをとっている。
 他にも、このビジネススキームを他の地域にフランチャイズ展開しており、平成22(2010)年4月時点では14地域において事業を行なっている。

(イ)M社(地域の育児関連情報提供サービス)の事業におけるICT活用
 seed段階では、創業者が考案した電子掲示板と雑誌の連動というアイデアがすでに実践されていないかをテレビ、新聞、ラジオ、そしてインターネットを活用して調査した。今のICT環境がなければ、きめ細かな地域情報を電子掲示板で収集して雑誌にするM社のビジネスモデルが成立しないため、情報が不足しがちな地方都市でICT環境が整備されているメリットは極めて大きいと考えている。
 Start-UpからExpansionまでは、いかに主婦の利用者を増やして電子掲示板に書き込みをしてもらうかが重要という課題認識の下、M社及び発行している情報誌、さらには電子掲示板の認知度を上げるため、Webサイトやブログを設置して情報発信に注力した。特に、創業者自身が毎日ブログを更新するなど早い段階から創業者自らによるICTを使った情報発信に注力したことが、各面においてプラスに働くといった好循環をもたらしている。例えば、M社のことが県外にも知られるようになり、社員(雑誌記事ライター)の応募やフランチャイジーからの連絡が来るようになってきたこと、サービスを始めてから比較的早い段階で地元自治体や金融機関が活動に賛同し、支援してもらえたことがあげられる。
 M社のビジネスの心臓部にあたる電子掲示板システムは、創業者自らが仕様を決め、外部の企業に構築を依頼することで完成させた。この際、委託先の選定にあたっては地元の企業であることにこだわった。理由としては、地元で距離的に近い企業の方が、コミュニケーションを緊密化でき、やりたいことのイメージが伝わりやすいほか、トラブル発生時に迅速に対応するサポート体制を構築できるためである。
 また、地方でICTを活用してベンチャービジネスを行うことは、大勢の競合の中に埋もれてしまいがちな大都市よりも知名度を高めやすい、地方都市で他と違うことをしていると認知されるのが早く、先述したような自治体や地元金融機関による支援が受けやすいなどの理由から、大都市部で起業するよりも優位な点もあると考えている。

図表3-2-2-8 M社(地域の育児関連情報提供サービス)のビジネス展開に際してのICT活用事例分析
図表3-2-2-8 M社(地域の育児関連情報提供サービス)のビジネス展開に際してのICT活用事例分析
早い段階から、創業者自身によるICT(Webサイト、ブログ)を用いた情報発信に注力したことが、各領域での成果や課題解決に結びついている
総務省「我が国ベンチャー企業における課題克服のためのICT活用方策に関する調査研究」により作成

オ N社(ICT関連の最先端技術開発)の事例

●ICT関連における技術指向のビジネスを、オンラインコミュニケーションを活用したフラット型組織15によって展開

(ア)N社(ICT関連の最先端技術開発)の基本情報
 平成13(2001)年3月に設立されたN社は、Webプロデュース、システムインテグレーション、アートクリエイティブ、及び統計・確率的手法、自然言語処理、データマイニング、テキストマイニングを用いた最先端技術の開発を事業としている。経営方針としては、日本再生をミッションとしており、そのために技術と文化が融合した優れたサービス16を創造するといったことである。
 創業資金はゼロであり、活動を休止していた親族の有限会社を譲り受け、自宅アパートにおいてパソコン1台で起業した。その後も、外部からの資金調達はメリットよりも企業活動を制約するリスクの方が大きいとの判断に基づき実施していない。

(イ)N社(ICT関連の最先端技術開発)の事業におけるICT活用
 Start-Up段階において、非常に大量の情報があふれる社会になると、そこで生きていくための新たな情報プラットフォームが必要になると考え、レコメンデーションエンジン17や検索エンジンを自社で開発した。従って、N社のビジネスにおいて、ICTがないという環境は全く想像できないと考えている。
 また、N社の事業である最先端技術開発においては、技術とデザインとを融合させる形での開発を進める必要があることから幅広い知見が求められる一方で、技術革新のスピードが非常に速いため各メンバーは狭い領域での専門性を深堀せざるを得ない事情がある。このような矛盾を解決するために、業務毎に毎回プロジェクトチームを編成してあたっており、社長もプロジェクトマネージャーの下でプロジェクトメンバーの1人として参加している。こうした経緯を踏まえ、情報は全てオンラインで取得している上、社内外との情報のやりとりはメール、メッセンジャー、ブログ、マイクロブログなどを使っている。
 なお、Other early stage以降の段階では、優れた商品・サービスを創造すれば、それが自然と情報発信に結びつくとの考えから、情報発信には必要以上に注力しない方針をとっている。

図表3-2-2-9 N社(ICT関連の最先端技術開発)のビジネス展開に際してのICT活用事例分析
図表3-2-2-9 N社(ICT関連の最先端技術開発)のビジネス展開に際してのICT活用事例分析
レコメンデーションエンジン、検索エンジンを自社開発するなどの技術指向のビジネスを支えるため、ICTを活用しつつ組織のフラット化を実現
総務省「我が国ベンチャー企業における課題克服のためのICT活用方策に関する調査研究」により作成


13 詳細については付注11を参照
14 Search Engine Optimizationの略で、検索エンジン最適化ともいう。ホームページを、サーチエンジンの検索結果の表示順の上位に表示されるような作りとすること
15 上下の階層がない組織形態。自由な意見交換や、それに基づく発想が創出されやすい風土を生み、組織を活性化させるとされている
16 N社はこのようなサービスを、若者言葉を用いて「ヤバいもの」と表現している
17 インターネットで商品を購入する際に、自身の過去の購買行動履歴や他の購入者の購買行動をもとに、自動的に商品を推薦するといった機能を指す
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