(3)インダストリー4.0の課題 インダストリー4.0が普及していくための課題として、ドイツ国内の通信環境の整備の必要性を訴える声もある。ドイツでは、インターネットアクセス技術として光ファイバーの採用は進んでおらず、例えば、光ファイバーに接続された住宅の割合10は、2017年9月時点で国内のわずか2.3%11、2022年までに20%に導入予定であるに過ぎない。ドイツ政府は2018年までにすべての家庭に50Mbpsのブロードバンドを実現することを公約12しているが、スマートファクトリーを運営するには十分ではない。とりわけ中小製造業が多く存在する地方におけるインターネット環境はまだ十分でない。こうした状況の改善に向け、連邦交通・建設・都市開発省とドイツの電気通信事業者の連合体である「デジタルドイツのためのネットワークアライアンス(Network Alliance for a Digital Germany)」が、公的及び民間投資により2025年までにギガビットネットワーク網を整備する目標13を掲げられている。 ドイツの中小企業は日本の製造業のように系列化されていないため、スマート工場を起点とするエコシステムを形成するためには、様々な事業者の技術仕様に対応した汎用的な仕組みを構築する必要性がある。インダストリー4.0に関連した取組である「スマートファクトリーKL14」は、様々な機器及びテクノロジーが連携する必要性が増すIoT環境においては、システムを交換可能な部品で構成する「モジュール化」、また、モジュール同士の比較的ゆるい接続によって工程を柔軟に変更することを可能にする「プラグ&プレイ」方式が必要であると指摘して、スマートファクトリーのあるべき姿について研究を行っている。 特別インタビュー SOMPOホールディングス株式会社の取組事例 SOMPOホールディングス 楢崎浩一 CDO SOMPOホールディングス株式会社は2016年4月に直下組織としてSOMPO Digital Labを東京とシリコンバレーに設立し、同年5月にCDOを設置、2017年11月にはイスラエルにSOMPO Digital Labを新設する等、世界最先端のデジタル技術活用の取組を進めている。それらの取組の実態や背景にある考え方について、SOMPOホールディングスの楢崎浩一CDOにお話を伺った。 1 自社の戦略全体におけるAI・IoTの位置づけや社内の理解度 SOMPOホールディングスにおけるAIの利活用には2軸あり、1つ目の軸は、グループ各事業でのAIによる「新規サービス創出」、もう1つは既存業務プロセスでのAI活用による「業務効率化」であり、2年近く前から取り組んでいる。「業務効率化」では昨年度から本格的にRPAの導入を行ったが、労働力削減というネガティブな目的ではなく、人にしかできない価値提供へのシフトというポジティブな目的であることを説明しているため、社内の理解も進んでいる。CDOが設置された2年前にはデジタルに懐疑的な雰囲気も社内にはあったが、現在では、AI・RPAの導入等による業務の効率化の効果が発揮されており、管理職・現場の社員ともにデジタル化に対して好意的な姿勢となっている。 2 自社事業においてAI・IoTに期待することや実際の効果 自社内のシステムは統合等の影響もありユーザー経験(UX)が悪い部分もあったが、そこは工夫を重ねてカバーする形で利用していた。しかし、その結果業務が属人化するとともに、定型的な業務に相当な時間がかかってしまっており、その点をRPAで解決することにした。RPAの導入により、例えば属人化した事務作業にかかる時間を削減させ、エリア職員のフロント営業への進出を促すことにつながるなど、その社員の提供する価値を最大化させるとともに働き方の変革まで実現することができる。 新サービスの創出という観点では、保険業はリスクの防止・予防が今後の至上命題である中、データの利活用は非常に重要である。例えば「バイタルデータを分析し、病気にならないようにアドバイスする」等のAI・IoT時代の新サービスを登場させ、保険料という形でだけではなくリスクを回避するためのサポートフィーをいただくようなビジネスに変えていきたいと考えている。 3 外部との連携の関する考え方・進め方 異業種との連携は今後も進める予定であり、これまで保険業から大きく離れていたような業種との連携を強化していく。例えば、今年3月には慶應義塾大学の先端生命科学研究所と「損保ジャパン日本興亜ビジネスラボ鶴岡」を新設することを発表した。また、米国以外の保険会社としては世界唯一、スタンフォード大学の自動運転研究に関わる産学連携プログラムにも参加している。スタンフォード大学の同プログラムでは、例えば、歩行者が自動運転車に気づいたとき、運転席に誰もいない場合に、パニック行動を起こす可能性があるため、自動運転の技術だけではなく、必要な社会インフラを構築することを目的とした学際的な研究なども行われている。当社はこのようなプログラムへの参加を通じ、最先端技術研究に裏付けされた未来志向のビジネスモデル探索を開始している。 シリコンバレーで重要なのはKnow How ではなくKnow Whoなので、現地に人間関係を築くことに重要な意味がある。デジタル技術を取り込むためのグローバル展開の理由は展開先のローカルな需要を取り込むことではなく、世界でも優秀な人材や優れた技術を取り込んでいくことであるため、展開する場所の選定基準は人材が豊富なことである。 4 CDOのミッションとCIOとの違い、求められる人材像 CIOは社内システムを所管し、安定的にサービスを提供することがミッションである。そのため、ITガバナンス、コンプライアンス、稼働率(high availability)等が求められ、物事を抜け漏れなく管理できる能力が求められる。 CDOのミッションはSOMPOホールディングス全体のデジタル化を進めることであり、そのミッションを達成するための手段として、異業種との連携やベンチャーとの連携が存在する。いわゆる「攻めのICT」を担当するので、一人で仕事を完結できるような一匹狼的な人物が適する。また、「攻めのICT」は結果が出るまでは社内からは評価されないこともあるため、社内外に対しての高いコミュニケーション能力、いい意味でのアピール力が必要である。 5 自社においてAI・IoTへの取組を進めるにあたっての課題 経営資源はヒト・モノ・カネ・時間・データだと考えているが、デジタル化に当たって決定的な課題はヒトと時間である。組織に必要な人材が不足していることが最大の課題であり、時間における課題は、大企業の時間感覚がベンチャーと乖離している点である。人材不足を解決する方法は外国人を雇用することだと考えている。これはグローバル化が進んだ今、国内で完結する仕事はなく、外国で成功することが必要であるという考えにも繋がっている。 コラムCOLUMN 4 地方におけるICTを用いた生産性向上の事例 1 農林水産業の事例:三浦市農業協同組合(神奈川県) (1)背景 三浦市農業協同組合では、農家の収益安定化を目的として農業のIT化を推進していた。従来、各農家からの出荷情報は事業所がとりまとめ、手作業で約50の市場への出荷物の品目・数量などの振り分けプランを作成していた。この作業には1日8時間を要していた。 (2)導入したICTの概要 翌日出荷予定の農産物の配送先と数量の割り当て及び配車作業をクラウドサービス化することにより、瞬時に出荷振り分けプランを作成することが可能になった。 (3)ICTによる効果 導入前は手動で8時間を要していた作業が、1秒以内に自動計算されるようになったため、1日あたり作業時間が約8時間削減された。また、クラウド上にデータが蓄積され、今後の出荷計画の判断支援や更なる自動化も可能になっている。 2 農林水産業の事例:福井丸魚株式会社(福井県) (1)背景 主要取引先がピーク時の3分の1まで減少し、同業者も廃業に追い込まれる状況の中、魚介類の流通は電話やFAXなど、アナログな手段で取引が行われていることが多いことから、インターネットを活用することで、新たな取引先に商品を提供できないか検討していた。 (2)導入したICTの概要 スマートフォンやタブレット等に対応した、魚介類仲卸業者と会員(外食事業者、小売業者、製造業者他)をつなぐ受発注システムを導入し、これまで取引のなかった飲食店や居酒屋などへの新規顧客開拓につなげた。システムの導入にあたっては取引先の利便性を第一に、従来の電話やFAXでの発注方法にも対応することによって、ユーザーに配慮した新しいビジネスモデルを展開している。 (3)ICTによる効果 電話やFAXのみならず、インターネットを通じた受発注も可能にし顧客の利便性が向上した結果、新規顧客を開拓することができ、売上高が5%増加した。 3 農林水産業の事例:宮崎県水産試験場資源部(宮崎県) (1)背景 従来、海況は人工衛星による海水温情報や、月に一度県が調査船を出して調べる方法が主流であったが、速報性に欠けているなど問題が存在した。 (2)導入したICTの概要 海で操業中の漁船が集めた水温や潮流、波の状態などの海況情報を解析し、漁業者が使いやすい海況図を自動で作成するシステムを開発し、海況図をインターネットで漁業者に無料で提供している。リアルタイムの情報によって、漁群発見の精度が高まり、不要な出漁も減少した。 (3)ICTによる効果 宮崎県内の中型まき網漁に対して、年間2億円の経費削減効果があったことが認められた。 4 観光業の事例:株式会社陣屋(神奈川県) (1)背景 同社は創業大正七年の老舗温泉旅館を経営していた。クラウドサービス導入以前は、予約が入ると手書きの予約台帳から毎日予定表を作成していた。また、予約業務・顧客管理は、紙やホワイトボードで共有するというアナログ的な方法であり、予定表配布後の急な変更にも対応できず、情報の共有漏れが起きるケースもあった。顧客管理にはExcelも利用されていたが、インターネット予約のデータを予約台帳に反映させるまでに時間のずれが生じ、予約の重複やその後の情報活用という面でも難しい状態が続いていた。 (2)導入したICTの概要 予約業務や顧客管理業務をクラウドサービス化することによって手書きによる手間を省き、重複や漏れなどトラブルも防止した。また、入力者と入力した内容の履歴が参照可能な形で残るため、予約対応者の責任感が向上した。加えて、それまで従業員の記憶に頼った顧客情報が陣屋コネクト上に蓄積され、従業員全員参照できるようになった。結果として顧客情報から先回りした、きめ細かいサービスを実現することができた。自社での利用にとどまらず、開発したクラウドサービスを同業者に横展開し、新規事業を展開している。 (3)ICTによる効果 2010年から2015年までの6年間で、年間売上高が29億円から44億円と、52%向上した。人件費が1億3300万円から1億1500万円と、20%削減された。また、同社が開発したクラウドサービス「陣屋コネクト」の販売事業は、全国で約30,000の潜在的な対象施設、120億円の潜在市場規模があると予測しており、2014年8月時点で年間売上高が約4000万円に上った。 〈陣屋コネクトの概要図と潜在市場規模〉 (出典)総務省「第2回 クラウド等を活用した地域ICT投資の促進に関する検討会」資料3「中小企業のクラウド導入事例」 5 観光業の事例:株式会社ハウステンボス(長崎県) (1)背景 ハウステンボスでは、効率化とエンターテインメント性の向上により生産性を伸ばすことを目的として テーマパーク内へロボットを導入する実験を行っている。また、サービスロボットが接客する「変なホテル」に続く第二弾として、ロボットが働くレストラン「変なレストラン」を園内に開業した。 (2)導入したICTの概要 調理場とフロアにそれぞれロボットを導入した。調理場では、双腕ロボットによりお好み焼きの調理やカクテルの調合等を自動化した。フロアでは自動追尾ロボットを利用して食器の回収を自動化し、受付では、人工知能を搭載したロボットによるインフォメーションの自動化を行った。 (3)ICTによる効果 レストランの運用に必要な人数が29人から23人へ、労働時間が6.4時間から6.3時間へと削減され、生産量は1.4倍になったことから、労働生産性は1.8倍となった。 6 金融業の事例:株式会社百五銀行(三重県) (1)背景 同行では、働き方改革を推進しており、銀行全体としての労働生産性を高める取組を行っていたが、その取組の中で行内でのデスクワークを代行・自動化するRPAのニーズが高まっていた。 (2)導入したICTの概要 RPAの本格的な導入に先立ち、以下の2業務についてRPA導入の事前検討を行った。 ア 格付自己査定業務 顧客リストに基づき、2つのサブシステムから情報を取得し、Excelへの転記等を繰り返す作業。 イ 投資信託集計報告業務 サブシステムからファンドデータ等を抜き出し、Excelへの転記等を行い、集計及び報告書の作成を行う作業。 (3)ICTによる効果 ア 格付自己査定業務 従来は一件あたり14分要していた作業を3分で完了でき、年間の作業時間削減効果は1,283時間と見込んでいる。 イ 投資信託集計報告業務 従来はながら作業で1〜2日要していた作業を15分で完了することができた。また、部署内で事務の共有化が図られ、業務の標準化につながった。 7 公共:佐賀県庁(佐賀県) (1)背景 患者搬送時間の長時間化や、特定の大病院への搬送集中、さらには救急医療の現場の疲弊や若い人材が確保できないなど、救急医療の問題を解決する必要があった。また、災害や新型インフルエンザ等蔓延時の業務継続や、職員の多くを占める介護世代や若い女性の子育てなどによる離職低減のため、ワークスタイル変革と業務効率改善が必要であった。 (2)導入したICTの概要 ア 救急車へのタブレットの導入 救急車にタブレットを設置し、医療機関ごとの現時点での専門医の対応可否状況や、受入/受入不可の搬送実績をリアルタイムに可視化できるシステムを導入した。 イ テレワークの導入 CIOのもと、スマートデバイスの配備等の設備面や、仮想デスクトップや各種アプリなどの技術面の両面から環境を整備し、嘱託職員を含む全職員4000人分のテレワーク環境を構築した。端末や技術の導入にとどまらず制度面も整備し、モバイルワークや在宅勤務を実施しやすい組織風土の醸成を行った。実際に、開始月から毎月3000件のテレワーク利用実績があった。 (3)ICTによる効果 ア 救急車へのタブレットの導入 救急車の救急搬送時間を34.4分から33.3分に短縮することができた。また、搬送実績のデータを分析し、新施策の立案に活用している。 イ テレワークの導入 テレワーク導入前と比較して、1カ月あたりの隙間時間の活用が3倍になり、業務の持ち帰り対応回数が約49%削減された。また、復命書の作成時間も50%削減され、業務効率が改善した。 10 P3に「Penetration Rate」の定義が記載。「(光ファイバーに)接続された住宅÷家屋数」で算出される。 http://www.ftthcouncil.eu/documents/Publications/FCGA_Definition%20of%20Terms_Revisions_2016.pdf 11 FTTH Council Europe:http://www.ftthcouncil.eu/documents/FTTH%20GR%2020180212_FINAL.2.pdf 12 フリードリヒ・エーベルト財団 P17:http://library.fes.de/pdf-files/wiso/12683.pdf 13 ドイツ連邦経済技術省プレスリリース:https://www.bmvi.de/SharedDocs/EN/PressRelease/2017/029-network-alliance.html 14 http://smartfactory.de/wp-content/uploads/2017/08/SF_WhitePaper_1-1_EN.pdf