1 市場の構造変化 IoTの進展により、様々なヒト・モノ・組織がネットワークにつながり、大量のデジタルデータの生成・収集・蓄積(デジタル化)が進みつつある。これらのデータをAIによって分析を行い、企業においては業務処理の効率化や生産活動や経営全般に係る予測精度の向上などに活用することで、サイバー空間とリアル空間において新たな価値創造につなげることができる。 こうした新たなICTの進展を背景に、前節で説明したX-Techにみられるように、多様な分野や業種においてテクノロジー主導による変革が進んでいる(図表2-3-1-1)。これをバリューチェーンの観点から、市場の構造変化として整理する。バリューチェーンとは、消費者等の顧客へ製品やサービスを提供する企業活動について、企画/調達/製造/販売等といったそれぞれの業務が連鎖的につながり、最終的な価値が生み出されるとする考え方である。一般に、それぞれの業種において、一企業または複数の企業が連なった、固有のバリューチェーンが存在する。前述したデジタル化とは、こうしたバリューチェーンを構成する各要素において進展している。これにより、バリューチェーン全体で、情報を見える化・共有し,設計から生産、流通、販売、保守などに至るまで統合したり、逆に従来つながっていたバリューチェーン要素の分離も進む。一方で、デジタル基盤上では業種の違いは無くなること等から、特定のバリューチェーンでは業種の垣根を越えた連携や統合が進展しやすくなる。X-Techは、ICT産業を含む多様な業種(金融、小売、等)のバリューチェーン要素の分離と統合の現象ともいえる。 図表2-3-1-1 市場の構造変化の視点 (出典)総務省「ICTによるイノベーションと新たなエコノミー形成に関する調査研究」(平成30年) これらの現象は、2つの側面を持つ。1つ目は、業種内からみたバリューチェーン構造の変化である。すなわち、従来役割を果たしてきたバリューチェーンの要素が別の方法や業務で置き換わること、あるいは業務自体が不要になり価値を失うことが起きうる。デジタルカメラの普及によって、従来のフィルムカメラで写真を現像する工程が置き換わったのが典型例である。2つ目は、特定の業種内あるいは業種を跨ったレイヤー(階層)化である。アプリケーション・ネットワーク・端末など、異なる階層を組み合わせて製品・サービスが成立するレイヤー構造は、モジュール化やインターネット普及を背景にICT分野で急速に進んだが、今後は多様な業種へ広がる可能性がある。例えば、製造業におけるIoTによるデータ収集の機能は多様な企業を跨ることでビッグデータ化し、さらに価値が増していく。規模の経済性が働き、当該機能を利用するコストも低減していく。 上記の2つの構造変化においては、既存のバリューチェーンを構築してきた企業や企業群は、既存事業や自社の優位性を揺るがし兼ねないため、変革に迫られる。事業の選択と集中を図ることで事業を見直したり、積極的に外部企業と協力・連携して、すなわち新たなエコシステムを形成し、新規事業として推進していくことも考えられる。その結果、プレーヤーの役割や、主導権(重要なバリューチェーン要素やレイヤーをおさえているプレーヤー)が変化していくことが予想される。また、多様な業種における新規参入が期待される他、デジタル化による価値が新たなビジネスモデルやサービスの創生にもつながっていくことが予想される。