(2)ビッグデータの活用が経済成長に与える影響 本項では、ビッグデータを流通・蓄積・活用することが経済成長に与える影響について、ビッグデータの流通・蓄積・活用を成長会計式 3 に当てはめて考えたマクロ的な視点と、企業・組織による実際の活用場面から見たミクロ的な視点という2つの視点から捉えていくことにする。 ア 成長会計式による考え方(マクロ的視点) 経済成長を実現する上で鍵となる要素は、労働投入量の増加、資本投入量の増加、そして全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity) 4 の向上である。 具体的に言えば、労働投入量の増加とは労働力人口または労働時間を増やすことにより、労働の量的拡大を図ることであり、資本投入量の増加とは投資を行うことにより資本ストックの量的拡大を図ることであり、TFPの向上とは、研究開発や人的資本への投資、新製品・サービスの投入といった、量的要素以外の要素による生産性の向上を図ることである(図表1-3-1-3)。 図表1-3-1-3 経済成長の実現(成長会計式による考え方) (出典)総務省「情報流通・蓄積量の計測手法の検討に係る調査研究」(平成25年) 以降では、ビッグデータをマクロ的視点で考える場合は、上記の成長会計式に当てはめると、どのような経路によって経済成長につながるかを見ていくこととする。 まず、ビッグデータを企業組織でのマーケティング活動等に効果的に活用するためには、データの特性に応じたデータ解析が必要となる。そのため、ビッグデータによって活用企業のデータ解析等のビッグデータ関連投資(ソフトウェア投資やサービス投資等)が増加するというICT投資面での経済効果が創出される。 また、一般に投資には需要項目として現在の成長の牽引力となると同時に投資の蓄積が資本ストックとなり、単位労働当たりの資本装備率の増加や最新技術の導入による資本生産性の低下の防止を通じて供給サイドの生産性向上に寄与するという「投資の二面性」が存在することから、ビッグデータ関連投資を起点とした生産性向上効果の創出が期待できる 5 。また、コスト削減やオペレーション効率向上といったプロセスイノベーションの創出や、顧客ニーズに応じた新製品の開発等のプロダクトイノベーションの創出、蓄積した情報の効率的な活用、複数の情報の組合せ、新しい情報の創出・利用による生産性の向上といった効果も期待できる。 このように、ビッグデータによって、ビッグデータ解析を行うためのデータ関連投資・資本ストックの増加という「量的拡大」効果と、それに付随した生産性の向上(情報伝達・意思決定精度の向上や多種多様なデータの連結・連携による新たな価値の発見といったイノベーションの創出等)である「質的向上」効果という「直接的」効果が作用することで経済成長が牽引されると考えられる。また、ビッグデータの勃興により、データ解析ビジネス等の新規ビジネス・雇用が創出され、非生産的部門から生産的部門への労働資源の再配分、それに応じた労働の質的改善が達成されれば、経済全体の効率性はさらに向上するであろう。 さらに、データ解析投資等のICT投資と生産性の向上の好循環構造が創出されれば、投資収益率の向上を通じたさらなるICT投資の増加が行われる等、投資と生産性との正の連環効果(ポジティブ・フィードバック効果)を通じた、経済成長への間接的なパスの創出も期待される。 このように、マクロ的視点では、ビッグデータを起点とした生産要素の「量的拡大」や「質的向上」を通じた経済成長が期待される(図表1-3-1-4)。 図表1-3-1-4 ビッグデータの流通・蓄積・活用による成長への道筋(マクロ的視点) (出典)総務省「情報流通・蓄積量の計測手法の検討に係る調査研究」(平成25年) イ 企業・組織における実際の活用に基づく考え方(ミクロ的視点) 以上がマクロ的視点で捉えた、ビッグデータが経済成長につながる道筋であるが、続いて、企業・組織が実際にビッグデータを活用する場面で創出されている効果について見ていく。 人や社会の行動は、「認知」→「判断」→「実行」という3つのステップに分けられ、かつ、サイクルとして回っていると考えられるが、ICTの活用やビッグデータの活用により、これらのステップにおいて精度の向上及び迅速化が図られるものと考えられる。 コンピュータが導入され、それがネットワーク化され、さらにビッグデータが活用されるという段階を踏むことにより、このサイクルが迅速かつ広範囲で行われるようになるものと考えられる。その結果、「判断」の精度向上や「実行」の迅速化により、行動の精緻化や無駄の削減、新たな価値の発見に寄与すると考えられる。 各段階が人や社会にどのような影響を及ぼしてきたか、あるいはこれから及ぼしうるかについて、具体的に説明したのが、図表1-3-1-5から図表1-3-1-7である。 まず、図表1-3-1-5は、スタンドアロンコンピュータが企業・組織に導入された時期の説明である。電子計算機の導入により、「判断」の精度向上が図られ、その結果、「実行」における無駄の削減につながった。典型例としては、以下のようなものが挙げられる。 @我が国初めての商用電子計算機が東京証券取引所と民間証券会社に導入され、民間証券会社において、売買代金や投資信託の時価計算、証券代行の配当金計算など、当時の新たな業務に用いられたことにより、同社の事務の近代化に貢献した。 Aパソコンが普及する以前、オフィスコンピュータ(オフコン)が中小企業を中心に導入され、財務会計、給与計算、販売管理などの省力化に貢献した。 B日本国有鉄道(当時)の座席予約システム「MARS」は1960年に稼働を始め、手作業による回答待ち時間や重複予約などの業務ミスを削減するとともに取扱対象列車を増加させることができ、全国の駅で指定券が購入できるようになるなどサービスの向上に貢献した。 図表1-3-1-5 認知・判断・実行の精度の向上・迅速化(スタンドアロンコンピュータの時代) (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) 続いて、インターネットの利用により、ネットワーク化が図られた時期を説明したのが、図表1-3-1-6である。ネットワーク化によりデータの連携が進んだ結果、「認知」の迅速化及び精度向上が図られた。特にモバイルコミュニケーションの発達は、人がどこでもコンピュータネットワークに触れられる機会を増やした。また、クラウドコンピューティングの普及により分散処理が可能となり、「判断」段階における処理能力が格段に向上したこと、さらに「実行」段階でもネットワーク化により「判断」結果の伝達が広範囲に対して迅速かつ高精度に行われるようになった。その時期の典型的な事例としては、以下のものが挙げられる。 @Googleに代表されるウェブ検索サービスの登場によって、利用者は様々な情報をワンストップで検索することが可能になった。 A価格.comは、様々な商品の販売店頭価格(ECを含む)を集約し、消費者に提供することで、安価な商品を求める消費者の探索範囲を拡大した。 図表1-3-1-6 認知・判断・実行の精度の向上・迅速化(インターネットの時代) (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) 今後、ビッグデータの活用などICTの高度化が認知・判断・実行にどのように影響するかを示したのが、図表1-3-1-7である。自動認識や制御技術といったM2M通信の発達により、人手を介さずにデータの入手(「認知」の向上)や「実行」の最適化が可能となったほか、大規模データ解析ツールの普及により、より実数に近い大量のデータが分析可能となった。この結果、「判断」の迅速化及び精度向上が図られ、従来は分析対象外であったデータからも新たな価値を見いだすことが可能となっている。現在、既に現れている事例として、以下のようなものが挙げられる。 @ビルや住宅のエネルギーマネジメントシステム(BEMS/HEMS)は、電力の使用状況を蓄積、分析することで利用状況に応じた最適な空調、電気製品の制御等を可能とし、電力消費量の削減等に寄与している。 A自動車やスマートフォンの位置情報を収集して分析し、交通状況をリアルタイムで提供できるプローブ交通情報サービスが実施され、従来の交通情報システムに比べ地上設備(車両検知用センサー等)への投資が軽減された。 B自動車にレーダーを搭載し、先行車との速度差や車間距離を認識することで、自動で走行速度をコントロールする自動車や、他の事業で蓄積した位置情報や地図機能等のデータを取り込むことで、自動で安全に運転できる自動車の開発が進められている。 図表1-3-1-7 認知・判断・実行の精度の向上・迅速化(ビッグデータの時代) (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) 加えて、コンピュータやソフトウェア、ストレージ、そしてネットワークの高品質化・低価格化の進展が、ビッグデータの迅速かつ大容量な生成・流通・蓄積・分析・活用を可能としている。 コンピュータの計算能力はいわゆる「ムーアの法則」により、急速に向上しているが、加えて、ハードウェアやパッケージソフトウェア、磁気ディスクの価格は過去7年間に20〜60%も低下するなど、低価格化も急速に進んでいる(図表1-3-1-8)。 図表1-3-1-8 コンピュータ、ソフトウェア、磁気ディスク等の価格指数の推移 (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) (日本銀行「企業物価指数」「企業向けサービス価格指数」(いずれも2005年基準)より作成) さらにネットワークについてもブロードバンド化が進んでいる。固定通信ではFTTHが広く普及している状況にある。また、移動通信でも携帯電話や無線アクセスの高速化が進んでおり、利用者は大都市圏を中心に高速無線通信を利用可能な環境にある(図表1-3-1-9)。 図表1-3-1-9 携帯電話等の進化 ネットワークのブロードバンド化が進む一方、利用料金の低廉化が進んでおり、利用者はより高速、より低価格なブロードバンドネットワークを利用可能な環境にある(図表1-3-1-10)。 図表1-3-1-10 固定ブロードバンドの利用料金の推移 (出典)総務省「電気通信事業分野における競争状況の評価2010」 また、ビッグデータの活用による効果として、上記のようなハード面での効果だけでなくソフト面での効果も考えられる。業務における「判断」が、従来は熟練した担当者の暗黙知(勘、経験、度胸など)に依存していたものが、ビッグデータを活用する段階において業務システムへの反映が行われるよう形式知化が行われるようになった。その結果、形式知化された業務ノウハウは当該業務のみならず、他の業務も含めて自動化、共有化が図られるようになり、その結果、業務の垣根を越えた形での効率化に寄与するといった新たな効果を生むこととなった(詳細は本節第3項の「ビッグデータの活用事例と発現効果」において紹介する)。 3 成長会計式とは、実質GDP成長率を労働投入と、資本ストックの投入、技術進歩(全要素生産性上昇)の3つの要因に分解して、それぞれの要因の成長率への貢献を明らかにする分析手法である。 4 全要素生産性(TFP)とは、資本投入や労働投入の伸びでは説明できない経済成長部分であり、一般に技術革新、経営ノウハウ等の知識ストック、企業組織改革、産業構造変化等の要因が含まれると解されている。 5 篠彰彦「情報技術革新の経済効果」(日本評論社、2003年)