欧州連合(EU)European Union

通信

Ⅰ 機関概要

1 設立目的

欧州域内の経済的統合を目指して発展してきた欧州共同体(European Community:EC)を基礎に、1993年11月、「マーストリヒト条約」に従って創立された。加盟国間の経済・通貨の統合、共通外交・安全保障政策の実施、欧州市民権の導入、司法・内務協力の発展等が創立目的として挙げられている。

2 加盟国

2022年11月現在、欧州連合(EU)の加盟国は27か国である。1951年調印のパリ条約によって欧州石炭鉄鋼共同体(European Coal and Steel Community:ECSC)が創設、更に1957年のローマ条約によって欧州経済共同体(European Economic Community:EEC)と欧州原子力共同体(European Atomic Energy Community:EURATOM)が設立されて以来、EU(EC)は拡大を続けてきた。

ECSC、EEC、EURATOMを設立した6か国(ベルギー、フランス、ドイツ、イタリア、ルクセンブルク、オランダ)は「原加盟国」と呼ばれる。また1995年の第4次拡大までの加盟国を「EU15か国」、2004年以降の加盟国を「新規加盟国」と呼ぶことがある。近年では2013年7月1日にクロアチアがEUに加盟した。現在、加盟候補国としてアルバニア、北マケドニア、モンテネグロ、セルビア、トルコが欧州理事会(Ⅱ-3(1)の項参照)により承認され、コソボとボスニア・ヘルツェゴビナが潜在的加盟候補国と位置付けられている。

2016年6月23日、英国ではEU離脱の是非を問う国民投票が実施され、離脱が52%、残留が48%の結果となった。英国は2017年3月29日にEUに対して正式に離脱を通告し、同年6月からEUと英国間で離脱交渉が開始された。その後、2020年1月にEUと英国がそれぞれ離脱協定に署名し、同年2月1日より英国はEU加盟国でなくなり、EUにとって第三国となった。移行期間も2020年12月31日をもって終了している。

EU拡大及び離脱の歴史
原加盟国 第1次拡大 第2次 第3次 第4次 第5次 第6次 第7次 EU離脱
(1951年) 1973年 1981年 1986年 1995年 2004年 2007年 2013年 2020年
EU15か国 新規加盟国 離脱国
ドイツ 英国 ギリシャ スペイン オーストリア チェコ ブルガリア クロアチア 英国
ベルギー アイルランド ポルトガル フィンランド エストニア ルーマニア
フランス デンマーク スウェーデン キプロス
イタリア ラトビア
オランダ EU加盟候補国 リトアニア
ルクセンブルク アルバニア ハンガリー
北マケドニア マルタ
モンテネグロ ポーランド
セルビア スロベニア
トルコ スロバキア

出所:各種資料より作成

[各機関ウェブサイト]

Ⅱ EUの組織

1 3本の柱構造の解消・統合

2009年12月のリスボン条約発効により、①欧州共同体(EC)と欧州原子力共同体(EURATOM)、②共通外交及び安全保障政策(Common Foreign and Security Policy:CFSP)、③司法・内務分野における協力(Police and Judicial Cooperation in Criminal matters:PJCC)の「3本の柱」は廃止されることになった。同条約により、EUは法制定が可能なECの地位を継承し独立の法人格を持つことになった。このため、法の中で使用されてきた「共同体(Community)」という言葉はすべて「連合(Union)」に置き換えられ、EUの名の下で国際条約に調印できるようになった。

2 EUの立法過程

(1)EU法の種類

EU法は第1次法と第2次法に分類される。第1次法はEUを基礎付ける条約、第2次法は、条約に法的根拠を持ち、そこから派生する法である。第2次法(以下、EU法)には適用範囲と法的拘束力の強弱によって、①規則(Regulation)、②指令(Directive)、③決定(Decision)、④勧告・意見(Recommendation/Opinion)の4種類が存在する。

EU法の種類
①規則(Regulation すべての加盟国を拘束し、直接適用性(採択されると加盟国内の批准手続を経ずに、そのまま国内法体系の一部となる)を有する。
②指令(Directive
(「命令」と呼称されるときもある)
指令の中で命じられた結果についてのみ、加盟国を拘束し、それを達成するための手段と方法は加盟国に任される。指令の国内法制化は、既存の法律がない場合には、新たに国内法を制定、追加、修正することでなされる。一方、加盟国の法の範囲内で、指令内容を達成できる場合には、措置をとる必要はない。加盟国の既存の法体系に適合した法制定が可能になる半面、規則に比べて履行確保が複雑・困難になる。
③決定(Decision 特定の加盟国、企業、個人に対象を限定し、限定された対象に対しては直接に効力を有する。
④勧告・意見
Recommendation/Opinion
欧州連合理事会及び欧州議会が行う見解表明で、通常は欧州委員会が原案を提案するもので、①~③とは異なり法的拘束力を持たない。

出所:https://europa.eu/european-union/law_en

(2)EU法の立法過程における決定手続

EU法の立法過程における決定手続には、欧州議会の関与の程度に応じて、①通常立法手続、②同意手続、③諮問手続の3分類が存在する。リスボン条約は通常立法手続が適用される範囲を拡大した。

①通常立法手続
ordinary legislative procedure
マーストリヒト条約によって導入され、以前は「共同決定手続」と呼ばれていた。リスボン条約により名称が変わった。欧州議会の賛成なしに法案が採択されないのが特徴。
②同意手続
consent procedure
1987年発効の「単一欧州議定書」によって導入された。欧州連合理事会が採択しようとする決定には欧州議会の同意が必要となる。
③諮問手続
consultation procedure
欧州委員会の提案後、欧州議会等の諮問を経て、欧州連合理事会が決定する。諮問の意見には拘束力はない。

出所:https://www.europarl.europa.eu/

通常立法手続は以下のような過程をとる(次図も参照)。欧州委員会が欧州議会と欧州連合理事会に法案を提出する。その後、欧州議会で第1読会が開かれる。欧州議会の意見を受け、欧州連合理事会は欧州議会の意見を承認するか、しないかを決定する。承認しない場合は、欧州連合理事会は「共通の立場」を採択し、それを欧州議会に伝える。欧州議会では第2読会が開かれ、そこで承認、否決、修正が行われる。修正の場合は再度欧州連合理事会に伝えられ、そこで承認ないしは否決が行われる。否決された場合には、欧州議会と欧州連合理事会からなる調停委員会が開催され、そこで共同案が出される。この共同案を、両者が共同で行う第3読会で承認すれば採択、否決すれば不採択に終わる。通常立法手続においては、欧州議会と欧州連合理事会は、少なくとも1回は提案(法案)の審議に加わることができる。

3 EUの主要機関

EUには様々な機関が存在しているが、通信分野においては、欧州理事会、欧州連合理事会、欧州議会、欧州委員会、欧州連合司法裁判所が主なものとして位置付けられる。

(1)欧州理事会(European Council

「EUサミット」又は「EU首脳会議」と呼称されることもある。欧州連合の全体的な政治指針と優先課題を決定する。リスボン条約によって正式な機関として位置付けられ、欧州理事会議長(いわゆる「EU大統領」)とEU外務・安全保障政策上級代表(同「EU外相」)が新設された。メンバーは加盟国の元首・首脳と欧州委員会委員長、欧州理事会議長で構成され、外務・安全保障政策上級代表も任務遂行に参加する。加盟国の元首・首脳は議題に応じて各国閣僚の補佐を受けることができる(欧州委員会委員長の場合は同委員会委員による補佐)。

全体の会合は最低年4回開催され、同時に経済、雇用、産業等の個別の分野の政策に関する論議が行われる。また、国際問題に関しても共通外交・安全保障政策の共通戦略を決定する。理事会開催後、その結果は議長総括(presidency conclusions)として発表される。これは、その時期においてEUが抱える問題、今後EUが取り組むべき課題等に関して、欧州理事会の意見を集約したものである。

欧州理事会(European Council)は、フランス・ストラスブールにある欧州評議会(審議会)(Council of Europe)と混同されることがある。欧州評議会は、人権保護を主な目的とするEU外の機関である。

(2)欧州連合理事会(Council of the European Union
①概要

EUの主たる決定機関である。「閣僚理事会」又は「EU理事会」と呼称されることもある。欧州議会と立法機能及び予算権限を共有し、共通外交及び安全保障政策と経済政策調整で中核的な役割を担う。本部はブリュッセルに置かれ、特定の会議はルクセンブルクで開かれる。議長国は半年交代の輪番制であるが、会議のアジェンダ作成や重点テーマの絞り込みは18か月を区切りとして三つの議長国が協力して行うこととされている。2023年前半はスウェーデンとなっており、2023年7月~2024年12月期の議長国は、2023年後半がスペイン、2024年前半がベルギー、2024年後半はハンガリーとなっている。

②構成

加盟国の分野別閣僚(担当大臣)によって構成される。分野は10分野(一般事項、外交事項、経済財政事項、司法内務分野における協力、雇用・社会政策・健康・消費者事項、競争、運輸・電気通信・エネルギー、農業・漁業、環境、教育・若者・文化・スポーツ)あり、それぞれの理事会を総称して欧州連合理事会と呼ぶ。

③意思決定

欧州連合理事会における意思決定の方法には、全会一致、単純多数決(14以上の加盟国の賛成票)、特定多数決(a qualified majority vote)がある。全会一致は、基本条約の改正や新しい共通政策の導入、新規加盟国の承認等、重要事項の表決に用いられる。欧州委員会提案(proposal)の採択には、原則として特定多数決が用いられ、加盟国の55%以上、域内人口の65%以上の賛成票が必要とされる。その際加盟国に割り当てられる加重投票数は、各国の人口を大まかに反映している。

(3)欧州議会(European Parliament

欧州連合理事会と並ぶ、EUの主たる決定機関である。議員の任期は5年(現任期は2019年7月~2024年6月)。1979年以来、直接普通選挙で選出されている。選挙方式は、加盟国別に異なっている。議席配分は、各国を一つの選挙区とし、定員は各国の人口に配慮したものになっている(加盟国別の議席票は次表参照)。2009年6月の欧州議会選挙で736名が選出されたが、2009年12月1日の欧州連合条約及び欧州共同体設立条約を修正するリスボン条約(リスボン条約)発効により定数は751名となった。英国によるEU離脱に伴い、2020年2月に議席配分の見直しが行われ、英国に割り当てられていた73議席のうち、27議席はEU加盟国内で分配し、残りの46議席については、将来の新規加盟国のために確保するとしている。結果、総議席数は離脱前の751議席から705議席に削減となった。

欧州議会は、本会議はストラスブール(フランス)、一部の本会議、委員会及び事務局支部がブリュッセル、事務局本部はルクセンブルクに置かれている。本会議は、原則として8月を除く毎月1回(各4日間、予算審議を含む)開催している。その他、追加的な本会議がブリュッセルで開催されている。原則公開となっている。

本会議では、各委員会で討議された法案等についての報告書が審議されるほか、EU内部の事項、国際情勢等も討議され、決議・勧告等が採択される。委員会は、具体的な政策を討議し、欧州議会としての意思決定のための準備を行う。各欧州議員は少なくとも一つの委員会に所属する必要がある。常任委員会は、予算、環境・公衆衛生及び食品の安全性、域内市場及び消費者保護、外交事項、開発、国際貿易等、合計20の委員会が存在する。このほかに暫定委員会が組織されることもある。

欧州議会は、かつては諮問機関としての位置付けであったが、条約の改正を重ねることでその権限を拡大してきた。現在、EU市民の民意が反映される場として、①立法権(2(1)の項参照)、②予算に関する権限、③欧州委員会に対する監督、④欧州連合理事会に対する監視、その他欧州市民からの請願の検討、EU機関による行政過誤に対する苦情を処理するオンブズマンの任命等の権限も有する。

欧州議会の議席配分(合計705議席)(2024年1月)
90議席~ ドイツ(96)
70議席~ フランス(79)、イタリア(76)
40議席~ スペイン(59)、ポーランド(52)
30議席~ ルーマニア(33)
20議席~ オランダ(29)、ベルギー(21)、チェコ(21)、ギリシャ(21)、ハンガリー(21)、ポルトガル(21)、スウェーデン(21)
10議席~ オーストリア(19)、ブルガリア(17)、フィンランド(14)、スロバキア(14)、デンマーク(14)、アイルランド(13)、クロアチア(12)、リトアニア(11)
10議席未満 ラトビア(8)、スロベニア(8)、エストニア(7)、キプロス(6)、ルクセンブルク(6)、マルタ(6)

出所:https://www.europarl.europa.eu/

(4)欧州委員会(European Commission
Tel. +32 2 299 11 11
URL https://ec.europa.eu/commission/index_en
所在地 Charlemagne building, Rue de la Loi 170, 1040 Brussels, BELGIUM
幹部

Ursula von der Leyen(委員長/President)

Margrethe Vestager(上級副委員長・欧州デジタル化担当/Executive Vice-President・A Europe fit for the Digital Age)

Thierry Breton(委員・域内市場担当/Commissioner)

任期 2024年10月31日(2019年12月1日発足)
①概要

EUの執行・政策決定機関としての機能を担い、主に以下を所掌する。

(ア)EUの政策・法案の提案

EUの諸機構において唯一、法案提出権を有する。EU法の立法はすべて欧州委員会の提案に基づいて開始される。ただし、その提案に際しては、以下の三つの要件を満たさなければならないとされている。

欧州委員会は、個別部門の利益、個別加盟国の利益でなく、EU、欧州市民全体の利益にとって最善であるとの判断を反映すること。

欧州委員会は、最終提案を提示するに当たり、加盟国政府、産業界、労働組合、関係利益団体及び技術的専門家の意見や助言を事前に求めること。

「マーストリヒト条約」において採用された原則で、各加盟国に任せておく場合よりも効果的である場合に限り、EU法を提案すること。

また、政府間協力の分野においては、欧州委員会は個々の加盟国と同様に提案を行う権限を有する。

(イ)EU法(条約、条約の規定に基づく決定等)の公正な適用の監督

欧州委員会は、条約違反を理由に加盟国をも提訴できる。また必要に応じて欧州裁判所に司法判断を仰ぐこともある(後述)。更に、EUの競争ルール違反等の理由で、個人や法人に罰金を科すこともできる。

(ウ)EUの行政・執行機関として機能

条約の特定の条項を施行するための規則を制定し、EUの活動に割り当てられた予算の拠出を管理する。実施に当たっては、多くの場合、加盟国当局者で構成される委員会の意見を求めなければならない。

(エ)競争法分野における立法

原則として、欧州委員会に立法権限は付与されていないが、競争法分野においては、立法権を有している。また、欧州連合理事会によって制定されたEU法の執行に関する規則を制定する。

②組織

欧州委員会は、職員約3万名を擁するEU最大の機関である。その活動は多岐、広範囲にわたり、しかも各加盟国の国民に対して母国語で情報を提供する必要があるため、多数の職員が翻訳業務に従事している。

最高意思決定機関である委員会は27名の委員(Commissioner、任期5年)で構成され、加盟国から各1名が、欧州議会の承認、並びに欧州理事会の特定多数決を経て任命される。委員は、出身国から完全に独立しており、いかなる指示も受けてはならず、EU全体の利益のためにのみ職務を遂行することを義務付けられる。欧州委員会を譴責する権限を持つのは、欧州議会のみである。また、委員は、それぞれ一つ以上の政策領域に関して責任分野を持っているが、その決定に関しては、委員全員が連帯責任を負う。委員長は、欧州理事会の特定多数決により指名された者が欧州議会の承認を得て選任される。

欧州委員会には27名の委員の下に、各総局(Directorate-General)をはじめとする部局が設置されている。総局は日本の省庁に相当する。2019年12月から2024年10月までのフォン・デア・ライエン委員長体制下では、マルグレーテ・ベステアー上級副委員長が欧州デジタル化(A Europe fit for the Digital Age)の担当に、ティエリー・ブルトン委員が域内市場におけるデジタル経済・社会の担当に指名されている。現体制下では、フィル・ホーガン委員(通商担当)が2020年8月に辞任しており、現在はバルディス・ドムブロフスキス上級副委員長(経済総括、金融サービス政策担当)が通商担当を兼任しているため、委員は計26名となっている。

(ア)通信ネットワーク・コンテンツ・技術総局(Directorate General for Communications Networks, Content and Technology:DG CONNECT)
Tel. +32 2 299 93 99
URL https://ec.europa.eu/info/departments/communications-networks-content-and-technology_en
所在地 Rue de la Loi 51, 1000 Brussels, BELGIUM

概要

委員会が設定した10の重点分野のうち、単一市場及び雇用・成長・投資と特にかかわりが深く、①EUレベルのイノベーション促進のための研究助成や研究環境整備、②関連産業における技術開発プロジェクトの支援や競争環境整備、③すべての欧州市民と企業が情報社会に参画して欧州をデジタル経済のリーダーとするデジタル単一市場の実現を戦略の柱とし、対外関係・セキュリティ、公衆衛生、経済・財務及び教育関連の政策策定にも参画する。

「デジタル・サービス法(Digital Services Act:DSA)」及び「デジタル市場法(Digital Markets Act:DMA)」(Ⅳ-4(11)の項参照)の施行に伴い、DG CONNECTの権限が拡大され、DMAのゲートキーパー及びDSAの超巨大プラットフォーム・検索エンジンに対する監督・執行権限を有することになる。

(イ)競争総局(Directorate General for Competition:DG COMP)
Tel. +32 2 299 11 11(欧州委員会代表番号)
URL https://ec.europa.eu/info/departments/competition_en
所在地 Place Madou/Madouplein 1 Brussels, BELGIUM

概要

EUの統一的競争政策の策定・実施を所掌する。欧州単一市場における公正な競争を確保するため、競争法の違反事案を捜査するとともに、大規模な企業合併・買収についても調査のうえ、必要に応じてその実施を阻止する権限が付与されている。このほか、DG CONNECTと共同で加盟国規制当局が通報する電子通信サービス網に関する市場評価結果等の検証やDMAの執行・監督を行っている。

(ウ)域内市場・産業・起業・中小企業総局(Directorate General for Internal Market, Industry, Entrepreneurship and SMEs
Tel. +32 2 299 11 11(欧州委員会代表番号)
URL https://ec.europa.eu/info/departments/internal-market-industry-entrepreneurship-and-smes_en
所在地 Avenue d’Auderghem 45, 1000 Brussels, BELGIUM

概要

域内市場における人、物、サービス、資本の完全な自由移動を保証した欧州単一市場の構築は、EU最大の成果とされている。同総局の役割は、欧州単一市場の効率的な機能のための欧州委員会の全般的政策の調整、単一市場の重要分野における欧州委員会政策の策定と実施、管理負荷の低減やグローバル市場へのアクセス等を通じた中小企業の育成、産業界の知財権の保護・活用についての政策立案、EUの宇宙政策と研究活動の推進である。

(5)欧州連合司法裁判所(Court of Justice of the European Union

EU諸条約を含めたEU法の順守を確保するため、その解釈、適用及びEU諸機関のすべての行為において必要な司法上の保護措置の実施を役割とする。旧EC条約では、司法機関は、欧州司法裁判所と第一審裁判所、並びに、第一審裁判所に付属する司法委員会で構成されていたが、リスボン条約の発効により、それぞれ欧州司法裁判所、一般裁判所、専門裁判所へと名称が改正された。これらの司法機関は、総称として欧州連合司法裁判所と呼ばれる。

①欧州司法裁判所(European Court of Justice:ECJ)

EU法の解釈を行う最高裁判所で、ルクセンブルクにある。EU法に関して、普通裁判所としての機能のほか、憲法裁判所、行政裁判所、労働裁判所、国際裁判所としての機能も有しており、加盟国裁判所の要請に応じ、EU法上の争点の解釈やその妥当性について先行判決を下すことができる。更に、加盟国がEU法上の義務を履行していないと認定し、当該国がその判断に従わない場合、高額の罰金を科すこともできる。その他、EUの機関による措置の無効を求める裁判において、当該措置の合法性について検討・判定することができる。

欧州司法裁判所は、加盟国の合意によって任命された各国1名ずつ計27名の裁判官及び11名の法務官(Advocate Generalによって構成される。両者とも任期は6年(裁判長及び副裁判長は3年ごとに改選)で、在任中はその独立性が保障される。法務官は、同裁判所の業務遂行を補佐するため、同裁判所に提訴された事件に関して、完全に公平、独立の立場から、理由を付した法的見解を法務官意見として裁判所に提出する。

法務官制度:欧州共同体設立当初に主導権を握ったフランスの最高行政裁判所である国務院で、「法の代理人」として公正な立場から法理論を展開する政府委員制度を参考にして採用された。

②一般裁判所(General Court

EUの活動範囲拡大に伴う欧州司法裁判所への訴訟件数急増に対処するため、単一欧州議定書が改定され、欧州司法裁判所の附属機関として1989年9月に発足した。欧州司法裁判所と同様にルクセンブルクにあり、加盟国政府の合意によって任命された各国2名ずつの裁判官(任期6年。裁判長については3年ごとに改選)から構成されているが、加盟国の数よりも裁判官の数が多くなることもある。欧州司法裁判所と異なり、専属の法務官は任命されておらず、法廷から要求があった場合に限り一般裁判所の長官が裁判官の中から法務官を任命する。

一般裁判所は、EU諸機関の決定に対する個人及び法人から提訴されたすべての事件を審理し、判決を下す。一般裁判所の判決については、法律上の争点に関する事案に限り、欧州司法裁判所に上訴することができる。

[各機関ウェブサイト]

Ⅲ 現行の規制枠組と手続

1 欧州電子通信コード(通信分野)

(1)欧州電子通信コード

2016年9月14日、欧州委員会は、2015年5月に発表したデジタル単一市場戦略(Ⅳ-2の項参照)の一環として、既存の「電子通信規制パッケージ」の4指令を一本化し、EU域内における通信規制の更なる調和、市場の公平性の確保、高速ブロードバンド網への投資促進等を目的とする施策を組み込んだ「欧州電子通信コード」(European Electronic Communication Code:EECコード)の提案を行った。主な内容は以下のとおりである。

競争と投資の予測可能性の増進

複数の事業者が高能力のネットワークに共同投資を行う場合の規制緩和、過疎地域等へ投資を最初に行う事業者に対する投資予見性の向上等。

周波数の効率的な利用

より厳格な要件を付した長期間の免許制度の創設、時期等の周波数割当にかかわる基本的な要件の調和等。

消費者保護の強化

バンドル・サービスにかかわる他事業者への乗換えの容易化、高齢者及び障がい者がインターネットを安価に利用できるルールの強化等。

安全なオンライン環境と公正な市場の実現

既存事業者と同様のサービスを提供する新たなオンライン事業者(SMS、メールを含む)に対しても、セキュリティ要件等に関する規制を適用等。

その他、上記の提案では、EU域内で規制が一貫して運営されるよう、欧州電子通信規制者団体(Body of European Regulators for Electronic Communications:BEREC)の役割強化等も盛り込まれている。

2018年6月、欧州議会と欧州委員会は、5G展開のための周波数割当、大容量の固定網展開強化、市民のアクセス機会増大とセキュリティ対策といった同案の内容で合意した。同月に欧州連合理事会がBERECの意見を基にまとめた修正案には、「電子通信」定義の見直し、SMP(Significant Market Power)事業者の卸売事業における義務の再規定と規制機関の役割の強化、ユニバーサル・サービス範囲の拡張、移動体通信着信料金の欧州域内での単一化等が盛り込まれた。この提案は2018年12月17日に成立し、3日後の12月20日に新たな指令として発効した。これによりEU加盟国は新指令の国内法制化を遅くとも2020年12月31日までに実施することが義務付けられた。

欧州委員会は2020年4月、欧州電子通信コードの国内法制化が遅れているスペイン、クロアチア、ラトビア、リトアニア、アイルランド、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スロベニア及びスウェーデンの10か国について欧州司法裁判所へ提訴することを決定した。欧州委員会は2021年2月の時点で期限を順守していない24か国に対して正式な通知を送付し、同年9月には18か国に対して意見書を送付している。

(2)欧州電子通信コード策定以前

欧州電子通信コード策定以前については、2002年に採択された電子通信規制及び2009年に発行したその改正案が、電子通信規制パッケージとして適用されていた。2002年から適用されていた電子通信規制パッケージの概要は次のとおりである。

「電子通信規制パッケージ」
枠組指令(2002/21/EC)
 電子通信網及びサービスに関し、EU域内で統一的な規制枠組を確立するため、各国規制団体(National Regulatory Authority:NRA)の権限及び所掌、事業者間紛争の解決、市場分析手続、SMP事業者規制、周波数や番号といった稀少資源の管理等を規定。特にSMP事業者の指定については、従来市場シェア25%以上を基準にしていたのとは異なり、EU競争法の概念に適合させている。
認可指令(2002/20/EC)
  EU域内での事業参入許可に関する手続・条件の調和・簡略化を図るため、一般認可により付与される権利及び課される条件等を規定。なお、従来も一般認可制度の採用を優先させていたが、各加盟国の裁量下にあったため、大多数の加盟国は個別免許制度を維持した。しかしこれが国境を越えたサービス等の発展の妨げになることから、本指令では、希少資源の周波数及び番号の割当て以外は一般認可による旨を規定。
アクセス指令(2002/19/EC)
  電子通信網へのアクセス・相互接続に関する規制をEU域内で調和させるため、事業者の権利・義務、SMP事業者の義務等を規定。アクセス・相互接続の条件は、当事者間の完全な商業的交渉による。SMP事業者に対し透明性の確保、非差別性、会計分離等の義務を課すことを各国NRAに要求。また、デジタルテレビ・サービスへのアクセスを提供する条件付きアクセス事業者に対しては、公平で合理的かつ非差別的条件でサービスを提供する義務を課している。
ユニバーサル・サービス指令(2002/22/EC)
  EU域内における同サービスを確保するため、その定義、範囲、費用算定、財源、関連する利用者の権利等を規定。定義及び範囲は従来の規定と同じ(固定回線による音声電話、公衆電話、番号案内等)であるが、定期的な見直しを予定し、最初の見直しは施行後2年以内に実施。NRAは、同サービス提供事業者を指定することができ、同サービス実施費用の拠出は、政府の一般財源による補償、又は基金による共同負担のいずれかとすることができる。また、利用者の権利として、再販売価格規制、サービス品質に関する情報公開、番号ポータビリティ、優先接続、指定されたラジオ放送及びテレビ放送を伝送するマスト・キャリー義務等を関連事業者に課すことを規定。

出所:http://eur-lex.europa.eu/

2007年11月13日に欧州委員会によって欧州議会に提案された改正案は、EU全域において、すべての市民が安価な通信サービス(移動電話、高速ブロードバンド、ケーブルテレビ等)を享受できる環境作りを目的としたものである。同案は、欧州議会等における議論を経て、2009年12月18日、欧州官報に掲載され、発効した。

新しい規則に伴い、各加盟国の電子通信規制団体の代表者から構成されるBERECが設立された。BERECは欧州委員会と共に、各国規制機関の規制案に関する意見を表明することができる。

BEREC設立に係る規則以外の2指令は、既存の電子通信規制パッケージの各指令や規則の各条項の改正を規定したものである。

2009年に採択された電子通信規制に関する新しい規則・指令
名称 内容
1 欧州電子通信規制者団体(BEREC)の設立と事務局に関する規則(1211/2009)
2 「市民の権利」指令(2009/136/EC) ユニバーサル・サービス指令(2002/22/EC)、プライバシー保護指令(2002/58/EC)、消費者の権利保護に関する法の執行機関間における協力に関する規則(No2006/2004)の改正
3 「より良い規制」指令(2009/140/EC) 枠組指令(2002/21/EC)、アクセス指令(2002/19/EC)、認可指令(2002/20/EC)の改正

出所:EUサイト法検索ページ

2 オーディオ・ビジュアル・メディア・サービス(AVMS)規制分野

オーディオ・ビジュアル・メディア・サービス指令

欧州議会は、2007年11月29日、「オーディオ・ビジュアル・メディア・サービス(AVMS)指令(2007/65/EC)」を採択した。正式名称は「テレビ放送活動の遂行に関し、加盟国において法律、規則、行政行為によって制定される規定の調整に関する1989年10月3日付け理事会指令(89/552/EEC)の改正についての2007年12月11日付け欧州議会及び理事会指令」。加盟国には2009年末までにAVMS指令を国内法に反映させることが義務付けられた。

AVMS指令の目的は、今日的な競争促進の枠組みを、欧州のテレビ事業者及びそれに類するサービスを提供する事業者に適用することであり、新しい広告コミュニケーション形態によってオーディオ・ビジュアル・コンテンツの資金確保のための柔軟な規制を適用することである。配信に用いている技術に関係なく、欧州市場でオンデマンド・サービスを行っているすべての企業が活動領域を形成することもできるとしている。

AVMS指令は、欧州におけるテレビ及びテレビ類似サービス(TV-like services)提供者の規制による負担を軽減するとともに、広告の新たな形式を定めることによって、柔軟性を高めることを目的としている。

テレビ及びテレビ類似サービスは、それぞれリニア・サービスとノンリニア・サービスとして区別される。

一方、個人的な通信(注:eメール、ブログのような個人的なウェブサイト等)、電子版の新聞、雑誌、オーディオ・ビジュアル・コンテンツの提供を主目的としないウェブサイト等は、AVMS指令案の適用範囲外になっている(他の法令による規制はありうる)。

リニア・サービスには、現在テレビ放送に適用されているルールを適用するが、ノンリニア・サービスに関しては、青少年保護、人種等に基づく憎悪助長禁止、消費者をミスリードする広告(不正広告)の禁止等、基本的で最低限の原則のみが適用される。

AVMS指令は、リニア・サービスにおける広告に関する従来のルールを、より簡素化、柔軟化することを求めている。従来は、広告と広告の間を最低20分とることが義務付けられていたが、AVMS指令では広告挿入のタイミングは番組制作者の自由裁量となる。しかし、1時間番組に対して最大12分という規制は維持されている。なお、映画、子ども向け番組、報道番組、ニュース等は例外で、広告の間隔は30分以上空けることが義務付けられている。

更にプロダクト・プレースメント(番組内で商品を使用する間接広告)について、初めて明確に定義し、原則禁止としつつも、それが認められるための枠組みを定めている。プロダクト・プレースメントは、ニュース番組、時事問題、子ども向け番組を除き、不正広告防止のため、プロダクト・プレースメントであることが明確に認識できる場合に限り認められる。消費者は、番組の最初でプロダクト・プレースメントが利用されることを周知される。

プロダクト・プレースメントは、コマーシャルを飛ばして再生できる機能がついた録画機の利用が広がったことで急成長している広告手法である。米国で急速に広まる一方、EUでは多くの国が禁止していることから、EUの放送業界は米国に比べて広告収入源で不利な立場に置かれていた。今回の部分的解禁で収入増加を目指している。

また、子ども番組における食品・飲料の広告規制、オンデマンドのオーディオ・ビジュアル・メディア・サービスにおける少数者保護も指令に盛り込まれている。

2016年5月、欧州委員会は、デジタル単一市場戦略の一環としてAVMS指令の改正案を公表した。同改正案は修正を経て、2018年10月に欧州議会で可決され、11月に欧州連合理事会で採択された。改正AVMS指令は、メディア事業者への公正な競争環境の提供、欧州制作作品の振興、有害コンテンツからの児童の保護、ヘイトスピーチ対策強化等を目的としている。また、新たに登場したオンライン・プラットフォーム事業者に対する新たなアプローチについても盛り込んでいる。主な改正点は以下のとおりである。

暴力、憎悪、テロリズム、有害広告に対する青少年の保護強化

オーディオ・ビジュアル・メディア・サービス事業者は、暴力、テロリズム、憎悪を誘発するコンテンツに対抗する適切な方策をとらねばならない。併せて侮辱やポルノグラフィにも適切な規則を設けることが求められる。法律ではアップロードされたコンテンツへの自動フィルタリングを義務付けないが、プラットフォーム事業者は必要に応じてユーザに注意喚起をするメカニズムを構築する必要がある。

広告制限の見直し

新たな規則では6時から18時の広告上限は放送時間の20%に設定される。18時から0時のプライムタイムの広告も同様に上限は20%に設定される。

ビデオ・オン・デマンド(VOD)のプラットフォームのカタログに下限30%の欧州産コンテンツを掲載することを義務付ける

欧州のオーディオ・ビジュアル部門の文化的多様性を支援するために、VODのプラットフォームが提供するカタログの下限30%は欧州で制作されたコンテンツを掲載することを義務付ける。また、VODのプラットフォーム事業者には欧州の映像産業の発展への様々な貢献を求める。

また、欧州委員会は2020年7月、改正AVMS指令の履行を促進するためのガイドラインを公表している。

欧州委員会は2022年5月19日、2020年11月までの国内法制化が義務付けられていた改正AVMS指令について、国内法制化が遅延しているチェコ、アイルランド、スペイン、スロバキア及びルーマニアの5か国について欧州司法裁判所へ提訴することを決定した。欧州委員会は2020年11月の時点で期限を順守していない23か国に対して正式な通知を送付しており、更に同年9月には9か国に対して、2021年11月には2か国に対して意見書を送付している。2023年5月には、改正AVMS指令の国内法制化について著しい進捗が見られず、促進するための動議として報告書が提出され議会でも承認された。

3 違反手続

EUの司法制度の中には、「取消訴訟」「条約違反手続」「先決裁定手続」「裁判所意見」があるが、加盟国がEU法執行の義務を履行しているか否かを裁定するのは、「条約違反手続」である。

「条約違反手続」は、EU法を履行確保するための手段として、「EU運営条約(旧EC条約)」第258条及び第259条にて規定されている。第258条は欧州委員会がEU法を履行しない加盟国を訴えることを規定しており、第259条は加盟国が他の加盟国を訴えることを規定している。通常は、第258条に基づき、欧州委員会が法の擁護者として、履行義務違反の疑いがある加盟国を訴える。

Ⅳ 政策動向

1 欧州委員会のデジタル政策

2019年7月にフォン・デア・ライエン次期欧州委員長(当時)が公表した「次期欧州委員会の政治的ガイドライン2019~2024」において、「デジタル時代にふさわしい欧州(A Europe fit for digital age)」が優先政策課題の一つに掲げられ、以下のアクションが挙げられている。

欧州委員会は2020年2月19日、上述の優先政策課題の下、「ヨーロッパのデジタルの未来を形作る(Shaping Europe’s digital future)」という目標を示し、併せて「欧州データ戦略」(4(5)の項参照)と「人間中心主義のAI開発政策」(4(8)の項参照)を公表した。更に欧州委員会は、以下の三つがこの先5年間におけるデジタル分野での主な柱であるとし、EUのデジタル戦略が各柱において何を可能とするのかについても示している。

欧州委員会は2021年3月15日、EUの研究・イノベーション枠組みプログラム「Horizon Europe」における最初の4年間(2021~2024年)の戦略計画を採択した。予算総額955億EURとなる同プログラムでは、気候中立やグリーン・ヨーロッパ、欧州のデジタル化対応、人に優しい経済等、EU政策の優先事項への貢献が求められており、最初の4年間の投資に関する戦略的方針が打ち出された。同方針4項目の主な内容は以下のとおり。

なお、国際的課題の解決に不可欠な国際協力については、プログラム全体の共通優先事項として挙げられている。

2 デジタル単一市場戦略

2013年9月11日、欧州委員会は電気通信の単一市場構築をねらいとする法案を盛り込んだパッケージ「欧州大陸の接続:電気通信の単一市場の構築(Connected Continent: Building A Telecoms Single Market)」(以下、電気通信の単一市場パッケージ)を提案した。パッケージのタイトルに含まれる「単一市場の構築」はEUが長年取り組んできた課題であり、EU域内における人、物、サービス、資本の自由な移動を意味する。電気通信の単一市場パッケージにおいては、①電気通信事業者に適用される規則の簡略化、②EU域内のローミング料金の撤廃、③ネットワーク中立性の確保、④周波数割当における協調等が主な施策として盛り込まれたが、このうちローミング料金の撤廃及びネットワーク中立性の確保について、2015年10月に規則として欧州議会及び欧州連合理事会において最終的に採択された。

デジタル単一市場(Digital Single Market:DSM)政策は2014年11月~2019年11月のJuncker委員長体制下(当時)でも継承され、欧州委員会は2015年5月に「デジタル単一市場戦略」を公表した。デジタル単一市場戦略は、①消費者と企業によるデジタル分野の商品やサービスへの国境を越えたアクセスの改善、②デジタル・ネットワークや革新的なサービスの繁栄をもたらす適切な条件や公平な競争環境の創出、③デジタル経済の成長と潜在性の最大化の三つの柱とそれぞれに連なる16の重要アクションで構成されており、デジタル分野における加盟国間の制度的調和を進め、制度の違いや地理的要因による障壁を取り除くことにより、EU域内において統一的な市場を実現し、年間4,150億EURの経済効果と数十万の雇用が創出され、知識社会の発展が期待されるとしていた。

3 「デジタルの10年」プログラム

欧州委員会は2021年3月9日、2030年までを「デジタルの10年(Digital Decade)」として、2030年までの具体的な施策事項である「デジタル・コンパス(Digital Compass)2030」を公表した。以下の四つの柱が示されている。

欧州委員会とEU理事会は2021年3月19日、2030年までのデジタル目標達成へ向けた三つの宣言を採択したことを発表した。今後10年間で人間中心主義的アプローチによるデジタル・リーダーシップの確立を目指す「デジタルの10年戦略」に沿って、①コネクティビティの拡大、②スタートアップのための環境改善、③グリーン・デジタル・トランスフォーメーションの導入の3項目に取り組んでいくとしている。

欧州委員会は2021年7月19日、「デジタル・コンパス2030」に掲げる目標の達成を目指し、プロセッサ及び半導体技術と、産業データ/エッジ/クラウドの二つの分野に関する新・産業アライアンスを発足したと発表した。官民協働で取り組む新アライアンスの目的は、EU域内における次世代のマイクロチップや産業クラウド/エッジコンピューティング技術の開発を推進するほか、業界全体のボトルネック、ニーズ及び依存性等の現状を分析し、EUのデジタル産業を強化することとなっている。

欧州委員会は2021年9月15日、2030年までに実現を目指す具体的なデジタル分野の目標を定める欧州2030政策プログラム「デジタルの10年への道(Path to the Digital Decade)」の提案を発表した。具体的には、①デジタル・スキル及び教育の強化、②安全で持続性のあるデジタル・インフラストラクチャ、②ビジネスのDX、④公共サービスのデジタル化の4分野におけるターゲットが策定されている。主な内容は以下のとおり。

欧州委員会は投資対象プロジェクトの最初のリストとして、データインフラ、低消費電力プロセッサ、5G通信、高性能コンピューティング、安全性の高い量子通信、ブロックチェーン、電子行政サービス等を挙げている。

欧州議会は2022年11月14日に、EU理事会も2022年12月8日に同プログラムを承認し、成立した。

2023年9月27日に一連の取り組みや活動状況等を示した初めての年次報告書が発表された。本報告書は、現在の投資ギャップに対処し、欧州におけるデジタル変革を加速するとともに、「デジタルの10年」のプログラム目標を達成するための取り組みを強化するための共同行動を加盟国へ呼びかけている。「デジタルの10年」の4つの柱を踏まえ、各分野において目標達成のための更なる取り組み、投資の必要性について報告している。

出所:https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_23_4619

4 近年の政策動向

(1)コネクティビティ向上のための政策パッケージ

2016年9月、デジタル単一市場戦略の一環として、欧州委員会は、①欧州電子通信コード、②WiFi4EUイニシアチブ、③欧州5Gアクションプランの三つの主要施策を含むコネクティビティ向上のための政策パッケージを提案した。これは、欧州におけるネットワーク接続に対するニーズの増大に応え、競争力向上を図るためのものであり、大容量ネットワークと公衆アクセスWi-Fiへの投資を促進することを目指している。本政策ではコネクティビティに関して2025年までに達成すべき目標として以下の三つが掲げられた。

①欧州電子通信コード

Ⅲ-1の項を参照。

②WiFi4EUイニシアチブ

地域コミュニティの公共スペース(公共建物、ヘルスセンター、公園、広場等)において無料のWi-Fiアクセス環境の整備を推進するための助成計画であり、2017年10月に欧州議会及び欧州連合理事会において最終的に採択された。2018年から2020年の間に、WiFi4EUイニシアチブは4回の申請受付を行い、欧州30か国の8,900を超える地方自治体にバウチャーを配布、総予算は1億3,000万EURを超えた(2021年11月時点)。欧州委員会は2021年2月、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響を鑑み、WiFi4EUネットワークの実装期限を6か月延長するとした。

③欧州5Gアクションプラン

2016年9月、欧州委員会は加盟国すべてで2020年までに5Gの商業サービスを開始することを目標とした戦略的イニシアチブ「5Gアクションプラン」を発表、以下の施策を実施するとした。

具体的な実施結果は、以下のとおり。

(2)ネットワーク関連政策

2016年9月、欧州委員会は2025年までのブロードバンド普及戦略として、「Connectivity for a Competitive Digital Single Market - Towards a European Gigabit Society」を発表した。この戦略の主要目標は以下の3項目である。

この戦略は「コネクティビティ向上のための政策パッケージ」((1)の項参照)と協働してConnecting Europe Broadband Fund(CEBF)等の支援基金からネットワーク関連の各種プロジェクトの助成計画を発表している。CEBFは、2016年12月に欧州委員会、欧州投資銀行及び民間の諸団体がEU域内でブロードバンド基盤が不十分な地域への投資促進を目的として設立した投資ファンドで、2017~2021年の期間、EU加盟20か国の高速ブロードバンドが導入されていない地域を対象として、総費用1億5,000万EUR以下のプロジェクトに対して、毎年7~12件、100万~3,000万EUR規模の融資を行うとしている。また、欧州市民のブロードバンド接続環境向上のためのR&D支援計画であるConnecting Europe Facility(CEF)は、2021年から2027年までの関連プロジェクト助成予算として30億EURの出資を予定している。

欧州委員会は次世代の移動体通信規格の研究開発に注力する意向を示しており、特に5G関連のR&Dについては、2014~2020年の5G官民パートナーシップ(5G-PPP)で、7億EURの予算を5G開発助成に割り当てることを2013年12月に決定した。助成対象となるのは欧州規模の先端R&D支援計画「Horizon2020」の公募で選出されたプロジェクトで、第1フェーズ(2014~2016年)では5Gの基礎研究、第2フェーズ(2016~2018年)では同技術による欧州の垂直産業のデジタル化と統合、第3フェーズ(2018~2020年)では欧州全体での5Gプラットフォームの開発と展開を課題として実施した。

5Gについては欧州委員会が諸外国との連携を進めており、2014年に韓国、2015年に日本と中国、2016年にブラジル、2018年に米国と5Gの技術開発で協力することで合意、2017年及び2019年には台湾との交渉が行われている。2018年にはまた、5G-PPPとインドが両地域の通信事業者間協力に関するMOUを締結した。

EU理事会は2021年6月14日、域内の交通・通信・エネルギー網整備に向けた「Connecting Europe Facility(CEF)2.0」を採択した。これにより、2021~2027年度の次期CEF期間に、これらの3分野の次期主要プロジェクトへの支援として、総予算337億1,000万EURが割り当てられる。各分野へ割り当てられる予算は以下のとおり。

デジタル分野については、経済・社会におけるDXへの円滑な移行のため、高信頼、低料金、大容量ネットワークへのユニバーサル・アクセス・プログラムや経済的・地理的格差是正のためのエリア・カバレッジ拡大が優先される。そのほか、分野横断的なコネクテッド/自動運転モビリティや代替燃料等、交通、エネルギー、デジタル分野における相乗効果が期待されている。同法案は、2021年7月7日に欧州議会で採択され、2021年7月14日に発効した。CEF規則として2021年1月1日から遡及適用されている。

2023年10月17日に、CEFのデジタル分野における提案募集が開始された。3つのテーマに対して募集がかけられており、総額2億4,100万EUROの共同資金が設けられている。

提案期限は2024年2月20日までとされている。

欧州委員会及びEU加盟国は2021年3月25日、通信事業者が光ファイバや5G等のギガビット級のブロードバンド・ネットワークへの投資や敷設時期に関して、最も効率的であると考えられるベストプラクティスを提示した「コネクティビティ・ツールボックス」を採用することで合意した。

同ツールボックスは、2020年9月に欧州委員会が公表した勧告に沿った内容となっており、欧州委員会は、ツールボックスのベストプラクティスに基づき5Gの普及・拡張を効果的に進めることが、コロナ後の復興政策及び2021年3月に発表した「デジタルの10年(Digital Decade)」(Ⅳ-3の項参照)の達成にとって重要になるとしている。主なベストプラクティスの内容は以下のとおり。

欧州委員会は2021年12月1日、中国の「一帯一路」に対抗するための戦略として、EU域外向けの新たなインフラ支援戦略「グローバル・ゲートウェイ」の政策文書を発表した。グローバル・ゲートウェイ構想では、世界インフラの開発、及び世界のグリーン化及びデジタル化を支援するため2027年までに主に融資や債務保証等で最大3,000億EURの投資動員を目指すとしており、デジタル、気候及びエネルギー、交通、医療、教育及び研究を五つの優先投資分野として指定し、投資の際に重視する基本理念として以下の項目を挙げている。

2023年10月25、26日には、ベルギーのブリュッセルにおいて、第1回目となる「グローバル・ゲートウェイ・フォーラム」が開催された。

(3)電子政府

2019年10月に欧州委員会が発表した「電子政府ベンチマーキング」では、デジタル公共サービスの内容に関する各国間の差は縮まり、「ユーザ中心」の観点で市民の要望に応じるサービス開発が進行している。今後の優先課題は公的オンライン・サービスのセキュリティと透明性の強化、国境を越えた利用可能性の増大であり、具体的には電子身分証明等、住民の自己に関する各種書類での電子化とされている。

また2019年6月には、「オープン・データ及び公的部門の情報の再利用に関する指令第2019/1024号」が発効し、各国政府は社会的・経済的に有用な公的データに誰もが無料でアクセスし、マシンで読み込める形式で入手可能とする高価値データベースを設定すべきとされた。

欧州理事会は2020年10月13日、司法手続のデジタル化の方針を採択し、続けて2020年11月4日に証拠取得と文書サービスに関する二つの改正規則案を採択した。理事会は、加盟各国の司法制度においてデジタル化を進めることは、全EU市民の司法へのアクセスを促進するとし、デジタルツールの導入により、手続を構造化し、標準化及び統一された方法で自動的かつ迅速に処理することで、司法手続の有効性と効率性の向上が見込まれるとしている。欧州理事会からの司法制度のデジタル化に関する包括的なEU戦略の策定要請を受けた欧州委員会は、2020年12月2日、EUにおける司法制度の近代化のための新パッケージを採用すると発表した。同新パッケージは①EUにおける司法のデジタル化に関するコミュニケーションと②欧州の司法訓練に関する新戦略を二つの柱としている。

(4)データ保護

2016年4月、欧州議会は「一般データ保護規則(General Data Protection Regulation:GDPR)」を最終採択し、2018年5月に完全適用された。GDPRは、「個人データ保護は人権である」というGDPRの前身の「EUデータ保護指令」の基本理念を継承しつつ、急速な技術の進展やグローバル化を踏まえ、より強固な個人データ保護ルールを整備するとともに、各加盟国において別途法整備が必要な「指令」から、EU域内に直接適用される「規則」とすることで、EU域内におけるルールの単一化・簡素化を図ることを目的としている。その主な内容は以下のとおり。