医薬品に関する行政評価・監視結果に基づく勧告


−安全対策を中心として−

 

 

 

 

 

 

平成13年6月

 

総務省

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前  書  き

  医薬品は、人の生命と健康を守るために不可欠なものであり、有効性・安全性が確保された医薬品の開発と安定的な供給が要請されている。
  国は、医薬品の品質、有効性及び安全性を確保するため、薬事法(昭和35年法律第 145号)に基づき、医薬品の開発、生産及び流通に関して種々の規制を行ってきたところであるが、医薬品の開発に向けた臨床試験の実施、製造承認の審査及び市販後における安全性の調査等の過程において医薬品の総合的な安全対策を一層推進する観点から、平成8年に薬事法の大幅な改正を行い、製薬企業等に対し、1)国際的な水準にも調和させた医薬品の臨床試験の実施基準の遵守、2)市販後における安全性の調査等の実施基準の遵守、3)副作用に関する情報の報告を義務付けるなど医薬品に係る安全確保対策の基本的な枠組みが形成され、今日に至っている。
  近年、科学技術の急速な進歩に伴い効き目の優れた医薬品が開発される一方、時に重い副作用をもたらすものが増大している。医薬品の使用に伴う健康被害の発生・拡大を防止するためには、製造承認を適正に行うことは当然のこと、市販後において医薬品の副作用等に関する情報等を迅速・的確に収集することや、これらの情報を医療関係者及び国民に対し迅速・正確に、かつ分かりやすく提供することが求められ、副作用等による健康被害が発生した場合には、適時・適切に救済することが求められている。いわゆる後発医薬品については、このような観点からの適切な対応や医療関係者からの信頼性の確保による有効活用が求められている。
  さらに、厚生労働省が推進している医薬分業について、薬剤の服用歴の管理及び服薬指導を適切に実施することにより重複投薬や薬の併用による相互作用を回避するという分業本来の目的が十分達成されていないのではないかとの指摘もみられる。
  この行政評価・監視は、医薬品の安全性の確保及び適正使用の一層の推進を図る観点から、医薬品の安全対策、臨床試験の被験者確保対策並びに後発医薬品の有効活用及び医薬分業の実施に係る各種施策の実施状況を調査し、関係行政の改善に資するため実施したものである。


目      次


 医薬品の安全対策の充実・強化
(1)  副作用情報の収集の充実・強化
(2)  患者への医薬品情報提供の在り方の見直し
(3)  医薬品機構の救済給付事案に関する情報提供の充実
 治験の被験者確保対策の充実
 後発医薬品の有効活用の推進
 医薬分業推進施策の在り方の見直し


  医薬品の安全対策の充実・強化
(1)  副作用情報の収集の充実・強化

  医薬品の製造、輸入等を行おうとする者(以下「製薬企業等」という。)は、薬事法(昭和35年法律第145号)第13条、第14条等に基づき、厚生労働大臣の承認を受けなければならず、製薬企業等から医薬品の製造等の承認の申請があった場合、厚生労働大臣は、申請に係る医薬品の成分、分量、用法、用量、効能・効果、副作用等を、申請書に添付された資料(以下「承認審査資料」という。)に基づいて総合的に審査し、品質、有効性及び安全性が適当と認められたときに製造等の承認(以下「製造承認」という。)を与えることとされている。
  医薬品の製造承認の申請に際して、製薬企業等は、医療機関に対し、申請に係る医薬品を実際に人に投与してその効能・効果、副作用等を確認する臨床試験(以下「治験」という。)の実施を依頼し、その治験の成績を承認審査資料として提出する必要がある。しかし、治験に参加する患者(以下「被験者」という。)の数は限られ、また、被験者は原則として治験の対象とされる医薬品以外の医薬品を服用していないこと、被験者に合併症がないこと、高齢者、小児等は被験者から除外されていること等、治験は限定された条件の下に行われるものであるため、製造承認の際に明らかにされている医薬品の安全性に関する情報には限界がある。一方、医薬品が市販されると、それを使用する患者数は治験時に比べて大幅に増加し、患者の態様も多様化するため、治験の段階では知られていなかった重篤な副作用が発現する場合がある。このため、副作用による健康被害の拡大を未然に防止する上で、副作用に関する情報が製薬企業等や厚生労働省に迅速かつ的確に報告されることが重要である。
  このようなことから、厚生労働省は、市販後の医薬品についてその使用により発現したと疑われる副作用に関する情報(以下「副作用情報」という。)を収集する二つの制度を設けている。
  一つは、薬事法第77条の4の2に基づき、製薬企業等が、医薬品の副作用によるものと疑われる疾病、障害又は死亡(以下「副作用症例」という。)の発生を知ったときに、当該症例が、1)「使用上の注意」から予測できないものであって症状が重篤な場合には15日以内に、2)「使用上の注意」から予測できないものであって症状が中程度の場合又は「使用上の注意」から予測できるものであって症状が重篤な場合には30日以内に、厚生労働省に報告(以下「企業報告」という。)することを義務付けた制度である(薬事法施行規則(昭和36年厚生省令第1号)第64条の5の2)。
  もう一つは、「医薬品等安全性情報報告制度への御協力について(お願い)」(平成9年5月15日付け薬発第633号厚生省薬務局長通知)に基づき、すべての医療機関及び薬局の医師、歯科医師及び薬剤師が、任意に、副作用情報を直接厚生労働省に報告(以下「安全性情報報告」という。)する制度(平成9年7月発足)である。
  両制度における報告件数をみると、安全性情報報告が平成11年度5,502件であるのに対し、企業報告は同2万31件となっており、また、10年度に厚生労働省が製薬企業等に指示して行われた医薬品の「使用上の注意」の重要な改訂122件のうち109件は企業報告のみが改訂の端緒となっているなど、企業報告が副作用の情報源として大きな役割を果たしている。
  なお、製薬企業等は、薬事法第77条の3第1項に基づき、副作用情報など医薬品の適正な使用のために必要な情報を収集・検討し、病院、薬局等に提供するよう努めなければならないこととされており、製薬企業等にこれらの業務を適切に実施させるため、特に医療用の医薬品(注)については、医薬品の市販後調査の基準に関する省令(平成9年厚生省令第10号。以下「市販後調査基準」という。)により、情報収集体制の整備、企業内教育等に関して遵守すべき事項が定められている。
  また、病院等の開設者や医師、薬剤師等の医薬関係者は、薬事法第77条の3第2項に基づき、製薬企業等が行う医薬品の適正な使用のために必要な情報の収集に協力するよう努めなければならないこととされている。
(注) 医師若しくは歯科医師によって使用され、又はこれらの者の処方せん若しくは指示によって使用されることを目的として供給される医薬品。ただし、服用や注射することのない体外診断用医薬品(尿中の糖や蛋白の検査に用いられる試験紙など)等は、市販後調査基準の適用対象品目から除外されている。

  今回、34製薬企業等における副作用情報の収集・報告状況並びに61医療機関(病床数200床以上)における製薬企業等及び厚生労働省に対する副作用情報の提供・報告状況を調査した結果、次のような状況がみられた。
  34製薬企業等が平成10年度及び11年度に行った企業報告について、副作用症例が発生してから製薬企業等が当該症例の発生情報を入手するまでの期間を調査したところ、その期間を把握できた15製薬企業等における副作用症例119件のうち、その期間に半年以上を要しているものが6製薬企業等において12件(最長4年7か月)みられた。この中には、製薬企業等が医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構から副作用被害についての救済給付(後述13)参照)の支給決定の通知を受けるまで、自社の製造した医薬品の副作用により死亡した症例が発生していた事実を2年以上把握していなかった例もみられた。
  なお、厚生労働省は、医薬品の市販後における安全対策の改善のため、平成12年12月、市販後調査基準を改正し、新医薬品(注)を対象として「市販直後調査」を実施する仕組みを新設した(平成13年10月1日施行予定)。この調査は、新医薬品の市販直後に発生した重篤な副作用等の症例を、迅速にかつ可能な限り網羅的に把握し、必要な安全対策を講ずること等を目的として、販売開始直後の6か月間、製薬企業等の医薬情報担当者が当該医薬品を使用する医療機関の医師等への定期的な訪問等を行うものであり(医薬品納入後2か月間はおおむね2週間以内に1回、その後はおおむね1か月以内に1回)、製薬企業等にとっては副作用情報の収集が義務付けられることになったものである。厚生労働省は、この市販直後調査が適切に実施されることにより、医薬品との因果関係が否定できない重篤な副作用等について医療機関からの報告の促進が期待されるとしている。しかし、当該調査は、前述のとおり新医薬品のみを対象とし、調査期間は市販開始直後の6か月間に限定されている。
(注) 有効成分及びその分量、用法・用量、効能・効果等が既承認医薬品と明らかに異なる医薬品。ただし、類似効能の追加等、市販直後調査を実施しない合理的な理由があるものは、当該調査の対象品目から除外されている。
  製薬企業等が副作用情報を迅速かつ的確に把握するためには、医療機関の協力が不可欠である。しかし、調査した製薬企業等に対する医療機関の協力状況をみると、製薬企業等が再三にわたり情報提供の協力を要請したにもかかわらず、医師が多忙である等の理由により医療機関の協力が得られず、厚生労働省に報告できなかった例や、報告するまでに長期を要した例がみられた。
  なお、製薬企業等における副作用情報の収集活動に対する医療機関の協力についての薬事法上の規定は、前述のとおり努力規定にとどまっており、義務付けとはなっていない。
  製薬企業等が行う副作用情報の収集については、前述のとおり、市販後調査基準が定められているが、医療機関が行う安全性情報報告や製薬企業等に対する副作用情報の提供については具体的な体制や手続に係る法令上の定めがなく、医療機関に対する厚生労働省等の指導等も特に行われていない。
  調査した61医療機関における副作用情報の収集体制等をみると、24医療機関(39.3パーセント)では、専任の薬剤師等を配置して医療機関内での副作用情報の収集・伝達を一元的に実施する医薬品情報室を設置するなど、副作用情報の収集・評価、製薬企業等又は厚生労働省への副作用情報の提供又は報告に組織的に取り組んでいる。
  一方、残り37医療機関(60.7パーセント)では、製薬企業等又は厚生労働省への副作用情報の提供又は報告は個々の医師や薬剤師の判断にゆだねられているため、医療機関内における副作用症例の発生件数や厚生労働省への報告状況等を組織的に把握しておらず、中には、副作用症例が発生していながら、担当医師が多忙なため失念していたとして厚生労働省への報告を行っていない例がみられた。
  なお、製薬企業等又は厚生労働省への副作用情報の提供又は報告に関して組織的な取組を実施していない医療機関に対し、組織的な取組の必要性について意見を聴取したところ、回答のあった19医療機関のうち18医療機関がその必要性を認めている。

  したがって、厚生労働省は、医薬品の副作用情報を迅速かつ的確に把握し、市販後における安全対策を適切に実施する観点から、次の措置を講ずる必要がある。
1)  製薬企業等が副作用情報の収集活動をより能動的に実施する仕組みを検討するとともに、当該活動に対する医療機関の協力義務を法令上明定することを含め、医療機関の協力を確保するための有効な方策を検討すること。
2)   医療機関による副作用情報の提供に関し、例えば、参考となる指針を策定し医療機関に提示するなど、その組織的な取組を促進するための方策を講ずること。

(2)  患者への医薬品情報提供の在り方の見直し

  医薬品は、その使用方法等を誤った場合、期待された効果が上がらないばかりでなく、副作用や相互作用等により深刻な健康被害を及ぼすおそれがある。このため、「薬剤師は、販売又は授与の目的で調剤したときは、患者又は現にその看護に当たっている者に対し、調剤した薬剤の適正な使用のために必要な情報を提供しなければならない」(薬剤師法(昭和35年法律第146号)第25条の2)こととされている。また、厚生労働省は、「薬事法等の一部を改正する法律の施行について」(平成9年3月27日付け薬発第421号厚生省薬務局長通知)により、「この情報提供は、口頭又は文書のいずれによってもよいが、調剤した薬剤の適正な使用のために、薬剤師としての専門的な見地から、薬剤の名称、保管上の注意事項、服用上の注意事項、効能・効果、副作用等について、個々のケースに応じ必要な情報を判断し、それらを適切に患者等に提供するものであること」を、都道府県を通じて医薬関係者に通知している。
  なお、厚生労働省は、保険薬局に係る調剤報酬においても薬剤情報提供料等を認め、薬剤師による患者への医薬品情報の提供を推進している。

  今回、61医療機関及び63薬局において、調剤した医薬品に関する副作用等の情報の患者への提供状況を調査した結果、次のような状況がみられた。
  厚生労働省が実施した「平成11年受療行動調査」の結果(概況)によると、医師から病気に関する説明を受けた患者のうち、「医薬品の副作用について説明を受けた」と回答した者の割合は、外来患者では15.8パーセント、入院患者では19.4パーセントにとどまっている。一方、平成10年度の厚生科学研究「医薬品等の適正使用のための情報提供ガイドライン評価に関する研究」において実施された薬局への来局患者を対象としたアンケート調査の結果によると、患者の75.0パーセントは副作用についての情報提供を求めている。
  しかし、患者向け説明文書の内容を把握できた48医療機関及び 43薬局における同説明文書についてみると、6医療機関(12.5パーセント)及び20薬局(46.5パーセント)では患者向け説明文書に副作用に関する事項を記載しないこととしており、このうち9薬局では、その理由として、副作用症状を具体的に記載すると患者が不安感を抱いて服薬しなくなるおそれがあることを挙げている。
  また、この患者向け説明文書の記述をみると、同じ医薬品でありながら、医療機関や薬局によって記載事項(医薬品の名称、保管上の注意事項、服用上の注意事項、効能・効果、副作用等)が異なっている例や同一の記載事項について表現が異なっている例がみられたほか、患者にとって理解が難しいと思われる医薬関係の専門的な用語がそのまま記載されている例がみられた。
  なお、患者向け説明文書の記載事項や表現方法などについて統一的なひな型を厚生労働省が示した上で、これに医療機関及び薬局の薬剤師が追加・修正を加えて患者向け説明文書を作成するような方法を導入することが望ましいとする意見が15医療機関及び15薬局で聴かれた。
  調査した61医療機関及び63薬局のうち8医療機関(13.1パーセント)及び6薬局(9.5パーセント)は、医薬品情報の提供を口頭での説明にとどめ、患者向け説明文書を用いては行っていない。目が不自由な患者の場合など、文書による説明が必ずしも適切でない場合もあるが、口頭のみの説明では、患者が医薬品の使用目的、使用方法や副作用などの内容を正しく理解できなかったり、失念するなどして医薬品が適正に使用されないケースの生ずるおそれがある。
  なお、厚生労働省の「平成8年受療行動調査」の結果によれば、医療機関の外来患者のうち、病気や医薬品について説明文書をもらって説明を受けた患者の方が、説明文書をもらわずに説明を受けた患者よりも、説明内容が「よくわかった」と回答した者の割合が高くなっている。

  したがって、厚生労働省は、医療機関及び薬局において調剤された医薬品を患者が有効かつ安全に使用するため、これに関する情報を患者に的確に提供する観点から、次の措置を講ずる必要がある。
1)  患者向け説明文書の作成について、副作用に関する事項を含めた記載事項やその記述の仕方に関する基準を策定し、製薬企業等、医療機関及び薬局に提示すること。
2)  医薬品に関する情報の患者への提供は文書によることを原則とするよう医療機関及び薬局を指導すること。

(3)  医薬品機構の救済給付事案に関する情報提供の充実

  国は、医薬品の副作用によって健康被害を受けた者に対し各種の給付を行い、本人又は家族の迅速な救済を図ることを目的として、昭和54年に医薬品副作用被害救済基金法(昭和54年法律第55号)を制定し、同法に基づき、医薬品副作用被害救済基金が設立された。その後、同法は、平成5年4月に医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構法(以下「医薬品機構法」という。)に改正され、同基金も医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構(以下「医薬品機構」という。)に改組された。
  医薬品機構は、医薬品機構法第27条及び第28条に基づき、医薬品の副作用による疾病(入院を必要とする程度のもの)、障害(日常生活が著しく制限される程度以上のもの)又は死亡について、医療費(医薬品の副作用による疾病の治療に要した費用のうち自己負担分)、医療手当(医薬品の副作用による疾病の治療に伴う病院との往復のための交通費、入院に伴う諸雑費等)、障害年金、障害児養育年金、遺族年金、遺族一時金及び葬祭料の7種類の給付(以下「救済給付」という。)を行うこととされ(注)、この給付に要する費用は、製薬企業等からの拠出金で賄われている。
(注) 医薬品機構が行う救済給付の対象となる医薬品の副作用は、医薬品機構法第2条において、医薬品が適正な使用目的に従い適正に使用された場合においてもその医薬品により人に発現する有害な反応とされている。ただし、がんその他の特殊疾病に使用される医薬品で厚生労働大臣の指定するものによる副作用は、救済給付の対象から除外されている。
  救済給付の請求は、医薬品機構法第28条に基づき、医薬品の副作用により健康被害を受けた者(死亡した場合はその遺族等)が請求書に診断書等の必要書類を添えて医薬品機構に行うこととされている。また、医薬品機構は、同法第29条に基づき、救済給付の請求に係る疾病、障害又は死亡の原因と医薬品との因果関係その他医学的薬学的判定を要する事項について、厚生労働大臣に判定の申出を行い、薬事・食品衛生審議会における審議の結果を踏まえた厚生労働大臣の判定結果を基に、救済給付の実施の可否を決定することとされている。
  平成11年度における救済給付の請求件数は389件、支給件数は289件、また、給付金額は9億2,041万円となっており、いずれもここ数年はほぼ横ばい状況となっている。
  なお、厚生労働大臣は、医薬品機構法第46条に基づき、医薬品機構に対し、その業務に関し監督上必要な命令をすることができる。

  今回、医薬品機構における救済給付業務の実施状況を調査した結果、次のような状況がみられた。
  救済給付制度においては、医師がその担当する患者に生じた症状を医薬品の副作用被害であると判断し、患者に救済給付制度を紹介することにより初めて、患者が救済給付の請求をするケースが多い。このようなことから、広く医薬品の副作用被害の救済を図るためには、医薬品機構が、過去の救済給付事案に関する情報を医療機関に的確に提供する必要があると考えられる。
  医薬品機構は、過去に救済給付の対象となった医薬品の副作用被害事例の中から主なものを選定し、その概要を掲載した冊子「給付対象となった主な副作用被害の概要」を全国の200病床以上を有している医療機関、都道府県や市区町村等の行政機関及び医師会等関係団体に配布しているが、この冊子には副作用の原因となった医薬品の名称は記載されていない。例えば、胃腸系障害に分類されている事例では、「30歳の女性が、出産後の感染予防のための抗生物質製剤により出血性大腸炎を生じ、約1週間入院しその治療を受けた」と記載されているのみで、原因となった医薬品の名称が記載されておらず、また、医薬品の副作用症例の内容も具体的に記載されていない。このため、医師がこれを見ても、自分が担当している患者に生じた医薬品の副作用と疑われる健康被害について、救済給付の対象となるか否かの判断を下すことができず、患者が支給要件を満たしながら請求の機会を逸するおそれがあると考えられる。
  また、当該冊子の医薬品の副作用被害に関する記載内容について28医療機関に意見を聴いたところ、13医療機関が、医師が救済請求の対象となり得るか否かを判断するための資料として、過去の医薬品の副作用被害の原因となった医薬品の名称を記載すべきである旨の意見を有していた。さらに、この13医療機関の中には、患者の副作用症状、副作用発症後の処置等の具体的な内容についても記載すべきである旨の意見があった。

  したがって、厚生労働省は、医薬品の副作用により健康被害を受けた者の救済を的確に行う観点から、原因となった医薬品の名称を含め、救済給付の対象となった医薬品の副作用被害症例の具体的な内容を公表するとともに、医療機関に提供するよう医薬品機構を指導する必要がある。


  治験の被験者確保対策の充実

  医薬品の開発の最終段階である治験は製薬企業等と医療機関との契約に基づいて実施されるが、この治験では、有効性及び安全性が確立されていない薬物を被験者に投与するため、被験者の同意を得ることや治験薬による被験者への危害発生防止に最大限努力することが重要である。
  このため、治験の実施に関しては、薬事法第80条の2において、1.製薬企業等及び医療機関は、医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令(平成9年厚生省令第28号)で定める基準を遵守すること、2.治験を医療機関に依頼しようとする製薬企業等は、あらかじめ、厚生労働大臣に治験計画を届け出ること、3.製薬企業等は、治験薬による副作用等について厚生労働大臣に報告しなければならないこと等が定められている。また、被験者の同意については、同省令第50条に基づき、治験責任医師等はあらかじめ治験の内容その他の治験に関する事項について文書により適切な説明を行い、文書により同意を得なければならないこととされている。このように、治験における倫理性と科学性の確保が図られる一方で、我が国においては、患者の治験への参加が得られにくいことなどから治験の停滞が生じているとの指摘がなされている。

  今回、厚生労働省及び治験を実施している54医療機関における治験の実施状況及び治験に係る広報活動の実施状況について調査した結果、次のような状況がみられた。
  製薬企業等と医療機関との治験の実施契約において確保目標とされた症例数(以下「契約症例数」という。)に対し治験が実施された症例数の割合(以下「実施率」という。)をみると、これを把握できた49医療機関における平成10年度の実施率は33.9パーセント(契約症例数2,301症例に対し実施された症例数781症例)で、実施率が40パーセント未満のものが32医療機関(65.3パーセント)となっている。中には、契約症例数に見合う被験者を確保できなかったため治験が長期化している例があるなど、被験者の確保が困難となっている状況がみられる。
  なお、医療機関において、平成10年度に治験の実施に至らなかった919症例についてその理由をみると、製薬企業等が示した被験者の選定基準に該当しないことによるものは591症例(64.3パーセント)であり、残る328症例(35.7パーセント)は被験者の選定基準に該当しているものの被験者の同意が得られなかったことによるものである。
  平成11年度の厚生科学研究「医薬品等国際ハーモナイゼーション促進研究」において行われたアンケート調査の結果によれば、「臨床試験に協力する場合、どういうことをしてほしいか」という設問に対して、「病院での待ち時間を少なくしてくれること」を希望する者が回答者の87.6パーセント、また、「医師がもっと時間をかけて診療してくれること」を希望している者が回答者の84.3パーセントとなっており、同研究の報告書では、「被験者に対する医療サービスの拡充が臨床試験を社会に定着させるために重要である」と指摘している。このようなことから、例えば、主として被験者の外来診療を行う治験診療部門の設置など、被験者に対する診療体制の整備を図っていくことも被験者を確保するための有効な方策の一つと考えられる。
  ちなみに、調査した54医療機関の中には、被験者への治験内容の説明や診療、採血等のために診療スペースを確保しているもの(1医療機関)、医師の診察日以外の日に被験者を診療しているもの(1医療機関)など、被験者が治験に参加するメリットを実感できるような工夫を講じているものが一部みられ、これらの医療機関では被験者の確保において一定の効果を上げている。
  治験を円滑に推進するに当たっては、治験の意義、内容等について、患者及び国民の十分な理解が得られていることが重要であるが、上記イのアンケート調査の結果によれば、「臨床試験について知っているか」という設問に対して、回答者の89.7パーセントが「聞いたことはあるが良く知らない」、又は「全く知らない」と回答しており、治験を含め、臨床試験が国民には余り知られていない状況がみられる。
  厚生労働省は、治験に関する国民向けの広報活動として、普及啓発用のビデオを作成して都道府県や医療機関等計684か所に配布し、治験の普及啓発に活用するよう要請するとともに、平成11年度から一般向けの普及啓発のための公開講座を実施しているが、治験に対する国民の十分な理解を得るに至っていない。
  ちなみに、上記のビデオが配布されている41医療機関のうち、これを活用しているのは7医療機関にとどまるなど、医療機関は治験に関する広報活動について積極的であるとはいえない。その理由として、医療機関は、治験に対する国民の理解が十分得られておらず、そのような中で広報を行うと患者に不安や誤解が生じ医療機関のイメージダウンにつながるおそれがあることなどを挙げている。

  したがって、厚生労働省は、治験の被験者を円滑に確保する観点から、次の措置を講ずる必要がある。
1)  被験者に対する診療体制の整備等治験に係る診療の充実方策の効果的事例を収集し、これを医療機関に提供すること。
2)  政府広報やインターネット等広範囲に伝達可能な媒体を活用するなど、治験の意義・内容について広報活動を積極的に推進すること。


  後発医薬品の有効活用の推進

  新医薬品として製造承認を受けている医薬品(以下「先発医薬品」という。)の有効成分と同一の化学構造式をもつ成分を同一量含み、投与経路、用法・用量、効能・効果及び剤型(経口剤における錠剤、顆粒剤、カプセル剤等製剤化された医薬品の形状)が先発医薬品と同一の医薬品は、一般に後発医薬品といわれている。
  後発医薬品は、先発医薬品と有効成分等が同一であることから、その製造承認の審査は、品質規格が先発医薬品と同等以上に設定されているか否か、人に投与したときに先発医薬品と同等の期待された効果を発揮するか否か(生物学的同等性)を確認する観点から行われており、治験データの提出を要しない等先発医薬品に比べて簡略化されている。
  後発医薬品に関しては、その適正な使用を踏まえた有効な活用が図られる必要があるとされており、「21世紀の医薬品の在り方に関する懇談会」(厚生省薬務局長(当時)主宰の懇談会)が平成5年5月にまとめた最終報告(以下「懇談会最終報告」という。)においても、質の面でもいまだ医療機関や薬局から広く信頼性が得られているとは言い難い状況であり、後発医薬品を有効に活用できるようにするためには製薬企業の自助努力が必要であるほか、行政としても条件整備を行う必要がある旨提言されている。
  なお、我が国における国民医療費は毎年増加し続け、平成10年度には29兆8,251億円(国民所得に対する割合は7.9パーセント)に達し、診療報酬請求の総点数に占める薬剤費に係る点数の割合は21.6パーセントとなっている。後発医薬品については、効能・効果、安全性等が同一で、より安価な医薬品の利用を拡大することは薬剤費に係る国民負担の軽減につながることから、懇談会最終報告においても、「本格的な高齢化社会を迎え、国民医療費の増大が予想される中で、後発品は低価格の医薬品供給を通じて国民負担の軽減に資する」とされている。
  今回、厚生労働省における後発医薬品に関する施策の実施状況、61医療機関及び63薬局における医薬品の使用状況等を調査した結果、次のような状況がみられた。

(1)  後発医薬品に関する施策の実施状況
  厚生労働省は、後発医薬品の承認審査に際して、原則として、生物学的同等性に関する試験(注1)の成績を比較・評価するほか、特に内用固形製剤については、その品質を確保する観点から、平成10年1月以降、溶出試験(注2)を実施して先発医薬品の溶出試験規格への適合状況を比較・評価している。また、平成7年4月以前に申請された先発医薬品については溶出試験規格が設定されていなかったため、10年度から16年度までの間に順次溶出試験規格を設定し、同規格に後発医薬品が適合しているかどうかを再評価する「医薬品の品質再評価事業」(対象は約550成分の5,000品目以上)が実施されている。
  しかし、承認審査に係る生物学的同等性試験や溶出試験に関する対照薬(先発医薬品)との比較データ等同等性の評価の根拠となる情報が公表されていない。これについて、今回調査した61医療機関のうち、21機関ではこのような実態の下では後発医薬品が先発医薬品と同等であることが確認できないとしており、また、6機関では後発医薬品の承認審査資料等の情報の提供を望む意見がみられた。
  ちなみに、厚生労働省は、平成8年10月以降に承認された新医薬品については、品目ごとに承認審査の経過、評価結果、その根拠などをまとめた「審査報告書」を公表してきたが、さらに、11年9月以降に承認された新医薬品については、同報告書に「申請資料概要」(臨床試験のデータを含む申請資料の内容を製薬企業等が取りまとめたもの)を盛り込んだ「新薬承認情報集」を承認後に公表している。
(注1)生物学的同等性に関する試験:健康人を対象として、対照薬(先発医薬品)と試験薬を投与し、有効成分の血中濃度を比較する試験(昭和55年5月以降の承認申請に係る医薬品に適用)
(注2)溶出試験:水及びpH(ペーハー)の異なる試験液を用い、内容固形製剤からの主成分の溶出を試験する方法。経時的に測定することにより、主成分の溶け方が把握できる。
  厚生労働省は、先発医薬品及び後発医薬品の製薬企業等に対して、副作用情報等医薬品の適正な使用のために必要な情報(以下「適正使用情報」という。)の収集、評価、医療関係者への提供等の業務を適切に実施するため、市販後調査基準(項目11)参照)の遵守を義務付けている。
  なお、「医療用医薬品の市販後調査の基準に関する省令の施行について」(平成9年3月27日付け薬発第439号厚生省薬務局長通知)により、「厚生大臣及び都道府県知事は、製造業者等における本基準の遵守状況を確認するため、製造業者の市販後調査管理部門等(中略)に対し、薬事法第69条に基づき、当該職員を立ち入らせることができるものである」とされている。
  しかし、厚生労働省が、後発医薬品の製薬企業等における市販後調査基準の定着を促進することを目的として、平成10年度から都道府県に委託して実施している「医薬品の市販後調査の基準定着促進事業」の10年度の調査結果(調査対象期間:平成9年4月から10年10月まで)によると、調査対象とした156製薬企業等のうち59製薬企業等(37.8パーセント)では、厚生労働省に対する副作用情報の報告実績が皆無となっている。また、同事業において調査した製薬企業等の中には、市販後調査に係る組織体制又は職員の配置が基準を充足していないもの、「市販後調査業務手順書」を未作成又はその記載内容に不備があるもの等、適正使用情報の収集・提供等に関する市販後調査基準を遵守していないものがある。これについて、今回調査した61医療機関のうち17機関では、後発医薬品の製薬企業等は、副作用等の情報収集・提供が十分でないため緊急時の対応に不安があるとしている
  これに対し、厚生労働省は、同事業の目的は市販後調査基準の定着の促進にあるとして、市販後調査基準を遵守していない製薬企業等について、継続的に当該事業の対象とするよう都道府県に依頼しているものの、薬事法第69条に基づく立入検査等による指導等は行っていない。

(2)  後発医薬品の使用状況
  我が国における後発医薬品の市場占有率について、公的な統計はないが、主として後発医薬品を製造している企業が加盟している団体「医薬工業協議会」では10パーセント程度と推定しており、欧米諸国(20パーセントないし40パーセントと推定)に比べて低いものとなっている。
  調査した61医療機関における医薬品の採用状況をみると、医薬品の採用品目数を把握できた25医療機関のうち12医療機関(48.0パーセント)では、後発医薬品を全く採用しておらず、この25医療機関全体の医薬品の品目数に占める後発医薬品の品目数の割合は0.4パーセント(最も割合が高い医療機関で5.0パーセント)である。
  ちなみに、独自に情報を収集し、薬剤費に係る患者負担の軽減等を考慮して後発医薬品の採用の拡大に積極的に取り組んでいるのは1医療機関のみとなっている。
  また、処方せんの発行の増大に伴って、薬局が調剤する機会が増えているが、備蓄品目数を把握できた38薬局のうち16薬局(42.1パーセント)では、後発医薬品を全く備蓄しておらず、この38薬局全体の医薬品の備蓄品目数に占める後発医薬品の品目数の割合は1.0パーセント(最も割合が高い薬局で7.3パーセント)となっている。
  薬剤師法第23条第2項に基づき、薬剤師は、処方せんに記載された医薬品につき、その処方せんを交付した医師、歯科医師又は獣医師の同意を得た場合を除くほか、これを変更して調剤してはならないこととされている。このため、処方せんに医薬品の名称が一般名(医薬品が含有する有効成分の一般的名称)で記載されている場合は、一般名、規格等が同一の後発医薬品を調剤することも可能であるが、先発医薬品の商品名が記載されている場合は、仮に患者が低価格であること等を理由に後発医薬品への変更を希望したとしても、薬剤師のみの判断で後発医薬品に変更して調剤することは認められていない。
  ちなみに、欧米諸国では、先発医薬品との同等性が確認されている後発医薬品を選択して調剤する、いわゆる代替調剤が認められる場合がある。
  このようなことから、医師等が医薬品を処方する段階において、一般名による処方が推進されれば、後発医薬品の利用が進むことが見込まれる。これに関し、厚生労働省は、「診療報酬請求書等の記載要領等について」(昭和51年8月7日付け保険発第82号厚生省保険局医療課長・歯科医療管理官連名通知)において、処方せんに記載する医薬品の名称は、原則として薬価基準(注)に記載されている名称(原則として商品名)を記載することとするが、一般名による記載でも差し支えない旨を都道府県を通じて医薬関係者に通知している。今回調査した61医療機関のうち処方せんを発行している52医療機関について、処方せんへの医薬品名の記載状況をみると、48医療機関(92.3パーセント)がすべての医薬品名を商品名で記載しており、これらの医療機関では、その理由として、薬価基準に記載されている医薬品名は商品名であり、医師や歯科医師も通常、医薬品名を商品名で把握していることや一般名で処方した場合、調剤する薬局ごとに医薬品の名称や形状(色や包装等)、価格等が異なることがあり得、患者に不安や混乱を与えるおそれがあることなどを挙げている。
(注) 保険医療において使用できる医薬品の品目及び価格に関する基準。現行の薬価基準は、「使用薬剤の薬価(薬価基準)」(平成12年厚生省告示第61号)により定められている。
  また、有効成分、規格、効能・効果等が同一で商品名が異なる医薬品が複数存在する実態や価格等に関する情報が国民に十分与えられていない現状では、患者が医薬品を選択すること自体が困難な状況となっている。

  したがって、厚生労働省は、後発医薬品の有効活用の観点から、次の措置を講ずる必要がある。
1)  後発医薬品について、承認審査に係る先発医薬品との比較データ等同等性評価の根拠となる情報の医療機関等に対する提供を推進すること。
  また、医薬品の市販後調査の基準定着促進事業の結果を踏まえ、市販後調査基準が遵守されていない状況が改善されない製薬企業等については、薬事法に基づく立入検査等を実施し厳正に改善指導を行うなど、後発医薬品の製造企業等における同基準の遵守の徹底を図るための措置を講ずること。
2)  処方せんに医薬品の名称が商品名で記載されている場合に、薬剤師が患者の同意と選択に基づいて有効成分等が同一の医薬品を用いて調剤することを可能とする仕組みを検討すること。
  また、医薬品の価格を含め患者が医薬品を選択するに当たって必要な情報を比較可能な方法で提供する仕組みを導入すること。


  医薬分業推進施策の在り方の見直し

  医薬分業とは、医師及び歯科医師(以下「医師等」という。)が外来患者に医薬品を投与する必要があると診断した場合には患者に処方せんを交付し、患者が自ら選択した薬局の薬剤師が処方せんに基づいて調剤するというものである。その目的は、患者が複数の医療機関から処方せんの交付を受けても、患者が自由に選択した1か所の薬局、いわゆる「かかりつけ薬局」において調剤することにより、薬剤師が、医薬品を調剤し交付する過程で、患者ごとに作成した薬剤の服用歴(以下「薬歴」という。)に基づいて重複投薬や薬の併用に伴う相互作用を回避するとともに、適切な服薬指導を実施することにより、医薬品の適正で効率的な使用を図ることとされており、このことが患者にとっての医薬分業の最大のメリットとされている。
  我が国では、昭和30年8月の医師法(昭和23年法律第201号)、歯科医師法(昭和23年法律第202号)及び旧薬事法(昭和23年法律第197号)の改正(昭和31年4月施行)により医薬分業が法制度化されており、原則として、医師等は、患者又は現にその看護に当たっている者に対して処方せんを交付しなければならないこととされ(医師法第22条)、また、薬剤師でない者は調剤業務を行ってはならないこととされている(薬剤師法第19条)。ただし、患者が処方せんの交付を必要としない旨を申し出た場合や、処方せんを交付することが診療又は疾病の予後について患者に不安を与え、その疾病の治療を困難にするおそれがあると医師等が判断した場合等は処方せんを交付しなくてもよいこと、患者等の希望により医師等が自己の処方せんにより自ら調剤できることなどの例外が認められている。
  その後、厚生労働省は、1)医療機関に対しては、昭和49年に保険診療報酬に係る処方せん料の大幅な引上げ(6点から50点に改訂)を実施するなど数次にわたり処方せん料を引き上げたほか、入院患者に対する調剤や服薬指導等病院に勤務する薬剤師の病棟における業務に係る診療報酬(調剤技術基本料(昭和63年4月)、薬剤管理指導料(平成6年4月))の新設により院内調剤から処方せんの発行(院外調剤)への転換を誘引し、また、2)薬局に対しては、保険調剤報酬に係る調剤基本料(昭和47年2月)の新設、薬剤服用歴管理指導料(昭和61年1月)の新設等により処方せんの受入れの拡大を図るなど、医薬分業を推進してきている。さらに、厚生労働省は、平成元年度以降、大都市に所在し外来患者の多い38の国立病院を処方せん発行のモデル病院に指定し、10年度までに完全分業(原則として処方せんを発行し、発行率(外来患者に対する処方件数に占める処方せん発行枚数の割合)がおおむね70パーセント以上)を達成するよう指導する等の措置を講じてきたほか、薬局の処方せん受入体制の整備を図るため、医薬分業推進支援センター施設・設備整備費補助等各種の国庫補助事業を実施している。

  今回、厚生労働省、22都道府県及び61医療機関について、医薬分業の実施状況等について調査した結果、次のような状況がみられた。

(1)  医薬分業の実施状況
  医薬分業の実施状況をみると、次のような問題がみられる。
  処方せんの発行枚数は、昭和50年度に約1,438万枚であったが、平成11年度には約4億5,537万枚(約31.7倍)に達している。また、日本薬剤師会の推計によれば、保険薬局の処方せん受取率(「外来患者に対する全処方件数」に占める「保険薬局の処方せん受取枚数」の割合。以下「医薬分業率」という。)は、全国平均で、平成元年度に11.3パーセントであったものが11年度には34.8パーセントに達したとされ、今後も増大すると見込まれている。
  しかしながら、平成11年度における都道府県別の医薬分業率をみると、1位の佐賀県が56.4パーセントであるのに対して、最下位の石川県では 8.7パーセントとなっており、地域格差が大きい状況となっている。これは、調査した医療機関の中には、収益の多寡により院内調剤から処方せんの交付(院外調剤)に転換するか否かを決定している例もみられるなど、処方せんを発行するか否かは、事実上、医師等又は医療機関の自主的な判断にゆだねられていることが原因と考えられる。
  医薬分業の本来の目的である薬歴管理、薬歴に基づく重複投薬や相互作用の回避、服薬指導等の実施状況については、厚生労働省及び調査した22都道府県は、地域の薬局のうち薬歴管理等を適正に実施している薬局がどの程度存在し、どのように推移してきているか等のデータを把握してない。また、保険薬局における薬歴管理、服薬指導等の実態を数量的に把握するためには、調剤報酬のうち薬剤服用歴管理・指導料、重複投薬・相互作用防止加算及び薬剤情報提供料の請求状況を把握すること等が効果的と考えられるが、都道府県では、これらの状況を記録・整理していない。
  このような状況もあって、厚生労働省は、適切な薬歴管理、服薬指導等の実施により医薬品の適正使用を推進するという医薬分業本来の目的に照らし、各種施策の実施による医薬分業の量的拡大がどのような効果を上げてきているかという視点からの検証を行ってきていない。
  厚生労働省の「平成9年保健福祉動向調査」の結果によれば、医薬分業を患者のメリットと受け止めている者の割合は20パーセント強で、半数以上が「二度手間になるので不便」、「費用が高くつく」などを理由に患者のメリットとして受け止めておらず、また、処方せんで薬を受け取ったことのある者の受取薬局は、病院や診療所の近くの薬局としている者が78パーセントとなっている。また、厚生労働省の「平成8年受療行動調査」の結果によれば、「一部病院で院外処方せんを発行しているが、選ぶことができればこの制度を利用しますか」との問いに対し、外来患者のうち65歳以上の高齢者や杖などを使用して歩行する者においては、「院外処方を当面利用しない」としている者の割合が高く、医薬分業は、利便性の面では必ずしもすべての患者にとって満足のいくものであるとは言い難いものとなっている。
  なお、外来患者に対する院内調剤と院外調剤との患者負担を比較すると、院外調剤の場合には、医療機関に対する処方せん料のほか、診療報酬にはない調剤基本料、薬剤服用歴管理・指導料等が付加されることから、院内調剤に比べて高くなり、当省の試算(平成10年改訂の医科診療報酬点数表及び調剤報酬点数表により、健康保険の被保険者本人に対して、内服薬1剤を7日投与したと仮定し、各種加算を行い算定)によれば、その差額は、最高380円、最低280円となる。

(2)  薬歴管理及び服薬指導の実施状況
  処方せんの交付と「かかりつけ薬局」による調剤が、医薬分業の理想的な形態であるとしても、それが100パーセント達成されない限り適切な薬歴管理及び服薬指導は担保されない。しかし、前述1)のとおり、平成11年度の医薬分業率は34.8パーセントにすぎず、また、厚生労働省の「平成11年度衛生行政業務報告」によれば、全国には無薬局町村が686町村あり、このような地域では医薬分業自体が成立し難い。また、どこに調剤を依頼するかは、最終的には患者の自由な選択にゆだねざるを得ないことから、1か所の薬局で患者の医薬品の服用に関するすべての情報を正確に把握・管理することにはおのずと限界があるものと考えられる。
  このようなことを踏まえ、厚生労働省は、従来、一部の医療機関、薬局等で自主的な取組が行われてきたいわゆる「お薬手帳」(注)の活用を推奨してきている。平成12年3月の調剤報酬の改訂(同年4月施行)においては薬剤情報提供料が新設され、これにより、薬局が、患者の求めに応じて処方内容等を経時的に患者の手帳に記載するとともに、処方内容や副作用、相互作用等の情報を文書により提供した場合は、従来、老人保健法(昭和57年法律第80号)において老人(原則70歳以上)に対する保険調剤についてのみ認められていた調剤報酬を老人以外の患者(健康保険等の公的医療保険の被保険者)についても請求できることとされた。
  調査した61医療機関の中には独自に作成した手帳を配布(販売)している例(2医療機関)や、都道府県単位又は地域単位の薬剤師会で手帳の普及に取り組んでいる例がみられたが、手帳への記入作業に手間がかかること等からその普及には困難が伴うとされ、また、厚生労働省の医薬分業応需体制確保事業(平成10年度)の成果として平成12年3月に取りまとめられた報告書「薬歴情報の共有化マニュアル」においても、紙媒体で薬歴情報を携行することについて、情報量の不足、薬局等間での記載内容のばらつき等、解決すべき課題が指摘されている。
  このようなことから、厚生労働省では、平成12年度から2年計画で、患者ごとの薬歴を電子媒体(フロッピーディスク等)で管理することにより患者、薬局及び医療機関の三者で薬歴を共有するシステムの検討(薬歴管理標準化検討事業)に着手しているが、当該システムの開発は緒についたばかりである。
(注) 薬局等が、患者ごとに、調剤したすべての薬剤について、調剤日や薬剤の名称など処方内容、患者の体質、副作用歴等に関する情報を記載した手帳。患者自身が携行し受診した医療機関や薬局に提示することで、重複投薬や相互作用等のチェックを行うことを目的とするもの

(3)  医薬分業推進支援センター整備事業の実施状況
  厚生労働省は、地域の薬局における処方せん受入体制の整備を図るため、昭和63年度から実施していた医薬分業共同設備事業(以下「旧事業」という。)を組み替え、平成4年度から、医薬分業推進支援センター施設・設備整備費補助事業(平成11年度国庫補助額7,935万9,000円)を実施している。当該事業は、都道府県薬剤師会又は法人格を有する郡市区薬剤師会が都道府県の補助を受けて設置する医薬分業推進支援センター(以下「支援センター」という。)の施設・設備の整備に要する費用を補助する事業(負担割合は、国、都道府県及び事業主体がそれぞれ3分の1)である。支援センターには、1.地域の薬局で使用頻度の低い医薬品の備蓄及び譲渡を行う部門(以下「備蓄部門」という。)、2.休日及び夜間の調剤、地域の薬局で使用頻度の低い医薬品を用いた調剤など地域の薬局が対応しにくい調剤を行う部門(以下「調剤部門」という。)及び3.医薬品情報を収集し医療機関、薬局及び地域住民に提供する部門(以下「情報部門」という。)の三つの部門があり、これらの部門を単独で有するか又は併せ持つ施設を補助の対象としているが、主たる機能は備蓄部門及び調剤部門が有する機能である。
  今回、平成10年度までに整備された14都道府県の支援センター23施設(旧事業により整備された施設を含み、情報部門のみを有する施設を除く。以下同じ。)についてその運営状況等を調査した結果、次のとおり補助目的に沿った整備・運営が行われていないものがあるなど、事業効果が十分に上がっていない状況がみられた。
1)  調査した支援センター23施設の中には、開設当初(平成10年4月)から、備蓄部門及び調剤部門として整備されたスペースが薬剤師会館の会議室等に使用され、支援センターとしての実体が全くないもの(1施設)や、開設(平成9年4月)以降医薬品を備蓄しておらず、薬局による備蓄部門及び調剤部門の利用実績が皆無となっているもの(1施設)等がある。
2)  調剤部門については、利用実績のある調剤部門を有している支援センター17施設のうち15施設が、主要な業務である休日及び夜間の調剤を行っていない。
3)  備蓄部門については、取引薬局数(実数)を把握できた支援センター18施設のうち17施設は、採算がとれないとして薬局への配送サービスを行っていない。このため、支援センターを利用する薬局は、事実上、支援センターに出向いて薬を受け取ることのできる近隣の薬局に限られることから、当該18施設の平成10年度の利用率(支援センターが設定している利用区域内の薬局のうち1年間に1度でも取引実績のある薬局の割合)は、平均40.2パーセントとなっている。
  一方、一部の地域において、医薬品卸売業者の配送販売を利用したり、薬剤師会等が主体となってパソコンを利用したネットワークシステムにより医薬品の備蓄情報を共有し近隣の薬局間で融通し合うシステムを構築するなど別途の対策を講じ、薬局における備蓄医薬品の不足の補完に効果を上げている例がみられる。
  また、調査した22都道府県のうち、支援センターの具体的な整備計画を有しているもの(検討中のものを含む。)は2都道府県のみであり、整備計画を有していない都道府県では、その理由として、備蓄部門及び調剤部門は、総合病院等が処方せんの発行に転換する過程において、地域の薬局の処方せん受入体制が十分整備されていない段階では既存薬局を補完するものとして機能してきた面はあるが、薬局間の融通等により薬局における医薬品の備蓄・供給体制の整備・拡充が進む中で、その役割は相対的に低下せざるを得なくなること等を挙げている。

  したがって、厚生労働省は、国民本位の適正な医薬分業の推進を図る観点から、次の措置を講ずる必要がある。
1)  医薬分業の実施状況を把握して医薬分業本来の目的が達成されているかどうかを評価し、その結果、必要な場合には、医薬分業及びその推進に係る施策の在り方を検討すること。
2)  診療や調剤に関する国民の意識・行動の実態等を踏まえ、適正かつ効果的な薬歴管理等を担保するシステムの構築を促進すること。
3)  支援センターの整備に係る国庫補助事業については、補助の対象を、施設・設備の整備から薬局間における医薬品の備蓄情報の共有等を目的としたネットワークシステムの構築に転換することを含め、その在り方を見直すこと。