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第3章 社会保障制度の改革 − 国民の安心と生活の安定を支える

1.国民の「安心」と生活の「安定」を支える社会保障制度の確立

(1) 国民の安心と生活の安定を支えるセーフティーネット

 社会保障制度は国民にとって最も大切な生活インフラ(基礎)である。年金、医療、介護、雇用、生活扶助等で構成される社会保障制度は、国民の生涯設計における重要なセーフティーネットであり、これに対する信頼なしには国民の「安心」と生活の「安定」はありえない。

 しかし、年金、医療、介護などの社会保障の分野には、「ムダがある」、「負担が不公平」、「将来は大丈夫か」などといった指摘が数多くある。

 社会保障に対する信頼は、まず国民にとって「分かりやすい」制度であることが不可欠であり、改革はこの点に十分に配慮する必要がある。また、制度の「効率性」、「公平性」、「持続性」が十分に担保されたものでなければならない。

(2) 「自助と自律」を基本とした持続可能で安心できる制度の再構築

 社会保障が、長期にわたって経済の伸び以上に拡大を続けることは事実上不可能である。今後は、「給付は厚く、負担は軽く」というわけにはいかない。社会保障の3本柱である年金、医療、介護は「自助と自律」の精神を基本として、世代間の給付と負担の均衡を図り、相互に支えあう、将来にわたり持続可能な、安心できる社会保障制度の再構築が求められている。そのためにも、国民の一人一人が社会保障の意義、役割、内容をよく理解し、痛みを分かち合って、制度を支えるという自覚をもって取り組むことが大切である。

(3) 時代の要請に応える

 個人のライフスタイル、就労形態、家族形態の多様化が急速に進んでいる。特に、女性が働くことが当たり前になってきている。この変化に現在の社会保障制度は十分に対応しきれておらず、働く意欲のある女性や高齢者の就業、パート労働、派遣労働などに不利な面が残されている。現行制度の持つ「非中立」的な効果を緩和し、国民にとって多様な選択を可能にする制度への転換を進め、国民の能力発揮を支えることが、男女共同参画社会、生涯現役社会への道を拓く。

 また、少子化、すなわち出生率の低下は日本の将来に大きな影響を与える問題である。子どもを産み育てやすい環境を整備し、少子化の流れを変えるため、積極的な対応策を社会全体で進めることが不可欠である。

(4) 「価値」ある効率的な仕組みへ

 社会保障制度は国民生活の安定のために極めて重要な基盤であるが、それが公的なものであるが故に制度そのものに非効率を伴いやすい組織上の問題がある。その意味で、民間部門で実現可能な機能はそこに委ね、公的制度と補完性、競合性を合わせもった総合的な保障システムによって国民生活の安定を実現していくことが重要である。

 また、制度の実施面においても、質量両面でのサービスの非効率性も否定できない。例えば、医療や福祉といったサービスに関しては、供給主体に一定の制限があるなど様々な規制がある。また、サービスを需要する個人ではなく、供給者である医師や施設がサービスの量や内容を決定する要素が強いこともあって、利用者が本当に必要としているサービスが提供されない、あるいは、ムダのない効率的なサービスとなりにくいという面がある。

 社会保障の果たす機能を維持しながら、ムダのない「価値」ある仕組みになるよう、これまでの考え方にとらわれない思い切った制度改革・規制改革を進めていく必要がある。

(5) 活力ある「共助」の社会の構築

 健康、介護、保育などのサービスは、高齢化の進行や男女共同参画の進展などに伴い、多様な需要が急速に拡大する成長分野である。規制改革やIT、バイオ・ゲノム等の技術革新などによって、新規産業や新規雇用を創出する未来指向型の分野でもある。

 また、高齢者や子どもたちにとって何が幸せかという視点に立って、地域住民やNPO等のボランティアの幅広い参加によって介護や子育て等を社会全体で支え合う「共助」の社会を築き、すべての国民が積極的に社会に参加し、それぞれの役割を果たすことができる活力ある社会がここから生まれる。

2.社会保障制度全体に共通する課題

(1) 社会保障制度の総合的な調整

 社会保障は年金、医療、介護が主要な3本柱である。これらの制度の最も効率的な組合せを行い、重複給付の是正や機能分担の見直しを進め、公平で、総合的にみて老後の生活の基本的な保障が確保される制度を構築する。

 また、低所得者に対する措置も、個別の制度においてバラバラに行われているが、(2)の仕組みを実現し、これを総合化することにより、給付と負担の基本原則を明確にしつつ、「真」に支援が必要な人に対して公平な支援を行うことのできる制度を実現する。

 さらに、制度の実施・運営の面でも、社会保険と労働保険の徴収事務の一元化など、行政事務運営の一層の効率化を進め、国民へのサービス向上を図る。

(2) 国民の合意と納得の形成

 社会保障負担に対する国民の合意と納得を形成するためには、国民一人一人にとってライフステージの各段階にわたる自分の生活と社会保障制度との関わりや、個人と社会との関わりが分かるようにし、分かりやすく信頼される制度としていくことが非常に重要である。このため、ITの活用により、社会保障番号制導入とあわせ、個人レベルで社会保障の給付と負担が分かるように情報提供を行う仕組みとして「社会保障個人会計(仮称)」システムの構築に向けて検討を進める(社会保障分野でのe−governmentの実現)。このことにより、社会保障制度の運営コストの削減や、公的給付と私的給付の効率的な組合せによる老後所得保障の充実、多様化なども可能になる。

(3) 女性、高齢者の社会参画の拡大、就労形態の多様化への対応

 働く意欲と能力のある女性や高齢者の就業を抑制しないよう、年金、医療、税制等の制度設計の見直しを進めるとともに、仕事と家庭の両立を図るため、労働法制の見直しを一層進める。特に、世帯単位が中心となっている現行制度を個人単位の制度とする方向で検討を進め、女性の就業が不利にならない制度とする。

 また、労働移動の活発化、就労形態の多様化などに対応して、派遣労働に対する規制改革を推進するとともに、パート労働、派遣労働に対する社会保障制度の適用を拡大するとともに、ポータビリティを容易にするなど中立性を高めセーフティーネットの機能を強化する。

 さらに、高齢者は資産や所得等の経済状況が極めて多様であり、年齢で一律に社会的弱者とみなすのではなく、経済的な負担能力に応じた応分の負担を求めるとともに、高額の所得や資産を有する者に対する社会保障給付のあり方を見直す。

(4) 医療、介護、保育等のサービス分野での規制改革

 医療、介護、保育等サービス給付を内容とする分野においては、そのサービスが効率的、かつ、十分に供給されることが重要である。そのためには、規制改革を進めることが極めて重要である。その際、サービスの質の確保に関するルールを設け、十分なチェックを行っていくことが必要である。(いわば、「入口の規制ではなく事後の規制」)

 これにより、営利・非営利を問わず様々な主体による多様なサービスの提供を実現していくとともに、NPOやボランティア活動などを社会保障サービスの中に組み込み、地域住民の「共助」によるサービスの提供を支援していくことが可能になる。

 例えば、男女共同参画社会に向けて、保育所の公設民営化やPFIの導入、保育ママ、幼稚園における預かり保育等多様な保育サービスの拡充などの規制改革を行う。

3.医療制度の改革

(1) 持続可能な制度に向けて

 我が国の健康指標は世界最高水準にある。これは戦後の我が国の医療政策・国民皆保険体制の成果であるといってもよいであろう。

 しかしながら、医療費は高齢化の進行、医療コストの上昇などから、近年、国民所得の伸びや経済成長率を大きく上回って急速に増加している。医療保険財政は深刻な状況に陥り、制度の持続可能性が大きく揺らいでいる。また、現在の医療制度は疾病構造の変化や健康に対する国民の意識の向上、多様化に十分対応できておらず、医療に対する国民の期待に十分応えられていない。

 我が国の医療制度はいわば「制度疲労」を来たしており、現状のままでは医療費増大と、その結果としての負担の増大に、国民の合意は得られない。

 医療制度を改革する上で最も重要なことは、医療供給体制を効率化することなどにより、国民皆保険体制と医療機関へのフリーアクセスの下で、サービスの質を維持しつつコストを削減し、増加の著しい老人医療費を中心に医療費全体が経済と「両立可能」なものとなるよう再設計することである。持続可能性を持つ「価値」ある保険制度の確立を通して国民の信頼を取り戻す必要がある。

(2) 「医療サービス効率化プログラム(仮称)」の策定

 医療機関、保険者、消費者(国民)のそれぞれが痛みを分かち合い、医療サービスの効率化に取り組み、質が高くムダのない医療を実現するため、次のような事項を考慮して「医療サービス効率化プログラム(仮称)」を策定し、これを推進する。

(i) 医療サービスの標準化と診療報酬体系の見直し

 医療の専門性に立脚し、科学的に分析・評価を行って得られた情報を活用して医療を行う「根拠に基づく医療」(EBM)を推進し、国民が理解し納得できる医療サービスの標準化を行う。

 医療サービスの費用対効果(value for money)の向上を図るとともに、それを踏まえた支払い方式の見直し(包括払・定額払(診断群別定額報酬支払い方式等)の拡大等)や薬価制度の見直しを行う。

 また、診療報酬・薬価改定に当たっては、近年の賃金・物価の動向や経済財政とのバランス等を踏まえて行う必要がある。

(ii) 患者本位の医療サービスの実現

 患者自身が理解し納得して選択できる患者本位の医療サービスを実現する。このため、インフォームドコンセントの制度化、医療・医療機関に関する情報開示、医療情報のデータベース化・ネットワーク化による国民への情報提供の拡充、医療関係者相互の評価・チェック体制の充実による適正な診療の確保、医療機関の広告規制の緩和等を行う。

(iii) 医療提供体制の見直し

 病床数の削減、病院・診療所の機能分化の促進(慢性期・急性期の機能分化・かかりつけ医機能の充実・在宅医療の推進・包括的地域医療体制の整備等)、公的な医療機関の役割に沿った運営、高齢者医療の介護サービスへの円滑な移行を推進する。

(iv) 医療機関経営の近代化・効率化

 医療機関の経営に関する情報の開示・外部評価(外部の専門家による経営診断・監査の実施)等を行うことにより、医療機関経営の近代化・効率化を進める。また、設備投資原資の調達の多様化や医療資源の効率的利用(高額医療機器の共同利用・稼働率の向上等)を促進するとともに、株式会社方式による経営などを含めた経営に関する規制の見直しを検討する。

 また、医療サービスのIT化の促進、電子カルテ、電子レセプトの推進により、医療機関運営コストの削減を推進する。

(v) 消費者(支払者−患者・保険者)機能の強化

 患者の選択による医療機関相互の競争の促進を進めるとともに、保険者機能の強化を図る。このため、保険者の権限を強化し、保険者と医療機関との契約や保険者と医療機関の連携強化(健診、予防)、レセプト審査、支払事務等の抜本的効率化を進める。

(vi) 公民ミックスによる医療サービスの提供など公的医療保険の守備範囲の見直し

 公的保険による診療と保険によらない診療(自由診療)との併用に関する規制の緩和など患者の選択による多様な診療の組合せを可能にする等公的医療保険の対象となる医療の範囲を見直す。

(vii) 負担の適正化

 患者・国民にも、真に必要な医療に対する負担を求める。このため、適正な患者自己負担の実現・保険料負担の設定を行う。

 特に高齢者医療については、医療と介護・施設と在宅を通じた患者負担の均衡を確保し、サービス利用の適正化を実現する。

(3) 医療費総額の伸びの抑制

 (2)の「医療サービス効率化プログラム(仮称)」等の改革を推進することにより、医療の質を落とさずに、コストを下げることによって、「価値」ある医療制度を実現し、医療費総額の伸びの抑制を行う。

 また医療費、特に高齢化の進展に伴って増加する老人医療費については、経済の動向と大きく乖離しないよう、目標となる医療費の伸び率を設定し、その伸びを抑制するための新たな枠組みを構築する。

 あわせて高齢者医療制度などについて、費用負担の仕組みをはじめ、そのあり方を見直していく。

4.年金制度の改革

(1) 持続可能で安心できる制度に向けて

 年金制度については、平成12年度に改革(給付費総額の約2割削減、成熟時の保険料率を約2割以上抑制等)が行われた。

 しかしながら、少子・高齢化の予想以上の進展などから、これまで制度が累次の改正を余儀なくされ、国民の年金制度に対する不安や不信が強まっている。また、「世代間の不公平」感の高まりにより、国民の年金離れが無視できないものになりつつある。このような反省に鑑み、次の改革においては、年金制度の意義や役割についての国民の理解を十分に得つつ、将来にわたって大きく改正する必要のない、持続可能な制度を確立する。

(2) 今後の検討課題

 今後は、次のような課題について検討していくことが必要である。

(i) 就労形態の多様化・個人のライフサイクルの多様化等に対応した制度設計の見直し

 パート労働者、派遣労働者については、年金保障が十分でないなどの指摘があり、年金適用のあり方を見直していく。また、女性の労働力率の上昇、就労形態の多様化を踏まえ、夫婦片働きの世帯(いわゆる専業主婦のいる世帯)を標準とした現在の給付設計を見直していく。さらに、勤労収入等のある高齢者に対する年金給付のあり方を検討する。

(ii) 世代間・世代内の公平を確保するための年金税制の見直し

 公的年金や企業年金等に対しては、一般の給与所得などとは異なり、特別の所得として扱われ、若年世代の給与所得者に比べ優遇した課税が行われている。この点を含めた年金税制のあり方について、世代間の公平や、拠出・運用・給付の各段階を通じた負担の適正化の観点から見直していく。

(iii) 年金制度の運営面における信頼の確保

 国民年金の未納・未加入者の増大といった、いわゆる「空洞化」に対して、徹底した対策を講じるとともに、若年世代の年金制度に対する理解を深めるため、学校教育などにおける取組みを強化していく。

(iv) 年金積立金のあり方

 年金積立金について、平成13年度から市場運用への転換が行われたことも踏まえ、少子高齢化の進展した将来において有効に活用し積立金水準を引き下げる。

(v) 自助努力の支援

 公的年金の見直しに合わせ私的年金を拡充し、企業年金の改革や確定拠出年金の早期実施・普及等を図る。また、高齢者の有する資産を活用して老後の生活資金を賄う方法(リバースモーゲージなど)について環境整備を推進する。

(vi) 年金保険料引上げの凍結解除等

 年金保険料引上げの凍結を早期に解除する。年金保険料の凍結を続けると、積立金の取崩しが始まり、現在の現役世代の負担が軽く、将来世代の負担がより重くなってしまう。

 特例的なスライド停止などの影響を踏まえ、物価スライドのあり方を見直す。

(vii) 平成12年度改正法附則への対応

 基礎年金の国庫負担については、平成12年度改正法附則(「当面平成16年までの間に、安定した財源を確保し、国庫負担の割合の1/2への引上げを図るものとする」と規定。)をどのように具体化していくかについて、安定した財源確保の具体的方策と一体的に鋭意検討する。

5.介護

 高齢者医療から介護サービスへの円滑な移行と連携を促進するとともに、介護サービスの供給体制の整備充実を図る。特に、痴呆性高齢者のグループホームやケアハウスの拡充が急務である。また、地域住民やNPOなど新たな担い手による創意工夫や民間活力、ケアマネジャー等の専門家によるサービス利用の支援、市場原理を活かした効率的で質の高いサービス供給を確保する。

6.子育て支援

 子育て不安の解消や虐待防止、地域交流の活発化など子育て支援策を推進する。また、育児休業を取りやすく職場復帰しやすい環境の整備を図るとともに、保育所の公設民営化、多様な保育サービスの拡充などの規制改革を行いつつ、明確な目標と実現時期を定めて保育所の待機児童ゼロ作戦を推進する。

 あわせて学齢期の児童についても、必要な地域すべてにおける放課後児童受入体制の整備を図る。


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