加入者系ネットワークにおけるxDSLの可能性

第2章 xDSL技術について


   1 xDSL技術の歴史

   2 xDSL技術の概要

   3 xDSL技術のメリット

   4 xDSL技術のアプリケーション

   5 米国の動向

   6 欧州の動向

   7 ADSLに関する標準化の動向





 上記のようなインターネットの普及等に伴う高速アクセス回線利用に対するニーズに、安価かつ迅速に対応できる技術として最近注目を集めているのが、xDSL技術である。

1 xDSL技術の歴史

 xDSL技術は、1989年にベルコア社により開発された技術であり、1990年代初頭から、米国、欧州、我が国において試験的運用が行われていた。
 しかし、当時、xDSL技術の一番有力なアプリケーションとして考えられていたビデオ・オン・ディマンド(VOD)が余り普及しなかったため、xDSL技術に対する関心も一時期低下していた。
 その後、1995年頃から、インターネットが脚光を浴び始めたことにより、特に、アクセス系通信ネットワークの高速化に対する需要が高まってきたことに加え、xDSLに関する技術革新により、高速化、低価格化が図られてきたこと等により、再びxDSL技術が注目を集めるようになってきている。




2 xDSL技術の概要

(1) xDSL技術の特徴
 通常の音声電話サービスの場合は、一対のメタル回線(より対線)上に4KHz以下の周波数帯域の信号を流すことにより、通信を行っている。モデムの技術の発展により、現在では、音声電話サービスを利用した高速なデータ通信が可能になっているが、現状では、56Kbps程度が限界である。
 これに対して、xDSLの場合、伝送信号を4KHz以上の周波数帯域で広帯域を使用して変調して伝送を行うため、従来と比較してはるかに高速の伝送が可能となる。ただし、高周波数帯の信号に変調するための専用のモデムを用いることが必要になる。

(2) 各種xDSL技術の概要
 メタル回線上において、高速のデジタル伝送を可能にするDSL(Digital Subscriber Line)技術には、DSL、RADSL、DSL、DSL、DSL等多様な技術が存在するため、それらを総称して、DSLと呼んでいる。
 主なxDSL技術の概要は以下のとおりである。

  ADSL(Asymmetric Digital Subscriber Line:非対称型デジタル加入者線)
 ADSLは、一対のメタル回線(電話回線)を用いて、下り方向(通信事業者からユーザへの伝送)で最大限6Mbps(最新の装置では12Mbps)、上り方向(ユーザから通信事業者への伝送)で最大 640Kbpsの伝送を可能にする技術であり、xDSL技術のなかでも最も代表的な存在である。
 ADSLは、上り方向と下り方向のそれぞれに用いられる周波数帯域幅が異なるため、伝送速度も非対称である(下り方向により広い帯域幅を割いているため、伝送速度も速くなる)という特徴がある。
 インターネット等の利用においては、通常は、加入者側からインターネット・プロバイダへの伝送情報に比べ、プロバイダー側から加入者側への伝送情報の方が圧倒的に多いため、ADSLのような非対称の伝送技術は、適合性が高いと考えられている。
 また音声伝送(電話)に用いられる周波数帯域(4KHz以下)とは異なる周波数帯域を使用するため、同一の回線上での電話サービスとの同時利用が可能であるという特徴がある。
 ADSLは、これらの特徴から、企業用、家庭用の双方において幅広いアプリケーションが想定されている(アプリケーションの例については後述)。


  RADSL(Rate Adaptive Digital Subscriber Line:可変速デジタル加入者線)
 RADSLは、ADSLに、回線状況に応じて自動的に伝送速度を調整できる機能を付加した技術であり、現段階では、伝送速度は、下り方向で7Mbps、上り方向で128Kbpsから1.5Mbpsである。また、ADSLと同様、電話サービスとの共用が可能である。
 xDSLは、伝送距離、回線の太さ、回線状況等によって、伝送可能速度が左右されるが、RADSLにおいては、そのときどきの回線状況に応じて最適の回線速度を自動的に調整するという特徴がある。
 現在、米国のほとんどのメーカは、ADSLからRADSLに製品を切り替えつつあり、今後、発売される製品の大部分は、RADSLになると言われている。

  SDSL(Symmetric Digital Subscriber Line:対称型デジタル加入者線)
 ADSLと同様に一対のメタル回線を用いるものであるが、上り方向と下り方向で同じ帯域幅を用いることから、伝送速度も上り方向と下り方向で対称であるという特徴がある。現在、伝送速度に関しては、384Kbps、768Kbps、1.5Mbps、2Mbpsの4種類が存在している。
 SDSLは上り方向と下り方向が対称の伝送速度である反面、下り方向の伝送速度は、ADSLに比べて低速であることから、インターネット・アクセス等のアプリケーションについては、ADSLの方が優れているという指摘もある。
 しかし、専用線やフレーム・リレー等のサービスのアクセス回線部分を一対のメタル回線で代替できることから、こうしたサービスの低廉化に役立つと期待されている。


  HDSL(High Data-Rate Digital Subscriber Line:高速度デジタル加入者線)
 HDSLは、SDSLとは異なり、複数のメタル回線を用いて高速の対称型通信を実現する方式である。具体的には、2対のメタル回線を用いた場合で1.5Mbpsから2Mbps、1対のメタル回線を用いた場合で、768Kbpsから1Mbpsでの伝送が可能である。
 HDSLは、伝送距離に一定の限界(*)があるものの、その範囲では、高速専用線の代替として用いることが可能であることから、光ファイバの未導入エリアにおいても、サービスの早期提供が可能になる等のメリットがある。HDSLは、国際的には、T1回線(1.5Mbps)ないしE1回線(2Mbps)の代用として既に用いられており、我が国においても、一部の専用線において光ファイバの代用として用いられている場合がある。

(*)従来の2B1Q方式では、0.5mm径の回線で3.7Km程度であったが、最新のHDSLでは、例えば、CAP方式を用いたもので6.8Km(0.5mm径)程度の距離が出せる。


  VDSL(Very-high Data-Rate Digital Subscriber Line:超高速デジタル加入者線)
 VDSLは、基本的にはADSLと同様の方式であり、非対称の伝送方式である。VDSLは、ADSLより短い伝送距離ながら、より高速な伝送速度を実現するものである。
 具体的には、伝送距離0.3Km程度の範囲であれば、下りが最大 52Mbps、上りが2.3Mbps程度の伝送速度が実現できる。
 VDSLは、ADSLと比較して伝送速度が高速な反面、伝送距離が短いことから、例えば、電話局舎から「き線点」までが光ファイバ化され、き線点から加入者宅までがメタル回線である場合等に利用可能性が高いと考えられる。


 この他、ISDN技術との互換性を有し、1対のメタル回線上で128 Kbpsの伝送を可能にするISDL(ISDN Digital Subscriber Line)技術も存在する。






3 xDSL技術のメリット

 近年、インターネットの利用者を中心に、高速アクセスに対する需要が急速に高まっているが、xDSL技術を用いれば、既存のメタル回線の両端に専用のモデムを設置するだけで、メガビット級の高速アクセスが実現できることから、非常に安価かつ迅速に、高速アクセス・ニーズに対応できるというメリットがある(*)。
 また、特に、個人ユーザの場合は、データ通信サービス専用に回線を新たに一本追加することは、コスト的に必ずしも容易ではないが、ADSL等の場合は、一本の加入者回線を電話サービスとデータ通信サービスの2つのサービスで共用することが可能であることから、現在の電話サービスの利用を継続しながら、高速のデータ通信サービスも利用したいという個人ユーザのニーズにも対応できるというメリットがある。

(*)ADSL装置は現状では、1対で30万円程度であるが、将来的に量産化が進めば、5万円程度になるとの見通しもある。また、米国の主要キャリアは、月額40から100ドル程度でのサービス提供を計画している模様。





4 xDSL技術のアプリケーション

 xDSL技術は上記のように、既存のメタル回線を用いた高速アクセスを可能にすることから、多様なアプリケーションが想定されるが、その例としては、以下のようなものが挙げられる。

(1) ビジネス分野において想定されるニーズ
 インターネット、イントラネット
 ビデオ会議
 サテライトオフィス
 LAN間接続、対LAN接続

(2) その他の分野で想定されるニーズの例
 個人のインターネット利用
 遠隔医療
 遠隔教育
 地域ネットワークの構築
 ビデオ・オン・ディマンド
 集合住宅内の配線(メタル回線)を利用した高速アクセス





5 米国の動向

(1) 地域電話会社の動向
 米国においては、1996年より、地域電話会社(RBOCs)が相次いでxSDLの実験を開始しており、1997年中には一部の会社がサービスの開始を予定している(次頁表参照)。

米国地域電話会社におけるADSL実証実験の状況

(インターネット・ホームページ www.internettelephony.com/archive/2.03.97/CoverStory/tabl_cov.html等より)

地域電話会社開始時期実験地域参加者数使用ベンダーサービス開始予定時期
アメリテック1996年10月ウィートン200名ウェステル
アルカテルに変更中
早くて1997年半ば
ベルアトランティック
(*1)
1996年9月フェアファックス現在100名
500名に増加予定
ウェステル1998年半ば(報道発表済み)
ベルサウス1996年9月アトランタ50〜60名複数1998年1月
GTE1996年2月ダラス従業員30名アマティ、ウェステル1997年
GTE
(*2)
1996年8月レッドモンドマイクロソフト社又はGTE社の従業員100名
地域企業
アマティ、ウェステル
ナイネックス1996年8月ボストンロータス社の従業員60名ウェステル1997年下半期
パシフィックテレシス
(*3)
1996年8月サンレモ11名
100名追加予定
ウェステル1997年下半期
1998年中にエリア拡大
SBC1996年6月ヒューストンシェル石油社又はSBC社の従業員12名ウェステル
アルカテルに変更中
1997年半ば
USウェスト1996年4月ブルダ従業員10名HDSL-ペアゲイン
ADSL-ウェステル
HDSLについては
1997年の第1四半期
次いでADSL
(*1)ベルアトランティックは、インターネット接続料込みで月額約59ドルで実験サービスを提供
(*2)GTEは、月額14ドル程度(96年12月)で、アクセス回線をアンバンドルしている。
(*3)パシフィックベルは、1997年9月に10の郡においてADSLサービスを開始する予定

(2) その他の通信事業者の動向
 上記以外にも、ワールドコム社がxDSLサービスの1997年早期の提供開始を発表しているほか、いくつかのインターネット・サービス・プロバイダ(ISP)が地域電話会社のアクセス回線(メタル回線)を借り、xDSLサービスの提供を開始している。
 例えば、ハーバードネット社がマサチューセッツ州ボストンで、アスペン・インターネット・エクスチェンジ社がコロラド州のアスペンで、ATUテレコミュニケーション社がアラスカ州のアンカレッジで、インターネット・アクセス社がイリノイ州シカゴで、それぞれxDSLによるアクセスサービスを提供中、あるいは提供開始を予定している。
 なお、カナダでは、カルガリーでCADビジョン社が、また、サスカチュワン州営電話公社がxDSLによるインターネット接続サービスを実施している。




6 欧州の動向

 欧州では、以下に述べるように、いくつかの国において、xDSLの実用化に向けた取組みが見られる。

 ドイツでは、ドイツ・テレコム社が1996年末以降、100世帯程度を対象とした、ADSLによる双方向テレビ実験を開始。
 英国では、ブリティッシュ・テレコム社が2000世帯を対象にADSLを用いたマルチメディア実験を実施。
 スイス・テレコム社が約200世帯を対象にADSLの実験サービスを提供。
 スウェーデンではテリア社が2000回線程度でのADSLサービスの提供を決めている。





7 ADSLに関する標準化の動向

 ADSLに関しては、ANSI(American National Standards Institute:米国規格協会)、ETSI(European Telecommunications Standard Institute:欧州電気通信標準化協会)及びITU-T(International Telecommunication Union-Telecommunication Standardization Sector:国際電気通信連合電気通信標準化部門)で標準化の作業が行われている。また、ADSL Forum、ATM Forum、DAVIC等の民間の標準化団体でも標準化作業が行われている。
 特にADSLに関する標準化においては、変調方式において活発な議論が交わされており、現状では以下の2方式に分かれ、市場での主導権争いを繰り広げている。

(1) CAP(Carrierless Amplitude Phase Modulation)方式
 振幅変調と位相変調の組み合わせによる変調方式(図1)で、DMT方式に比べ、回路構成が単純で消費電力も少ないため、標準化を待たずに実用化が進んでおり、現在市場に出ているADSLモデムのほとんどがCAP方式となっている。標準化については、DMT方式に先を越されたが、現在ANSIのアドホックグループで標準化作業が行われている。

図1 CAP方式の周波数スペクトラム

(2) DMT(Discrete Multi-Tone)方式
 帯域幅が4KHzのサブチャンネル256個により伝送するマルチキャリア方式(図2)で、S/N比に応じてキャリア配分を行うため、雑音などの伝送路障害に強いという特徴がある反面、処理が複雑になるため、回路構成の複雑化、消費電力の増加という問題もある。
 なお、標準化においては、理論的優位性からANSIにおいてDMT方式が既に標準化されており、CAP方式に先んじている。

図2 DMT方式の周波数スペクトラム