(3)高齢者の生活を支えるICTに関する取組の紹介  高齢者のインターネットの利用率は図表1-3-3-4のようにまだ低調であるが、ICTを高齢者が使うきっかけを作ることや、高齢者にとって身近で使いやすく、あるいは使っていることを意識しないような工夫も重要であると考えられる。以下では、アクティブシニアの積極的な社会参加をICTで促進している取組や、高齢期の生活をサポートする先進事例などについて紹介していく。 ア アクティブシニアのICT活用の促進 ●アクティブシニアの日常生活にICTを活用する楽しみを広げる取組  第1章第2節2(5)でみたように、元気な高齢者であるアクティブシニアは、ソーシャルメディアなどのICTを通じてネット上で趣味仲間や知人・友人を増やしたり、さらにネット上での活動をきっかけに対面の場での活動を広げ、積極的に社会参加をしている。しかし、同事例紹介でもあったように同世代の旧知の友人との近況報告や連絡手段にブログやSNSを活用したいと考えているものの、ICTやソーシャルメディアを利用している友人が少ないため、なかなか実現していないという状況もある。そこで、以下ではアクティブシニアを中心にICT利活用を促進する取組や活動について紹介する。 (ア)シニア情報生活アドバイザー ●アクティブシニア自身がICT活用のリーダー役に  財団法人ニューメディア開発協会では、高齢者がパソコンやネットワークを利用して、より楽しく、活動的な生活を送れるようになることを目指し、そのリーダー役として「シニア情報生活アドバイザー」16を養成する制度を運用している。シニア情報生活アドバイザーは、おおむね50歳以上のアクティブシニアを対象にしており、パソコンやネットワークの使い方を教えるだけでなく、パソコンやネットワークを趣味に役立てる方法、パソコンやネットワークで生活を楽しく便利にする方法、パソコンやネットワークを社会参加のために役立てる方法なども指南することが期待されている。  シニア情報生活アドバイザーの養成は、全国にあるアクティブシニアの活動団体(養成講座実施団体)と連携して行っており、人材育成の場と、育成された人材の活躍の場の提供を行っている。シニア情報生活アドバイザーを取得した人は、高齢者向け講習会の開催、パソコン相談コーナーの相談員、訪問サポートなどをボランティアで行っている。ICTの活用について、高齢者は受身であるだけでなく、高齢者自身がリーダー役になることで、普及のための新しい展開が期待できる。 (イ)全国のNPO等の活動 ●オンラインでの活動とオフラインでの活動が相乗効果を生み、アクティブシニアの多様なニーズに応える  全国には、高齢者自身がICTを活用して積極的に社会参加活動を行うNPO等の団体(シニアネット)が数多く存在する17。ICTの活用の仕方が学べる場を提供するとともに、ICTを活用して参加メンバーのコミュニケーションを良くし、メンバーの社会参加活動の幅を広げている。  それぞれの団体の活動方針やメンバー構成によって、活動内容は多岐にわたる。高齢者の井戸端会議的な場であったり、高齢者ならではのICT活用の楽しみ方を学びあう場であったり、あるいはICTの活用でネットワーク広げ海外のシニア団体との交流を広げる、地域に根ざした福祉活動を積極的に推進するなど、その活動は様々であり、多様な高齢者のニーズを反映する活動が実践されている。オンラインでの活動とオフラインでの活動が相乗効果を生み、アクティブシニアの多様なニーズを満たすものになっている。 イ 高齢期の生活をICTでサポート ●関係者がICTで連携し、高齢者の生活をサポート  高齢者の積極的な社会参加も増加している一方で、高齢者のみ世帯、あるいは一人暮らし高齢者が増え、高齢者の生活を地域全体でサポートしていくことが重要になってきている。しかし地域の中で効果的な生活支援を実現するためには、個別に提供されている医療・介護・住居・食・仕事・年金などの多様なサービスが連携して実施される必要がある。また、産業としてのサービスだけでなく、地域全体で助け合う共助の仕組みも重要である。  そこで、以下ではICTによる遠隔医療システムや、ネットワークロボットの研究開発などについて紹介する。 (ア)遠隔医療システム(Net4U) ●病院、診療所、介護福祉施設、検査センターの異なる組織が医療連携のツールとしてICTを効果的に活用  医療の現場は、病院だけではなく、患者の住み慣れた自宅、あるいは介護施設など多岐にわたる。特に高齢者のケアでは、かかりつけ医、専門医、訪問看護師、介護職種、リハビリを行う作業療法士など多くの職種が関わり、互いに連携する必要がある。しかし、異なる組織に所属する多職種が必要なコミュニケーションや情報共有を行うのは容易ではない。そんな医療連携のツールとしてICTを効果的に活用しているのが山形県の鶴岡地区の医療情報ネットワーク、通称「Net4U(ネットフォーユー)」18である(図表1-3-3-5)。 図表1-3-3-5 遠隔医療システム(Net4U)の仕組み (出典)鶴岡地区医師会資料  山形県の鶴岡地区は、山形県の日本海岸に位置する庄内地方の南半分、鶴岡市と三川町を合わせた人口約16万人の地域で、この地域には鶴岡市立荘内病院を中核病院として約100の医療機関がある。Net4Uに加盟している医療機関は、このうちの約3割にあたる約30の診療所と中核医療施設の鶴岡市立荘内病院を含む6病院、2つの訪問看護ステーション、介護老人保健施設、特別養護老人ホーム、さらに検査部門として医師会立と民間検査会社3カ所の検査機関である。  具体的な活用事例をみてみよう。鶴岡市の訪問看護ステーションの看護師が訪問した在宅患者は、赤い発疹が出てかゆがっていた。訪問看護先からステーションに戻った看護師は端末に向かい、看護記録とともに自分が訪問先で撮影した患者の発疹のデジタル写真をアップし、主治医、そして主治医と連携している皮膚科専門医にどのような処置をしたらよいか質問した。Net4U登録患者の既往症や薬歴、検査結果など必要な情報はすべて共有データベースに入っており、皮膚科専門医は、患者の過去の治療歴と看護師がアップした写真を見て、すぐに往診すると連絡した。往診した皮膚科専門医から、所見のコメント、薬の処方、検査データがNet4Uにアップされ、看護師と主治医はそれらを共有できる。「何人かの医者にかかっている患者さんの場合、誰が主治医かわからないぐらいシームレスに連携している場合もあります。非常に風通しのよい仕組だと思います」と主治医の評価も高い。  また、平成19年度からは、地域の中核病院とリハビリテーション病院、在宅医療等をつなぐ「地域連携パス」の作成と運用の取組も始まっている。「地域連携パス」とは、患者の疾患別に急性期から回復期といったステージごとに医療機関が連携するための治療の工程表のことで、地域内の医療機関で治療の工程を決めて必要な情報を引き継ぐことにより、スムーズな退院調整が可能になる。鶴岡地区では全国に先駆けて、この連携パスにICTを活用して運用を始めている。「大腿骨頚部骨折」からはじまり「脳卒中」「糖尿病」と、Net4U上で運用する「地域連携パス」は広がっている。  さらに、平成20年度からは、緩和ケアにおける地域の医療者間の情報共有がNet4U上で開始され、がんを治療してきた中核病院の主治医、緩和専門医、在宅医療を担う地域の主治医、訪問看護師らが頻繁に情報を共有し、きめ細かいケアを提供することに貢献している。  こうした経験と蓄積の上に、平成22年より在宅医療・介護連携のために、ケアマネージャーや調剤薬局も含めた情報共有ネットワーク及び携帯型情報共有端末の導入が進められている。  ICTシステムは、より使い勝手が良くなるように改善を加えながら、同時により多くの目的で多くの人が使えるように、相互接続させながら発展させていかなければならない。地域医療の連携問題は、「安心・安全な暮らし」を願う住民の生命を預かる問題であり、今後は各地で「地域の住民」「行政」「医療機関」が一体となってこうした取組を推進していくことが期待される。 (イ)高齢者・チャレンジドのためのユビキタスネットワークロボット技術の研究開発 ●ユビキタスネットワークロボット技術の研究開発により、高齢者・チャレンジドの日常生活をさまざまな側面から支援することが期待される  総務省では、ネットワークを活用し、複数のロボットが様々な場所で相互に連携し、ロボット単体では実現が困難な柔軟で応用の利くサービスの提供を可能とするネットワークロボット技術に関する研究開発及び実証実験を実施している(図表1-3-3-6)。今後、こうした技術が、医療・介護サービス基盤の充実や高齢者・チャレンジド等の社会参加の促進等、安心・安全な地域・社会の実現に貢献することが期待される。 図表1-3-3-6 高齢者・障がい者(チャレンジド)のためのユビキタスネットワークロボット技術の実証実験 「ロボット連携買物支援ーアピタ精華台店H21.12月報道発表」より作成 【原口総務大臣のユビキタスネットワークロボットのデモンストレーション視察(平成22年5月8日)】 ウ 加齢に伴う機能低下をICTが補完 ●情報のコミュニケーション手段としてのICTが、同時に高齢者の機能低下を補完  高齢化の進展とともに、多くの人が高齢期を経験し、加齢に伴う機能低下を実感している。小さな字が見にくい、音が聞こえづらい、手が震えて字が書きにくい、重要なこともすぐ忘れる、足腰が弱くなるなど、個人差はあるものの、何らかの機能低下を感じている。その困難を解決するために、専用機器の開発や工夫がなされてきた。  一方で、情報の受発信や情報そのものを取り扱う手段は、パソコンやインターネット、携帯電話の普及により、その形態が大きく変わってきた。また、従来、専用機器で対応してきた機能低下もパソコンや携帯電話のような一般製品で文字サイズの調整が可能となるなど、情報のコミュニケーション手段としてのICTが、同時に高齢者の機能低下を補完するという一石二鳥の結果をもたらすことになる。コミュニケーションの権利を保障するためにもICTのバリアフリー化等を推進していくことが一層重要となるであろう19。 エ ICTで要介護・要支援になってもコミュニケーション手段と自己決定手段を確保 ●脳科学とICTを融合した脳情報通信技術を高齢者やチャレンジドの支援を検討  平均寿命は世界でも最高水準となり、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。要介護・要支援になっても、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重され、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくため、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。こうしたニーズに応えるICTを活用した研究開発が今後も一層重要となるであろう20。 16 http://www.nmda.or.jp/mellow/adviser/seido.html 17 http://www.nmda.or.jp/mellow/adviser/grplist.cgi 18 愛称の「Net4U」は、New E-Teamwork by 4 Unitsの頭文字で、4Unitsとは、病院、診療所、介護福祉施設、検査センターのこと 19 情報バリアフリー化の推進の詳細は、第5章第5節3参照 20 第5章第1節2(5)の「脳とICTに関する懇談会」参照