おそれ事件って何?

ちょうせい第4号(平成8年2月)より

プラクティス公害紛争処理法 ‐第4回 おそれ事件

1 はじめに

 公害紛争処理制度が対象とする「紛争」には、「既に発生した被害に係る紛争」のほか、「将来発生するおそれのある被害に係る紛争」も含まれると解されている。
 将来発生するおそれのある被害の未然防止を求める事件(以下「おそれ事件」という。)は、いまだ具体的な被害が発生しない段階での紛争であることから、両当事者の互譲を促す上で種々難しい面があり、特に、被害の発生に関する具体的なおそれについての主張がなされず、当事者間での話合いを進めてもおよそ解決案を見いだせないことが明白な場合には、公害紛争処理制度によっても、これを解決することは困難である。
 しかしながら、当事者双方の任意の互譲に基づく合意を基礎とした柔軟な紛争解決手法である公害紛争処理制度上の諸手続(あっせん、調停、仲裁)の利点を生かし、適切におそれ事件を解決できれば、単に当事者間の紛争を解決するのみならず、被害の発生を未然に防ぐことができ、環境保全にも資することとなる。
 以下、近年増加傾向にあるおそれ事件の迅速かつ適正な解決のために参考となる事項について整理を試みることとする。

2 おそれ事件の解決状況

 事件の中には、既に発生している被害と将来発生するおそれのある被害の両方が一つの事件において主張されているものもあるが、今回の「プラクティス公害紛争処理法」では、整理・分析の便宜上、将来発生するおそれのある被害のみが主張されている都道府県公害審査会事例173件注1)についてみてみることとする。
 まず、その173件について、紛争の原因と、合意の成否の状況を概観すると、表1のとおりである。
 既に建設された施設の運営方法に関する紛争も若干ある(表1の「その他」に当たる。)が、おそれ事件の大半は、施設建設の計画段階又は工事段階における紛争である。公害審査会が扱った事例全体と比較すると、店舗、家庭を発生源とする事件は見当たらず、事業所を発生源とする事件の割合も低くなっているが、反面、道路、ゴルフ場、下水・廃棄物処理場、都市再開発など社会基盤的な施設、大規模な施設を紛争の原因とする事件の割合が高くなっている。このため、1件当たりの当事者数(約三百人)も公害審査会事例全体の平均(約百人)と比較して高くなっている。 
 また、成立率についてみれば、公害審査会事例全体が約5割であることと比較すると、おそれ事件の成立率は低くなっていることがわかる。

注1) 平成8年2月の広報誌『ちょうせい』発行当時のデータ。

3 合意形成の内容

(1) おそれ事件について、申請当初の主張を
  1. 計画の中止・中断、計画の本質的な変更(=施設等の本来的機能に係る変更:例えば、道路の車線数の変更・道路幅の変更、廃棄物処分場において処理できる廃棄物の種類の制限、ワンルームマンションから世帯タイプマンションへの変更)を主張するものと、
  2. 計画の中止・中断、計画の本質的な変更が主張内容に含まれず、公害防止施設の設置や公害防止のための努力といった公害防止対策を主張するもの
に分けて、それぞれの事件の成立率をみてみると、前者は約35%、後者は約67%と、明らかに後者については合意が成立する割合が高くなっている。(表2)
  しかも、申請当初計画の中止・中断、本質的な変更が主張された事件のうち成立した事例について合意内容をみてみると、最終的には、計画の中止・中断や本質的な変更は行わないことを前提にして公害防止対策について合意が成立している場合が多い。(表3)
  以上のことから、公害防止対策を中心に話合いが進められた場合に成立率が高くなっているということがいえよう。

(2) 合意内容に計画の中止・中断、本質的な変更を含む事例
 計画の中止・中断又は本質的な変更について合意が成立したケースも少ないながら12件存在する。合意内容を具体的にみると、廃棄物処理場の建設中止に至ったケースもあるが、それ以外は、道路の車線数の減少、道路幅の減少、ワンルームマンション計画を世帯用へ変更するといった合意内容であり、事業計画の中止・中断の合意にまで至るケースは少数であるといえよう。

(3) おそれ事件にみられる合意内容
 おそれ事件に多くみられる道路建設、ゴルフ場建設、下水・廃棄物処理場の3種類の紛争について、合意内容の主なものを挙げてみよう。

 ア 道路建設
  • 道路の基本構造の変更(車線の減少、幅員の減少)
  • 調査の実施(交通量・騒音調査の実施及び結果の公表、住民の健康調査の実施)
  • 目標値の設定(1日の交通量の目標値や環境基準等の達成に努める。実測値が目標値を超えた場合は必要な措置を採る。)
  • 附帯施設の設置(防音壁・公園・植樹・環境測定装置等)
  • 制限速度を低くするよう公安委員会に要請
  • 交通安全対策の推進(信号機・看板・安全施設の設置−一部公安委員会へ要請)
  • 交通の分散のための周辺道路の整備の努力
  • 建設工事中の公害防止(夜間工事の禁止等)
  • 住民との話合いの場の設置

 イ ゴルフ場建設
  • 農薬使用の制限(農薬使用量を最小限に抑えるよう努力する。農薬の種類・購入先・使用方法の制限。農薬の使用実績・使用計画を住民へ報告。)
  • 水質基準の設定・調査の実施(水質・大気の検査の実施及び結果の公表。住民の立入調査の承認。水質基準を超える結果が出た場合には、必要な措置を講ずる。)
  • 関係法令・県指導要綱等の遵守
  • 住民との話合いの場の設置
  • 被害が発生した場合の措置(無過失賠償責任を認める。)

 ウ 下水・廃棄物処理場
  • 処理場建設の中止
  • 環境保全の努力(環境基準の遵守。周辺環境の美化に努める。)
  • 調査の実施(水質調査等の実施及び結果の公表。調査結果から汚染が確認された場合には、直ちに廃棄物の投棄を中止する。)
  • 処理条件の明示(廃棄物投棄期間の明示、作業日の指定、村外からの廃棄物持ち込みの禁止)
  • 住民との話合いの場の設置
  • 公害防止措置(ゴムシートの敷設、防音壁・脱臭装置・防火施設等の設置)
  • 処理場を利用する事業者の監視指導
  • 管理者の設置

4 むすび

 これまでみたとおり、おそれ事件においては、事業計画の中止・中断や本質的な変更について合意が成立したケースもみられる一方で、これにとらわれず、公害防止施設の設置、調査の実施、話合いの場の設置等様々な公害防止対策を調停等の過程で話し合うなどの柔軟な対応がなされることにより、当事者間の合意に至るケースが多くなっていることがわかる。
 おそれ事件について、個々の事件の特質・事情等を勘案し手続を進めていくに当たり、本稿が多少なりとも参考となれば幸いである。

公害等調整委員会事務局

表1 おそれ事件における紛争の原因別合意成立状況
                                                             (単位:件)

紛争の原因の種類 成立 不成立
計画又は建設中の道路
計画又は建設中のゴルフ場建設
計画又は建設中の下水・廃棄物処理場等
計画又は建設中のマンション
計画又は建設中の都市再開発・高層ビル
計画又は建設中の事業所
計画又は建設中の鉄道
計画又は建設中のその他の施設
その他
19(33.9%)
13(28.9%)
11(47.8%)
  7(70.0%)
  7 (87.5%)
  4(57.1%) 
  4(50.0%)
  2(18.2%)
  0(0.0%)
37(66.1%)
32(71.1%)
12(52.2%)
  3(30.0%)
  1(12.5%)
  3(42.8%)
  4(50.0%)
  9(81.8%)
  5(100.0%)
56(100.0%)
45(100.0%)
23(100.0%)
10(100.0%)
  8(100.0%)
  7(100.0%)
  8(100.0%)
  1(100.0%)
  5(100.0%)
  67(38.7%) 106(61.3%) 173(100.0%)


 表2 申請当初の主張内容別のおそれ事件の成立状況
                                                             (単位:件)

紛争の原因の種類 成立 不成立
計画の中止・中断、本質的な変更を主張 19(33.9%) 37(66.1%) 56(100.0%)
公害防止対策を主張 12(66.7%)   6(33.3%) 18(100.0%)
67(38.7%) 106(61.3%) 173(100.0%)

図形(下向きの矢印)

表3 成立したおそれ事件の合意内容
                                                             (単位:件)

  合意内容
計画の中止・中断又は本質的な変更   公害防止対策


当初
計画の中止・中断、本質的な変更を主張 12 43 55(82.1%)
公害防止対策を主張 12 12(17.9%)
12(17.9%) 55(82.1%) 67(100.0%)


 

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