昭和57年版 通信白書

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2 放送

(1)我が国の動き
 ア.放送サービスの多様化の動向
(ア)視聴者の需要の動向
 社会経済の高度化・多様化,国民の生活意識や価値観の多元化は,情報に対する需要の増大と情報内容及びサービス形態の多様化として現われており,この傾向は放送の分野に対しては,以下のように放送の番組面,視聴の形態面の双方にわたって質的向上と多様化を求めている。
 A 情報の専門化
 国民の生活意識は,所得水準の上昇,余暇時間の増大,しこうの多様化等に伴い,生活の量的拡大から質的充足へと変化しつつあり,これに対応・して,放送についても視聴者の最多数を対象にして情報を提供してきた従来の放送のほか,専門化した情報の提供を行う放送が求められている(第1-2-7図参照)。特に,テレビジョン放送の場合,視聴できる放送の数や放送時間が多くても番組内容は類似したものが多く,必ずしも視聴者の多様な要望を充足しているとはいえない。
 B サービス形態の多様化
 放送は,送り手側の主導の下に多数の視聴者に一方的に情報を提供しているものであるが,これに対し,視聴者の側では自らの欲する情報を必要なときに随時視聴でき,しかも記録もできるといったサービス形態の多様化,つまり選択性,随時性,記録性についての期待が大きい。
 C 画質・音質の向上
 大型で精細度の高いテレビジョン放送,雑音やひずみの少ない高忠実度の音声放送等,画質・音質の一層の向上についても視聴者の要望が高い。
 D 特定の分野における放送の役割
 放送大学学園の放送等,教育の新しい分野をはじめ,福祉,交通,防災等の特定の分野においてもその目的に沿った情報提供の充実のため,放送の機能の発揮が期待されている。
(イ)多様化する放送メディア
 これまでみたように,放送に対する視聴者の要望は種々な面で多様化しているが,これらの要望にこたえる新しいメディアの実用化の可能性が,ここ数年急速に高まってきた。
 現段階で実用化の可能性があると考えられるメディアとしては,テレビジョン音声多重放送,文字放送,静止画放送,ファクシミリ放送,コード・データ放送,PCM音声放送,高精細度テレビジョン放送,衛星放送等が挙げられる。
 これらメディアへの関心度は,第1-2-8図のとおりである。
 A テレビジョン音声多重放送
 テレビジョン音声多重放送は,テレビジョン放送の音声信号に別の音声信号を重畳して放送し,受信側ではテレビジョン受信機にアダプタを付加して聴取するものである。電波の効率的な利用を図るとともに,テレビジョン放送番組を一層多彩で魅力あるものとするため,この放送は53年9月から実用化試験局として実施されており,ステレオ放送,2か国語放送等が提供されている。
 なお,57年3月末のテレビジョン音声多重放送実施状況は,第1-2-9表のとおりである。
 B 文字放送
 文字放送は,テレビジョン放送の電波を利用して文字又は図形を伝送し,受信側ではテレビジョン受信機にアダプタを付加することによって,受信者の欲する情報な随時画面に映し出し,あるいは受信機に記録装置を付加することによってハードコビーとして紙にプリントすることができるもので,放送の速報性と活字の記録性を兼ね備えたものとして期待されている。
 文字放送の伝送方式にはパターン方式及びコード方式の2方式があり,パターン方式は複雑かつ膨大な種類がある漢字や詳細な図形を伝送するのに適している。コード方式は伝送速度が速く,放送できる番組数もパターン方式の5〜10倍程度多いという長所があるが,一方,現段階の技術においては受信機が割高になる,電波障害により誤字,脱字等が起こりやすいなどという面もあり,現在,電波技術審議会において引き続き検討が進められている。また,パターン方式とコード方式とを併用するハイブリッド方式についても検討が進められている。
 文字放送の利用方法としては,テレビジゴン放送の主番組に関連した聴力障害者向けの字幕放送,料理献立表,出演者紹介,ラジオ・テレビの番組表の放送等の補完的利用のほか,ニュース,天気予報,各種案内等主番組の内容とは直接関係しない独立的利用等幅広い一般的情報媒体としての利用が考えられる(第1-2-10図参照)。
 C 静止画放送
 静止画放送は,テレビジョン放送1チャンネル分の電波を利用して同時に50番組程度の音声が付いた静止画像(スライド映画と考えてよい。)を伝送し,受信側では,テレビジョン受信機にアダプタを付加することによって必要なときに希望する静止画情報を選択し,あるいは,受信機に記録装置を付加することによって記録することができるもので,放送に画期的な多チャンネル化をもたらすものとして期待されている。利用方法としては,技術講座,語学講座等の教育分野への利用に有効であると考えられている。
 この放送については,現在,基礎技術の研究開発が進められている。
 D ファクシミリ放送
 ファクシミリ放送は,テレビジョン放送の電波を利用して文字,図形,写真等の信号を伝送し,受信側ではこれらをテレビジョン受信機に付加したファクシミリ受信機等によりハードコピーとして記録・保存するもので,文字,図形を送る点では文字放送と同じであるが,一画面当たりの情報量が多いこと,ブラウン管でなく直接紙に受信することが特長であり,写真も送れることからいわゆる「電子新聞」としての機能が期待されている。
 利用方法としては,ニュース解説,生活情報等詳細な情報や経済情報,医療情報等特定専門情報への利用が考えられる。
 この放送にろいては,現在,電波技術審議会において検討が行われている。
 E コード・データ放送
 コード・データ放送は,ラジオ放送やテレビジョン放送にコード信号を付加して受信側のラジオやテレビジョン受信機の制御を行ったり,種々のデータ伝送な行うものである。この放送の一例として,深夜等放送を受信していないときにも自動的にラジオやテレビジョン受信機のスイッチを入れることにより,大規模地震の予知情報や津波警報等,緊急で重要な災害情報を伝達する方法が考えられ,放送の即時性・同報性を生かしたサービスとして期待されている。
 このシステムについては,56年3月,電波技術審議会から緊急警報信号方式について一部答申が出され,現在,技術基準の作成のための実験が進められている。FPCM音声放送
 PCM音声放送は,PCM(Pulse Code Modulation)方式によるラジオ放送であって,雑音やひずみが少なく,ダイナミック・レンジの広い高品質の音楽等が聴取できるものである。
 利用方法としては,音楽専門放送等が考えられる。
 この放送については,現在,基礎技術の研究開発が進められている。
 G 高精細度テレビジョン放送
 高精細度テレビジョン放送は,テレビジョン画面の走査線の数を現在の2倍以上に増やすことによって精細度の高い画面を得るとともに,横長の大型画面により臨場感と迫力をもたらすテレビジョン放送である。
 利用方法としては,劇場映画,スポーツ中継等が考えられる。
 この放送については,現在,基礎技術の研究開発が進められている。H衛星放送
 衛星放送は,赤道上空約3万6千kmの静止軌道上に打ち上げた人工衛星から放送電波を発射し,受信側では衛星放送受信アンテナ及びアダプタをテレビジョン受信機に付加することにより,直接これを受信するものである。
 現在,国際的に12GHz帯の周波数が衛星放送用に割り当てられており,我が国はテレビジミン放送8チャンネル分の周波数の使用が可能である。
 利用方法としては,難視聴解消,非常災害時の放送網の確保,PCM音声放送,高精細度テレビジョン放送等に用いることが考えられる。
(ウ)多様化のための施策の推進
 郵政省は,放送サービスの多様化を望む国民のニーズと,新しいメディアの技術開発の動向を踏まえ,今後の放送サービスの在り方についての調査研究を行うため,55年7月,学識経験者等からなる「放送の多様化に関する調査研究会議」を設け視聴者の需要動向,技術の発展動向,放送政策の課題等について検討を進め,57年3月,その報告書の提出を受けたところである。
 今後は,この調査研究会議の提言を十分参考としながら必要な施策についての検討を進めることとしているが,その第一段階として,国民のニーズも高く,現段階において技術的に実用化が可能なテレビジョン多重放送について実用化を図るため,第96回通常国会において放送法等の一部を改正し,法制面の整備が図られた。
 改正の概要は,次のとおりである。
 [1] NHKが業務としてテレビジョン多重放送を行えるよう,関係規定が整備された。
 [2] NHKが業務としてその放送設備をテレビジョン多重放送を行おうとする者に賃貸することができるよう,関係規定が整備された。これは,テレビジョン放送事業者以外の者がテレビジョン放送事業者の放送設備を使用してテレビジョン多重放送を行ういわゆる第三者利用の考え方を受けた規定であり,これにより,情報の多元化を推進し,視聴者のニーズにこたえるとともに,電波の公平利用を図ることになるものである。
 [3] NHK及び民間放送事業者がテレビジョン多重放送を実施する場合は,補完的利用の番組をできるだけ多く設けなければならないこととされた。これは,テレビジョン多重放送は2か国語放送やステレオ放送,あるいは聴力障害者向けの字幕放送等としての利用の仕方が有意義であり,視聴者のニーズにもこたえることになるからである。
 [4] 郵政大臣は,NHK及び民間放送事業者に対し,テレビジョン多重放送のための設備の利用等に関する計画の策定及び提出を求めることができることとされた。これは,テレビジョン多重放送が新しい分野の放送であり,放送事業者自らの実施予定,第三者への貸付予定等の動向をあらかじめ踏まえることによって,国として最も国民の期待に沿うような普及方策を図ろうとするためのものである。
(2)諸外国の動き
 我が国と同様に諸外国でも文字放送(我が国の文字放送に当たるシステムを,国際的にはテレテキストと総称している。),PCM音声放送,高精細度テレビジョン放送,衛星放送等様々なメディアの研究開発,実用化試験が進められてお-り,今までになかった放送サービスが実施されつつある。
 文字放送については,既に英国,米国,フランス,西独等で実用化の段階にあり,本放送若しくは実験放送を行っている。
 英国では,英国放送協会(BBC)がシーファックス(CEEFAX)という名称で1976年から本放送を開始しており,1979年9月からはニュース,天気予報,株価情報等の二般向けのサービスに加えて,聴力障害者向けの字幕放送を行っている。また,インデペンデント放送協会(IBA)ではオラクル(ORACLE)という名称で,1981年9月から広告放送を開始している。
 米国では公共放送サービス(PBS),ABC,NBSがライン21(LINE21)という名称で聴力障害者のための字幕放送(Closed Captioning Scrvice)を行っている。
 フランスではアンチオープディドン(ANTIOPE.DIDON)という名称で,1979年10月からこれまでの実験放送の一部を本放送として開始しており,ニュース,天気予報,株価情報等を提供している。
 西独では西独放送連盟(ARD)とドイツ第2テレビ協会(ZDF)がビデオテキスト(VIDEOTEXT)という名称で,また,ドイツ新聞出版協会(BDZV)がビルトシルムツアイトンク(BILDSCHIRMZEITUNG)という名称でそれぞれ1980年6月から実験放送を開始した。この実験放送にはARD,ZDF及び新聞社5社が参画している。
 衛星放送については,米国,英国,フランス,西独その他多くの国々で放送衛星計画が進められている。これらの計画は,放送衛星からの電波を各家庭に設置した小型のパラポラアンテナで直接受信する直接放送衛星計画であり,1980年代後半には各国で衛星が打ち上げられ,衛星放送時代を迎えることになろう。
 米国では,ニュース,スポーツ等の専門放送,有料テレビジョン放送,高精細度テレビジョン等の計画を含んだ9件の申請が連邦通信委員会(FCC)によって審査されている。
 英国では,1986年に衛星を打ち上げ,BBCが有料放送も含め2チャンネルのテレビジョン放送を行う計画である。
 フランスと西独は共同で放送衛星を開発しており,両国とも1985年中に衛星を打ち上げる計画である。西独では,テレビジョン放送のほかにPCM音声放送を行うことを計画している。
 このほか,米国では視聴者が放送事業者と契約を結ぶことによって放送を視聴する有料テレビ(PAYTV)が急速に発達しており,ホームポックスオフィス社(HBO)やショータイム社等が映画やスポーツ中継等を専門に放送している。
(3)今後の取組
 多重放送,衛星放送等の新しい放送メディアの技術を開発し,その実用化を図ることは,国民の価値観の多元化に対応したより豊かで多彩な放送サービスの提供を可能にしていくものである。今後は,新しい放送メディアの技術開発の一層の促進を図り,視聴者の需要動向に対応した多様な放送サービスの提供を推進するための施策の展開を図る必要がある。
 この場合,当面の技術開発動向,一般の関心度合等にかんがみて多重放送及び衛星放送について検討することが主要な課題と考えられる。これを実施するに当たっては,[1]各メディアの特性を放送サービスの向上と多様化に十分生かすよう配慮すること,[2]電波の公平かつ効率的な利用及び情報の多元化を図るため,放送の実施の機会を広く国民各層に開放し,既存の放送事業者のほか新規参加を図ること,[3]既存の放送事業との調和のある放送秩序を確保し,全体として国民の要望に最も良くこたえるように努めること,[4]新しい放送メディアと放送関連メディア(キャプテンシステム等)との間に競合若しくは相互補完関係が生じることが想定されるので,相互の調和のある発展が図られるよう総合的な視野に立った施策を推進すること,などが基本となろう。
 さらに,個別課題をみた場合,多重放送のうち,テレビジョン音声多重放送及びテレビジョン文字多重放送については,既に法令等の整備を行い実用化も近いが,ファクシミリ放送,コード・データ放送等は種々な利用形態が想定され,今後更に制度面及び技術面の積極的な検討の必要がある。
 また,衛星放送は,全国を一挙にカバーできる新しい周波数資源であり,地上放送では期待できないような高品質の音声や画像の放送が可能であるなどの特性があることから,これらを生かした利用方法を地上放送との調和にも配意しながら検討する必要がある。
 衛星放送の利用形態としては,難視聴の解消,教育,映画,スポーツ,音楽等の特色のある編成による専門放送,文字放送,高精細度テレビジョン放送等が想定されるが,これらは,視聴者の需要動向,事業主体,経営財源,技術開発の見通し等とも関連しており,総合的な検討を行い,衛星放送の健全な発展を図るための必要な施策を策定する必要がある。
 事業主体としては,特色ある番組編成を確保できること,放送の公共性,多様性が確保されること,長期的な経営見通しの下に必要な財源の確保が図られることなどを考慮し,社会的に信頼のある事業主体を基本とする必要がある。
 また,真に国民のニーズに合った放送を継続的に行っていくため,その経営基盤の安定性が求められるが,そのための経営財源としては広告料収入方式のほか視聴者が特定の放送の視聴を希望して視聴料を払う有料方式が想定される。これらの方式については,広告費の伸び,NHKの受信料制度との関係,有料技術方式の確立等の解決すべき問題がある。
 以上述べたような認識に立ち,衛星放送が真に国民のための情報提供手段として健全に発展するためには,国際的に認められた8チャンネルの適正な利用方法,放送衛星の打上げ技術の状況,放送技術の開発動向,視聴者の需要動向等を考慮し,衛星放送のメリットを国民一般が最大限に享受できるよう広い視野に基づいた総合的な放送政策を展開していくことが必要とされる。

第1-2-7図 専門放送への欲求度

第1-2-8図 新放送サービスへの関心度

第1-2-9表 テレピジョン音声多重放送の実施状況(57年3月末現在)

第1-2-10図 文字放送の概念図

 

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