(1)ICTの進化 持続的な経済成長の主要な原動力として、様々な用途に応用し得る基幹的な汎用技術(GPT:General Purpose Technology)による「技術進歩」が重要であることは経済学上のコンセンサスとなっている。ICTは、蒸気機関や内燃機関、電力等に続く現代の汎用技術であるとの見解は今日では広く支持されている。ICTは、その登場とその急速な進化によって、産業構造に大きな変化をもたらしただけではなく、ナノテクノロジー、遺伝子工学、ロボットなど先端技術の進化を補完する役割を果たしている。 こうした流れは、目まぐるしい技術革新の進展が下支えしている。情報の処理や保存等に係る能力の向上(単位性能あたりの単価の下落)や、それに伴う情報流通量の爆発的な増大が続いている。本章で紹介する、自動運転、機械学習など、従来、不可能と思われていた予測が実現したり、これまで解決が困難であった課題が克服されたりしているのは、基盤技術の成長の持続や、技術の統合的な利用等により、凄まじいペースで技術進歩と社会インフラ化が進展したことが要因として挙げられる。 進化の正のフィードバック、すなわち進化のある段階で生み出された技術や手法等が次の段階を生み出すために利用されるメカニズムによって、ICTは今後も持続的に進歩し、次の技術進歩を加速させる領域へ資源を集中することが期待される。具体的にはソフトウェア、通信、クラウド、ロボットなどの技術領域であり、そうした技術が支えて急速に進化しつつある領域として注目されている分野が「モノのインターネット(IoT)」「ビッグデータ(BD)」「人工知能(AI)」である。 以降では、これらの3つの技術分野の概要と、社会経済へのインパクトについて説明する。 ア IoT(Internet of Things) モノ、ヒト、サービス、情報などがネットワークを通じて大規模に連動することで新たな価値が生まれる。このうち、主としてモノに着目した部分についてはIoT(Internet of Things)と呼ばれている。米ガートナーによれば、IoTとは「物理的なモノ(物体)のインターネットであり、物体には、自らの状態や周辺状況を感知し、通信し、何かしらの作用を施す技術が埋め込まれている」と定義されている 2 。 あらゆるモノがインターネットに接続することで、モノから得られるデータの収集・分析等の処理や活用が実現する。製造業や物流、医療・健康から農業に至るまで様々な分野で、状況を正確に把握することで効率が向上し、データの分析を通じて新たな価値を生むことに繋がる。消費者の身の回りで毎日使用するようなモノは、気象や状況に連動して自動的に最適な環境を提供するようなサービスとして再定義される蓋然性が高い。従来、こうした情報処理で人が介在していた領域は代替され、さらにこれまで実現できなかったような高度で付加価値の高い機能が提供されるようになる。 イ ビッグデータ ビッグデータというキーワードは、2011年の米マッキンゼーの報告などで大きく注目され、米国の科学技術政策局(OSTP)が2012年3月29日に「ビッグデータ研究・発展イニシアティブ(Big Data Research and Development Initiative)」を発表したことを機に認知度が拡大したと言われている。同計画は、大量のデータの収集・蓄積・保存・管理・分析そして共有のための技術革新を促進し、科学・工学における発見の加速、安全保障の強化、教育の革新に活用しようという試みである。データの利用は非競合的であり、複製の限界費用がゼロに近いことから、減耗・枯渇がないという特色がある。そのため、データの蓄積とその利活用が競争力の源泉となり、経済貢献にも寄与する。近年は、システマティックに増大する「構造化されたデータ」が新たな科学的知見の発見やビジネスの創出に利用されるが、今後は、多種で大規模だが形式が整っていない「非構造化データ」がリアルタイムに蓄積され、前述IoTの進展も相まって、ネットワークを通じて相互につながり、指数関数的に成長する演算能力を用いて分析されることで、社会システムを大きく変えていくことが予想される。こうしたビッグデータに基づく「可視化」の結果、新規ビジネスの誕生、科学的知見の発見、リスク回避などが実現することが期待されている。我が国も含め、各国政府が進める公共保有データの公開政策(オープンデータ政策)についてもこうした期待が背景にある。 ウ 人工知能(AI) 人工知能(AI:Artificial Intelligence)の研究の歴史は大きく3段階に分けられる 3 。第一次人工知能ブームは、1950年代後半〜1960年代、第二次人工知能ブームは1980年代〜90年代、第三次人工知能ブームは2000年代からである(図表1-1-2-1)。 図表1-1-2-1 人工知能(AI)の分類・比較 (出典)総務省「ICTの進化が雇用と働き方に及ぼす影響に関する調査研究」(平成28年)を基に作成 第二次人工知能ブームにおいては、様々な情報の内容をコンピューターが認識できるよう表現するようになり、人工知能活用への期待が高まったが、世にある膨大な情報すべてを人間がコンピューター向けに記述することは困難であったため、その活用は限定的となりブームも一旦沈静化する結果となった。 第三次のブームにおける人工知能(AI)は、大きく2つ、狭義の機械学習(Machine Learning)とディープラーニング 4 (Deep Learning)とに分けられる。狭義の機械学習においては、分析にあたり注目すべき要素(特徴量)は人間が抽出しなければならないが、特徴量間の関係の記述はコンピューターが行うようになり、コンピューターの性能向上や利用可能なデータの増加もあいまって実用性が高まった。ディープラーニングにおいては、学習用のサンプルデータを与えれば特徴量の抽出までもコンピューターが行うようになった 5 。 人工知能(AI)は、第二次のブーム以降、チェス・将棋などの人間が行うゲームを対象に脚光を浴びてきたが、近年は前述したビッグデータの活用の進展を背景に認知度が高まり、その適用領域が拡大している。また、膨大なコンピューターリソースを必要とすることからクラウドサービスの拡大や、機械学習機能を提供するオープンソースソフトウエア(OSS)や商用サービスの登場も普及を加速させている。 図表1-1-2-2 人工知能の(AI)の実用化における機能領域 (出典)総務省「ICTの進化が雇用と働き方に及ぼす影響に関する調査研究」(平成28年) ディープラーニングは、脳を模した仕組みを利用することで抽象的な情報の分析能力を飛躍的に高める技術として注目されている。言語を理解する能力をソフトウェアが獲得すれば、人類はコンピューターによる自律的な学習を通じた予測・分析能力を獲得し、人工知能は想像や創造の領域へ進むと考えられる。薬物療法の判定や新たな治療方法の提案、さらには災害時の意思決定支援、サイバーセキュリティ対策などに用いられ、社会の安全性の向上に繋がっていくことが期待される。さらに、その先には、ICTが人間の知能を超える境界、技術的特異点(シンギュラリティ:Singularity)が来ると予想されている。一部の研究者は、2045年頃には技術的特異点に到達し、人間の脳に蓄積された知識と、テクノロジーの力、その進化速度、知識を共有する力の融合を含む大きな変化が起こり、社会制度の再設計が不可避と指摘している。 2 特定通信・放送開発事業実施円滑化法では、附則第5条第2項第1号において、インターネット・オブ・シングスの実現を「インターネットに多様かつ多数の物が接続され、及びそれらの物から送信され、又はそれらの物に送信される大量の情報の円滑な流通が国民生活及び経済活動の基盤となる社会の実現をいう」としている。 3 詳細な説明は、第4章第2節参照。 4 「深層学習」という言い方もある。 5 ただし、狭義の機械学習にもまして、精度を上げる(ロバスト性を高める)手法と、その膨大な計算を可能にするだけのコンピューターの計算能力が重要である。(松尾豊「人工知能は人間を超えるか」(KADOKAWA)2015年 p.96)