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伊丹 敬之

ウソをつかない、新しいICTビジョン

伊丹 敬之
東京理科大学 専門職大学院
総合科学技術経営研究科教授







 森川先生に続いてコラムを担当させていただく,東京理科大学の伊丹です.大学では,技術経営を中心分野に、広く経営学を研究し、また日本のさまざまな産業論を研究しています。

 私はICT分野の専門家というよりも日本の産業と企業の研究の専門家として、ICTが日本の企業や産業をどのように変えるか、 それが日本経済の成長力にどのように結びつくか、ということを中心的な視点に議論に参加しました。 このICT成長力懇談会の前身とも言える三年前の総務省主催の懇談会でも同じように村上座長をお助けする座長代理を務めました。 前回の懇談会で私は、日本のICT関連産業の国際競争力の強化を大きな課題と捉えて議論に参加しました。 今回の懇談会では、ICTのインパクトが他の既存産業をどのように変えるかを中心論点にすべき、それこそがICTと成長力との最大の接点だ、という意識で議論に臨みました。 ICT関連産業の国際競争力の懇談会はすでに総務省によって別に設置され、私もそちらにも参加しているからです。

 一国の経済成長のエンジンは、企業であり、産業です。彼らの成長が、国の成長となるのです。 供給者サイドに立ちすぎた視点、とお叱りが飛んできそうですが、適切な供給なくして成長はあり得ません。 あるいは、世界に日本の産業がさまざまな製品を提供するプロセスから、さまざまな所得が日本国内で生まれ、それが日本国民の生活の糧を豊かにしているのです。
そうした生活の糧を議論せずに、生活の質を議論するのは一種の「ウソ」になる危険をはらみます。そういうウソのビジョンが、 「生活者中心」という錦の御旗のもとに、しばしば美しい言葉で語られることがあるように思います。それを、この懇談会ではやって欲しくなかったのです。 供給者としての産業に成長力との関連の議論の中心に据えるとしても、しばしばICT関係者の集まりの議論はICT関連産業での供給のあり方になってしまいます。 関係者の皆さんに、ICTのハード、ソフト、インフラの専門家が多いのですから、当然とも言える傾向でしょう。

 しかし、今回の懇談会で、そうしたICT関連企業の方達の成長戦略を、ICTを使う既存産業(たとえば自動車)の方々のICTへの対応戦略と並んでお聞きして、 つくづく既存産業のICTによる変革の方が経済成長へのインパクトは大きい、と感じました。
流通業がICTで大きく変わるのは分かりやすい例ですし、製造業の生産プロセスや分業体制もICTの進歩によって大きく影響を受けます。 さらには、既存産業の製品そのものもICTのつながり力によって、その製品の内容やコンセプトを変えていきます。 ゲーム産業がオンラインゲーム産業に変わる、自動車がじつは動くICT基地そのものになっていく、 携帯ミュージックプレーヤーがウォークマンからインターネット接続を前提にした iPodへと変わっていく、などはそうした例です。 そうした産業変革をICT関連産業の誕生として捉えるのは、一面の真理がないわけではありませんが、 それもまたウソをついたICTビジョンになりかねないように思います。

 既存産業の産業変革の鍵は、既存産業の人々がICTの利活用に本格的に取組み、自分たちの産業の仕組みを変えようとすることにあります。 既存産業の外にいる人たちがそうした変革をとげて既存産業を駆逐することもあり得ますが、それよりも多くの既存産業が変わることを期待する方が、経済全体としては望ましいように思います。 しかし、その「内部変革」は決して容易ではありません。 そこでつい、ICTという外圧を使いたくなる人たちが出てきます。その気持ちもわかりますが、それがまたウソのあるICTビジョンになりかねない原因です。

 ICT革命はしばしば、第二の産業革命と言われます。イギリスを中心に広まった第一の産業革命が蒸気機関を中心とした動力の手段の革命だったとすれば、 ICTの革命はもちろん情報と通信の手段の革命です。ともに、手段の革命なのです。その新しい手段を使って、 たとえば紡績業や交通業といった既存の産業が大きく変化したのが産業革命の本質でした。 決して、手段としての動力装置を作っている産業が大規模に拡大したことが本質ではなかったのです。 同じように、ICTという手段(ハード、ソフト、インフラ)を供給する産業が大規模化していくだけがICTによる経済成長ではありません。 既存産業の変革をいかにICTが促すか、そこに本質があります。

 ICTのインパクトは巨大です。その利用のあり方はさまざまな生活や産業の変化をもたらします。 だからといって、そのインパクトを過大にかざるウソのビジョンも、 そのインパクトをICT関連産業にいつの間にか限定するゆがんだビジョンも、望ましくないように思います。 ウソのビジョンがしばしば、「国民にわかりやすくするために」という目的で作られかねません。 ゆがんだビジョンがしばしば、関係者のサークルが案外小さくて、そのサークルの中での思い込みで作られてしまうこともありそうです。 経済の現実に根ざした、リアリティのあるビジョンをこれからも考えていくべきだと思います。 そうしたビジョンを実現するために必要なインフラや制度をどのように政府が整備できるか、 また産業の動きを促進するようなインセンティブの仕組みをいかに作れるか、それがこれからも議論の中心になっていくのでしょう。

 リレーコラムもホームストレッチに入り,次はICT成長力懇談会座長の村上先生です.それでは,村上先生,よろしくお願いいたします.






略歴
1969年 一橋大学大学院商学研究科修士課程修了
1972年 カーネギーメロン大学経営大学院博士課程修了・PhD。
1972年 一橋大学商学部専任講師
1977年 同大学助教授
1985年 同大学教授。この間スタンフォード大学客員准教授等を務める。
1994年 一橋大学商学部長
2000年 同大学大学院商学研究科教授
2005年 紫綬褒章を受章
2008年 東京理科大学
著書・論文等
○「場の論理とマネジメント」(東洋経済新報社・2005年12月)
○「企業戦略白書Ⅳ」(東洋経済新報社・2006年10月)
○「技術者のためのマネジメント入門」(日本経済新聞社・2006年10月)
○「経営を見る眼」(東洋経済新報社・2007年6月)
○「経営学入門」(共著、日本経済新聞社)
○「経営戦略の論理」(日本経済新聞社)
○「よき経営者の姿」(日本経済新聞出版社)
その他
○高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)本部員
○バイオテクノロジー戦略会議など政府関係委員を多数歴任。

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