実際に研究開発業務に携わって

松浦 信宏(平成11年入省)
情報通信政策局放送技術課推進係
デジタル放送関連の研究開発


  現在の部署では、昨年の12月に開始された地上デジタルテレビジョン放送などを、より便利で身近に使えるようにするための、研究開発を担当しています。しかし、研究開発担当と言っても、総務省の職員である私たちが実際に研究開発をするわけではありません。
  私たちは、まず、研究開発計画を立てて、財務省に予算要求をします。そして、実際の研究開発は、独立行政法人情報通信研究機構が公募という方法で研究受託者を選定して行われることになりますが、その研究が実施される過程において、進捗状況のチェックや情報通信研究機構へのアドバイスなどを行います。
  研究開発のテーマは、国家予算で研究を実施する内容にふさわしいものであることは当然ですが、特に、放送という分野においては、一民間企業が新しい技術を開発したからといって、それが全国で使われる放送方式や規格として採用されにくいという特殊な事情があります。こうした、いわゆる委託研究では、将来のニーズ等を見越して着手すべきテーマが選ばれるわけですが、その目的は国がインセンティブを与えて世界に先駆けて要素技術の開発を行い、その成果をオープンにすることによって関連技術が早期に実用化できるよう、サポートすることにあります。民間では、前述のように開発しても採用されないような、リスクが高い新しい技術開発には研究費を投入することが困難なので、こうした研究制度を利用していただくことにより日本の技術力を向上させようとするものです。

  では、実際にどの様な研究が行われているか、一例をご紹介させていただきます。

  日本の地上デジタルテレビジョン放送では、いわゆる「ISDB−T」という方式が採用されていますが、その特徴として、ゴーストの発生しないきれいなハイビジョン映像の受信や、クイズなどの番組に視聴者が参加できるという双方向性の実現といったことがあげられます。そして、欧米で採用されているデジタル放送方式との一番大きな違いは、家庭での固定した受信だけでなく、自動車などで移動しながらの受信にも強いということでしょう。
  これまでのアナログ放送では、自動車のように低い位置に設置されたアンテナでテレビを受信すると、特に街中などを走行しているときには画像が乱れてしまうものでしたが、地上デジタルテレビジョン放送を高速走行中であってもきれいに受信するための移動体受信用アンテナや受信回路の開発が行われています。

研究開発されたアンテナ例の写真
研究開発されたアンテナ例
  自動車などでの移動受信は、アンテナの高さが家庭での受信に比べて低い上に、時々刻々電波の強さや方向が変化するという厳しい電波受信環境にあることから、固定された受信機向け放送の1/5程度の情報量しか受信できない状況でしたが、今年度中に列車などでの時速100キロを超える走行中の受信も可能なシステムの実現を目指しています。携帯電話のように、走行中でも安定して電波を受信し、家庭と同じように高音質高画質の地上デジタル放送を楽しむことができるということは素晴らしいことだと思います。このように、現在のアナログ放送とは違う新しいデジタル方式で、様々な可能性に満ちた夢を実現させる技術の研究開発に取り組んでいます。
  今後、地上デジタル放送の受信エリアが全国拡大した頃には、私たちの手がけた研究開発の成果であるアンテナや受信機を搭載した自動車が街中を走行していることだろうと、楽しみにしています。

  さて、私は情報通信行政に携わるようになるきっかけになった試験の面接の際に、情報通信行政の何をしたいか問われて「研究開発」と答えた記憶があります。日本の高度経済成長を導き、今日の豊かな暮らしをもたらしたものの1つに科学技術の進歩があると思ったからです。そこで、新しいアイデアで技術を生み出すための研究開発に関わる業務に携わりたいと考え、そう答えたのです。
  技術というものは目立たない存在なのかもしれません。デジタル3種の神器と言われている薄型テレビ・デジタルカメラ・DVDレコーダーは日本の技術の粋が結集されています。ただ、利用者にとってはどんな技術が使われているかはほとんど興味ないことだと思いますし、そうした難しい技術などを意識させないで便利に使えるのが優秀な製品だと考えます。デジタルテレビジョン放送の普及に限らず、2010年を目指すユビキタスネット社会においても、難しい機械の操作や知識がなくても誰もがどこでも簡易に利用できるしくみが求められることでしょう。そこには、影ながら現在の日本を支えている多くの最先端技術が必要不可欠で、それらの成果が結びつくことによって将来の便利な社会システムが実現できるものなのです。

  世界に先駆けて日本で開発された最先端の技術は、素晴らしいものである反面、往々にして実際の操作やデザインの面では目立たないことが求められるというギャップもあります。しかし、私たちの仕事は、これらの新しい技術を発掘し、実用化に結びつけるとともに、研究者の方達とともに世間に受け入れられるようアピールしていくことであると考えています。

  実際に希望していた研究開発業務に携わってきたわけですが、放送のデジタル化によってサービスが多様化していることもあり、無線としての放送に限らず、番組制作からコンピュータネットワークまで幅広い知識が要求されるようになっており、日々勉強に追われているのが実情ですが、やりがいのある仕事ですので、じっくり取り組んでいきたいと考えています。




松浦 信宏・執務風景
執務風景
松浦 信宏・職場の風景
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