ショガイコク

岡井 隼人(平成12年入省)
情報通信政策局 放送政策課 政策係長
放送に係る政策全般の企画立案担当


 11月第三木曜日、パリ。ボン・マルシェにほど近い建物で、八人の男女がテーブルを囲んでいた。石畳の路地に面した窓から差し込む、柔らかな夕暮れの光とは対照的に、部屋の空気は引き締まっている。ボージョレ・ヌーボー解禁に湧く街の喧噪も、ここまでは届かないようだ。
 窓を背にした短髪の男が、口を開いた。
  「仏国において、2004年の視聴覚法改正でメディア所有規制が緩和された理由・背景をご教示いただきたい。」
 横に座った通訳が、正確に仏訳する。テーブルの向こう側から、鋭い目をした細面の男が反応した。
 「この分野は、技術革新が急速に進んでいる。デジタル化という技術の進歩に伴い、法規制の見直しを行ったものである。」
 明瞭な仏語が、卓上の無骨なICレコーダに記録されていく。和訳を聞きながら、最初の男が手元の書類に目を走らせる。「諸外国放送関係調査 仏国質問表」。ここから如何に話を展開させ、必要な情報を引き出すか。男は目線を上げ、続いて問を投げかけた。


 新しい政策を創るときや従来の政策を見直すときには、まず、多くの情報を収集するところから始まります。その政策が関わる分野の現状と課題、過去の経緯、実際のニーズ、等々。その情報収集の過程で、必ずと言っていいほど飛び交う単語があります。
 「諸外国はどうなってんだ!」「資料出して。諸外国の一枚もの」「諸外国の状況についてお伺いしたいんですけど」「諸外国」「しょがいこく」「ショガイコク」…
 現在の職務に就いてから一年半、放送の外資規制やメディアの所有規制など、多くの場面で諸外国の制度や現状の調査を行ってきました。その作業に携わった者として、内容を少しご紹介させていただければと思います。

 そもそも諸外国の制度や現状の調査には、主に二つの意義が存在します。一つは、諸外国の最新の状況を知ることで、現行化された情報とグローバルな視点に基づく的確な議論を可能にすること。もう一つは、諸外国における議論や取組に範を求め、新たに導入すべき政策の素材を提供することです。もっとも、放送のように各国の歴史や文化といった背景と深く結びついている分野においては、諸外国の制度をそのまま日本に導入することについて、特に慎重な議論が求められるところではありますが。

 では、実際にはどのような形で調査を行っているのでしょうか。自力で調査を行う場合、私のところでは、大きく分けて三種類の方法で進めています。
 第一の方法は、文献や聞き取りによる国内調査です。この場合の「文献」は極めて広い意味を持っており、各国の法令の条文、各国政府の報告書やプレスリリース、過去の調査によって蓄積されたデータや資料、放送関係の専門書、新聞、雑誌、ウェブページの記述等多岐にわたります。聞き取りの相手は、該当する分野に詳しい職員や、外部の専門家、シンクタンク、放送事業者等が考えられます。国内で作業が完結するため、最も早く一定の成果を上げることが可能な反面、人員的に限界があり、また、データに現れない背景や実情等の把握が難しいという欠点もあります。
 そこで、各国の大使館等を通じて調査を行うという第二の方法が登場します。各国の日本政府関係事務所は、日常的に当該国の情報を収集しており、また、各国の政府関係者や放送事業者ともつながりがありますので、文献調査以上に新鮮で詳細な情報を入手することが可能となります。現地情報に知見のある職員が調査に加わることから、人員的な増強も見込まれます。ただし、どうしても第一の方法より時間がかかることや、当方の質問意図の正確な伝達が困難であること、等が悩みどころとなります。
 最後の方法として、冒頭の場面のような現地調査があります。担当の職員等を現地に派遣し、各国の放送関係政府機関や放送事業者とのインタビューなどを行う手法です。担当官が知見のある人物と直接対話を行う中で、質問の意図を直接相手に説明したり、生じた疑問点について追究したりするため、大使館を通じて行う場合以上に深く突っ込んだ調査となります。事前の準備にはかなりの労力を要しますが、制度の細部や運用、データに現れない背景や実情等を知るためには、最も適した方法と言えます。

 このようにして調査された諸外国の制度や現状は、ある時は担当官同士での検討に、ある時は外部の有識者が集まる懇談会の資料にと、内に外に活用されることになります。放送は、近年急速に変化が起こっている分野であり、大きな注目を集めながら、新しい政策の議論が活発に行われています。そして、今後もその議論のたびに、諸外国の調査結果が参考にされ、検討の土台となっていくことでしょう。今、この原稿を書いているそばからも、連日のように指示が下りています。
 「諸外国資料の集約、今日中ね」


岡井 隼人・執筆者近景
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岡井 隼人・執務風景
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岡井 隼人・職場風景
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