総務省トップ > 政策 > 白書 > 令和元年版 > デジタル経済とGDP/生産性を巡る議論
第1部 特集 進化するデジタル経済とその先にあるSociety 5.0
第2節 デジタル経済の進化はどのような社会をもたらすのか

(1)デジタル経済とGDP/生産性を巡る議論

先進国に共通してGDPが伸び悩んでいる−再び現れた「ソロー・パラドックス」

現在、国の豊かさを評価する指標として世界的に広く用いられているのは、国内総生産(GDP)である。GDPとは、国内で生産された「付加価値」の合計を表すものである。「付加価値」の概念には難しい面があるが、基本的な考え方は、生産されたものからその原材料等となった中間投入を除いたもの、ということである。

すなわち、ある企業が1億円のモノを生産した際に、生産に使用した原材料等が4000万円であれば、付加価値は6000万円ということになる。付加価値の6000万円は、企業に融資している金融機関への利息の支払、企業に出資している株主への配当、政府への納税等のほか、企業の従業員に対する人件費の支払といった形で社会に分配される。

このように、付加価値が高ければ、多くの人々がより多くの分配を受けることができるため、社会を豊かにすることになる。また、この付加価値を労働者一人当たりあるいは労働の単位時間当たりで計測したものが、労働生産性である。

2008年のリーマン・ショックにより、世界各国のGDPは大幅な落ち込みを経験した。その後、各国ともにおおむね回復基調にあるものの、先進国に共通してGDPが伸び悩んでいるという傾向が出てきている(図表2-2-1-1)。世界的に、ICTをはじめとする先端技術の導入や利用が進むとともに、働く人々の教育レベルも向上し、経済活動が活発になっていると思われる中で、なぜこのような現象が生じているのだろうか。

図表2-2-1-1 主要先進国の一人当たり実質GDP成長率の推移
(出典)IMF “World Economic Outlook database”を基に作成

第1章第1節において、かつて米国においてICTの導入にもかかわらず生産性が上昇しないという現象(ソロー・パラドックス)があったことを紹介した。現在のGDPの伸び悩みという状況は、一度解決したかに思われたこのソロー・パラドックスが再び現れているのではないかとの議論を生んでいる。更にいえば、ICTは本当に経済を成長させるのかという疑問すら投げかけられている。

ICTはGDP成長をもたらさないのか−「技術悲観論」と「技術楽観論」

このようなGDP/生産性の伸び悩みについては、ICTとの関係を指摘する議論が盛んになっている1図表2-2-1-2)。

図表2-2-1-2 GDP/生産性の伸び悩みとICTの関係を巡る議論の概要
(出典)各種公表資料より総務省作成

まず、ICTはそれほど革新的な技術ではないため、GDPの高い成長をもたらさない、という見方がある。産業革命におけるかつての技術革新と比べると、ICTが人間生活に及ぼす影響は限定的であるというものであり、「技術悲観論」とも呼ばれている2。具体的には、ICTによるイノベーションは娯楽や情報通信自体といった分野に限られ、蒸気機関や電力といった人間生活のあらゆる領域にわたって大きな影響を与えた過去の技術革新には及ばないというものである3

次に、ICTは無料でのサービス提供や既存のモノのシェアを促進するため、そもそもGDPの成長に貢献しない、という見方がある4。例えば、インターネット上の検索サービスや地図サービス、動画配信サービス、スマートフォン上の各種アプリケーション等、消費者は無料で様々なサービスを利用できるようになっている。また、Wikipediaが従来の百科事典に取って代わっているとされるように、かつては有料で行われていた経済活動が、無料のものへと置き換えられている。このような無料サービスについては、いくら多く使われるようになったとしても、あるいは利用者の実感として高い価値を持つものであっても、少なくとも直接的にはGDPに表れないことになる。このほか、例えばフリマアプリを通じたモノのシェアにより、中古品が有効活用されることになるが、中古品の売買はGDPに計上されない一方で、新たなモノの消費が抑制されることとなれば、GDPにはマイナスの影響が出ることになる。

これらの見方がある反面、ICTはやはり革新的な技術でありGDPの成長にも大きな効果があるが、現在はまだその効果が表れていないだけである、という見方がある。このような見方は、前述の「技術悲観論」に対抗するものとして、「技術楽観論」とも呼ばれている5

「技術悲観論」と「技術楽観論」の折衷的なものとして、ICTにより先端的な企業は生産性を大きく高めている一方、他の企業ではそのようになっておらず、これらを平均すると総体で生産性が伸び悩んでいる、という見方もある6。この見方においては、企業間での差が生じる理由として、ICTには「一人勝ち」をもたらす特性がある点に着目している。

これらの4つの見方のうち、2点目の見方については、現在のGDP統計はデジタル経済における生産活動を十分に捕捉できていないという計測上の課題として捉えられてきている。また、3点目の「技術楽観論」に関連し、過去の大きな技術革新からの教訓を学ぶべきであるという議論がある。それぞれについて、次に説明する。



1 このほか、米国の元財務長官で経済学者のローレンス・サマーズによる「長期停滞論」に見られるように、GDP成長の伸び悩みの原因を需要不足による投資の停滞に求める議論等がある。

2 技術悲観論者の代表として、米国ノースウェスタン大学教授のロバート・J・ゴードンが挙げられる。Robert J. Gordon(2012)“Is US economic growth over? Faltering innovation confronts the six headwinds” CEPR Policy Insight, 63

3 Robert J. Gordon(2016)“The Rise and Fall of American Growth”

4 この点について論じているものとして、N.Ahmad and P.Schreyer(2016)“Measuring GDP in a Digitalized Economy”がある。

5 技術楽観論者の代表として、米国マサチューセッツ工科大学教授のエリック・ブリニョルフソンが挙げられる。

6 Andrews, D. C. Criscuolo and P. Gal(2016)“The Best versus the Rest: The Global Productivity Slowdown, Divergence across Firms and the Role of Public Policy”(https://doi.org/10.1787/63629cc9-en別ウィンドウで開きます

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