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第1部 特集 「スマートICT」の戦略的活用でいかに日本に元気と成長をもたらすか
第1節 新たなICTトレンド=「スマートICT」が生み出す日本の元気と成長

1 スマートICTが生み出す日本の元気と成長 - 総論 -

(1)ICTと経済成長 -その基本的枠組-

ア マクロ的視点からの要因分解

マクロ経済の観点から、経済成長の要素を見ると、労働投入、すなわち労働の量的拡大と労働の質的向上、資本投入(資本蓄積-情報資本、一般資本)に加えて、TFPと呼ばれる、労働投入や資本投入の伸びでは説明できない生産性向上効果(一般に技術革新・経営ノウハウ等の知識ストック、企業組織改革、産業構造変化等の要因が含まれると解されている)に分解される(図表1-1-1-1)。このうち、労働の量的拡大については、ICTを成長の原動力の中心として位置づけることは困難な面はあるものの、今後ワークスタイルの改善等による女性や高齢者の労働時間の増大を通じて、本格的に到来している我が国の少子高齢化の影響を軽減することが期待される。その一方で、我が国の経済全体の成長を加速させるためには、労働の質的向上、資本蓄積、TFP向上がポイントとなる。これらに対して、ICT投資・ICT利活用を促進することにより、その成長力基盤を底上げできる可能性がある1

図表1-1-1-1 成長力の要因分解
(出典)総務省「ICTが成長に与える効果に関する調査研究」(平成24年)
イ 成長のエンジンとしてのICT/ICT利用産業の成長×ICT産業の成長

ICTの経済成長への牽引効果を具体的に見ていこう。まず第一に、「成長のエンジンとしてのICT」としての側面がある。ICTの効果は、ICT利用産業・部門、ICT産業部門両面で生じるものと考えられる。すなわち、ICT利用産業・部門においては、情報資本投資による労働生産性の向上や、生産手法等の改善によるTFP向上に加えて、以下に述べるように、近年では様々な製品やサービスとビッグデータ活用、スマートフォン活用等が融合して、製品・サービスの高付加価値化につながっている。他方、ICT利用部門におけるICTサービス・機器への需要の拡大は、ICT産業の技術革新・発展を促し、ICT産業部門の成長を生むという好循環を生じてきた。ICT産業部門については、我が国の成長のエンジンとして、ソフト・サービス関係部門(通信業、情報サービス業、インターネット附随サービス業等)、ハード部門(情報通信製造業等)全体で我が国経済を牽引してきたところである。まさしく、「ICT利用産業の成長×ICT産業の成長」の相乗効果によるICT投資の拡大、新産業・新サービスの創出をいかに進めるかが、ICTによる成長牽引力発揮の鍵となる。

具体的なデータ例を挙げると、ICT利用産業・部門について、日本と米国における①GDP成長率の寄与度分解、②TFP成長率の寄与度分解をすると、両国で情報資本蓄積によるGDP成長、ICT要因によるTFP成長いずれの面でも一貫してICTはプラスに貢献しており、時期により濃淡はあるものの、直近の05年-06年ではICTによる成長において米国が日本を上回っていることが確認できる(図表1-1-1-2)。他の分析においても、我が国のICT投資は他国に比べて遅れていると指摘されているところ、これは裏返していえば、ICT投資・ICT活用により我が国の経済は成長余力が残されているということである(なお、最新の研究成果によれば、ICT投資が一般投資と比較して乗数効果が上回っているとされる(本項囲み記事参照))。

図表1-1-1-2 日米の経済成長率・TFP成長率の寄与度分解
(出典)総務省「ICTが成長に与える効果に関する調査研究」(平成24年)

次に、ICT産業部門の経済成長効果をみると、平成23年のICT産業2の名目国内生産額は82.7兆円であり、全産業の9%となっており、昨年と比較して若干低下傾向であるが、依然他産業と比較して最大規模となっている(図表1-1-1-3)。また、平成7年から平成23年までのICT産業の実質国内生産額及び実質GDP(平成17年価格)の推移をみると、近年は若干低下傾向にはあるものの、他産業と比較して大きく経済成長を牽引してきたことが見て取れる(図表1-1-1-4)。

図表1-1-1-3 主な産業部門の名目国内生産額(平成23年)
(出典)総務省「ICTの経済分析に関する調査」(平成25年)
「図表1-1-1-3 主な産業部門の名目国内生産額(平成23年)」のExcelはこちらEXCEL / CSVはこちら
図表1-1-1-4 主な産業部門の実質GDPと実質国内生産額の経年変化(平成7年〜23年)
(出典)総務省「ICTの経済分析に関する調査」(平成25年)
「図表1-1-1-4 主な産業部門の実質GDPと実質国内生産額の経年変化(平成7年〜23年)」のExcelはこちらEXCEL / CSVはこちら
ウ 万能ツールとしてのICT/ICT利活用によるグローバルな社会課題解決×国際展開

ICTによる成長のもう一つの軸として特に近年クローズアップされているのが、万能ツールとしてのICTの活用である。我が国国内において、少子高齢化やエネルギー制約、地方の疲弊、財政の悪化など成長の制約要件となっている社会課題は、グローバルに共通な課題ないし今後世界各国で問題となりうる課題であり、その解決をICTを活用したイノベーションを通じて進め、その成果を運営ノウハウも含め国際展開するという道筋である。既にICT街づくり(スマートタウン、スマートシティ)において取組が進められているが、第2章で言及するように超高齢化社会対策や生活資源対策など、我が国が抱える様々な社会課題の解決にICTを活用することを通じて取組の展開が期待されているところである。このようなグローバルな社会課題の解決をイノベーションにより進め、それを国際競争力ある製品・サービス開発に結び付けようとする考え方として、デマンドサイド・イノベーション政策3があげられる。

WEF(World Economic Forum)のICT世界競争力ランキング(2013)で1位となり、イノベーション政策の議論で取り上げられることの多いフィンランドの例をみると4、同国においては新技術・新製品と新サービス、新生産プロセスを生み出すことにあった伝統的なサプライサイド・イノベーション政策を従来とってきたが、その概念をさらに拡張し、新専門サービス、新ビジネスモデル、新デザインや新ブランド、さらには公共サービスの改良、組織や構造の改良がイノベーション政策に含まれるとしている。また、企業の競争力の向上だけでなく、公共部門の生産性や仕事と生活の質が経済成長と福祉に大きな影響を与えるとしている。

このような観点から、同国政府では、「デマンドドリブン・イノベーション」と「ユーザードリブン・イノベーション」に力を注いでいる。「デマンドドリブン・イノベーション」とは気候変動、高齢化などグローバルレベルの社会的課題を解決するタイプのイノベーションを指し、例えば、道路の渋滞の解消のために、排気ガスだけの規制では不十分で、イノベーションにより解決していこうという発想である。デマンドドリブン・イノベーションでは、グローバルに共通する社会的課題に対するソリューションを開発すれば、それが経済成長や国際競争力の向上に結びつくとの立場に立つ。フィンランド政府は、デマンドドリブン・イノベーション推進に向けて研究開発から始めて、公共セクターのリーダーシップ、先進的な規制、PPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)、公共調達、標準化、システム構築という手順について、フレームワークとして公表している(図表1-1-1-5)。

図表1-1-1-5 フィンランドのデマンドドリブン・イノベーション政策
(出典)「知識経済をリードする北欧のイノベーション戦略」砂田薫 智場intelplace#118 March 2013 

「ユーザードリブン・イノベーション」は先進ユーザーが中心となって新しい製品やサービスを生み出すイノベーションを指している。フィンランドをはじめとする北欧諸国では、政府をはじめとする公共セクターが先進的なICT利用を行うなどイノベーションを先導する役割を担っているといわれている。

なお、万能ツールとしてのICTは、このような「デマンドドリブン・イノベーション」や「ユーザードリブン・イノベーション」を進める上でも鍵となると考えられる。例えば、第2章で紹介する鉱物・エネルギー、水、食料、社会インフラといった「生活資源問題」をビッグデータ、M2M・センサーなどICTの最新トレンドで解決しようとする取組は、「デマンドドリブン・イノベーション」の典型例といえる。「ユーザードリブン・イノベーション」については、過去の日本においても、1980年代半ばまでは日本電電公社(現NTT)がイノベーション促進型の調達を行って、ICT技術開発、関連産業の国際競争力強化に貢献してきたとの指摘があり、国内の電子政府推進と電子政府システム輸出戦略を有機的に連動させている韓国の電子政府政策にも、そのような面を見いだすことができよう。

このような観点からは、公共部門におけるICTの活用をどう進めるかも、公共部門のイノベーション促進を通じた課題解決にとって重要であると同時に、ICT産業をはじめとする関連産業のイノベーションにも直結すること、グローバルに共通する社会的課題に対するICTの活用方策を開発すれば、それがICT産業、ひいては全産業の国際競争力の強化に結び付くことに留意する必要があろう。

ICT投資による経済成長効果と一般投資による経済成長効果の比較(研究事例の紹介)

ICT投資の経済成長への寄与については、2000年初頭のいわゆる「ITエコノミー論」以降、国内外ともに研究成果が蓄積されているが、ここでは、最新の研究事例として、ICT投資が増加した場合に経済成長にどのように影響を及ぼすのか、他の投資が増加した場合と比較して顕著な差が見られるのかについて、九州大学の篠崎の異体字教授と神奈川大学の飯塚准教授らが行ったマクロ計量モデルによるシミュレーションの分析結果を紹介する5

(ア)シミュレーションの前提

同研究では、具体的にはICT投資が増加するシナリオのシミュレーションを行うとともに、ICT投資は増加せずにICT以外の一般投資だけが同じ程度拡大する場合のシミュレーションも併せて実施し、両者における乗数効果の違いが比較されている。

前者では、2つのケースのシミュレーションが行われており、第1のケースは、2013年度以降のICT投資比率が過去のトレンドと同じペースで上昇(前年差0.59%ポイントの上昇)をする場合(以下「シミュレーション1」という。)、第2のケースは、かつてICT投資が増加した時期(1995年度から2000年度)を参考に、ICT投資比率が過去のトレンドの2倍のペースで上昇(前年差1.18%ポイントの上昇)をする場合(以下「シミュレーション2」という。)が想定されている。なお、これらのシミュレーションでは、一般投資はベースラインで変わらない中で、ICT投資が追加されることでICT投資比率が上昇する前提で試算が行われている。

後者でも2つのケースでシミュレーションを行っている。第1のケースはシミュレーション1で増加したICT投資額と同額の一般投資額を増加させ、その代わりにICT投資額は一定で増加しない(よって、ICT投資比率は低下することになる。)場合、第2のケースはシミュレーション2で増加したICT投資額と同額の一般投資額を増加させる場合が想定されている。

(イ)シミュレーションの結果

A ICT投資のみが増加するケース

同研究によるシミュレーションの結果は以下のとおりである。

シミュレーション1では、ICT投資が2013年度に0.5兆円、2014年度に1.1兆円、2015年度に1.7兆円増加し、実質GDPは2013年度に0.7兆円、2014年度に1.8兆円、2015年度に3.3兆円ほど増加するとされる。

また、シミュレーション2のICT投資は1の2倍増加するため、実質GDPは2013年度に1.3兆円、2014年度に3.7兆円、2015年度に6.7兆円ほど増加するとされる。

ICT投資が増加することにより実質GDPが増加する理由は、①日本経済の生産性が高まり、先行きの経済成長に対する企業経営者の期待を刺激し、それがさらに企業の設備投資を高める、②ICT投資比率の高まりが企業の利益率を上昇させ、設備投資や賃金の高まりに波及する―などが指摘されている。

B 一般投資のみが増加するケース

他方、ICT投資以外の一般投資をシミュレーション1及び2におけるICT投資の増加額と同額だけ増加させた場合の分析結果によると、前者では、実質GDPは2013年度に0.6兆円、2014年度に1.3兆円、2015年度に2.0兆円ほど増加し、後者では、実質GDPは2013年度に1.1兆円、2014年度に2.6兆円、2015年度に4.0兆円ほど増加するとの結果が報告されている。同研究では、一般投資を増加させた場合でも、投資の増加額以上に実質GDPを押し上げる効果はあるが、ICT投資と比べるとその程度は低いと結論づけられている。

図表 ICT投資と一般投資の乗数効果の比較
(出典)「マクロ計量モデルによるICT投資増加のシミュレーションと乗数効果の計測」(飯塚信夫・篠崎の異体字彰彦・久保田茂裕, InfoCom REVIEW 第60号)

C 両シナリオにおける乗数効果

同研究では、ICT投資が増加した場合と一般投資が増加した場合のシミュレーションで得られた乗数効果も比較されている。それによると、ICT投資の乗数効果は、2013年度で1.219、2014年度で1.637、2015年度には1.984となる一方、一般投資の乗数効果は、2013年度で1.040、2014年度で1.152、2015年度で1.190にとどまっており、ICTへの投資が成長を増加させる効果がより高いことが読み取れる。



1 具体的検証内容について平成24年版情報通信白書 第1章第4節1 「我が国における情報資本の蓄積による成長効果の実証」参照。

2 本項のデータ分析で「ICT産業」としてのデータ掲出は、情報通信白書において従来より分析を行っている情報通信産業を対象範囲として行っている。具体的には、「通信業」、「情報サービス業」、「インターネット附随サービス業」、「情報通信関連製造業」、「情報通信関連建設業」、「放送業」、「映像・音声・文字情報制作業」、「情報通信関連サービス業」、「研究」を総計したものである。

3 OECDでは、2008年にデマンドサイド・イノベーション政策に関する調査プロジェクトを開始し、2011年に報告書を公表している。http://www.oecd.org/fr/science/inno/demand-sideinnovationpolicies.htm別ウィンドウで開きます

4 以下、「知識経済をリードする北欧のイノベーション戦略」砂田薫 智場intelplace#118 March 2013 参照。

5 「マクロ計量モデルによるICT投資増加のシミュレーションと乗数効果の計測」(飯塚信夫・篠崎の異体字彰彦・久保田茂裕, InfoCom REVIEW 第60号)NTT出版

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