昭和57年版 通信白書

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5 衛星通信の研究

(1)通信方式
CSについては,打上げ以来ほぼ4年の歳月が経過し,実験実施手順書に従って実用衛星通信システムを確立するために必要な伝送,運用,管制等に関する基本的実験を続けている。また,BSについては,57年1月の運用停止まで実験を行った。
CSに関しては,電波研究所鹿島支所を中心に電電公社の協力を得て各種の通信実験を進めている。56年度に実施した主な実験研究としては,SCPC通信実験,スペクトラム拡散多元接続(SSRA)通信実験,コンピュータ・ネットワーク実験,FM波とTDMA波の共通増幅実験,時刻と周波数の分配実験,準ミリ波降雨減衰対策のための送信電力制御及びサイトダイバシティ切替え実験等があり,良好な結果を得た。また,東北大学とのコンピュータ・ネットワーク応用実験,警察庁,国鉄,電気事業連合会,新聞協会等の外部機関が参加して行う公共業務用衛星通信応用実験も行った。
BSについては,55年6月動作をしていた最後の中継器も不具合を生じ,テレビジョン放送実験を継続することはできなくなったが,テレメトリ信号を介して衛星本体に残された機能を利用した電波伝搬,送信電力制御,衛星の機器特性,管制技術等の実験及び降雨散乱実験を実施してきた。
(2)管 制
電波研究所鹿島支所では,静止衛星のCS及びBS,周回衛星のISS-b及びISIS-<1>,<2>に対して,それぞれ異なる施設を用いて運用管制を行うと同時に,衛星管制技術に関する調査・研究を行った。
CS関係では前年度に続いて,1局測距又は小局折返しによる2局測距と,鹿島主局のKバンドアンテナの衛星追尾角度データを用いて軌道決定を行う研究をした。その中でアンテナ塔屋傾斜の精密測定による追尾角度データの補正,衛星に対する太陽放射圧効果の季節変化の考察,超長基線電波干渉計システム(VLBI)による高精度軌道決定の検討等を行った。CSの通常の保持範囲は東西,南北の位置及び姿勢とも±0.1度であるので,このための衛星搭載ガスジェットによる制御実験を行った。さらに,この保持範囲を狭くして±0.02度とする精密軌道制御実験を行い,通常保持との燃料消費や制御周期についての比較データを得た。また姿勢傾斜によるCS搭載デスパンアンテナの二次元パターンの測定を前年度に続いて行ったが,今回は沖縄方面を含むアンテナパターンを測定するため姿勢傾斜角を2度にしてデータを取得し,解析した。太陽光によるデスパンアンテナへの熱歪効果についても測定を行い,ほぼ影響のないことを確認した。これらの実験成果は,今後の衛星設計や運用管制面で非常に有益な資料を提供することになろう。
BS関係では,燃料末期においてのみ許される三軸姿勢制御系に関する非常に稀少価値の高い管制開発実験をいくつか実施した。例えば,太陽入射角誤差による受信レベル変動の測定,モノパルスRFセンサによる三軸姿勢制御実験,連続MECO(モノパルスセンサと地球センサを結合させたヨー軸制御)実験,地球センサのバイアス測定実験等が挙げられる。なお,BSは57年1月末に燃料を使い果たしたので,各種電波を停止させ,運用管制もこの時点から行っていない。
周回衛星関係では,鹿島上空の実時間のみのデータを用いて,ISS-b姿勢決定法の研究を進めている。また,衛星からの電波のドップラー偏移成分データの収集,処理及び軌道決定プログラムの開発研究も行っている。
TDRSS(追跡型データ中継衛星システム)についての調査・研究も前年度に引き続き行った。その他深宇宙衛星の追跡にVLBIを用いる方法についての検討をし,その有効性を確かめた。
(3)高精度姿勢検出及び制御
衛星通信,科学探査等の分野における通信需要の増大と通信形態の多様化に伴って,宇宙通信にもミリ波帯の高利得アンテナやマイクロ波帯のマルチスポットアンテナが用いられるようになると,電波のビーム幅が狭くなるので,従来以上に精度のよい姿勢検出と制御が必要となる。高精度の姿勢制御ができれば電波ビームを狭めることにより,周波数の空間的再利用が可能となるので,電波の有効利用にもつながる。また,宇宙空間での光通信や静止衛星からの高分解能での地球観測も可能となり,種々の波及効果が期待できる。
このため,システムの室内基礎実験を51年度から始め,その有効性を確かめた一方,56年度には,レーザ光を地上から衛星に向けて送信したり,衛星を光学的に追尾したりする衛星追尾光学装置を完成した。現在,ビーコンC,スターレット,ラジオス衛星を対象に追尾実験を行ってぃる。また,宇宙開発事業団(NASDA)の協力を得て,57年9月に打ち上げられた技術試験衛星<3>型(ETS-<3>)を利用してレーザ光の伝搬特性を含めたシステムの基礎実験を行う予定である。
(4)ミリ波通信
ミリ波電波は,広帯域大容量情報伝送装置の小型軽量化に適するとともに,アンテナビームの尖鋭化が容易になるなどの特徴を持っている。これらの長所を生かして,増大する通信需要に対処し,現用周波数帯の通信需要の過密化による各種無線通信業務間での干渉問題を解消するため,未利用周波数帯であるミリ波帯電波の有効利用と,その技術開発を進めている。ミリ波電波の利用で最大の障害は,気象現象による影響で,特に,降雨による減衰が大きい。したがって,地上回線に比べ降雨域の通過距離が短い衛星通信回線には,ミリ波の利用が有望であると考えられている。ミリ波を衛星通信に利用するためには衛星通信日線における伝搬特性を詳細に究明する必要がある。そのため,郵政省電波研究所では,新方式の降雨レーダを同所鹿島支所に設置し,技術試験衛星<2>型(ETS-<2>「きく2号」:52年2月打上げ)を利用したミリ波等(34.5GHz,11.5GHz,1.7GHz)に関する伝搬実験を1年間(52年5月から53年5月まで)にわたって実施してきた。この実験により通信回線の設計等に重要な意味を持つ減衰の累積確率,継続時間率等が求められ所期の目的を達成した。その結果を基に実験用静止通信衛星(ECS「あやめ」)によるミリ波利用衛星通信実験を行う計画,準備を進めてきた。ECSは54年2月,ECS-bは55年2月に打ち上げられたが,ともに打上げ後の静止軌道への投入に失敗し,この実験研究は不可能となった。このような状況から54年度は整備したミリ波地上施設利用によるシミュレーション実験を行い,ミリ波地上装置に関する多くの貴重なデータを取得した。さらに,ECS失敗の代替実験として,55年度から56年度にかけて電波研究所鹿島支所及び平磯支所において,ミリ波帯電波利用で不可欠なサイトダイバシティ通信技術の確立を目指して,実験用中容量静止通信衛星(CS「さくら」)を利用した無瞬断情報信号切替えに関する実験研究を進めるとともに,各種通信方式の適応性,ミリ波による降雨散乱特性及びそれによるミリ波電波の干渉効果の検討並びにミリ波帯太陽電波の観測に関する実験研究を進めてきた。これらの実験研究によりミリ波帯電波利用による衛星通信技術の基礎を確立し,次期ミリ波帯衛星通信実験に役立つデータを取得した。
(5)航空・海上衛星技術の研究開発
ア.航空・海上衛星技術の必要性及び経緯
洋上にある船舶,航空機との通信には,主として短波帯の電波が利用されている。しかし,これらの周波数帯は,電波伝搬の状態により,回線が不安定となるため,データ通信等新たな通信需要にこたえることが困難であり,また,通信量の増大に対処することが周波数的に困難であることから,船舶通信,航空管制通信等においては,衛星通信により安定かつ高品質な回線を確保するシステム,すなわち,海事衛星,航空衛星が検討され,まず船舶通信を対象とした国際海事衛星システム(インマルサット)の運用が開始された。
さらに,我が国においては,小型船舶・航空機等との通信をねらいとして,小型アンテナでも受信可能な航空・海上衛星技術の検討が進められており,郵政省ではこれらに対処するため電波研究所において,53年度以後通信系システムについて種々の検討を進めるとともに衛星搭載用トランスポンダBBM(ブレッドボードモデル)の試作・検討並びに衛星模擬装置及び船上設備の試作等を行ってきた。
また,トランスポンダシステム設計,高能率直線化電力増幅器,航空機地球局用フェーズドアレイアンテナ等の開発を行うとともに,Lバンド電波による海上伝搬,通信実験を行ってきたが,56年度においては,衛星搭載用低雑音増幅器の開発を行ったほか,小型アンテナを利用した船舶衛星通信で問題となる海面反射波によるフェージング特性を測定した。またフェージング除去アンテナ方式の開発を行い,その効果を海上伝搬実験により確認した。
このミッションは現在,62年度打上げ予定のH-1ロケット3段式試験機により,宇宙開発事業団のミッションである国産静止三軸バスとミッションの統合を行い,運輸省の航空援助衛星システムのミッションとも複合して,打上げ及び実験を行うことで検討が進められている。
イ.衛星システムの概要
(ア)搭載ミッション機器
A 中 継 器 対移動局用 2〜3台
対固定局用 2台
B アンテナ 対移動局用 オフセットパラボラ・アンテナ
対固定局用 ホーンアンテナ
C 重 量 約90kg
D 消費電力 約500W
(イ)衛星バス ETS-V(国産三軸バス)
A 形 状 H-1ロケット(3段式)フェアリングに収容可能
B 重 量 静止軌道上 約550kg
C 姿勢制御方式 三軸制御方式
D 寿 命 約1.5年
E 発生電力 約800W
(ウ)打上げ機 H-1ロケット(3段式)試験機
(エ)打上げ時期 昭和62年度夏期
(オ)軌 道 静止軌道
(6)コンピュータ・ネットワーク
情報化社会の進展及び情報処理技術の発展に伴い,遠隔地にあるコンピュータのデータを利用したいというような要望が強まっており,コンピュータ・ネットワークに対する関心が深まっている。コンピュータ・ネットワークの通信回線に衛星回線を用いると,地上局を設置するだけでどこからでもネットワークに参加できるため,地域格差のないネットワークを構成することができる。
電波研究所では,54年度から小型地球局を設置した多数の低トラヒックユーザが,準ミリ波帯SCPCチャンネルを用いて中央のコンピュータを使用する集中型コンピュータ・ネットワークのシステム開発を行ってきた。
56年度は,実験用中容量静止通信衛星CSを用いて,集中型コンピュータ・ネットワーク実験を開始した。実験により,パケットの誤り率特性,予測同期方式の動作特性等のパケット伝送基本特性に関するデータを取得した。また,プロトコルの性能評価実験として,パケットの伝送遅延等を測定することにより,各種アクセス方式及びHDLC準拠伝送手順の性能評価を行った。
一方,電電公社においては,56年度からCSを介してコンピュータ・ネットワークを構成し,各種コンピュータ,データ端末間の接続を効率的に行う規約を階層的に定めたDCNA(Data Communication Network Architecture)プロトコルによるメッセージ転送実験を実施し,ネットワークの性能評価を行った。
(7)衛星の最適配置に関するソフトウェア
衛星通信の発展に伴い,静止軌道上の通信衛星の数は増加し続けている。軌道の有効利用を図る上から,できるだけ狭い軌道間隔で衛星システム間の干渉規格を満足させることが望ましい。
任意の許容し得る干渉量の下で軌道上の全衛星の平均的軌道間隔を最小にする最適化のプログラム「ORBIT」及び「SATPOS」がそれぞれ国際電電及び電電公社によって既に開発済みであるが,56年度には,「ORBIT」に改良を加えた「ORBIT-1」が開発され,国際電気通信連合に提供された。
(8)捜索救難衛星通信システムの研究
現在の捜索救難通信システムは,地表伝搬波を用いているため,カバーレッジ範囲は限定され,発信位置の算出が困難な場合もある。一方,衛星利用の捜索救難通信システムは,遭難時に,非常用位置指示無線標識(EPIRB)からビーコン波を発射し,これを衛星中継で地球局で受信し,遭難者の識別と発信位置の決定を行うもので,カバーレッジは地表全体となり,発信位置も数kmの精度で算出でき,信頼性,応答時間,救助効率の点で,現在のシステムよりも優れたものとなることが期待されている。そのため,国際的な衛星利用の捜索救難システムを1987年から運用開始することを目標に研究開発が国際協力で進められており,電波研究所も,KDDの協力を得て,これに参加している。
電波研究所で研究中のシステムは,近年急速に発展し,その有用性が明らかとなったスペクトラム拡散技術を用いており,諸外国とは異なり,静止衛星と周回衛星共用の新しいシステムである。56年度には,そのEPIRBと受信装置を試作し,システム検証のための海上伝搬実験とCS中継実験を行った。
(9)静止衛星による時刻及び周波数標準の供給
高精度の時間と周波数の標準及び遠隔地間での時計精密同期が最近の基礎科学,通信,運輸,測地,地震予知,宇宙科学等の各分野で必要とされつつある。
この情勢の下で,時刻及び周波数の国家標準をいかに精度よく,広い地域の一般利用者に供給し得るかが重要な問題となっている。従来の地上電波に代わり,静止衛星を用いた標準供給方式は広域性,通信の質,供給精度及び実現可能性の観点から最適と考えられる。
電波研究所は,53年以来,実験用中型放送衛星(BS「ゆり」)を用い,そのテレビジョン信号を利用した時計比較及び周波数標準の供給システムについて検討と実験を行い,簡易な受信装置により0.1μsの時計比較精度と,周波数では2×10-10ないし1×10-11の高精度利用が実現できることを確めた。
また,56年度には55年度に開発したテレビジョン信号に標準時刻情報をコード化して重畳し,これを簡単な受信アダプタで復調すると,標準時の表示のほか,秒パルス及び標準周波数出力も得られるシステムで実験用中容量静止通信衛星を用いて実験を行い,国内全域にわたり0.1〜10μsの高精度で標準時の供給が可能であることを実証した。
(10)静止衛星による高精度時刻比較
前項の時刻及び周波数標準の供給よりも,高精度,高確度(nsオーダ)の時刻比較が標準機関相互及び高度の利用者の間で必要性が高まっている。そのため,CCIRやURSIなどの場でも高精度時刻比較への衛星利用の研究開発の促進が提唱されている。
電波研究所では,衛星利用高精度時刻比較システムの実用化を目的として55年度以来,実験用中容量静止通信衛星(CS)を仲介とし,SSRA通信方式を用いた双方向伝送方式による時刻比較法について比較精度・確度向上への問題点解明のための予備実験を行っている。
56年度は,CS仲介で鹿島主局と電波研究所小金井本所設置の小型地球局との間で双方向伝送時刻比較実験を行い,時刻比較精度1ns程度が得られ,また時刻比較確度は数nsで行える見通しを得た。

 

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