2.映像配信技術 1 「ウルトラセブン」〜相互映像通信 1960年代中盤まで、日本で嵐のように吹き荒れた空想科学アニメのブームは、1966年1月に「ウルトラQ」が放送開始、同年7月に「ウルトラマン」が放送開始されることで、怪獣ブームに移行し、その展開分野はアニメ番組から特撮番組に場所を移した。 映画においては、1954年に公開された「ゴジラ」を皮切りに多くの怪獣映画が公開されたが、毎週放送のテレビシリーズとして「ウルトラQ」が放送されることで怪獣はブーム化し、続いて放送された「ウルトラマン」はユニークなデザインの怪獣や宇宙人が毎週登場することで人気を呼び、平均視聴率36.8%を記録した。 1967年10月から翌年の9月まで約1年間放送された「ウルトラセブン」は、「ウルトラマン」に続く円谷プロダクションの巨大ヒーローシリーズの2作目にあたる作品だが、この作品には、ウルトラ警備隊の標準装備として“ビデオシーバー”というウェアラブルの双方向映像通信機が登場している(図1)。 図1 「ウルトラセブン」(テレビドラマ)(c)円谷プロ(資料提供:円谷プロダクション) ウルトラ警備隊は、地球防衛軍極東基地に所属する精鋭部隊で、地球侵略を企む宇宙人と戦うことを主な任務としている。“ビデオシーバー”は、腕時計型のテレビ電話で、隊員同士が通話する場面で使用された装備である。カバーの裏側がスクリーンになっており、相手の映像を見ながら通話ができる。 携帯電話が登場した時点で、こうした1960年代の特撮番組やアニメの世界が現実になったという感覚を持った人は多いだろう。しかもビデオシーバーのような機器が隊員同士の通話のような単一の目的に特化しているのに対し、通話以外の様々な機能を増やしていった携帯電話、スマートフォンは、1960年代の番組に登場した機器の性能を追い越してしまったと言って良い。相互映像通信に関しても、映像がデジタルになるとともに圧縮技術が進み、容量の小さな回線で映像を送れるようになったこと、それを処理するための演算能力の高速化、カメラの小型化などにより、既にSkypeなどのコミュニケーションソフトウェアを使った国内外との映像つきの通話は日常化している(図2)。 図2 Skype for Business(出典)日本マイクロソフト株式会社提供資料 こうしたフィクション作品に登場する機器は、作品が作られた時点の社会や科学の状況をもとに発想されるものも多いが、前出した「スーパージェッター」、「ジャイアントロボ」やこの「ウルトラセブン」など1960年代のテレビ番組が作られた時点ではまだ、コンピューターの可能性については一般に理解されておらず、インターネットの概念についても同様だった。「ウルトラセブン」の放送当時、テレビ電話の開発が行われている情報は雑誌の記事等で取り上げられており、“ビデオシーバー”はこうした当時の状況を背景に発想されたものだと思われる。 このように、フィクション作品に登場する機器は、発想の背景となる技術の発達に伴って進化している。「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」といった特撮シリーズについても同様で、2007年に放送された「ULTRASEVEN X(ウルトラセブンエックス)」に登場した、エイリアン対策組織DEUSのエージェントたちが使ったビデオシーバーには、調査機能やGPS機能の他に反重力機能が搭載されている。 2 「サンダーバード」〜5号機の超高性能コンピューター 1965年に登場したイギリスのテレビ映画「サンダーバード(原題:Thunderbirds)」の中にも、相互映像通信は登場している。 「サンダーバード」は、「海底大戦争スティングレイ(原題:Stingray)」や「キャプテン・スカーレット(原題:Captain Scarlet and The Mysterons)」、「謎の円盤UFO(原題:UFO)」といったフィクション作品の製作でも知られる映像プロデューサー、ジェリー・アンダーソンが製作した連続テレビシリーズである。マリオネットに人間的な動作と表情を加え、リアル感のあるミニチュアセットを使った特撮で人形劇の新境地を開いた。 日本では1966年からNHKが放送し、番組の人気とともに登場するサンダーバード機や秘密基地のプラモデルが子供たちの間でブーム化した。 「サンダーバード」は放送当時から100年後の未来を設定している。2065年、土木建築事業で巨万の富を得た元宇宙飛行士のジェフ・トレーシーは、その資本を元に最新の科学設備を使って、事故や災害の救助にあたることを目的とした秘密組織、国際救助隊を設立する。国際救助隊のメンバーは、ジェフの5人の子供たちと姪のペネロープ、両親を亡くした後ジェフに育てられた天才科学者ブレインズである。 ジェフの5人の子供たちはそれぞれサンダーバードと名付けられた救助用の最新鋭機を担当しており、長男のスコットは、超音速ロケット機のサンダーバード1号、次男のジョンは、宇宙に浮かぶ通信ステーションのサンダーバード5号、三男のバージルは、救助活動に必要な装備をコンテナに積んで運ぶサンダーバード2号、四男のゴードンは、陸上活動も可能な小型潜航艇のサンダーバード4号、五男のアランは宇宙ロケットのサンダーバード3号の乗員である。国際救助隊は、南太平洋上のトレーシー・アイランドに作られた秘密基地をベースに科学力を駆使して、SOSが発せられた難事件にあたる。 「サンダーバード」では特にジェフの5人の息子たちが乗るサンダーバード機に人気が集まったが、番組の中にはこの他にも様々な未来の機器が描かれている。TVシリーズの第1話「SOS原子旅客機」は、脚部分に爆弾を仕掛けられて着陸ができなくなった超音速旅客機を、国際救助隊の先進メカを使って救出するストーリーだが、爆弾を仕掛けた悪役フッドは、スクリーン付の公衆電話機からロンドン空港に電話をかけて超高速旅客機に爆弾を仕掛けたことを伝える。フッドが正体を隠すためにスクリーンの機能をキャンセルした画面には『SOUND ONLY SELECTED』の文字が並んでいる。 サンダーバード5号に乗り組むジョン・トレーシーは爆弾の対処を話し合う管制塔とコックピットとのやりとりをキャッチし、トレーシー・アイランドの基地に伝える。基地の司令室には、隊員の肖像画が飾られており、ジェフとそれぞれの隊員との通信時には肖像画の眼が光るとともにスクリーンに切り替わり、双方向の映像通信が開始される。 放送当時、特に人気を集めたのは、国際救助隊の様々な救助用メカを運ぶ大型輸送機のサンダーバード2号だったが、第1話のように、多くのストーリーの起点となるのはサンダーバード5号である。サンダーバード5号は、太平洋上約3万6,000キロの静止衛星軌道上に位置する有人宇宙ステーションで、救難信号の受信と国際救助隊本部との連絡、救難現場における状況把握と国際救助隊の活動支援の役割を担っている。機体の外部には、レーダーやセンサーから探知されにくくするステルス機能の他、宇宙船や隕石との接触を事前に回避する軌道修正機能を搭載、内部には快適な長期滞在を可能にする人工重力発生装置が設置されている。メインルームである通信モニター室に設置されている大型コンピューターにより、地球や宇宙から発信されるあらゆる信号を傍受し、救難信号のみを自動的に選別して、録音できる。 救難信号自動録音装置につながった大型コンピューターは、多様な言語で行われている通信を解析し、重要度によって選り分けた上で、緊急に対応しなければならないものに関しては緊急ランプを点滅させ、オープンリールに自動的に録音を開始する。 前記したようにこの時代に制作された作品の多くで描かれたコンピューターの機能は漠然としたものだったが、「サンダーバード」では具体的機能として描かれており、現在にもつながっている。60分の長尺で1話が描かれる「サンダーバード」では、こうした仕組みが端折られずに描かれ、徹底したメカ描写が行われることで、リアリティが与えられ、視聴者が科学や未来について考えるきっかけとして重要な役割を果たしたと言える。 3 「スター・ウォーズ」〜印象的に描かれた三次元映像 ハリウッドでは、第二次世界大戦前から多くのSF映画が製作されてきた。とりわけ1950年代はSF映画ブームで、例えば、1951年にアメリカで公開され、日本では翌年に公開された「地球の静止する日(原題:The Day the Earth Stood Still)」は、地球にやってきた異星人と人類とのファーストコンタクトを描いた作品だが、この作品に登場する異星人のロボット“ゴート”は地球を滅亡させるまで止まることのない絶対の兵器として描かれている。1955年公開の「宇宙水爆戦(原題:This Island Earth)」では、宇宙人が地球人の研究者たちに“インターロシュター”という相互映像通信機を送りつけ、彼らにこれを組み立てさせ、指示を送り、宇宙へと連れ去っている。また、1956年に公開された「禁断の惑星(原題:Forbidden Planet)」は、消息を絶った惑星移民団の捜索にやってきた人々と異星の超先進科学との出会いを描いているが、この作品に登場するロボット“ロビー”は、その後のアメリカ映画におけるロボットの原型のひとつとなったと言われている。 その後、1960年代に入って、SF映画の制作本数はやや減少するが、現代では再びSFやファンタジーといったカテゴリーの映画が世界的なブームとなっており、アメコミ作品を原作とした「アベンジャーズ」や日本では2014年から2015 年にかけて公開され、大ヒットを記録した「ベイマックス」等のSFアクションやファンタジーが全世界的に人気を集めている。 こうした現代に連なるSF映画の中の記念碑的な作品となったのが、「スター・ウォーズ」シリーズである。 「スター・ウォーズ」シリーズは、地球や我々の未来を描いている作品ではないが、乗り物やロボット(ドロイド)、登場人物が使う道具等、様々な機器や技術を豊かなアイデアのもとに描いている。 1977年にアメリカで公開、翌年に日本でも公開された「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望(原題:Star Wars EpisodeW: A New Hope)」では、ホログラフィを使った三次元映像が物語のキーとして印象的に描かれている。 圧政で宇宙を支配する銀河帝国軍に対抗する共和国軍のリーダーの1人、レイア・オーガナ姫は帝国軍に捕らえられるが、捕まる寸前に銀河帝国軍の宇宙要塞デス・スターの設計図とレイアの養父の友人であるオビ=ワン・ケノービに助けを求めるメッセージをロボット(ドロイド)のR2D2に託し脱出させる。ここでメッセージとして使われたのがホログラフィを使った三次元映像である。R2D2が伝えたのは『助けて!オビ=ワン・ケノービ。あなたが唯一の希望です。』と呼びかけるレイア姫の姿だった(図3)。 図3 映画「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望」「画像はデジタル配信中の『スター・ウォーズ』より」Star Wars: A New Hope (c) & TM 2015 Lucasfilm Ltd.All Rights Reserved. 「スター・ウォーズ」シリーズでは、ホログラフィはまずこのように、三次元映像を記録し、再生するための技術として登場しているが、その後のシリーズの中では、長距離通信の手段としても使用されている。相互通信を行うときは、利用者同士がお互いの三次元映像を見ながら同じ部屋にいるような状態で会話することができる。 現代においては、三次元映像を使った演出は、様々なエンタテインメントの分野で見ることができる。世界的な大ヒットとなった2009年の映画「アバター」の記憶も新しい3D映画は、多くの作品が公開されている。また、3Dテレビも2010年以後、各社から発売されている。 大型イベントでの導入も広がってきており、例えば、2014年のビルボードミュージックアワードでは、2009年に亡くなったマイケル・ジャクソンが三次元映像で復活し、新曲に合わせて生バンドやダンサーたちと一緒にパフォーマンスを繰り広げ、観客を驚かせた。また、音声合成システムVOCALOIDから生まれたバーチャルアイドル初音ミクを主役としたライブイベント“ミクの日感謝祭”では、歌い踊る三次元映像のミクに生身の大観衆が応える未来的な光景が繰り広げられた。これらは、いずれも半透明スクリーンなどに三次元の映像を投影するホログラフィック・ディスプレイと呼ばれる技術で、海外での人気も高いPerfumeのステージにおいても使用されている。 しかし、「スター・ウォーズ」のように何もないところに三次元映像を映し出し、通信に用いる技術は現在のところでは、開発の段階にある。 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の超臨場感映像研究室では、革新的な三次元映像技術による超臨場感コミュニケーションの実現を目指している。超臨場感映像研究室で電子ホログラフィを研究する大井隆太朗主任研究員は、ホログラフィは三次元映像の記録、再生方法として最も理想的だと言う(図4、図5)。 図4 各種の三次元記録・再生方法の比較NICT資料より作成 図5 NICTで研究開発された電子ホログラフィの画像(出典)NICTホームページ 人間はものを見るときに色々な手がかりで立体を認識します。両眼の視差、運動の視差、目の焦点調節(深い奥行き感)などがその手がかりですが、人の奥行認識の手がかりを完全に再現できるのがホログラフィという技術です。人が正面に座って見ている分には両眼の視差を手がかりとした二眼式で良いのですが、左右から回り込んで見てみると、二眼式では破たんしてしまいます。(大井氏) ホログラフィは静止画の分野で既に実現されていて、撮影されたり売られたりしているが、動画ホログラフィの実現にはホログラフィの電子化が必要で、この研究は国内外で行われているという。 デジタル的にホログラムを撮って、デジタル的に再生することが必要なのですが、難しいのは計算、表示をするために膨大なデータを使うことが必要だということです。(大井氏) ホログラフィは、(光の回折という現象を用い、)1ミリあたり1,000本くらいの干渉縞に光を通すことで光を変調し、画像を映し出す。しかし、これを通信で行うためには膨大な情報量という問題を解決しなければならない。 あらかじめ出したい柄の回析パターンをコンピューターに計算させれば画像に合った縞を順次計算機が作っていきますが、テレビの1画素が0.3〜0.5ミリなのに対して、ホログラムをテレビの視野角で映そうとすると、画面の大きさにもよりますが、少なくとも10億画素程度の情報を撮影し、電送し、再生しなければいけない。動画のホログラムやホログラムを電子化して送るということはまだ研究フェーズにあります。ただ、現在のスーパーハイビジョンの流れもあってどんどん画素が細かくなる流れもあるし、液晶分子のサイズは1ミクロンよりも小さいので、原理的にはホログラム用液晶の画素を作ることは可能です。そういう意味では情報量が膨大ということが、電子ホログラフィ実現の課題なのです。(大井氏) 前出したマイケル・ジャクソンのステージのように半透明のスクリーンにプロジェクターで投影する形式のものは、ホログラフィックと呼ばれていて、スクリーン面にしか映像が出ないので、CG的な演出テクニックを使うが、スクリーンから離れたところにちゃんとした映像を出そうとすると、そうした方式では出せなくなってしまう。ホログラムの場合は1ミクロンピッチの画素が必要ということでデータ量が多いので、10メートル四方の映像を作れと言われると難しい。両者にそうした長所、短所があるので、どちらかがなくなってどちらかが残るものではないという。 どういったことに使うかと言うと、通信に使いたい。革新的な三次元映像を使うことで、非常にリアルなオブジェクトや人を空中に浮かせ、コミュニケーションを豊かにすることを目指す。それがホログラムを通信に使うことのモティベーションです。(大井氏) 電子ホログラフィ通信の課題が解決し、実用化が進めば、三次元画像で演出したスマートフォンゲームや、商品の立体画像を映したeコマースサイトでのよりリアルなショッピング体験、まさに「スター・ウォーズ」の世界のような、通話相手をホログラム画像で表示したビデオ会議など、様々な状況での活用が期待できる。 4 「マクロスシリーズ」〜星間通信ネットワークの構築〜進化する設定 多くのSF作品は通信天国である。太陽系の果てから地球までの通信、あるいは恒星間での相互映像通信等、極めて高度な通信が行われているが、これらに説明が加えられていることはほとんどない。 宇宙を舞台にした未来の物語を描く中で、通信技術に関して設定を作って説明を加えているのが、マクロスシリーズである。 マクロスシリーズは、1982年に放送を開始したテレビアニメシリーズ「超時空要塞マクロス」とその続編作品や外伝作品を含む作品群である。「超時空要塞マクロス」、1994年に放送された「マクロス7」、2008年に放送された「マクロスF(フロンティア)」という3つのテレビアニメシリーズを中心にOVAシリーズや、1984年公開の「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」他の劇場用映画といった映像作品、小説、マンガ、ラジオドラマ等、幅広いメディアで長期にわたって展開されている人気シリーズのひとつである。 マクロスシリーズでは、“可変戦闘機バルキリーの高速メカアクション”“三角関係の恋愛ドラマ”“歌”という要素が作品の重要な部分を占めているが、さらに挙げられる大きな特徴は精緻に描かれた世界観である。シリーズの舞台となるのは2000年代初頭から2090年にかけた地球を中心とした銀河系だが、長期にわたるシリーズ全般を通して壮大な架空歴史が構築されている。 世界観のキーとなるのは、紀元前100万年に誕生した地球外生命体“プロトカルチャー”の存在である。このプロトカルチャーの流れを汲む異星の宇宙船が20世紀末の地球に墜落し、人類がこの宇宙船を分析することで、オーバーテクノロジーと呼ばれる技術を獲得し、科学技術に爆発的な進化がもたらされる。このオーバーテクノロジーの核となるもののひとつがフォールド(fold)系と呼ばれる技術群である。マクロスシリーズの中で宇宙船の航行に使われるフォールド航法は、超空間を経由することで目標への到達時間を短縮する航法で、いわゆる“ワープ”に近い技術である。 マクロスシリーズは長いシリーズを展開する中で、初期の設定に様々な架空技術を加えており、このフォールドの技術は兵器にも転用されているが、1994年に放送された「マクロス7」からはこの技術を応用した“フォールド通信”という超高速大量通信システムが登場している。フォールド通信は、マクロスシリーズの作品世界の中で架空歴史が進み、技術の開発が進む中で作られた通信技術である。 フォールド通信は、フォールド航法で転移させる対象を宇宙船でなく、電波として応用したもので、銀河系内でほぼタイムラグなしに交信可能な“ギャラクシーネットワーク”が構築されている。軍事用としてだけでなく、民間放送局の中継や音楽番組の放送がこのネットワークを通じて行われており、このネットワークに乗って銀河系全体に知れ渡ったアイドルも誕生しており、“歌”が作品の重要な要素となるこのシリーズの中で重要な役割を果たしている(図6)。 図6 「超時空要塞マクロス愛・おぼえていますか」(劇場用アニメ)(c)1984 ビックウエスト 最初のテレビシリーズ「超時空要塞マクロス」の冒頭、マクロスはフォールド航法に失敗し、月に向かう予定が冥王星の宙域に転移してしまい、地球との交信も不能になってしまう。オーバーテクノロジーを知るまでの地球人の行動範囲は地球の周辺であり、それより遠い場所からの通信手段が開発されていなかったためだ。 人類が月に足を踏み入れた1969年の時点で、月面で行動する宇宙飛行士の映像は地球に届けられている。無人探査機の地球からの操作、探査機からの映像や写真の送信については小惑星探査機「はやぶさ」を扱った映画作品でも紹介されており、まだ人々の記憶に新しい(図7)。木星、土星さらに海王星や冥王星への探査機も打ち上げられている。さらに、NASAが火星探査に使用している探査機ローバー“キュリオシティ”は、動画撮影も可能なカメラを備えている。 図7 小惑星探査機「はやぶさ」(出典)国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構提供資料 5 「火星の人」〜21世紀のロビンソン・クルーソー 「火星の人(原題:The Martian)」は、アメリカの作家アンディ・ウィアーの処女長編小説である。 「火星の人」の執筆は2009年に始められ、ウィアー自身のウェブサイトから1章ずつ無償で公開された。その後、読者からまとめて読みたいという声が寄せられるようになり、Kindle版を最低価格の99セントで売り出したところ、発売3か月で3万5,000ダウンロードを記録し、SF部門のトップ5に入る。さらに2013年にオーディオブック版をダウンロード方式で販売開始、2014年に紙書籍版をハードカバーで刊行、紙書籍版もニューヨークタイムズのベストセラーリスト上位に進出し、その後、20世紀フォックスが映画化権のオプションを獲得、現在はリドリー・スコット監督により、マット・デイモン主演による映画化が進められている 29 (図8)。 図8 小説「火星の人」表紙(出典)株式会社早川書房提供資料 主人公は火星探索隊の宇宙飛行士である。彼、マーク・ワトニーは、有人火星探査が開始されて3度目のミッションに参加して火星に着陸したが、6日後に起こった大砂嵐が原因で、ミッションは中止を余儀なくされる。さらに火星を離脱する寸前、折れたアンテナがマークを直撃、残されたクルーはマークが死亡したものと判断し、火星を後にする。しかし、マークは奇跡的に生きていた。 「火星の人」は、地球から遠く離れた不毛の地に独り取り残された主人公マークのサバイバルを、マークが記録用に残すログと、NASAとのメールのやりとりを中心に描いている。その内容から“火星のロビンソン・クルーソー”と称されることもある。 1719年にダニエル・デフォーが描いたロビンソン・クルーソーは、無人島に漂着して孤独の日々を過ごした。後に従僕フライデーとの出会いはあるが、彼が救出されるまで28年の歳月を要したという。しかし、300年後に描かれた「火星の人」において、およそ8千万キロ離れた火星に取り残されたマークは孤独ではなかった。 火星基地の被害状況を確認するために、基地に向けられた衛星映像をモニタリングしていた衛星コントロール担当が、開かれていないはずのテントが開かれてきちんと並べられ、砂嵐で砂が積もっているはずの太陽電池がきれいになっていることを発見したのである。その後、マークは以前の探検隊が残した機材を使って地球との通信を回復する。 火星の有人探査に関しては、ここ数年、民間による取り組みが大きな盛り上がりを見せている。宇宙ロケット製造会社スペースXやテスラのCEOを務めるアメリカの起業家イーロン・マスクは、2026年までに火星移住計画の準備ができることを公表している。また、オランダの民間非営利団体マーズ・ワンは火星移住計画を発表し、20,000人の応募者から選抜された100人の候補者を発表している。火星移住の一部始終(移住者の選考過程から実際の火星生活まで)をリアリティーショーとしてテレビ放送し、その放映権収入で10年後の火星移住の費用を賄うという計画だ。 アメリカのSF作家キム・スタンリー・ロビンソンが、1992〜1996年に発表した火星三部作の第1作「レッド・マーズ(原題:Red Mars)」は、2027年に火星への最初の移民団が地球を飛び立つところから始まっている。現実の火星移住計画が予定通り実現できるかどうかは今後を見守るしかないが、少なくとも現時点においてはSFで描かれたものと同じタイミングで実現する計画が進められているということになる。 参考文献 1.アンディ・ウィアー(著)・小野田和子(訳)(2014)「火星の人」 2.円谷プロダクション監修(2013)「決定版ウルトラマンシリーズFILE」 3.デアゴスティーニ・ジャパン(2011)「ジェリー・アンダーソンSF特撮DVDコレクション」 4.デアゴスティーニ・ジャパン(2013)「週刊マクロス・クロニクル新訂版」