(3)ICTによる雇用代替効果 前項において、我が国全体のICTによる雇用の代替効果の大きさを示したが、それでは、ICTが代替する雇用は、どのような特徴を持っているのであろうか。総務省「産業連関表」の雇用マトリクスにおける産業別・職種別の雇用者数データを用いて、ICTの進展と産業別・職種別雇用者数との関係を定量的に検証し、ICTに代替される雇用の特徴を明らかにする。 最初に、総務省「産業連関表」の雇用マトリクスを用いて、日本の雇用者数推移を産業別及び職種別に観察した 5 。その際、総務省「産業連関表」の産業分類を、農林水産業、鉱業、製造業(食料品、繊維、パルプ・紙、化学、石油・石炭製品、窯業・土石製品、一次金属、金属製品、一般機械、電気機械、輸送用機械、精密機械、その他の製造業)、建設業、電気・ガス・水道業、卸売・小売業、金融・保険業、不動産業、運輸業、情報通信業、サービス業、公務の12産業(製造業は更に13産業に分類)に集計している。職種分類は、基本的に総務省「産業連関表」の職業分類の大分類を用いている 6 。 図表3-2-1-4には産業別雇用者数の推移を示した。これをみると、1985年、1995年、2005年にかけて一貫して雇用者数が増加している産業は、情報通信業とサービス業の2産業である。また雇用者数が一貫して減少している産業は、鉱業、製造業、公務である 7 。 図表3-2-1-5には職種別雇用者数の推移を示した。1985年、1995年、2005年にかけて一貫して増加している職種は、専門的・技術的職業従事者、事務従事者、販売従事者、サービス職業従事者、保安職業従事者、採掘・建設・労務作業者である。一貫して減少している職種は、農林漁業作業者、定置機関運転・建設機械運転・電気作業者である。 各産業における職種構成比を確認すると、1985年、1995年、2005年にかけて、目立って職種構成に変化のある産業は、情報通信業と不動産業である。図表3-2-1-6に示した情報通信業の職種構成比をみると、専門的・技術的職業従事者の割合が高くなっている。専門的・技術的職業従事者の内訳を確認すると、情報処理技術者が含まれており、ICTの進展・普及に伴い情報処理技術者が増加していることが、情報通信業において専門的・技術的職業従事者の割合が高くなっている要因である。不動産業では、1995年と2005年を比較すると、事務従事者の構成比が低下し、代わりに販売従事者とサービス職業従事者の構成比が高まっている。パソコン及びインターネットの普及に伴い、不動産業における事務作業の負担が軽くなり、販売やサービスを行う従業員への配分が進んだ可能性がある。 続いて、上記で概観した総務省「産業連関表」の雇用マトリクスのデータと産業別情報資本ストックのデータを使って、ICTがどのような職種の雇用を代替しているかを検証する。池永(2009)は、定型的な業務を行う職種はICTによって代替されることを指摘している 8 。総務省「産業連関表」の雇用マトリクスにおける職種分類において、池永(2009)が示した定型的業務に合わせた対応をみると、定型的な業務を行うことが多い事務従事者(2005年の日本全体の雇用者数の22.0%)やICTによるオートメーション化によって代替される製造・制作作業者(2005年の日本全体の雇用者数の16.4%)は、ICTによって代替され易い職種と考えられる 9 。 一方で、非定型的な業務を行う職種はICTによって代替される効果は小さいと考えられる。池永(2009)においても、研究・分析、企画・立案・設計等を行う非定型分析と称されるカテゴリに含まれる職種は、ICTと補完的な関係であることが実証されている。総務省「産業連関表」の雇用マトリクスにおける職種分類においては、専門的・技術的職業従事者(2005年の日本全体の雇用者数の14.3%)が、ICTによって代替され難い職種と考えられる(図表3-2-1-7)。 図表3-2-1-8は、1995年から2005年までの情報資本装備率の年率換算増減率を横軸、1995年から2005年までの職種別雇用者数の年率換算増減率を縦軸として、24の産業を散布図にプロットしたものである。散布図は、ICTによって代替され難い職種と考えられる専門的・技術的職業従事者とICTと代替的な関係にある職種と考えられる事務従事者及び製造・制作作業者について示した。 これをみると、ICTと代替的な関係にある職種と考えられる事務従事者については、情報資本装備率が増加している産業ほど雇用者数の増減率が低下するという代替的な関係(相関係数:−0.64)が顕著にみられる。また、同様に製造・制作作業者については、製造・制作作業者の割合が高い製造業に限定すると、情報資本装備率が増加している産業ほど雇用者数の増減率が低下する関係(相関係数:−0.57)がみられる。 一方で、ICTに代替され難いと考えられる専門的職業従事者については、情報資本装備率の増加率が高い産業ほど雇用者数の増減率が低下するという代替的な関係が一応は伺えるものの、事務従事者や製造・制作作業者の散布図と比べるとまばらに分布しており代替的な関係(相関係数:−0.36)は弱い傾向にある。 雇用者数に与える影響は、情報資本装備率だけでなくその他の要因も考えられることから、その他の要因を取り除く変数として、実質GDP及び一般資本装備率を考慮して、情報資本装備率の増減率と職種別雇用者数の増減率との関係を検証した結果を図表3-2-1-9に示した 10 。 この結果をみると、専門的・技術的職業従事者、販売従事者、サービス職業従事者、農林漁業従事者において、ICTと代替的な関係は確認されなかった(情報資本装備率の係数がマイナスに有意とならない)。一方で、管理的職業従事者、事務従事者、保安職業従事者、運輸・通信従事者、製造・制作作業者、定置機関運転・建設機械運転・電気作業者、採掘・建設・労務作業者の職種で代替的な関係(情報資本装備率の係数がマイナスに有意となる)がみられる。 5 分析に利用した総務省「産業連関表」の年次は1985年、1995年、2005年である。 6 産業分類、職業分類共に、1985年、1995年、2005年の総務省「産業連関表」のそれぞれの分類が合うように調整を行っている。 7 製造業の内訳を確認すると、一般機械、電気機械、その他の製造業以外が、1985年、1995年、2005年にかけて一貫して減少している。 8 池永肇恵(2009)「労働市場の二極化―IT の導入と業務内容の変化について―」『日本労働研究雑誌』No.584 pp.73-90. 9 池永(2009)では、職種を@非定型分析、A非定型相互、B定型認識、C定型手仕事、D非定型手仕事の5つのカテゴリに分類している。各カテゴリの業務の例として、@非定型分析は研究、調査、設計、A非定型相互は法務、経営・管理、コンサルティング、教育、アート、パフォーマンス、営業、B定型認識は一般事務、会計事務、検査・監視、C定型手仕事は農林水産業、製造業、D非定型手仕事はサービス、もてなし、美容、警備、輸送機械の運転、修理・修復をあげている。 10 検証に用いたデータは、24産業に対して1985年から1995年までの各変数の増減率と1995年から2005年までの各変数増減率の2期間のサンプルサイズが48となるパネルデータである。ただし、職種によって、産業の雇用者数が0となり、増減率が計算できないためサンプルサイズが48より小さい場合がある。