第3章 情報通信ニュービジネス育成のための政策的対応の方向性



 現在、米国においては年間に70万社以上(米国中小企業庁統計:1993年)の法人が
新たに設立されている。このように多くの企業が設立される背景には、情報通信、バイオ
テクノロジー、新素材といった分野での先端的な技術、ノウハウを有した人々が大学、研
究所、大企業等からスピンオフし、大企業に帰属することなく独自の発想と技術により新
たに企業を設立させたという事実がある。特に、産業構造自体が、従来の大量生産型の製
造業からマルチメディアに代表される情報通信分野のように、独自性、創造性が鍵となる
ソフト産業中心へ転換してきたことも新規企業の設立の条件として有利に働いたと考えら
れる。
  米国では、1980年代の不況期における大企業のリストラクチャリングによる雇用
減少をベンチャービジネスが吸収した結果、失業率が安定的に推移してきたと捉えること
が一般的な見方となっている。
  我が国の情報通信分野においても、独創的な新技術のシーズを有し、柔軟な事業展開
が可能なベンチャー企業がニュービジネス創出の中核を担い、21世紀に向けての雇用を
確保していく源泉となることが期待される。
  しかしながら、我が国においては、前述のようなニュービジネスの起業に当たっての
問題点が存在しており、それら問題点を解決することにより情報通信ベンチャー企業の育
成のための環境整備を図っていく必要がある。



1 資金調達環境の整備




  (1) 公的支援制度の改善

   A. 既存の公的支援制度の改善・拡充
     情報通信ニュービジネスの育成に関する公的支援制度は、郵政省の認可法人で
    ある通信・放送機構による先進技術型研究開発助成、通信・放送新規事業に対す
    る出資・債務保証、政府系金融機関による通信・放送新規事業育成融資等が存在
    するが、情報通信ベンチャー企業等の創業・スタートアップを支援するため、こ
    れらの公的支援制度の改善・拡充を検討することが必要である。
     特に、平成7年度第2次補正予算で創設されたニュービジネスに繋がる技術シ
    ーズを有した情報通信ベンチャー企業の研究開発を支援するための助成制度は、
    第1回目の募集において、予算額1億円に対して61件総額10億5千万円の応
    募があり、研究開発段階での資金需要の高さに十分対応できていないことから、
    早急に予算枠の拡大が求められる。
     また、通信・放送新規事業に対する出資については、情報通信分野の技術革新、
    市場ニーズの急速な変化に対応しつつ、適正なリスク判断に基づく出資によりそ
    の効果を上げていくためには、民間ベンチャーキャピタルのノウハウ等を活用し
    た新たな投資スキームを検討すべきである。

   B. 既存の公的支援制度に係る情報提供の拡大
     既存の公的支援制度の一層の有効利用を図るため、支援制度に係る情報の提供
    手段を多様化し、民間における認知度を向上させていくことが必要である。具体
    的には、
    ア  地方電気通信監理局を通じた説明会等の開催
    イ  金融機関、経営コンサルタント、事業者団体等による制度の紹介機能の強化
    ウ  ニュービジネス創業に関する電話相談窓口の設置
    エ  インターネットのホームページを活用した支援制度の紹介
    等による情報提供の拡大が求められる。

   C. 手続き・審査体制の改善
     公的支援制度を受けるための手続きが煩雑で審査期間に長期を要するため、支
    援制度自体に魅力を感じないという声が多い。特に、ベンチャー企業においては、
    経営者が全ての業務を一人で担っているようなケースが多いことから、支援制度
    を受けるための手続きに係る作業コストが大きい場合には、支援制度自体のメリ
    ットが薄れることとなる。また、審査期間が長いことは、ベンチャー企業が必要
    とする時期にタイムリーに資金を供給できないこととなる。
     このため、通信・放送機構における技術面、財務面の審査スタッフの充実、審
    査プロセスの簡素化、部外の専門機関の活用等により、合理的な手続きで迅速な
    対応が可能な審査体制の整備を図っていくことが必要である。


  (2) 店頭株式市場の改善

    株式市場を通じて民間資金を活用していくためには、株式市場におけるリスクテ
   イク機能を向上させるとともに、創業・スタートアップ期にある企業が起業後、短
   期間で株式公開が可能となる活発で開放的なマーケットとしていく必要がある。そ
   れと同時に、ディスクロジャーの一層の徹底を図るとともに、リスクテイク能力を
   有する機関投資家等が資金供給を行えるような仕組みを整備するとともに、自己責
   任原則をはじめとして投資家側の意識改革も図っていく必要がある。このような観
   点から、情報通信ニュービジネスの育成のための店頭株式市場の改善策としては、
   次のような点があげられる。

   A. 公開に係る基準の透明性の確保

     95年7月に店頭特則市場が創設されたことによって、公開基準として公表さ
    れている利益基準、純資産、株主数等については、店頭市場と米国NASDAQ
    との間での大きな差異は解消された(図表3−1参照)。しかしながら、店頭公
    開を果たした企業の水準は形式基準と大幅に乖離している。実際に店頭公開した
    企業の公開時のデータを定量化した結果によると、純資産では最少で形式基準の
    3.2倍、税引前利益では最少で10倍となっており、いわゆる実質基準の存在
    が新規公開を制限している大きな要因となっていると考えられる。
     このため、情報通信ベンチャーのように将来の成長が期待される企業について
    は、不透明な実質基準で公開を制限することなく、形式基準を満たすならば速や
    かに公開を認めるよう基準の透明性を確保すべきである。95年7月の大蔵省証
    券局長通達により、店頭公開に係る実質基準の不存在の確認がなされたが、今後
    は運用面での実効性を確保していく必要がある。
     また、店頭特則市場における研究開発型ベンチャーの公開を促進するため、現
    在3%以上とされている研究開発費の売り上げ高比率を引き下げること等により、
    対象範囲の拡大を検討すべきである。


図表3−1 NASDAQ及び日本の店頭市場の公開基準



NASDAQ日本店頭市場
NMS
(第1基準)
NMS
(第2基準)
スモールキャップ 本則基準 特則基準
純資産 400万ドル
(4億円)
1,200万ドル
(12億円)
200万ドル
(2億円)
2億円
(直前期)
2億円
(登録日)
総資産 なし なし 400万ドル
(4億円)
なし なし
税引前利益 AかつB
A税引前利益
(直前期また
は直前3期の
うち2期)
75万ドル
 (0.75億円)
B税引後利益
(直前期また
は直前3期の
うち2期)
40万ドル
 (0.4億円)
なし なし 直前期
1株当たり10
なし
(赤字企業も
可)
税引後利益 40万ドル なし なし なし なし
発行済株式数 50万株 100万株 10万株 登録時
  200万株
直前期平均
  100万株
なし
一般投資家
所有株式数
(公開株式数)
50万株
流通市場価値
300万ドル
(3億円)
100万株
流通市場価値
1,500万ドル
(15億円)
10万株
流通市場価値
100万ドル
(1億円)
登録申請時の
発行済株式数
×12.5%+25
万株
なし
1株当り買い気
5ドル 3ドル 3ドル なし なし
株主数 公開時株式数
100万株未満
   800人
100万株以上
   400人
400人 300人 登録時発行済
株式数
2,000万株
未満
   200人
2,000万株
以上
   400人
登録日現在
   50人
配当 なし なし なし なし なし
設立経過年数 なし 3年 なし なし なし
マーケットメーカー数 2社 2社 2社 2社 2社
1ドル=100円で換算
(出所) 日興リサーチセンター投資月報(1994.5)より作成


   B. 公開価格決定方式の見直し

     新規株式公開における価格は、入札制度をもとに硬直的に決定されることから、
    公開するときの価格及び初値は、一般に企業実態に比較して割高になる傾向が見
    られるが、公開後は公開価格を下回り取引き量も少なくなる場合が多い。このた
    め、公開時以降は時価発行増資が不可能となるなど、店頭市場での円滑な資金調
    達に支障を来すこととなるとともに、株式の流通性を低下させる大きな要因とな
    っている。
     公開価格が企業実態に即したものになるよう、画一的な方式によるのではなく、
    ブックビルディング方式(アナリストによる需要予測に基づいた株価算定方式)
    や、ロードショー方式(会社説明による需要積み上げ方式)の導入を検討すべき
    である。

   C. マーケットメイク機能の強化

     相対取引きを基本とする店頭市場では、証券会社による積極的なマーケットメ
    イク機能機能が市場における円滑な取引きの重要な要素となる。
     米国NASDAQでは公開後の株価について、証券会社が売り・買い気配をお
    およそ5%の範囲内に設定し、常に取引きを成立させることに努めているととも
    に、投資家からの売買申込みがあれば最低100株の売買に応じなければならな
    いことによるマーケットメイク活動が活発に行われ、これがNASDAQの流通
    性の高さにつながっていると言われている。
     我が国の店頭市場においては、マーケットメイク機能を果たすとされる登録
    ディーラーは、最低週2回の気配値(売り・買い一方のみで可)の提示と一単位
    (通常一株)の取引きに応ずることが義務づけられているにすぎず、実際には登
    録ディーラーは売買可能な価格と乖離した気配値を付けることが多く、その結果
    売買量が低くなっているのが実態である。
     店頭市場における売買量を増やしていくためには、実際の売買を行っている日
    本店頭証券(株)を有効に活用するとともに、NASDAQにおいて行われてい
    るマーケットメーカー制度を段階的に導入していくことが必要である。

   D. 店頭市場の位置づけの見直し

     NASDAQは米国株式店頭の中核を占めるだけでなく、登録会社数、出来高
    ともニューヨーク証券取引所を抜いて全米で最も売買が活発な市場となっている。
    また、NASDAQにおける業種別時価総額の構成比にみられるように(図表2
    −5)、成長性の高いハイテク企業が公開するハイリスク・ハイリターンの市場
    としての特長を有している。ベンチャー企業を中心にむしろ積極的にNASDA
    Qへの公開を目指す企業も多く、これら企業にとって最も魅力的な資金調達の場
    となっている。
     これに対して、我が国の店頭市場は取引所の補完的機能を果たしていくものと
    して位置付けられており、店頭市場の卒業生が取引所1部・2部市場に登録する
    ような序列的なものと理解されている。店頭市場における業種別時価総額の構成
    比は図表2−5のようになっており、ハイテク企業中心の構成とは言えない状況
    である。
     店頭市場を成長性に富む中小のハイテク企業群が多数公開する魅力的なものと
    していくためには、取引所の補完とされている店頭市場の位置づけを見直すとと
    もに、店頭市場をより魅力的なものとしていくように、取引ルール、取引慣行等
    をハイリスク・ハイリターン型の市場としての色彩を強くするよう改善していく
    必要がある。

   E. 登録に係る申請手続きの簡素化

     店頭登録の際に必要となる申請書類の簡素化、監査法人と証券会社で重複して
    行われる審査の見直し等により、投資家に対する情報開示のために必要な書類を
    確保しつつ、申請書類の簡素化を図っていくことが必要である。

 (3) 戦略的なベンチャーキャピタルの育成

   A. 資金供給手段の多様化

     将来的な成長が見込まれる情報通信ベンチャー企業が、思い切った事業展開や
    ニュービジネスのための投資資金を賄うためには、ベンチャーキャピタル資金が
    大きな役割を果たすこととなる。
     特に、金融機関からの借り入れのための慢性的な担保不足に悩んでいるソフト
    ウェアやコンテント制作分野の未公開のベンチャー企業については、公開企業と
    なる以外はマーケットメカニズムを利用し資金調達する手段はないことから、資
    金源泉としてのベンチャーキャピタル資金のアベイラビリティが重要視される。
     我が国のベンチャーキャピタルの資金は、自己資金と投資事業組合によるベン
    チャーキャピタル・ファンドによる資金の2種類があり、それぞれの投資残高は
    95年3月末現在で前者が5,876億円、後者が2,655億円(通産省「ベ
    ンチャーキャピタルの投資状況調査」)となっている。これは、米国のベンチャ
    ーキャピタルの投資量(350億ドル:93年末)に比べると低い水準にとどまっ
    ており、ベンチャーキャピタル資金の充実が求められる。米国においては、ベン
    チャーキャピタルの投資資金の大半がリミティッドパートナーシップと呼ばれる
    ファンドを通じて調達されているが、ファンドの出資源の47%を年金基金が占
    めており、ベンチャーキャピタルの投資資金の重要な担い手となっている。
     リミティッドパートナーシップに類似の我が国の投資事業組合の出資源は、事
    業会社、銀行等からの出資が多く、年金基金からの出資は未公開株式投資に対す
    る運用規制等のためほとんど存在しない(図表3−2参照)。
     このため、投資事業組合の運用状況のディスクロージャー等を図りつつ、年金
    基金の運用緩和により、情報通信ベンチャー企業等に対するベンチャーキャピタ
    ル・ファンドの充実を図ることを検討すべきである。
     また、簡易保険の指定単運用等においては、制度的には投資事業組合を通じた
    未公開株式投資は可能となっているが、現在のところ実績はない。リスク管理の
    徹底方法等機関投資家側の対策を含め、これらの資産が情報通信ベンチャー企業
    等へ円滑に投資されるような仕組みの構築を検討すべきである。


図表3−2 日米VCファンドへの出資比較



   B. 経営支援機能の充実

     創業・スタートアップ期の企業には、資金の供給とともに、技術提携先、販売
    提携先の斡旋や顧客の紹介、経営陣強化のための人材紹介、経営情報の提供など、
    資金供給の枠を超えた多様な支援が要請され、このような総合的な企業育成・支
    援を行うことがベンチャーキャピタルに本来期待されている役割である。
     先進的なベンチャーキャピタルにおいては、投資先企業に対する人材紹介、人
    材派遣等を積極的におこなっているものもあるが、我が国におけるベンチャーキ
    ャピタルの投資先企業に対する経営支援は、米国に比べるとまだまだ不十分であ
    る。このため、ベンチャー企業が脆弱と言われる財務管理・販路開拓や綿密な事
    業計画の作成等について支援できるよう、ベンチャーキャピタルにおける専門ス
    タッフの充実が不可欠である。
     また、情報通信の技術面の専門知識を有したベンチャーキャピタリストを育成
    するため、ベンチャーキャピタルと大学や研究所等の技術情報の交流のためのネ
    ットワークの構築や、ベンチャーキャピタルによる役員派遣の促進を図るための
    環境整備を行うことが必要である。

   C. 投資事業組合の有効活用

     現在我が国には約180(94年末)の投資事業組合が存在するが、全業種を
    対象に投資を行っており、また、投資対象ステージも株式公開の5年程度前とな
    っており、特定の事業分野や特定のステージの企業に集中的に投資するような特
    長的な投資事業組合はほとんど存在しない。
     投資事業組合の資金は、経済合理性に基づく投資資金であり、リスクに見合う
    期待収益率が確保される案件に投資するというビヘイビアを有しているため、投
    資資本の回収・増殖が可能かどうかという判断基準によってのみ投資を決定する
    こととなる。しかしながら、技術革新や市場ニーズが急速に変化する情報通信分
    野については、一般のベンチャーキャピタルでは投資に係る期待収益率の判断が
    困難であり、この結果情報通信分野への投資が進まない結果となる。
     このため、情報通信ニュービジネスに対する投資に特化した投資事業組合の設
    立を促進することにより、情報通信分野のベンチャー企業に対する資金供給の円
    滑化を図る必要があるが、これは、情報通信分野に対する投資に精通したベンチ
    ャーキャピタリストの育成にも資するものと考えられる。
     特に、情報通信分野のシード・ベンチャーに特化して投資を行う投資事業組合
    については、政策的な意義も高いが、投資回収リスクの高さ等の理由で民間だけ
    では必要なファンドを形成することが困難である場合には、国からの出資により、
    民間資金の呼び水効果を果たすべきである。
     また、現在の投資事業組合への出資単位は通常1億円であり、個人投資家を対
    象としたものとはなっていない。このため、投資金額の小口化を図り、個人投資
    家から広く資金を集めるようなファンドの創設も検討すべきである。

   D. ベンチャーキャピタルによる投資促進のための環境整備

     ベンチャーキャピタルの投資は企業の株式資本の充実だけでなく、株式公開の
    可能性を一段と高め、その結果、金融機関の与信枠の拡大を促すという資金サイ
    クルを形成する。
     創業・スタートアップ期から成長期への成長資金をカバーする金融システムが、
    エンジェルなど多様な投資家層を持つ米国に比べて、我が国の起業ファイナンス
    面では手薄になっている。
     このため、今や1,000兆円にも達する個人資産のベンチャーキャピタル・
    ファイナンスへの流入を促進し、ベンチャー企業の成長における資本ブランクを
    埋める投資環境整備を図っていくことが必要である。具体的には、早期に公開が
    可能となるような店頭市場の改革に加えて、情報通信などのハイテク産業のシー
    ド・ベンチャー等政策的意義が高いと考えられる分野についてのベンチャーキャ
    ピタル投資に対する投資損失準備金制度の創設等の税制上のインセンティブや、
    現在民法上の任意組合である投資事業組合をより優れたベンチャーキャピタル・
    ファンドとして機能するよう無限責任に係る法制面の整備等法的位置づけの明確
    化等が求められる。

 (4) 民間金融機関による資金供給の円滑化

    我が国の間接金融の資金量やアベイラビリティを勘案すれば、情報通信ニュービ
   ジネスに対する資金供給に果たす金融機関の役割は大きい。また、次世代を担うベ
   ンチャー企業によりニュービジネスが多数輩出されれば、金融機関にとってのメリ
   ットも大きい。
    昨今、一部の金融機関においてベンチャー向け無担保融資や、知的財産権を担保
   とした融資が緒についたところであるが、このような取り組みを一層促進していく
   ことが必要である。情報通信ベンチャー企業に対するアンケート調査によれば、何
   らかの知的財産権を有している企業のうち、約47%が知的財産権担保を利用した
   いと答えており、知的財産権担保融資に対するニーズは高い。知的財産権担保の利
   用形態としては、既に開発実績のあるソフトウェア等を担保とする形態よりも、現
   存しないが開発計画を有しているソフトウェア等を担保とする形態の利用意向が多
   くなっている。
    知的財産権担保融資の促進に当たっての問題点は、知的財産権に係る担保価値評
   価が困難なことである。通商産業省が知的財産権の担保評価に当たってのガイドラ
   インを公表するなどの動きが見られるが、担保評価の手法はそれぞれの分野等によ
   って異なってくることから、各分野の特性、知的財産権の種類等に応じたよりきめ
   細かなガイドラインの作成が求められる。