(4)ICTサービスレイヤーのグローバル展開 本項で扱うICTサービスレイヤーは「法人向け(B2B)のITサービス 37 、ソフトウェア、データセンターに関わる市場の総称」と定義している。本市場には、海外企業ではIBMやAccenture等のSI事業者、SAPやOracle等のパッケージ・ソフトウェア事業者、AT&TやVerizon等のネットワーク事業者をはじめ、様々な業態の企業が参入している。本拠地の顧客企業と密接に紐付いた市場であるため、参入企業は一定のシェアを有しているものの、グローバル展開についても顧客企業の活動に依存する面があり、前述したグローバル大手企業とその他企業の間には一定の差が生じている。本市場では、近年、大手日本企業を中心にグローバル展開が急速に進みつつあり、クラウドやデータセンター等が新たなネットワーク基盤とともに普及し、グローバル市場に展開する顧客企業のITガバナンスの見直し機運の高まり等を背景に、業界構造の変化が予想される。これらの背景を踏まえ、本項ではグローバル市場におけるICTサービスレイヤーの現況と今後の展望について分析する。 ア ICTサービスレイヤーの市場動向 (ア)全体動向 ICTサービスの世界市場は、事業者活動のグローバル化と情報通信システムの普及・拡大を背景に、年平均成長率(2012-2017年)5.2%のプラス成長で推移すると予測されている。サービス別では、ITサービスが市場の7割弱を占めており、次いでソフトウェア、データセンターとなっている。ITサービスとソフトウェアについては年平均成長率(2012-2017年)5%以上、データセンターについては同4%と予測されており、今後の高い成長が期待されている(図表1-2-2-40)。 図表1-2-2-40 ICTサービス市場規模の推移 (出典)Gartner資料より総務省作成 地域別では、北米、日本、アジア太平洋の3地域でITサービス、ソフトウェア及びデータセンターともに6割を超える比率を占めている。また、市場の今後の成長性としても前述した3つのサービス区分において、アジア太平洋地域が8〜11%前後、ついで北米も4〜7%の成長率となっており、これらの地域において今後もICTサービス産業の高い成長率が続くと見込まれている(図表1-2-2-41)。 図表1-2-2-41 ICTサービス市場規模の地域別比較および市場成長率(2017/2012年) (出典)Gartner資料より総務省作成 (イ)データセンター市場の動向 その中のデータセンターにおいては、北米、西欧に次いでアジア太平洋地域が市場の17.6%を占め、比率の高さが注目される(図表1-2-2-41)。この背景として、アジア・ASEAN各国では経済発展や当該地域に進出する企業の増加を背景に、自国の雇用対策の観点からデータセンターの誘致政策等を積極的に進めており、このことが市場の拡大を牽引しているものと推察される。また当該分野の2017年までの市場成長性を世界全体で見ると、アジア・太平洋、北米、南米などの環太平洋地域で高い成長性が見込まれていることがわかる(図表1-2-2-42)。 図表1-2-2-42 各地域のデータセンター市場の成長性(市場規模 2017年/2012年比) (出典)Gartner資料より総務省作成 また、データセンターの規模別 38 の市場予測を見ると、高成長が見込まれるアジア・太平洋地域において大規模センターの成長率が11.7%と顕著に高く、世界的にみても大規模データセンターが高い傾向であり、今後はデータセンター事業はアジア・太平洋を中心に大規模化していく傾向にある。(図表1-2-2-43)。 図表1-2-2-43 各地域のデータセンター市場の規模別成長性(市場規模 2017年/2012年比) (出典)Gartner資料より総務省作成 (ウ)クラウドサービス市場の動向 これらグローバルに設置されたデータセンターを活用するサービスとしては、クラウドの動向が注目される。クラウドは設置場所に依存せずにサービスをグローバルに展開できるため、グローバル企業にとって経済性の高い情報通信システムを構築する上で重要なインフラになりつつある。 また、クラウドのニーズ・需要が広がるとともに、この分野には様々な企業が参入しており、クラウド化するサービス範囲に応じて複数のモデルが提供されている。クラウドサービスのビジネスモデルは、一般にアプリケーションからハードウェアまでをクラウド化するSaaS(Software as a Service)、ミドルウェア〜ハードウェアまでのPaaS(Platform as a Service)、ハードウェアのみのIaaS(Infrastructure as a Service)、電子メールや給与支払い、クラウド広告などを含む様々なビジネス・プロセスをクラウドサービスとして提供するBPaaS(Business Process as a Services)等に大別されるが、これらの形態を含む法人向けクラウドサービスの世界市場が、2010年の約410億ドルから2016年には約1,080億ドルに成長すると予測されている(図表1-2-2-44)。 図表1-2-2-44 法人向けクラウドサービスの市場規模とサービスモデル (出典)Gartner資料より総務省作成 イ ICT利用企業の意識 総務省にて実施した海外進出を行っている日本企業を対象としたアンケート調査 39 によると、海外展開に当たって現地のICT環境・インフラの整備状況が重要と回答した企業に、現地で重要なサービスを聞いたところ、データセンターやクラウドサービスは約31%が重要と回答しており、ブロードバンド・モバイルインフラに次いで重要なインフラに位置付けられていることがわかる。(図表1-2-2-45)また、ICT産業と連携した海外展開が有用と回答した企業に連携に重要なICT産業を聞いたところ、クラウドサービス企業ならびにデータセンター企業との連携が最も多い回答となった。このことからも、データセンターやクラウドは、顧客企業のグローバル展開を支えるインフラとしてのニーズが高く、企業のグローバル展開に伴うITガバナンスの見直し、セキュリティ対策、BCP対応という観点からも、これらを円滑に利用できる環境の整備が必要であるといえよう(図表1-2-2-46)。 図表1-2-2-45 海外展開に関する現地ICTインフラの整備状況の重要性と具体的な内容 (出典)総務省「ICT産業のグローバル戦略等に関する調査研究」(平成25年) 図表1-2-2-46 産業と連携した海外展開に関する有用性と具体的な内容 (出典)総務省「ICT産業のグローバル戦略等に関する調査研究」(平成25年) ウ データセンター関連規制 データセンターやクラウドサービスについては、各国において事業参入における許認可やデータ保護等に係る規制が存在する場合があり、当該市場への参入やサービスの利用においては留意が必要である。 それらの慣例規制や留意すべき事項を海外民間調査機関 40 の調査を元にまとめたのが図表1-2-2-47であり、特にデータセンターの市場規模が大きいEU・米・アジア太平洋等の地域では法的基盤が一定程度確立されており、後述する法令の影響からEU諸国においてはこれらの中でも相対的に規制が強い傾向にある。 図表1-2-2-47 欧米・アジア太平洋地域のデータセンター関連規制評価 (出典)総務省「ICT産業のグローバル戦略等に関する調査研究」(平成25年) BSA The 2013 BSA Global Cloud Computing Scorecardを元に作成 これらの主な事例として挙げられるのがデータ保護に関する法令等であり、米国においては「愛国者法(通称:パトリオット法)」が制定されており、米国内のデータセンターにおけるデータは、機密情報であってもユーザー側の承諾なしに規制当局の捜査対象となるリスクがあるとされる。 EU域内においては、1995年に採択された「EUデータ保護指令」(第25条)により、EU域内から第三国への個人データの移転は、原則として第三国が十分なレベルの保護措置を確保していることが条件とされている。我が国はこの水準を踏まえた十分性の認定を受けておらず、EU域内のデータセンターに保存された個人情報は個別の承認を経なければ原則として取り出すことができない状況にある。 新興国でも、データセンターやクラウドサービスの提供において、規制を強化する方向性が見られる。例えば、ベトナムでは、ICTのトレンドを踏まえ、IT関連サービスを管轄する体系を見直し、従来の3つの分野(ハードウェアサービス、ソフトウェアサービス、デジタルコンテンツサービス)から、9つの分野 41 へ改定する法令案を2012年末に発表している。クラウドサービスや大規模データセンターサービスの提供は、その中の「リース及びIT資源の共有」に含まれるものとされ、情報通信省が発行する免許の取得を義務付ける内容が盛り込まれている。具体的には、サービスプロバイダの設立や運用を規定するベトナム国内法に従う必要があるため法人の設立が必要である等、当該サービスを国境を越えて提供する海外ベンダーに対する規制が生じることとなる。インドネシアにおいても、同様の法令案が提出されている。 その他、米国通商代表部(USTR: Office of the United States Trade Representative)が、データセンターの設置が相次いでいるシンガポールに対して、一部の分野の機関が当該技術を使用する意欲を損なわせる動きがあると指摘する等、商習慣上の課題も議論されている 42 。 エ ICTサービスレイヤーの企業動向 (ア)ICTサービス市場における主要各社の売上動向 ICTサービスのグローバル市場における企業毎の売上高順位を見ると、IBM、HP、Accenture等の米国企業がトップ3を占めている(図表1-2-2-48)。 図表1-2-2-48 ICTサービス市場における主要各社の事業売上 (出典)Gartner資料より総務省作成 IBM等の一部の米国系企業を除くと、ほとんどは本拠地や隣接の経済圏・同一言語圏を主な市場としており、本格的なグローバル化の進展は世界的にもこれからの状況と考えられる。参入企業の売上高成長率を地域別に見ると、総じてアジア(新興国)の伸びが高く、当該地域への進出が活発化しており、アジア企業による北米をはじめとするグローバル市場への進出の状況がうかがえる(図表1-2-2-49)。 図表1-2-2-49 ICTサービス市場における地域別事業売上と成長率(2012/2011) ※金額は2012年市場規模 (出典)Gartner資料より総務省作成 (イ)ICTサービス市場における主要各社の成長性 ICTサービスのグローバル市場における企業毎の成長率をみてみると、ソフトウェア企業のOracle、SAP、SI事業者のIBMの3社が売上・収益双方の面で高い成長率を示している。また、これらの企業は海外売上比率も高い傾向にあり、3社を含むその他の主要海外企業の売上もおおむね50%以上が自国以外の市場で確保されたものとなっている。加えて、ITコンサルティングを主体とするAccentureは、売上はIBMやHPに及ばないものの、営業利益率はHPを上回る水準にある。 一方で、日本企業は顧客企業の国内需要中心で、営業利益率も相対的に低い。多くの日本企業ではICTサービスの売上を増やす方向性で業態変化に取り組んでおり、今後の成長に向けて上位レイヤー事業へのシフトと海外展開が鍵になっている状況と言える(図表1-2-2-50)。 図表1-2-2-50 ICTサービス市場における主要企業の業績成長率と海外売上比率 (出典)総務省「ICT産業のグローバル戦略等に関する調査研究」(平成25年) (ウ)クラウド市場における動向 民間調査会社が調査したクラウド市場における主要企業シェアでは、Amazon、Salesforce、Microsoft、Akamai等の大手企業以外にも、IBM等のSI事業者、Equinix等のデータセンター事業者(あるいはコロケーションサービス事業者)、BT、Verizon、NTT等のネットワーク事業者が参入していることがわかる。特に、従来Amazonが得意としてきたIaaS市場には、Microsoft、Google、通信事業者等が参入し、SDN 43 やSDS 44 等の技術を採用するなど、ネットワーク機能の高度化・最適化により、他社との差別化を図る動きも増えてきている(図表1-2-2-51)。 図表1-2-2-51 クラウドサービス市場の主要参入企業とシェア(2012年4Q) (出典)Synergy Research資料 (http://www.srgresearch.com/articles/amazons-cloud-iaas-and-paas-investments-pay) オ ICTサービスレイヤーのビジネスモデル ここまでで述べた市場動向を踏まえ、ICTサービスに取り組むグローバル企業のビジネスモデルを類型化すると、特定分野を軸にビジネスを水平展開しているSAP、Oracle、Equinix等の「特化型」と、インテグレーションを軸にビジネスを垂直展開している「インテグレーション型」の2つに大別されるものと考えられる。なお、後者のインテグレーション型は、本来主力としてきた事業の違いから、IBM、NTTデータ、日立製作所、富士通等のシステム構築に強みを持つSI(System Integration)型と、NTTコミュニケーションズ、KDDI、AT&T、Verizon等のネットワーク構築に強みを持つNI(Network Integration)型の2つに類型化されるだろう(図表1-2-2-52)。 図表1-2-2-52 ICTサービスレイヤーにおけるビジネスモデル (出典)総務省「ICT産業のグローバル戦略等に関する調査研究」(平成25年) 特化型はグローバル展開で先行してきた欧米企業が中心であり、主要な日本企業はインテグレーション型のモデルが多い。インテグレーション型では、顧客の要求に対して「一気通貫」のサービスを提供することが、事業機会や事業規模を大きくする点で重要であり、各社ともM&Aや戦略的提携を含む川上統合や川下統合により、「品揃えの充実」や「対象国・地域の拡充」を図っている。また、IBMやAccentureの例に見られるように、ITコンサルティングやSI等のより上位のレイヤーに相当するITサービスに事業内容を移す企業が増えてきており、付加価値の高いビジネスを目指している点に特徴がある。 以下では、インテグレーション型を対象に、先行モデルとしてIBMならびにAT&Tを取り上げて展開モデルの分析を行う。 (ア)SI型モデル SI型モデルは、基幹系業務システム等の構築に取り組んできたSI事業者の典型的なビジネスモデルであり、企業のICT環境の整備や新たな環境へのマイグレーション等を支援する上で、必要となるソフトウェアやサービスの提供およびシステムの構築・運用等を行うものである。本モデルのグローバル大手企業は、海外展開先とICTサービスの事業比率を拡大することにより、売上規模の拡大と高付加価値化による営業利益率の向上を目指している。 A IBMのグローバル展開 IBMは当該モデルにおいてグローバル展開を進める典型的な企業であり、2006年以降の売上高・営業利益率は、2009年のリーマンショックを除くとおおむね堅調に推移しており、全売上高に占める海外売上比率は2006年の21.7%が2012年には37.0%まで高まっている(図表1-2-2-53)。 図表1-2-2-53 IBMの売上高・営業利益率・海外売上比率 (出典)総務省「ICT産業のグローバル戦略等に関する調査研究」(平成25年) 同社は、従来のメインフレームを主体とするハードウェア事業から、2002年のPwCコンサルティングの買収、2004年の中国レノボ・グループへのパソコン部門の売却を経て、グローバル市場を対象としたサービス事業への業態変革を強力に推進してきた。その結果、2000年には売上高96億ドル、ハード:ソフト:サービスの売上比率35:38:27が、2012年にはその2倍を超える売上高230億ドルに達し、ハード:ソフト:サービスの売上比率も14:41:45と、ソフト・サービスがハードを大きく上回るまでに成長している(図表1-2-2-54)。このことからも同社はグローバル展開とサービス主体への業態変革により、高付加価値事業の比率を高め、高い営業利益率を実現していることがわかる。 図表1-2-2-54 IBMの事業内容およびセグメント別の収益内訳 (出典)総務省「ICT産業のグローバル戦略等に関する調査研究」(平成25年) 2012年の同社成長イニシアティブでは、地球環境問題等の課題解決を指向するスマータープラネット(Smarter Planet)、ビジネスアナリティクス(Business Analytics)、クラウド(Cloud)、新興国や先進国地方都市などの新たなICT成長市場(Growth Markets)という4分野における収益向上の取組を明らかにしており、更なるグローバル化の推進と上位レイヤー事業の強化を打ち出している。また、そのために必要となるリソースの獲得に向けて、M&Aを積極的に活用することも示唆している。 (イ)NI型モデル NI型モデルは、ネットワーク構築に強みを持つ通信事業者が、法人向けのNI事業からより上流のSI事業へと垂直統合的に展開を図るものであり、昨今ではグローバルに展開するデータセンターやクラウドサービスを活用して、レガシーシステムからネットワークベースの新たなICT環境へのマイグレーションを図る取組を展開している。 A AT&Tのグローバル展開 AT&Tは、1885年の設立から数えて約130年の歴史を持つ総合通信事業者である。2005年の地域通信会社SBC Communicationsとの合併、2006年のBell Southとの合併(移動体通信事業の単独保有)等を経て業容を拡大しており、現在は国際・長距離・市内電話サービスに加えて、移動体通信及びデータ通信サービスも手掛けるまでに成長している。同社は、グローバルIPネットワークの整備に積極的に投資を行ってきており、国内外で多国籍企業を含む390万の企業に法人向けネットワークサービスを提供している。近年では、クラウドサービス、ソリューション・サービス、VPNサービス等の新たなIPベースの法人向けサービス(Strategic Business Services)の売上が堅調に推移しており、ワイヤレスに次ぐ固定通信サービスの収益源として貢献している(図表1-2-2-55)。 図表1-2-2-55 AT&Tにおけるビジネス向けIP系サービス(Strategic Business Service)の売上高推移 (出典)総務省「ICT産業のグローバル戦略等に関する調査研究」(平成25年) 同社は、グローバル展開に必要なデータ通信網やデータセンターを自ら保有しており、現在では多国籍大企業から中小企業までを視野に入れたサービス展開を図っている。また、連邦政府システムのクラウド環境へのマイグレーションやモバイル分野のクラウドサービスにも力を入れており、最近では新たな成長分野としてM2Mクラウド・プラットフォームの提供にも注目している。 このように、同社の成長は海外展開の推進と法人向けクラウドサービスの新規成長分野の開拓により実現される。特に海外展開においては、近年はアジア地域への展開を強化しており、2013年1月には中国China Telecomと連携し、同国へ進出している企業向けのネットワークサービスを新たに提供・拡大することを発表している。 (ウ)国内企業のグローバル展開状況 A 日本企業に追随したグローバル展開 国内においては昨今、売上高数百億円〜3,000億円規模のSI企業によるASEAN諸国への展開が増えてきている。各社とも、製造業を中心としたアジア戦略の見直しを契機に、ASEAN諸国に展開した日系顧客企業に対し、より密着したサービスを提供することを目指している(図表1-2-2-56)。 図表1-2-2-56 国内SI企業のASEANを中心としたグローバル展開の事例 (出典)総務省「ICT産業のグローバル戦略等に関する調査研究」(平成25年) B 水平展開によるグローバル展開 日本のICTサービス企業において最近特に増えているのは、図表1-2-2-14にも代表される、海外のICTサービス企業をM&A等を駆使し自社に取り込むことでグローバル展開を行う手法である。この手法のメリットは、買収先の海外企業の顧客も含めて自社傘下に収めることが可能なため、迅速な海外展開が容易な点にあり、規模拡大を追求する場合に用いられることが多い。 またグローバル市場において当該レイヤーでは、顧客企業の担当側が専門的な知識を必ずしも有していない等の理由から、顧客側がICTサービス企業を選定する際はGartner社のMagic Quadrantなど外部機関の企業評価や指標を重視する傾向にあるとの指摘もある。これらの指標は一般的に事業規模が一つの評価軸となっている場合が多いため、一部のICTサービス企業側では国際的なプレゼンスを向上させることを目的とした事業規模の拡大を加速させている状況にある。 Gartner Magic Quadrant Magic Quadrantは米民間調査会社のGartner社が発表している、ICT産業における業界別に主要ベンダー企業をマッピング評価した指標である。 本指標は2つの評価軸から構成され、縦軸は「実行能力」で、当該企業における財務面の健全性、市場対応、製品開発、販売チャネル、顧客基盤などの能力を総合的に評価したものである。横軸は「ビジョンの完全性」で、ベンダーの革新性、ベンダーが市場をリードしているか、それとも市場に追随しているか、また市場の進化に関するベンダーの見解が同社の見解と一致しているか否かを総合的に評価したものである(図表1)。一般的に右上の企業ほど業績が良く将来性が高いとされ、左下の企業ほど事業領域が狭く発展途上と評価される。 本指標は、特にICTサービスレイヤーでは顧客側が企業を選定する上で重視する場合が多いとする指摘もあり、各種入札条件に含める場合もあるとのことである。そのため、ICTサービス企業も本指標の評価を意識した事業規模の拡大や領域強化を進めているケースが多い。 図表1 Gartner Magic Quadrant(MQ)のイメージ (出典)Gartner提供資料 C 川上統合によるグローバル展開 また2000年以降、SI事業者やネットワーク事業者が上位レイヤーのリソースを取り込む動きも増えており、最近では、特に大手企業を中心として、M&A等によりITコンサルティングやデータ分析等の上位レイヤーのリソースを獲得する動きが活発化している(図表1-2-2-57)。 図表1-2-2-57 ITコンサルティングやデータ分析等のリソース獲得に向けたM&A事例 (出典)総務省「ICT産業のグローバル戦略等に関する調査研究」(平成25年) この背景としては、データセンターをはじめとした設備寄りの産業は、構造的に規模の経済による海外巨大企業との「価格勝負」になる傾向が強い点がある。また、最近注目されているビッグデータをはじめとしたデータ解析のニーズが高まっており、データ・サイエンティストと呼ばれるデータ分析専門の技術者が不足している点も指摘されている。 これらの課題を踏まえ、我が国のICTサービス産業の強みと言われる、システム領域だけでなく業務領域まで含めたきめ細やかなコンサルティングを強化し、当該分野への進出によって競争力の強化を図る動きが加速している状況にある。 また、海外展開する顧客企業がICTサービス企業のグローバル展開に関する期待や今後望む関係性についてのアンケート調査 45 によると、顧客企業はICTサービス企業に対し、自社海外拠点への展開に加えて、現地での企業開拓と深耕による蓄積とそのフィードバックを期待している。また、今後はIT戦略立案や経営課題に対する貢献など、パートナーとしての役割の高度化に期待している(図表1-2-2-58)。このようなことからも、ICTサービス企業がITコンサルティングやデータ分析等の上位レイヤーのリソースを獲得することの重要性が見て取れる。 図表1-2-2-58 ICTサービス企業に対する顧客企業の期待 (出典)総務省「ICT産業のローバル戦略等に関する調査研究」(平成25年) JISA白書2013 カ ICTサービスレイヤーにおけるグローバル展開の展望(まとめ) 我が国の主要ICTサービス企業は、従来から、日本の既存顧客企業の米国やアジア・ASEANへの進出に追随してグローバル展開に取り組んできた(日本企業に追随したグローバル展開)。しかし、ASEAN諸国に限らず、日系顧客企業のグローバル展開に追随するだけでは、先行する欧米の大手企業や低廉な現地企業との競争により、将来的な事業の成長性は見込めない状況にある。 そのため先行する欧米の大手企業と同様に、進出先での顧客開拓を積極的に進めることが必要であり、ここまで述べた現況や課題を踏まえ、我が国企業のグローバル展開の可能性を展望すると、規模の拡大を意識したM&Aを行う「水平展開によるグローバル展開」と、コンサルティング等の上位レイヤーの強化・進出による「川上統合によるグローバル展開」の大きく2つのモデルが考えられる。 前者の「水平展開によるグローバル展開」は、戦略的なパートナーシップやM&A等を活用し規模を追求することで、グローバル市場におけるシェアを拡大し、前述のGartner社のMagic Quadrantのようなグローバル市場における企業評価等においてプレゼンスを高めることがグローバル市場競争の土台にあがるためには重要である。 合わせて、後者の「川上統合によるグローバル展開」により、顧客企業の業務分析やデータ分析等に関する知識・蓄積を背景にしたITコンサルティングを取り込むことが、海外大手企業との競争上求められている。また、ITコンサルティングからシステム構築・運用までを一気通貫で請け負うことにより、案件規模の拡大や価格競争を回避するための有効な手段にもなり得ると考えられる。 なお、今後のインフラとして期待されるデータセンターやクラウドサービスについては、顧客サイドではネットワークを重視しているとの指摘 46 もあり、日本のネットワーク事業者が得意とする品質、信頼性、セキュリティの高いネットワークや、経済性の高いプラットフォーム(クラウドサービスやデータセンター等)の提供は先行企業と比べた際の差別化要素となる。昨今では、企業のグローバル展開の進展を背景に、ITガバナンスの見直しを行う動きが増えており、海外拠点でのICT環境の早期立ち上げやBCP 47 に関するニーズも高まっている。 我が国の今後の展望としては、前述二つの手段を意識しつつ、国内外の顧客企業のグローバル展開に際し、品質、信頼性、セキュリティの高さを強みに活かして対応していくことが有効と考えられる(図表1-2-2-59)。 図表1-2-2-59 ICTサービスのグローバル展開の展望(イメージ図) (出典)総務省「ICT産業のグローバル戦略等に関する調査研究」(平成25年) 37 コンサルティング、構築、ITアウトソーシング、ビジネスプロセスアウトソーシング、ITプロダクトサポートをここでは指す 38 データセンター(DC)サイト区分は以下のとおり定義(ラック数 / 面積) 大規模DC :500以上/1.5万平方フィート以上、エンタープライズDC:101〜500 /〜1.5万平方フィート、中規模DC:26〜100/〜3千平方フィート、ラック/コンピュータルーム:1〜25/〜750万平方フィート、シングル: ラック未満の提供(ユニット貸しなど) 39 付注3参照。 40 BSA The 2013 BSA Global Cloud Computing Scorecardを元に作成 41 ITコンサルティング、ハードウェア及びエレクトロニクス、ソフトウェア、デジタルコンテンツ、IT教育、リース及びIT資源の共有、情報の安全、ITプロダクトの販売、その他ITサービス 42 http://www.ustr.gov/sites/default/files/2013%20NTE%20Singapore%20Final.pdf(2013年6月) 43 トピック「SDNについて」参照 44 Software Defined Storage ソフトウェアによるストレージの仮想化技術。仮想化技術とは1つのハードウェアを分割し、複数のハードウェアが動作しているかのように見せる等、必要に応じてシステムの構成を柔軟に構成を変化させることができる技術。 45 JISA:一般社団法人情報サービス産業協会(情報サービス企業で構成される業界団体)による調査 46 それを示唆するものとしてCisco社「2012 Cisco Global Cloud Networking Survey」のレポート等がある。 47 Business continuity planning 事業計画。災害や事故などの発生時に、限られた経営資源で事業活動を継続するための行動計画