会議資料・開催案内等



第28次地方制度調査会第9回専門小委員会 次第



平成161014日(木)
1500分〜1700
全国都市会館 「第二会議室」


1   開会

2   議題

  1) 地方の自主性・自律性の拡大のあり方について
  2) その他

3   閉会

配付資料(PDF)
 
資料1   「地方の自主性・自律性の拡大」が求められる背景
資料2   二元代表制以外の多様な制度の導入について
資料3   行政委員会制度について
資料4   長を補佐する機関及び出納機関について
資料5   財務に関する地方自治法の基本規定について







松本小委員長 それでは、先生方もおそろいでございますので、第9回の専門小委員会を開会いたします。
  本日は「地方の自主性・自律性の拡大のあり方について」意見交換を行います。
  最初に事務局において関係資料を取りまとめておりますので、事務局から説明させます。久元行政課長。
久元行政課長 それでは、事務局として用意させていただきました資料を順次ご説明を申し上げます。
  資料1は、まず、この自主性・自律性の拡大という議論が求められる背景についてであります。2点あろうかというふうに考えております。1つは、このテーマが地方分権一括法による分権改革の以後における重要なテーマとして考えられてきたという経緯であります。
  平成13年7月2日地方分権推進委員会は6年にわたる活動を経て解散をいたしました。その直前の6月14日、地方分権推進委員会は最終報告を提出しておりますが、その中で「第4章 分権改革の更なる飛躍を展望して」という1章が設けられております。
  分権委員会は地方分権を進めるため非常に大きな役割を果たしたわけでありますが、その上で、まだ多くの課題が残っているということを自ら認め、今後に残された課題を6点にわたって整理しております。
  その筆頭に挙げられておりますのは、「地方財政秩序の再構築」でありますが、2番目に地方公共団体の義務に対する法令による義務付け、枠付け等を緩和することだというふうに言っております。
  「第1次分権改革の主要な成果の一つは、国の通達等による関与を大幅に緩和したことであるが、国の法令等(法律・政令・省令・告示) による事務の義務付け、事務事業の執行方法や執行体制に対する枠付けの緩和については、ほとんど全く手付かずに終わっている。地方公共団体の事務を文字どおりそれらしいものに変えていくためには、国の個別法令による事務の義務付け、事務事業の執行方法や執行体制に対する枠付け等を大幅に緩和する必要がある。」という指摘であります。
  5点目に、制度規制の緩和と住民自治の拡充方策という項目を立て、「第5に、住民自治の拡充方策として、地方公共団体の組織の形態に対する地方自治法等による画一的な制度規制をどの程度まで緩和することが妥当なのか、真剣に議論することである」というふうにいっております。そして、米国に見られる自治憲章制度(Home Rule Charter System)にも言及しております。
  2番目の背景が2ページでありますけれども、地方公共団体から、この分野についてさまざまな要望がなされているということであります。構造改革特区提案、これまでは5次に及んでおりますが、また、規制改革要望として、地方公共団体から数多くの要望が各省庁に対して出されておりますが、地方自治法に関しましても、延べ182 件が提案をされております。地方自治法で定めるルールの緩和あるいは特例を求めるものが大部分であります。主な提案の内容を見ますと、まず執行機関に関するものといたしましては、市町村長の必置規定の廃止、教育委員会の必置規定の廃止、監査委員の定数の自由化、農業委員会の必置規定の廃止、一定の市における収入役事務の兼掌容認、長や助役に収入役の仕事をやらせて、収入役を置かないということですけれども、これらの提案がなされておりますし、また、後ほどご説明いたしますが、予算、契約、財産など財務に関する提案も多数に上っております。こういう提案を見ますと、地方公共団体自身が地方自治法が定めるルールの弾力化、改善を求めている。というふうに申し上げていいかと思います。
  こういう背景のもとに、3ページでありますが、当調査会の審議項目が決められていると考えられます。大きく2つに分けられておりますが、法令・制度における自由度の拡大、そして、地方自治制度の弾力化であります。今日私どもが用意をさせていただきました部分は、後者の方であります。
  と申しますのは、この法令制度における自由度の拡大ということは、例えば、政令の範囲を縮小して、条例の範囲を拡大するということでありますが、これは議会のあり方についても関連をいたしますし、この項目の一番後ろにあります、地方公共団体の自由度の拡大に対応し、法令の遵守の確保などをどう考えるかといったテーマに関連いたします。この事柄につきましては、議会に関する検討と並行して資料を準備させていただくことにさせていただきまして、今日用意させていただきますのは、地方自治制度の弾力化の部分であります。そこで内容に入らせていただきます。
  資料2は、二元代表制以外の多様な制度の導入についてということであります。このことは、先ほどの地方分権推進委員会の最終報告でも触れられておりましたが、この事柄が検討を求められる背景といたしましては、より具体的に申しますと、例えば、マネジメント機能強化のために、シティマネジャー制度等の創設を求める要望や提言がこれまで相次いでおりますし、いろいろな提言が出されているということがあります。
  また、市町村、特に小規模町村の実態にあわせた基本的な組織形態のあり方が従来からの検討課題となっておりました。そこで検討の観点といたしましては、現行憲法下において可能な組織形態としては、どのようなものがあり得るのか、これを導入することを検討するとした場合に、自治体の規模等に応じて異なる制度とするかどうか、また、自治体の自主的選択を認めることとするかどうか、この辺が検討の観点ということになろうかと思います。
  これまでも何度も出てまいりましたが、現行憲法第九十三条は地方公共団体の長と議会の議員を直接公選ということにしております。そういう制約の中で、長、議会の二元代表制以外の組織形態があり得るのかということであります。これまで当地方制度調査会におきましては、幾つかの答申が出されております。
  3ページをご覧いただきますと、平成元年の22次の調査会、これは小規模町村のあり方についての答申でありますが、最後のところに、「いわゆる議会−支配人制の導入等の基本的な組織形態のあり方、事務配分の特例についても、今後、検討する」というふうに触れられております。
  4ページをご覧いただきますと、17次、昭和54年の答申でありますが、組織運営の合理化ということで、「市町村の組織については、今後市町村が地域の実情に即して適切と判断する組織形態を選択することができるよう、可能な組織形態について引き続き検討を行う必要がある」と触れられております。
  そこで、これまでの答申、提言等で触れられておりますアメリカおけるホームルールチャーター制度につきまして、ごく簡単にご説明申し上げたいと思います。
  5 ページをご覧いただければと思いますが、ホームルールチャーター、自治憲章と訳されておりますが、これは自治体が自治憲章の起草・採択を通じて、自ら行使できる権限や組織の形態を定めることができる制度であると考えられております。その根拠といたしましては、州憲法また州憲法に基づく州法によって、現在、全米50州中48州が自治憲章の制定を認めております。自治憲章の中では、自治体の政府形態が定められ、自治体の権限が列挙されて、主要役職員の名称などが定められます。また、自治体の財政や行政部局の組織機構についても定められるのが通例であります。モデル憲章が定められておりまして、その内容はご覧いただいているような項目であります。
  米国の場合には、こういうホームルールチャーターを通じて、自治の形態が選択できるということが一般的でありますけれども、その中で最も支配的なものが議会−支配人型であります。
  次の6ページをご覧いただければと思いますが、この議会−支配人型につきましては、(1) にありますように、市議会が行政首長として活動する専門行政官の支配人(マネジャー)を任命するものであります。通常は5人から7人程度の小規模な議会が政策決定権を持って、議会の任命する支配人に効率的な行政執行を委ねようとするものであります。半分以上の自治体で採用され、主流の形態となっております。
  支配人は幅広い権限を持つわけですけれども、議会の決定には、そのとおり従うという立場でありまして、その一方で議会は市長を別途選出するわけですけれども、これは通常は市を代表して名目的な儀礼活動に携わる。市の行政執行全般は、このマネジャーが責任を持って行うというふうになっております。こういう制度が登場した背景といたしましては、それまでは理事会型の形態というものが幅広くとられていたわけですけれども、専門的資格のない人間が行政事務を担当していた、そういう弊害を是正するために案出されたものだというふうにされております。腐敗防止あるいは効率性の追求といったようなことが、この制度が登場した背景というふうに、これまで説明されてまいりました。
  こういうような議会−支配人型が我が国に果たして導入できうるのかどうかにつきましては、憲法との関係をやはり整理することが不可欠になります。この点につきましては、またご論議、ご指示をいただければ、さらに材料を用意させていただきたいと思っておりますけれども、与えられましたテーマに対する課題の対応方法といたしましては、私どもは地方自治法の執行機関のあり方を地方自治法のレベルでどう考えるか、その弾力化を含めた対応を模索していくということが現実的ではないかというふうに考えまして、資料3以下の資料を用意させていただきました。
  まず、最初のカテゴリーが行政委員会制度についてであります。2ページですけれども、現行の地方自治法では地方公共団体の執行機関として、長のほか、教育委員会など一定の所掌事務について、自らの判断と責任において執行できる10の行政委員会と監査委員を定めております。地方自治法に概括的な規定を置いて、選挙管理委員会と監査委員以外の詳細は、それぞれの法律で規定しております。そして、いずれの機関も置かなければならないということで必置とされております。
  すなわち、長と議会の二元代表制を憲法上の要請として一律に定め、法律のレベルでは長と委員会、委員という多元的な執行機関を置いていることに、我が国の地方自治制度の特徴があろうかと思います。
  この点についての検討の背景ですけれども、先ほど申し上げましたように、さまざまな要望や提言があります。その理由といたしまして、社会経済情勢の変化、地方行政の総合的、能率的運営の観点、組織の簡素化の要請、自主的な行政運営の確立等が理由として挙げられております。これらは昭和20年代の制度草創期からある古い議論でありますけれども、近年におきましても、また違った時代背景の中で繰り返し提出されている議論であろうかと思います。
  そこで検討の観点ですけれども、行政委員会の一律設置を国が地方公共団体に義務付けることに合理性があるかどうか。小規模自治体の実態に合わせた組織形態の簡素化を図る余地を認めるかどうか。それ以外に制度の弾力化を図る余地がないかどうかといったような観点が議論になろうかと思います。
  端的に条文をご覧いただきたいと思いますが、3ページ、地方自治法180条の5でありますが、教育委員会など4つの機関をすべての普通地方公共団体に置かなければならない。都道府県には公安委員会など5つの機関、市町村には農業委員会と固定資産評価審査委員会を置かなければならないというふうにいずれも必置とされております。
  こういう執行機関多元主義、行政委員会制度を設けた根拠でありますが、7ページをご覧いただきますと、幾つかの観点から説明されております。まず戦後米国がこれを強力に導入したという経緯であります。対日占領政策のもとで、国レベルでも地方レベルでも行政委員会制度を導入して、特定の、例えば地方で言えば首長への権限集中を排除する。民主化政策の一環として権力を分散する。そういうような意図があったことは明らかであろうと思います。
  一方、住民参加、政治的中立性の確保、専門技術判断の必要性、複数当事者の利害調整、準司法的手続の必要性、これはそれぞれの委員会によりまして、目的の置き所は違うかと思いますけれども、概括的に申し上げますと、以上のような理由が説明されております。
  ごく簡単に沿革を申し上げたいと思います。8ページをご覧いただければと思いますが、昭和21年、地方自治法が制定される前に道府県制、市制等が改正されておりますが、この時点で選挙管理委員会と監査委員が導入されております。地方自治法にこれが引き継がれますが、同時に同じ年に旧警察法が制定されまして、非常に激しい議論を経て、自治体警察が導入され、このとき都道府県、市町村の双方に公安委員会が設置されております。翌年、教育委員会法が制定され、公選による教育委員会の制度が導入されております。さらに労働組合法による地方労働委員会、漁業法による海区漁業調整委員会など、そして昭和25年には地方公務員法が制定されて人事委員会・公平委員会が、そして翌年には農業委員会法が制定されて、それまで戦後の農地改革で大きな役割を果たしてきた農地委員会等が統合されて農業委員会が設置されております。翌27年には地方自治法が改正されまして、行政委員会と委員が包括的に自治法に規定されております。さらに、固定資産評価審査委員会が追加され、昭和29年には農業委員会が市町村のみに設置するという改正が行われております。同じ年に警察法が改正されまして、自治体警察が廃止され、都道府県のみに公安委員会が設置されるということになりました。31年には教育委員会法が廃止されまして、現在の地教行法が制定され、教育委員会が公選制から任命制に変更されております。以後、個別の制度改正は別にいたしまして、根幹的な行政委員会制度に関する改正は行われておりません。
  行政委員会に関する議論は、昭和20年代からございました。9ページをご覧いただきますと、昭和28年に出されました第1次地方制度調査会の答申は、政治的中立性を強く要請されるもの及び裁定、審査等の準司法的機能を有するものを除き、行政委員会は廃止するものとしております。このときには、主として教育委員会が廃止の対象と考えられ、特に市町村の教育委員会を廃止するというふうに、この答申では記されております。
  その後、10ページをご覧いただきますと、昭和30年の第3次地方制度調査会では、特に教育委員会等各種行政委員会制度の改廃といったようなことに触れられております。時代は下りまして、昭和54年の第17次地方制度調査会でも行政委員会制度の再検討という項目が入っておりますし、先ほど申し上げました小規模町村のあり方につきましての答申の中では、小規模町村の実態に合わせた組織形態の簡素化を図る方向で、各種行政委員会や附属機関にあり方について見直しを行うというふうにされております。
  一方、国における行政委員会制度の変遷でありますが、12ページをご覧いただきますと、国におきましても、終戦直後から、先ほど申し上げましたような意図から、行政委員会制度が積極的に導入されました。しかし、間もなく行政委員会制度に対しては、さまざまな批判が行われるようになりました。例えば、合議型であるために責任の帰属が明瞭を欠く、行政の迅速かつ能率的な処理が困難である、組織がいたずらに膨大化する、といった批判であります。
  とりわけ、昭和26年の行政制度の改革に関する答申によりまして、整理合理化が強く指摘され、この答申に基づきまして、多くの行政委員会が諮問機関化される、あるいは各省庁に吸収統合されるという経過をたどりました。現在、行政委員会として残っておりますのは、公正取引委員会など6機関であります。これらはいずれも準司法的機能、あるいは政治的中立性といったような必要性から説明がなされております。
  13ページをご覧いただきますと、たくさんの行政委員会が設立され、そして統合されていったといった経緯について資料を用意させていただきました。
  15ページ以降は、特に議論になっております教育委員会、農業委員会、監査委員につきましての資料であります。
  教育委員会でありますけれども、主として政治的中立性を確保するといったような観点から、首長とは別の行政委員会が必要であるというふうに説明されております。都道府県は原則として教育委員は5人でありますが、知事が議会の同意を得て任命をする。そして、教育委員会は一定の権限を持つわけですけれども、同時に条例の議案の提出権や予算の編成、執行権などは知事の方に留保されております。
  教育委員会の事務ですけれども、詳細な説明は省略させていただきますが、16ページですけれども、学校の設置管理、教職員の人事及び研修といった義務教育関係の事務のほかに、社会教育、文化、スポーツ等の事務を担当しております。
  教育委員会につきましては、先ほど申し上げましたように、古くからの議論があるわけですが、最近では、地方分権改革推進会議で主として議論が行われております。今年の5月12日に出されました地方分権改革推進会議の意見では、18ページですけれども、公立教育と私学教育の一体的推進、初等中等教育と高等教育の一体的推進、生涯学習・社会教育行政の一元化、幼保一元化などに触れながら、実際上、制度創設時と比べて、教育委員会の所管に属さない私立学校の割合が高まる等、社会経済情勢は変化している。地方公共団体の行政組織の弾力化、教育行政の総合化、教育の活性化、教育制度の迅速な改革、小規模教育委員会の活性化等の観点から、教育の政治的中立性を確保しつつ、各地域の実情に応じて地方公共団体の判断で教育委員会制度をとらないという選択肢を認めるべきであるというふうに提言がなされております。
  一方、19ページでございますが、地方公共団体からは市長会ですけれども、教育委員会そして、農業委員会につきましてもそうですが、それを設置するか、あるいはその事務を市町村が直接行うかは、市町村が自主的に選択できる弾力的な制度とする必要があるというふうに言われております。
  次に監査委員についてであります。20ページをご覧いただければと思います。
  監査委員は、地方公共団体の財務または行政運営の適法性、妥当性を確保するために置かれる、長やその他の執行機関から独立した独任制の執行機関であります。定数につきましては、都道府県、市町村により違いますけれども、いずれも定数は法定されておりまして、その内訳は議員と識見を有する者からなっております。そして、識見を有する者につきましては、いわゆるOB制限が加えられておりまして、一定の人数以上は、その地方公共団体の常勤の職員でなかった者でなければならない。という制限が加えられております。
  職務権限は、財務に関する事務の執行及び経営に関する事業の管理の監査、そしていわゆる行政監査を行うことができますし、住民、議会、その団体の長からの事務監査請求による監査、住民監査請求による財務監査などが主な任務となっております。
  簡単に経過を申し上げたいと思いますけれども、監査委員に関する制度改正は紆余曲折を重ねております。21ページをご覧いただければと思いますが、当初は都道府県が必置、市町村は条例で任意設置ということでありまして、しかも定数は2人ということでありました。その後、すぐに市については条例で4人とすることができるとされながら、昭和27年には逆に人口10万以上の市などに限って、条例で4人とすることができるというふうに限定が加えられております。
  その一方で昭和31年には、監査委員の監査対象として財政援助団体等が追加されておりますし、昭和38年にすべての地方公共団体に必置というふうになっております。このときには、住民監査請求、住民訴訟に関する規定の整備が行われております。そして、平成3年には、先ほど申し上げましたOB制限が創設されまして、そして、このときの改正で公の施設の管理受託者に対しても監査ができることとされ、平成9年にはさらに、このOB制限が強化されております。総じて監査委員制度につきましては、権限の拡充が行われ、地方の自由に任せるというよりは、法律上で一定のルールをきちんとつくっていくという方向で改正が重ねられてきたというふうに申し上げてよかろうかと思います。
  次の農業委員会であります。農業委員会は先ほど申し上げましたような経緯で制度化されました。24ページをご覧いただければ思いますが、現在、農業委員会は3,206 ありまして、5万8,000 人以上の農業委員が任命されております。農業者が一定の委員を選出をして、農協などからの団体推薦、学識経験者などの議会推薦という方法で選任されます。
  農業委員会は原則といたしまして必置ですけれども、25ページをご覧いただきますと、農地の面積が一定の基準よりも、小さい市町村では置かないことができるというふうになっております。現在、都府県では90ヘクタール、北海道では360 ヘクタール未満の農地しかない市町村につきましては農業委員会を置かなくてもいいわけでありますが、火曜日に閣議決定されました政令改正によりまして、これがそれぞれ200 ヘクタール、そして800 ヘクタールというふうに大幅に引き上げられております。
  農業委員会の所掌事務は、農地法に基づく農地の権利移動の許可、そして転用許可にかかる意見の提出が主なものであります。農業委員会につきましても、地方公共団体の側からはさまざまな意見が出されておりますし、また地方分権改革会議の同じ意見では、市町村長が自主的に選択できる制度へ移行することを含め、一層の改革を検討すべきである。という意見が出されております。
  以上が行政委員会関係であります。
  次に資料4で、長を補佐する機関及び出納機関につきましてご説明申し上げたいと思います。
  2ページをお開きいただきたいと思いますが、当然のことながら、公選で選ばれた長といえども、一人ですべての仕事はできないわけでありまして、長を支える補助機関をいかにうまく統括統御していくかということによって、初めて任務を全うすることができると考えられます。また、地方公共団体が所管する行政分野や財政規模は拡大しております。首長へのサポート体制のあり方が今問われているというふうに考えられます。
  一方、マネジメント機能の強化のために、シティマネジャー制度の創設を求める提言がありますし、冒頭、ご紹介いたしましたように、収入役の必置規制の廃止を求める要望が相次いでいるわけですが、そういう提言、要請の背景には、ITの進展などの状況から、出納長、収入役の役割を見直してはどうかといった問題意識があると考えられます。また、官吏の制度、これは地方で言いますと、吏員ということになるわけですけれども、この吏員のあり方につきましても見直しが求められているということであります。
  検討事項ですけれども、副知事・助役制度につきまして、まず、この役割、定数、選任方法、身分保障等をどう考えるのか。また、出納長・収入役制度につきましては、特別職である必要があるのかといったような点、また吏員制度につきまして、これを見直すべきかどうかといったような個別の検討事項を挙げさせていただきました。そのような個別項目の検討を行った上で、長を支えるトップマネジメントのあり方といったことを大所高所からどういうふうに検討をするのかといったことが求められていると考えられます。
  3ページは、まず副知事・助役であります。都道府県に副知事、市町村に助役を1人置くということが基本規定でありますが、条例がこれを置かないこと、または増加することができるというふうにされております。この副知事・助役の制度の主な沿革ですけれども、5ページをご覧いただければと思います。
  戦前は副知事の制度はありませんでした。助役の制度は明治21年、1888年の市制町村制制定時に導入されています。助役の選任方法につきましては、市会、町村会が選挙をするという方法から始まりまして、その後、市町村長の推薦に基づいて市会、町村会が決定する。その後、戦時下昭和18年の制度改正で府県知事の認可を要する市町村長の選任になるといった経過をたどりました。戦後の改革によって市町村長が市会、町村会の同意を得て選任するという形に改められ、地方自治法に引き継がれております。
  副知事につきましては、昭和22年の地方自治法において、この助役の制度をそのまま都道府県に導入する形で制度化されております。
  6ページをご覧いただければと思いますが、副知事・助役につきましては、昭和22年に地方自治法ができましたときは原則1名でありました。町村は置かないことができるというふうにされていたわけですが、都道府県と市は必置でありまして、その後、昭和27年の地方自治法の改正、この昭和27年の地方自治法の改正は、戦後設計されました地方自治制度を行政の簡素化からという観点から見直した改正でありますが、条例で置かないこともできることとされております。
  現実に副知事の定数がどうなっているかということですが、8ページをご覧いただければと思いますが、東京都だけが4人になっておりまして、北海道、埼玉県、神奈川県などが3、それ以外の県は1あるいは2という数字になっております。
  一方助役につきましては、9ページをご覧いただければと思いますが、助役を置かない市町村の数は限られており、大部分の市町村では助役は1人というふうになっているのが現状であります。
  次に出納長・収入役制度についてご説明を申し上げます。出納長・収入役は会計事務をつかさどる特別職であります。その存在理由は収入及び支出に関しまして、命令をする組織、つまり長ということになりますが、命令組織と独立した組織を置くということにあります。つまり長は、これぐらい契約をしたから、これぐらい職員がいるから、これぐらい給与なり、請負代金を払いなさいと、こういう命令をするわけですけれども、命令をする方が自分で現金の支出、あるいは収入をするわけではなくて、別の組織に実際の現金の収納や支払いをさせるという組織原理であります。命令機関と執行機関を分離することによって事務処理の公正を確保するという観点から設けられた制度であると考えられております。
  都道府県は出納長は必置、市も収入役は必置でありますが、町村につきましては、収入役を置かないで町村長または助役に事務を兼掌させることができるとされております。なお、今年の通常国会で構造改革特区の提案を受け、一定規模、人口10万人未満を予定しておりますけれども、こういった小規模な市は町村と同じ取扱をするという改正が行われました。ちなみにこういう出納長・収入役に相当する国の職はありません。
  出納長・収入役は地方公共団体の長と厳格に距離を置き独立性を保つというのが現行の制度の考え方でありまして、例えば、11ページをご覧いただきますと、地方自治法第169条は、普通地方公共団体の長などと親子、夫婦又は兄弟姉妹の関係にある者は、出納長などになることはできないというふうに規定しております。この規定は沿革的には明治44年の市制町村制の改正によって導入されたものであります。
  12ページに簡単な沿革を記しておきました。出納長につきましても副知事と同じように、戦前の都道府県は置かれてはおりませんでした。一方、収入役は明治21年の市制町村制において会計事務をつかさどる職として設置されております。選任方法は当初は市参事会・町村長の推薦による市会・町村会の選任で府県知事・郡長の認可が必要でありましたけれども、その後、認可が廃止され、さらに戦時中の改正によりまして、市会・町村会の同意を得て市町村長が選任するという現行制度と同じ形になっております。出納長は、戦後の地方自治法において、市町村における収入役制度をそのまま踏襲する形で導入されたものというふうに言えようかと思います。
  現実の状況でありますが、14ページをご覧いただきますと、町村は置かなくてもいいわけですけれども実際に、収入役を置いていない町村の数は全部で347団体に上っておりまして、収入役を置かない町村の数は、近年、特に増える傾向にあります。
  以上が出納長・収入役に関する制度であります。
  次に吏員についであります。現行制度上、地方自治法は地方公共団体の長の補助機関として、これまでご説明いたしました副知事、助役、出納長、収入役などのほかに、「吏員その他の職員」を置くとしております。吏員は事務吏員と技術吏員に分けられております。吏員という制度は、極めて沿革的なものでありまして、明治憲法時代の官公吏制度に由来するものであります。すなわち官公吏制度におきましては、地方公共団体の吏員は、国の官吏と同様に公法上の特殊な身分を持って、特殊の規制に服しておりました。それ以外に雇傭人がおり、事務補助や単純労働などに従事しておりました。こういう雇傭人につきましては、私法上の契約関係によって雇用されていたわけであります。
  戦後の地方自治法は、概ね当時の官吏の種類別に、吏員を事務吏員、技術吏員、教育吏員、警察吏員の4つに区分をしました。同じ年の旧警察法、そして翌年の教育委員会法で、それぞれ根拠が別に定められたことによりまして、教育吏員、警察吏員は削除されております。
  一方、昭和25年に制定されました地方公務員は、すべての公務員を地方公務員として原則一律に扱うということになりましたために、地方自治法に、吏員に加えて、「その他の職員」を追加しました。すなわち、規定上の区別は残ったわけですけれども、戦前のように吏員とその他の職員との実質的な差異はなくなったわけであります。
  国の官吏の制度についてですが、18ページをご覧いただきますと、この官吏の制度は昭和21年の各庁職員通則によりまして、事務官、技官、教官にまとめられ、現在に至っております。そして、昭和25年の国家行政組織法の一部改正の附則によりまして、職階制の実施に伴い効力を失うこととされましたが、職階制は実施されておりませんために、この事務官、技官の区別が現在に至っているということであります。年金制度等の改正によりまして、この区別は実質的には意味がなくなっております。そして、平成13年に閣議決定されました公務員制度改革大綱によりましては、官の制度、事務官、技官等の別を廃止するというふうにされておりますが、この制度改正はまだ行われておりません。
  このように、大きく申し上げますと、吏員とその他の職員を分ける意義はなくなったわけでありますが、事務吏員と技術吏員が意味を持っているという規定は幾つか見られます。
  21ページをご覧いただきたいと思いますが、例えば、地方自治法においては、長の職務の代理、副出納長・副収入役、支庁・地方事務所・支所の長は事務吏員でなければなれないということになっております。したがいまして、指定都市の区長は事務吏員しかなれないということになっております。これ以外にもこれに類似する規定が個別法に幾つか見られます。
  以上、長の補助機関を構成する副知事、助役、出納長、収入役、吏員の制度につきまして見てきたわけでありますけれども、いずれも明治時代に設けられた制度に、必要最小限の修正が加えられて今日に至っているということができようかと思います。このことは、この制度設計が100 年以上にわたって時代の風雪に耐え得るものであったというふうにも言えるわけでありますが、同時に時代は大きく変わっておりまして、これらの執行機関のあり方につきましても、見直しが求められているということは言うまでもありません。
  23ページをご覧いただきますと、地方公共団体の人的、財政的規模は非常に大きくなってまいりました。これはごく一例でありますが、北九州市は人的な規模、財産的規模で見ますと、日本を代表する企業であるJR九州、あるいはダイエーと匹敵する規模を持っております。その一方で、この経営を支えるトップの陣容につきましては、制度上の根拠の違いということもありまして、大きな差があるということであります。
  日本の会社経営の形態、これは私どもなかなか疎い分野でありまして、にわか勉強で整理させていただいたものを準備させていただきましたが、24ページをご覧いただきますと、日本の会社経営は株主が監査役や取締役を選任いたしまして、取締役会という合議体の機関が経営に当たるという形をとっております。そして、最近は経営の基本方針の決定、監督と執行を分離していこうというアメリカ流の考え方がとられるようになってまいりました。アメリカにおきましては、CEO(最高経営責任者)が経営方針や企業戦略を決定する。そしてCOO(最高執行責任者)がCEOの決定を実施していく。そして、CFO(最高財務責任者)が企業価値の向上や財務管理力の強化のために財務戦略を経営戦略に取り込んで企業活動をマネジメントしていく。こういう方法が幅広く行われております。
  こういう考え方を踏まえまして、25ページをご覧いただきますと、平成14年には商法が改正され、委員会等設置会社制度が導入されております。指名委員会、監査委員会、報酬委員会の特別の委員会を設けることとした場合には、取締役会が業務執行役員を執行役という形で選任しまして、取締役会から授権された範囲で業務執行を決定する。こういうような制度が導入されているわけであります。これによって取締役会から執行役に業務決定権限が大幅に移譲されることが可能になります。
  もちろん、民間企業の経営形態をそのまま地方公共団体に当てはめることはできないわけでありますけれども、組織形態のあり方、マネジメントのあり方を考える上で参考になる部分もあるわけでありまして、これらも踏まえながら、地方公共団体のトップマネジメントのあり方とをどのように考えるかという時期が来ているのではないかというのが、事務局の問題意識であります。
  時間も大分経過いたしましたので、最後に財務につきましては、資料5の2ページに地方公共団体から出されているたくさんの要望を掲げましたのでご覧いただければと思います。実務的な分野でありますので、個々の事項につきましてご審議、ご論議いただく時間はなかなか審議スケジュールを考えると難しいかと思いますけれども、全般的な考え方につきまして、またご指示に応じまして整理させていただくこととし、そのための材料を用意させていただきたいと思います。
  説明は以上でございますが、先ほどアメリカのシティマネジャーにつきまして簡単な説明をさせていただきましたが、最近、岩崎委員が月刊の「地方自治」の巻頭論文の中で、この点について制度や実態について触れておりますので、卓上に配付をさせていただきました。どうぞよろしくお願い申し上げます。
松本小委員長 どうもありがとうございました。それでは、ただいまの説明を踏まえまして、ご意見等がございましたらご自由に発言願います。どなたかございませんか。
マリクリスティーヌ委員 お聞きしたいのですけれども、年表を見ていますと、例えば、明治時代とか大正時代でいろいろ改正があって、それで近代になると改正がすごく少ない理由は何なのでしょうか。今までに問題になっていなかったところが多かったのでしょうか。50年間も変わっていないようなところもあるみたいなので、そういう点で昔の方が変わらない方が普通のよう気がしたのですけれども、理由を教えていただけませんでしょうか。
松本小委員長 行政課長。
久元行政課長 やや個別の項目につきまして、ピンポイントで説明させていただきましたが、御指摘のとおり、戦前は長の選任方法、あるいは助役や収入役の選任方法などにつきまして、何回か改正を重ねております。戦後につきましては、先ほど申し上げましたように、基本的には昭和22年の地方自治法以来の制度を踏襲しているわけですが、これは、やはり憲法の中に地方自治の章が設けられて、長と議会が両方とも公選になるなど民主的な正統性が与えられたということ、そして、民主的な正統性が与えられた長が、議会の同意を得て助役なり、収入役や出納長などを選任する仕組みが、広く国民の間に受け入れられ、また、地方公共団体の側からも、特にその点について大きな異論を差しはさむというようなことは、これまでなかったといったようなことが背景ではないかというふうに思われます。
香山総務事務次官 十分なお答えにならないのですけれども、戦前に改正が多かったのは、日本が近代化するときに、市制町村制を敷いていたのですけれども、そのときに便宜的に江戸時代にあった自然集落というのを、とりあえず町村にしたわけですね。そうすると、それ自体、組織がきちっとつくっていかなくちゃいけない。新しく構想過程にあったから、試行錯誤的にいろんな制度改正をする必要があったのだと、単純にはそう思っていただければいいと思うのです。例えば、収入役なんかを見ますと、自分たちの仲間が村長になる。村長に財布まで預けると何を悪いことをするかもしれないから、それとは独立性の強い収入役を置いて、見張りをさせた方がいいと。それは議員の仲間で選ぼうと、そういうことをしていったとか、そういうふうな制度改正を重ねていったので、戦前は制度改正が多かったと思っていただければいいと思うのです。
  それから、都道府県の方に関して言いますと、戦前は明らかに国の出先機関だったんですから、これを今度は地方公共団体に戦後制度を切りかえたときに、終戦直後のときに、かなり大きな改正をどんどんしていったということで、答えになりませんけれども、大ざっぱにはそういう感じだと思っていただいて、それで戦後に制度ができてから、一応、近代国家として成熟してきましたから、そこの仕組みについては、余り改正する契機がなかったというふうに理解していただければいいのじゃないかと思います。
松本小委員長 よろしゅうございますか。
マリクリスティーヌ委員 さっきお話の中では、うまくいっていたということの中で、これだけ長く続いているいい制度であるのならば、あえて変える必要はないと思うのですけれども、ただ、その中で恐らくはアメリカ的なやり方とか、ヨーロッパ的なやり方とか、いろんな国のやり方というのはあると思うのですけれども、いいところを残しながら、問題になるところを改善していくということがポイントじゃないかと思うのです。例えば、先ほどの収入役が見張り役として置かれているということの中で、日本らしい監視の仕方というか新たな仕組みを、今までのものを全部ゼロにして、またつくり直すという考え方ではなくて、むしろ、改善を明治時代みたいに少しずつ、例えば、二、三年ごとにしていくとかというやり方もあるのではないかなと思います。50年間ずっとやってこられたようなものとかというものの中には、恐らく、いい仕組みがあるからこそ、日本もこれだけ治まっている部分というのはあると思うので、そういうチェック・アンド・バランス制度をそこにさらに付け加える形で、これをジャパンスタイルというのでしょうか。自治を考えるということもいいのではないかなという感じがするのですが。
松本小委員長 何かありますか、事務局。よろしいですか。それでは、意見としてお聞かせいただくことにさせていただきたいと思います。
  そのほかございますか。
茂木委員 質問が2つと感想が1つあります。先ほど、アメリカ地方自治制度における議会、支配人の関係が資料2の6ページに出ていたのですが、私どもの工場がアメリカのウィスコンシン州の小さなまちにあるのです。そこは議員が3人いまして、そのうちの1人が市長といいますか、町長といいますか、その役割を果たしているわけです。ただ、シティマネジャーというのは、多分、小さなまちですからおりませんで、クラークというのがたしかいたような気がします。クラークがいて、あとはトレジャーがいて、小さなまちですからやっているということ。そういうバリエーションもあるのかなと思うのですが、いかがでしょうか。
  それからもう一つ、シティマネジャーと市長との関係ですが、市長が非常勤の想定で、ここの6ページのところには出ていますが、常勤の場合もあるのかどうか。それは先ほどCEOCOOの話がありましたけれども、市長がCEOでシティマネジャーがCOOで、両方常勤の場合もあるのかどうか。この2点を伺いたいのです。
  それから、もう一つは感想なのですけれども、先ほどご説明を伺って、なるほどそうだなと思ったのは、6ページに出ている地方自治の仕組みというのは、アメリカの会社の仕組みにかなり似ているのです。委員会と設置会社についてのご説明がありましたが、今、日本の企業の中では、委員会と設置会社に移行しているところが幾つか出てきておりますが、私どもも今検討中でどうなるかわかりませんが、これから少し増えてくるのではないかと思っているわけです。これは、議会に相当するところが取締役会でありまして、取締役会の中で市長が選ばれるわけです。議会の中で市長が選ばれるのですが、市長がCEOになるわけなのです。ですから、取締役会とCEOが選ばれると、それでCOOは別に取締役である必要はないのですが、この場合も議員ではなくて、支配人として選ばれるという形で、言われてみればそうだなと思ったのです。アメリカの株式会社の形態に、アメリカの地方自治の仕組みというのは本当に似ているのだなと、今お話を伺って思ったということを感想として申し上げたいと思います。
松本小委員長 今の質問、まず1の質問と、それから2の質問ですね。事務局が答えます。久元課長。
久元行政課長 もしお答えが不十分であれば、またご指摘いただきたいというふうに思いますけれども、このシティマネジャー制をとっている全体の数としていいますと、半分ぐらいだと承知しています。どちらかといいますと、大都市は公選の市長が日本と同じようにいる。市長以外の主要な幹部も公選のケースも結構あるというふうに聞いております。
  それから、今、委員おっしゃいましたように、非常に小規模な団体ではシティマネジャーを雇うまでもないわけですので、議会がそのまま執行部になる、あるいは議会から少人数の執行部を選んで、その下にクラークと呼ばれておりますような業務を行う公務員がいるといったような形態がとられているというふうに承知しております。
松本小委員長 2つ目の市長とシティマネジャー双方とも常勤というのはあるのかという話はどうですか。わかりません? いろんな種類があるからね。
久保審議官 少ないですね。
松本小委員長 久保審議官。
久保審議官 シティマネジャーを置いているところの市長というのは、議員の中から選んで、名目的なことをやっていることが多いものですから、恐らく非常勤の場合が多いと思います。でも、常勤的にシティマネジャーにさせているということだろうと思いますけど。
茂木委員 名目的だと、かなり・・・・・・
久保審議官 ということは、多くなるのでしょうね。
茂木委員 たしかフルタイムではないですけれども、いろいろなことを頼みに行くときに、シティマネジャーではなくてメイヤーの方に行きますね。
松本小委員長 最後におっしゃったのは、アメリカの地方団体というのは、コーポレーションと言っているのです。ですから、コーポレーションですから、おっしゃったように、非常に民間組織に近い仕組みをとっているところが少なくないと思います。これもいろいろありますが・・・・・・
茂木委員 カウンティも大体同じような形ですね。
松本小委員長 カウンティ、これは州の機関的な性格をかねているのです。カウンティは州の機関とかねた性格が強く、コーポレートされていない地域のカウンティもあります。ただ、カウンティのもとにコーポレートされているというのが通常です。両方あります。
  そのほかございますか。岩崎委員。
岩崎委員 もうお答えをいただいているので、あえて申し上げることもないのですが、規模によって、米国の自治体は形態が違っているというので、大体大まかな区分けができると思います。小さなところは議会制、ウィークメイヤー、そういうシステムだと思いますし、シティマネジャーは大体中規模の自治体に多くて、大規模になってくると、ストロングメイヤーというか、市長公選制をとっている。大体、そういう傾向にあると思われます。
  それから、米国の自治体を考えるときに、アメリカの自治体はとか言っていますけど、実はそういうことは不可能で、連邦制なので各州で自治体の制度は異なるし、1つの州の中でもホームルールチャーターでできるので、恐らく、自治体の形態は細かいものまで入れるとものすごくたくさんあると思います。
  それから、自治体がないところもあるわけで、そうすると自治体を辞めるとか、自治体になるとか、そういう選択もできるので、一概に日本やヨーロッパのように全土が自治体でカバーされているところと必ずしも比べられない。そういうところを注意しておかないと、何でもアメリカ型を参考にするというのは、この場合は少し難しいかなという気がしています。
  それから企業の組織と似ているということです。まさにそうで、ここの資料2の6ページの最後のところの(4) で議会−支配人型の登場した背景というのが、ここは品よく書かれておりますけれども、実は議会が余りにも党派政治といいましょうか、それに走ってしまったり、それから多民族国家ですので、それぞれの人種代表を出していったりして、利害が対立して決定はできない。人数も多く混乱状態になる、二院制をとっていたり、議会のいわゆる仕事をしないで、自分たちの中の抗争に入ってしまったという現実がある。もう一方で、20世紀初頭には企業の経営がうまくいっているので、すごく注目されて、これを入れようという、そういう背景もとりわけアメリカ的であるということです。つまり、議会の規模を小さくして議会が任命する支配人に任せてしまおうということなので、合理化は合理化なのですけれども、住民からのアクセスといいましょうか、デモクラシーの観点から言えば、代表性が低くなるということは問題にならなかったということであります。
  決めるのは議会で、執行するのがマネジャーとなっているのですけれども、今、100 年ぐらい経って現状を見ておりますと、政策形成にかかわらないで、ただ執行だけするというのはなかなか難しいので、政策形成は議会で、執行はマネジャーにという役割分担もなかなかうまくいかなくなっていて、ちょっとその辺が問題としても指摘されることがあります。マネジャーは常勤なのですけれども、渡り職人みたいな感じがあって、カナダとかアメリカの新聞を見ておりますと、マネジャー求むという求人広告がでていて、みんなそれで探しているのですね。二、三年後は違う場所にいる。そういう意味では、マネジメントだけあって地域性というのはほとんどないという気がしています。
  それから市長が必ずいないかというと、議会が選んだ弱い市長は想定されているのですけれども、市長が公選でかつマネジャーを置いているというバリエーションもあるので、マネジャーを置けば市長は要らないというのは、必ずそうではないということだと思います。
  それから市長がいて、マネジャーがいる場合は、公選であれ議会から選ばれてでもあれ、役割分担がされていて、対外交渉というか、代表として対外交渉したり、PRをしたりするのが市長で、実質的な経営はマネジャーがやる。そういう役割分担はできているので、多分、私が勉強した範囲では、企業とはちょっと言い方は違うのですけれども、CEOというのがChief Elected Officer,選挙で選出されるという意味です。それでそれ以外にChief Administrative Officerという経営の人がいるという、その辺に落ち着くのかなと思います。私が答える責務はないと思いますけれども、少し勉強したので、もしもご参考になればと思いまして。
松本小委員長 クリスティーヌ委員は何かございますか。今、アメリカの政府が出ておりますので、ひとつ教えてください。
マリクリスティーヌ委員 今話の中に出たシティマネジャーというポストで地域性はないとおっしゃったのは、確かにそうなのですけれども、地域性をつくっているのは市民なので、それを実施していってくれるのがマネジャーなので、マネジャーが地域性がなくても、市民がこういうまちをつくりたいといった場合に、そのとおりにしてくれる能力を持っているので、地域性がなくてもいいわけで、そこの地域に余り愛情がなくても仕事はちゃんとできるということで、あとまちづくりの中で結構シティプランナーとかなんかでボランティアの方が非常に多いわけで、彼らがボランティアする身につけた能力で、また別の仕事が、今言われたように渡り歩いてできるので、非常勤で仕事をすることに対して、全く違和感がないという環境なので、余り比較対象には、岩崎さんがおっしゃったようにならないところもあるのではないかなという感じがいたします。
松本小委員長 どうもありがとうございました。副会長。
小早川副会長 今の話も踏まえてですけれども、最初にご説明がありましたように、今日の資料は限定があるわけですよね。1つは議会絡みの話は後回しにするということがあって、ところが今までの話にもありますように、行政執行のあり方を考える際に、そのトップマネジメントの考えなんて、当然、議会制度がいかにあるべきかというのと絡む話なので、そこはちょっと、かなりの部分がブラックボックスになっちゃっているところがある。それから、もう一つは行政委員会の話があったのですけれども、警察制度をどうするかという話は、今日の話には出てきていない。これも非常に・・・・・・。差し当たり市町村の話がメインだという前提なのかもしれませんが。そんなことで範囲的に限定があるという気がします。
  それで警察はともかくとしてですが、今までもお話がありましたように、今の組織の古いものを近代化し、効率化していくというときに、何となく長に権力が集中していくという傾向をさらに加速するような、そういう話になりやすいのかなという気がするのです。もちろん、それは必要なのですが、国みたいな横並びの権力分立のチェック・アンド・バランスということは、必ずしも必要はないかもしれませんが、何度もお話が出ているように、民間の企業のガバナンスの問題というのは、役割を分割することでもって、実は権力のバランスも保つということになっているのだろうと思うのです。
  だから、その観点が大変重要ではないか。いろんなところに出てくるわけで、収入役なんていうのも、あれも多分、ヨーロッパ式のシステムだろうと思いますけれども、フランスなんかは今でも収入役というのは、たしか国家公務員なのですよね。国の財務省が地方自治を裏からがちっとコントロールしているという、そういうことではないかと思うのですが、それも自治体の運営組織と見れば、一種の機能分離、権力分立になっているわけです。
  日本も多分、そういうことで明治時代に導入したのだろうけれども、だんだん、ただうるさいだけになっていって、複雑なだけになってきて、全部一元化した方がいいじゃないかという話になっていくのだけれども、そのチェックの機能というのをどうするか。戦後は、それは監査委員の制度に期待されたわけですけれども、1つのポイントは監査委員なり、外部監査なり、今、手持ちのチェックシステムにどれだけ期待できるかということが、やはり問題だろうと思います。
  ですから、もう一度言いますけれども、強い長がどんどんいろいろ行政改革をやっていくということは必要ですが、少し長い目で見れば、地方自治を分権化して、円熟した分権型社会になれば、地域のことは、何も強い長である必要もなくて、安定した事務事業であれば、それはそれぞれのエージェンシー的シティマネジャーでもいいですし、そういう専門家に任せていって、それをいかに全体でバランスよくガバナンスしていくか、そういう方向が大事なのかなと。余り内容はありませんが。
松本小委員長 ありがとうございました。浜田委員。
浜田委員 資料3の行政委員会制度について、いろいろ説明をお聞きしたのですけれども、それの7ページに地方自治体の行政委員会として10個か11個か、この表もあるのですけれども、それを制度としてスタートしたねらいというのが市長への権限集中排除、民主化政策となっているんですが、今までずっとこの委員会制度というのをやってきて、ああやっぱりやっていてよかったのか、別にやらなくてもよかったのか、その辺の評価というのがほとんど何にもコメントなしで、今後、どうしますかと言われても、何の議論もできないのじゃないか。評価するときに全体を通じて、ぜひという評価はないと思いますが、委員会の種類によっては、こんな効果があった。これは残すべきだとか、この委員会は云々とかというのもあるでしょうし、また、市町村によってはというのもあるでしょうし、この辺は、そういう評価をしないと。
  それからもう一つは、私ども会社の経営というのをやってきた立場から感じますのは、「首長」と書いてあるのは、市なら市長、県なら知事、会社なら社長ですね。社長の権限を排除されたのじゃ、いい経営なんかできっこないのですよね。ここに書いてあるのは、恐らく経営にとってよかれと思う権限は排除しないで、悪い権限のみ排除する。こういう意味だろうと思うのです。そんなこと委員会ができるのですかという感じです。
  それから、私は各地域の委員会の一つ一つの実態を存じませんけれども、委員会の委員長なり委員は、その指名、任命が結局、市長の力の及ぶ範囲で人選が行われている限りは同じことだと思うのです。権限集中排除なんかできっこない、力関係からいっても。アメリカで社外役員云々というのも、もう10年以上前に日経連で泊まり込みで議論したときに、どこの社外役員を調べても、CEOの友達を集めているだけだと。ここの中に委員会の委員を選ぶのに、あるいは出納長を選ぶのに、親子兄弟はだめよって、当たり前の話でね。親子兄弟じゃなくても首長の言いなりに動いてくれる、いわゆる友達、他人は幾らでもいますので、どうやって選ばれたのかというのが大変に大事なことです。
  そして、それをかつては私も記憶がありますが、学生アルバイトで教育委員会の選挙を手伝ったこともありますが、それがいつの間にかなくなったなと思っていたら、任命制になっていたわけですね。選挙するほどの組織じゃない、かといって任命制にしたら、ここで言う、いわゆる集中権限排除、民主化という狙いを果たせる組織なの、これは一体というあたりがちょっと疑問も感じながらなんですよ。それで評価なしで地方から要望があったから、だんだんと解除していきますとかというのは一体何なのですか、これはという感じもしなくもない。いつも悪たればかりついてなんですけれども。
松本小委員長 西野委員、関連して。
西野委員 私も、この行政委員会の問題につきましては、特に農業委員会について非常に驚きをもって、この資料を拝見しているわけですが、例えば、農業委員会の場合には、委員会数が3,206 あるそうですから、ほとんどの市町村にあるということになるかと思います。この資料によれば委員数が約3万ぐらいですから、各委員会に平均しても20人ぐらいの委員と平均3人の職員が張りついているということだと思います。それはかつては果たすべき使命があったと思うのですが、今、具体的にはどんなことしているのか、その必要度には地域差があるのか、現在もかつてと同様の重要性をもっているのかについてご説明いただきたいと思います。また、そのほかの行政委員会につきましても、同様の点についてご教示戴きたいと重います。このことが明かにならないと行政委員会についての議論を深めることができないと考えます。
松本小委員長 それでは事務局、まず浜田委員の意見の方から。
久元行政課長 個別の委員会ごとのそれぞれの資料につきましては、このテーマのときに、もう少し詳しい資料を用意させていただきたいと思います。
  それから農業委員会につきまして、今行っている主な仕事は、昔からそうですけれども、農地を売買するときに農業委員会の許可が必要です。これは農水省サイドの見解ですけれども、今は特に農地を流動化させていく必要があるということで、これからもっと農地の売買なりの件数が増えるだろうから、農業委員会の役割は引き続き大きいのだ、こういうのが農水省側の主張であります。
  これに対し、私どもは、これは最近も先ほど申し上げました農業委員会法の政令の改正の中でも申し上げたのですが、必置規制をやめるべきだということが省としての主張でもあります。少なくとも農業委員会を設ける必要がない面積の基準をできるだけ大幅に引き上げるべきだということで、両省で協議をいたしまして、先ほど申し上げました数字になったわけであります。
  農業委員会の今の仕事は、先ほど申し上げましたように、農地の売買、あるいは賃貸借の1件ごとに許可が仕事のメインです。それ以外に農地を転用するときに、都道府県知事なりは、必ずこの農業委員会の意見を聞くということが義務付けられておりまして、この2つの事務が基本的には農業委員会の仕事の大部分のものではないかと思います。
松本小委員長 浜田委員どうぞ。
浜田委員 言葉尻に対する質問で恐縮ですけれども、例えば、農業委員会の存在理由ですね。農地の広いところは必要で、少ないところは必要じゃないというのは一体どういうことなのですかという質問に、我々はなっちゃうのですよ。少ないところほど必要なんじゃないか、見ようによってね。農地がどんどん減っていく、減っていっていいのかというような意味も含めて。だから、広いか狭いかで委員の必要性が判断されるというのは、一体、判断の根拠というのは何なのですかという質問をせざるを得ないので、すみませんが。
松本小委員長 行政委員会として必要なのかどうかということの評価なのですけどね。そこはどういうふうに考えているのですか、今のことなんかも含めて。農地の転用許可に当たって、何らかの行政庁がチェックしなきゃいけないということと、それを農業委員会という複雑な行政委員会制度をとって、それを処理しなければならないということとの2つあるのですけれども、前者の話はともかくとして、後者のなぜ委員会、そしてまた、今浜田委員のおっしゃった、それじゃ農地の少ないところは、なぜ委員会がなくてよろしいのですかと、そういう質問なのですけど。そこのところです。委員会の制度の評価というのはそういうことでしょう。
浜田委員 だけど、彼に質問するのはかわいそうですよ。答えようがないですよ。そういう質問ばっかりで申し訳ないのだけど。それは小委員長が答えなければいけない。
松本小委員長 私ですか。一般的に言いまして、委員会制度がなぜ必要かというのは、ここに書いてありますが、戦後の日本の制度はモザイク的な制度でして、戦前はドイツの制度とフランスの制度が入ってできていたのが、戦後になってアメリカの制度が入ってきた。そして、今の地方自治制度は、非常にモザイク的になっているのです。
  その中のアメリカ的な制度の典型がこの行政委員会制度で、GHQも日本の民主化の1つの仕組みとして、行政委員会というのを国にも地方にも進めていったわけです。国の方は占領政策が終わったらさっさと回収していって、今残っているのは、先ほどありましたように、公正取引委員会とか、公害紛争調停委員会とかです。それぞれを見ていきますと、1つは利害調整的・準司法的なものです。それから政治的中立を要するようなものとか、専門技術性が非常に高いというようなもの。これらはなぜ委員会でなければならないのかというと、決定者が首長で、1人で判断して決めるというのはよくないから、複数の人が合議して決めていきましょうということです。利害調整や準司法的なものにも、そういう要素があり、それから政治的・中立的な要請にも、そういう要素があるわけで、だから、ものによりましては、委員の半分が同じ政党又は政治団体に属してはいけないというのがあるのです。選挙管理委員会もそうですし、ほかの委員会にもそういうのがあります。ですから、そういう政治的中立性が要請される場合に、1人の首長が決める、決定権限を持つと、その人の政治的信条に動かされるおそれがあるので、皆さん相談して決めるということです。
  利害調整的・準司法的なものも、1人の人では調整がうまくできないから、又は正確若しくは公平に判断できないおそれがあるので、複数の委員の合議で決めることとしているものがあるわけです。それから、高度技術的なものも技術の評価については、それぞれの専門性、技術性の評価について、人それぞれの考え方があるでしょうから、皆さんで相談しましょうということです。今申し上げたような類のことは地方団体でも、例えば、選挙管理委員会にしてもそうでございますし、それから、収用委員会みたいなものもそうですし、人事委員会、公平委員会、地方労働委員会など、これらの類の仕事は、まさに今申し上げたように、1人決めてしまうのは、やはりよくないでしょう。複数の委員の合議で決めることとする、そうした理由があると思うのです。
  ところが、今、問題になっているのは、教育委員会と農業委員会。これは早い時期から問題になっておりまして、教育委員会は特に戦後の占領政策の中で、教育の民主化ということと絡んで、今、浜田委員もおっしゃったように、委員を公選制としていたのです。31年の制度改正のときに任命制に切りかえたわけですけれども、それでも、やはり教育は政治的中立でなければならないとか、そういったことで、委員会制度となっています。
  しかし、一方では、今教育委員会の所掌している事務は、何もそういったことばかりじゃない。文化の話とか、スポーツの話とかを処理しているわけですし、同じ教育で私立学校と教育委員会が所掌している公立学校は違うのです。私立学校は長の所轄になっているのです。だから、同じ教育ならば別に教育委員会制度である必要は全然ないじゃないか、こういう話もあるわけです。何か非常に行政を複雑にしているということと、それから、教育行政というものが、独立した分野という見方に対して、教育の問題は、地方団体全体の行政に関連してくる、また、一緒にやっていかなければならないことがあるのに、教育委員会が自分たちは中立で、長に対して独立権限を持っているということで相互調整が困難になるとか、そうした批判があるということがあります。
  農業委員会は、農地委員会というのが前身でして、主としての仕事は農地改革の問題だったのです。小作制限等は先ほどの利害調整の類に入ると思います。ところが、小作制限等に関連するような仕事は、農地改革以降だんだんなくなってきましたので、昭和二十何年かに、これは資料にありましたが改組しまして、ほかの委員会と一緒にして農業委員会になったものです。
  農業委員会の今の仕事は、農地転用に係るものとか、農地の移動制限、農地でも権利移動にも許可制となっているのですけれども、そういうことに対して、中立的あるいは利害調整的判断をしなければいけないからというのが、今の農業委員会の恐らく委員会としての存在理由になっているのだと思います。これに対しては、利害調整に係ることはほかの行政にだってたくさんあるではないか。個別の、それぞれの行政の中に幾らでも利害調整が絡んでいることがあるわけですから、なぜ農業委員会だけ、そういうことになるのだろうかとか、そういう議論がありますし、農業委員会の仕事の中でも、農地転用や農地改革の流れの系統の事務、仕事から、それ以外の農業政策一般の審議をするような事務・仕事が増えてきておりまして、これらについては農業委員会として、中立や独立性ということよりもほかの政策といかに総合的に一体的にやっていくかということの方が、重要になってきますから、いまさら選挙で選ばれた委員を持つような、農業委員会は選挙で選ばれた委員とそうでない推薦による委員と両方あるのですけれども、そういう委員会として残しておく必要があるのかといった議論がありまして、それで農業委員会というのは、かなり前からいろいろ問題になっているのです。
貝原委員 今までの議論とちょっと違う観点からの議論になるかもしれませんが、今、特に基礎自治体で多元的な執行機関を認めるべきではないかという議論の背景は、今まで「公」のことは「官」が担い、「民」は「私」のことだけを担うという分業体制みたいな形でずっと来たことがある。特に戦後ですけれども。これでいままで問題はなかったのですが、昨今では「官」だけで「公」は担えない。「民」が「公」のことに主体的に参加すべきだという考え方がNPOだとか、住民の参画と協働とかという形で出てきているわけですね。その形を自治制度として、どう受けとめていくのかということの中から、地方自治制度というものが、特に基礎自治体のところでは多元的であっていいのではないか。その地域、地域で決めていってもいいのではないか。こういう議論だと思うのです。
  これは戦後、行政委員会制度がアメリカから強制的かどうかはともかくとして入ってきた。そのときに、我々がいろいろ教えられたのは、グラスルーツ・デモクラシーという、例のトックビルの議論なんかですね。要するに、民間人が「公」のポストに就くということによって、「公」のことについて関心を持ち、そこで自分たちの地域のことに一般の民間人が責任を持っていくという中で、本当の民主主義、地方自治が根付くんだ。そういう仕組みを日本にも取り入れたらどうかというような形で入ってきているわけです。
  ところが時期尚早で日本は経済発展で忙しい時期には、そういうことにならなくて、官民分業ということで来たと思うのですが、ここへ来て、そろそろそういうことを真剣に考えるべき時期に入っているのじゃないのかということが、私はこの議論の1つの大きな問題点じゃないのか。単に簡素合理化とか、今の制度が形骸化しているかどうこうという問題も大変大切なことですが、そういった考え方からの議論があってもいいと、このように思うのです。
  ところが今日の説明を聞いていると憲法問題があって、長は選挙になって多元的な制度をとるのは難しいのじゃないかということで、今の自治法の範囲内で議論しようかというような感じで受けとめたのですが、そのことに関連していいますと、長は住民の直接選挙だと言いながら、執行機関は多元的な執行機関を認めているということになりますと、私は知事のとき、いろいろと現場で困ったことがあったのです。行政委員会の所管になっていることでも、県の知事というのは長ですから、全体について責任を持つものだという社会的な認識があるわけです。現に地方自治法でも総合調整なんかというような機能がありまして、現実はこれは裁判になろうということも出てくるのですよ。例えば、公安委員会で下手なことをやったときに、あるいは教育委員会かなんかが問題を起こしたときに、知事というのは全然責任がないのか。総合調整権とか、予算編成権があるのではないかとかと言われて、ここのところが非常にあいまいになっているのです。だから、考え方によっては、長の権限は法律で決められるということになっているわけですから、長は公選だといって、一方では多元的な執行機関を認めるということになる。法律でどうにでもなるというような、現実にはそうはいかないのでしょうけれども、純粋に理論的な議論からするとそうなると思うのです。
  一方では、そういうふうに法律上で整理されておりながら、現実は混乱している。例えば、一般社会教育なんかは、むしろ執行機関側からは排除しては、なかなか行政というのは成り立たないのです。消費者行政とか、環境行政とかをやるときに、教育的な要素というのは非常に多いわけです。だから、そういう部分は教育委員会から地方自治法の規定で、事務委託といったか、わざわざ教育委員会から知事部局の方へ契約をして、引き取って知事部局で、そういった社会教育の部分を担当している。あるいは、市町村なんかは特にそうですが、広域事務組合をつくっていますと、市町村長の責任ですけれども、実際は組合の管理者の方に全部責任がいっているわけです。市町村長は法律的に責任は、どうなっているのだと。構成員の1人として責任を持っているというぐらいのことで、実際は長の責任が、今、合併なんかで議論されているようなところも、ほとんど広域事務組合の方にいっちゃって、市町村の長の責任は空洞化しているというような実態にもあるのですね。
  そこら辺は一体どう考えていくのか、私、ちょっと逆の方向のことを2つ言ったのですが、現実には、憲法の問題とを含めて議論して、そこら辺の整理していかないと難しいのじゃないのかなと。そこのところが解決できたら、私の意見としては、市町村には多元的な執行機関をもっともっと認めて、まさに民間が参画をできるような公の組織というものができるような方向へ、制度化していくべきではないかという意見を持っているのですが、ご意見をお伺いできればと思います。
松本小委員長 今のはむしろ委員の皆さん方から、いろいろそれに対する意見を言っていただいた方が、事務局というよりは・・・・・・
貝原委員 憲法の長と・・・・・・
松本小委員長 多元的執行機関との関係。
貝原委員 これは副会長さんの方から教えていただいた方がいいのかもしれませんが。
松本小委員長 では、小早川委員お願いします。
小早川副会長 私は憲法ではないのですが・・・・・・
貝原委員 事務局で勉強されているだろうから、教えていただけたらありがたいのですが。
松本小委員長 事務局ありますか。先生、いいですか。ぜひ、関連で。
小早川副会長 どうお答えしたらいいのかなと今考えているのですけど、具体的には今日さんざん出てきているシティマネジャー制度ですね。日本の現行憲法であれができるかどうかということを、もう随分長い間、かなり突っ込んだ憲法解釈議論をやっているということはご承知のとおりだろうと思います。
  私自身は、そのプロセスを余り詳しくないのですけれども、ただ、そこはいろいろ工夫のしようがあって、先ほどから公選の長とシティマネジャーとを並立させて、役割分担をさせるといういろんな例があるというご紹介もありまして、ですから、憲法上も長は長としての実態を持っている限りでは、憲法違反にはならないのだろうと思うのです。ガバナンスの実権を手放してしまうということを憲法は予定していない。そこに限界があるのだろうと思うのです。
  ですから、同じようなことはシティマネジャー制度だけでなくて、さまざまな例えば、教育にしても今の教育委員会の制度ではなくて、もう少し住民参加的なそういうものをつくって、それに公立学校の−教育委員会もいろいろやっていますけれども、本来の存在意義は公立学校を設置・管理するということだと思いますので、その辺の−実質的な権限を、今、貝原委員おっしゃった言い方で言えば、公と民の共同のシステム、現に実験はされていると思いますけれども、そういうところに本当に条例なり、何なりで権限を与えていくというようなことが、ある程度のところまでは現行憲法でも、−長は最終的には全体の総合調整の役割を担わなければいけない、そこは必要だと思いますけれども、その範囲内で−いろんな実験はできるのじゃないかなという気はしているんです。
松本小委員長 事務局何かありますか。
久元行政課長 なかなか難しい問題で憲法解釈上も説が分かれている問題かと思います。憲法は長についての役割を明確には規定しておりませんが、議事機関としての議会があるということから、対比で言いますと、長はやはり執行機関として位置付けられているのではないかというふうに思われます。その上で、そのことを前提にして、自治法は地方公共団体の長に統括代表権を与え、その前提のもとに多元的に行政委員会と委員を設けているわけで、憲法の制約のもとに行政委員会制度をとっていると思われます。したがいまして、法律レベルで長の権限を全く空洞化させるといいますか、これを分割してしまうような、そのような執行機関のあり方ということを仮にとった場合には、憲法との関連が出てくるでしょう。また、今の行政委員会の問題ではありませんけれども、先ほど話題になりましたアメリカでのChief Administrative Officerのような存在が全く現行憲法上許容されるかどうかわかりませんけれども、大部分の事務が実質的に、そういう機関が行うのであれば、またこの憲法との関連という議論が出てくるのではないかというふうに考えております。
松本小委員長 よろしゅうございますか。どうぞクリスティーヌ委員。
マリクリスティーヌ委員 ちょっと的が外れているかもしれないのですけれども、結局、地域の自治体の長となる方というのは、一般市民のニーズとか、一般市民の声をちゃんと聞いて引っ張っていくという仕事ですよね。当てはまるかどうかわからないのですけれども、憲法上ではすごく明確に書いてあると思うのですけれども、例えば、市町村の中で議会の中に派閥というのがあるじゃないですか。結局、派閥によって地元の方々のニーズにちゃんと沿えないような状況になって、それこそ議会が町長または市長、もしかしたら知事の、そういうカラーにどうしても引っ張られていって、一番大きな派閥が、どうしても、このニーズが優先でしょうという力を持つわけですから、そういう派閥というものをなくすために何かしていった方が、私は小さな地域に住んでいるわけですが、見ていると新住民と旧住民がいて、旧住民の方々がまちづくりとか、自分の地域の運営にとって、これが大事だと幾ら思っていても、結局、旧住民は別にニーズということよりは、やはり仲間意識の中で、その長を選んだりするわけですから、本当の意味で公平かなと思うことはあるわけなのです。
  ですから、運用することに対しては、非常に日本の官僚とか、自治体の方々は勤勉で本当に真面目に動くわけですけど、動く方向が言われた方向に一生懸命やるわけですから、歪んだ方に引っ張られちゃうと、すごく勤勉に歪んだ方にどんどん行ってしまうような感じがするわけなのです。ですから、この歪みをつくらせないということの中で、恐らく、社会教育委員会というものの長がアメリカでもスクールスーパーインテンデントというのは、やはりエレクションで選ばれるわけなのです。そのスクールスーパーインテンデントのやるマネジメントが学校管理、または教育管理の上で、すごく上手だったりすると、次の例えば、州知事選に出る方になったり、または保安長になるとか、ある意味では別な形での自分の仕事に動いていけるという、先ほど言われたシティマネジャーのような状況になるわけなのです。
  だから、戦後、アメリカから入ってきた制度というのは、本当に戦後すぐの日本にとってよかったかもしれないですけれども、別な土壌の中で出てきたシステムを日本に当てはめて、日本にとっていいかというと、日本はやはり農耕民族であったり、むしろ農業というのはとても大事で、集落とか、その中での村社会とか、町内会システムというのはすばらしいというふうにアジアでも言われて、町内会を今真似しようとしていらっしゃる国々があるぐらいですから、何かいいことをしていますよね、日本のこの制度の中で。ですから、そういうものをもっと強化していきながら、農地の農業に対する政策の中で、例えば東京都の中で、今副会長からお聞きしたのですけれども、中に農業を今でも営んでいらっしゃる方がいると。だけど、どっちが優先かというと、アメリカの場合はルーラルコミュニティとか、カウンティとか、そういうところの中にゾーニングがはっきりしていて、ここのエリアは絶対にシティになるわけだし、タウンだから、この中で農業をやってはいけないと。だから都市計画のゾーニングが優先であって、農業はまた別の地域があるから、そこにはやはり農業を営むために、ちゃんとした委員会がそこにないと運用できないと。
  どっちが勝つかということの中では、やはり、都市の中では農業ではなくて、むしろ、ゾーニングとか、地域づくり、まちづくりということで優先順位をつけるとか、そういうところが明確になっている国の土壌から、今度日本に持ってくると、ゾーニングなんてあってないようなものですから、文化地域と言われて学校が来るはずなのに、そこには例えば、道を隔てて風俗が平気で存在できる、この地域の線のところは学校の目の前で風俗があっても、この線引きだからということで学校の前の来てもいいということは、本当の意味の地域づくりじゃないと思うのです。ですから、そういうことがたくさん日本の中に、恐らく野放しにされていたところで、もう一回見直して、ここには何がフィットするかというか、どっちが優先順位になるかということの線引きをきちっとつくれば、もしこういう農地問題があるならば、この地域には、こういう農業委員会は要りませんというふうにはっきり言えると思うのです。こっちは都市計画ゾーンだからということで、やはりそういうことでの、先ほど言われたグラスルーツ・デモクラシーというのは、その地域にとって、一番何が大事かということをまず優先した形で自治がつくられていくことが、とても私は重要ではないかなということを感じますので、必ずしもアメリカの制度が日本にとっていいということではないのではないかなという感じがします。
松本小委員長 今の話は、先ほどの浜田委員のおっしゃったこととも少し関連しているように思います。今度の農業委員会法の改正でも、農業委員会を置かないことができる市町村としての括弧書きの中に都市計画区域内の市街化区域と定められた区域ということがあっての政令で定める面積でしょう。だから、ゾーニングが反映しているのですよね。先ほど、浜田委員がおっしゃったように、やはり都市的なところで農地面積が少ない場合は、ゾーニングが優先する。だから、農業委員会みたいな制度は要らないのだ。その考え方は今の制度でも反映しているのじゃないですか、多少ね。今、クリスティーヌ委員がおっしゃったから、私も気がついたのだけど。先ほど浜田委員が、何で面積が少なければいいのだと言われたのは、そういう都市的な土地利用のところは、ゾーニングの公益性の方が優先しますということ。だから、そういう農地面積の少ないところは、そちらを優先させるから農業委員会みたいなものは置かなくてよい。
香山総務事務次官 私ども、この資料は確かに教育委員会とか、監査委員会とか、農業委員会だけを持って出して、非常に唐突な感じを持たれると思いますし、おっしゃっていただいている意見、一々ごもっともなので、そういう方向で我々も議論を深めるべきだというご指示があれば、そうさせていただきますが、ちょっと言いますと、私ども基本的な問題意識は、その行政分野について、行政委員会制度が必要かどうかということに関して、政策的にその分野の行政に着目して議論するということが我々の本意ではなくて、それを地方団体に任せたらどうかということで、制度の弾力化として議論をお願いしたいということを申し上げているわけです。
  したがって、貝原委員がおっしゃったように、町村行政の場合、むしろこういう多元的な機関をつくるべきだと。それが時代の趨勢であるとすれば、しかし、それは市町村長の判断に委ねればいいのじゃないかということのご結論をいただきたいのです。ここに書いてあるのは、いずれも地方団体が現実に困っているわけです。というのは、制度ができたときと時代背景が著しく変わっちゃったと。したがって、地方団体の方はむしろ改定をし、やめてもらいたいというのに、それぞれの所管の省庁が、要するに、農業委員会なんかははっきりしていますけど、なくしたら、農地がなくなってしまうということで、農水省が抵抗するわけです。教育委員会なんかも随分制度が変わってきましたけれども、ちょっと前までは教育長は国の承認制であったと、そういうようなことがあって、それを地方団体がいろいろ総合的に行政的に大変不自由だったというのを、ここに例示させていただいたわけです。
  したがって、教育行政に教育委員会が要るか要らないかということを、ここでご議論していただく趣旨ではなくて、こういう制度をとるかどうかについて、地方団体に委ねていいかどうか、どういう委員会については、そうしてもいい、こういう委員会はやっぱり国が必置にしておいた方がいいとか、そういうところをまず議論していただきたいというのが我々の本意でして、そういう意味では、先ほど小委員長もおっしゃっていただきましたけれども、ほかの委員会もちょっと並べて今日的に行政委員会制度を必置にしておく意義があるのかどうか。地方団体に任せてもいいかどうかというあたりを、ちょっと整理して、またお諮りした方がいいと、そういうような気がいたします。
  農業委員会に関して、農地に関して農業委員会が要るかどうかということは、余り深入りしていただいても、我々専門的な意見を言えないので、ただ、市町村に任せちゃっていいのかどうなのか。そこについてお答えをむしろちょうだいしたいというのが我々の本意ですので、ひとつそういう方向で、また資料等も調整させていただきますけど、ご議論を賜ればと思っています。
松本小委員長 要するに、選択制にすることについてどうだということであって、事務局としては、根本のところまでは求めておらないということのようです。貝原委員。
貝原委員 次官おっしゃるとおり、それはそういう方向で結構ですけれども、そのときに、私は疑問として申し上げた、それじゃ、どんどん行政委員会を市町村がつくっちゃって、長の責任が空洞化してしまってもいいのか。極端に言えばですよ。そんなことはあっちゃいけないわけですね、さっきのお話のように。そうだとすると、そこら辺の総合調整権みたいな、あるいは責任をどのような形で担保するのかとか、あるいはやれる範囲は、ここら辺までじゃないかとか、そこら辺についての基本的な考え方が憲法論との絡みで出てくるのじゃないのかと。シティマネジャーとかというのは、むしろ、これはまさにマネジメントの話で権限とか、責任の問題ではないのだろうと、事務執行の問題ですよね。行政管理システムの問題だと思うので、行政機関について議論するのであれば、そこら辺の議論の整理をしておく必要がある。私はちょっとそこら辺の判断が付きかねるものですから、よろしくお願いしたいと思います。
松本小委員長 クリスティーヌ委員。
マリクリスティーヌ委員 絶対残すべき委員会というのはあると思うのです。残しながら、ですが委員の選び方までもちゃんとこっちから、中央の方から指定するということが大事だと思うのです。
  私は社会教育委員会で何度もボランティアしているのですけど、いつも声がかからないのです、地元では。恐らく、すごいうるさい人だから、この人を入れたならば大変なことになっちゃうだろうというふうに思われているのだと思うのですけれども、例えば、藤沢市はすごく教育レベルが高いのです。それはなぜかというと、藤沢の市長さんは、昔、教育関係のお仕事をされていて、社会教育委員会に結局、周りに優秀な方がいるからどんどん引っ張ってこられて、それで教育レベルがとても高くなるわけなのです。そういうルートとか、コネクションのない地域というのは、結局、教育ということに対して、それほど強くないわけですからレベルが違うと。じゃ、越境入学させて別の住所を借りて、そっちの方の高校とか、そっちの方の中学へ行かせようとか、知恵のある市民はそうするわけなのですね。そういうことは、一番地元に住んでいて、自分の子どもが学校に歩いて通える。そして、地域の中で大きくなって、そして地域の中で友達がいるということと反することだと思うのです。ですから、そういう点では教育委員会というのは、すごく大事なものなのであるべきですけれども、やはり、そこをリードする方々とか、そういう方の選び方とか、地元の中でもどういうふうに公平性を持った形で、そこに参加して、閉鎖的にならないようにするためには、やはり派閥というものが議会の中にあったりとか、そういうものが見えたりしたときには、すぐに何かそこに罰を与えられるとか、そういうことで何かマイナスになるとか、そういうことなんか1つの条件をつけて、どうしても必要な委員会というものを、私は残すべきだと思うのです。
  あとはおたくの地域でどうぞやってくださいという委員会、必要なものはおありでしょうけれども、沼が多い地域だって、沼委員会があったっていいと思うのですけれども、保全をするためとか、いろんなものは。ですから、その地域の予算が許す限り、やっていただいてもいいと思うのですけれども、なくはならないものもちゃんと指定すべきじゃないかなと思うのです。
松本小委員長 室谷委員、西野委員、何かございますか。いいですか。室谷委員。
室谷委員 地方自治体の中にいるものですから、なかなか発言がしにくいという部分がありますけれども、この委員会は、基本的には地域に任せるべきだというふうに思います。時代の流れの中で、一つ一つの政策がどの自治体の長も住民の意見を聞かないではできない時代になってきておりますね。今、お話がありました長のいろんな資質によって、全部の自治体の住民の意見を聞かないという部分もあるかもしれませんけれども、基本的には住民の意見を聞かなければ政策ができない時代になってきている。そういう基本的な考え方でいけば、やはり基礎自治体にすべて任せていって、その中でいい方法をその自治体でつくり上げていく、そして住民が政策の良い自治体を選ぶという、そういう時代じゃないかというふうに基本的には思います。
松本小委員長 クリティーヌ委員が言われた、これは残すべきだ、例えば、選挙管理委員会だとか。収用委員会はどうかとか。
室谷委員 基本的には選挙管理委員会、それから人事委員会というのは、やはり残していく、公正でなければならないようなものは残した方がいいかなという気はしますけれども、それ以外は全部・・・・・・
松本小委員長 西野委員はよろしいですか。
西野委員 はい。
松本小委員長 岩崎委員。
岩崎委員 今、ここで出ている3ページ目の課題、そのものではないのですけれども、答申にかかるかどうかは別として、少し考えておかなければいけないことがあると思います。行政権の長を直接選挙にしたというのが、いわゆるアメリカ型ですよね。それまではフランス、ドイツ型できていたのでしょうか。それで戦後いきなり、何でも選挙すれば民主化だみたいな感じがあるから、恐らくそうだからこそ、憲法で地方公共団体の長、議員及び法律に定めるその他の吏員とか、選挙をすることが民主化だという、そのラインで全部選挙になってしまったということだと思うのです。
  だから、いきなり降ってわいたGHQの命令みたいに考える間もなく、明治からそこまでの地方自治のいろんな改正をしながらつくり上げてきた、そういうのを一気に変えることになった。
  議会が選挙されることは、これは当然のことですけれども、行政権の長を選挙にしたということで、その功罪というのでしょうか、それを分析しておくべきだと思います。もちろん、今、ヨーロッパは市長の直接選挙に移ってきているので、日本は先行しています。民主化のラインからいっても、かつ経営的なマネジメントラインの考え方からいっても市長公選は重要だということはあるのですが、やはり、戸惑っているのは、議会との関係がどうなるかということです。行政権の中央集権が日本はすごく強いですね。それから立法権は単一制度なのでもちろん一元化していますよね。そうすると、地方レベルで行政権の長が選挙になったことで、議会との関係がどうなるか。選挙になったのですけれども、純然たる大統領制ではない。議会の解散権はあるし、不信任は提出される。想定されない状況が県レベルで最近いろいろ出てくる。突然、行政権の長が選挙になったことで、戦後ばたばたとあわてて調整したのだと思うのです。それを再整理というか、きっちりやっておいて、その上で執行機関の弾力化とか、議会の関係とかを考えた方がいいのかなというのがあります。
  それからもう一つは、先ほど行政権の中央集権と立法権の中央集権と申し上げたのですけれども、単一制度である以上、立法権は国会に一元化されているわけですけれども、条例との関係という、ちょっと分権的なものもある。でも行政権はすごく中央に集中している気がするのです。
  何を申し上げたいかというと、頭の中には今フランスがあって、フランスはパリが地方を全部管理しているという言い方をするのですが、立法権は国会にしかないのですが、その立法に地方政治家が兼職して国会議員にもなっているから参加をしているわけです。国会にしか立法権はないけれども、そこのいる人たちはメイヤーでもあり、2つか3つかできますから、いろいろやっているわけです。これらの人を通して地方は国政に参加しているということです。行政権の方は徹底した中央集権でやっていて、それが知事に代表され、官治のデパルトマンの単位があるから、サービス供給はすべてそこでやるから、コミューンが3万6,000 あっても構わない。別にサービス供給はそこに委ねない、でも、1980年代の分権改革で、コミューンに少し権限が行ったときに、サービス供給をちょっとやらなくちゃいけなくなったときに、途端に3万6,000 ある、つまり小規模で大変なので、アンテルコミュナリテ、連合みたいなものでやり始めたと。デパルトマンの権限も大きくなった。そうすると、官治分権と自治分権を二本立てにしながら行政権は官治分権のラインを強化する。そういう国もある。何を申し上げたいかというと、行政権の長が公選になったことで、議会との関係がどうなるかということと、国との行政権の関係がどうなるかという、そこのクロスする部分にそれが位置すると思うので、そこのところの整理を少ししておいていただいた方が、もちろんできないこともたくさんあるわけですけれども、できることをやるにも、そこまで考えてやるか、考えないでやるかというところがちょっと違うので、その辺をいろいろ勉強したいというか、わかった上でこういう議論をしたいと思っていますという、私の希望です。
松本小委員長 いいですか。次官は意見は何か、特にいいですか。
香山総務事務次官 特にありません。ごもっともなのです。
松本小委員長 そのほかの委員の先生方ありますか。それでは、本日はいろいろご意見をいただき、まことにありがとうございました。時間も迫ってまいりましたので、本日の議論は、この程度にしたいと思います。
  次回の専門小委員会は道州制のあり方について及び地方税財政制度のあり方ついて意見交換を行いたいと考えております。
  最後に今後の日程について、事務局より説明願います。
石川課長 今後の予定について説明申し上げます。第10回専門小委員会でございますけれども、10月25日月曜日午後3時からルポール麹町マーブルで行いたいと思います。また、第11回の専門小委員会は11月2日火曜日、午前10時30分から全国都市会館第一会議室で予定をしております。
  以上でございます。
松本小委員長 それでは、事務局の説明のとおり、第10回専門小委員会を10月25日月曜日午後3時からルポール麹町マーブルで開催することといたします。
  以上をもちまして、本日の専門小委員会は閉会といたします。どうもありがとうございました。

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