第2部 情報通信の現況と政策動向
第4章 情報通信の現況

みんなでつくる情報通信白書コンテスト2010 一般の部 優秀賞受賞コラム


恋するケータイ

執筆 岩上 幸代(いわかみ さちよ)さん(地方公務員・栃木県宇都宮市)
岩上 幸代(いわかみ さちよ)さん

コメント:ケータイによって伝えた恋心。ケータイによってつながっていた気持ち。すべてはひとつのケータイからはじまりました。

 私は恋をしていた。けれども、なんとなく分かっていた。この恋はうまくいかない。それでも私は諦められなかった。その人のことが好きだったから。
 ある日、その人が別の女の子に告白されていることを知った。悩んだ私は、思い切ってその人に想いを伝えることにした。振られることは目に見えていた。けれども、せめて気持ちだけは伝えたいと思ったのだ。伝えられなかったことを後悔し続けるのは絶対に嫌だった。
 しかし、オクテな私は今まで告白なんてしたことがなかった。告白ってどうやってするんだろう……。色々と考えた挙句、その人のケータイに電話をすることにした。その時のことは今でもよく覚えている。先にメールを送った。「今、電話しても大丈夫?」返事は「一時間後なら」それから一時間、私はベッドの上で何度も同じ台詞を繰り返した。どうか上手く言えますように。
 約束の時間がやってきて、私は震える指で通話ボタンを押した。心臓がバクバクする。あんなに緊張しながら電話をかけたのは、後にも先にも一度きりだ。相手はすぐ出た。私は一時間練習し続けた台詞を言うために口をひらいた。けれども上手く言葉が出てこない。カラカラになった喉から出てきたのはこの一言だけ「大好き」。とたんに涙がポロポロとこぼれ落ちた。ケータイを切ってから、私はベッドの上で声をあげて泣いた。泣きながら、世の中の女の子はみんなこんな思いをして告白しているんだ、と思った。
 それから何度かその人とメールのやり取りをした。内容は他愛のないものだったけれど、私にはそれが嬉しくて仕方なかった。あまりに嬉しくて、一日中メールを待ってしまわないように、休日はわざとカバンの中にケータイをしまっておいたりもした。時々は電話で話もした。ケータイを通じて大好きな人とつながっている。私にとってケータイは特別なものになった。嬉しかったメールは保存した。それらは私の宝物になった。
 けれども、やっぱりその恋は上手くいかなかった。強い雨と風が荒れ狂う春の夜、私はその人に振られてしまった。つらくて悲しくて、その日は一睡もできなかった。
 次の日、私は真っ赤にはれた目でハンドルを握っていた。ケータイを変えるためだ。このケータイには想い出がつまりすぎている。販売店を二軒はしごして、やっと新しいケータイを手に入れた。私は、移行してもらった電話帳データから、まっ先にその人の名前を消去した。新しいケータイとともに、たくさんの宝物が保存された古いケータイも戻ってきた。もうそのケータイはその人とつながってはいなかった。そうか、と私は思った。これがさよならというものなんだ。
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