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第1部 特集 「スマートICT」の戦略的活用でいかに日本に元気と成長をもたらすか
第3節 ICTによるイノベーションを推進する研究開発

(8)社会構造の障壁

ア ベンチャー企業育成の土壌の不足

いわゆる「イノベーションのジレンマ」により、既存組織にとっての正しい行動は、既存の顧客のニーズへの対応、すなわち既存の製品・サービスの改良による持続的イノベーションの提供である。同時に破壊的イノベーションに繋がることが期待される新製品・新サービスへの顕在的ニーズによる市場は、既存の製品・サービスの市場と比べて小さいことがほとんどであるため、破壊的イノベーションに取り組むインセンティブは低くなる。このため、既存組織が破壊的イノベーションを創出する期待は低くならざるを得ない。

特に、新たなニーズへの取組については、既存のニーズ分析ではどのような製品・サービスを提供することが望まれているのか、分析しきれないことから、先行的ユーザーを対象に、ニーズとサービスの適合状況を探りながらサービスを練りあげるβ版的アプローチ7やアジャイル開発8が求められるため、未完成の製品・サービスの投入により既存のブランド価値の毀損を恐れる既存組織による取組は困難となりがちである。

このため、破壊的イノベーションを起こすためには、新しい組織、すなわちベンチャー企業による取組が効果的であり、米国、特にシリコンバレーでは、ベンチャー企業による新たな取組が極めて活発に行われている。

しかしながら、我が国では、「(6)ア 失敗が許されない社会的雰囲気」に述べたように起業リスクが高いとともに、ベンチャーキャピタルを中心としたリスクマネーの不足、起業家と起業を支援する人材の出会いの場の不足など、ベンチャー企業を立ち上げることは極めて困難な環境になっている。

その一方で、ベンチャー企業自身も、新規マーケットの開拓努力や、そもそも起業に当たり、事業コンセプトや競争優位性の事前検討が不十分なまま起業していることが多い。この事前検討には相応のノウハウが必要であるが、起業そのものの絶対数が少ないため、そのノウハウを持つだけの経験を有する人材が絶対的に不足している。

また、ベンチャー企業の成果を大企業が協業やM&Aなどで活かす土壌がないため、ベンチャー企業のイグジットがIPO(Initial Public Offering:株式公開)に偏っており、結果、多くのベンチャーがIPOまでたどり着けずに消滅している。

イ 文化・制度によるイノベーションの阻害

「出る杭は打たれる」という我が国の精神風土により、イノベーション創出、特に起業家の成功が阻害されている。

また、現状の我が国の企業文化では、期間損益を重視するために証明されていないビジネスモデルへの取組が困難、製品化・サービス化にあたっての審査プロセスにおいて具体的な製品・サービスが必要なためβ版的アプローチに適合しない、新たな製品・サービスに法務的に未解決な問題が含まれている場合にその解決まで製品化・サービス化が困難であるなど、破壊的イノベーションへの挑戦すること自体が難しい状況にある。

さらに、近年、世界的に導入が進んでいる時価会計制度に伴い、経済活動に限らず、社会全体が短期的に成果を求める傾向が高まっていると考えられ、このような状況下、民間における長期的視点での研究開発への資金提供の担い手が殆ど見受けられない我が国では、いつ成果が出るかわからない長期的な取組が疎かになっている恐れもあり、破壊的イノベーションが起きない遠因となっている可能性もある。

また、破壊的イノベーションを産む製品・サービスは、そもそも、登場した時点での法制度が存在を想定していない9ものであるため、それら製品・サービス登場自体が制度により阻害される傾向がある。



7 不完全な形であっても、まずは製品・サービスを市場に投入し、市場や先行的ユーザーの意見を踏まえながら、ニーズに即した製品・サービスへと改良を続ける製品・サービス提供手法。インターネット経由で提供するサービスの場合、サーバー内のソフトウェアの変更でサービス内容を変更することができることから、端末などの製品に比べ、β版的アプローチを採ることが容易となる。

8 事前に仕様を定義し、その仕様を踏まえて設計し、プログラミングを行うのではなく、仕様の変更を前提として、大まかな仕様を元にまずは動くものをつくり、使用しながらニーズに合わせて仕様や設計を決定していく開発手法

9 例えば、インターネット登場前は、電気通信事業を行うのは大規模インフラ事業者であることが当然であったため、1990年ごろの電気通信事業法では、インターネット接続事業者が事業を行うことを認めることは難しかった。
また、著作権法では、インターネット検索エンジンがインターネット上のコンテンツをキャッシュとして保存することが「複製」とされてしまうため、2010年1月に著作権法が改正されるまで、日本国内では「複製権の侵害」となりえた。

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