昭和55年版 通信白書

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5 衛星通信の研究

(1) 通信方式
ア.固定衛星通信方式
 郵政省では,電波研究所鹿島支所を中心に電電公社の協力を得て,52年12月に打ち上げられた実験用中容量静止通信衛星(CS「さくら」)を用いて,固定衛星通信方式に関する実験研究を行っている。増大する通信需要に対処するため,実用通信衛星の打ち上げに至る過程として,準ミリ波等の周波数帯を使用する衛星通信技術を確立するため,衛星通信回線設定に必要な基本パラメータ,すなわち,宇宙環境下でのとう載ミッション機器の特性,通信システム伝送特性,準ミリ波の衛星・地上間伝搬特性等を明らかにし,衛星通信システムの運用技術,衛星運用管制技術及び大容量局,小容量局に適した通信方式,衛星通信回線での特性測定方法等の研究開発を進めている。大容量局衛星通信用としてFM-FDMA(周波数変調―周波数分割多元接続),PCM-TDMA(パルス符合変調―時分割多元接続)方式を中心に,また小容量小規模局衛星通信用として,FM及びPCMによるSCPC(1つの搬送波で電話1チャンネル相当の情報信号を伝送する方式),MCPC(1つの搬送波で電話数チャンネル相当の情報信号を伝送する方式)及びSSRA(周波数拡散ランダム接続)方式等についても研究を進め,その改良方式の検討を進めている。利用形態としては,大容量局間通信,離島通信,非常災害通信の各方式について基礎実験を行い,貴重なデータを取得している。
 54年度までの2年間の実験研究の成果により,準ミリ波利用に関する実用のめどを得,57年度打ち上げ予定の通信衛星2号にその成果が反映されることになった。55年度からはCS応用実験として電電公社のほか,他の機関の参加も得て,より具体的な利用形態も考慮した実験研究を進める予定である。
イ.衛星放送方式
 郵政省電波研究所においては,53年4月に打ち上げられた実験用中型放送衛星(BS「ゆり」)を利用して衛星放送方式の研究を進めている。
 BSは将来の実用放送衛星の導入のための衛星放送技術を確立することを目的とした衛星で,BSを用いて映像及び音声信号の伝送特性,14/12GHz帯電波の伝送路における降雨減衰,降雨散乱などの電波伝搬特性,衛星とう載ミッション機器特性等の衛星放送システムの基本技術に関する実験,衛星の軌道・姿勢の制御,ハウスキーピング等の衛星管制技術の開発実験,地上送信局の電力制御,チャンネル切替え,衛星トランスポンダ制御等の衛星放送システムの運用上必要となる制御技術に関する実験,受信品質の評価等の放送衛星電波の受信に関する実験を行っている。
 BSの実験で得られた成果は,実用放送衛星計画の策定及び実用衛星放送システムの確立に反映されている。
(2) 管 制
 郵政省電波研究所鹿島支所及び電電公社横須賀電気通信研究所では,人工衛星の運用管制技術に関する実験と研究を行って来た。鹿島支所では実験用中容量静止通信衛星(CS)及び実験用中型放送衛星(BS)の管制に関しては,既に習得した基礎技術に加えて,小型で高精度の衛星軌道決定プログラム(KODS)の開発を行い,運用並びに管制実験に用いている。このほか,CSを用いた管制実験では,主局(鹿島支所)の1局による測距データと,Kバンドの角度データを併用した方法,あるいは衛星を経由して子局(鹿児島県山川)で折り返した簡易な2局による測距の方法等によって,高精度な軌道決定,軌道保持の実験・研究を行っている。現在の保持範囲は±0.1度であるが,これを更に1けた高めるための超精密軌道保持実験を今後実施する予定である。また,CSはスピン安定衛星であり,これをうまく利用して,地上からの管制コマンドにより衛星の姿勢を南北方向に±1度傾け,かつ,衛星アンテナを東西方向に±1度の範囲で振って,地上の数か所で受信される電界強度をもとに,アンテナパターンの測定を行ったが,このような測定は世界でも初めてと考えられる。BSについては,放送という性格上,地上での受信レベルの安定性が重要であり,殊に三軸静止衛星の場合のレベル変動の要因を解析中である。その成果は,BS-2以降の放送衛星に反映していくことにしている。
 さらに,低高度の周回衛星を対象として,データの中継を効率的に行うため,静止衛星を中継局として利用する追跡及びデータ中継衛星システム(TDRSS)についての調査研究も前年度に引き続き行った。
 横須賀電気通信研究所では,米国の技術試験衛星ATS-1を用いた軌道決定実験及びCSを用いた管制実験により取得した技術を基に,静止衛星の特徴に着目した新しい軌道決定および姿勢決定アルゴリズムを開発し,従来大型計算機に依存していたこれらの処理をすべてミニコンで運用可能なシステムを開発した。今後,スピン衛星の姿勢保持範囲の限界をは握するため,このシステムを用いてCSの姿勢保持範囲(現在は±0.1度)をさらに狭めた精密姿勢制御実験を実施する予定である。また,副固定局(横須賀電気通信研究所)では,1局の測距データに追尾アンテナの角度データを併用する軌道決定法に加えて,TDMA通信中の複数の地球局で取得する送受両バーストの遅延時間データを用いる軌道決定法を確立した。後者の方法には特に測距専用の装置及び回線を設定することなく軌道決定及び制御が実施可能という利点がある。
(3) 高精度姿勢検出及び制御
 衛星通信,科学探査等の分野における通信需要の増大と通信形態の多様化に伴って,宇宙通信にもミリ波帯の高利得アンテナやマイクロ波帯のマルチスポットアンテナが用いられるようになると,電波のビーム幅が狭くなるので,従来以上に精度のよい姿勢検出と制御が必要となる。高精度の姿勢制御ができれば電波ビームを狭めることにより,周波数の空間的再利用が可能となるので,電波の有効利用にもつながる。また,宇宙空間での光通信や静止衛星からの高分解能での地球観測も可能となり,種々の波及効果が期待できる。
 このため,システムの基礎実験を51年度から始め,有効性が確かめられつつある。また,宇宙開発事業団(NASDA)の協力を得て,56年度打ち上げ予定の技術試験衛星(ETS-<3>)を利用してレーザ光の伝搬特性を含めたシステムの総合実験のための地上施設の整備を進めている。
(4) ミリ波通信
 ミリ電波は,広帯域大容量情報伝送装置の小型軽量化に適するとともに,アンテナビームの尖鋭化が容易になるなどの特徴を持っている。これらの長所を生かし,増大する通信需要に対処し,現用周波数帯の通信需要の過密化による各種無線通信業務間での干渉問題を解消するため未利用周波数帯であるミリ波帯電波の有効利用と,その技術開発が進められている。ミリ波電波の利用で最大の障害は,気象環境による影響,特に,降雨による減衰の大きいことである。衛星通信回線では,地上回線に比べ降雨域の通過距離が短かく,ミリ波の利用が有望であると考えられている。ミリ波を衛星通信に利用するには衛星通信回線における伝搬特性を詳細に究明する必要がある。そのため,郵政省電波研究所では,新方式の降雨レーダを同所鹿島支所に設置し,技術試験衛星<2>型(ETS-<2>「きく2号」:52年2月打上げ)を利用したミリ波等(34.5GHz,11.5GHz,1.7GHz)に関する伝搬実験を1年間(52年5月から53年5月まで)にわたって実施してきた。この実験により通信回線の設計等に重要な意味を持つ減衰の累積確率,継続時間率等が求められ所期の目的を達成した。その成果を基に実験用静止通信衛星(ECS「あやめ」)によるミリ波利用衛星通信実験を行うよう準備を進めてきた。ECSは54年2月に打上げられたが,打上げ後の静止軌道への投入に失敗し,所期の実験研究は不可能となった。このような状況から54年度は整備したミリ波地上施設利用によるシミュレーション実験を行い,ミリ波地上装置に関する多くの貴重なデータを取得し,ECS-bの打上げに備えた。ECS-bは55年2月に打上げられたが,再度,静止軌道への投入に失敗したためECS代替実験として55,56年度は,電波研究所鹿島支所及び平磯支所において,ミリ波帯電波利用で不可欠なサイトダイバシティ通信技術の確立を目指して,順調に運用中の実験用中容量通信衛星(CS「さくら」)を利用した無瞬断情報信号切替えに関する実験研究を進めるとともに,各種通信方式の適応性,ミリ波による降雨散乱特性,それによるミリ波帯電波の干渉効果の検討及びミリ波等太陽電波の観測に関する実験研究を進める予定である。この実験研究によりミリ波帯電波利用による衛星通信技術の基礎の確立を図ることとしている。
(5) 小型船舶・航空機等との通信(航空・海上技術衛星(AMES))
 大洋にある船舶,航空機との通信航空機との通信には,主として短波帯の電波が利用されている。しかし,これらの周波数帯は,電波伝搬の状態により回線が不安定であるため,データ通信等新たな通信需要にこれえることが困難であり,また,通信量の増大に対処する事が周波数的に困難であることから,船舶通信,航空管制通信等においては,衛星通信により安定かつ高品質な回線を確保するシステム,すなわち,海事衛星,航空衛星が検討され,一部利用され始めている。
 我が国においても航空海上技術衛星(AMES)の技術的な検討が進められており,郵政省ではこれらに対処するため,電波研究所において,53年度は通信系システムについて種々の検討を進めるとともに衛星とう載用トランスポンダBBM(ブレッドボードモデル)の試作及び検討を行った。54年度においては,AMES衛星模擬装置及び船上設備の試作等を行った。
 55年度には,54年度試作機器を利用したLバンド電波の伝搬実験,通信実験を行うほか,Lバンド高能率高電力増幅器BBMの試作等を行う。56年度には海上通信実験,AMESシステム設計及び衛星とう載用LバンドトランスポンダEM(エンジニアリングモデル)の開発に着手する予定である。
(6) コンピュータ・ネットワーク
 情報化社会の進展及び情報処理技術の発展に伴い,低トラヒックユーザの数が増加し,さらに,一つの端末で多数のコンピュータと通信したいとの要望がでてきている。
 郵政省電波研究所では多数の低トラヒックユーザに柔軟な結合が可能であり,かつ回線の有効利用が図れるネットワークを提供するために,衛星利用コンピュータ・ネットワークの研究を進めている。54年度は多数の低トラヒックユーザが敷地内に小型の地球局を設置して,中央のコンピュータを使用する集中型ネットワークを実現するのに必要なサブネットワークのプロトコルの検討を行った。さらに,CSのKバンドSCPC回線を用いて実験を行うためにセンタ局1局,小規模局2局より構成するコンピュータ・ネットワーク実験システムの開発に着手した。
 また,電電公社では通信伝送速度4.8kb/sから1.544Mb/sまでの各種コンピュータ・ネットワークの研究を行っている。54年度は,これらの通信に対するDCNAの適用性,パケット通信用プロトコルの研究を開始するとともに,各種速度の信号を自由に通信できるデマンドアサインTDMA装置,加入者に設置できる小形地球局の試作を行った。
(7) 国際通信用TDMA方式
 インテルサットでは,通信方式として従来のFM/FDMA方式に比べ回線利用効率が高く,対地及び回線の変更並びに増減に対して柔軟性があり,ディジタル通信にも適している時分割多元接続方式(TDMA方式;Time Division Multiple Access)をインテルサットV号衛星を用いて,59年には運用を開始することを予定している。
 国際電電は,従来からTDMA方式について研究を行ってきており,同社が開発した国際通信用TDMA方式は,インテルサット用TDMA方式の仕様化の基となっている。今回この仕様書改訂の作業が行われ,特に変復調,誤り訂正,バースト同期,DSI等の分野で国際電電は,これまでの研究成果の多くを新システム仕様書に反映させてTDMA方式の決定に寄与した。
 また,TDMA方式開発の一環として,インテルサットから委託を受けていた誤り訂正方式の研究は,誤り訂正装置の試作を行って54年8月に完了させた。
(8) 衛星の最適配置に関するソフトウェア
 衛星通信の発展に伴い,静止軌道上の通信衛星の数はますます増加するものと予想されている。軌道の有効利用をはかるうえから,できるだけ狭い軌道間隔で衛星システム間の干渉規格を満足させることが望ましい。
 このため,国際電電は任意の許容しうる干渉量のもとで軌道上の全衛星の平均的軌道間隔を最小にする最適化の具体的手法を実現するためのソフトウェアをすでに開発している。これに加え,所定の軌道間隔にある衛星の使用する電波の干渉量が最小となるよう,搬送波の周波数配置を最適化するソフトウェアを開発した。
(9) BSによる時刻及び周波数標準の供給
 最近,基礎科学,通信,運輸,測地,地震予知,宇宙科学等の各方面での高精度の時間と周波数の標準及び遠隔地間での時計精密同期の必要性が高まりつつある。
 この情勢の下で時刻及び周波数の国家標準をいかに精度よく広い地域の一般利用者に供給し得るかが重要な問題となっている。従来の地上電波にかわり,静止衛星を用いた標準供給方式は広域性,通信の質,供給精度並びに実現可能性の観点から最適と考えられる。
 電波研究所は,53年4月に打ち上げられた実験用中型放送衛星(BS「ゆり」)を用い,そのテレビジョン信号を利用した時刻,周波数標準の供給システムについて検討と一部実験を行い,簡易な受信装置により国内全域にわたり,周波数では2×10-10ないし1×10-11の高精度利用が可能となる見通しを得た。
(10) 高精度測位技術の研究開発
 超長基線電波干渉計(VLBI)システムは,電波星あるいは人工衛星からの微弱な雑音電波を遠く離れた2地点で受信し,磁気テープ上に時刻とともに精密に記録する。この二つの受信テープの相関から,電波の二地点への到達時間差が高精度に求められる。VLBIシステムは当初電波天文の研究に用いていたが,近年二地点間の時刻同期や測地的応用が脚光を浴びており,これを基にした地殻変動測定,長期的地震予知をもたらすプレート運動の検証のほか,衛星の軌道決定,極運動,地球回転,位相ゆらぎ検出による電波伝搬など多方面の応用が期待されている。
 現在,国内では54年から始まった第4次地震予知5か年計画に関する測地学審議会の答申に「宇宙技術によるプレート及び地殻変動観測」の新たな要請があり,また,国際的には非エネルギー分野の日米科学技術協力協定(55年5月1日締結)に基づき,1983年から日本(電波研究所)と米国(航空宇宙局)との間でVLBI実験により地殻変動などを調べることが合意された。この計画が軌道にのれば,日米間の距離を数cmの誤差で測定することが期待される。
 電波研究所では,これら内外の要請を受け,現在,米国側システムと互換性のある超高精度電波干渉計システム(K-3)開発の5か年計画を実施している。電波研究所では従来からVLBIシステム開発に必要な,高安定原子周波数標準器や超精密時刻同期,天体電波源や人工衛星追尾,高速VLBIデータ処理などの技術を持ち,これを利用して当面衛星軌道及び電波の位相ゆらぎなどの測定のためのシステム開発を行ってきた。日本で最初のVLBIシステム(K-1)を用いた国内実験は52年電波研究所鹿島支所と電電公社横須賀電気通信研究所間で行い,人工衛星の雑音電波の到達時間決定誤差±5nsを得た。また電波星の受信データ処理からもよい結果が得られた。次いで,電波の位相ゆらぎなどの測定のため,帯域幅合成による受信帯域の拡張,マイクロ回線でデータ伝送を行う実時間相関処理など,改良したVLBIシステム(K-2)を開発し,鹿島―平磯間で実験して到達時間差決定誤差±0.2ns以下を得た。
 電波研究所は以上のような技術と実績を持っており,現在開発している超高精度電波干渉計システム(K-3)に寄せる内外関係者の期待は大きい。

 

 

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