相隣関係

ちょうせい第7号(平成8年11月)より

プラクティス公害紛争処理法 ‐第7回 相隣関係

1 はじめに

 公害とは、「環境保全上の支障のうち、事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる大気の汚染、水質の汚濁(略)、土壌の汚染、騒音、振動、地盤の沈下(略)及び悪臭によって、人の健康又は生活環境(略)に係る被害が生ずることをいう。」ものとされている(環境基本法第2条第3項)。
 そして、ここにいう「相当範囲にわたる」については、「大気の汚染等の現象が単なる相隣関係的な程度でなく、地域的にある程度の広がりを有していることが必要であることをいうものである。この場合、その被害者は、多数に及ぶ必要はなく、一人であってもよい。」と解釈されている(「公害紛争処理法の施行について」(昭和45年11月1日付け総理府総務副長官通達))。
 ところで、公害等調整委員会(以下「公調委」という。)及び都道府県公害審査会等(以下「審査会等」という。)においては、隣接する住宅のエアコンの室外機の騒音被害、隣接する住居の飼い犬の鳴き声の騒音被害、マンションの直上階からの家具の引きずり音、足音、音楽等の騒音被害等、「相当範囲にわたる」といえるか否か問題となる事件が申し立てられることがある。
 また、総理府が平成8年6月に実施した「生活環境、生活型公害に関する世論調査」によれば、「ピアノやエアコンなど家庭生活による騒音で個人の間で争いが生じた場合」につき、「当事者から相談があった場合は、行政機関が苦情相談や紛争処理をするのがよい」と答えた者の割合は52.8%で、前回調査(平成2年7月)と比較して5.6ポイント上昇し、過半数を超えている。このように、相隣関係的紛争の調整について、行政に期待する国民が増加していることから、この種の紛争に関する苦情相談や紛争処理の申請が今後とも増加する可能性がある。
 そこで、今回は、相隣関係的紛争という要素の強い一般家庭を発生源とする公害紛争事件を紹介するとともに、そのような苦情相談等が寄せられた場合の対応方法について考えてみたい。

《参照条文》
○ 公害紛争処理法(抄)
 (定義)
第2条 この法律において「公害」とは、環境基本法(平成5年法律第91号)第2条第3項に規定する公害をいう。
○ 環境基本法(抄)
 (定義)
第2条 (略) 3 この法律において「公害」とは、環境保全上の支障のうち、事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる大気の汚染、水質の汚濁(水質以外の水の状態又は水底の底質が悪化することを含む。第16条を除き、以下同じ。)、土壌の汚染、騒音、振動、地盤の沈下(鉱物の掘削によるものを除く。以下同じ。)及び悪臭によって、人の健康又は生活環境(人の生活に密接な関係のある財産並びに人の生活に密接な関係のある動植物及びその生育環境を含む。以下同じ。)に係る被害が生ずることをいう。

2 一般家庭を発生源とする公害紛争係属事件

 公調委及び審査会等が受け付けた一般家庭を発生源とする公害紛争事件は、平成6年度末現在で公調委1件、審査会等19件の計20件であるが、このうち1件は参加事件であるため、実質は19件ということとなる。なお、公調委の事件は責任裁定事件として受け付けた後、職権により調停に付されたものであり、審査会等の事件はすべて調停事件である。
 その概要は表のとおりであるが、申請内容をみると、冷暖房室外機による騒音被害が問題とされたものが5件と最も多く、以下、ペットの鳴き声による騒音が4件、ガス給湯機による騒音が2件、ピアノによる騒音が2件、直上階からの足音等の騒音が2件等となっている。これらの事件の特色としては、(1)問題とされている現象が騒音規制法等による規制対象とされていない、(2)当事者が感情的に激しく対立している場合が多い、(3)解決のために必ずしも公害についての専門的知見が要求されない、等が挙げられるが、これらは、相隣関係的紛争一般にも共通することが多い。

3 相隣関係的紛争を解決する手段

 相隣関係的紛争について、国、地方公共団体や裁判所の関与によりその解決を図る手段としては、公害苦情相談等の住民相談、民事訴訟、民事調停及び公害紛争処理手続がある。

(1) 住民相談は、市町村の公害苦情相談窓口等の相談窓口において苦情を申し立てるものである。その代表的なものである公害苦情処理制度においては、苦情相談員等が必要な調査を行うとともに関係機関と連絡を取り合って、当事者に対し改善措置の指導、助言を行うことになる。この制度は、最も簡易かつ国民にとっても利用しやすいものであるが、法律等による規制対象外の事例については、相手方の任意の協力が得られない場合には、紛争の解決が図れないという意味で、解決の実効性には限界がある。

(2) 民事訴訟は、裁判所の公権的法律判断である判決によって、紛争を強制的に解決するものである。判決には様々な効力が認められており、最も強力な紛争解決手段であるが、他面、解決までに時間や費用が掛かり、また、両当事者の利害をきめ細かく調整するという手続構造となっていないため、相隣関係的紛争の処理手続としては適切ではない面もある。

(3) 民事調停は、裁判所においてなされる調停手続であり、原則として簡易裁判所が管轄する。訴訟に比べて、簡易、迅速な手続で、費用も低廉である。また、判決と異なり、当事者の合意により紛争を解決するのであるから、それぞれの利害を調整して柔軟な解決を図ることが可能である上、ひとたび調停が成立すれば、合意内容を記載した調書は、確定判決と同一の効力を持つこととなる。さらに、調停委員には当事者間の感情的対立の調整に慣れた者も多く、建築士等公害防止対策について専門知識を有するものも選任されている。

(4) 公害紛争処理手続は、訴訟に比較して、簡易、迅速、低廉というだけでなく、専門知識を駆使しつつ、解決に当たり当事者間の利害の調整を図れるという利点があり、また、申立て先が裁判所ではなく都道府県であることから、一般的な住民感情としては、民事調停と比べても、その利用につき抵抗感が少ない制度といえる(上記世論調査結果は、それを示しているともいえる。)。ただし、相隣関係的紛争については、事件の性質や当事者の性格、感情的対立の程度いかんによっては、民事調停手続による方が適切なものもある。窓口担当者としては、以上のような各解決手段の長所、短所をよく理解しておく必要がある。

4 具体的対応方針

 相隣関係的紛争について申立ての相談があった場合、窓口担当者としては、以下のような対応をとることが望ましいと考えられる。

(1) 申立ての相談にとどまる段階においては、事案の内容を聴取するとともに、3で述べたような他の選択肢の存在、それぞれの解決手段の持つ長所、短所を相談者に説明し、相談者が当該事案の解決に最もふさわしい手段を選択できるように援助する。また、必要に応じ、弁護士会や簡易裁判所の相談窓口を紹介する。

(2) 住民が、諸々の選択肢の中から公害紛争処理手続を選び、申請をしてきた場合には、門前払いすることなく、積極的に手続を進める。その場合、事案によっては、より機動的に手続を進めるために、受命委員制度を積極的に活用することが考えられる。受命委員は、調停案の作成、調停の打切り決定等その性質上調停委員会全体によって決するのが相当と認められる事項を除き、現地調査、当事者・関係人からの意見聴取等の事実調査のほか、当事者間の利害の調整等実質的な調停作業も行うことができる。

5 結び

 以上、相隣関係的紛争への対応の参考となるよう、一般家庭を発生源とする公害紛争事件の紹介をするとともに、公害紛争処理制度の中での対応方針を述べてみた。
 相隣関係的紛争については、これまで公調委及び審査会等で多数の事件を処理してきたという実績や上記世論調査による国民の期待等に鑑みると、申立てがあれば積極的に処理することが望ましいと考えられる。ただ、この種の紛争については、他にも適切な解決手段が存在するので、窓口担当者としては、相談者に適切な情報を提供し、最もふさわしい解決手段を選択させることが肝要である。

公害等調整委員会事務局

表 公調委及び審査委員会が受け付けた一般家庭を発生源とする公害紛争事件
No 申請人(人) 被申請人(人) 被害内容 請求事項 調停

成否
調停の経過 調停内容
1 1 1(アパート所有者) 隣接するアパートの冷暖房室外機からの騒音被害 慰謝料請求 成立 職権調停に付し、合意が成立した。 ・機器の移設
・取り替え時の改善
2 7 4(アパート所有者等) 隣接するアパートのガス給湯器からの騒音被害 機器の交換、取付位置変更等 成立 相互に譲歩しながら調停条項を作成した。 ・騒音軽減工事の実施
・保守管理の徹底
・取り替え時の改善
3 4(他に参加人1) 2 隣接する住宅の冷暖房室外機からの騒音・振動被害 騒音・振動軽減対策、使用時間の制限 打ち切り 調停案の調整がつかないことから、調停委員会は受諾勧告、公表をしたが、被申請人から受諾しない旨の申し出があった。  
4  4  4 連棟の住宅の動力ミシンからの騒音・振動被害 騒音・振動の停止、慰謝料請求 打ち切り 両当事者の主張が食い違ったまま推移し、合意成立の見込みなしとして調停が打ち切られた。  
5  2 1(アパート所有者) 隣接するアパートのガス給湯器からの騒音被害 騒音防止対策、使用時間の制限 成立 相互に譲歩しながら調停条項を作成した。 ・騒音軽減工事の実施
・入居者への使用時間自粛要請の実施
6  1  1 飼い犬の鳴き声による騒音被害 飼い犬の処分又は鳴き防止首輪の取付 打ち切り 両当事者の主張が食い違ったまま推移し、合意成立の見込みなしとして調停が打ち切られた。  
7  2  1 マンションの隣家のピアノによる騒音被害 ピアノの撤去又は完全防音対策、慰謝料請求 成立 被申請人の転出に向けて調停条項を作成した。 ・ピアノの搬出を確認
・今後持ち込まないこと
8  1  2 隣接する住宅の石油用温風暖房器の排気ガスによる大気汚染被害 煙突の取付 打ち切り 両当事者の主張が食い違ったまま推移し、合意成立の見込みなしとして調停が打ち切られた。  
9  3 1(アパート所有者) 隣接するアパートのガス給湯器による騒音被害 騒音低減対策、排気ガス対策 打ち切り 両当事者の主張が食い違ったまま推移し、合意成立の見込みなしとして調停が打ち切られた。  
10  3  1 飼い犬の鳴き声による騒音被害 鳴き声の規制、野良猫への餌付けの停止、自宅の清掃・消毒 成立 調停委員会から調停条項案を提示し、双方とも受諾したことから調停が成立した。 ・飼い犬を増加させないこと
・共同による周辺環境の清掃・消毒等の実施
・被申請人が申請人の動物愛護の心情を理解すること
11  5  1 隣接する住宅の冷房室外器からの騒音被害 機器の減少、移設、騒音防止対策 打ち切り いったんは、合意が成立しかけたが、その後主張が食い違い、合意成立の見込みなしとして調停が打ち切られた。  
12  1  2 マンションの直上階からの足音等による騒音被害 騒音低減対策 申請取り下げ 調停手続を進めたが、騒音発生原因が不確定のまま、調停申請は取り下げられた。  
13  2  2 マンションの隣家のピアノによる騒音被害 使用の停止、完全な防音対策 打ち切り 両当事者の主張が食い違ったまま推移し、合意成立の見込みなしとして調停が打ち切られた。  
14  1  1 飼い犬の鳴き声による騒音被害 飼育方法の改善 取り下げ 両当事者の主張が食い違ったまま推移したため、申請は取り下げられた。  
15  2  3 隣接する住宅の冷暖房機による騒音被害 機器の取り替え 成立(一部取り下げ) 相互に譲歩しながら調停条項を作成した。 ・機器の使用停止
16  1 1(独身寮所有会社の代表取締役) 隣接する独身寮の冷暖房室外機及びガス給湯器からの騒音被害 騒音低減策、慰謝料対請求 成立 相互に譲歩しながら調停条項を作成した。 ・機器の移設
17  1  1 マンション直上階のフローリング化による足音等の騒音被害 騒音低減対策 打ち切り 被申請人の自主的な対策と話し合いの意思のない旨の書面の提出により、申請人が打ち切りを希望した。  
18  1  1 飼い犬の鳴き声による騒音被害 犬を飼わないこと、慰謝料請求 取り下げ 被申請人に出頭の意思がないことから申請は取り下げられた。  
19  1  1 飼い犬の鳴き声による騒音被害 犬を飼わないこと 取り下げ 申請人が自主的に犬を家の中で飼うようになったため申請は取り下げられた。  

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