人間は万物の尺度なり
(情報通信技術と人間社会)


益満 尚(平成 14年入省)
総合通信基盤局 電気通信事業部 電気通信技術システム課 調整係
IP電話関係の許認可


  平成14年入省の益満と申します。入省以来主にIP電話関係の許認可を行っております。21世紀初頭の今、私たちは携帯電話やテレビと言った情報通信機器に囲まれて生活しています。これらのものを普段意識することもなく利用していますが、考えてみると、かつては想像もしなかったような夢の時代なのです。例えば、SF漫画「鉄腕アトム」の主人公が生まれたのは2003年、私たちが今過ごしている21世紀初頭です。漫画の中では、まだ実現していないアトムのようなロボットや空を飛ぶ自動車が描かれている一方、お茶の水博士は黒電話片手に電話をしていますし、アトムは悪者を見つけると公衆電話ボックスに駆け込んでいます。現状はどうでしょう。ほとんどの人が携帯電話を持ち、どこでも連絡がつき、世界中の人とメールができ、ニュースが手に入り、カメラにもなってしまいます。携帯電話のない生活は考えられないという方も多いでしょう。壁掛けテレビは現実のものとなりましたし、テレビ電話もあります。情報通信の分野に関して言えば、空想を現実が越えてしまったとも言えるでしょう。情報通信は身近すぎて、それが当然のものと思ってしまいますが、実は予想を超えて発達している分野なのです。

  私の担当しているIP電話とて例外ではなく、次から次に新しい進歩があります。IP電話について簡単に説明しますと、インターネットでデータを運ぶのと同じ方法で、電話をやってしまおうというものです。距離によらないサービスや、データ・画像を組み合わせたサービスなど、従来の電話の範疇を越え、大きく社会を変える可能性を秘めています。ならば、全てIP電話化してしまえば良いではないかと思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、単純に新しいものに変えていけばいいというものでもなく、新しいものを導入した際のメリット・デメリットを考えていかねばなりません。例えば、現在はまだ多くのユーザが従来の電話網を使っており、通信の基盤となっているという現状があります。その扱いをどうするのか、また、IP電話が今後のインフラとなるにあたって必要とされる条件はなにか等、様々な問題が絡み一筋縄ではいきません。このコラムを読まれるような方は情報通信に造詣の深い方ばかりだと思いますが、世の中にはそうでない方も多数いらっしゃり、その方達のことも考えてなるべく皆が幸せになれるような方策を決めて行かねばなりません。

  IP電話に関しては、世界の国々が同様の問題にぶつかっています。意外に思われるかも知れませんが、日本はIP電話に関しては先進国です。健全な発展を促進する立場から法令等の改正を行い、いち早く公衆網との接続を開始しました。その結果、現在では多くの方にお使い頂いています。先ほど、法令等の改正と申しましたが、これがかなり複雑な仕事になります。実際の作業としては、まず研究会等を開き、方向性をまとめ上げて行きます。後々の規範となるものですから、単純な技術の新規性だけではなく、社会の情勢や多方面に与える影響等も考慮し、慎重を期しながら決めていかねばなりません。様々な意見があり、あっちを立てればこっちが立たずという状況なので、とりまとめには困難を伴うのが常です。やっと大枠が決まっても、それをただ法令として書き下していけばよいというものではありません。法令に使われる言葉には、それぞれ決まった意味があるので過去の法令等から用例を調べ、一字一句検討していかねばなりませんし、また、他の法令と齟齬が生じないよう慎重に作成していく必要があります。その後パブリックコメント等のご意見を反映させて、最終的には官報等に掲示して施行されます。この法令作成に実際に関わりましたが、想像以上に大変で泥臭い作業の連続です。膨大な工数が必要で、時には徹夜で作業をしたりもするのですが、どうしても時間がかかってしまいます。行政の社会に対応するスピードが遅いというご意見がありますが(私も以前はそう思っていました)、自分で体験してみて理由がわかりました。

  上記のようにしてできた法令を元に事業者様から申請を受け審査するものが、許認可業務です。事業者様がご自身のビジネスモデル等を元に事業計画を練られ、プロ中のプロの方がご相談にいらっしゃいます。大変勉強になる反面、当方が省を代表する立場にもなることもあるため緊張を伴います。同時に複数の事業者様が多数の案件を持っていらっしゃることも多く、その他の雑務もこなしながら同時に複数の案件を処理していかねばならないので、頭が混乱しそうになることも多々あります。さらに、実際に現場で運用してみると上記のように色々考えた法令でも、予想しなかった事態が出てくることもあります。特に、IP電話のような新規技術は進歩が早く、次から次に想定しなかったようなケースが出てきます。このようなものの中には、世界に前例がないものも多いため、連日のように頭を悩ませながら、ない知恵絞って仕事を進めています。また、せっかくアイデアをお持ち頂いても、ご期待に添えずお断りしなければならないこともあり、残念でもあり、大変申し訳なくもあり、辛い気持ちになります。

  情報通信分野というと、華やかなイメージもあるようですが、実際は地道な作業の積み重ねで日々進んでおり、進歩が早いが故の悩みも多々あります。しかし、情報通信技術は、風土上の相違を克服し、様々な文化をもつ人々の交流を深め、相互理解を促し、共存を図るのに有益な信頼すべきツールです。多くの人々が様々な使い方をされ、社会を形作っていきます。身近な技術でもあり、自分関わった仕事が目に触れることも多々あります。その時はわずかでもその進歩に寄与しているという実感が生まれ、嬉しい気持ちになります。これから情報通信がますます発達していき、世界がどう変わっていくのか、楽しみでなりません。


益満 尚・電話
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