は じ め に



 情報通信の高度化により、情報の受発信の範囲が飛躍的に広がるなど利用者の利

便性が向上している。特に、インターネットの発展により、誰もが自由に様々な情

報に接し、またその意見を発表できるようになった。ネットワーク上の自由な情報

の流通は、我々の生活を大きく向上させることに貢献しており、情報通信の発展を

図る上でも、今後とも確保していかなければならない。

 しかし、一方で、情報通信サービスを用いた他人の誹謗中傷、プライバシー侵害

等、サービスの悪用、濫用によって、他人が被害を受けるということが社会的に問

題となってきている。

 こうした不適正利用の横行は、情報通信サービスの利用をためらわせ、その信頼

を損ね、高度情報通信社会の健全な発展を阻害することになりかねない。

 このような情報通信の不適正な利用に係る問題については、迷惑電話の対策の検

討から始まり、これまで数多くの研究会により検討が重ねられてきたところである。

特に、昨年3月の「高度情報通信社会に向けた環境整備に関する研究会」報告書や

平成9年12月の「電気通信サービスにおける情報流通ルールに関する研究会」報

告書においては、匿名による情報発信による不適正利用の紛争解決の前提として、

発信者を特定することを可能とする仕組みの検討の必要性が指摘されている。

 本報告書は、これらの研究会の成果を踏まえ、発信者情報の開示を含めた情報通

信の不適正利用への対応の在り方についての検討を取りまとめたものである。

 本報告書をまとめるにあたり、多忙にもかかわらず直接貴重な御意見をいただい

た紀藤正樹弁護士、藤原宏高弁護士、牧野二郎弁護士ほか、御指導・御支援いただ

いた多くの方々に感謝する次第である。





第1章 情報通信の不適正利用の現状



1 本報告書における情報通信の不適正利用の対象範囲



  情報通信の不適正な利用に係る問題については、従来から無言電話、勧誘電話

 やいやがらせ電話などを執拗に反復・継続して行ういわゆる「迷惑電話」が中心

 であったが、近年の情報通信技術の発展等により情報通信の不適正利用の態様も

 多様化しつつある。すなわち、通信端末の処理能力・処理内容の高度化と相まっ

 て、パソコン通信やインターネットの普及により、一度に行うことができる通信

 の相手方の数を容易に拡大することができるとともに、不特定多数の者からの同

 一情報へのアクセスが可能になるなどの状況がもたらされている。しかし一方で、

 その効用を不適正に利用し、一度に極めて多数の被害者が生じたり、事実と異な

 る情報を一般に向けて公開される被害が生じる等の事例が生じている。

  情報通信の不適正な利用の意味を広くとらえれば、放送における人権侵害、特

 定の場所での携帯電話の迷惑的利用、電気通信システムに対する不正アクセス、

 違法無線局等も一応該当し得ると考えられるが、これらについては、対応の手法

 が異なっていることや、他の研究会等においても最近検討が行われていることな

 どから、本報告書においては検討対象から除くこととし、

  1) 他人の権利利益を侵害するような情報通信の利用

  2) 違法・有害なコンテントを不特定又は多数人の閲覧に供する情報通信の利用

 を中心に取り上げることとする。そして、本研究会の対象となる情報通信手段と

 しては、インターネット、パソコン通信、電話、FAXを対象とする。

  これらの情報通信の不適正利用については、例えば迷惑電話をとっても、何が

 「迷惑」であるかについての尺度も人によって異なり、その現状を全体的・定量

 的に把握するのは困難であるが、アンケートや不適正利用に対する苦情の数又は

 傾向からその現状の一端を知ることができる。



2 情報通信の不適正利用の傾向



  インターネット、パソコン通信などに係る不適正な利用に関する苦情について、

 国民生活センターに寄せられる苦情は年々増加する傾向にある(95年度が5件、

 96年度が23件、97年度が91件、98年10月まで75件)。

  また、最近、インターネットで売買注文を行い宅配された毒物を飲んだ女性が

 死亡した事例、実在の女性のレイプを不特定多数の者に報酬付きで依頼するよう

 に呼びかけた者が逮捕された事例等、結果的には他人の生命・身体の安全を侵害

 するに至った深刻な事例も現れてきている。

  情報通信の不適正利用の一般的傾向として、ホームページや電子掲示板などに

 関するものとしては、昨年、人材派遣会社の9万人分の登録者データがインター

 ネット上で売買された例等、大規模な個人データの流出事例などがある。個人情

 報の無断公開、誹謗中傷及び名誉毀損などに係る情報は、ホームページなどで一

 度掲載されると、原理的には全世界の不特定多数の人の閲覧に供されたことにな

 り、また、掲載情報の記録、複製、再掲載が容易なことから、深刻な被害を生じ

 ることがある。

  このようなもののほか、ホームページ、電子掲示板関係では、わいせつな情報

 掲載やネットワーク上での売買に関するトラブルが多い傾向にある。

  電子メールに関しては、直接に特定の個人に向けてメッセージが送信されるこ

 とから苦情として現れやすい傾向にあることと、一度に大量の相手に向けて容易

 かつ比較的低コストで送信可能であり、一度に多数の被害を生じやすい傾向にあ

 ること等から、郵政省がホームページで受け付けた情報通信の不適正利用の例に

 おいても過半数を占めた。最近の傾向として、アメリカなどにおいて電子メール

 が商業的な広告の手段として用いられるようになっていることから、UBE

 (Unsolicited Bulk E-mail)やUCE(Unsolicited Commercial E-mail )等として

 不必要な広告電子メールが、受け手の迷惑やサーバの機能障害を引き起こす等の

 問題を生じている。

  また、無関係な機関のサーバがUBEやUCEの中継に用いられ、その機関に

 多くの苦情が寄せられるなどの問題が生じている。このような傾向は我が国にお

 いても問題になりつつあり、また我が国には不正な電子メール中継に対する対策

 が講ぜられてなく利用されやすいサーバが多く存在するとも言われているところ

 である。

  電話の不適正な利用の態様については、無言電話、執拗な電話勧誘、脅迫電話

 等の従来からあるものは、その普及の程度から考えて他の通信手段に比べると量

 的には圧倒的に多いと考えられるが、態様の多様化についてはインターネット・

 パソコン通信に比べてあまり大きな変化はない。むしろ、電話回線がインターネ

 ット、パソコン通信のアクセス手段として用いられることから、これらと結びつ

 いた形で問題のある利用形態が出てきている。例えば、ダイヤルアップ接続の番

 号を故意に国際電話であることがわかりにくくなるような箇所で区切って表示し

 ている例や画面上の指定された箇所をクリックすると自動的に国際電話が発信さ

 れるなどの巧妙な例があり、このような場合は国際電話料金の請求をめぐるトラ

 ブルになりやすい。

  また、インターネットの電子掲示板にわいせつな文言とともに女性の氏名・電

 話番号等が掲載されていたために、迷惑な電話を日に数十本受けた例など、不適

 正な利用が迷惑電話という形で二次的被害を生じた例も見受けられる。

  このほか、FAXについては、間違いFAXに関する苦情のほか、アメリカの

 通信法において規制されているような広告FAXに関する苦情の例も若干見られ

 るところである(注)。

 (注) 参考3「情報通信の不適正利用に関するアンケート結果」参照



3 郵政省ホームページで受け付けた情報通信の不適正利用の傾向



  図1.1は、平成10年7月10日から10月31日までの間、郵政省のホー

 ムページで受け付けた苦情の傾向を示す。電子メール関係が多いのが特徴であり、

 インターネットやパソコン通信以外の電話やFAXの例も見受けられるが、比較

 的少数である。





   図1.1 郵政省ホームページで受け付けた苦情の傾向







4 電気通信サービスモニターアンケート調査結果



  郵政省は、電気通信サービスに関する利用者の意見・要望を幅広く把握し、今

 後の電気通信行政に反映させていくため、平成6年度から、全国1000名の利

 用者に電気通信サービスモニターを委嘱し、アンケート調査等を実施している。



 (1) インターネット又はパソコン通信上の違法・有害情報

   平成9年度第2回アンケート調査(平成9年12月実施、平成10年3月結

  果公表)においては、インターネット又はパソコン通信上での違法・有害情報

  の遭遇経験等が調査された。この調査においては、インターネット又はパソコ

  ン通信について、「よく利用する」「たまに利用する」と回答した人は約28

  %であった。これらの人について、さらに以下のような回答が得られた。

  1)違法・有害情報との遭遇経験

    「よくある」が6.0%、「たまにある」が32.1%を占めており、イ

   ンターネット又はパソコン通信を利用している人の約4割が違法・有害情報

   に遭遇したことがあると回答している。

  2)有害な情報への対応策(複数回答)

    「プロバイダーによる情報発信者への警告及び削除」は61.9%、「違

   法・有害な情報発信に対する法律規制」は60.4%、「発信者の氏名等を

   プロバイダーに開示させるための法的整備」は、54.1%を占めている。



 (2) 電気通信における窓口相談

   まず、平成8年度第2回アンケート調査(平成8年12月実施、平成9年2

  月結果公表)及び平成9年度第1回アンケート調査(平成9年7月実施、同年

  10月結果公表)においては、電気通信サービスにおける窓口相談等について

  調査が行われている。電気通信サービスに関する要望・不満を電気通信事業者

  や公的機関などに「相談したことがある」人は平成8年度の調査で22.6%、

  平成9年度の調査で28.6%となっている。

   そのうち、迷惑電話に関する相談は、平成8年度の調査では42.1%、平

  成9年度の調査では29.9%となっている(複数回答)。



5 プロバイダーが受け付けた不適正利用に係る苦情

  インターネット、パソコン通信における不適正利用に係る苦情の現状を示すも

 のとして、平成10年1月〜6月までに、あるプロバイダーに寄せられた苦情の

 状況を図1.2に示す。そして、この苦情の内容の例を表1.1に示す。





   図1.2 あるプロバイダーにおける情報通信の不適正利用に係る苦情の件

        数(平成10年1月〜6月)







    表1.1 あるプロバイダーにおける不適正利用に関する苦情の例

     (インターネット、パソコン通信)


     分  類   

            


            例            

                         


メール爆弾       

            

            


・同一人に無意味かつ大容量のメールを送りつけられ 

 たことに関する苦情               

                         


迷惑メール       

(メール爆弾を除く。) 

            

            

            

            

            

            

            

            


・再三にわたり、攻撃的ないやがらせのメールが送り 

 つけられてくる。                

・ある女性会員に対しわいせつな内容のメールが再三 

 送りつけられてくる。              

・ある企業を糾弾する趣旨のメールが、その企業とは 

 無関係な多くのユーザに送りつけられた。     

・自分には関係のないダイレクトメールが再三送りつ 

 けられてくる。                 

                         

                         


ウィルス付きファイルの 

添付          

            


・ウイルス付きファイルを添付したメールを受け、  

 ウィルスに感染した。              

                         


誹謗・中傷、名誉毀損、 

差別 発言、営業妨害等 

            

            

            

            


・事実無根の誹謗・中傷を掲示板上に掲載された。  

・掲示板上に、身体障害者に対する差別的書き込み  

 が記載された。                 

・ホームページ上で、特定の業種に対する裏付けのな 

 い誹謗・中傷を掲載し、営業妨害が行われている。 

                         


プライバシー侵害    

            

            

            

            

            


・ホームページ上に自分の実名やメールアドレスが公 

 開され、その結果、わいせつなメールが送られてく 

 る。                      

・非公開の場での議論・やり取りの内容が、当事者の 

 了解を得ずに掲示板上に公開された。       

                         


悪戯(書き込み、書き換 

え等)         

            

            


・電子会議室で故意に挑発的な書き込みがなされ、正 

 常な議論が妨害された。             

・ホームページ上の画像の一部が書き換えられた。  

                         


わいせつ等、善良な風俗 

に反するおそれのあるも 

の           

            

            


・ホームページ上にわいせつな画像が掲載されてい  

 る。                      

・掲示板上やホームページ上に、わいせつ物の販売広 

 告やツーショットダイヤルの広告が掲載されてい  

 る。                      


ねずみ講        

            


・掲示板上にねずみ講への勧誘が掲載されている。  

                         


著作権侵害       

            

            


・ホームページ上で他人が著作権を有するソフトウェ 

 アを違法にコピーして販売している。       

                         


詐欺          

            

            


・掲示板上での売買広告に申し込み、代金を振り込ん 

 だが、品物が送られてこなかった。        

                         


ネットワーク上での売買 

におけるトラブル    

(詐欺以外)      


・海外のサイトとの契約を解約する旨のメールを出し 

 たが、月会費がいまだに引き落とされている。   

                         


違法もしくは好ましくな 

い販売広告       

            

            

            

            

            


・掲示板上に薬事法違反の疑いのある旨の広告が掲載 

 されている。                  

・掲示板上に電話の不正利用の方法を教える旨の広告 

 が掲載されている。               

・掲示板上に他人名義の口座の開設方法を教える旨の 

 広告が掲載されている。             

                         


なりすまし、パスワード 

盗用等のおそれがあるも 

の           


・身に覚えのない海外のサイトからクレジットカード 

 の支払請求を受けた。              

                         


異常に高額な通信料金の 

請求等         

            

            


・異常に高額な通信料金の請求を受けたため通信記録 

 をみたところ、身に覚えのないアクセス記録が掲載 

 されていた。                  

                         






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