裁定って何ですか?

ちょうせい第27号(平成13年11月)より

プラクティス公害紛争処理法 ‐第25回 裁定制度について

1 はじめに

 「裁定」は、公害等調整委員会のみが行うこととされ、都道府県で公害紛争処理に携わっている方にはなじみが薄い制度かもしれない。しかしながら、内容、効果などをよく理解した上で「裁定制度」をうまく活用することにより、調停では解決が困難な紛争についても円滑かつ適正な解決を導き出すことが可能である。
 公害紛争処理の事務に携わる方の「裁定制度」に対する理解を深めるとともに、「裁定制度」の積極的な活用を促すために、今回は裁定制度の手続について概説することとした。

2 裁定制度について

  • 裁定は公害等調整委員会のみが行う手続で「責任裁定」と「原因裁定」の2種類がある。
  • 調停は当事者の互譲に基づく合意により紛争を解決する手段であるのに対して、「裁定」は裁定委員会が証拠調べ等により収集した証拠資料を基に事実関係を確定し、法律的判断を下すことにより紛争を解決する手段であり、調停に比べ公権的な要素が強い手続である。
  • 裁定には、(1)職権による因果関係等に関する調査の実施により、被害者側の因果関係等についての立証能力不足を補うことが可能、(2)各分野における専門家の知見の活用により、例えば汚染物質の特定・分析など高度に専門的な知識や技術を必要とする事項についても対応が可能という特色がある。

(1) 「責任裁定」
 公害に係る被害についての損害賠償に関する紛争が生じた場合に、損害賠償責任の有無及び賠償額について判断する手続である。

 ア 申請の受付(法42条の12)
(注:「法」……公害紛争処理法)
・ 申請できる者
 損害賠償を請求する者、つまり被害者とされる側に限られる。加害者とされる側からの申請はできない。
・ 責任裁定を求めることができる事項
 損害賠償責任の有無及び賠償額(例えば、被申請人○○は申請人△△に対して損害賠償金として○○万円を支払え)に限られ、汚染源である工場の操業停止あるいは工場の建設計画差止めなどを求めることはできない。
・ 申請手数料
 損害賠償の請求額に応じて決められており、裁判(民事訴訟)に比べ、申請手数料は2割前後と低く抑えられている。なお、原因裁定があった後3ヶ月以内に当該原因裁定申請を行った事件について改めて責任裁定を申請する場合の申請手数料は、原因裁定の申請手数料として納めた額だけ控除される(政令18条)。
・ 代表当事者の選定
 裁定手続を円滑かつ能率的に進行させるため、代表当事者制度が規定されている。この制度は調停にもあるが、裁定の場合は代表当事者を選定した者は当事者としての地位を失い、代表当事者を通じて間接的に手続に関与しなければならない。ただし、裁定の効果は当然代表当事者を選定した者にも及ぶ(法42条の7)。

 イ 裁定委員会の設置(法42条の2)
・ 裁定委員会
 申請の受付後、直ちに裁定委員会が設置され、手続は裁定委員会により行われる。裁定委員会は3名又は5名で構成され、弁護士資格を持つ者が少なくとも1名含まれる(法42条の2(3)、39条(3))。
・ 除斥、忌避
 裁定手続の中立性、公正性を確保するとともに、当事者の裁定委員会に対する信頼に応えるため、委員長及び委員の除斥・忌避の制度が法律上規定されている(法42条の3〜42条の5)。

 ウ 証拠調べ等の実施(法42条の14〜18、公害等調整委員会設置法15条〜16条、18条)
・ 証拠調べ等の手続
 調停は当事者の話合いによる合意に基礎を置く制度であり、因果関係など事実関係全てを明らかにすることは必ずしも必要とされない。他方、「裁定」は司法に代わり行政が当事者の権利義務関係について独自の判断を下し紛争解決を図る制度である。このため、裁定制度においては、審問や証拠調べ等により必要な証拠資料を収集し事実関係を明らかにすることが要請されるとともに、その手続、判断の中立性、公正性をなお一層確保するため、審問、証拠調べ等の手続が法律上明確に規定されるなど、裁判ほどではないが、調停と比較すると厳格な手続となっている。
・ 手続の公開、非公開
 審問手続は、手続の適正さを担保するため原則公開とされているが、プライバシーや企業秘密等の保護が必要な場合には非公開とすることが可能。

除斥、忌避について
除 斥 裁定委員が事件の当事者と特別な関係(例:4親等内の親族)にある場合に、裁定委員としての職務を法律上行うことができなくなること
忌 避 裁定委員に除斥事由には当たらないが裁定の公正を妨げる事情(例:裁定委員の配偶者が事件の当事者の代理人である)がある場合に、裁定委員の職務から排除する制度
証拠調べ等の手続
審 問 当事者の主張を聞き、裁定委員会が主張や争点、証拠の整理を行う手続
尋 問 事件の当事者、参考人に出頭を求め、意見陳述をさせる手続
鑑 定 学識経験者に専門的事項についての判断結果を報告させる手続
文書等の
提出
事件に関する文書等の保有者にその提出を求め調べる手続
立入検査、事実調査 相手方の工場等で文書等を検査したり、被害発生地などの調査を行うこと
調査委託 専門委員、国の行政機関、試験研究所、民間事業者等に専門的事項の調査を委託すること
関係行政機関との協力 関係行政機関から資料提出、技術的助言等を受けること
 エ 責任裁定の効力
 責任裁定が行われ、当事者に裁定書が送達されてから30日以内に裁判の申立てがなかった場合(あるいは裁判を取り下げた場合)には、責任裁定と同一の内容の合意が当事者間に成立する。この合意は調停と同様に民法上の和解契約としての効力を有する(法42条の20)。

 オ その他
 (ア) 職権による調停手続への移行(法42条の24)
・ 裁定手続を進めていく中で、当事者間に話合いにより紛争を解決する気運が高まった場合には、裁定委員会の判断により調停手続に移行することが可能である(責任裁定事件、原因裁定事件の多くが職権で調停に移行し、合意成立に至っている。)。
・ 調停に移行した場合、調停手続は裁定委員会がそのまま進めることとなるが、管轄を有する都道府県公害審査会等に手続を処理させることも可能である。
・ 調停手続により合意が成立した場合には、裁定申請は取り下げられたものとみなされ、手続は終了する。また、調停が不調に終わった場合には、裁定手続が再開される。

 (イ) 裁判との関係
・ 責任裁定と裁判が併行している場合にはどちらか一方の手続のみを進めることができる(法42条の26)。また、責任裁定の申請は、裁判の申立てとみなされ、時効中断の効果が発生する(法42条の25)。

(2) 「原因裁定」
 原因裁定は、被害と加害行為との間の因果関係に関する法律的判断のみに限定した手続であり、因果関係以外の事項、例えば損害賠償や環境保全対策の実施などを求めることはできない。このような原因裁定の制度を設けた趣旨は、公害紛争における争点のほとんどが被害と加害行為との間の因果関係であり、これについて集中的能率的な審理を行い、早期に確定させることで公害紛争は半ば解決したともいえるからである。
 基本的な手続は責任裁定と同じである。以下、原因裁定に特有の事項について記述する。

 ア 申請の受付(法42条の27)
・ 申請できる者
 被害者とされる側のほか、加害者とされる側からも行うことが可能。
・ 原因裁定を求めることができる事項
 請求内容は、被害と加害行為との間の因果関係についての判断を求めること(例えば、申請人の○○被害は、被申請人の△△による)に限られる。
・ 申請手数料
 一律1人3,300円(政令18条)
・ 相手方特定の留保
 被害者とされる側は、加害行為の相手方を特定できない場合は、相手方の特定を留保して申請することが可能(後日裁定委員会から相手方特定の命令が出された場合には、指定された期間内に特定する必要がある)(法42条の28)。

 イ 裁定委員会の設置
 ……責任裁定の場合と同じ

 ウ 証拠調べ等の実施
 ……責任裁定の場合と基本的に同じ

 エ 原因裁定の効力
 原因裁定は当事者の権利義務関係に影響を与えるものではないが、原因裁定により明らかにされた因果関係を基に、その他の争点(損害賠償請求、環境保全対策の実施など)については調停手続などにより解決を図ることが可能。

 オ その他
 (ア) 時効中断効
・ 原因裁定の申請により時効中断の効果は発生しない。
 (イ) 公害防止対策への反映(法42条の31(2))
・ 関係行政機関に対して公害防止対策に関する意見申出等を行い、原因裁定の結果を直接環境行政に反映させ、被害拡大・再発防止に結び付けることが可能。

3 裁定制度の積極的な活用について

  • 都道府県公害審査会等で取り扱い終結した事件は無論のこと、現に係属している事件でも併行して裁定を申請して手続を進めることは可能。
  • 損害賠償責任の有無及び賠償額についての対立が激しい事案で、当事者間の話合いでは、損害賠償問題について合意が成立する見込みがなく、これ以上の手続進行が望めない場合には、責任裁定を活用することも紛争解決のためには有効な手段である。
  • 都道府県公害審査会等に係属する調停事件においても同様に、因果関係について当事者の見解に大きな相違があり、実質的な調停手続に入れない場合などには、原因裁定を活用することで因果関係を明らかにし、これを基礎としてその後の調停手続を円滑に進めることが期待される。なお、裁判所からの嘱託による原因裁定の制度があるが、この制度は被害者の立証能力不足を補い、複雑な事件の迅速な解決を図ることを目的にしたものであり、このことは係属中の調停事件に関して原因裁定を申請する場合にも当てはまる。
都道府県公害審査会等に係属中ないし事件終結後に裁定申請された主な事例
申請の
時期
裁定の種類 事 件 番 号 事 件 の 概 要
事件の
係属中
 原因
 裁定
東京都8年(調)7号・9年(調)1号 不燃ゴミ中継施設により健康被害を受けているとして、施設の運転中止を求めた事件
事件の
終結後
 責任
 裁定
三重県8年(調)2号 トンネル工事の残土処理により受けた養殖真珠被害に対する損害賠償を求めた事件

4 終わりに

 公害紛争処理制度において最も利用されているのは調停であるが、公害紛争の状況、請求事項など個々の紛争によっては裁定を活用することが適当な場合も見受けられる。住民から公害紛争処理制度の利用について相談があった場合などには、事案によっては、相談者あるいは事件の当事者に対して裁定制度の活用を勧めることも、紛争の迅速かつ適正な解決に必要であろう。

公害等調整委員会事務局


(参考)公害等調整委員会に係属した主な裁定事件

 ア 道路騒音等被害責任裁定申請事件
 申請人:
  東京都の住民
 被申請人:
  国、東京都、首都高速道路公団
 請求事項:
  国道、都道、首都高速道路を走行する自動車の騒音、振動及び大気汚染により財産被害、健康被害を受けているため、損害賠償を求める。
 処理経過:
  永続的な効果のある公害防止対策という方向での合意による紛争解決の気運が高まったことなどから、職権で調停手続へ移行し、両当事者間に以下の内容の合意が成立した。
 (主な合意内容):
  被申請人が防音壁の設置、路面の適切な維持修繕、植樹帯の整備、住宅防音工事助成制度の適切な周知徹底を行う。

 イ 小田急線騒音被害等責任裁定申請事件
 申請人:
  東京都の住民
 被申請人:
  小田急電鉄株式会社
 請求事項:
  列車の走行に伴う騒音、振動により受忍限度を超える被害、家屋への被害を受けているため、これら被害に対する損害賠償を求める。
 処理経過:
  生活環境の悪化を改善することが真の問題解決につながることを考慮し、職権で調停手続に移行し、調停案(小田急電鉄が騒音・振動対策を実施する等を主な内容とする)の受諾を勧告し、一部の申請人がこれを受け入れ、調停が成立。受諾勧告を受け入れなかった申請人については裁定手続が再開され、請求事項の一部を認める責任裁定を行った。

 ウ 飯塚し尿処理場等悪臭被害原因裁定申請事件
 申請人:
  福岡県飯塚市の住民
 被申請人:
  飯塚市
 請求事項:
  申請人が受けている悪臭被害は、飯塚市が設置管理するし尿処理場及び下水道終末処理場からのものとの原因裁定を求める。
 処理経過:
  当事者間に話合いによる紛争解決の気運が高まったことから、職権で調停手続に移行し、両当事者間に以下の合意内容が成立した。
 (主な合意内容):
  被申請人が地域住民と公害防止協定を締結し、同協定の実施の確認のため環境保全協議会を設置する。

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