4 ビジネスインキュベータの活性化



(1) インキュベータの概念

  インキューベータとは、新たなビジネスを孵化・育成する意味であるため、概念
 的にはニュービジネスを創出する仕組み自体を指すものであり、広義には、ベンチ
 ャーキャピタルや金融機関等の資金の供給者や、政府、地方公共団体、経済団体等
 ニュービジネスにかかわるすべてを含み得ると考えられる。狭義には、インキュベ
 ータを事業として行っている機関(ビジネスインキュベータ)を指す(図表3−5
 参照)。
  欧米では、この10年間ビジネスインキュベータの設立が相次いでいる。イン
 キュベータの存在形態は多様であり、そのコンセプトもかなり幅広いものであるが、
 一般的には、「創業準備段階もしくは創業初期の企業に、オフィス・スペースや設
 備を提供し、併せて情報提供、経営面でのサポートを行うことにより、企業の孵
 化・成長を助長する機関」というように定義されると思われる。全米ビジネスイン
 キュベータ協会の定義でも、「ビジネスインキュベータは、ひ弱な創業期において
 共に企業の存続と成長を助けるうえで、養成的な役割を演じている。」とされてい
 る。


図表3-5 インキュベータの概念




(2) ビジネスインキュベータの現状

  A. 米国におけるビジネスインキュベータの現状
     ・米国では、1985年以降ビジネスインキュベータの設立が活発化しており、その
   数は93年上期までで累計で500を超えている(図表3−6参照)。インキュ
   ベータは今や一つの産業として成立しているが、業歴5年未満のものが52%を
   占めており、極めて若い産業である。
   ・インキュベータの設立の目的は多様であるが、図表3−7のようにタイプとし
   ては、
   ア 地域経済の振興を目的としたもので、地方公共団体や地域開発団体が主体と
    なっているもの
   イ 大学等の研究成果である技術シーズを地域の企業等へ移転させることを目的
    としたもので、大学や研究機関が主体となるもの
   ウ 民間がニュービジネスとして営利目的で取り組むもの
   の3つに類型化されるが、この混合型のものも相当数存在する。インキュベータ
   は、元来地域経済の振興による雇用の創出といった目的が強いため、主要なスポ
   ンサーとしては、図表3−8のように地方公共団体が中心となっている。
   ・インキュベータの経営状況はおおむね苦しく、連邦や州からの補助金が収入の
   4割程度を占めている。その他の主要な収入は、テナントからの家賃収入であり、
   テナントに対するサービス・フィーは6%程度と低い割合にとどまっている。


図表3-6 アメリカ及びカナダの設立年別インキューベータ数





図表3-7 インキューベータの設立主体と目的



タイプ
目的
セールスポイント
主な事例
地方公共団体 ・地域開発団体 タイプ 地域経済開発を主な目的として、 地域経済の振興及び雇用創出 が目的 ・低賃料のオフィススペースの提供 ・経営サポートシステム(マーケ ティング、資金調達のノウハウ) ・アクロン・インダストリアル・ インキュベータ・ ・フルトン・キャロル・センター
大学・研究機関 タイプ 大学の研究開発レベルを向上さ せ、ハイテク・ビジネス・シーズ を地域の企業へ移動させることが 主な目的。 ・大学の研究施設(情報センター、 オープンラボ等)の利用の便 ・学生アルバイトの確保の容易さ ・ユニバーシティ・サイエンス・ センター ・ジョージア・テック ・フィラデルフィア大学
民間企業タイプ 民間企業がニュービジネスとしてインキュベータに取組むもので、基本的には企業に対するコンサルティングや経営ノウハウのライセンス化により収入を得たり、株式を保有し、これを売却することによりキャピタルゲインを得るタイプと賃貸ビル業としてテナント収入を目的とするものがある。 ・インキュベータ経営のノウハウ・コンサルティング(株式公開等) ・ビジネス・アンド・テクノロジー・センター(コントロール・データ社)



図表3-8 インキューベータの主要なスポンサー





  B. 米国における成功例
    インキュベータにおいて成功という評価を受けているのは、大学と連携して研
   究開発型のハイテクベンチャーをテイクオフさせているインキュベータに多い。
   テキサス州では、テキサス大学の一機関であるIC2(アイシースクウェア)研
   究所が中心となってインキュベーション活動を展開し、これまでに多くのベンチ
   ャービジネスを世に送り出している。IC2 は、低廉なオフィス・事務環境の提
   供、資金面での支援、事業・経営面での支援等のサービスを専門家、関連機関と
   の連携を図りながら実施しており、スペース、資金、経営ノウハウ等の経営資源
   を自己のネットワークを有効に活用して適切に組み合わせて主導的に提供してい
   る点に成功の秘訣があると考えられる。
  C. 我が国におけるビジネスインキュベータの現状
    我が国におけるインキュベータの数は米国に比して歴史の浅いこともあって正
   確には把握されていないが、約20〜30のインキュベータが存在するといわれ
   ている。
    我が国のインキューベータの設立は、テクノポリス構想等国の産業政策・地域
   振興政策のもと、国・地方公共団体等の協力による地域活性化施策の一環として
   行われる場合が多く、このため、事業方式も第3セクター形態が主流となってい
   る。一方、大学・研究機関と連携したインキュベータはほとんど存在せず、この
   点が米国とは大きく異なっている。
    我が国のインキュベータの代表例としては、図表3−9のようなものがあるが、
   昨今のベンチャービジネス・ブームに乗って、地方公共団体を中心とした新たな
   インキュベーション・システムが相次いで整備されつつある。
    我が国におけるインキュベータは、施設提供等のハード面のサービスと金融支
   援を含めベンチャー企業が持たない経営面のノウハウ等のソフト面のサポートの
   双方を行っている場合が多いが、ハード面に比べてソフト面の支援が不十分であ
   るとの指摘がなされている。金融機関によるインキュベータ施設のテナント企業
   に対するアンケート調査によれば、必要とされるソフト面のサポートの優先順位
   としては、ア金融面の紹介、イ技術面の支援、ウ企業間交流の機会の提供、エ販
   売先の紹介となっている。一方、インキュベータ側でも金融面の紹介、技術面の
   支援等は上位にあがっているが、販路開拓支援等については優先順位が低く、実
   際にもこのようなサービスを提供していないところが多く、テナントとインキュ
   ベータの間にギャップが見られる結果となっている。
    インキュベータの中には、政府系金融機関からの低利・無利子融資や税制特例
   等の公的支援措置を受けているものが多いが、経営面では苦しいところが多い。
   これは、テナント側のベンチャー企業がスタートアップ段階の企業であるため低
   廉な料金でスペースを提供しなければならない一方で、テナント企業は事業化に
   係るリスクが高く、賃貸料や各種支援サービスの対価をインキュベータが確実に
   受け取れる保証が少ないためである。
    我が国のインキュベータの数少ない成功例といわれているのは、財団法人大阪
   市都市型産業振興センターが運営している島屋ビジネスインキュベータ(OBI
   S)である。OBISは、大阪市並びに大阪商工会議所ほかの産・学・官の協力
   によって研究開発型中小企業に対してハード・ソフト両面において特長ある支援
   サービスを提供しており、現実にベンチャー企業を卒業させている。OBISの
   運営の特長は以下のとおりである。
   ア 入居に際しては、技術力・企業家マインド・将来性などについて審査が行わ
    れること。
   イ 24時間利用可能な事務所スペースを初年度・2年度は一定の割引率で提供
    する傾斜料金システムを採用し、テナント企業に優遇措置と開発プレッシャー
    を与えていること。
   ウ 経営・事務面でのサポートについては、出えん金融機関から派遣された専属
    のコーディネーターをおき、営業・経営面でのサポートを積極的に果たしてお
    り、特に、地方公共団体等の制度融資等の手当、産業技術に関する情報提供な
    どはテナントから高い評価を受けていること。
   エ 技術面のサポートでは、専属のコーディネーターが日常的にあたるほか、大
    阪市立大学、大阪市工業研究所等とのネットワークを活用して専門的な支援を
    受けられる仕組みとしていること。
    また、異業種あるいは異なる技術分野の企業との交流や融合化の支援も行って
   おり、スピルオーバー効果を通じた外部経済効果を発揮している。


図表3−9 代表的インキュベータの例




施設名等設立時期所在地事業主体支援サービス
地方公共団体・
地域開発団体
タイプ
ヤング・エジソン支援育成事業 平成7年 岡山県 ・岡山県 ※全国の大学院生等を対象
※企業設立後5年間県内に本社を置く条件

・研究開発段階の助成
・企業設立段階の融資
・経営指導

富山技術交流
センター
昭和60年 富山県 ・(財)富山技術開発財団 ・研究開発段階の助成
・研究開発資金の借入に対する債務保証
・情報提供
・異業種交流サービス
愛知県技術開発交流
センター
平成6年 愛知県 ・(財)科学技術交流財団 ・スペース賃貸
・異業種交流サービス
・情報提供
島屋ビジネス・インキュベータ 平成元年 大阪市 ・(財)大阪市都市型産業振興センター ・スペース賃貸
・技術
・経営管理支援
・情報提供
・異業種交流サービス
東北インテリジェント・コスモス構想 平成元年 宮城県 ・(14)東北インテリジェント・コスモス研究機構 ・研究開発会社設立支援機能
・研究開発実用化支援制度
大阪府研究開発型企業振興財団(FORECS) 平成2年 大阪府 ・大阪府研究開発型企業振興財団(FORECS) ・間接ベンチャーキャピタル
3セク方式タイプ かながわサイエンスパーク 平成元年 神奈川県 ・ケイエスピー(3セク)
・(財)神奈川科学アカデミー
・(財)神奈川高度技術支援財団
・インキュベート機能
・スタートアップ機能
・交流機能
・人材育成機能
尼崎リサーチインキュベーションセンター 平成3年 尼崎市 ・(14)エーリック ・インキュベート機能
・スタートアップ機能
・交流機能
・人材育成機能
民間企業タイプ 京都リサーチパーク 昭和62年 京都府
京都市
・大阪ガス(14) ・スペース賃貸
・異業種交流サービス



(3) 我が国のビジネスインキュベータの活性化のための方策

  我が国のインキュベータは、前述のように経営面のノウハウ等ソフト面のサポー
 トが十分でないこと、採算性の面からインキュベータ自体の事業リスクが高いこと
 等の問題点を有している。他方で、施設・設備等のハード面は比較的充実している
 ことから、各種経営資源の提供サービス等の充実により、テナント企業と一体とな
 って事業の孵化を促進し、ハードの使用効率を高めていくことが必要である。
  今後、ソフト面の支援を中心としたインキュベータの活性化により、情報通信を
 はじめとするベンチャー企業を孵化していくためには、次のような対応策を講ずる
 ことが必要である。

 A. 経営面での支援の充実
   テナント企業からのニーズの高い技術面での支援について、専門スタッフによ
  る相談、技術情報の提供、他のテナント企業や公設試験研究所等との技術交流や
  共同研究の斡旋を行っていく必要がある。また、金融面の支援についても、金融
  機関等の専門のスタッフにより、国や地方公共団体の制度金融や助成措置の紹介
  ・斡旋、これに伴う事業計画・資金計画の作成支援等を積極的に行っていく必要
  がある。
   しかしながら、3セク形式のインキュベータは地方公共団体の出向者等が運営
  しているケースが多く、経営面での支援体制を全て内部で整えることは膨大なコ
  ストを要することとなり、インキュベータの事業経営を更に悪化させる可能性が
  大きい。
   このため、地方公共団体、金融機関、地域経済団体、大学、公設試験研究所等
  の外部支援活用のためのネットワークを構築し、インキュベータ自身は総合的な
  コーディネーターとしてテナント企業のニーズと外部の資源をマッチングさせる
  役割を担うことが必要である。
   また、インキュベータの経営者・スタッフとして、ベンチャー企業の成功者や
  ベンチャーキャピタリストを活用する方策を検討すべきである。
 B.  企業間交流の促進
   テナント企業間、テナント企業と外部の企業や研究機関との交流の機会として、
  セミナーや研究会の開催に積極的に取り組むことが必要である。ベンチャー企業
  が開発した情報通信の新技術・新製品に係る展示会やイベントを開催して、ビジ
  ネスチャンスを生み出すように、企業間の交流により販路の開拓や業務提携等の
  実質的な効果を生み出すような企画と運営力が求められる。このため、多くの外
  部機関とのネットワークを有するスタッフの確保が重要である。
C. 大学・研究機関によるインキュベーションの促進
   大学や研究機関の技術ノウハウや人材等を有効に活用するため、これらの機関
  が中心となるインキュベータ事業の役割が重要である。我が国においても、東北
  インテリジェントコスモス構想のように、大学を中心としたインキュベーション
  システムは存在するが、未だ数は少ない。このため、大学の研究者の兼業規制の
  緩和、大学の施設・設備等の開放、複数の大学相互間の協力体制の構築等を検討
  することが必要であるとともに、公設試験研究所が地元企業の研究開発に対して、
  ハード・ソフト両面で積極的な役割を果たしていくことが重要である。
 D. 国・地方公共団体等による支援の拡充
   インキュベータは、そもそも営利事業としては成り立ちにくいものであること
  から、その運営に当たっては国・地方公共団体等からの支援の拡充が求められる。
  現在でも、民活法に基づくリサーチ・コア、テレコムリサーチパーク等第3セク
  ターによる施設整備に対しては政府系金融機関による低利融資や税制特例が講じ
  られているが、運営面の経費については全く支援が講じられていない。インキュ
  ベータ事業の中核が経営支援等のソフト面にあることにかんがみれば、国・地方
  公共団体においてインキュベータの運営に対する補助等の支援措置を講ずるべき
  である。また、インキュベータ施設への入居条件を厳しくすることに併せて、地
  方公共団体等による制度金融や技術開発助成等の中小企業支援策について、テナ
  ント企業には優先的な利用を認めることも検討すべきである。
   情報通信分野では、7年度2次補正予算で通信・放送機構が国費により情報通
  信事業者が研究開発を行うために必要な様々な通信環境を備えたインキュベーシ
  ョン施設を整備するスキームが創設され、情報通信事業者が行う新たなサービス
  の創出のための研究開発を包括的に支援する仕組みが整えられたところであり、
  国による新たな支援スキームとして注目される。
 E. インキュベーション施設の情報通信基盤の充実
   マルチメディア端末等の高度な情報通信基盤は、インキュベータがテナント企
  業に対する金融、技術等の経営支援のために外部の支援機能を活用するに当たっ
  て、重要なツールとなる。高度な情報通信基盤を活用することにより、外部の専
  門スタッフが自社に居ながらにしてテナント企業に対して技術面・金融面のアド
  バイスを提供することが可能となり、インキュベータの事業経営コストにベネフ
  ィットを与えることとなる。このため、インキュベータ施設における情報通信基
  盤の高度化を図ることが必要である。