(2) EU諸国の情報通信政策の動向 ア EU (ア)米国による情報監視問題の波紋 米国の情報機関である国家安全保障局による監視問題は、EUにおける市民のプライバシーやデータ保護関連の政策に多大な影響を与えた。 欧州委員会は2013年11月にEUと米国間のデータ流通をめぐる懸念解消に向け、@大西洋を横断するデータ流通に関する戦略ペーパー(コミュニケ)を作成し、米国の情報収集プログラムによるリスクに対応する、AEUと米国間の商用目的のデータ転送を規制している「セーフハーバー協定」(個人データの移転に関するEUと米国間の取り決め)の機能を分析する、B2013年7月に設置されたEUと米国の作業部会を通じてデータ保護に関する報告書を作成する、という内容で構成されたアクションを提示している。また、三つのアクション以外にも、旅客者予約記録(Passenger Name Records:PNR)やテロリスト資金源追跡プログラム(Terrorist Finance Tracking Programme:TFTP)の米国との既存合意の見直しなどを欧州委員会は提案している。 (イ)電気通信の単一市場パッケージ 2013年9月11日、欧州委員会は電気通信の単一市場構築を狙いとする法案を盛り込んだパッケージ「欧州大陸の接続:電気通信の単一市場の構築(Connected Continent:Building A Telecoms Single Market)」を提出した。パッケージは、2010年5月に公表されたEUの包括的なICT戦略「欧州デジタル・アジェンダ」における「デジタル単一市場(Digital Single Market)の創設」とアクションを実現するものであり、国境を越えたコンテンツ、サービス、事業の展開を目標としている。 提出された電気通信の単一市場パッケージは、「認可指令(2002/20/EC)」、「枠組み指令(2002/21/EC)」、「ユニバーサル・サービス指令(2002/22/EC)」、「BEREC(欧州電子通信規制者団体)の設立と事務局に関する規則(Regulations(EC)No 1211/2009)」、「EU域内の公衆移動体通信網のローミングに関する規則(Regulations(EU)No 531/2012)」といった複数の指令・規則の改正案によって構成されている。2014年4月3日には、欧州議会本会議において修正案が可決された。主な改革のポイントとして、「電気通信事業者に適用される規則の簡略化」、「EU域内のローミング料金の撤廃」、「法律によるオープン・インターネット(ネット中立性)の保護」、「電気通信サービスの契約における消費者の権利強化」、「周波数割当てにおける協調」、「投資環境の確保」が挙げられる。 (ウ)ICT利活用の行動計画 EUでは欧州デジタル・アジェンダの目標に沿ってブロードバンドインフラの普及を進めているが、並行してICTの利活用にも力を入れている。2014年1月には、欧州委員会が2012年に提案していた、ヘルスケア分野でデジタル・ソリューションの活用を図る「eヘルス行動計画」が欧州議会で承認され、ほぼ同時期に、米国との間で患者データの共有を図るeヘルス関連のプロジェクト「Trillium Bridge」の設立が公表された。同プロジェクトでは、患者の重要な健康データを含んだ欧州の「患者概要(patient summary)」と、米国の「電子医療記録における意義ある利用ステージ2(Meaningful Use II Transitions of Care)」の情報の相互共有を図っていく。 ヘルスケア分野以外では、教育機関におけるデジタルスキルの向上を図る行動計画「開かれた教育(Opening up Education)」が2013年9月に欧州委員会により公表されている。本行動計画では、欧州のデジタルスキルが低調であるという現状の改善に向けて、@組織、教員、学習者のイノベーションを促進するために機会を創出する、A公共の財源によって教材を作成し、オープン教育リソースとして誰でも利用できるようにする、B教育機関のICTインフラやコネクティビティを向上させる、といった取り組みへの着手を掲げている。 (エ)スマート化の推進 欧州委員会は2013年11月に「スマートシティ戦略的実践計画(Smart Cities Strategic Implementation Plan)」に盛り込まれた活動内容の実現について地方自治体、企業および市民団体の代表らと協議した。欧州委員会は同計画に対して、研究・イノベーション資金配分プログラム「Horizon2020」の2014〜2015年の予算から2億ユーロを拠出する意向を示している。また同月、スマートシティとスマートビジネスの構築を支援するアプリケーションに、賞金総額で40万ユーロを提供する欧州史上最大のアプリ・コンテストを開催すると発表した。 また、高度交通システムの研究開発に重点を置いてきた欧州委員会は、2014年2月コネクティッド・カーの欧州標準の策定を発表した。コネクティッド・カーの標準は欧州電気通信標準化機構(ETSI)と欧州標準化委員会(CEN)が欧州委員会の求めに応じて策定したもので、本標準の採用により様々な業者間でコネクティッド・カーの製造に関して共有が図られるようになる。 (オ)サイバーセキュリティ動向 2013年4月に欧州議会の本会議で欧州ネットワーク情報セキュリティ庁(ENISA)の機能強化を図る規則案が賛成多数で可決された。ENISAの活動期間の7年延長、ENISAによるサイバーセキュリティ政策や関連法の策定サポート、ならびにサイバーセキュリティ関連の研究開発や標準化のサポートなどを含む規則は2013年6月に正式に発効した。 このほか、サイバー犯罪の罰則を強化する指令案が2013年7月に欧州議会と欧州連合理事会で立て続けに採択され、正式に法律として発効した。指令の発効により、情報システムへの不正アクセス、データへの違法干渉、違法な通信傍受、サイバー攻撃での使用を意図したツールの開発や販売などに最低2年以上の禁固刑が科され、発電所、運輸網、政府ネットワークといった「重要インフラ」への攻撃などには最低5年の禁固刑が科される。また、司法と警察の国境を越えた連携を推進するための準則も盛り込まれている。 イ 英国 (ア)デジタル国家戦略文書「接続、コンテンツ及び消費者」 文化・メディア・スポーツ省(DCMS)は2013年7月、デジタル国家として英国が世界をリードするための長期的戦略文書「接続、コンテンツ及び消費者:成長のための英国のデジタルプラットフォーム(Connectivity, content and consumers:Britain’s digital platform for growth)」を発表した。 英国のメディア及び電気通信セクターにおける規制は2003年通信法から大きく変更されておらず、政府は大幅な制度改正を行うための「新通信法案」を目指していたが、スケジュールの延期が繰り返されていた。同戦略文書では、規制の革新的な変更というよりも、むしろ漸進的な見直しが提案された。 具体的な内容としては、「今後10〜15年を見据えた世界クラスのデジタルインフラ」、「世界で競争できるイノベーティブなコンテンツ」、「インターネットにおける消費者の安全」、「競争及びコスト、サービスにおける豊富な選択オプション」といった四つの目標が提示された。さらに具体的に取り組むべき課題として、消費者利益の保護が最優先分野として位置づけられ、迷惑電話への対応、予期せぬ高額な料金請求の根絶、有害コンテンツからの児童保護といった課題が挙げられた。さらに、多様な形式の電子番組案内を通じての公共サービス放送の視聴、インセンティブオークションの実施やホワイトスペース技術を利用したダイナミックスペクトラム・アクセス、メディアの中立性の基準等が検討されることとなった。 (イ)行政サービスのオンライン化促進政策 内閣府は2014年1月、政府が現在進めている各種サービスのオンライン化が順調に進んでおり、2015年までにG8諸国の中では最もデジタル化が進んだ政府になると発表した。 また、内閣府内の政府機関のデジタルサービス化を推進する組織「政府デジタルサービス(Government Digital Services)」が、政府関連機関内のデジタル・インクルージョン促進を目的に、デジタル・インクルージョンの原則をまとめ「デジタル・インクルージョン・チェックリスト」として発表した。これは政府機関、民間、慈善団体セクターなどで広く利用されることを目的に作成されたもので、チェックリストを順守することで自動的にデジタル・インクルージョンを実行することができるように設定されている。 (ウ)クリエイティブ産業振興政策 文化メディア・スポーツ省は「個人の創造性や技能、才能に由来し、また知的財産権の開発を通して富と雇用を創出しうる産業」として、広告、建築、アート、デザイン、映画、出版、ソフトウェア、テレビ・ラジオ等の産業をクリエイティブ産業と位置付けている。また、財務省はクリエイティブ産業が英国にもたらす文化・経済的価値は大きく、英国の映画とTV番組が世界をリードできるよう、業界内に見出される幅広い才能を支援する方針を打ち出している。 ウ フランス (ア) 「デジタル分野における政府活動ロードマップ」の推進 2012年5月に発足したオランド政権における情報通信政策は、エロー首相(当時)が2013年2月末に発表した政策要綱「デジタル分野における政府活動ロードマップ」(Feuille de route du Gouvernement sur le numérique)に沿って実施されてきた。このロードマップには、@デジタル技術活用による若年層の教育・就業機会増大、Aデジタル技術活用による国内企業の競争力強化、Bデジタル社会・経済におけるフランスの価値の促進、の三つの目標の下、18の具体的政策が盛り込まれている。2014年3月、政府はこのロードマップ発表後1年間の成果報告を行い、18の政策のほぼすべてが実施段階に入っていることを確認している。 このうち、デジタル技術活用による国内企業の競争力強化については、その一環として、「フランス超高速ブロードバンド計画」(Le Plan France Très Haut Débit)において、2022年に国内全世帯を超高速ブロードバンド接続可能にすることが目標とされている。官民合計で10年間に約200億ユーロを投資するとされており、中間段階として2017年には国内の半数の世帯が超高速ブロードバンドに接続可能となる見込みである。 サイバーセキュリティ強化は、2013年12月に成立した2014年-2019年の防衛計画に関する法律において優先項目のひとつとされており、この分野において中心的な役割を果たす国家情報システムセキュリティ庁(ANSSI)の職員を段階的に増加させること等が規定されている。 また、2013年9月、34分野にわたる産業育成により、今後10年間に455億ユーロの付加価値と48万の雇用とを創出することを目指す「新産業フランス」(Nouvelle France Industrielle)計画が生産復興省により発表された。34の分野は、@エネルギー転換、Aデジタル技術、B生活・医療改革に分類され、ビッグデータ、コネクテッド・オブジェクト、近距離無線通信(NFC)等を中心とするAはもとより、@にはスマートグリッド、Bには病院電子化や遠隔教育等が含まれるなど、その多くが情報通信技術に関わるものとなっている。 さらに、2014年1月には新興企業育成施策「フレンチ・テック」(FrenchTech)が開始され、「未来への投資」基金による2.15億ユーロの支援等により、情報通信分野を始めとするベンチャー育成と国際展開支援が実施されており、同年2月にはベンチャーの米国への進出支援を目的とする事務所がサンフランシスコに開設された。 (イ)通信・放送分野における基本法の改正 放送分野においては、2013年11月に施行された公共放送の独立に関する法律により、視聴覚法が改正され、放送行政を所管する視聴覚高等評議会(CSA)の委員の定員及び選任方法が改正されたほか、公共放送機関の会長の選任について、CSAの多数決により行う方式へと復された。また、フランス・テレビジョンにおける広告放送について、2016年1月までに全廃する旨の視聴覚法の規定が削除された。 通信分野においても、制裁に係る電子通信・郵便規制機関(ARCEP)内の訴追と判断との機能分化を強化する郵便・電子通信法典の一部改正が2014年3月に実施されている。 エ ドイツ ドイツのICT戦略は、連邦経済エネルギー省(BMWi)が推進する「デジタルドイツ2015」(Deutschland Digital 2015)と、連邦教育科学研究技術省(BMBF)が推進する「ハイテク戦略2020」(High-Tech Strategy 2020)とに大別される。 (ア)デジタルドイツ2015 デジタルドイツ2015は、2010年10月に閣議決定され、2015年までを期限とするICT分野におけるドイツ産業界のイノベーションと競争力を推進するための包括的な取り組みである。ICTの利活用による持続可能な経済成長や雇用創出、社会的課題の解決といった目的の下、政策目標として、ドイツ企業の競争力強化やインフラ整備、利用者保護、研究開発の拡大と製品の短期市場投入、ICT利用に関する訓練・能力向上、ICT利活用による社会問題の解決などを挙げている。 (イ)ハイテク戦略2020 ハイテク戦略2020は、イノベーションに係わる主要なステークホルダーが共通目標をもって課題解決に取り組む国家的アプローチとして、2006年に策定されたハイテク戦略を継続発展させたものである。2010年7月に、グローバルな課題への挑戦として「気候/エネルギー」「健康/栄養」「モビリティー(移動)」「セキュリティ」「コミュニケーション」の5つの分野に焦点を当て、課題解決に向けた研究プロジェクトが提案されており、イノベーションを推進するキーテクノロジーとして、バイオ/ナノテクノロジー、マイクロ/ナノエレクトロニクス、光学技術、マイクロシステム技術、材料技術、生産技術、サービス研究、宇宙技術、情報通信技術が示されている。