昭和59年版 通信白書

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3 衛星通信の研究

(1) 通信方式

 58年2月及び同年8月にはCS―2a,2bが打ち上げられ,我が国の国内衛星通信も実用の段階に入った。CSを利用した各種通信実験,伝搬実験,管制実験の成果はCS―2に反映されている。例えば,30/20GHz帯の装置技術や高速TDMA技術等の成果は,電電公社が自ら局間中継回線や臨時回線の作成に衛星通信回線を58年5月から実運用することなどに反映されている。
 通信方式として主に電話はTDMA方式,テレビ伝送はFM方式を用いている。
 小容量通信に関しては, CS実験では1〜2mの小型アンテナを開発し,主としてSCPC(Single Channel Per Carrier)方式により電話,ファクシミリ,コンピュータ・ネットワーク等の実験を行い,その一部は車載化し,防災訓練等に参加してその有用性を確認してきた。これらの小容量通信システムは,国鉄,電気事業連合会等の公共機関がCS応用実験での実績を下に小型アンテナを持つ実用衛星通信システムを構築し,実運用に入っている。

(2) 管   制

 電波研究所鹿島支所では, CS,カナダの電離層観測衛星ISIS―I及びIIの運用並びに衛星管制技術に関する調査,研究を行うとともに,宇宙科学研究所のEXOS―Cの打上げ時の追跡を行った。
 CS関係では,衛星状態の監視,コマンド送信,測距等の定常業務のほか,1局の測距データと20GHz帯での自動追尾アンテナの角度データを用いた軌道決定実験及び自動追尾アンテナの角度データの変化から制御日を決め,簡単な計算で制御計画を作成する簡易化した東西方向軌道保持実験を実施した。CS搭載デスパンアンテナの特性測定として,58年度も姿勢傾斜による二次元アンテナパターンの測定を行った。CSは打上げ以来6年を経過し,搭載燃料が少なくなったため南北方向軌道制御を中止しており,58年度末で軌道傾斜角は1.8度まで増大している。この軌道傾斜角増大による搭載アンテナの指向方向の変動に対処するため,姿勢制御及びデスパンアンテナの制御による指向方向保持実験を行い所期の目的を達成した。CS―2b打上げにより,CSの静止位置が東経135°から150°に変更になった。この移動の途中でCSとCS―2bがすれ違ったので,この機会を利用して衛星間干渉実験を行った。
 ISIS-I,II関係では,太陽・地球間の電磁環境の研究を支援し,併せて衛星管制の研究を行うことを目的として,ISIS―Iでは80パス,ISIS―IIでは218パスのデータを取得した。
 EXOS―Cの追跡支援は400MHz帯を用いて行い,テレメトリデータ取得,スピン率測定及び追跡データ取得を行った。
 衛星管制技術に関しては,静止衛星の高精度軌道決定及び周回衛星の軌道予測並びに宇宙監視技術の調査研究を行った。静止軌道に関しては,CSを用いた超長基線電波干渉計(VLBI)による軌道決定実験のデータ処理を行い,衛星と電波星を交互に観測するデルタVLBI法による観測値の較正と測距データを併用して衛星の位置を100mの精度で決定した。周回衛星の軌道に関しては,136MHz帯のビーコン電波を発射している低高度の人工衛星の軌道をドップラ周波数や干渉計を用いて決定する実験を行い,宇宙監規に必要な精度で軌道決定を行うことができる見通しを得た。また,宇宙局から発射される電波の強度とスペクトルを連続的に監視し,そのデータを処理する実験をCS―2aを用いて実施し,宇宙局の電波監視技術に関する基礎資料を得た。

(3) 高精度姿勢検出及び制御

 衛星通信,科学探査の分野における通信需要の増大と通信形態の多様化に伴って,宇宙通信にもミリ波〜光波帯の狭ビームアンテナが用いられるようになると,従来以上に精度のよい姿勢検出と制御が必要となる。高精度の姿勢制御ができれば電波ビームを狭めることにより,周波数の空間的再利用が可能となり,干渉も少なくなるので電波の有効利用にもつながる。また,宇宙空間での光通信や静止衛星からの高分解能地球観測での絶対位置較正も可能となり,種々の波及効果が期待できる。
 レーザビーコンの利用によって高精度姿勢検出が可能である。57年度から引続き1千km高度のETS―<3>を利用した地上一衛星間のレーザ光伝送実験を行って同衛星の姿勢を高精度に求め,レーザを利用した姿勢決定システムの有効性が実証された。さらに,GMSを利用して,地上一静止衛星間のレーザ光伝送を試み,世界初の成功を収めた。

(4)マルチビームアンテナの研究

 マルチビームアンテナは,地上ユーザの送受信設備を簡易化・経済化するとともに,異なるビームで同一周波数を繰返し使用することにより,通信容量の増大を図ることが可能であるため,今後の衛星通信に不可欠であるばかりでなく,衛星放送にも新しいサービスを提供する技術である。
 マルチビームアンテナの形式として,特に移動体通信では隣接ビーム間の交差レベルを高くすることの容易なアレー形やアレー給電の反射鏡形等が適している。電波研究所では,58年度までに低軌道観測衛星からのデータを中継するデータ中継衛星システムへの適用を目的として,2GHz帯で19素子,19ビームのアレー形マルチビームアンテナを開発した。
 また,将来の国内移動体衛星通信では船舶等の移動局を大幅に簡易化するため,衛星には展開マルチビームアンテナが必要となり,この研究も進めている。さらに,このような大型のマルチビームアンテナの開発には,精度と信頼性の高い試験法も重要な問題となることから,電波研究所では近傍界測定法に基づく衛星用アンテナの新しい試験法を確立するための研究も行っている。

(5) 航空・海上衛星技術の研究開発

 洋上にある船舶,航空機との通信には,主として短波帯の電波が利用されている。しかし,これらの周波数帯は,電波伝搬の状態により回線が不安定となるため,データ通信等新たな通信需要にこたえることが困難であり,また,通信量の増大に対処することが周波数的に困難であることから,船舶通信,航空管制通信等においては,衛星通信により安定かつ高品質な回線を確保するシステムとして,海事衛星,航空衛星が検討され,まず船舶通信を対象とした国際海事衛星システムの運用が開始された。
 さらに,我が国においては,小型船舶,航空機等との通信をねらいとして小型アンテナでも通信可能な航空・海上衛星技術の検討が進められており,郵政省ではこれらに対処するため,電波研究所において,53年度以後通信システムについて種々の検討を進めるとともに,衛星搭載用トランスポンダBBM(ブレッドボードモデル)の試作・検討並びに衛星模擬装置及び船上設備,航空機地球局用フェーズドアレイアンテナ等の開発を行ってきたほか,船舶衛星通信で問題となる海面反射波によるフェージンダ特性の解明及びその除去技術の開発を行ってきた。
 一方,運輸省では,衛星を用いた測位等の航行援助システムの研究開発を行っており,58年3月,これらのミッションは宇宙開発事業団のミッションである国産静止三軸衛星バス開発とミッションの統合を行い,技術試験衛星<5>型(ETS―<5>)として62年度にH―<1>ロケット3段式試験機により打ち上げるため,開発に着手することが宇宙開発委員会により決定された。電波研究所においては,これらを受けて,58年度においては衛星搭載中継器の製作に着手したほか,音声符号化装置と組み合わせたディジタル変調器による通信方式の開発等を行っている。

(6) コンピュータ・ネットワーク

 衛星通信は広域にわたる回線網を容易に設定でき,伝送帯域が広く,しかも多元接続が可能であるという特長を有しているため,衛星通信システムを,広域に分散しているコンピュータを接続する広域コンピュータ・ネットワークの構成に利用することが考えられる。
 電波研究所においては,準ミリ波帯通信衛星システム利用のコンピュータ・ネットワークにおける通信チャンネル有効利用のための多元接続の方法,伝搬遅延が大きい場合の伝送制御方式,降雨減衰等に伴う伝送誤り制御等について実験研究を行っている。57年度までにCSを利用した分散型ネットワークのシステム開発と実験を行ってきたが,58年度ではCS―2のSCPC1チャンネルを使用し,さらに機能追加,改良を行うため,ソフトウェアの新規製作のための設計,計算機ハードウェアの検討等を実施した。また,広域性を有効に利用するために同報機能の追加の検討,設計を行うとともに従前のプロトコル(通信規約)の見直しを行った。

(7) 捜索救難システムの研究

 電波研究所では,非常用位置指示無線標識(EPIRB)の位置を周回衛星からのドプラー観測によって決定する方式に関して,計算機シミュレーションによる研究を行った。極軌道周回衛星がEPIRBのドプラーデータを取得するケースを想定して擬似データを発生させ,それを測位計算用プログラムに入力して位置を求めることにより測位の諸特性が把握できた。
 捜索衛星の軌道予報の精度が不充分であるときの対策として,捜索対象領域内に位置が既知で周波数安定度の良い測位基準ビーコンを設けてこれをEPIRBと共通にドプラー観測し,測位精度の改善が図られることがわかった。

(8) 衛星による高精度時刻比較

 周波数,時間,時刻の国際標準(国際原子時・TAI)の高確度維持及び科学各分野における時刻精密同期の必要性の増加等のため,国際無線通信諮問委員会(CCIR)や国際電波科学連合(URSI)等の場でも高精度時刻比較への衛星利用研究開発の促進が提唱されている。電波研究所では,54年以来,BS,CSを用いた比較実験を実施し,さらに,世界測位システム(GPS),GMSによる国際時刻比較実験の準備を進めている。
 58年度においては,CSについてスペクトラム拡散多元接続(SSRA)通信方式を用いた双方向方式時刻比較法の実用化実験を行い,小型SS方式比較装置の開発で比較精度Insの見通しが得られた。
 GPSは,米国で開発中の衛星システムで,原子時計が搭載されており,測位のための測距信号等を送信している。この搭載原子時計を仲介とした国際時刻比較を実施するため,受信システムの開発を行い,ハードウェア面での開発をほぼ終了し,59年2月より測距信号の受信を開始した。
 GMSの測距用信号も時刻比較仲介信号として利用でき,そのカバレッジであるアジ乙オセアニア地域内で比較的簡易な受信システムで比較できる。このため,日本,中国,オーストラリ乙韓国の間で共同実験の協議が進められ,58年度では各国で受信システムの開発整備が進められた。

 

 

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