第2章 情報通信ニュービジネスの課題

   1 情報通信ニュービジネスを取り巻く環境(米国との比較)


    (1) 開業率の低下
      我が国の開業率は、1970年代までは、6〜7%台で安定していたが、80年
     代になると急激に低下し始め、直近91〜94年の新規開業率は、4.6%となっ
     ている。廃業率がこの間4.7%であったため、開業率と廃業率が、ほぼ同程度と
     なっている。
      一方、米国の開業率は、我が国の開業率の2倍以上の高水準にあるが、廃業率も
     同様に高い状況にある。
      このように、日本は、これまで、開業率の水準自体は米国より低いものの、廃業
     率が低かったため、企業増加率はプラスであったが、最近は、開業率・廃業率とも
     に4%程度の水準となり、マイクロソフトやアムジェンといった21世紀のリーデ
     ィング産業として期待される研究開発型ベンチャー企業の開廃の激しい米国と比べ、
     企業の出入りの少ない経済社会となっている。





図表2−1 日米開廃業率の比較




   業種別に見ると、サービス業については、開業率が低下したものの廃業率を上
  回っているが、製造業については、開業率が廃業率を下回る状況となっている。



図表2−2 業種別開廃業率



   開業率低下の原因としては、A.開業資金の高額化、B.資金調達の困難さ(借入金
  依存度の上昇と他の調達手段の欠如)、C.ソフトな経営資源の高度化技術、ノウハ
  ウ等新規参入の障壁が高まっていることが挙げられる。
   「新規開業白書」(国民金融公庫総合研究所編:1995)によれば、1社当た
  りの平均開業資金は、82年度には920万円だったものが、94年度には1,9
  85万円と、わずか10年間で約2倍の水準に跳ね上がっている。
   また、運転資金の金額が、400万円〜500万円前後で安定しているのに対し、
  設備資金は、同期間で約3倍に増加しており、開業資金の膨張が設備資金の増加によ
  るものであることがわかる。




図表2−3 開業資金(1企業平均)





   開業資金の調達方法をみると、金融機関からの借入金は、94年度は1社当たり
  1,227万円で、調達金額に占める割合は、60%となっている。時系列的にみ
  ても、金融機関からの借入比率は、82年度の39%から94年度は60%へ増加
  し、金融機関への依存度が年々高まっている。
   また、自己資金は477万円と82年以降ほぼ横ばいで推移している。この結果、
  82年度には開業資金の46%を占め、最大の資金調達源だった自己資金は、94年
  度には全体の23%の水準に低下している。
   開業資金が増加し、それを金融機関からの借入れで賄わなければならない状況にあ
  るため、ソフトウェア産業等の担保を持たない企業にとっては、資金調達が開業の大
  きな障壁となっているといえる。
   一方、米国の開業資金の調達方法は、60〜70%を自己資金が占め、これに親族
  ・友人及びエンジェルを加えると全体の90%を占めている。また、我が国とは対照
  的に金融機関からの借入れはみられない。



図表2−4 開業資金の調達ルート



 (2) 情報通信ニュービジネスに対する投資
   米国のNASDAQ(National Association of Securities Dealers Automated
  Quotation:店頭銘柄気配自動通報システム)市場における業種別時価総額は、図表2-5
  む)で約12%と時価総額の中核を占めている。
   一方、我が国の店頭市場における業種別時価総額は、図表2−5のようになっており、
  流通業で約30%を占めるほか、機械・電気機器で約20%、金融関係で約6%となって
  いる。情報通信ビジネス関連は、サービス業約11%の内数になっており、米国に比較す
  ると非常に小さくなっている。






図表2−5 店頭市場の業種別時価総額構成





   また、米国NASDAQ市場と我が国店頭市場の時価総額上位20位の企業を比
  較すると図表2−6のとおりであり、NASDAQ市場ではマイクロソフトやイン
  テル等情報通信関連のベンチャー企業が多数を占めているのに対し、我が国ではソ
  フトバンク等の3〜4社にすぎない。


図表2−6 日米店頭時価総額上位20位





   ベンチャーキャピタル(VC)の業種別投資先状況をみると、米国のVCは医療
  やヘルスケア、バイオテクノロジー、情報通信、ソフトウェアといった先端技術研
  究開発分野への投資が中心となっており、情報通信関連で20%以上を占めている。
  一方、我が国のVCの投資状況は、製造業が約40%を占めているのをはじめ、建
  設関連、流通関連、金融・保険関連と幅広い業種に跨っているのが特長であり、情
  報通信関連では運輸・通信業で2.1%のほか、サービス業の12.5%の内数に
  含まれているに過ぎない。




図表2−7 日米VCの業種別投資先






   以上のように米国ではNASDAQ市場の公開会社やVCの投資先として、情報
  通信ビジネスをはじめとする先端技術分野が多い。
   20世紀後半になって組織が肥大化し柔軟性と競争力を低下させた鉄鋼や自動車
  等のビッグビジネスに代わり、経済の基盤を支え牽引する産業として登場したマル
  チメディアやバイオテクノロジー、新素材と行った先端技術分野でベンチャービジ
  ネスが台頭したのは、このような分野にA.技術革新を生かせる企業規模が大きな組
  織を必要としないこと、B.大量生産ではなく多品種少量生産にシフトしていること、
  C.目覚ましい技術の進歩に対応できる柔軟性を備えていること等の要件が揃っていた
  からである。また、革新的な技術を持ち、大学、研究所及び大企業からスピンアウト
  した人々が、独自の発想を効率よく生かすために新たに企業を設立させたため、ベン
  チャービジネスにおいてハイテク企業が多く誕生したものである。
   特に、通信事業については、1984年のAT&Tの分離・分割等大幅な規制緩和
  が進められたことがベンチャービジネスの参入が容易になった要因の一つにあげられ
  ている。
    一方、我が国では、依然としてベンチャービジネスに既存型産業の占める割合が多
  いが、これはA.起業家意識の希薄さから先端技術はそれを生みだす優秀な人材ととも
  に大企業に止まっているケースが多いこと、B.先端技術分野は投資リスクが高くVC
  の投資姿勢が低いこと等の要因によるものと言われている。






 (3) 情報通信インフラ整備状況
   我が国の情報通信インフラの整備状況は、最近急激に伸びてはいるものの、情報
  通信の最先進国と言われる米国と比較して、パソコン通信やインターネットに見ら
  れるようなネットワーク化、パソコン等の情報通信機器(ハードウェア)の普及及
  びデータベースやCD−ROM等のコンテント等のほとんどの項目において米国に
  大きく遅れていることがわかる。(図表2−8)



図表2−8 日米情報通信インフラ比較


比較項目アメリカ日本米国/日本データの出所&コメント
ハードウェア関連就業者数当たりパソコン設置台数(1994年:台/1,000人)551.4146.51.8International Date Corp.(Shipments and Installed Base of Vendors In the U.S.1993) のデータをもとに、アメリカの就業者数は93年末で12,066万人、日本は同6,432万人で試算。
ネットワーク関連 パソコン通信加入者数(1994年、万人) 662.5 356.60.9 アメリカは94年12月末:SIMBA Information Inc.。日本は95年12月、郵政省。
インターネット接続ホスト数(1996年1月) 6,053,000 269,000 10.8 Netowork Wizards社 *前年比増アメリカ90%、日本178%
移動体電話加入台数(1995年、万台) 2,815 936 1.4 アメリカは95年6月現在、CTIA(Cellular Telecommunications Industry Association)Data Survey:日本は96年2月末現在、郵政省。
専用線料金(1995年、円) 96,313 337,000 1.5Mbpsの15kmでの月間レンタル料金(1ドル=105.26円で試算)。日本は96年2月末現在。
CATV加入世帯数(1995年、1,000世帯) 61,025 2,213 13.2 アメリカは95年2月「CATVデータマップ95」放送ジャーナル社:日本は95年3月、郵政省。(都市型CATVに限定)
CATV加入率(1995年、%) 64.0 6.3 データ出所は同上。(日本は都市型CATV加入世帯/NHK放送受信契約世帯数)
CATVトップ企業の加入者数(1995年、1,000人) 11,494 113 48.8 アメリカはTCI、日本は日本ネットワークサービスの加入者数。日本は95年3月。
コンテント・その他関連 ソフト・パッケージ売上高(1992年、億円) 42,200 6,4773.1 アメリカはINPUT:日本はマルチメディア白書(1ドル=100円で試算)日本は94年。
データベース・売上高(1993年、億円) 14,315 2,1083.3 アメリカはUS Industrial Outlook 94年。日本は情報通信年鑑 95年。
国産データベース数(1993年、DB数) 5,100 1,000 2.4 アメリカはGale Directory of Datebaseより:日本はMITI特サビ。DPC「データベース白書」
CDーROMタイトル数(1994年、タイトル数) 13,000 2,600 2.4 「世界CDーROM総覧1995」((株)ペンローグ)(商用CDーROMのみの推定数)
学校におけるコンピュータ設置台数(1992年、1台当たりの生徒数) 24.1 27.3 アメリカは91年、Statistical Abstract of the U.S. 日本は文部省。日本は1995年3月末現在。
中央政府職員1人当たりの情報化予算(1991年、万円) 146 68 1.0 アメリカはQuantum Electronic Database(QED)。日本は総務庁。(1ドル=120円で試算)


(注)米国/日本の数値は、(米国の数値/日本の数値)×(日本の人口/米国の人口)として計算




   日米における情報通信インフラの整備状況の格差を定性的に表したものが図表2
  −9である。この表は米国を基準として見た場合の我が国における整備状況の進行
  度合及び特長を示している。
   まず、ネットワークの分野においては、米国では競争原理を積極的に導入するこ
  とで発展を遂げてきたところであり、我が国も85年以降競争原理を導入してきた
  ところであるが、サービスの多様化等の面で米国に遅れをとっていると言われてい
  る。
   ソフトウェアの分野では、OSやアプリケーションソフトは米国に大きく依存し
  ており、また、MPU等のキーデバイスにおいても米国が圧倒的に強い。
   コンテントの分野においては、我が国の場合、ゲーム・カラオケ・アニメ等の娯
  楽分野で強みを発揮しているのが特長的である。
   以上述べたように、日米では情報通信インフラの整備状況に大きな格差があるこ
  とは歴然としている。このような格差が生じた背景には、米国における情報通信イ
  ンフラ整備に関する歴史的に長い取組みがあったからであるといえる。また、情報
  化の長い歴史の中で、早くからパーソナル化、ネットワーク化の発想があり、しか
  も、ダウンサイジングによって個人レベルでのコンピュータ利用、ネットワーク利
  用が一段と加速されてきているのが現在の状況である。
   今後、我が国におけるこのような情報通信インフラ整備の遅れをいかにして解消
  していくかが課題である。




図表2−9 情報通信の日米比較



2 情報通信ニュービジネスの実施に当たっての課題



(1) 資金調達環境の問題
 情報通信ニュービジネスの起業に当たっては、創業者が開業資金、スタートアッ
プ資金等の資金を円滑に調達できるかが大きな問題となる。
「情報通信ベンチャー企業に対するアンケート調査」によれば、ニュービジネス
を実施していく上での問題点として、「資金調達の困難性」が「人材確保の困難
性」に次いで第2位に挙げられている。
 前述のように開業資金が大幅に膨張しており、とりわけ、情報通信ニュービジネ
スについては装置産業的な側面があり、初期の設備投資が他の産業よりも大きいも
のが多く、かつ、先端産業分野であり高い事業リスクが伴うことから、資金調達の
問題はより大きな意味を有していると考えられる。
 資金供給セクターが創業時に必要な資金を円滑に供給できなければ、ニュービジ
ネスの起業の阻害要因となるおそれがあるが、各資金供給セクターには次のような
問題点がある。

A. 公的支援制度(資金面)
 情報通信ニュービジネスに対する資金面の公的支援制度は、リスクの高い創業
期やスタートアップ段階のベンチャー企業等に対して、研究開発段階における助
成金、事業化段階における出資、民間金融機関からの融資に当たって信用リスク
を補完するための公的機関による債務保証、政府系金融機関を通じた低利融資等
その企業活動の段階に応じて各種支援制度が講じられているが、支援実績の面で
はいずれの制度も十分な効果をあげていないのが実情である。
 これは、次のような理由によるものと考えられる。
 ア 公的支援制度の認知度が低いこと(アンケート調査によれば、通信・放送
  機構による出資、債務保証制度の認知度は1割程度)。
 イ 支援を受けるに当たっての手続きが複雑であること。
 ウ 審査に時間がかかること。
 エ 資金枠、金利メリットが小さいこと。
 このため、各支援制度の効果的な活用を通じて、民間による資金供給で対応可
能な段階へと事業をテイクオフさせていくため、支援制度の拡充、手続きの簡素
化等の方策を講じていくことが必要である。

B. 店頭株式市場
 情報通信ニュービジネスは、一般に、初期段階において安定した収益の確保が
難しく、また、その担い手であるベンチャー企業等は十分な担保力・信用力を有
していないことが多い。
 このような情報通信ニュービジネスに対して活発な資金供給がなされるために
は、調達の際に担保等を必要とせず、長期資金の調達が可能である株式市場の役
割が大きいと考えられる。株式市場においては、起業後、短期間で株式公開が可
能であることが、ベンチャー企業の資金調達にとっても、また、投資家にとって
も非常に重要な要素となる。
 しかしながら、我が国の店頭株式市場は、ニュービジネスの取り組みが活発な
米国においてベンチャー企業の資金調達が主に株式市場を通じて行われているこ
とに比較すれば、次のような問題点を有しており、その役割を十分に果たしてい
るとは言えない状況である。
ア 店頭株式市場の現状
 店頭株式市場の登録社数は94年末で568社であったが、95年5月末現
在で600社に達しており、最近の新規登録会社数は増加傾向にあるが、米国
NASDAQの登録会社数の約9分の1に過ぎない。店頭市場の時価総額につ
いては、94年末には14兆6,200億円に達しているが、これは東証1部
の約4%の水準であり、米国NASDAQの時価総額(78兆4,300億円、 94
年末)がニューヨーク証券取引所(446兆3,700億円)の約2割であることに比
べれば、その規模は未だ小さい。(図表2−10参照)
 また、現在店頭公開を果たしている企業の規模を見ると、資本金が10億円
を超える企業が75%を占めており、我が国の店頭市場は必ずしも規模の小さ
い企業のための市場とは言えない。




図表2−10 日本の店頭市場とNASDAQの比較



日本 (店頭市場) 米国
(NASDAQ)
米国/日本 (倍)
登録社数('94年末)



 新規登録
(年平均'84〜'93)

 廃止
(年平均'84〜'93)

568社



44社


9社
4,902社



637社


566社
8.6



14.5


62.9
時価総額('94年末)

 1社あたり

14兆6,200億円

257億円

78兆4,300億円

160億円

5.4

0.6

売買株数('94年)

 1社あたり

2,357百万株

415万株

75,352百万株

1537万株

32.0

3.7

(注)廃止には他の市場への移行を含む。日本の店頭市場は店頭管理銘柄を除く。
(出所)日本証券業協会「店頭株式統計年報(1994年)」、「証券業報」
NASD「Nasdaq Fact Book & Company Directory1995」



イ 店頭市場の問題点
 我が国の店頭市場には、次のような問題点があると言われている。
 (ア) 企業の設立から店頭公開までに至る期間は平均で約29年となっており、
  米国の約5年に比べると極めて長期間を要しており、創業・スタートアッ
  プ期の企業が株式市場から機動的に資金調達できる可能性は極めて少ない
  こと。
 (イ) 収益性、安定性、経営組織等公開基準以外の厳しい実質基準が存在して
  いること。
 (ウ) 登録審査手続きが複雑・煩瑣であること。
 (エ) 公開価格が入札制度をもとに硬直的に決定されることから、公開後は公
  開価格を下回り取引量が少なくなるケースが多いこと。
 (オ) 証券会社等によるマーケットメイク機能が不十分であること。
  このような店頭市場の活性化を図るため、95年7月から、研究開発型ベン
  チャー企業の資金調達の円滑化、民間資金の活用を図る観点から、ディスクロ
  ージャーの充実等による投資家保護を前提として、赤字企業であっても登録を
  可能とするよう利益基準を撤廃するほか、純資産基準、株主数基準等の登録基
  準を緩和した店頭特則市場が創設されたところである。
   しかしながら、96年2月末現在も店頭特則市場での公開企業はなく、今後
  研究開発型の情報通信ベンチャーが早期に公開できるような活発で開放的な市
  場となるよう、さらに運用面での改善等を行うことが必要である。

C. 民間ベンチャーキャピタルの役割
  我が国のベンチャーキャピタルは120社程度存在しており(図表2−11参
  照)、その投資資金量も年々増えてきている(8,531億円 :95年3月現在)が、
  米国のベンチャーキャピタルと比べると、その役割を十分には果たしていないと
  言われている。アンケート調査においても、情報通信ベンチャー企業の資金調達
  に占めるベンチャーキャピタル投資の割合は、4%弱と極めて低い水準にとどま
  っている。我が国のベンチャーキャピタルの問題点としては、次のような点が挙
  げられている。
  ア 銀行・証券・生損保系のベンチャーキャピタルが7割以上を占めており、独
   立系ベンチャーが少ないため、投資と融資が半々となっているなどリスクテイ
   ク(危険負担)能力が低い。
  イ 米国に比べてレイターステージ(設立後10年超の時期)の企業への投資の
   割合が多く、スタートアップステージ(設立後5年未満の時期)に対する企業
   への投資が少ない。
  ウ ベンチャー企業に対する経営支援は、コンサルティングにとどまっており、
   米国のような役員派遣は行われていない。
  エ ベンチャーキャピタルファンド(投資事業組合)が活用されていない。
  オ 投資対象は全業種にわたっており、情報通信、バイオといったハイテク産業
   に対する戦略的な投資が行われていない。




図表2−11 日米ベンチャー・キャピタルの現状


米国日本備考
VC会社数 591社(94年) 121社(94年) 約1/5
投融資資金量 348億ドル(93年) 12,837億円
(94年)
約1/3
年間投資額 66億ドル(95年) 1,511億円
(94年)
約1/4.4
対象企業
 (1)成長段階
 (2)業種

シード.スタートアップ〜成長中期
ハイテク中心

成長中・後期
全業種
手法 投資(エクイティ[:新株式発行を伴う資金調達]のみ) 投融資
支援 経営参加(役員派遣) コンサルティングによる支援
資金源 リミティッド・パートナーショップ
(最低1%の出資)
自己資金+組合ファンド
+借入金
企業形態 少人数の専門集団
(10名程度)
企業組織
(約330名)
(出所)日本合同ファイナンス(株)資料等



  上記イについては、図表2−12に見られるように我が国と米国との投資ステ
 ージはほとんど変わりなく、日米ともに投資パフォーマンスに対する運用責任か
 らレイターステージに投資している。ただし、米国のベンチャーキャピタルは創
 業前及び直後のシードステージ(設立以前の時期)への投資が6%含まれるのに
 対し、我が国では同ステージに対する投資はほとんど見られない。また、公的な
 制度金融や支援策が支えるベンチャー企業の創業段階とベンチャーキャピタルが
 投資する成長段階に至る間の資本ギャップを、米国では「エンジェル」という個
 人投資家層が補完しているのに対して、我が国ではこのギャップを埋めるシステ
 ムが存在していない。
  上記オの情報通信、コンピュータ、バイオ等のハイテク産業向け投資の割合が
 少ない点については、投資対象としての魅力の差による面もあるが、これらハイ
 テク・ベンチャーの技術評価能力を有し、創業期の企業の経営支援を行うことが
 できる人材不足が指摘されている。



図表2−12 日米VCの成長段階別投資状況



 D. 民間金融機関の役割
  民間金融機関は、我が国の間接金融中心の資金調達環境や豊富な資金量にかん
  みれば、情報通信ニュービジネスに対する資金供給手段として引き続き重要な
  役割を果たし得るものと考えられるが、現在の金融機関からのニュービジネス
  に対する融資については次のような問題点が指摘されている。
  ア 不動産等の物的担保に偏重した融資実行
  イ 不良債権の増大によるリスクテイク能力の低下
   アンケート結果によれば、情報通信ニュービジネスにおける資金調達の手段と
  しては、民間金融機関からの借入金が中心となっている。これは、スタートアッ
  プ期・成長期にあるベンチャー企業は恒常的に旺盛な資金需要を抱えていること
  から、十分な資金を迅速に供給できる民間金融機関からの借入れで対応している
  ためであると考えられる。
   昨今のベンチャー企業支援の気運の高まりに対応して、政府系金融機関・民間
  金融機関においても、ベンチャー向け無担保融資や知的財産権を担保とした融資
  に対する取り組みが行われているところであるが、知的財産権担保融資の普及や
  事業審査能力の向上を通じて、情報通信ニュービジネスに対する資金供給体制の
  確立を図っていくことが期待される。

(2) 優秀な人材の確保の問題
  情報通信ニュービジネスを実施するに当たって、もっとも大きな問題となるのは、
 優秀な人材の確保である。アンケート調査においても、ニュービジネスの実施上の
 問題点として「人材確保の困難性」をあげた企業が7割弱でトップを占めている。
  情報通信ニュービジネスの創業者そのものに係る問題としては、我が国において
 も創業を希望する者、いわゆる開業予備軍は70年代後半から100万人前後で安
 定しており(図表2−13参照)、かつ経済の構造変革の中で実際に企業を起こそ
 うとする動きがある程度強まっているものと考えられるため、それが実際の新規開
 業に結びつかないシステムの問題として位置づける必要がある。
  情報通信ニュービジネスに係る人材確保の問題点としては、次のような事項が考
 えられる。



図表2−13 創業希望者数の推移



A. 創業者教育のためのシステムの不足
  米国では創業者教育のプログラムを持つビジネススクールが多数存在し、ベン
 チャー企業の創業者の多くはこうしたビジネススクールの卒業者であるのに対し
 て、我が国の教育機関においてはベンチャー企業の創業のための経営、財務、経
 理等の講座が極めて少ない。
  このため、我が国のベンチャー企業の経営者は、いわゆるたたき上げや中小企
 業等からのスピンアウトがほとんどであり、実際の企業運営の中で経営ノウハウ
 を実験的に学習している状況である。

B. 国公立大学・公的研究機関等の人材活用の困難性
  大学や公的研究機関においては、ニュービジネスのシーズを有する人材が存在
 しているが、我が国においては国公立大学等の研究者に国家公務員法に基づき兼
 業制限が課せられているため、米国のようにこれらの研究者が技術シーズの事業
 化を積極的に行ったり、民間企業と共同で事業化を行うことに制約がある。

C. 人材の流動性の低さ
  創業・発展期にあるベンチャー企業の人材確保については、これらの企業は知
 名度が低く、高い給与等のインセンティブも付与できないことから優秀な人材を
 円滑に確保することは困難である。このため、ベンチャー企業においては経営者
 をサポートする技術面、財務面等のスタッフが不足しており、これがニュービジ
 ネスの発展を妨げている。
  ベンチャー企業における人材の確保のためには、人材の流動化を促進し、大企
 業の人材の有効活用を図ることが最も有効であるが、我が国においては次のよう
 な問題が労働力の流動化を阻害している。
 ア 大企業においては給与水準に加えて、いわゆるフリンジ・ベネフィット(年
  金、社内ローン、福利厚生施設等の厚生面におけるメリット)が大きく、大企
  業に就職した人材の流動性が低いこと。
 イ 企業間移動を前提とした年金制度のポータビリティが確保されていないこと。
 ウ 民間による有料職業紹介事業や労働者派遣事業の適用対象業務が制限されて
  いるため、多様なニュービジネスの事業ニーズに対応できる人材の迅速な確保
  が困難であるなど、人材提供システムが不十分であること。
 エ 終身雇用を前提とした人事・賃金制度が存在すること。
 オ ベンチャー企業の成功者よりも、大企業での就労を評価するいわば「寄らば
  大樹の影」的な社会風土が存在すること。

(3) ニュービジネスを阻む規制等の存在
  経済的規制や閉鎖的な商慣行は、ニュービジネスの創出を妨げ、自由で活力ある
 市場の実現を困難にしている。情報通信ニュービジネスの起業に当たっては、情報
 通信分野の規制緩和が新たなビジネス・チャンスを生み出し、ユーザーに多様なサ
 ービスの選択の幅を拡げることとなるとともに、医療・教育・商取引き等の分野で
 の様々な規制を緩和することが情報通信ニュービジネスが発展・成長していくため
 の前提となる。
  また、大企業とベンチャー企業との関係は、販売系列や下請けに象徴される支配
 ・従属的なものであり、情報通信ベンチャー企業が開発した技術特許等も十分保護
 されないような例も見られる。このような商慣行に基づく関係がベンチャー企業の
 成長を阻害している面がある。
  情報通信ニュービジネスの展開のためには、政府の規制緩和計画に盛り込まれた
 内容を着実に実施していくことに加えて、ニュービジネスの成長・発展のために広
 範な分野での制度・商慣行等の改善が必要であるが、規制の緩和等に当たって自己
 責任原則の確立に留意することが不可欠である。

(4) 知的財産権の保護の問題
  研究開発型産業である情報通信ニュービジネスにおいては、そのシーズとなる研
 究開発の活性化が必要であるが、その成果としての工業所有権の保護の在り方が大
 きな問題となる。また、コンテント(情報)の制作や流通に係わる情報通信ニュー
 ビジネスにとっては、著作権等の知的財産権が適切に保護されるルールが確立され
 ていなければ、創造力に優れた者が制作に携わろうとするインセンティブを低下さ
 せるとともに、円滑な二次利用等が阻害され、ニュービジネス創出の制約要因とな
 るおそれがある。
  我が国では、知的財産権の保護についての関心が高いとは言えず、そのために、
 新たな技術シーズを基礎としてニュービジネスを起業しようとしても、必要な権利
 保護を受けられず困難に陥る場合や、特許等の出願から登録までに時間がかかり、
 その間に大企業等が相当規模で市場に参入して先行者利益が確保されない場合が見
 られる。
  このため、知的財産権を尊重する社会風土を醸成するとともに、それを制度的に
 担保する仕組みの構築が必要である。

(5) 税制面の問題

 A. 高率の法人に対する実効税率
    昭和49年以来、法人税率は40%以上に設定され、とりわけ、昭和59年か
 ら62年までの間は43.3%の高率であった。その後、所得・消費・資産の間
 でバランスのとれた税体系を構築することを目的とした抜本的税制改革(63年
 12月)の結果、法人税率は段階的に平成2年までに37.5%に引き下げられ
 た。この結果、平成7年度において、地方税である法人住民税、事業税を合わせ
 た、法人に対する実効税率は、49.98%となっている。
  このように、法人に対する実効税率は我が国においても引き下げられてきてい
 るものの、これを国際的にみた場合、我が国の水準はきわめて高いと言わざるを
 得ない(図表2−14)。すなわち、我が国の法人に対する実効税率は、米国
 (41.05%)、英国(33.00%)、フランス(33.33%)といった
 欧米先進国との比較においても高水準であり、さらに、香港(16.50%)、
 韓国(32.25%)、タイ(30.00%)といったアジア諸国との比較では、
 その差は歴然としている。こうした高率の法人に対する実効税率は、我が国産業
 の空洞化を招く懸念が指摘されているが、企業の情報通信ニュービジネスへの取
 組みに対しても、マイナスの効果をもたらすものと考えられる。



図表2−14 法人課税の実効税率の国際比較



B. 法人課税の適用状況
  上記のとおり、我が国における法人税率は国際的に見て高率であるが、現実の
 法人に対する課税状況を分析してみると、法人税の負担に歪みが生じていること
 がわかる。すなわち、国税庁発表の「平成6年分税務統計から見た法人企業の実
 態」によれば、全法人236.9万社中、欠損法人が148.7万社と62.
 8%を占めており、全法人の6割強は、そもそも法人税を納めていないことが判
 明する。また、中小法人の年800万以下の所得に対しては軽減税率が適用され
 ること等により、実際に49.98%の実効税率が適用されているのは約1.4
 万社(0.6%)に対してに過ぎない。したがって、我が国の法人課税は、税率
 が高率であるだけでなく、それがごく一部の企業に対してのみ課せられていると
 言うことができる。企業、とりわけ異分野から情報通信ニュービジネスに進出し
 ようと考えている企業にとって、このような法人課税の状況もまた負の要因と
 なっているものと考えられる。

C. 租税特別措置等の既得権化
  租税特別措置及び非課税等特別措置(「租税特別措置等」と総称される。)は、
 特定の政策目的を実現するための政策手段である。情報通信分野においては、昭
 和60年の電気通信事業に対する競争原理の導入を契機として、情報通信の高度
 化、地域情報化の推進等を目的として、「特定電気通信設備の特別償却制度」等
 の租税特別措置等が設けられており、後述のとおり、平成7年度からは、情報通
 信ニュービジネスの振興を目的として、通信・放送新規事業の実施計画の認定を
 受けた者に対して欠損金の繰越期間の特例が設けられており、それぞれの政策目
 的の実現に大きく寄与している。しかしながら、租税特別措置等を全体としてみ
 た場合、平成7年度時点で、全体で79項目の租税特別措置中、昭和24年に創
 設された措置を筆頭にして、創設後20年以上の長期にわたる措置が43項目に
 及んでおり、その長期化、及びこれに伴う既得権化が指摘されている状況にある。
 このため、情報通信分野における新たな政策目的実現のための租税特別措置等の
 新設はきわめて困難な状況にあり、たとえ新設されても、十分な措置が講じられ
 ないといった問題点を抱えている。