(3)主要分野における活用の実態とその効果 ア 詳細調査対象領域の選定 ビッグデータの活用については、利用環境の整備と相まって、その活用範囲は、業種、企業規模、用途のいずれにおいても「裾野の広がり」を示してきていることについて説明してきた。 それでは、企業等は実際にビッグデータを活用することでどの程度の効果を得ているのか、ビッグデータの活用による効果についてその発現メカニズムについて分析を行うとともに、実際の効果について可能な範囲で推計を行った。 まず、ビッグデータの活用による効果の計測に必要な情報を得るため、収集した事例の中から、収集・利活用の実態に関する詳細な調査を行うべき業種・分野については、一定程度の事例が収集でき、その後の推計作業の着手が比較的容易と思われること、効果の発現のメカニズムや計測結果が分かりやすいと考えられること、今後の情報通信政策において重視される業種・分野であること、といった点を考慮し、以下の4業種・分野に注目することとした。 (ア)流通業 国民生活にとって身近であり、計測結果に対する関心が高いことが予想される。また、POSデータの活用など、業界としてもデータの利活用が進んでいる業種であることから事例が集まりやすく、既に効果が得られていると考えられることから、計測が比較的容易と考えられるため。 (イ)製造業 我が国の成長を支えてきた産業である一方、国際競争力が低下してきたとも言われているが、最近はサプライチェーンマネジメント等においてデータの共有化が進んでいるほか、製造業のサービス業化といった流れもあることから、今後、新たな付加価値の創出に向けてビッグデータの活用が期待される分野であるため。 (ウ)農業 従来はICTの活用があまり進んでいない業種・分野であったが、近年、食の安心・安全などの点からICTの活用が求められている領域であるとともに、国際競争力の強化に向けた取組として農業の「6次産業化」とICTの活用など、今後、ICTの活用が政策的に重要と考えられている業種・分野であるため。 (エ)インフラ 高度成長期に大量に整備された社会基盤施設が老朽化し始めており、効果的・効率的な維持管理が求められている。その一方で、近年センサーネットワークを活用したインフラ管理なども進められており、今後の活用領域として期待されているため。 イ 各分野における活用パターンと効果発現メカニズムの明確化 上記の4分野において、事例分析を基に各業種における業務区分を検討した上で、「どの業務で発生したデータ」を「どの業務で分析」し、「どの業務で活用する」ことで効果が生まれているのか整理し、活用パターンと効果発現メカニズムを明らかにした。 (ア)流通業 流通業におけるデータ発生源は主に販売であり、その主要なものは販売データである。POSデータの活用によって、商品調達を最適化する取組は以前より進められていた。 近年のビッグデータの活用によって、次の5つの効果が新たに得られているものと考えられる。 第1に、販売データに販売箇所や時刻のデータを加えることで消費者のニーズをより詳細にとらえることができるため、購買シーンに対応した新製品を開発することができる(図表1-3-3-8効果@)。 第2に、販売情報を元に商品開発や調達を行っていることは従来から変わらないが、さらに大規模かつリアルタイムでの需要把握や予測などを行い、売り逃しや売り残しを減らすことで利益を極大化する取組もみられる(図表1-3-3-8効果A)。 また、販売計画立案や販売促進の業務においてもビッグデータの効果は得られている。ポイントカードなどを利用した個別の顧客ごとのデータ(ID付きPOSデータ)やSNS、ウェブサイト上でのコメントを加味した分析などにより、販売促進の精度向上が行われている(図表1-3-3-8効果B)。通信販売事業者においては、消費者のニーズに応じたカタログの配布が可能となり、カタログ制作・配布コストの効率化が図られた(図表1-3-3-8効果C)。さらに、近年登場した共通ポイントカードを用いた異業種間連携によって、今まで取り込めていなかった顧客の誘客に成功している(図表1-3-3-8効果D)。 図表1-3-3-8 流通業における活用パターンと効果発現メカニズム (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) 流通業における上記の5つの効果に対応する事例を図表1-3-3-9に掲げる。 効果@については、自動販売機の販売データと会員データから、消費者の真のニーズを把握し、新商品を投入したことで売上を向上させている。効果Aに関しては、今までは時間を要していた商品単品ごとの利益率の分析をその日のうちに実施することにより、店舗ごとの利益率を極大化できるような品揃えを実現したり、従来は難しかった時間帯別の来客の予測の自動化により商品のタイムリーな調達を実現したりすることで利益を向上できた事例がある。効果Bについては、多数の購買履歴の分析により、消費者の購買傾向に合わせてカスタマイズされた割引券を発行することで客単価を向上させることができた例がある。効果Cについては、会員の購入履歴に加え、ソーシャルメディアの書き込みなどを分析することで、会員登録以降に変化のあった会員属性や嗜好を把握することができた。そのため、その会員の真のニーズに合ったカタログを送付することができ、カタログの費用対効果を向上させることができている。最後に効果Dについては、共通ポイントカードを利用して、自社に取り込めていない顧客群のニーズを把握することができたため、効果的な来店誘導策を実行できている例があった。 図表1-3-3-9 流通業における発現効果 (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) (イ)製造業 製造業で多く用いられているビッグデータは、納入した製品の稼働状況である。以前より、産業用の大型機械(発電用タービンなど)では運転監視用に多数のセンサーが取り付けられていた。また、エアコンや工作機械などでも自動制御用にセンサーが組み込まれている。これに加え、近年では自動車などに運転制御支援用のセンサーやコンピュータ、カーナビゲーションシステムのGPSやジャイロなど、新たにセンサーが取り付けられている製品も増えている。これらのセンサーの情報を収集し、納品した製品の稼働状況をビッグデータとして管理、分析することで新たな価値を生み出している事例が多く見られる。 このような機械の稼働状況を分析して、アフターサービスの効率化に取り組んでいる事例が多く見られた。すなわち、ビッグデータ分析によって故障の前兆となる情報を検出したり、稼働の状況による摩耗などを予測したりすることによって、故障する前に保守点検を行う「予防保守」を実施し、計画的な現場訪問の実現による業務効率化や、計画外の稼働停止によるエンドユーザーの損失回避を実現して、顧客満足度を向上させるなどの効果を上げている。万一故障が起きた場合でも、故障原因を特定し、必要な対応を迅速に行えるようになったため、エンドユーザーの損失を最小限にすることも可能となった。さらには、稼働状況や故障状況をもとに、製品の設計上や生産工程上故障を誘発しやすい部分を発見するなど、製品設計や生産管理を見直し、メンテナンスの負荷を下げている例もあった(図表1-3-3-10 効果@)。 また稼働状況を分析し、負荷に対する最適な稼働を提案することで顧客の節電や機械の寿命延長などを行うサービスを行っている例もある。このようなサービスは有料化されているものもあり、製造業の新たな付加価値サービスとして提供されている(図表1-3-3-10 効果A) 図表1-3-3-10 製造業における活用パターンと効果発現メカニズム (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) 製造業における上記の2つの効果に対応する事例を図表1-3-3-11に掲げる。 効果@については、機械に取り付けられたセンサーからの情報を収集し、今までの業務経験から得られている故障の前兆現象を把握した場合に、計画的にエンドユーザーを訪問し、予防保守を行っている例が挙げられる。このことによって、顧客の業務が中断されず喜ばれているとともに、効率的なメンテナンスが行えるようになっている。 効果Aに関する事例として、機械のセンサーの状況と、周辺の環境の情報を合わせて分析し、最適な運転状況を提案し、節電を促す有料サービスが挙げられる。このことによって、最大20%程度の節電効果をエンドユーザーに対して提供できている。 図表1-3-3-11 製造業における発現効果 (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) (ウ)農業 農業においては、ビッグデータ以前にICTそのものの利用が進んでいないことが課題となっている 32 。業務としては育種研究・開発、種苗生産と生産、流通の3つに大きく別れていると考えられる。流通・販売情報を見て、生産に活用する事例や育種研究、種苗生産でビッグデータを活用する事例は萌芽的に出ているものの、農業自体のICT活用が進んでいないため、大規模に取り入れられている例は少ない。 現在、生産過程においてビッグデータが使われている例が比較的多く見られる。すなわち作業記録、気象、土壌などの環境データおよび作物の生育状況や成分を収集し、相互に分析することで、適正な作業量、肥料量、農薬量を算出する。この情報により、植物工場を制御したり、作業者への指示を最適化したりして、収量の増加、品質の向上及び安定化、さらにはコストの最適化を図っている(図表1-3-3-12 効果@)。 図表1-3-3-12 農業における活用パターンと効果発現メカニズム (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) 農業における上記効果に対応する事例を図表1-3-3-13に掲げる。 いずれの例も栽培データ、土壌データ、作物の品質データを蓄積して、最適な生育のための条件を算出している。植物工場では、温度や照明、肥料等の制御をそのデータを用いて行うことで、収量の増加とコストの削減を同時に実現し、露地物と同等の生産コストを実現できている。 また、工芸作物生産においても、同様のデータに基づく作業計画を立案することで、品質の安定化に寄与したほか、投入農薬量、投入労働量を大幅に削減することができている。 図表1-3-3-13 農業における発現効果 (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) (エ)インフラ(道路交通) インフラについては、特に道路交通分野での取組を取り上げた。インフラの整備計画は、従来は統計的な調査によって交通需要を把握し、計画を策定していたが、近年は携帯端末や地理情報システム(GIS)を活用した動的な需要が把握できるようになっており、より精度の高い計画が策定できるようになっている。改良箇所の発見などでカーナビゲーションのデータを活用する例などが見られている。この動的な需要データを用いて、リアルタイムに交通情報を提供するサービスが行われており、渋滞回避に効果を上げている(図表1-3-3-14 効果A)。 また、道路そのものにセンサーを取り付けて、インフラにかかる荷重やそれに伴う変位などを測定するシステムも導入され始めている。これにより、道路の中長期的なメンテナンスコストの低減が期待されている(図表1-3-3-14 効果@)。 図表1-3-3-14 インフラ(道路交通)における活用パターンと効果発現メカニズム (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) インフラ(道路交通)における効果ごとの事例を図表1-3-3-15に掲げる。 効果@については、橋梁にセンサーを設置して荷重やひずみの状況を収集し、状況を遠隔監視するソリューションが都市高速道路などに導入されている。これらの情報を用いて、橋梁のモニタリングを行うことで、現場での保守点検作業の効率化が図られているほか、中長期的なデータに基づく劣化の状況予測などへの展開が期待されている。 また効果Aについては、タクシーの走行軌跡情報や道案内のアプリをインストールしたスマートフォン端末から得られる軌跡情報に基づき、従来の道路交通情報システムが対象としていなかった細かい道路に至るまでのリアルタイム交通情報が提供された例がある。このことにより、渋滞回避による走行時間短縮やそれに伴う燃料消費削減効果が得られている。 図表1-3-3-15 インフラ(道路交通)における発現効果 (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) ウ 事例に基づく潜在的な経済効果の推計 詳細調査の結果を基に、各業種におけるビッグデータの活用事例に基づき、ビッグデータの活用によって創出される効果について、それぞれ効果算出の式を計算した上で、想定される潜在的な経済効果について推計を行った。 (ア)流通業 流通業では、事例分析の結果から推計可能な効果として販売促進効率化効果と発注量最適化効果が現れており、推計の結果、前者は約9,894億円、後者は約1,635億円となった(図表1-3-3-16)。 図表1-3-3-16 流通業におけるビッグデータ活用によって創出される潜在的な経済効果 (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) 今回の事例が該当する小売業種は、日本標準産業分類の中分類「(56)各種商品小売業」、「(57)織物・衣服・身の回り品小売業」及び「(58)飲食料品小売業」に相当すると考えられ、これらの年間販売額約67兆円の約2%に相当する規模であるが、これらの業種の過去5年間(平成18〜23年度)の年間販売額の年平均成長率は0.1%とほぼ横ばいで推移している状況にある(図表1-3-3-17)。 図表1-3-3-17 事例の対象小売業種※の年間販売額の推移 (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年)(経済産業省「商業動態統計調査」より作成) (イ)製造業 製造業では、リモートメンテナンスによる対応時間の削減や最適運転の提案によって生じる節電効果などを対象とした。なお、リモート監視によるメンテナンス人件費の効率化効果(4兆7,380億円)は、対象としたはん用、生産用、業務用の機械器具製造業の出荷額(平成22年)の15.5%に相当する数字である。また、業務用エアコンのリモート監視による節電効果(519.7億円)は、業務用エアコン6.5万台分の電気料金に相当する数字である(図表1-3-3-18)。 図表1-3-3-18 製造業におけるビッグデータ活用によって創出される潜在的な経済効果 (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) (ウ)農業 農業では稲作及び植物工場においてビッグデータの活用による潜在的な経済効果を算出した(図表1-3-3-19)。 図表1-3-3-19 農業におけるビッグデータ活用によって創出される潜在的な経済効果 (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) 稲作において、リモートセンシングによる品質管理の向上及びブランド販売戦略の相乗効果により、60kg当たりの米の価格が2.9万円向上した事例を基に潜在的な効果を算出した。植物工場では生産コストが12.5%低下し、露地栽培との差が解消される。施設野菜の生産コストは販売額の約60%であるため、生産コスト12.5%の低下により、利益率は7.5%上昇する計算になる(図表1-3-3-20)。 図表1-3-3-20 植物工場における生産効率向上によるコスト削減効果 (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) 上記のほか、農業におけるビッグデータ活用事例としては、茶栽培において、圃場毎の土壌、茶葉の成分分析結果のデータベース化を図るとともに、生産履歴管理システムを導入することで、低コストで高品質の茶葉生産を実現している事例が存在する。 これにより生産規模の拡大が図られ、日本最大級の規模を実現したほか、定量的な効果としては、10a当たりの直接労働投入時間を66%、時間に換算して46時間分の削減に成功した。 (エ)インフラ(道路交通) インフラについては、橋梁の予防保全による延命効果とプローブ交通情報 33 による渋滞解消に伴う燃費向上効果をポテンシャルとして推計した。前者は年間約2,700億円の削減となるが、これは橋梁整備費用(5,700億円:2009年)の48%に相当する数字である。また、後者は年間1兆1,600億円分の燃費向上となるが、これは国内の自動車約1,060万台分の燃料消費額に相当する数字である(図表1-3-3-21)。 図表1-3-3-21 インフラ(道路交通)におけるビッグデータ活用によって創出される潜在的な経済効果 (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) 今回の推計結果を一覧表にまとめたのが図表1-3-3-22である。なお、事例として表面化していない利活用があるため、産業(分野)全体のポテンシャルはさらに大きいものと考えられる。 図表1-3-3-22 事例に基づく潜在的な経済効果の推計結果 (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) 今回は、ビッグデータの活用による効果をすべての業種で定量的に測定することはできなかったが、効果の一端については測定できた。今後、活用場面の拡大や活用事例から収集できる情報の増加により、推計可能な効果の拡大やビッグデータの活用による効果そのものの拡大も期待されるところである。 なお、今回の分析においては以下の制約下での試みである点に留意が必要であり、今後、関係方面において更なる精緻化が期待される。 ・時間的制約等から、対象となる業種を絞り込んだ上で効果の推計を行っていること。 ・対象となった業種についても、ヒアリング調査等により発現効果を定量的に把握できたものについて、潜在的な経済効果を推計したため、当該業種におけるビッグデータの活用による効果のすべてを推計したものではないこと。 32 平成24年版情報通信白書第1章第4節2(3)「情報化進展度指数(産業別)」を参照されたい。 33 プローブ交通情報については、P147参照。