総務省トップ > 政策 > 白書 > 令和元年版 > 平成30年7月豪雨の教訓とICT
第1部 特集 進化するデジタル経済とその先にあるSociety 5.0
第4節 人間とICTの新たな関係

(4)平成30年7月豪雨の教訓とICT

第1項から第3項までの結果も踏まえ、平成30年7月豪雨におけるICT活用の教訓と示唆を考察する。

ア 通信インフラの強靭化による安心・安全の実現

災害に強いICTインフラに向けた電気通信事業者の取組

電気通信事業者各社は、東日本大震災における携帯電話基地局の停波の原因の多くが停電や伝送路断によるものであったことから、停電対策や伝送路断対策、停波した場合のエリアカバー対策を強化してきた。ソフト面でも、平時には災害対応のマニュアルの作成・見直し、訓練や関係機関との連携等を行いつつ、大規模災害が起こる度にこれらの見直し等を行ってきた。

停電対策としては、移動電源車や可搬型発電機の増配備、基地局バッテリーの強化が行われている。また、伝送路断対策としては、伝送路の複数経路化の拡大、衛星エントランス回線やマイクロエントランス回線による応急復旧対策の拡充が行われている。また、エリアカバー対策として、可搬型基地局や車載型基地局の増配備、大ゾーン基地局の設置が進められていた。

平成30年7月豪雨においては、一部で土砂災害による伝送路断等が発生したものの、電気通信事業者等の取組が一定の成果をあげ、移動系通信インフラの被害は概ね局地的なものにとどまったと考えられる。

東日本大震災以降の大規模災害の経験に基づき、ハード、ソフト両面で対策が講じられた結果として、平成30年7月豪雨での対応に関しては過去の教訓が生かされたといえる。

イ 50代まではスマートフォン利用が一般化〜活用できる技術は活用を〜
(ア)住民

今回のアンケート調査結果では、20〜40代は8割程度、50代は7割程度がスマートフォンを利用していた。

また、豪雨災害では、前後の段階と比較して発災時に地上波放送の情報収集手段としての利用率等が下がっていた点が特徴的であり、警報発令時以降発災時までの間、避難するか否かの判断が迫られる時間帯に各地区の状況に応じたきめ細かな情報が必要となっている可能性が示唆される。

普段から利用されており緊急時でも利用されやすい点、放送系のメディアと比較して個々人の状況に応じたきめこまかな情報伝達が可能である点、自治体の人員等リソースの制約から特に大規模災害では公助に限界があり住民による自助共助が求められる点等を考慮すると、豪雨災害の際スマートフォンを活用することの意義は大きいと考えられる。

ただし、60代以上では、フィーチャーフォンや地上波放送を利用する割合は一定程度あるものの、それ以外の機器やメディアを利用する割合は低い傾向にあり、コミュニティ内で比較的若い年齢層と60代以上との間で必要な情報の伝達が行われることが望ましいと考えられる。

その他、インタビュー調査結果では、被災者支援に携わった複数の組織から、LINEのグループを活用したこと、現場の写真を共有したことが呼びかけなど次の行動に有効であった旨の意見があった。

既にデジタル化が一定程度発展・普及し、スマートフォンの普及により通信やセンサー等の単価が下落したこともあり、活用できるテクノロジーは活用することが望ましいと考えられる。

(イ)自治体等

地方公共団体やライフライン等から放送事業者等への情報発信・伝達については、Lアラートが活用された。総務省(2018)50によると、平成30年7月豪雨がピークを迎えた7月4日〜9日の間で、Lアラートを経由した情報発信を行った団体は全国で549団体(地方公共団体:542団体、ライフライン事業者:5社、国土交通省:2組織)、Lアラートを経由した情報発信件数は15,227件(避難勧告・指示:3,004件、避難所開設情報:7,855件、お知らせ:1,549件等)であった。インタビュー結果によると、自治体からは「即時性が高く、発信が手軽」 51、放送事業者からは「L アラート導入により、情報収集にかかる労力は格段に削減できた」とのコメントがあった。現在、Lアラートにおける災害情報伝達は、テキスト情報の伝達にとどまっており、より避難指示等の発令地区等を容易に理解することを可能にするためのLアラート情報の地図化が進んでいくことが期待される。

残された課題として、自治体における状況の把握や、応急段階・復旧段階における必要物資の手配等では、電話を含む口頭での伝達やFAXを含む紙での伝達が多く残されていることや、それらに人手が割かれることが挙げられる。物資の手配に関して、一部では、ビッグデータ解析を活用した必要物資の手配、タブレットを活用した情報の共有やSNSによるニーズの発信も行われたが、インタビュー結果によると多くは対面、電話、FAX等による伝達であり、SNSによるニーズの発信についても「これが足りない」と発信した結果、想定以上の量の物資が届き保管場所がなくなるなど別の問題も発生した事例があったなど、総じて熊本地震調査時に指摘した課題が残されていたと考えられる。災害状況要約システムD-SUMM52の活用が考えられるほか、LINEを用いてチャットボットから被災者に対して問いかけを発し、回答をAIで集約することで政府・自治体による状況把握や被災者のニーズに合った情報提供を行うための実証実験も2018年12月から行われており、利用者における活用と合わせて今後の取組が期待される。

ウ なぜ避難が遅れ犠牲者が出たのか〜「伝える」から「伝わる」、そして行動へ〜
(ア)なぜ、避難指示が出され、ハザードマップがあったにもかかわらず避難が遅れたのか

発災時・発災直後に関しては、既に各種報道や政府の審議会又は検討会等でも指摘されているとおり、避難勧告等が出されていたにもかかわらず、また、ハザードマップで被害が予測されていたにもかかわらず、住民の避難が遅れ、犠牲者が出たという事実がある。

避難が遅れた要因としては、正常性バイアスや情報過多が指摘されている。

三友(2019)53では、広瀬(2014)、広瀬(2017)を踏まえつつ次のとおり指摘している。

「西日本豪雨における土砂災害、堤防の決壊、ダムの放水等による水害では、行政による警報の出し方の問題のほかに、住民の避難の遅れに注目が集まった。被災者に話を聞くと、テレビやネットで警報が出されていることは知ってはいたものの、「自分が災害にあうとは思っていなかった」、「隣の人が逃げていないから大丈夫だと思った」、「怖くて逃げることができなかった」といった声が多い。災害からの被害を少なくするには、避難が重要であるが、実は、それが大変難しい。人にはなかなか逃げることができない「心の罠」が存在している。人間は合理的に生きていると思われているが、実際は、明らかな危険に直面しても逃げることは容易ではないのである。心理学では、自分だけは大丈夫だと思い込むことを「正常性バイアス」、隣の人が逃げないから自分が大丈夫だと思い込むことを「同調性バイアス」、想定外のことに頭が真っ白になって反応ができなくなってしまうことを「凍り付き症候群」と呼ぶことがあるが、いずれも人間の心の傾向の問題であり、大きな災害発生する度に繰り返し指摘されている」

例えば、倉敷市真備地区では、1976年(昭和51年)にも浸水があったが、その時の浸水が深さ50cm程度であったこと、その後大きな被害がなかったことが2018年の平成30年7月豪雨においての正常性バイアスをもたらした旨の指摘もある。

正常性バイアスに関して、人間は、しばしば事実や数字よりも直感やストーリーを基に判断することが、行動経済学や人文学でも指摘されている。ただし、直感やストーリーは、正常性バイアスにもなりうる一方で、危機を回避する方向にも作用し得ると考えられる54

アンケート調査結果を基に、避難の有無及び場所の類型別に、判断要因を集計した(図表2-4-4-18)。これによると、屋外に避難した者は、「周囲の環境が悪化してきたから」「自分のいる場所で浸水又は土砂崩れが起こったから」「周囲の人に促されたから」と回答した割合が40%前後と高くなっており、直感的又はわかりやすい出来事が避難を促進させた可能性がうかがえる。何もしなかった又は自宅の2階等に避難した者は、「これまで災害を経験したことはなかったから」「大雨や浸水により外に出る方が危険だと思ったから」を挙げる者が比較的多い傾向にあり、上述の正常性バイアス、判断の遅れにより状況が悪化する前に避難できなかった可能性がうかがえる。

図表2-4-4-18 避難場所等類型別の判断要因
(出典)総務省(2019)「豪雨災害におけるICT利活用状況調査」
「図表2-4-4-18 避難場所等類型別の判断要因」のExcelはこちらEXCEL / CSVはこちら

現状、避難の判断要因としてネット系メディアを挙げる割合は必ずしも高くはなかったが、周囲の環境の悪化を伝えたり、身近な人による避難を促したりする際に、補助的に活用することも考えられる。きめ細かい情報をもとに、避難の必要な人が必要なタイミングで我が事として捉えられる情報伝達が有効と考えられる。

(イ)「伝える」から「伝わる」、そして行動へ:きめ細かい情報を基にした示唆的な取組事例

地区の住民が主体となって取り組むことも有効と考えられる。

ここまでの調査結果や先行調査の結果からは、避難が必要な場合に避難できたか否かについては、わかりやすい「きっかけ」が鍵であり、その一例として、近隣住民による声掛けも効果的であったことがうかがわれる。また、近年の防災行政においては、公助の限界や自助・共助の重要性が指摘されており、これらに関連してICTが果たしうる役割も大きいと考えられる。

スマートフォンの普及によりセンサーやカメラの単価が下落したことが、IoTの進展につながっており、防災・減災の分野でもICT活用の裾野が広がりつつあると考えられる。各地で河川にライブカメラを設置して水位等の状況を閲覧可能にするという事例は出つつあるが、地区の住民と大学とが連携する示唆的な事例として、広島市安佐北区三入(みいり)地区の取組が挙げられる。

同地区では、2014年に発生した平成26年8月豪雨で土砂災害が発生し、地区内で2名が犠牲となった。地区の自主防災組織会長の新木(あたらしき)信博氏は、被災を伝承する取組を進めているほか、広島市立大学環境情報学部の西教授と共同で、地区を流れる根谷川に監視カメラを設置するとともに、山にガスを感知するセンサーを設置している55。これにより、住民が安全な場所でパソコンやスマートフォンから川の状況を確認することができるようになったほか、土砂災害の前兆をガス感知器で予測することも試行している。

図表2-4-4-19 根の谷川の監視カメラ設置地点の様子
(出典)総務省撮影及び広島市立大学環境情報学部西正博教授提供資料
図表2-4-4-20 平成30年7月豪雨の際の監視カメラの映像
(出典)広島市立大学環境情報学部西正博教授及び広島市安佐北区三入地区自主防災組織提供資料

こうした取組は、避難の必要性の判断や、避難が必要な場合の避難行動に役立つ可能性がある。実際、平成30年7月豪雨の際、地区に大きな被害はなかったものの、監視カメラの画像をスマートフォンで見た三入地区の若者が比較的速やかかつ自主的に避難する動きがあった56図表2-4-4-21)。

図表2-4-4-21 平成30年7月豪雨における広島市安佐北区三入地区の避難者数
(出典)広島市安佐北区役所資料を基に作成

ただし、若者は監視カメラの映像をスマートフォン等で確認できるが、高齢者は見ることができなかったという課題は残った。対策としてカメラの映像を各家庭のテレビに配信する試みも行っており、今後の取組も期待される。

コラムCOLUMN 4 和歌山県におけるサテライトオフィス(白浜町)、ワーケーションの取組

和歌山県白浜町のサテライトオフィス、また、和歌山県が取り組む「ワーケーション」は、ここまで見てきたデジタル経済の特質?従来の枠組みや時間・空間を越え新たな組合せと価値を創造する--を生かそうとする萌芽的事例であるとともに、企業・個人にとっての「働き方改革」や地域の持続的成長にも貢献しうる取組の例と考えられる。

1 和歌山県白浜町のサテライトオフィス

ア 豊かな自然と観光資源を擁する和歌山県白浜町

温暖な気候に恵まれるものの険しい山地が海に迫り平地の少ない和歌山県、その南部に白浜町は位置している。町の人口は約2万人だが、温泉、海水浴場、熊野古道、新鮮な魚介類などの豊かな自然と観光資源を擁し、年間334万人(2018年)の観光客が訪れる。県内には高野山、熊野三山など世界的な観光スポットも存在する。

〈図表1 白浜町の位置〉
(出典)白浜町HP
〈図表2 白浜町の海水浴場(白良浜)〉
(出典)白浜町提供資料

イ 人口流出が進む中、いかに地域に産業や雇用を創出するか

白浜町は大阪中心部から電車又は高速バスで2〜3時間程度、町内には空港もあり東京からも1時間程度でアクセス可能であるが、1990年代以降、企業が保養所57を閉鎖する動きもあいまって観光客数は伸び悩んでいた。さらに和歌山県は高校卒業生の県外進学率が全国トップであり、観光以外の地域の産業や雇用をいかに創出するかという課題があった。

ウ 紆余曲折を経て働き方改革・地域の持続的成長の萌芽となりつつあるサテライトオフィス

このため、和歌山県や県内の市町村は県へのICT企業の誘致を積極的に進めてきている。一例として2004年、白浜町が海を見下ろす高台にある企業の保養所跡地を改装した貸しオフィスとして開設した「白浜町ITビジネスオフィス」が挙げられる。これは、閉鎖された保養所施設を有効に活用しつつ、企業誘致による地域振興を図るという政策目的を持つものであった。しかし、当初入居していた2企業が退去して以来、5年以上入居企業がない状態が続いていた。

〈図表3 白浜町ITビジネスオフィスの入口〉
(出典)白浜町提供資料

その後、白浜町総務課の担当として着任した坂本和大氏は退去した企業の担当者に聞き取りを行った際、「生活面を含めフォローがなかった点が不満」と言われたことを受け止め、その後企業から入居の打診を受ける際は、実際住んだらどうかも含めて裏表なく話をするようにした。また、入居した企業には町からアフターフォローを行うようにし、私生活での交流や人間関係も含め相談に乗るようにもしている。

入居した企業も、進出を決めた要因として、交通の便、通信網(後述)に加え、町によるサポートを挙げる。

2015年、株式会社セールスフォース・ドットコムが、2016年、NECソリューションイノベータ株式会社が入居を決めた。株式会社セールスフォース・ドットコムの白浜オフィスのトップである吉野隆生氏によると、場所にとらわれない働き方や働き方改革が白浜でどこまでできるか試してみたかった、ふるさとテレワークが入居のきっかけとなったとのことである。白浜町及び入居企業は総務省が推進する「ふるさとテレワーク推進のための地域実証事業」に応募した。同年7月には同事業に採択され、オフィス1階部分の内装をテレワーク拠点として全面的に改装した上で10月に開所を迎えた。

有名企業の入居による知名度向上、翌2016年度「ふるさとテレワーク推進事業」でのオフィス2階部分の改修、政策としての地方創生や働き方改革などの動きもあり、サテライトオフィスへの注目が高まったこととあいまって、白浜町ITビジネスオフィスは7室すべて満室が続き、2018年3月には第2オフィスが完成した。その第2オフィスも早々に4室すべてが満室となり58、3棟目の開設も検討されている(2019年3月現在)。

〈図表4 白浜町ITビジネスオフィス内の様子〉
(出典)NECソリューションイノベータ株式会社提供資料

エ サテライトオフィス入居者の日々の仕事と暮らし

総じて、入居者はクラウドコンピューティングサービスを活用することにより別拠点との間でも問題なく仕事を進めている。また、東京と比べて通勤時間やこれに伴うストレスが減るとともに、趣味や家族との時間、地元での活動を満喫しており、これらが業務にも良い影響を与えている傾向がうかがえる。

(ア)NECソリューションイノベータ株式会社の例

NECソリューションイノベータ株式会社は、システムインテグレーション事業、サービス事業、基盤ソフトウェア開発事業を行う日本電気株式会社(NEC)の100%子会社である。社員12,000人以上を擁し、日本各地に拠点を有する。白浜センターでの主な業務内容は、インサイドセールス59、基幹系システムのサポート、地域での実証プロジェクト(オで後述)であり、このほか、まだICTを導入していない地域の中小企業を対象にした勉強会を開催したり、NECグループを含めた合宿の場として活用したりもしている。

白浜センター所長の阪口信吾氏は2016年の開所から白浜センターに勤務しており、その他のメンバーは、白浜に移住した者、1〜2年間程度白浜に赴任する者、東京と白浜とを日常的に行き来しつつ働く者と様々な働き方の形がある。

〈図表5 白浜勤務と東京勤務の生活パターンの比較〉
(出典)NECソリューションイノベータ株式会社提供資料

白浜センターでプロジェクト管理を行う方を例にとると、以前東京で勤務していた時と比較して、通勤時間が短くなることにより夕食以降の家族との時間も確保できているとのことである。

(イ)セールスフォース・ドットコム株式会社

セールスフォース・ドットコムは、CRM(顧客関係管理)を中心としたクラウドコンピューティングサービス(SaaS:Software as a Service)を提供するグローバル企業である。日本法人として株式会社セールスフォース・ドットコムが設立されており、東京、名古屋、大阪、福岡に加え、白浜にオフィスを設けている。

白浜オフィスでの主な業務内容は、インサイドセールスである。同社は世界的にもインサイドセールスを重視しており、マーケティングと営業との間に立ち、マーケティングが取得した見込み客に対して、電話やメール、DMなどを駆使してアプローチし、見込み客を営業部門に引き継ぐ役割を担う。

同社自身のビジネスモデルもクラウド利用を前提としていること、また、ビジョン、価値、方法、障害及び基準60を上層部含め全社員が定めることで組織としての意思統一を実現していることもあり、大都市から離れて白浜で働くことでの大きな問題は生じず、むしろ国内の他の拠点と比較して白浜オフィスの方では案件成約数が20%多い結果となっている。

白浜オフィスのトップである吉野隆生氏によると、東京勤務と比較して白浜でアウトプットが向上する要因として、通勤時間が短縮されストレスも減ったこと、組織が小さい分社員同士のコミュニケーションが増えることのほか、社員が動機付けを行っていること、当事者意識を持つことを挙げている。

白浜オフィスでは、常勤者である所長他3名の地域への移住者に加え、東京等から希望者が3か月間赴任して、同オフィスで勤務している。地域への社会貢献活動も積極的に行っており、地元の小中学生を対象にしたプログラミング授業、職場体験受入れ、社員による熊野古道の道普請などを実施している。地域の住民との距離が近い分、自身の活動への反応が直接的に分かり、これが仕事での動機付けや当事者意識につながっているとのことである。

オ 先進的な通信ネットワークと「関係人口」が生み出すイノベーション

白浜町のケースでは、サテライトオフィスを拠点とする事業活動のみならず、先進的な通信ネットワークや、「関係人口」もあいまって、地域発のイノベーションが起きつつあることも注目される。

(ア)通信ネットワーク

サテライトオフィスへの入居、また後述するいくつかの企業の本社の白浜移転に関して、企業の担当者からは通信ネットワークの充実を要因の1つとして挙げる声がある。

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)と白浜町は、2015年4月耐災害型の地域分散ネットワークの「ナーブネット」の実証実験を開始した61。ナーブネットは、災害時の通信対策として設置された通信網であるが、平時も利用できること、セキュリティ面も充実していることなどの特徴があり、企業自身の通信(非常時の利用を含む)のほか、住民向けアプリ「白浜リンク」や後述するワーケーションの勤怠管理などの基盤としても使われている。これらのサービスやアプリの開発には、前述のサテライトオフィスの入居企業や後述する白浜町に移転した企業も携わっている。

このような先進的な通信ネットワークは、地域発のイノベーションの創出の基盤となることが期待されている。

(イ)「関係人口」

前述のとおり、サテライトオフィスへの進出企業は、単に事業活動を行うのみではなく、積極的に地域との関係を深め、地域への貢献活動を行っている点が特徴的である。サテライトオフィスで勤務する人々は、必ずしも白浜町に定住するわけではないと考えられるが、観光客や出張者のような一時的な訪問者に比べると、地域とのつながりは深く、地域活性化への寄与も大きい。このような人々を「関係人口」という。

関係人口は、総務省「これからの移住・交流施策のあり方に関する検討会報告書」(2018年1月)において、「長期的な『定住人口』でも短期的な『交流人口』でもない、地域や地域の人々と多様に関わる者である『関係人口』に着目することが必要である」とされており、サテライトオフィスは、「定住人口」と「交流人口」の間にある「関係人口」を創出することで、イノベーションの着火点となることが期待されている。

(ウ)イノベーション

ここまででも取り上げてきたとおり、進出企業による事業活動に、先進的な通信ネットワークと「関係人口」があいまって、白浜町では様々なICTサービスの提供や実証が行われており、ICTを「基盤産業」62としたイノベーションが起きつつあると言える。

前述のほか、白浜町に進出した企業の例として、株式会社ウフルがある。同社は、IoT、セキュリティ及びエッジコンピューティングサービスを提供する企業であり、フィナンシャルタイムズ社が発表した「アジアの急成長企業1000 社」にランクインするとともに、ソフトバンク株式会社、NEC及びセールスフォース・ベンチャーズ等と資本・業務提携を行うなど、近年急成長している。前述のナーブネットのセキュリティやエッジコンピューティングを担うほか、町内の手ぶら観光サービスに用いる顔認証やブロックチェーン技術も提供する。また、飲食グループ大手の株式会社subLimeは、「白浜町第2ITビジネスオフィス」に拠点を設け、グループ店舗への販売促進サポート業務(Webマーケティング)や飲食店への予約業務等を行うとともに、社員がこども同伴で働けるような工夫も行っている。

このほか、和歌山県から運営権の譲渡を受けて2019年4月より南紀白浜空港の運営を行っている株式会社南紀白浜エアポートは、株式会社ウフルとの間でIoT活用に関する包括連携協定を締結し、IoTを活用した地域の活性化や空港運営の変革・生産性向上を目指している。また、NEC及び地域の事業者との連携により、「IoTおもてなしサービス実証」を行っている。このように、他社と連携しつつ、ICTを活用し、空港施設の運営や地域のPRにとどまらず、地域に人を呼び込むための仕組みづくりや地域の受入体制強化も目指している。

更に、企業がオフィスを白浜に移転する動きも注目される。クオリティソフト株式会社は、2016年12月、本社を東京から白浜町に移転した。同社はクラウドサービスとパッケージソフトウェア製品の開発及び販売業務を主な事業としており63、営業等は東京本部に残るが開発は白浜町にある本社で行っており、白浜町で80人の雇用が生まれたとのことである。

シリコンバレーは、言うまでもなく米国カリフォルニア州に位置する多くのICT関連の新興企業やグローバル企業が集積する地域であるが、白浜町役場の担当者は、これをもじって町を「シラコンバレー」とも呼んでおり、今後の地域発のイノベーションの発展や持続的成長が期待される。

2 和歌山県が提案するワーケーション64

ア ワーケーションとは

ワーケーションとは、仕事(Work)と休暇(Vacation)とを組み合わせた造語である。ICTを活用すること(テレワークなど)により、リゾート地など普段の職場とは異なる場所で仕事をしつつ、別の日又は時間帯には休暇取得や地域ならではの活動を行うことが可能となる。

イ 和歌山県の取組

ワーケーションは、企業、個人、地域それぞれにメリットがあると考えられ、企業にとっては社会的貢献、従業員がリフレッシュすることでの業務のアウトプットが向上する可能性、そして地域との交流によって生まれる新たな繋がりや地域資源を活用した「ローカル・イノベーション」の創出可能性、個人にとってはワークライフバランスの改善、地域(行政含む)にとっては都市部の技術や人脈の地域への還元や「関係人口」増加の可能性が挙げられる。

〈図表6 和歌山県のワーケーションポータルサイト〉
(出典)和歌山県HP

和歌山県では、政府の政策動向、ふるさとテレワークにおける白浜町の成功、海外におけるワーケーションの隆盛を受け、ワーケーションを推進している。推進に当たっては、ハード、ソフトそれぞれに加え、選ばれるための当該地域特有の魅力が必要となるが、まずは白浜をターゲットの1つとしつつ和歌山県のICT・交通基盤や観光資源を活かしている。

和歌山県は、ワーケーションの普及促進のため、ポータルサイトを作成し、ワーケーション実施者に必要な同県内の施設・設備やモデルプラン等の情報を発信し65、より円滑な滞在を支援している。

<提供情報例>

・ワーケーション体験記やモデルプラン

・Wi−Fiスポット、ワークプレイスの場所

・全国のワーケーション関連情報

〈図表7 白浜及び和歌山の魅力〉
(出典)和歌山県資料等を基に総務省作成

和歌山県によると、自治体レベルでワーケーションを推進したのは和歌山県が日本初である。推進し始めた2017年度は、都内でワーケーションのフォーラムを開催し、先駆的にワーケーションを実施している方の講演を通じワーケーションの実施者となりうる層にPR活動を行った。2018年には、県内でワーケーションを行った個人に対し、5万円の協力費を支払うワーケーション普及促進事業を実施した。これまでの取組では、イベントやトライアル等での単発的実施にとどまることや、地元・民間にノウハウや人脈が共有されていない等の課題が残されていたことを踏まえ、2019年にはワーケーションセミナーを開催している。これは、都市部、各地域それぞれの関係者(実施側、受入側、派遣側)が定期的に集まる場を設けるもので、ワーケーションが社会的な動きとなるような仕掛けも狙っている。

また、県のホームページでもワーケーションのポータルサイトを開設している。希望者から「具体的なイメージが湧きづらい」という意見があったことも踏まえ、モデルプランや体験記などを掲載し、コンテンツの充実を図っている。

〈図表8 ワーケーションのスケジュール例(ソニックガーデン社)〉
(出典)和歌山県ワーケーションポータルサイト66

デジタル化の進展により、従来の枠組みや時間・空間を越え新たな組合せが可能になる中で、ワーケーションを通じ、個人のリフレッシュや地域での体験を通じた気づき、また地域の活性化が進んでいくことが期待される。

コラムCOLUMN 5 小売・飲食・宿泊等接客業のデジタルイノベーションが引き起こす急激な変化

1 接客業を取り巻く近年の情勢

(1)小売業における「Amazonエフェクト」の影響

米ネット通販最大手であるAmazon.com(アマゾン・ドット・コム)が引き起こす「Amazonエフェクト」は、米国においてのみでなく67、日本国内の小売業にも大きな影響を及ぼしていると言われている68

「Amazonエフェクト」とは、アマゾン・ドット・コムの急成長に伴い様々な市場で進行している混乱や変革などの現象である。消費者の購買行動が実店舗からオンラインショッピングへと移行したことで、米国内の百貨店やショッピングモールが閉鎖に追い込まれるなど、既存の米国の消費関連企業が業績悪化や株価低迷に陥っており、同社による買収や新規事業拡大の影響は他の産業分野にも及んでいるとの指摘もある69

インターネット上の新たなサービスが既存企業の存続に影響を与えるこうしたデジタル・ディスラプション70への対策は、実店舗における喫緊の課題といえるだろう。

(2)人口減少による働き手不足の問題

Amazonエフェクトとは別に、人口減少に伴う働き手不足も接客業に大きな影響を及ぼしていると考えられる。我が国における15歳以上65歳未満の生産年齢人口は1995年をピークに減少傾向が続き、2025年には約800万人、2040年には約2,000万人が、それぞれ2016年と比べて減少するといった見通しがなされている71

〈図表1 産業別未充足求人状況〉
(出典)厚生労働省(2018)「平成30年上半期雇用動向調査結果」を基に作成

このような中長期のトレンドに加え、近年の景気回復及び雇用情勢の改善といった短期トレンドにより、労働需要の高まりとそれに伴う人手不足感が拡大しつつある。特に接客業は他の産業と比較してこの傾向が高いことが分かる。また人手不足を起因とした店舗閉店・営業時間短縮といった動向もあり、人手不足型の倒産についても2018年は過去最多の件数に達している72

2 デジタル化が牽引する接客業の急激な変化

(1)デジタルトランスフォーメーションの広がり

オンラインサービス産業によるデジタル・ディスラプションや、働き手不足といった問題に直面している接客業では、近年デジタル技術を積極的に活用するデジタルトランスフォーメーションにより生き残りを図るといった動きが急速に広がりつつある。

キャッシュレス決済の促進や、ホテルや飲食店における受付業務等へのAI・ロボットの導入、小売店でのセルフレジの導入など、デジタル技術導入の取組は既に人々にとって身近なものとなりつつある。特にこのような自動化・無人化の取組みのうち、セルフレジについては、2018年2月時点で全体の認知率は9割強となっており、さらに利用経験者の割合は約7割に達しているという調査結果もある73

2018年頃からは、セルフレジのような接客業務の一部自動化ではなく、来店者の利便性を高めるためにデジタルトランスフォーメーションを進める店舗が国内外において登場し始めている。

国外では、2018年1月22日にアマゾン・ドット・コムがレジのないコンビニエンスストア“Amazon Go”の1号店を米国シアトルで一般消費者向けに開店した。同店はスマートフォン、クラウドコンピューティング、AI、IoTといった新しいデジタルテクノロジーを徹底活用することで、商品を手に取ってゲートを通るだけで買物ができる“Just Walk Out”を実現してる74

〈図表2 Amazon Goの光景〉
(出典)Sikander Iqbal, Creative Commons(CC)Attribution-Share Alike 4.0 Internationa75

国内においては、2018年12月に日本電気株式会社(NEC)のグループ会社が入居している東京都内のビルに、コンビニエンスストア「セブンイレブン」を運営する株式会社セブン‐イレブン・ジャパン及びNECが、AIによる顔認証システムを用いた決済やマーケティングの仕組みを実現したNECグループ社員向けの実験店舗を開設した。同店内では、コミュニケーションロボットが来店者におすすめ商品を提案したり、来店者の顔画像から来店者の属性を推測し、それらに応じた商品広告を表示したりといった自動マーケティングの仕組みも実装されている76

(2)新たな技術・サービスの創出

もっとも、新しい技術・サービスは、従来のサービスの代替や効率化にとどまるべきではない。デジタルの性質を活用し、新たな需要を生み出すことでその真価が発揮される。示唆的な動向として、店舗でのデジタル化をマーケティングに活用する動向が挙げられる。個々の顧客に直接コミュニケーションを図るダイレクトマーケティングの手法は、インターネット販売や通信販売などが得意とする手法であるが、AIの技術が進展してきたことにより、フィジカル空間においてはこれをリアルタイムで実施可能にできると期待される。フィジカル空間における自動ダイレクトマーケティングの仕組みが実現すれば、従来のマスマーケティングでは行えなかった個別の商品・サービスを、最適なターゲットに、適切な場所で、適切なタイミングに提案することが可能となり、より効率的な広告効果を得ることが可能となるだろう。

また、同一人物が来店した際にそのことを識別し、店舗内の動線や過去の購買履歴等の様々なデータから「リピート分析」を行う技術も実証実験が進んでいる。こうした分析が可能となれば、先述したダイレクトマーケティングや企業の販売戦略にも役立てることができると期待されている77

3 新たな技術・サービスによる課題解決と展望

人口減少による人手不足や、Amazonエフェクト、デジタル・ディスラプションといった脅威による事業継続リスク増加への対応は、“Automation2.0”ともいうべき喫緊の課題であると考えられる。

〈図表3 接客業が直面する “Automation2.0”〉
(出典)総務省(2019)「デジタル化による生活・働き方への影響に関する調査研究」

現在普及しつつある、「接客ロボット」「セルフレジ」「無人店舗」といったIoT、AI、クラウドコンピューティング、ロボット等の最新のテクノロジーを駆使した「デジタルトランスフォーメーション」は、こうした課題を解決する上で効果的な役割を果たすことが期待されている。さらに、マーケティング技術など今までにない新たなイノベーションの創出により、効率化・省人化だけでなく、サービス産業の高付加価値化を進めていくことができると期待される。

川口盛之助氏インタビュー

―デジタル経済の更なる進化で人間の近未来はどのようになるのか―

株式会社 盛之助
川口盛之助 代表

川口盛之助氏は、未来予測の第一人者として世界的に活躍し、将来起きることが見込まれる劇的な変化を分析・整理する「メガトレンド」シリーズの著者としても知られる。

川口氏によれば、エマージング諸国の台頭が顕著化した2010年前後から将来予測に関する書籍が次々と発行されるようになったが、その多くが各分野の専門家によって書かれたものであった。これらが分野横断的に起きている大きな変化を捉え切れていないと感じた川口氏は、「ならば自分が出そう」と当時勤めていた企業を辞め、2年間の準備期間を経て2013年に初版の「メガトレンド」を出版した。川口氏の将来予測は、内外、異分野の専門家による未来予測の著作100以上を読み比べ、過去からの変化やあらゆる分野の変化から法則を導き出している点に特徴がある。

その川口氏は、デジタル技術は今後人間の心身に肉薄し、大きな社会変革をもたらすと説く。デジタル経済の更なる進化により、人間の心はどのように変わるのか、また、人間の近未来はどのようになると考えられるのか、尋ねた。

人と人のインターフェースが重要に

サービス産業が経済の中心になると、人と人のインターフェースが重要になってきます。例えば、女性医師の方が男性医師よりも、担当している患者の死亡率や再入院率が有意に低いという米国での調査結果があります。患者への説明の仕方や、患者の気の持ちようなど要因はいろいろ考えられますが、女性医師の方が、患者とより良好なコミュニケーションを取っていることが報告されています。接し方で結果が良くなることの意義は大きいでしょう。AIで代替しにくい人間らしさともいえ、これからは女性の時代といわれるのも、この点からかもしれません。

生まれたときからICTに接している若者の能力を生かすことが重要に

これからの時代、若者が大事です。どうしても若い方が脳の反射や瞬間的な判断の点では優れています。例えば、話題のeスポーツは体力に関係なく楽しめると思われがちですが、反射や瞬間的な判断を必要とすることから、若者が有利であり、トップレベルの選手がトップでいられる期間は既存のスポーツよりむしろ短いといわれています。

また、生まれたときからICTに接しているかそうでないかによっても考え方や能力に違いが出ます。いわゆる「ニュータイプ」や「チルドレン」を想像してもらっても良いかもしれません。高齢化社会では、若者の価値が相対的に高まります。新技術を社会に導入すると生産性が向上する場合でも、若い人が意思決定を行う層に少なすぎる社会では、新技術を規制してしまいかねません。

個人が特定の集団と添い遂げるという概念が希薄化し、これまでの「権威」が問われる

社会がオープンになり、集団よりも個人が大きな意味を持つとともに、個人が特定の集団と添い遂げるという概念が希薄になってきます。個人が特定の会社に勤め続けるのではなく、プロジェクトごとに集まっては解散し、また別のプロジェクトが形成されるといった形態が増えていくでしょう。

役職のヒエラルキーも次第に時代に合わなくなり、これまでの権威とは何なのかが問われることになってきます。いわゆるホラクラシー経営ですね。上司は部下の知らない情報を持つことで権威を持っていましたが、このような「情報の非対称性」がなくなっていくからです。また、AIやRPAの導入が進むことにより、高度な専門的知識を背景にした職業の権威も問われてくるでしょう。情報を秘匿するよりもオープンにする方がより大きな価値を生むことから、情報を秘匿する組織は、生産性を巡る戦いの中で次第に淘汰されるでしょう。

その場その場でその人の適性、能力、インセンティブをうまく組み合わせる仕組みを作った社会が強くなり、生き残るでしょう。社会人になったときからプロジェクトベースで働くことが当たり前の世代が増えてくれば、日本企業も大きく変わっていくでしょう。

自己決定と幸福度は関係し、脳の機能への関心が高まる

従来の価値観が急速に変わってきているように思います。例えば、見合い結婚は1世代で激減しました。また、美容整形への抵抗は少なくなりつつあると思います。ある種の「合理的」な判断を行うようになったのでしょう。その一方で、臓器移植や安楽死に抵抗がある人は多いです。美容整形に寛容な「合理的」判断が広まる中で、なぜかということになりますが、これは日本において自己決定が十分でないことを示すものかもしれません。

最近、「人は何のために生きるのか」といった幸福論をよく見かけるようになりましたが、これは、今の日本で自己決定権があまり確保されていないことが、日本人の幸福度が低いことにつながっているためだと思います。合理的に幸福追求のためにどうするのがよいか考えるようになると、マインドフルネス瞑想やブレイン・マシン・インターフェース(BMI)のように、脳の機能をどう高めるかに対する関心が高まり、これらを追求するサービスの需要が増すでしょう。もし、人工知能が広く利用されるようになり、また、仮にベーシックインカムといったものが導入されれば、人は何のために生きるのかを問う必要がますます高まることが予想されます。企業も、従業員に対して仕事の意義や働くことの喜びの提供を求められるようになるでしょう。

伝統的な「潤滑油」や「いい塩梅」も意味を持つ

新しい価値観とは違うのですが、いわゆる「大阪のおばちゃん」のようなプッシュ型で行動を促す仕組みが、個人と個人の間の潤滑油の役割を果たすことはあるでしょう。ただし、「だまされたと思って付き合ってみ」と言われ、それに従って良い結果になることと、単なる詐欺とをアルゴリズムでどう区別するかは、AIとしても必要な機能になってくると思います。個人の信用度をスコアリングするシステムがカギとなります。

また、日本人がリスクをとりたがらない背景として、「責任をとりたくない」という心情があると思います。日本人は几帳面ですが、電車の秒単位での遅れに厳しい点など、海外から見れば異常なところもあります。リスクをとらず、画一的にこうと決めてしまえばある意味楽ですが、合理的に考えた「いい塩梅」があるはずです。

特定の分野だけを知っていることよりも、つながりを知っていることが価値を持つ

人工知能により、脳機能の「外部化」は進むでしょう。すなわち、書ける漢字は減ったけれど読める漢字は増えた、というように、脳の記憶の使い方が変わってきています。特定の分野だけ詳しく知っているよりも、色々な分野でどこに何があるかをおぼろげにでも知っていて、誰に話を聞けばいいのかわかることが価値を持つようになります。

人の信用を数値化する動きがありますが、つながりやすさが加速し、与信機能を持つ「貨幣」同様のものに進化する可能性もあります。プライバシーの点についても、新技術が出てくる前の時代を知っている人は心配しますが、次の時代の人々はそもそも気にしないかもしれません。

全人格が人と人のインターフェースや信用に関わるため、オンとオフが一体に

工業社会では、オンとオフすなわち仕事とプライベートがはっきりしていましたが、今後は全人格が人と人のインターフェースや信用に関わってくるため、仕事とプライベートが渾然一体となるでしょう。つまり、仕事中にプライベートでSNSを使うことが、次のプロジェクトにつながるかもしれません。

そう言うと嫌な時代になるように思うかもしれませんが、これは「滅私奉公」ではありません。日本では、企業の担当者が自社の製品・サービスについて苦情を言われると、自分の人格を否定されたように感じることがあります。従業員は企業と運命共同体になる必要はなく、苦情を言う客と一緒になって会社に改善を求めるぐらいでいい。人格を企業に一体化させてお付き合いすると、自分を苦しめることになります。自己を確立した上で冗長性あるシステムとすることが、個人の心を安らかにすることにもなります。

2019年からみて20年後くらいの若者は、考えが変わっているかもしれません。1990年代末にi-modeが登場してすぐの頃は、若者が「友人が今何をしているかわからないことが不安」と言うと、上の世代は驚いたものですが、2019年にはSNSの普及でそのような発言は当たり前のものになっています。新興国ほど前世代の人口が少なく、従来の「普通の価値観」が薄いため、今が「普通」であり、そのことが新しいものを生んでいると思います。

才能をどのようにマネジメントしていくかが重要に

これからの経済・社会では、定型業務の自動化が進み、生産性は大きく高まります。1人の独創的なアイデアや仕事が1000人分の仕事以上の価値を持つことも増えるでしょう。このような才能をうまくマネジメントするために、メジャーリーグのような仕組みが様々な企業で求められます。つまり、一部の天才に心地よく働いてもらう工夫が必要になります。

同時に、天才ではなくても、ロングテールの部分でうまくセグメントを分ければ、誰でもそのニッチなセグメントでは「神」になれる可能性が開けます。これまでいかに多様なセグメントがあったとしてもうまくマッチングできなかったものが、デジタル化の進展でできるようになってきています。5Gの普及により、ネットワークがより高度になれば、更に新たなセグメントが発掘されていくでしょう。

分野を超えた法則性=メタトレンド78を見抜くことが重要に

イノベーションとは、あるシーンで生じているメカニズムが、他のシーンでも起こっているという普遍性を見出し、その法則性を適用することと考えています。そして、それぞれのシーンが遠ければ遠いほどイノベーティブであり、例えば情報通信分野で起こっていることが生物や芸術でも起こっていれば、より興味深いものになります。この法則性が、メタトレンドです。

広く浅く視野を持つことで、根底にある同じ流れであるメタトレンドを見抜けるかどうかが大事になり、そのためにはロジック構造を自分なりに持った上で、日常の物事を解釈する習慣が必要です。情報過多ともいえる中にあって、人間が人工知能に負けないためには、人間の好奇心や仮説思考が大事になってくるでしょう。

川口 盛之助 (Morinosuke Kawaguchi)

株式会社 盛之助代表。慶応義塾大学工学部卒、米イリノイ大学理学部修士課程修了。日立製作所を経てアーサー・D・リトルに参画。各種業界の戦略立案プロジェクトに広く携わり、同社アソシエート・ディレクターを務めたのちに、株式会社盛之助を設立。国内のみならずアジア・中東各国の政府機関からの招聘を受け、イノベーションやブランディングに関するコンサルティングを行う。技術とカルチャーを体系的に紐付けたユニークな方法論を展開し、著作「オタクで女の子な国のモノづくり」は「日経BizTech図書賞」を受賞。世界4か国語にも翻訳される。近著「メガトレンド」シリーズでは、精緻で広範な未来予測の方法論を展開し、ビジョナリストとして各界で高い評価を受ける。同書の世界観をベースにした文部科学省の将来社会ビジョン策定プロジェクトや、自由民主党の「国家戦略本部」 におけるビジョン策定などにも携わる。 morinoske.com



50 総務省(2018)「今後のLアラートの在り方検討会報告書」

51 ただし、Lアラートに災害関連情報を発信するためのシステムや操作方法は、都道府県単位で自主的に整備が行われている「防災情報システム」に依存するため、現状、防災情報システムの違いゆえの操作性の差が存在することや、市の防災情報共有システムの情報を県のシステムに逐次手入力している事例もあり、将来的な改善が期待される。

52 Twitter上の災害関連情報をリアルタイムに分析し、自治体ごとに整理して一目で状況把握・判断を可能とし、救援、避難の支援を行うシステム。
https://disaana.jp/d-summ/別ウィンドウで開きます

53 三友仁志編著(2019)『大災害と情報・メディア レジリエンスの向上と地域社会の再興に向けて』P.10

54 人類がストーリーを共有することは超長期的に人類を進化する方向にも作用してきたと考えられる。ユヴァル・ノア・ハラリは著書『ホモ・デウス』において、人類が進化し、人類よりも肉体的に優位であったネアンデルタール人が滅亡したことを挙げつつ、人間が文明を作り地球で人口を増加させたのは、ストーリーを共有したからだと指摘している。

55 これらの設置にあたっては、総務省戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)の受託研究(162308001)による支援が活用されている。

56 2014年の平成26年8月豪雨の際は、避難者はいなかった(ただし、この豪雨の発生時間帯が深夜であったこと等諸条件が異なることに留意は必要と考えられる)

57 豊かな自然と観光資源を有する白浜町は、企業等の保養地として人気があり、白浜町担当者によると最盛期には百件以上の保養所が存在していた。

58 第2オフィスには、三菱地所株式会社も入居し、同社が顧客としている企業の新規事業の立ち上げに関する合宿や研修等のワーケーション向けの場所の提供も行っている。

59 見込み客に対して、メールや電話・ウェブ会議ツールなどを活用しながら非対面で営業活動を行う営業手法。

60 同社内ではV2MOMと呼ばれており、Vision, Values, Methods, obstacles, Measuresの頭文字をとったもの。

61 https://www.nict.go.jp/press/2015/04/23-2.html別ウィンドウで開きます

62 森川正之『生産性 誤解と真実』(2018年)では、サービス産業の生産性向上にためには集積が必要であること、EBPMの重要性についても触れつつ、「自立可能で持続性のある地域経済とするためには、外から稼ぐ力のある「基盤産業」の存在が不可欠である」(P.217)としている。

63 同社はドローンソリューション関連事業も営んでおり、ドローン講習と後述するワーケーションをセットにしたプランを提供している。

64 本項は、天野宏「ワーケーション:和歌山県から提案する新しい働き方と地方創生の形」(公益財団法人統計情報研究開発センター発行「エストレーラ」2018年6月号掲載記事)及び和歌山県HP https://wave.pref.wakayama.lg.jp/020400/workation/index.html別ウィンドウで開きます等を基に作成している。

65 https://wave.pref.wakayama.lg.jp/020400/workation/index.html別ウィンドウで開きます

66 https://wave.pref.wakayama.lg.jp/020400/workation/18020800101.html別ウィンドウで開きます

67 『日経ビジネス』「オンラインゼミナール 米トイザラス破綻、日本の店はどう生き残る?」
(https://business.nikkei.com/atcl/report/15/110879/021900784/別ウィンドウで開きます

68 『日経ビジネス』2018年11月5日号「千趣会、希望退職含む大規模リストラ 縮小均衡避けられるのか」

69 野村証券 証券用語解説集(https://www.nomura.co.jp/terms/japan/a/A03130.html別ウィンドウで開きます

70 「デジタル技術、またはデジタルサービス提供者により、既存の業界構造や業界秩序が破壊される。」といった事象のこと。

71 内閣府(2018)「平成30年版高齢社会白書」

72 株式会社東京商工リサーチ「2018年「人手不足」関連倒産、過去最多の387件発生、「求人難」型が1.7倍増と急増」2019年1月10日公開
http://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20190110_01.html別ウィンドウで開きます

73 株式会社インテージ「知るギャラリー セルフレジはどこまで浸透したのか?〜導入・利用実態と、消費者が感じるメリット・デメリット〜」 (https://www.intage.co.jp/gallery/self-checkout/別ウィンドウで開きます

74 BUSINESS INSIDER JAPAN 鈴木淳也「驚きのコンビニ革命「Amazon Go」のすごい仕組み、魔法のようなAI技術の真実」2018年2月15日(https://www.businessinsider.jp/post-162108別ウィンドウで開きます

75 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Amazon_Go_-_Seattle_(20180804111407).jpg別ウィンドウで開きます

76 ITmedia NEWS「手ぶらで買い物できる“顔認証コンビニ”、セブン-イレブンとNECが都内で開始 オフィス向けに展開」2018年12月18日(https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1812/17/news113.html別ウィンドウで開きます

77 Impress BUSINESS MEDIA「「無人コンビニには興味がない」セブン-イレブン初の省人型店舗とは?」2018年12月18日
https://netshop.impress.co.jp/node/6058別ウィンドウで開きます

78 「メタ」とは、「間」や「超」を意味する接頭語。

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