第1部 特集 進化するデジタル経済とその先にあるSociety 5.0
第2節 デジタル経済の進化はどのような社会をもたらすのか

(1)GDPの枠内

概念上既存のGDPに含まれるものにも、技術的に捕捉が容易であるものと、経済のグローバル化、サービス化等が進む中で技術的に捕捉が困難なものとに分けられる。後者の典型例が、第2節でも取り上げたシェアリングエコノミーであり、インターネット上の無償サービスである。

ア インターネット上の無償サービス

本節で前述のとおり、インターネット上の無料サービスについても、多くは広告収入により支えられている。無料サービス自体は、定義上GDPの範疇に含まれるものではないが、広告収入の付加価値を通してGDPへの反映がなされていることになる(GDPの範疇を超えた消費者余剰(消費者の満足度)等については、2で後述)

イ 無形資産

無形資産としてのデータをどのように計測するかという議論もある。データベースへの投資からのアプローチは、インターネットサービスを通して収集した消費者の様々な情報をビッグデータとして販売することで収入を得る、または自社の新たなサービスに活用するといったビジネスモデルを想定したものである。従って、無償サービスの生産コストを、新たなサービスの生産に引き続き使用されるデジタル資産(ビッグデータ)の構築に対する投資と捉えることができる。この場合、サービスの提供者に代わって、データを購入する第三者がいれば、関連する支払情報を取得することで価格データを算出することが理論上可能である。一方で、第三者(データ購入者)が関与していない場合は、サービスの生産に伴う、データベースの市場価値の上昇分を見積もることが必要となる。この場合、全てのサービス生産者において、自社のデータベースの資産価値を見積もる必要があるという点が課題となる。

ウ シェアリングエコノミー

本節で示した通り、デジタルサービスの中でも、金銭的取引が発生するシェアリングエコノミーの多くは、概念上GDPで計測できる。しかし、実務上は、様々な課題が生じている。

(ア)イギリス

イギリスでは、シェアリングエコノミーの捕捉に関する先進的な取組が実施されており、シェアリングエコノミーの定義を行ったうえで、その計測方法の検討が行われている。ONS(2016)44では、まず計測対象とするシェアリングエコノミーを定義したうえで、その取引額・量、労働時間、所得等の計測にあたって、生産、支出、所得(分配)のGDPの三側面からの計測を検討している(図表2-2-3-3)。

図表2-2-3-3 イギリスにおけるシェアリングエコノミーの計測方法
(出典)内閣府 (2018)「シェアリング・エコノミー等新分野の経済活動の計測に関する調査研究」報告書を基に総務省作成

サービスの生産という視点からのアプローチとしては、年次企業調査(Annual Business Survey)等の既存の企業統計から、シェアリングエコノミー事業者を抽出し、その売上データ等を計測する方法が試みられている。ただし、ここで把握される情報は、サービス取引の仲介手数料であり、シェアリングエコノミー全体の経済規模を把握しているものではないことに留意が必要となる。また、世帯サテライト勘定(Household Satellite Account)などを活用することで、個人がシェアリングエコノミーに関する経済活動に費やした時間を捕捉することも検討されている。

サービスに対する支出という視点からのアプローチとしては、家計調査(Living Cost and Food Survey)等の調査から、シェアリングエコノミーに関するサービスに対する家計の支出を捕捉することが検討されている。

サービス生産から得る所得という視点からのアプローチとしては、財務省の税務データから把握する方法や、労働力調査(Labour force survey)から、シェアリングエコノミーに関する経済活動の所得を捕捉するといった手段が検討されている。ただし、個人がシェアリングエコノミーからの所得を「事業による収入」と認識するか、「個人的な所得」と認識するかで、捕捉される統計が変わる点に留意が必要である。

(イ)カナダ

カナダにおいても、マクロ経済勘定におけるシェアリングエコノミーの捕捉について、STATCANが検討を進めている。STATCAN(2017)45では、宿泊・輸送・投資の3分野におけるシェアリングエコノミーに関する経済活動が、マクロ経済勘定体系(Canadian System Macroeconomic Accounts; CMEA)においてどの様に把握されるべきか、あるいは現状どの程度把握されているか、将来の捕捉に向けてどの様な作業が必要かについて整理・検討が行われている。

STATCANでは、引き続き、シェアリングエコノミー関連主体とその経済活動実態を把握・分類すること、(宿泊や輸送など)シェアリングエコノミーが産出の比重において重要な割合を占める特定の産業を割り出して、明示的な計測方法を検討すること、現状の利用可能な調査や管理データでシェアリングエコノミーの経済活動を捕捉できているかについてデータソースの見直しを行うことなどに取り組んでいくとされている。また、サテライトアカウントの構築についても検討していくと述べられている。

(ウ)アメリカ

アメリカにおいても、商務省経済分析局(BEA)を中心に、シェアリングエコノミー統計的捕捉について検討が始まっているが、イギリスやカナダと比較するとまだ具体的な取組みには至っていない。

2017年のチリ中央銀行主催のカンファレンス“Measuring the Economy in a Globalized World”における報告46によれば、シェアリングエコノミーに関わる企業についての情報は、ビジネスレジスターや行政データ、税務データなどを通して捕捉されているとされているものの、一方で個人の労働者がしばしば被雇用者ではなく「独立した請負人」となることで、収入が(事業者所得として分類され、税務署に申告されていると考えられるが)過少申告されている可能性が指摘されている。

また、アメリカ国内のシェアリングエコノミーの経済規模に関しても、現在のSNAにおける分類がこれらの企業や労働者を別個の分類として捕捉できず、また単独の大企業により成り立っている分野の場合は、企業データの非公開等によってデータが制限されるであろうと指摘されている。

エ デフレーター関連

経済成長を示す実質成長率は、実質GDPの増加率で示される。実質GDPは、その年々の物価でそのまま計測するGDP(名目GDP)を、価格変動の程度を表す指数(デフレーター)で除して算出される。通信サービスなど技術進歩が著しいサービスでは、価格の下落の実態がデフレーターに反映されにくく(上方バイアス)、実質GDPや実質成長率は実態よりも低く算出されている(下方バイアス)との指摘がなされている。

Abdirahman他(2017)47は、英国の通信サービスについて、使用量は2010〜2015年に約900%増加した一方で、実質GVAが4%減少するなど、著しい技術進歩が公的統計に反映できていないことを指摘し、デフレーターの精度を向上させることでこの問題が解消されるとしている。その上で2種類のデフレーターを試算し、現在のデフレーターは上方に偏っており、実際のサービスの価格は2010年から2015年の間に35〜90%低下する可能性があると示唆している。

近年急激に普及しているクラウドサービスについても、経済構造、生産性の向上の測定に重要な影響を与える可能性があることが指摘されている。Byrne他(2017)48は、最終需要ではなく中間的なビジネス投入であること、米国でもまだクラウドベースのサービスと従来のサービスを区別できる統計情報が存在しないことから、公的統計では経済への足跡を特定することは困難であると指摘している。その上で、米国のクラウドサービスの価格と量、資本投資の定量化方法を開発している。その結果をもとに、クラウドサービスの価格の急速な低下、使用量の大幅増加、投資の増大を明らかにしている。

クラウドサービスの代表例としてAWSを取り上げ、生産物をコンピューティング、データベース、ストレージの3種類に整理し、コンピューティングサービスの価格は、年間7%低下(2000〜2016年)、データベースサービスは11%超の低下(2009〜16年)、ストレージサービスは17%程度の低下(2009〜16年)であったこと、マイクロソフトとGoogleの参入前後から大幅な価格低下していることを明らかにしている。

また、クラウドサービスの急速な成長に伴う大規模なクラウドプロバイダーによる設備投資が、米国GDP統計(NIPA)のIT投資に反映されない理由について、クラウドプロバイダーの高い稼働率による可能性と、クラウドプロバイダーによる自己勘定投資が計上できていない可能性を挙げている。後者については、GDP統計のIT投資に含まれていた場合、2007年から2015年までのIT機器への実際の投資の成長率は平均で2パーセントポイント高くなり、実質GDP平均成長率は約0.1パーセンテージ・ポイント高くなるものと推定している。



44 Office for National Statistics (2016)“The feasibility of measuring the sharing economy”

45 Statistics Canada (2017)“Measuring the sharing economy in the Canadian Macroeconomic Accounts”

46 BEA (2017)“The Challenge of Measuring the Digital Economy”

47 Mo Abdirahman, Diane Coyle, Richard Heys, Will Stewart (2017)“Comparison of Approaches to Deflating Telecoms Services Output”

48 David Byrne, Carol Corrado, Dan Sichel (2017) “The Rise of Cloud Computing: Minding Your P’s, Q’s and K’s”

テキスト形式のファイルはこちら

ページトップへ戻る