(3)英国のICT政策の動向 英国では、2016年6月23日に、EU離脱の是非を問う国民投票が実施され、離脱支持が過半数を占める結果となった。この結果、EU残留を主張していたキャメロン首相は辞任し、新首相にテレーザ・メイ前内相が就任し、EU離脱交渉に向けた動きが始まった。 メイ内閣の誕生に伴い新たに設立されたEU離脱省は、2017年2月、EUとの交渉における英国政府の12の優先事項を示したホワイトペーパー「英国のEUからの離脱及びEUとの新しいパートナーシップ」を公表した。これは同年1月にメイ首相が行った政府方針説明で示された12の主要方針に説明を加えたもので、相互利益における英国とEUとの新しい前向きで建設的なパートナーシップの構築を目指すと同時に、離脱に当たっては「国家的な合意」の形成を行うことを約束した。 EU離脱に向けた動きが進む状況下で、財務省が2016年11月に公表した秋季財政演説においては、投資などの企業活動が伸び悩むこと、ポンド安が輸入コストを押し上げること等により、2017年の実質GDP成長率は1.4%に減速、これに伴う税収減等を理由に、2020年までの財政黒字化は断念された。 その一方で、メイ首相が一貫して述べている「全ての人に機能する国・経済」の推進とともに、EU離脱における「移行期」の経済を支えるため、英国全土の国民の生活水準を引き上げるために生産性の向上に集中していくこととし、同財政演説の目玉の一つとして、「国家生産性投資基金」を創設し、政府は2017年度から2021年度までの5年間で、デジタル通信、研究開発、運輸、住宅の4分野において230億ポンドを投資し、うち、デジタル通信(ファイバブロードバンド、5G)に対しては5年間で7.4億ポンド、研究開発には47億ポンドを投資するとされた。 ア 公共放送BBCの新特許状の制定 英国の公共放送BBCの存立は10年ごとに見直される国王(女王)からの「特許状(Royal Charter)」に依拠しており、直近では、2016年末に有効期限が切れることから、2015年以降、新特許状の制定に向けて、BBCのガバナンス、受信許可料を主要とするBBCの財源、BBCの将来的なサービス範囲等に関する議論が活発化した。 2016年5月、文化・メディア・スポーツ省(DCMS)は、今後のBBCのあり方を提案した政策文書(ホワイトペーパー)「BBCの将来:特色のある放送事業者」を発表し、同年9月には新特許状の政府原案を公表し、議会の討議や女王の裁可を経て、2017年1月から新特許状は発効した 16 。新特許状の具体的な内容としては、(1)業務関係(引き続き、テレビ・ラジオの全チャンネルについて、ネット上における同時配信・見逃し配信サービスの提供を本来業務として位置づけ)、(2)財源関係(現状の受信許可料制度を基本的に維持)、(3)ガバナンス関係(BBCトラストを廃止してBBCの意思決定機関を「理事会」に一元化し、BBCに対する規制権限をOfcomに一元化)である。 イ BTとオープンリーチの法的分離 通信庁(Ofcom)は、2015年3月から通信セクターの市場の定義や規制のあり方を約10年ぶりに抜本的に見直す第二回目の「デジタル通信戦略レビュー」を開始した。 2016年2月には、本レビューの初期的結論として「通信をすべての人に機能させるために(Making communications work for everyone)」を発表し、幅広いサービスの利用可能性の追求、投資と競争の促進、サービス品質の向上、オープンリーチの独立性強化、消費者の保護とエンパワメントという5つの要素を主要領域として結論付けた。特にオープンリーチの独立性強化に関しては、BTがこれまで一般消費者・事業者に対して通信サービスを提供してきたことを重要な役割として評価しつつも、競争事業者に対して非差別的かつ十分な品質のサービスを提供できなかったとして、現行の機能分離モデルのアプローチは選択肢としてあり得ないと結論付けた。他方、競争事業者が希望する構造分離モデルを将来的な選択肢として残しつつも現時点では採用せず、オープンリーチのガバナンス改革を進めるとともに、BTグループから独立して予算や投資計画を策定するよう独立性を高める「構造分離強化モデル」の採用を暫定的結論とした。 同年7月には、オープンリーチの独立性の強化を実現するための詳細な案として「Strengthening Openreach’s strategic and operational independence」を公表し、オープンリーチに独自の経営委員会を設置するなど独立性強化のための提案(いわゆる「法的分離」の提案)を行った。 同年11月、Ofcomは、上記案についてパブリック・コメント等の結果を公表したうえで、同案で示していたOpenreachをBTから法的分離する内容を実施することを発表した 17 。具体的には、オープンリーチの完全分社化や独自の理事会の設置をするほか、戦略的な投資に関する決定やサービス提供について、BTと競争事業者を公平に扱う義務を明確化することとしている。 16 従来、特許状の期間は10年だが、次期特許状のレビュー実施時期が、あらかじめ実施時期が決定している総選挙と重なることを防ぐため、新特許状の期間は2027年12月末日までの11年間となった。またBBCトラストの機能が新理事会とOfcomに移行されるため、新特許状の有効日を2017年4月3日と定め、それまでの期間を移行期間とし、4月3日までの旧体制が維持されることとなった。 17 この決定の背景には、ブロードバンドおよび通話サービスへの投資やサービス提供において、BTに有利となる決定を行ってきたという問題が解決されていないというBTに対する不満があり、OfcomはBTから示された提案はいずれも十分に競争に関連する問題を解決する内容ではないと斥け、組織の法的分離に踏み切ったと説明している。