昭和48年版 通信白書

本文へジャンプ メニューへジャンプ
トップページへ戻る
操作方法


目次の階層をすべて開く 目次の階層をすべて閉じる

2 主な動き

 ここでは47年度における主要なトピックスをとりあげて,通信の動向を探ってみる。
(1) 沖縄の復帰
 戦後27年間にわたって米国の施政権下にあった沖縄が47年5月15日復帰した。復帰前の沖縄では米国民政府令により高等弁務官の規制のもとにおかれていたが,復帰に伴い本土の通信関係法令が適用されることとなるため種々の措置が講ぜられた。VOA中継局については返還協定に基づき5年間の継続運用を認めるとともに,復帰前高等弁務官が免許を与えていた無線局のうち,極東放送についてはそれぞれ5年間(英語放送)及び1年間(日本語放送)郵政大臣の免許を受けたものとみなすこととしたほか,航空機の無線局等必要なものについても1年間郵政大臣の免許を受けたものとみなすこととした。また,沖縄郵政庁は郵政省に,34年以来沖縄の公衆通信を担ってきた琉球電信電話公社は電電公社及び国際電電に,42年に設立された特殊法人である沖縄放送協会はNHKに,それぞれ引き継がれた。そのほか,無線局の呼出符号の変更や郵便,電話,放送受信の料金関係等についても復帰に際しての必要な措置がとられた。
 公衆電気通信においては,通話需要の増大と自動化等サービス向上への要望にこたえるため,加入電話や公衆電話の増設を進めるとともに,47年10月には,復帰の日に開通した本土-沖縄間の新マイクロ回線を増設して沖縄本島内から全国各地への自動即時通話を可能とした。更に,本島-先島(宮古,石垣)間及び本島・先島-離島間の通信サービス向上のため,マイクロウェーブや海底ケーブルによる回線増設も計画されている。
 また,放送においては,沖縄放送協会を引き継いだNHKは前述の新マイクロ回線の開通により復帰の日に総合番組局の番組のカラー化を図るとともに,教育専門局の放送を開始した。引き続き6月には県民の要望に応じて新たに沖縄全域をサービスエリアとするラジオ放送を開始した。更に12月にはマイクロ回線の増設により,NHKの2チャンネルと民間放送の2チャンネルすべてのカラー放送が可能となった。しかし,先島地区はなおビデオテープの空輸による放送であり,同時放送になるためには本島-先島間の新回線の開通をまたなければならない。
 無線の利用面では,復帰前2,177局であった無線局は47年度末で3,760局に達しており,なお増加の傾向にあるが,警察,気象,航空等の通信施設はいまだ不十分であり,特に台風による災害が多いことから防災行政無線網の早急な建設が必要となっている。また,無線従事者の不足も問題となっており,財団法人日本電波協会による養成講習会が実施されている。
 このように沖縄の本土復帰に伴い各種施策がとられているが,沖縄の社会経済の発展と県民の福祉の向上のため通信施設の整備拡充になお一層努めていかなければならない。
(2) 日中国交正常化
 47年9月末の田中総理訪中により,日中間の国交が正常化されたが,この動きに対応して通信の分野でも日中間通信の改善が図られている。
 従来,日中間の通信は,郵便物は香港経由で取り扱われ,電気通信は電報2回線,電話3回線,写真電報1回線が設定されており,そのほか広州交易会開催時等に臨時回線が増設されるにすぎず,しかもこれら回線はすべて短波無線で海底ケーブルや通信衛星回線のように良質な回線ではなかった。
 総理訪中に先立ち,安定した通信回線の確保を図り,訪中の模様をテレビ中継するため,日本から空輸した可搬型地球局を北京に設置し,日中間にインテルサット衛星経由の臨時回線を設定した。この衛星回線により,総理訪中の間,中国からのテレビ中継が行われた。
 その後,国交正常化に伴う日中間通信量の増大と質の向上への要請に対処するため我が国通信関係者の訪中,中国海底ケーブル技術視察団の来日,48年3月末の鍾夫翔中国電信総局長の来日と盛んな人的往来のなかで,日中間通信関係改善のための努力が続けられた。47年10月に,東京-北京間衛星回線を常設回線とし,続いて48年1月から専用線サービス及び加入電信サービスを開始した。47年度末で日中間の通信回線数は電報6回線,加入電信2回線,電話8回線,写真電報1回線,専用線(電信)2回線,合計19回線と従来に比べ大幅に増加した。
 また,日中間海底ケーブル建設について両国間で基本的合意に達し,大容量の海底ケーブルを日本側国際電電と中国側上海市電信局との協定締結後3年で完成させることとなった。
 郵便に関しては47年11月に開催された万国郵便連合の郵便研究諮問理事会に出席していた我が国代表団と中国代表団との間で,日中間の郵便物の直接交換について話合いが行われた。
(3) 電信電話拡充第5次5か年計画の策定
 電電公社では公社発足以来数次にわたる長期計画を策定し,電話需要の急激な増大に対処してきた。しかし,日本経済の著しい成長とそれに伴う国民生活の向上は,電話を生活必需品化させて住宅用電話を中心として需要を増大させており,47年度は308万の加入電話を架設したが,なお,電話の積滞(申し込んでもまだつかない電話)は227万にのぼっている。このような電話需要に対処するため,また,新しいサービスへの要請にこたえるため,電電公社は47年8月,48年度を初年度とする第5次5か年計画を策定した。
 これより前,47年5月に「電信電話設備の拡充のための暫定措置に関する法律」が10年間延長された。これにより長期計画を遂行する資金面の基盤が強化された。
 第5次5か年計画の内容は,加入電話の積滞解消を最大の目標とし,そのほかに,データ通信の拡充・開発と総合電気通信網の形成を推進することとなっている。
 電話加入数は47年度末で2,098万であるが,第5次5か年計画期中に,更に1,530万の加入電話を増設し,52年度末には全国的規模において積滞を解消することとしている。これにより住宅用電話の世帯普及率は47年度末の42%から52年度末には76%,つまり4世帯のうち3世帯には電話が設置されることになる。
(4) 電話料金に関する広域時分制及び公衆通信回線開放の実施
 46年5月公衆電気通信法が改正され,電報制度の改正,電話の設備料の改定,広域時分制の採用,データ通信の法制化が実現した。しかし,このうち広域時分制の採用と公衆通信回線の開放は,47年11月から逐次実施されることとなっていた。
 47年11月,広域時分制が群馬県等で実施されたのをはじめとし,漸次他の地域にも及び,48年8月末には全国的にその移行が完了した。広域時分制の実施により,最低通話料区域を市内通話区域から単位料金区域に拡大して最近における生活圏・経済圏の拡大に伴う市内通話区域拡大の社会的要請に対処するとともに,その区域内相互間の通話料を3分までごとに7円として市内通話と市外通話の料金格差の是正が図られた。
 一方,この広域時分制の実施に伴い,公衆通信回線使用契約が可能となった。データ通信を行う場合,電子計算機と端末機器を公衆回線を使って結合できるようになり,利用者は通信量の多少により,特定通信回線か公衆通信回線かを選択し,より経済的なシステムを組むことが可能となった。更に,電話機に音響カプラをつけてデータ通信を行うことも,また,技術的条件を満たせば電電公社直営でなく利用者自営の機器を電話機と並べて設置し,転換器により切り換えて利用できるようにもなった。したがって,電話回線を使って音声通信だけでなく,ファクシミリ伝送,符号伝送,心電図伝送等もでき,通信の多様化にそうものと期待されている。
(5) 有線テレビジョン放送法の成立
 有線テレビジョン放送,いわゆるCATVはテレビ放送局の置局及び地形の関係でテレビ放送の良好な受信が困難な地域において,難視聴解消を目的として発達してきた。
 しかし,近年の高層建築物等の増大による都市地域のテレビ受信障害の増加と,米国,カナダにおけるCATVの発展は,CATVを事業として設置しようとする動きを活発化させた。
 CATVは,今後,テレビ番組再送信のみならず自主放送も併せて行う形で発展し,国民の文化的日常生活にとって重要な存在となるものと予想される。しかし,CATV施設はその物理的・経済的制約から地域的独占の傾向に陥りやすいと考えられるので,地域的独占に伴う弊害を除去し,受信者の利益を保護するとともに有線テレビジョン放送の健全な発達を図るため,有線テレビジョン放送法が48年1月から施行された。
 47年度末におけるCATV施設数は5,723(引込端子の数51以上のもの)であり,そのほとんどがテレビ放送の再送信のみを行う加入者数500以下の小規模施設で,自主放送を行っているのは数例である。
 また,CATVはその線路として用いられる同軸ケーブルの伝送容量が大きいことから,将来,双方向通信を含むさまざまな利用が期待され,関係省庁及び民間団体での調査研究や実験施設の建設計画が進んでいる。
(6) 通信衛星・放送衛星をめぐる問題
 我が国の宇宙開発は宇宙開発委員会の定める宇宙開発計画に基づいて行われることになっている。この宇宙開発計画は毎年見直しを行い,現時点での最適計画が定められる。
 47年度の見直し作業では郵政省は各国の宇宙開発の急速な進展にかんがみ,我が国の電波権益の確保と将来の通信,放送需要を満たす技術の確立のため,51年度打上げを目途として実験用中容量静止通信衛星及び実験用中型放送衛星の開発を行うことを宇宙開発委員会に要望した。宇宙開発委員会は,両衛星の早期打上げの必要性は認めながらも技術的条件が整っていないとし,両衛星の開発計画を早急に決定することを前提に,両衛星の開発方法等の検討を行うとともに所要の開発研究を進めるということで,48年3月1日,47年度宇宙開発計画を決定した。
 なお,両衛星については,その後,48年10月29日の宇宙開発委員会において,51年度に打ち上げることを目標に開発を行うことが正式に決定された。
 47年ニクソン大統領が各国の衛星打上げに米国が支援することを正式に表明して以来,各国の宇宙開発計画は急速に進展している。米国では連邦通信委員会(FCC)が48年1月にウェスタンユニオン社の国内衛星通信網の建設を許可し,カナダは47年11月に国内通信衛星アニクを打ち上げ48年1月から運用を開始している。欧州では仏独共同で通信衛星シンフォニーを49年に,イタリアが実験用通信衛星を50年に,西独が大型放送衛星を54年ごろにそれぞれ打ち上げる計画を進めている。また,欧州宇宙研究機構(ESRO)を中心として,欧州地域通信衛星計画が55年実現をめざして続けられている。
 一方,衛星放送に関して,技術的法律的政治的問題が各国の関心を集め,論議が活発となっている。国際電気通信連合(ITU)では,46年の世界無線通信主管庁会議において放送衛星業務用に六つの周波数帯を分配する等衛星放送の技術的諸規定を整備し,また,ユネスコは47年10月からの総会において「情報の自由な流通,教育の普及及びより多くの文化の交流のための衛星放送の利用に関する指導原則の宣言」を採択し,更にソ連は47年9月からの第29回国連総会において,テレビジョンの衛星放送の国際的規律に関する条約案を提出し条約の作成について審議することを提案した。このような情勢にかんがみ,国連総会はテレビジョンの衛星放送を規律する原則の作成の必要性を認め,宇宙空間平和利用委員会に対し,できるだけ早くこのような原則の作成に着手するよう要請するとともに,「直接放送衛星作業部会」の再開を決定した。同部会の第4回部会は48年6月から開催される。
(7) インテルサットの恒久化
 インテルサットは,世界的な宇宙開発利用の態勢を早期に確立し,その実用化を促進するため,39年に暫定組織として設立された。
 44年初めから,数次にわたり暫定制度から恒久制度への移行のための政府間会議が行われたが,暫定制度下における米国の経済的技術的優位性を崩そうとする欧州諸国と米国との間で,主として組織の構成,法人格,加盟国の権利義務の問題で対立があり,恒久化のための交渉は長びいていた。46年4〜5月の政府間会議においてようやく協定の成文が確定し,同年署名のために開放された。47年12月に新協定の効力発生要件が満たされ,48年2月に国際電気通信衛星機構(インテルサット)として恒久制度化された。
 恒久協定は,政府間協定と通信事業者間の運用協定の二つからなっている。我が国は,運用協定には国際電電が署名しており,出資額では加盟国中第3位となっている。
 この恒久協定は各国間の妥協による微妙なバランスの上にのって作成されており,今後の実際の解釈や運用について注目していく必要があろう。
(8) 国際電話の自動即時化
 米国等4か国において日本あて国際通話の全自動化が実施されてきていたが,48年3月30日,一部外国地域に対する日本からの発信通話の自動即時化が開始された。47年度末現在,東京の銀座局等4局の電子交換機に収容されている加入者が,米本土(アラスカを除く。),ハワイ,西独及びスイスへダイヤル直通でかけられるにすぎないが,今後,内外ともに自動即時可能地域が拡大され,国際電話がますます便利になることが期待されている。

 

 

第1部第2章第1節1 概況 に戻る 第1部第2章第2節 昭和47年度の社会経済動向と通信 に進む