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戦災者慰霊塔 平和観音

基本情報

所在 総持寺
住所 東京都西東京市田無3−8−12(西武鉄道 田無駅 徒歩5分)
建立者 戦災者慰霊塔建設会
建立年 昭和32年4月12日(平成4年移転)
連絡先 総持寺 042−461−0044

※H26.11発行「平成26年度 全国の戦災の追悼施設・追悼式 追補版」より
(調査時期H26.6〜11月末)

施設の写真

碑文

【表】


戦災者慰?塔


昭和二十年四月十二日祈念

【裏】


昭和三十二年四月十二日建立


戦災者慰?塔建設会

由来

【表】


平和観音

 太平洋戦争末期の一九四五年四月十二日、米軍機B29
の爆撃により田無駅前において五十数名の罪なき人々が
一瞬にして爆死し、その他多数の人々が被災者となった。
更にこの年の八月十五日の終戦までに田無全域において
百数十の尊い命が爆撃の犠牲となった。
 一九五七年四月十二日、被災地居住の歯科医海老沢太
一氏が中心となり被災者遺族及び篤志家により金物店主
下田武主氏がその所有地を無償提供され駅前の爆心地に
観音像の戦災者慰霊塔が建立された。爾来、霊を同所で
慰めてきたが、アスタビル建設のため、一九九二年移転
せざるを得なくなり、総持寺のご好意によりこの地を安
住の地と定める事となり移住した。
 田無駅前被災の中心地には「田無平和の日」条例制定
記念として記念碑を設け、この慰霊塔はこの地で平和の
シンボルとして子孫が平和を享受出来るよう祈願する。
一九九九年四月十二日

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【裏】


戦災者慰霊塔建設会


(個人名)

継承者
田無平和の会

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