第6回情報公開法の制度運営に関する検討会における議論の内容


日時   平成16年9月28日(火) 15時00分〜17時55分
場所   中央合同庁舎第2号館 8階 801会議室
出席者
(参集者) 小早川座長、藤原座長代理、宇賀委員、小幡委員、曽和委員、西鳥羽委員、三宅委員
(事務局) 藤井政策統括官、田部行政情報システム企画課長、高野管理官、山内情報公開推進室長


  1  開会
  2  フリートーキング
 閉会


議論 :
小早川座長 情報公開法の制度運営に関する検討会第6回の会議を開催する。
本日は、所用のため堀部委員は欠席である。
まず事務局より配付資料の説明をお願いする。
山内室長 資料1〜9は後ほどのフリートーキングの関連資料である。それ以外に、参考資料1として前回の議事の概要を、参考資料2として「平成15年度における情報公開法の施行の状況について」を用意した。
小早川座長 前回の検討会では、今後具体的に検討・調査を要すると考えられる事項について議論した。実態に即して議論を深めるために、事務局には関係行政機関に特別調査を実施するなど、基礎資料の準備をしてもらっている。本日の検討会を含めて3回にわたって個別の検討項目について順に議論を進めていきたい。そうした個別項目の検討の結果を受けて、来年1月以降に具体的改善措置について議論をしていくことにしたい。ただ、個別項目の検討の際にも何かあれば、併せて発言してもらいたい。
  本日の論点は、主に開示・不開示の範囲等についてで、併せて不開示決定に際しての理由付記の在り方についても議論したい。進め方としては、項目ごとに事務局から資料の説明を聞き、その後皆で審議するということでいきたい。
  では、開示・不開示の範囲について検討を始める。まずは最初の論点である個人情報について事務局から説明をお願いする。
山内室長 (資料1に基づき説明)
小早川座長 資料を適宜ご覧いただきながら議論をしたい。この個人情報関係で何が問題かということをもう一度確認したい。
  最初の1ページ、論点1「個人識別型」と「プライバシー型」。その次の「一般人基準」の問題とも絡むし、また、識別性はないが、なお権利利益を侵害するというものとも実際は絡むと思うが、いかがか。
三宅委員 ちょっと概括的な話になるが、この個人識別型というのは、いわゆる事項型の開示事由ということで発案されて、定性型事由と少し違うという立法時の説明があった。その時点では「個人を識別することはできないが、公にされることにより、なお権利利益を害するおそれがあるもの」はまだ想定されてなかったが、2つの型があるという話が中間報告であって、最終報告ぐらいまでその議論がいって、最終報告の直前なのか、立法に入ってからか、未公表の著作物をどう取り扱うかという議論が出てきて、「公にすることにより、なお権利利益を害するおそれがあるもの」という条文が入ったのではなかったか。私も国会の審議を傍聴していたときに、塩野先生が参考人で出られていて、どういう趣旨で「公にすることにより、なお権利利益を害するおそれがあるもの」が入ったんだという委員からの質問があったときに、何となく未公表著作物の問題が後から出てきて入ったんだというようなニュアンスの発言なり答弁をされた記憶がある。
  個人識別型を取るといいながら、この後ろに「なお、権利利益を害するおそれがあるもの」という、これはどちらかというと定性的な型だ。だから、類型的に個人識別型を取るといいながら、実際は「なお、権利利益を害するおそれがあるもの」がかなり広く使われて、情報公開審査会の中では、個人は識別できないけれども、なお権利利益を害するという答申が結構ある。非常に使いやすいものになっているのではないかと思うが、当初の予定は、未公表の著作物等に限られるという立法趣旨の説明であった。しかし、この文言自体はかなり広く使われる可能性があって、審査会としては、例えば一般人基準を取って、個人識別のところで特定人基準を排除した場合にかなり限定的に使われる。個人識別は、一般人基準でいった場合には限定的になるけれども、後ろのところでカバーされて、結局広く権利利益を害するという形になる構造。
  これはたぶん立法当時の意図とかなり違う運用になっているのではないかと思う。そこをどういうふうに考えたらいいのかが実はかなり根本的な問題である気がする。そこで直ちにプライバシー型にいくのか、識別型を取って、例外でかなり広げられるような趣旨をもう少し付けるのかである。そうしないと、識別型を取って、ただし書を設けていても、それでもなお、権利利益を害するおそれがあるということで、結局は、広く個人情報の非開示になるような、そういう構造になっているような気がする。
小早川座長 全般的な問題の指摘だが、いろいろご意見があるかと思う。今の国の審査会の運用が、おそらく言われるような方向へ来ているのだろうと私も思うが、それをいいと見るかどうか。翻って、規定の仕方があれでベストなのかという議論はまたあると思う。
  立法過程での話は、確かに未公表の論文等の話が1つはあった。それと、論文みたいな、いつ公表するかという話ではなくて、絶対に人目に触れてはある人にとって困るというものがあるという話は検討の早い段階からあった。
藤井政策統括官 平成8年1月12日に検討方針をつくったときは、そういう識別性を除いた後での権利利益侵害問題は触れられていない。平成8年4月22日の中間報告の段階で、個人に関する情報のイロハニとあって、留意事項的に、「特定の個人が識別されない状態で開示することによっても個人の権利利益を不当に侵害するおそれがある情報の取扱いについては引き続き検討をする」ということで、そういう問題意識が出てきており、要綱の考え方でもそういうものの考え方は残していた。思想はそんなに変わったということではないと思っている。
藤原委員 ちょっと自信がないが、早い段階で、先ほど座長がいわれたことに近い議論があった。その最初が、法学部での成績で、識別性はなくせるが、見る人が見たらこれは自分の成績だとわかる。あれはどうかというような議論が始まって、町田の作文の話を議論の素材として提供したことがある。ですから、早い段階から今のいわゆる著作権的なものに必ずしも限るのではないという議論そのものはあったと記憶している。
宇賀委員 私がはっきり記憶しているのはカルテだ。あのときにある委員が、自分のカルテは、例え個人の識別性が排除されて自分のものとわからなくても、自分の同意なしに第三者が見ることは許さないということを非常に強く言われた。だから、その議論は部会でずっとしてきたと思う。
小早川座長 カルテがどうかというのは解釈論としては残る。結局は、私は、議論のテーマとしては、指導要録とか何か反省文とかそういうのが印象に残っている。
三宅委員 たぶん議論としては出ていたと思うが、最終の要綱案では、そこの部分がもし書き込まれているとすると、第6の(1)のロだと思う。ここは識別型を取っているから、まさに事項型のものでいくという説明になっている。この後ろに、(1)のロの部分の「公にしても、なお個人の権利利益が害されるおそれのあるもの」が一方で入って、もう一つは第5の開示義務の部分開示の第5の2の特則のような形で、法律で言うと法6条2項になった。
  ここの整理が実はちょっと混乱を招いている。というのは、最近の「判例時報」で、たしか武蔵野市のこれに類する規定の裁判があり、そのときに、法6条2項の「公にしても、個人の権利利益を害されるおそれがないと認めるときは、前号の規定を適用する」というのがあり、この「個人の権利利益を害されるおそれがない」ということの立証責任をたしか請求者側に負わせた判決となっている。この法律で言うと、5条の1号の「公にすることにより、なお個人の権利利益を害されるおそれがあるもの」の立証の責任はたぶん実施機関側だと思うが、6条になると、それが同じような規定でありながら逆転してしまう。武蔵野市の条例だからあれだが。たしか東京高裁の判決で、立証責任が転換されてしまった運用になっているのは、議論は出ていたけれども、条文の形できっちり整理がされてないことから、かなり混乱を起こしているのではないかと思う。そこのところは整理をしておく必要があるのではないかなと思っている。
小早川座長 それは、6条2項の問題としてか?
三宅委員 6条2項とからめて。つまり、要綱案の第6の(1)のロの部分が、法の5条1号の「なお害するおそれ」と、6条の2項の「個人の権利を害さないおそれ」の2つに分かれて立法化されている。だから、立証責任がどうなるのかのところの整理が十分できてない形の立法になってしまった気がする。それが結果として、事項型と定性型の不開示情報ということで、個人識別の情報は事項型だといいながら、「なお、公にすることにより」が入ることによって、結果としては定性的なものになったという気がするので、それをどういう形で整理するのかが、一番大きな問題ではないかという気がしている。
小早川座長 部分開示についての立証責任の問題は、それはそれとしてあると思うが、分けられるのではないか。
三宅委員 同じ現象の文章を見て、名前だけ消したときに、個人を識別するおそれがないということを言って部分開示の適用を受ければ、5条の該当にはならないと言いながら、実施機関のほうは個人の利益を害するおそれの立証をするという形になる。だけど、それは立法の段階で、要綱案なり、要綱案の考え方のときには、そこはあんまり想定してなかった問題だということは言えると思う。
小早川座長 そこは確かに要綱案では1本で書いてあるものが、法律では2つに分かれたというわけだ。それで立証責任が逆になっているというのは、確かに妙な感じはするが。
山内室長 その論点については、後ほど部分開示の資料6で、これの立法経緯について載せている。
小早川座長 6条2項でも議論をしたいと思う。さしあたりの個人識別型とプライバシー型、あるいは三宅委員の意見で言えば、立法は事項的基準原則を取ったはずなのに、それが実際はどうなっているのかという問題をここで議論をしなければいけないと思う。そのこと自体はどうか。今の部分開示の立証責任問題を別にすると。
三宅委員 そのこと自体から言えば、私は個人識別型とプライバシー型でそう違いは出てきてないだろうと思うが、ただし、その違いが出てない要素としてあり得るのは、今言った「なお個人の基本権利利益を害するおそれが云々」という条項の部分ともう一つは「公にすることが予定されている」という、これも事項的というよりは定性的な開示の基準だと思う。だから、事項的と言いながら、定性的な要素がかなりただし書の判断で入っているので、それがプライバシー型に似通った運用に結果としてはなっているのではないかと、経過を見ると思う。
  私はどちらかというと、直ちにプライバシー型に切り換えるよりは、識別型を取りながら、もう少し解釈の工夫なり、立法上の多少の改正みたいなことをして、このへんの論点をもうちょっと整理したほうがいいのではないかなという立場に結果としてはなると思っているが、そこは議論をしてからの話だ。
小早川座長 きょうのペーパーもそうだが、実質的に大きな差異は見られないという。ただ、基本的にプライバシー型よりも今の立法が個人情報をカテゴリカルに不開示にする部分が大きいことは事実だ。
三宅委員 はい。それを手当するところが「公にすることが予定されている」という部分にどうもなっているようだ。
小早川座長 定性基準だと言われたが、運用上そうなっているという面があるのだろうが、公表慣行というのは、文言上はやっぱり事項的な基準なのではないか。
曽和委員 この第5条のただし書のイは、本来は、価値判断ではなくて事実認定の問題であって、実際に公表されているから改めてプライバシー侵害はないという、そういう事実に着目して読むのが、文言上は普通の解釈ではないか。そこに、過去に公開されたものがあって、それと定性的によく似たものだから、公にすることが予定されている情報に入るというふうにどんどん広げていくのは、条文の解釈としては広げ過ぎではないかと考えている。個人識別型を取ったことで、個人情報の非開示部分が広がったので、ただし書を拡大解釈して対応しているのではないかと私は分析している。だとしたら、個人識別型の一つの問題点を示しているのではないか。
  次に、第5条1号前段の<個人に関する情報で識別できるもの>というのと、後段の<または特定の個人を識別することはできないが、公にすることにより、なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの>という、この前段と後段の読み方だが、後段の例として、例えばカルテとか作文とかというのが出てくるのは私にはちょっと違和感がある。というのは、カルテとか作文とかいうのは、もともと前段の個人に関する情報であって識別できるものであると読んだ上で、全体を非公開にするのか、あるいは部分開示するかを6条2号で読むという話であって、特定の個人の名前は出てないけれども、なお個人の権利利益を害するものがあるという後段で読むとは考えてなかったのではないか。
小早川座長 5条と6条は部会で議論をしていたのと違う書き方になっているから、部会関係者にとっては、聞かれても困る話だ。ただ、ご指摘ごもっともで、名前を書いてあって、それを消した場合になおどうかというのは、5条1号の話ではなくて、6条2号の話だと言われれば、それはそのとおりだ。でも、仮定的に仮想のケースで作文なり何なりが筆者の名前を書かずに学校の金庫に入っていたというようなことを考えれば、それは文章そのものがもうオリジナルに識別の可能性はないということは論理的にはあり得る。だから、そういうものをまず基本にして、部分開示の問題を考える前に、基本的にはそういう設例も考えてこの5条1号の前段・後段という書き方になるのではないか。
曽和委員 最近、個人情報保護条例の運用にかかわる事件で、Aさんの個人情報として示されている情報の中に、Bさんとか、Cさんのことが書いてある。Bさん、Cさんという名前は特には書いてない。しかし、事情がわかっている人が読めば、それはBさんのことだ、Cさんのことだとわかるし、それを知られると本人はちょっと嫌だろうなと思うような事柄であるという部分があって、そういう部分だったら、情報公開法に基づく事例として出てきたら5条1号後段で読むのだろうという感じである。先ほど挙げられたカルテとか作文とかいうのは、Aさんの作文とか、Aさんについてのカルテだから、その名前を隠した部分以外のところを後段の部分で読む、読まないという議論はちょっとおかしいのではないか。
小幡委員 ただ、それは一つの素直なやり方だとは思う、条文ぶりからすれば。しかし、現実にそういうふうにあまり運用されてない。
小早川座長 分けていないという意味で。
小幡委員 ええ。ですから、黒く墨塗りして、たとえ誰の情報かわからなくても、これが公開されれば嫌だろうなと思うものを含めて解釈しているのではないだろうか。
藤井政策統括官 部会の当時の議論が「論点整理」として残っている。そこでの議論は、名前を消しても支障があるかどうかというようなケースは極めて例外的で、むしろ個人の人格そのものにかかわるような機微な情報といったようなものだから保護する必要があるのではないかと。その代表事例として、反省文とかカルテとかが出たというような整理になっている。何でもかんでもその利益考慮概念で考えていくというような趣旨はなかったということだ。
  先ほど公表予定の議論もあったが、これも「論点整理」では、公表が予定されている情報は、時間的な予定だけでなく、論理的な意味というか、情報の性質上公表されるものを含むと考えるのがよいではないかというような議論があった。どちらかというと予定されるべきものというものも立法趣旨にもともとあるということで立案していたという経緯がある。だから、決して、今の公表予定のも拡大解釈とは感じてない。もともとそういう議論があったということだ。
藤原委員 曽和委員の言われたのは、誰かが名前を書いた作文を念頭に置いているのか?
曽和委員 例えば作文でも、Aさんが提出した作文だったら、これはAさんの個人情報という形で一応5条1号前段に入る。それは全部非公開にするというのも一つの考え方だし、名前のAさんとか、Aさんを特定できる部分、あるいはそのほかの人を特定できる部分を除いて公開するかしないかという議論もあろう。後の場合は6条の2号で読めばいい。
藤原委員 そうだと思うが、たぶんあのときに議論をしていた作文は、誰かが自殺したことについて匿名で作文を書いて、という例を最初に紹介したので、委員が言われた、個人情報保護条例ではこういう問題になるといった、そっちの作文を念頭に置いていたのだと記憶している。その人についてクラスで追悼の作文を書かせた。しかし、それはそれぞれについて、最初から匿名であっても、深く人格にかかわることがあったり、本人とその亡くなった方との関係があったりという……
曽和委員 そういった場合であれば、後段で読むというのはわかる。
小幡委員 その場合は、その作文の中に○○子ちゃんとかそういう識別的なものが全然含まれていないということですね。
藤原委員 それは出てくるときと出てこないときがある。
小幡委員 何か名前らしきものが出てきたら識別になるのだろうか。
藤原委員 名前の出た人にとっては識別情報になる。
小幡委員 そうすると、純粋に5条1号の後段になるものは非常に限られるという感じがする。
藤原委員 かなり特殊な事例であるという感じはする。
小幡委員 ええ。全く個人名が出てこないで、かつ非常にセンシティブなものだ。つまり、少しでも名前が出てしまうと、前段のほうになって、部分開示できるかという話になるというのが一つの割り切りだ、曽和委員が言われたことは。
三宅委員 割り切って読むような形にするのであれば、それは最初の行政情報公開部会での議論にかなり平仄が合うだろうと思う。国の審査会のほうはたしか答申を見ていると、まず名前が出ていれば、6条の2項でまず名前を消す。だけど、なお公にすることにより個人の権利利益を害するおそれがあるから、やはり5条1号で非開示という答申がかなり多いように思う。それは行政情報公開部会で考えていた5条1号の本文後段の部分を限定的に解釈する考え方とはかなり違う運用としてもうすでに定着をしているのではないかなと思う、ずっと答申を見ると。東京都はここを何かすごくこだわって、なかなか使わなかったというようなことをたしか言われた記憶があるが。そのへんが自治体でもかなり迷っている部分もあって、ここは今言ったように、行政情報公開部会で議論していたような経過でしか使えない規定にもしするのであれば、もう少し規定ぶりを変えないと。これは単に「又は」でつないでいるだけですから、審査会の思考パターンはおかしいと言えないと思う。この問題が残るのではないかなと思う。
小早川座長 一般人基準を取るのが一つの選択で、その結果、不開示が広くなり過ぎる。だから、立法過程の議論とは離れて、この5条1号後段ないしは6条2号を活用すると。
三宅委員 一般人基準を取ったら、開示の幅が広くなるのではないか。
小早川座長 広くなる。
三宅委員 一般人基準を取れば、特定人基準ではないから、公開の幅が広がる。だけれども、それを調整するために5条1号後段で不開示を広げるというバランスをとるという……。
小早川座長 ということだ。それが国の審査会ではかなり定着しつつあるのではないかと思うが、そのこと自体についてはどうか。それでいいのか悪いのかということだ。三宅委員はプライバシー型の規定にしなくても、そういう運用でいいと。
三宅委員 いや、結果としてそうなっているというのであって、どちらかというと、やはり立法当初から考えていた5条1号本文後段の解釈は、もう少し狭める余地があるのではないかなと思っている、本文としては。ただし書の運用はまた別だ。
曽和委員 個々の答申がいいとか悪いとかは何とも言えないが、今言われたような展開を遂げているということになれば、6条2項と5条1号後段との関係がややこしくなるという指摘はやっぱりそのとおりだと思う。さらに立証責任なんて言われてくると、あまりにややこしい。何か整理ができないかと思う。同じような言葉が使われているわけだから。
小早川座長 さしあたり立証責任問題をかっこに入れれば、現在の運用を規定に照らし合わせてみた場合に、何かややこしくて落ち着きが悪いということか。
曽和委員 部分公開の判断の方法と5条1号後段の個人情報の定義の判断の方法が似通っているということだ。
小早川座長 その開示・不開示のそれでもってこられる結論については、私は審査会にいたから、それでいいと思ってやってきたわけなので、ちょっと発言はしにくい。
三宅委員 私も個々の事例の文章を見てないので、答申例だけ見ているから、結果がそれで妥当なのかどうかはわからないが、何か論理が立法当時の論理とはちょっとずれている。しかも、それがもともとの原因は、要綱案の第6の1のロがさっき言ったように、5条1号本文後段と6条2号に分かれて書かれたという経過にやっぱりあるのではないかという気がしているが、これをどうすべきかというのは、もう少し議論をしてからではないかと思っている。
小早川座長 いろいろ論点があるので、この点はさしあたりその程度にしたい。
曽和委員 個人識別型かプライバシー型かという議論については、個人的にはプライバシー型のほうがすっきりするという考えである。ただ、先ほど報告があったように、実際の運用例においてそんなに差異はないということと、個人情報保護法、あるいは実際の自治体の条例でも個人識別型のほうが圧倒的多数であるので、ここでプライバシー型に戻すという選択はあまりないのかなと考える。
  私が個人情報で一番ひっかかるのは、後のほうに出てくる公務員の氏名の公表で、各省庁でバラバラだということである。こんなにバラバラになる合理性はないと思う。それがなぜこういうふうになっているのかということで少し考えてみると、第5条1号の「個人に関する情報であって」という、この「個人に関する情報」という部分の読み方が重要である。最近の最高裁の情報公開条例に関する判例では、この個人に関する情報の中には、職務情報の中で公務員の氏名が出てきても、この氏名は個人に関する情報ではなく、氏名も含めて職務に関する情報として読むとしている。それを情報公開法でももっと明確にすれば、各省庁によるバラバラの運用も判例法を基本に統一されていくのではないかと考えている。判例法での統一に待てばいいのか、あるいは文言をもう少し明確にしたほうがいいのか、迷うところであるが、公務員の氏名の公表については、何か改善できればよいと思う。
小早川座長 今の点はいかがか。
小幡委員 職員録にはないが、ホームページにあるとか、そういう話だろう。それに、確かに省によって扱いが様々になってしまうし、自治体はさらにいろいろである。全部について開示しているところもある。
小早川座長 その問題は、最近の判例でそういう動きが出てきているということの一つ前に、氏名公表慣行というのは、氏名と職との結びつけといった点にある。氏名と職務遂行情報の間に実は溝があったはずである。これこれをやったのは何々課長の誰々だということを出していいとは、立案のときは最初は考えてなかったと思う。何々課長は誰々であるということ、それから何々課長が何々をしたというのは出していいと。それが典型的に出てくるのは大学教授みたいな話であって、誰々がこの会議に出席していたかどうかとかいうのはもともとは出ないことを予定していたのではないかと思うが、その2つを結びつけることで、全部職務遂行情報だというのか、全部公表慣行があるというのか、ということになって、そこは一つハードルを越えたと思う。その先でさらに今おっしゃった問題が出てきた。そもそも個人に関する情報ではないというふうに見たほうがすっきりはするだろう。
曽和委員 判例で出ているのは、校長先生であるAさんが出張したという記録は、別にAさんの個人情報ではなくて、出張の記録だから職務情報だという理解だろう。それから、懇談会に出席したのが私人の資格で出た人はともかくとして、公務員の資格で、職務上必要な会だからということで出たとしたら、そこに誰が出席したかということは、個人に関する情報ではなくて、職務に関する情報だと理解すべきである。私はそういう考え方のほうが市民感覚というか、国民の常識に合うのではないかと思う。文言を改めずに、そのようにいけるのであればいいが。
小早川座長 その場合に、従来、職員録基準でやっていたような幹部職員とそうではない人との区別はどうなるのか?
曽和委員 私の見方は「個人に関する情報であって」というところで公務員の氏名は「個人に関する情報」ではないと割り切ってしまうということだ。そのようにして、5条1号の個人情報に入らない読み方をするか、あるいは5条1号但し書きハの「職務に関する」という例外の中で公務員の氏名も含めて読むかの読み方の問題はある。今は、個人の名前が出てきたら、これは個人に関する情報であるとまず読んで、そして、1号ただし書のイで読むから、職員録に載っているか載っていないか、ホームページに載っているか載っていないかということが議論される。でも、その議論の枠組みは、あまり妥当な結論を得てないのではないかと思う。
宇賀委員 今、曽和委員が言われたように、確かに大阪市の食糧費訴訟等で、最高裁判決は、個人に関する情報に公務員の職務に関する情報は含まれないということで、氏名も含めて全部出している。ただ、あのケースの場合には、あの当時のあの条例には、行政機関情報公開法の5条1号のハに相当するものがなかった。調査官の解説などでも、行政機関情報公開法に5条1号のハに当たるものが書かれているけれども、この大阪市の情報公開条例にはそれがないからということは一応断ってある。だから、行政機関情報公開法に関しては5条1号のハがあるので、個人に関する情報というときに、公務員の職務に関する情報も含まれるという解釈をやはり最高裁はするだろうと思う。だからこそハが置かれていて、その中で職と職務遂行の内容の部分は出し、氏名はイで判断するということになるので、そういうこれまでの自治体の条例の最高裁の判決の読み方は、行政機関情報公開法にはそのままは適用されないだろう。
  ただ、イの部分の「公にすることが予定されている情報」という部分が、まさに規範的な判断がされるので、だんだん公務員が職務活動でやった場合には、氏名も全部全員出すべきだというふうになってくると、このイのところで非常に広く読まれていくことはあるのだろうと思う。
小早川座長 結局のところは、職員録基準なり何なりということがそれ自体合理的かどうか、各省によって違うことはどう説明できるかという問題は残る。
三宅委員 あとは、公務員のところの規定が最初よりも、いろいろ独立行政法人ができて、地方独立行政法人ができて、増えている。いわゆる私的諮問機関の検討会の委員が公務員でないけれども、公務員に準ずる立場という場合がある。また、検討会によっては一般の私人と、公務員でありながら別の省庁の検討会に出ている方、司法部の方が行政部の検討会に出ている方がいる。そうすると、一方で公務員でありながら、他方で私人であって、その氏名の公開をどうするかといったときに、1つの検討会で氏名を公開しようということを決めてない場合に、一方は職員録を見れば出ている方で、一般私人の場合は、その検討会の性格から言えば非常に公的な色彩の強いものだけれども、私人だからだめというような取扱いになるので、そこの線引きが、同じ検討会に出ている委員であるにもかかわらず違ってくるというところが少しひっかかる。それは今の話だと、公にされていることが予定されている情報かどうかで全部読みきれるのか、もしくは公務員に準ずるものの取扱いを何か考える必要があるか。公にすることが予定されるという情報に当てはめるかどうか以外に、別に、私人であるにもかかわらず公的な発言をする人の立場を少し考えられないかなという気がちょっとする。そこも先ほどの話と一緒で、最高裁が事後的救済としては、個人に関する情報のところで最終的に判断する余地はあるかもしれないが。立法のレベルとしては何か手当ができないかなという気がすこしする。それは、要するに審議会の数が減って、検討会が随分増えていて、私的諮問機関の検討会をつくるときに、会議録をどういうふうに作るかが、審議会の場合は法律でかなり公開して、議事録も公開しなさいという規定になっているが、検討会はそうなってないから、あんまり公開したくないときに検討会にしようという話にやっぱり実際になる傾向もあるのではないかなと思う。そのへんの手当が少しできないかなという気がする。
藤原委員 確かに今の点は、1号イの「公にすることが予定されている」の読み方に結局帰着するのかなと思う。1号イは、立法過程の議論とか、私の個人的な考えでは、例の「すべき」という話はあってもいいと思っていたが、確かに審査会答申の多数派がどちらかというと、先ほども曽和委員が言われたように、事実の問題は事実の問題として、もうこれはオープンになっている話だから慣行として公にされているのだという、結構文言を重視して読んでいるという気はしている。「べし」で読むということになると、問題がなくて、それで統一できるということならば、今の三宅委員の疑問は、多くの場合には世の中が変わっていけば、そういう名前は出るのだという言い方で解決がつく問題ではあるかと考えている。
三宅委員 今のところは、もしも5条1号イの「公にすることが予定されている情報」に読み込むのだとしたら、ここはある程度「べき論」が入るんだということをもう少し明確に解釈の基準みたいなのを立てたほうがいい気がする。事実としてオープンになっているかどうかの判断なのか、ある程度「べき論」的に読めるということなのか、これは法廷に行って裁判官の様子を見ていると、イでいきたいけど、ちょっとイは何か変だなと思っているような感覚があって、私は5条1号イをそう読むべきだと言うが、何かピンと感覚が伝わらないところがやっぱりある。解釈の基準みたいなのが、もしここの検討会で立てられるなら立てるほうがいいのではないかなという気がしている。
曽和委員 私はちょっと反対で、ここをあまり「べき論」的に広げるのは、文言から見ても少しおかしいという感じがする。価値判断で、情報の中身から見て公にすることが必要であると判断するというのは、但し書きのロであって、ここには、人の生命、健康、生活又は財産を保護するためという利益考量の基準がある。ところが、但し書きのイはそうではなくて、そういう価値判断の基準がない。現に公になっているというのは事実の問題だから、それはそれでいいが、そこから離れて、現に公になっていないにもかかわらずその性質上公になるべきだという判断をするとしたら、価値判断する基準がないから、このイをあまり拡大するのには反対だ。今の話に出てきた検討会委員の件だと、むしろ公務員に準ずるというような形で、ハの職及び職務遂行の例外の中で、ここに氏名も含むとか、あるいは準公務員的な公務に携わる個人も含むとか、そういうような形で入れたほうがいいのではないか。
  それからイについて、既に公になっているものという例外は、情報提供として各行政機関がそれぞれの判断で公表した事実に左右される。例えば不正なことをした公務員がいて、その公務員の名前も含めて公表するというようなことをその行政機関が判断としてとっている場合にはこれに入るが、別の行政機関では公表していないとなるとこれに入らないというように、実際の情報提供の実情のレベルに左右される規定になっている。情報提供が行き過ぎて、プライバシー保護の点から見て問題があると思われる場合でもこれで読むし、プライバシー保護の視点から見て問題がないと考えられる場合でも公表が進んでいなかったらこれで読めない。このイの基準は、個別の情報提供のレベルに左右されて、プライバシーを保護するための実質的な基準としての明確さを欠く。プライバシー保護という角度から見た場合に、このイをあまり拡大するのは問題だと思っている。
小早川座長 ご意見は対立しているが、曽和説でいけば、むしろ立法できちんと公務員の幅を広げろとか、氏名まで含めた公表だということをはっきりしろとか、何かそういう話になる。私たちが何かものを言うときに、ここの規定を改めろというのがいいのかどうかという話にもなるが。
曽和委員 私の意見は、条文に入れるとしたら、イではなくてむしろハかなという意見である。各省庁バラバラの氏名公表の実態が何らかの運用の基準で改められるのであれば、それに期待をかけてもいい。ただ、現在の状況はあまり国民の理解を得られるものではないのではないかという印象がある。
小早川座長 そこはイとハの関係についていろいろな解釈が可能である。また、実際の運用もどういう立場でやられているのかよくわからないというところがあるとすれば、それは問題だ。ただ、先ほど三宅委員が言われた考え方でいけば、言い方によってはハも、イの公表慣行の一つの類型であるという見方もできなくはない。だとすれば、ハはたまたま形式的な公務員とか独立行政法人とかということで書いているけれども、イの問題として考えれば、それに準ずる準公務員についてもそういう慣行はもうあるのだという、そういうものの言い方もあり得るかと思う。イのところの先ほどの「べき論」も、各省庁でもってどうなのかというふうに細かく考えるのか、それとも、情報公開の世界では、一般論としてこうなのだ、こうあるべきなのだということか。この現行法はたまたまハという形でだけそれを書いているが、解釈運用上も当面それで強引にいろいろな基準を、一般基準を立ててしまうという可能性もなくはない。
西鳥羽委員 どちらかといえば曽和説を支持したいが、イの解釈で完全に事項的にとはいかないだろうから、やはりある程度予定されているところに規範的な解釈が入ってくればと思う。これが公務員ないし準公務員や私的検討会などの委員に関する個人情報になってきたときには、規範的要素を入れていく。これは普通の私人のときには、なるべく規範的要素は入れない解釈のほうが、個人情報の保護としては妥当な解釈だろう。別の方向性がここに要求されてくるので、情報公開法の問題としては、結論は曽和委員と一緒だが、この予定されているというところにあまり規範的な解釈を拡大していくのは、私人の場合と公務員関係の方の場合との解釈が混同してきそうな気がする。やはり対応するのであればハのところ。
  一番問題なのは、座長が指摘されたように、職員録等の公表実態が違っているところだと思う。対応するのであればハのところ、あるいは個別の法律の関係規定のところで対応すべきではないかなという気はする。
小早川座長 準公務員問題というのは、確かに公務員と同じではないかという見方と、民間が行政の政策決定にいろいろな形でかかわっていくことの1つであって、それは公務員ではなくて、あくまでも個々人でやっているのであり、個人の情報として保護されるべきだという見方の両方があり得るだろう。いわゆる公私協働論でどういう立場を取るかというようなこととも関係してくる話で、そう簡単に割り切れないかなという気はする。今日のところは、いろいろなご意見があるということで、先へ進みたいと思う。
  ほかはいかがか。ロの問題もあるが、これはまださほど例が積み重なっているわけでもないので、なお今後の推移を見守るという話であろう。一応そんなところで個人情報をひとわたり見たということにしたいと思う。
  それでは次、法人情報。
山内室長 (資料2に基づき説明)
小早川座長 それでは、どうぞご意見あれば。
  最初の法人の正当な利益を害するおそれについては、幾つかの類型があって、それぞれかなり性質が違うということはだんだんはっきりしてきている。口座番号、印影などは、最初はだいぶブレがあったみたいだが、だんだん収斂してきているのかなという感じだ。これはこれで決めればそれでいい話だが。
  それは別にして、その他の法人の経済活動との直接の関連における正当な利益を害するおそれという点で、イとロの関係が指摘されているが、このへんはいかがか。ロを置いたことについての立法論的な回顧的評価という問題でもあるが。何か実際判断している印象的な感想でもイとロの区別はあんまりはっきりしない。審査している側からしても。
西鳥羽委員 イのほうは、あらかじめ行政機関にそういう情報取得の権限規定などの根拠があって、ロのほうはそうではないというふうに理解していたが。
小早川座長 権限規定がない場合の一つの決め手としてロを用意したのだと思うが。ただ、情報取得の態様を離れて情報そのものについてすでにもうイを適用している例が多いのではないか。境がはっきりしないというのは、ロの場合でも、開示約束がどれだけはっきりされたのかということも本当は問題なのだろうが、あまりそこを意識してない気がする。大体情報を取るときには、何か他の目的には使わないからということは大抵言っているので、それを後からどう解釈するかというのは、もう解釈の幅は非常に広いのではないかという感じもある。そうなると、判断の実質はイとロで連続しているような気がする。そう言ってしまうと、身も蓋もないかもしれないが。
三宅委員 2号ロが当時の状況等に照らして合理的であることということで、立法経過から当時の状況等というのは、請求時の状況も入れて考えるんだということを国会の答弁でもされていて、実際の答申でも「請求時における状況も踏まえて考えてみるに」というような答申がたしかある。そうすると、非公開特約が過去にあったとしても、今の時点で合理的かどうかの判断をするということになると、イの正当な利益を害するかどうかの判断と似通った現時点から見ての判断ということになるという意味では、そう区別がないものも出ているのかなと思ったのだが。
小早川座長 問題は、結局ロがあることによって極端に不開示が認められるケースがあるかどうか。それがなければ、実際問題としてはどうでもいい話かなと思う。
西鳥羽委員 結局、イに帰っていく。
小早川座長 イに帰ってしまう。ロの状況を見て、やはりこれはイに当たるねという、その心証形成のプロセスみたいな感じもするが。
三宅委員 これからの情報提供の在り方として、絶対これは将来に向けても公開しないでほしいというような約束を明確に意識して提供するようなことがもし出てくるとすると、ロはかなりネックになるかもしれないが。今のところは日本では、そこまで意識するような非公開特約はないのではないかと思う。最近、アメリカはどうか。国家安全保障的なものについて結構企業の関係で非公開特約を明確にしているようなものが出始めていると聞いたが。
宇賀委員 アメリカは、今でもクリティカル・マス判決である。特別区の控訴裁判所の判決であって、最高裁判決ではないが、クリティカル・マスが行政実務では一般的にとられているから、非公開の約束があると、それについては出さないという解釈がExemption4においてとられている。
  それから、今言われたのは、おそらく同時多発テロの後に、アメリカでフォークランドセキュリティ・アクティブというのができて、重要なインフラ情報については、それを任意に国家安全保障省に出したときには、これはFOIAで不開示とされるExemption3の法律に当たるのでFOIAでも出ない。それから州や自治体に渡しても、州や自治体も自分のところの情報公開法で判断したらだめで、出さないとか、それから民事でもディスカバリーなどでも対象としないということで、国家安全保障省に認可された重要なインフラ情報については今非常に厳しい、もうほとんどが出ないという状況になっている。
小早川座長 アメリカとは、立法時には共通の議論だったが、その後はかなり違ってきているという感じか。
藤原委員 特別な約束のところは、実態としては2号よりも諮問庁の主張は、6号あるいは4号で、外国と約束してあるからというようなのが審査会に来るが、企業はそれほどでもない。先ほどの説明では、イとロと同時に主張しても、結局は正当な利益で審査会はずっと判断しているので、ロがあることで公開の幅が狭まっているということにはなっていないのではないかという気はするが。
小早川座長 ただ、結果としてそういう論理構成でイに戻っているが、ロがあるということで多少安心してイを広げているという可能性がある。
小幡委員 やはりこれからは必要になることもあるかもしれない。アメリカの話はあるが。
小早川座長 さしあたりその程度で済ませたいと思う。
 それでは、よろしければ次へ進む。資料3だ。
山内室長(資料3に基づき説明)
小早川座長 それでは、今のI1 とII2 を分けてご意見をいただきたい。I1 は、この枠の中のはどういう意味か。1)はいいが、2)で、「相当の理由」について、安易な適用が見られ、また、審査会のインカメラの対象とされている等の指摘というが。
山内室長 これはヒアリング等で、「相当の理由」という規定があることによって安易な適用が見られているのではないかといった批判、あるいはインカメラ審議の対象になっているため、「相当の理由」という規定は要らないのではないかといった指摘があったことを踏まえて、「相当の理由」という規定は必要なのかどうかという論点である。
小早川座長 インカメラの対象とされていることを踏まえて、「相当の理由」という要件の妥当性をもう一度考え直すべきであるという、そういう意見か。いかがか。
三宅委員 この3号、4号と、他の不開示情報の類型を併せて主張している場合が気にはなるが、やはり本来は、3号と4号はかなり限定的に適用されるべきものだったのかなという気はするが、どうしても6号あたりと一緒に掛け合わせで主張をしているようなものもある。とにかく外国と、外務省ではない、別の例えば農水省のウルグアイラウンドについて最初の頃の答申であった。そのあたりを見ても、これは農作物の取引か何かだったと思うが、意外といろいろなところで各省庁にとって3号が使い勝手がいいのかなという気がしている。それは○○に関する情報であってという情報の性質に限定を加えるところがこの3号と4号はないから、使いやすいというのが一つあるように思う。「防衛・外交に関する情報であって」というのがもし付いていたら、少し限定ができるのかなと思ったりしたが、立法の当時は、やはり3号、4号は特に重要な国家機密的なものを保護する意味で、この情報の性質に応じて、○○に関する情報であってというところは外して、広くいろいろな情報でも、こういうものがあったらというところでこういう規定ぶりになったという記憶だが。その上に広く他の条項と併せて主張しやすい。
  6号を見ると、イ〜ホまで行政運営情報の条項が類型的にされているから、その性質の事務に関する情報についてはそういうおそれがすごくなって、非常に限定的な解釈ぶりになりそうだが、これと極めて3号と4号が対照的である。広くいろいろな情報をとらえるのだとしたら、もう少ししぼりをどこかでかけたほうが運用としてはいいのではないかという気はちょっとする。
○小早川座長 3号と4号ではまたちょっと違うかなと思うが。3号で今言われたように、現在は別に外務省と防衛庁だけではなくて、あらゆる省が国際交渉をやっているので、それがその保護に値しないか、あるいはもっと厳しくしていいかというと、必ずしもその差はつけにくいかなという気はする。4号について、法務省、警察庁が主張するならわかるが、他の各省がこれを出すと犯罪が増えるからということを主張しても、あなたはどういう資格でそういう判断をしているのかというと、別に特別の資格があって主張しているわけではないというのがかなりあるような気がする。それも最近少し整理されてきたのかもしれないが、さっきの民間企業の印影にしても、見方によっては4号にひっかかってしまう。でも、それはもともとの立法趣旨からすると少し違うかなという気がするわけで、そのへんの問題はあるのかなと思う。
三宅委員 4号は、私は立法経過はよくわからないが、もともと結構広くしたのは、刑事訴訟法の改正を最初は考えていたのか。刑訴法の53条の2がなくても、4号で十分いけるという感じなら、これぐらいになってもいいのかという規定ぶりに思えなくもないが、関係法律の整備等に関する法律で、訴訟に関する書類と証拠物は全部除外ということになったから、実質は刑事関係で、本来なら5条4号に当たるようなものが全部除外で向こうにいっているから、なおかつ、ここが間口が広いと、除外になって空いているところにいろいろな各省庁のいろいろなものが入ってくるという、審査会の委員をなさった感覚を外から見ていると、何かそんな感じもちょっとする。
小早川座長 いや、間口が広くなったから入ってきたのかどうかわからない。
 いかがか。
曽和委員 3号、4号の定め方が、行政機関の長に裁量を認めているので、非公開部分が広範過ぎるという批判はあるかと思うが、資料で見ると、実際に即して個別に判断しているということなので、それはそれでいいのかなという印象だ。ただ、1つ、3号、4号の対象となる情報は、時間の経過によって公開をすべき必要性が高い文書というか、国家の基本政策にかかわるという文書が多く含まれているので、この情報公開法の守備範囲かどうかはわからないが、歴史的文書あるいは重要文書として、一定期間後は公開するシステムを、何らかの形で工夫できないかなと思う。少なくとも、例えば20年たつと、非公開にしなければならない立証責任を行政機関の側に強く課すとか、あるいは、原則公開の別の法制度を整備するとかいうような形で、制度を改善すべきである。ここにあるのは時間の経過によってほとんど支障がなくなる可能性の高い情報が多いのではないかと思う。外国では、時間の経過によって公開するのはむしろ少数だという報告だが、一定期間後の公開制度を持っているところとして、アメリカ、カナダ、イギリス、フィンランドが挙げられている。そこに日本が並べられてもいいのかなと思う。
三宅委員 今の指摘は、国立公文書館法の改正とか、文書管理法の策定というところにかかわってくると思う。今だと30年以上というルールだ。30年で一応「以上」が付いているからもっと持てる。そこを例えば50年たったら、全部文書は国立公文書館に移管すると。50年でもう現用文書でないという取扱いをして、それについてはその時点で国立公文書館の基準での開示・不開示の判断が一つはあると。もし必要だとしたら、その文書についてコピーをとるなり、電子データで置いておけば、役所の仕事はそれで対応できると思うので、文書の原本性の保存という観点からも、そういう文書移管のルールを決めて、それで何年かたった時点で開示するかどうかというそのへんのことを総合的に判断したほうがいいのではないか、この検討会で可能であれば考えられないかと実は思っている。それは私と宇賀委員と入っていた公文書等の適正な移管・保存・利用に関する懇談会の報告書の中で、最終的にどこまで提言をするのかというので、文書管理法の制定までは手当するところまでは構想が練れなかったが、少なくとも国立公文書館法の改正で、ある程度情報を公文書館に移管しやすいようにという手当でとどまった。根本的には、国立公文書館には非現用文書しか移管できないということになっていて、現用文書はすべて関係省庁にあるということだと、30年以上で常に使う文書は個々の省庁が抱えていて、あまり見せられないというような発想にやはりなるので、ここはどこかで年限を区切るという時限秘のルールを入れるとしたら、情報公開法ではなくて、文書管理法の30年以上とか、「以上」を取るとか、それから、国立公文書館法の「非現用文書に限る」という限定を除くような、そのへんの手当を少し考えて提言する必要はないのだろうかということを少し思ってはいる。
小早川座長 具体例を挙げると。北方領土問題は何十年たっても一向に古くならないというのがある。
三宅委員 河野外務大臣とフルシチョフとの会談はたしかそうだ。
小早川座長 そうだ、というのが外務省の言い分だ。ただ、そういう言い分を例えば今の話だと、30年なら30年たったところで、第三者機関の前で言わせて、審査会でもいいが、そこでオーケーが得られなければ、原則どおり公文書館だというような特例許可制のような仕組みはあり得なくはない。それをいつまでも行政機関だけの判断で抱え込めるというシステムはいかがかと思う。
三宅委員 もう一点は、審査会のインカメラ審査は実際にもかなり活用されているということで、審査会答申で、「これこれについて見分してみると」というので、インカメラ審査がされたんだと読んでいる。これが裁判所に行くと、ここの規定はすごいハードルになって、行政機関の長が認めるのが相当だということだから、結構ここの判断が遠慮がちになる。私はインカメラとかヴォーン・インデックスの手当をやはり裁判所でもできるような形にすると、審査会が有効に実際に活用されているというインカメラ審査のところが司法判断にいけるのではないかと思うので、ここの条項との関係で言えば、審査会のインカメラ審査を評価するのであれば、司法判断に何かそういう手立てができやすいようなことを少し考えれば、少し風穴が開くかなという気はする。
小幡委員 先ほど曽和委員の言われたことと三宅委員が言われたことに続けて言うと、審査会では、おそらく「相当の理由」というその裁量のところはあんまり効いていなくて、ほとんど意識しないで、おそれがあるかどうかというのをまさに見ていると思う。条文の「相当の理由」は確かにあまり効いてこない。行政不服審査法レベルでは、それはそのほうが然るべきだと思うし、それはインカメラだからというのはもちろんあるかもしれない。しかし、裁判所では、ここの資料の7ページにも立証責任とかそういう話、そもそもインカメラではないからというのがあると思うが、やはり裁量がかなり効いてくるのではないか。行政機関の長が「相当の理由」があると言っている以上は、裁判所は確かに入りにくいなと思う。そこは審査会とはかなり差があるのではないかという感じがしている。となると、やはり条文に置くか置かないかというのは、宮城県で争いになっている例ではないが、裁判所レベルにいくとやはり大きく効いているという実態があると思う。それでよいのかどうかというのが、たぶんここでの問題提言だろうと思う。
  行政機関の長の裁量が強いと、3号と4号の「公共の安全と秩序の維持」というところが広げられてないかというあたりが問題になるであろう、特に裁判所へいったところで。そのあたりの資料はあまりないか。
小早川座長 さっきの私が言ったような、ほかの行政機関が、庁舎管理上、これを見せられると泥棒が入るよというような話はこの4号で出てくることもある。しかし、その場合に裁量というか、審査会のほうが腰を引くということはまず考えられないわけで、それは経験則に照らしてどうかという話で決まる話だと思う。ただ、審査会も、やっぱり「相当の理由」の文言があるから、今のようなケースは別として、本来、3号、4号でカバーされるべきものについては、多少安心してオーケーを出すというところは、それはあるとは思う。それがまさに立法の趣旨だったのではないか。
三宅委員 現実問題として、「相当の理由」を除けと言っても、なかなか難しいだろうなという感じがちょっとするものだから、手続的に何か手当ができるというほうが通りやすいかなという気がする。本当は立法のとき「相当の理由」があると、これは絶対こんなのは出なくなるからけしからんと随分言いましたけれども、なかなか状況が状況だし、難しいところもあるかなという気もちょっとしている。
小早川座長 先ほどの裁判所のインカメラなり、ヴォーン・インデックスなりの仕組みを考えよというのは、当否はともかく、そういう論点があったので、また別のところで議論をされると思う。
  3号、4号については、その程度でよろしいか。

(休憩)

小早川座長 それでは、再開する。次は資料4と5「審議・検討情報、事務・事業情報」について。
山内室長 (資料4・5に基づき説明)
小早川座長 5号のほうだが、何か特にご指摘はあるか。
曽和委員 自治体の条例などでは、「公にすることより当該審議における率直な意見の交換が損なわれる」とかそういうような文言になっているところもあって、この意思形成過程情報あるいは審議情報についての非公開は、当該審議が終われば、大体支障はないという割り切りがあるところが多いようだ。法律では、その当該審議というような限定はないが、実際の運用はどうか。審議をしている途上での適用に限られているのか。
小早川座長 そこは審議・検討・協議というのは、みんなそれぞれ一定の大きさを持ったものだろうが、その大きさをどうとらえるかにもよるのではないか。
曽和委員 結論が出てしまった後はどうかという話だが。
小早川座長 結論が出てしまったらいいのではないか。使えないし。その後の同種の話云々というようなのは、これはまた別のところで、3号なり6号なりでということなのではないか。
藤原委員 「詳解情報公開法」の解釈では、今、座長がおっしゃった、その将来というところに含みを残す、影響があり得る場合を何か認めるとなっていたと思う。
小早川座長 そういう問題ある書き方をしていたかね。
曽和委員 会議録で、もうその会議は終わっているからいいじゃないかということになると全面公開になるけれども、後に公開されることがわかっておれば、次の会議から発言しにくいとかというような場合を含むということか。
山内室長 コンメンタールに書いてあるのは、その意思決定が政策決定の一部の構成要素である場合とか、意思決定を前提として次の意思決定が行われるなど、審議・検討等の過程が重層的・連続的な場合というのが1つ。決定後であっても、本文に該当するかどうかの検討が必要だと。
小早川座長 それは広い意味では、まだその案件は終わってないというケースであろう。
西鳥羽委員 「将来の」というのを条例では入れるところが多かったので、意思形成情報と事務・事業情報とがごっちゃになってしまったのだろう。「将来の」を削ったのはよかったと思うが、今、曽和委員が言われたように、結局、5号は暫定的不開示情報であるはずであって、そうすると結局、6号の情報の性質から見た不開示性はまだ判断してないことになる。どうも、そういうふうに考えると、5号の存在意義が何か一つ。確かに必要な気はするが、終わるまでは、ちょっと暫定的に不開示にせざるを得ない情報はあると思う。5条5号を主張してきて、これが否定されたから、では開示に持っていくことになると、ちょっとこれも情報の性質から見ると問題が出てくるような気がする。そうすると、何かそこら辺の混乱を回避するような手立てがないのかなと考えたが、うまい考えは思いつかない。
小早川座長 5号に当たらないからすぐ開示だということには多くの場合はならないと思う。その意味では5号はちょっと待ってください、さしあたりはこういうことでだめだと。
西鳥羽委員 その判決に、意思形成が終わったら開示だよという意味も含まれているのであれば、また、それでいいと思うが。その趣旨で定着していけば問題はないと思う。
小早川座長 そこは5号だけで不開示にするか、それともほかと併せてやるかという運用の問題もある。
西鳥羽委員 不開示にするには、5号と6号を必ずひっくるめて、あるいは 5号とほかの不開示事由と必ず結合させてこなくてはならないような扱いになるが。
小早川座長 終局的な、全面的な判断をもとにやるとすればそういうことになる。
西鳥羽委員 この5号自体非常に少なくて、運用上、別にまさしく混乱を生じさせるおそれがないようだから、それはそれでいいかと思う。
小早川座長 6号にいきたいと思うが、こちらはどうか。
  これは柱書きとイロハニホの関係について、立案過程では、そう統一されなかったのか。要するに何だって開示されてしまうと事務担当者はやりにくくなることはいろいろな場面であるけれども、一般にそうだからといって、それだけで不開示になるわけではなくて、何かもっと事務の特質を、それは主張立証責任みたいなものが行政側にあって、これはどういう意味で特別なんだということを言わなければいけない。その特別の場合と典型的に考えられるのがイロハニホであると。それに準ずるような、また何かきちんとした説明をしないと柱書きでもだめだよというふうに、何となくそう思っているのだが、必ずしもそういうふうに意志統一されていたわけでもないのかな。
藤原委員 そこはそういう考え方と、バスケットクローズを残したというふうに、柱書きを見て例示にすぎないという考え方とで、統一は必ずしもされなかったような気がする。
小早川座長 なるほど、そうなのだろう。そうすると、実際の運用ではどうだろうかということになるが、この柱書きを使った数の上でデータは出るのか。
山内室長 データは取ってない。具体的な例としては、8ページ以下に柱書きを使ったことに対する答申・判決などというのはある。
藤原委員 今の点に関連して考えてみたが、個人情報保護法のときにここを改正したのではないか。文言を付け加えたというのが、やっぱり特定の事務については、特別の支障があるんだということになれば、先ほど座長がおっしゃった考え方が前提にあるという理解のほうは理解しやすいのかなと思った。柱書きを例示であると割り切るのなら、特に特定の文言を付けることにこだわることはないのかなと思ったのでだが、その辺は立法の趣旨は違うのか。
山内室長 「要綱案の考え方」では、列記された事務・事業は用語に想定されるものを例示的に書かれたものということで、その他すべての個別の事務・事業が本号の対象となる、といった考え方は示されている。
藤井政策統括官 単なる例示以外のなにものでもないので、ただ、結果的に誘導効果は出てくるかもしらんということではないか。
小早川座長 そこは立法趣旨はどうだったかという話と、結果がこれでいいかということだろうか。今のところ、まだそんなにたくさんあるわけでもなくて、ここには幾つか例が挙がっているが、一つ一つ見れば、これも審査会の立場で言ってしまうと、それなりに理由があるということかもしれない。
 ほかにはいかがか。一応の検討は済ませたということでよろしいか。
 次は「部分開示」。
山内室長 (資料6に基づき説明)
小早川座長 それでは、どうぞ議論を。まず、例の最高裁判決はどういう射程なんだということか。
藤原委員 当時の大阪府条例に対する判決のはずだと考えているのだが、なかなか下級審に対する影響力があって、今日の資料で、例えば7ページの仙台地裁は、情報公開法の話で、情報公開法についても1号以外で単位論をとっている。ただし、最高裁は最近になって少し傾向が違うという感じがする。たぶん意図的だと思うが、単位論を使う場合を絞るのかなという例を最近みた。
三宅委員 確か直近の「判例タイムズ」に、情報が他の情報と共通する部分については、独立一体的情報としてとらえないという判決が出ている。だから、情報が他の情報と共通するものについては独立一体的情報ととらえられないから、共通でないものについては一体ということで、氏名については、確かほかの文書にも同じように出ている情報については一体的にとらえられないようなことを、調査官が「判例タイムズ」の解説の中で少し書いたのはある。ただ、それで全部いくのかどうかがまだわからない。
曽和委員 宮城県条例に関する事例だったか、校長の出張記録を独立一体的情報としてとらえるのでなくて、等級とかの部分だけを非公開にして、あとは氏名も含めて公開しなさいという最高裁判決があったが、大阪府条例についての判決と矛盾しないのかどうか。最高裁は事実上、独立一体的情報論について見直しを始めているのかなという感想を私も持っている。
小幡委員 あれは、本来が大阪府条例の話で、国の情報公開法ができてそこにはきちんと明文があるので、大阪府条例についての判決は関係ないと考えればよいと思ったのだが。実際にはどうなのだろうか。その後、傾向が変わったとそれほどはっきりしたことは言っていないのではないか。
藤原委員 名古屋の交際費ぐらいまでは大阪の最高裁判決を繰り返していた。ただ、何か最近の判例などを見ると、どうもはっきりと独立一体説をとると言い切ってないという感じがする。
三宅委員 愛知県知事と名古屋市長の交際費のときまでは、明確に最高裁判決の流れで繰り返していたのが、「判例タイムズ」に出ている判例の中では少し変わってきている。ただ、私が今やっている静岡県知事の裁判では、現金出納簿の相手方の部分だけ非公開になったのだが、それと一緒に支出命令書なり、支出伺い書が全部非公開になっていたので、その部分公開義務をちゃんと適用して開示しなければいけないのではないかと、上告理由書と上告受理申立書を両方出したら、部分公開の規定については審議しないという決定になった。それは現金出納簿については相手方のところだけ非公開の部分公開を前提に判断しましょうということだけど、支出伺い書は全部非公開なので、最高裁が判断しないとしたように、それはもう全部非公開でいいという判断にもなってしまう。だから、まだ独立一体説は、条例のレベルではまだ生きている。それを国のこの6条1項と2項があるのではどうかということにはなる。一般に訟務検事さんは最高裁の判決に乗るのが一番書きやすいものだから、とにかくいろいろな国相手の裁判では、この平成13年3月27日の判決が出た後は、一斉に国側の主張でも出されているというのが実態。それを少し打ち破る下級審の判決があるのと、でも、それにべったり乗ってしまうというか、そのまま従っていく判例がまだかなりあるので、ここはちょっと悩ましいところである、本当は。
小早川座長 この検討会でどういうものの言い方をするかであるが。
三宅委員 私は情報公開を一番最初に勉強したときに、東京都の条例制定のときに、西尾勝先生が小委員会の委員をしていて、それが公開されていたから傍聴していたら、部分公開義務規定こそ大事だということを強調されたのがずっと記憶に残っている。原則公開の趣旨が一番反映されるのはここだと。ああ、そんなものかといってちょっと若い頃に聴いた記憶があるので、そういう念頭でずっと考えていたところが、最高裁の判決がそうではない考え方だったものだから、あれという感じがしたのは確かである。
曽和委員 大阪府は、運用としては、現在でも、部分公開をかなりやっている。
三宅委員 ヒアリングのときも、この判決はあまり意識してなくて部分公開をやっているような話をしていた。
  さっきの6条1項にもかかわるが、もしも条文をちょっといじるとすると、6条2項を5号1項の元に戻してあげるというのはどうか。要綱案で言うと、1号のロにあるから、5号1項の中のただし書の中に入れるということ。そうすると、6条1項だけが残ってしまうが、それで全く個人情報についての部分公開もしなくなるとまずいなと思う。要するに、この部分公開規定こそが情報公開の説明責務なり、情報の公開性をする中で重要な規定なのだという何か解釈規定みたいなものを少し6条2項あたりに入れられないかなということをちょっと考えたりはしている。もちろん、ここの報告書なりできっちり従前のこの条文の意味みたいなものをもう一度まとめるというのができれば、それはまず大事なことだと思うが。
小早川座長 これからいろいろ議論をしていかなければいけないとは思う。6条1項が、部分公開義務という場合にも、分けて公開するというのと、それからマスキングをして公開するというのと、私は両方違うことだと思う。
三宅委員 分けてというのは?
小早川座長 第1節は出せる、第2節は出せないというふうな。
三宅委員 ページ単位とか。
小早川座長 そう、ページ単位とかで。
三宅委員 マスキングというのは不開示部分のみ黒塗りをすることか。
小早川座長 マスキングはその中のうちの名前なら名前、何月何日とかいうそれだけをマスキングするとか。
三宅委員 もしそうだとすると、個人のところの名前だけ消してということもあるのか。
小早川座長 それが2項だ。
三宅委員 あとは法人についてもあり得るかというのがちょっとあると思う。法人はかたまりでというのが最初にあったから、識別でマスキングというのは全くなかった。さっき言ったように、事項型と定性型が明確に分かれないとしたら、個人について識別するというなら、法人についてもマスキングするということを別途6条3項でも書くという方法がもしあれば、個人情報も法人情報もとにかくマスキングするんだということで最初に操作することになる。そういう施行のやり方を考えると、個人情報と法人情報は違うという言い方にはならないけれども、判断が少しやりやすくなるかなとも思う。
小早川座長 6条2項は、全く概念的な意味で必要な規定である。個人情報はいくらマスキングしても、個人情報という性質が変わるわけではなく、それに対する手当だ。それはマスキングしたら、その開示がどういう意味を持つことになるかというところまで立ち入った話ではなく、もっと概念的なレベルの話。その規定が本当は分けて別にあったほうがわかりやすい。
三宅委員 本当はそうだと思う。ただ、さっきの話につながるが、5条1号本文後段で、マスキングしても、なお個人の権利利益を害するかどうかの判断をするという操作をするとなると、結果としては、法人であっても同じになるのではないかと思うので、個人情報だから事項的不開示事項として特別扱いをするというところが、5条1号後段本文の現実の運用を考えると、少し不明確になっているのではないかなと思う。その運用をもし前提とするとしたら、どこかで法人でも同じようにという議論が出てくるような気がする。
  いずれにしても、最高裁もこのままでは少しまずいなと思っているけど、どうも直しにくいという感じで困っているのではないかと思う。私はどちらかというと「法曹時報」の調査官の書きぶりを読んでいると、何の資料もないから、とにかく文理解釈をきっちりやって、平成6年の判決の結論に妥当な結論を平成13年3月27日判決に書くにはああいう流れになったのかなという感じがする。
小早川座長 最高裁も今何を考えているかということもあるので、どういうタイミングで何をどう言うのか。この検討会としては、まだ時間があるので、もうちょっと様子を見てもいいかなと思う。
  「有意の情報」については何か特に不都合というか、もめるような論点があるか。
山内室長 実際に行政機関がどこまで部分開示を細かくする必要があるのかといったところだと思う。例えば5ページにある「判決、答申の例」として、様式は有意の情報に該当しないとされた例があったり、次の6ページの真ん中には、「要望書のうち不開示情報に該当する部分を除く部分は、審査請求人である特定団体に限らず、開示請求を行う者にとっては有意の情報である」という判断がある。その開示請求者本人が必要と望むものなのか、一般的に有意のものなのか。あるいはその有意という場合に、どの程度までを部分開示するものなのかといった論点だ。
小幡委員 誰にとって有意かということだ。
藤原委員 いわゆる主観か客観かという話だが。
小幡委員 情報として、誰が開示請求しても同じだと……
小早川座長 有意というのは、人によって違ってくるから、哲学的に言えば、人によって違う。
曽和委員 これは意味があるかどうかというよりは、無意味ではないというぐらいでしか読めないのではないか。個別の意味は、人によって、本当に多様であり得るわけだから。
小幡委員 すべて有意というものについての解釈になる。条文自体が有意と書いてあるから。
曽和委員 先ほどの書式などはすでに公表もされているし、それだけを残して部分公開する意味がないというのはわかる。あと、この情報のこの部分に意味があるかないかというのは、誰か意味があると考える人がいれば、それはやっぱり「有意の情報」というような方向で考えるべきなのではないか。
小幡委員 条文にどう表すのか。それは表しきれないか。
曽和委員 これはこのままでいい。この法意は、要するに全く無意味な情報だけを残したような部分公開というのまでをも義務付けているわけではないということであろう。
三宅委員 さっきの5条3号とか4号と違うのは、「行政機関の長が認めることにつき」と規定されているのではなく、「記録されていないと認められるときは」となっており、主体が特定化されてないところにある。請求者から見てもそれが判断できるという意味があるかどうかを、有意の意味を先ほどのように広げるとしたら、もう少し明確にしたほうがよいのではないか。解釈基準みたいなものである程度いけるかなという気はする。
小早川座長 誰かにとって意味があり得るのであればそれが有意だということをもう一度はっきり言うというのは意味がある。
  そうなってくると、ただし書自体が有意かどうかというのもある。結局綱渡りで、行政機関側としては、これを開示しなくても誰も文句を言わないだろうと思ってやるわけだ。でも、誰かが手を挙げて、いや、それを見たいのだと言ったら、そこでもう崩れてしまうわけだから、ほとんどね。
曽和委員 何ページあるかがわかるだけでも意味があるという議論をすると、全面を黒塗りしても、有意なのかどうかという議論はある。私はそこまでは有意の範囲はないのではないかと思うが、そう主張される方もいる。
小幡委員 そうすると、主張したら、その人がそう思うということで有意性が出てくる。
小早川座長 それは、例えば、首脳会談でどれだけの会話があったのかというのは、非常に有意だ。ダンマリだったのかとか。
西鳥羽委員 日本語が何ページとか。
小幡委員 そういうのは有意だ。警察の個人情報的な情報公開などでは、捜査した状況の記録などの場合、どのぐらいのページ数があったのかというのを出してしまうと、もうそれは捜査の状況の一端を出してしますことになる。その場合は、警察はもちろん非公開を主張するが、その場合はまさに有意であると考えるからだ。つまり、この様式だけのページ何枚というのがわかるだけで何か意味があるのだと。
西鳥羽委員 そうすると、そういうことを有意と感じない請求者Aが請求して、有意ではないというので不開示になった後、それを有意と感じている請求者Bが請求したときには、また同じ不開示結果になってしまうのだろうか。請求者の意味がちょっと問題になってくるのか。
曽和委員 その警察のデータの場合だと、ボリュームが多いということは、かなり詳細な調査があるということが明らかになって警察活動に支障があるという主張をして全面非公開になるのではないか。
小幡委員 確かに、そうなる。その場合、そこの情報がまさに有意ということだ。今の例は警察の行政だが、他の分野でも同じような場合もあるかもしれない。
西鳥羽委員 誰にとって有意かというと、最初の請求者と次の請求者で価値判断の違いがあると、確定した不開示結果がね……。
小幡委員 誰かにとって有意ならば有意だというと、請求者が誰かによって変わってる。
山内室長 5ページにコンメンタールの抜粋が書かれているが、(参考)のところに、「有意」性の判断は、請求の趣旨を損なうか否か、あるいはその開示請求者が知りたいと考える事柄との関連によって判断すべきものではなく、個々の請求者の意図によらず、客観的に決めるものとしている」というのが、立案当時の考え方だ。
小早川座長 言葉で言うとすれば、こう言うしかないが、正直なところはどうか。
曽和委員 「客観的に」という意味は、やはり一般人を基準にということか。一般人というのがそんなに客観的なものかどうかというのはあるが。
藤原委員 ここを、その後、審査会ではそうは解していない。ケース・バイ・ケースだ。
山内室長 先ほどの6ページの例では、「特定団体に限らず、本件のように開示請求を行う者にとっては」という、ある意味一般的な基準をしている例もある。
三宅委員 審査会の委員の立場だと、全部非公開のままでいいとしたり、部分公開で少し出したほうがいいだろうとする場合の判断について、客観的な何かがやっぱりあるのだろうか。
西鳥羽委員 突き詰めて言えば、審査会の委員の方が一般人であるわけだ。
小早川座長 詰めて議論をしていくと、これは非常に難しい話になるのかもしれない。一般人よりもっと非常に神経の細かい人がいて、その人から見れば枠も非常に意味があるということがあれば、それはそれで証明できるわけだ。私にとってはこれがわからないともう夜も寝られないと言われれば、人類の中にはそういう人が1人いれば、それが証明できれば有意だということになってしまうのではないか。
  でも、そうではなくて、いや、それは言いがかりだと、絶対あなたは無意味なことを有意だと言い張っているにすぎないと言って、裁判官なり、審査会なりが頑張れる部分というのも、あるのだろうと思う。
三宅委員 何かもうちょっと客観的な基準にならないものか。個人識別は一般人基準が出たときに、かなりいいなと思ったが、今のようなのがもう少し基準化できるとすごく……。一般人の立場から、それでも、なおかつ特段の事情も考慮すると。
小早川座長 ページを全部黒塗りにするか、それともそこは不開示にするか。マスキングして開示するか、そこはもう不開示だと言って整理するかという問題は確かにある。あれなんかも、黒塗りにして出すことが有意性があると。10ページにわたって全部真っ黒ということがあるわけで、そのほかに何もない。わかるのは紙の大きさだけであるというときに、それでも出すかという問題だと思う。
  だから、そうなると、開示の方法みたいな感じもする。
三宅委員 コピー代が惜しくなければ、もらうほうはそっちをもらったほうが、何かやっぱりもらった感じがするのだろう。
曽和委員 ただ、行政実務的に言うと、そこまで考えなければならないとなれば大変だ。黒塗りした文書を用意する際、原本に墨塗りできないから、コピーをとって、それでまた黒塗りして、それをまたさらにコピーをとってという話があるので、この「有意」にそこまで意味を込めて準備する義務を行政機関に課していいのかという、逆にちょっと不安がある。
三宅委員 通常だと、「容易に」とかいう条文のところとかでかなりしているのではないか。
曽和委員 そういう枠だけとかページだけというのは、一般にはやっぱり「有意」に含めないほうがいいのではないか。それを「有意」と主張する方がいるとは思うが、行政機関がそこまでやるとしたら大変だと思う。
藤井政策統括官 5ページの(参考)のコンメンタールを見ていただきたい。ここでいっている趣旨は、第1段落では、単なる文字の羅列とか、記号の羅列だけであれば、それは無意味ということになるが、第2段落で、同時に開示される他の情報があればこれも併せて判断されるべきといっている。これは存否応答情報でもそうなのだが、例えば開示の請求の趣旨があって、その開示の請求に対してこれがこういう枠になっているとか、こういう表になっているからとかいうようなのが単独ではその表や枠は意味がなくても、開示の趣旨に対するレスポンスという情報が開示されるということで意味が出てくる場合もあり、また、後の調書なんかの件名だけでも、何々についての情報というところが同時に開示されて併せて該当部分についてあるのかないのかとかそういう情報自体、あるいはどういう構成になっているのかということが有意になってくる場合もあり、そういうようなところまでは、このコンメンタールでも一応気を配っては書いている。
小早川座長 同時に開示される他の情報という中には、開示請求書の記載は、文言上は入らないと思うが。
藤井政策統括官 そこは、存否応答情報と同じように正確に書く必要があるかどうかというようなところにもよる。ただ、現実には情報というものはそういう働きをしてしまうということだ。請求者がこういうものを欲しいということで、これはどういう墨塗りをしたかによってその違いがわかってしまうと。あるいは先ほどの小幡委員の発言にあったが、モザイク的な請求の場合、逆にわかってしまう場合もある。情報というのは、単に書いてある文言だけではなしに、いろいろな周囲の置かれている状況みたいなものとの関連で、それこそまさに多面的な意味が出てくるか、そういうようなとらえ方をさせるところの難しさがあるということだ。
  欄についても、こういう欄があって、ここの情報はあるのかないのかというような場合、それで一つの有意の情報になる。調書的なものと表みたいなもので、考え方はちょっと違ってくるのだろうという気はするが。表のような場合は、結構有意な場合が多い。例えば、欄が仮に残っているような場合は、欄の項目が、これは何についての項目だというようなことがわかる場合もある。
曽和委員 でも、その場合は、請求の趣旨といっても、請求者個人の意図ではないのではないか。
藤原委員 漠然としているが、やっぱり一般にそういうものは意味があると考えられるだろうという何らかの判断が。
小早川座長 一般にそれは意味があるというのは、結局、知りたいと思う人がいても不思議はないという意味ではないか。この人は知りたいかどうかはともかく、この人が知りたいと想定しても不自然ではないというぐらいのところではないか。この人と言う必要はない、一般人が。
西鳥羽委員 やっぱりここでも請求の趣旨、請求の目的的な観点がちょっと条文のあちこちの解釈によっては出てこざるを得ない。そこがちょっと制度上の苦しいところだ。
藤井政策統括官 この「意図」といっているのは、自分はこれについて知りたいのだというような意図ではない。今の「請求の趣旨」というのは、むしろ客観的な一つの情報のレスポンスとしてあり得るという、そういう事実のところを言っていて、そこはちょっと書き分けているつもりだろうと思う。あくまで前提は、客観的に判断してくれということだ。
藤原委員 ここらあたりは、自治体等にとっては、先ほどの曽和委員の発言にもあったが非常に重要だ。コピー代は払うと言えば、やはり100ページぐらい原本から写して、真っ黒にずっと塗ってまたコピーしてという手間をかけるかどうかというのは、自治体ではよく議論になるところだ。
小幡委員 そんなものをコピーすると怒る人もいる、コピー代はかかるのでこれは何だと。それは現場の職員の悩みでもある。有意かどうかわからないが、手間はかけて、できるだけ出すと、これはばかにしていると、怒る人もいるかもしれない。
三宅委員 そこは人によるところがやっぱり悩ましい。
西鳥羽委員 例えばこれは何ページの文章とか、いわゆる加工情報で対応するという手立てもよくないのだろうか。
曽和委員 それでは意味がないと請求者が言った場合は、やっぱり「有意」ということで、黒塗りだらけでも出さなければならないのだろうか……。ここは考えてみるとすごく難しい。
小早川座長 それは手数料問題で処理したらよいのではないかと言うと、三宅委員は怒るか。
三宅委員 いや、別に怒りはしないが。本人の意向が……。だから、一般人が知りたいと思っても不自然ではないという基準みたいなところかなという感じがした。
曽和委員 とりあえずはそれでやって、あと不服があれば、また争ってもらって、この有意性がまたもう少し判例で……
小早川座長 あとはどうか。最初に三宅委員が指摘した6条2項の立証責任の問題がある。あれは今までの議論である程度答えが出ているのか。
三宅委員 5条1項1号本文後段の文言の逆の文言だと思う。「個人の権利利益を害されるおそれ」があるというのとないというのと。だから、どう考えても、6条2項、ここの規定が難しい規定だと思う。
小早川座長 その証明責任を逆転させるためにはどう書けばいいのか。
三宅委員 「おそれがある」という文言を「おそれがない」の代わりにどこかに書いたほうがいいのではないか。
小早川座長 これは、5条のほうと同じにすれば、おそれがあるものを除きだろう。
  それはそう書けばよかったのかもしれないが、いずれにしても、この書き方だけから証明責任を決めてしまうというのは乱暴ではないか。
三宅委員 乱暴な判決が出ている。
小早川座長 それは基本的に部分公開義務についての意識の違いか?
三宅委員 意識の違いだと思う。つまり、6条1項がそういう義務を明確に定めたものでないという立場に立てば、原則公開の立場にはないということになるので、特に2項の要件に該当することを、請求者、原告側が立証できない限り仕方ないという結論になってくるのかなと思う。
小早川座長 その点は、検討会として何かの意思表示をするかどうか、これから考えたい。
  ほかにはいかがか。
  もうだいぶ予定の時間をオーバーしているので、残りは、公益裁量開示と存否応答拒否なのだが、これは今までの議論と切り離してもいいと思うので、次回に回すか。それから、あと理由付記がある。では、時間になったので、今日の議論はこの程度にしたい。これでもまだまだ議論し足りないと思われるので、そのへんをどうするか。本来これを3回やって、その後、具体的にどうすべきかという議論をするということだが、一応論点は出ている。その論点についてどのように考えるかというところを、せっかく今日も議論を一部分したので、なお言い足りないところを出していただくということも考えられると思う。ただ、その場合の問題は、やりとりが外に出ないとなると、この検討会自体の公開性の基準に照らしてどうかということもある。だから、一つのやり方は、今日の議論の足りないところについて意見を事務局に言っていただき、それを次回の資料としてまとめて出しておくと。それについて改めて議論をするかどうかはともかくとして。そのようなやり方も考えられる。
藤井政策統括官 この議論の内容自体は公開している。それから、事務局にいただいた意見は、お許しをいただければ、その趣旨の要点をちょっと整理したものを、きょうの資料に加えて、追加されたご意見も加えたものとして、次の審議の参考にしていただくというやり方もある。いただいた意見は資料として蓄積し、そのまま公表することも考えられるが。
小早川座長 詳しければ詳しいほど全員が全部読むかというと、そうでもないわけだから。そこは、事務局で適当に整理もしてもらい、今後の議論に役立てるというようなことでやろうかと。そういうことでよろしいか。
  そういうことで今日の議論は一応閉めたいと思う。次回は、本日積み残しの部分と、それから本来の予定の開示請求、不服申立の手続のあたりを主にして、引き続き個別の論点の検討を続けていきたいと思う。
  では、最後に事務局から連絡事項はあるか。
山内室長 次回の会議は、1019日(火)の10時から14時までを予定している。
小早川座長 それでは、これで第6回の会議を終わる。
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