凡例 第1章 特集 ITがひらく21世紀 第2章 情報通信の現況 第3章 情報通信政策の動向 情報通信年表・注記・調査概要

第1章 序節

1 IT革命

世界は産業文明の新しい潮流に直面している

 現在、世界は産業文明の新しい潮流、すなわち「IT(情報通信技術:Information Technology)革命による変革の波」に直面している。近年の情報通信技術の飛躍的な進展等を背景としたインターネットやモバイル通信の急速な普及等に象徴される「IT」の波が、既に進行しつつあった工業社会から情報社会へのパラダイムシフトを加速させている。
 インターネットの発祥国である米国は、1980年代の深刻な不況を、積極的な情報化投資や企業経営への「IT」導入等、「IT革命」により乗り切り、今日までの成長も「IT」が牽引している(1-1-4参照)。「デジタル・エコノミーII」(米国商務省レポート)では、名目GDPでみたIT産業の米国経済に占めるシェアが、10(1998)年には8%まで拡大し、7(1995)年から10(1998)年までの過去4年間において実質経済成長の1/3以上に寄与したと分析している。とりわけ、インターネットコマースは米国の消費生活の中に着実に浸透している。11(1999)年におけるインターネットコマース最終消費財市場の規模は、340億ドル(3.9兆円)に達しており、これは、我が国の11.1倍に相当する。米国のインターネット上のショッピングサイトは、豊富な品揃えで利用者を魅了しているほか、インターネットを利用した航空券やホテルの予約、書籍販売などが活発に行われている(1-3-1(2)参照)。
 インターネットコマースは、あらゆる消費者と生産者を効率的に結び付け、消費生活の中に浸透しているだけでなく、変化をもたらしている。インターネット上の取引では、一般に取引相手の顔が見えないため、取引に必要な基本情報が未知のケースが多い。こうしたなか、米国ではインターネット上の取引に関する信用情報を提供する会社が出現した。消費者については、過去の支払状況等を参考に、生産者についても不良品やクレームの発生などを参考に格付を行っている。こうした信用格付は、取引に対する不安を解消する。しかし、このことは、安全なインターネット上の取引に参加するためには、一消費者が個人情報を市場にさらさなければならない可能性を示唆している。
 米国経済を再生させるエンジンとなった「IT」は、米国のみならず世界中に波紋を広げ、人々のビジネスや暮らしの構造を大きく変えようとしている。我が国も例外ではない。「IT」は、生産者と消費者を効率的に結びつけ、これまで市場が存在しなかった分野に新しい市場を創出したり、コスト削減に寄与している。
 物流分野はその典型的な例である。我が国では、運送トラックの空きスペースをインターネット上の競売によって取引を行う市場を運営することを計画している企業が存在する。この市場では、運送会社は、インターネット上において、トラック単位よりも細分化された空きスペースの情報を公開する一方、荷主側も必要なスペース、目的地、時間や輸送条件などを提示する。この市場は、これまで固定した取引先や相対での契約が一般的だった運送業務契約を競売に参加する企業に広げる。需給をマッチングさせるための情報のやり取りがインターネット上で効率的に行われることによって、運送会社のトラックの積載効率が向上し、燃料費などのコスト削減にもつながる。これは、省エネ・省資源につながり、環境問題にも効果があると考えられる。
 一方、我が国のモバイル通信サービスは急速な成長を示している。11(1999)年度末の総契約数は、5,685万契約に達し、加入電話契約数を上回った(1-序-3参照)。さらに、11(1999)年2月からモバイル通信についても携帯電話専用のウェブサイトにアクセスできる文字情報サービスが開始され、情報提供、航空券の予約、書籍販売などのサービスが提供されており、こうしたサービスも拡大し続けている(1-2-4,1-3-1(5)参照)。
 モバイル通信は人々のビジネスや暮らしに大きな変化をもたらしている。いつでも、どこでも、誰とでもコミュニケーションが可能なモバイル通信は、利用者の時間の効率的活用に貢献している。さらに、モバイル通信端末の電話番号登録機能は、数多くの知人の電話番号を記憶することができる。ボタン一つで簡単に発信することができるこの機能は、モバイル通信が人々の交流を拡大させることに拍車をかけている。そして、モバイル通信は、これまで加入電話等では避ける傾向にあった深夜の時間帯における人々の交流ですら拡大させている(1-4-1参照)。
 モバイル通信は高齢者や障害者の暮らしにも大きな変化をもたらしている。徘徊症のある痴呆性高齢者は、行き先を告げずに突然家からいなくなってしまうことがある。そのような場合、家族全員で捜索しなければならないなど、在宅での介護は家族の大きな負担である。このような高齢者に通話機能のないPHS端末を携帯させ、位置検索により発見するサービスを提供している事業者が存在する。こうしたモバイル通信を利用した通信システムは、このような高齢者を短時間で保護することを可能にし、家族の介護の負担の軽減にも貢献している。
 聴覚障害者は、短い文章のやり取りができる文字通信サービスを利用し、いつでも、どこでも、誰とでも文字による会話が可能になっている。また、このような障害を持つ人々同士だけではなく、手話を理解できない健常者との「おしゃべり」も可能となり、交流の幅を広げている。聴覚障害者の利用者の多くは、モバイル通信を使い始めて生活がよい方向に変わったと感じている(1-4-4(2)参照)。
 現在、我が国経済は、経済の活性化が大きな課題となっている。また、少子高齢化、グローバル化、多様な生活への対応、環境問題などの諸課題にも中長期的な視点から対応していく必要性に迫られている。
 こうしたなか、山積する諸課題をITを活用することによって解決していく考え方が広く提起されるようになってきている。