AI時代の『尊厳』と、
それを守る取り組み
分野の垣根を越えて「人間の尊厳」を問う研究拠点
本シンポジウムを主催したX Dignityセンターは、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)に置かれた研究拠点です。AIが社会のあらゆる場面に浸透する時代に、「人間の尊厳(ディグニティ)」の価値をどう守り、育てていくかを問い続けています。法学・哲学・工学・医学・経済学など多様な分野の研究者に加え、企業や行政の実務家も交わり、分野の垣根を越えて議論と社会実装を進めている点が特徴です。偽・誤情報やアテンション・エコノミーがもたらす課題も重要なテーマの一つで、本シンポジウムはその問題意識を広く社会と分かち合う場として開かれました。
「独立自尊」と尊厳の再定義
シンポジウムは、慶應義塾大学の伊藤公平塾長の挨拶で幕を開けました。伊藤塾長は、慶應義塾の精神「独立自尊」について、一人ひとりが自分の尊厳を大切にできるからこそ他人の尊厳も大切にできると説明。しかし、AIがあらゆる形で関わる現代では、SNSのタイムラインで流れる情報もAIによって選ばれており、知らず知らずのうちに考え方が作り変えられる危険性があると指摘。「人間の尊厳が他者に操作されうる中で、どう尊厳を守り、再定義しながら良い社会を作っていくのかが問われている」と述べ、大学が中心となって議論を深め、政策に反映させていく意義を語りました。
YouTubeが進める安心・安全なプラットフォーム作り
続いて、グーグル合同会社 YouTube Japan代表の山川奈織美氏が登壇。世界で1日2,000万本もの動画がアップロードされる中、AIは人間の創造性を広げるツールであると説明しました。安心・安全なコミュニティを守るための取組として、ポリシー違反動画の削除、AI生成コンテンツへのラベル表示、リテラシー教育の推進という3つの対策を紹介。総務省やX Dignityセンターと連携したキャンペーン「ほんとかな?が、あなたを守る。」を通じて、偽情報に惑わされないための啓発活動を続けていると報告しました。
パネルディスカッション
:「情報的健康」のススメ
アテンション・エコノミーと「情報的健康」
パネルディスカッションでは、モデレーターの山本龍彦教授(X Dignityセンター共同代表)が、人々の関心や時間が経済的価値を持つ「アテンション・エコノミー」の中で、刺激的な情報ばかりが増加している現状に警鐘を鳴らしました。山本教授は「情報的健康」という考え方を提唱。食べ物と同じように、情報も誰がどこで作ったのか確かめてから摂取し、バランス良く取り入れることで偽情報への免疫を獲得し、健全な情報空間を作っていくことが重要だと語りました。
制度的対応と『咀嚼力』、若者への教育
総務省の藤田清太郎氏は、偽・誤情報対策の柱として「制度的対応」「リテラシー向上」「技術開発」の3点を挙げ、「情報流通プラットフォーム対処法」によるプラットフォーム事業者への透明化要請などを紹介。「インターネットの揺籃期である今こそ、若い世代にルールメイキングをリードしてほしい」と期待を語りました。徳永聡子教授は、福澤諭吉やベーコンの言葉を引き、現代の情報社会では情報を「咀嚼」できず未消化のまま定着する問題を指摘。今井善太郎氏(株式会社Classroom Adventure代表)は、謎解きを取り入れた体験型教材を通じて若者にリテラシーを楽しく届ける実践を語り、会場から大きな拍手を集めました。
さかなクンも訴える、
実際に確かめる大切さ
魚の世界に潜む様々な「ギョ情報」
シンポジウムの後半では、国立大学法人東京海洋大学名誉博士・客員教授のさかなクンが「情報の『産地』を確かめ、自分の『答え』を育む力」と題した基調講演を行いました。普段当たり前のように呼んでいる魚の名前にも、小さな勘違いから生まれ、そのまま正式名として定着してしまった「ギョ情報」が隠されていることを紹介。また、魚の泳ぐ速度や巨大魚の大きさなど、かつて常識とされた情報が、技術の進化による正確な計測で大きく覆された例も紹介され、「事実」として発信された情報を後から訂正することの難しさを物語るエピソードに、会場は驚きと笑いに包まれました。
社会全体でアクションを
さかなクンは、自身が体験した「ナミダカサゴ」の見極めにまつわるエピソードも紹介。限られた情報だけでは専門家でも判断を誤ることがあるとして、実際に確かめることの大切さを語りました。閉会の挨拶では、林芳正総務大臣が「偽・誤情報対策は誰か任せにするのではなく、それぞれの立場で皆さんができることを考え、社会全体でアクションを起こしていくことが非常に大切です」と呼びかけ、シンポジウムは幕を閉じました。