欧州域内の経済的統合を目指して発展してきた欧州共同体(European Community:EC)を基礎に、1993年11月、「マーストリヒト条約」に従って創立された。加盟国間の経済・通貨の統合、共通外交・安全保障政策の実施、欧州市民権の導入、司法・内務協力の発展等が創立目的として挙げられている。
2024年11月現在、欧州連合(EU)の加盟国は27か国である。1951年調印のパリ条約によって欧州石炭鉄鋼共同体(European Coal and Steel Community:ECSC)が創設、更に1957年のローマ条約によって欧州経済共同体(European Economic Community:EEC)と欧州原子力共同体(European Atomic Energy Community:EURATOM)が設立されて以来、EU(EC)は拡大を続けてきた。
ECSC、EEC、EURATOMを設立した6か国(ベルギー、フランス、ドイツ、イタリア、ルクセンブルク、オランダ)は「原加盟国」と呼ばれる。また1995年の第4次拡大までの加盟国を「EU15か国」、2004年以降の加盟国を「新規加盟国」と呼ぶことがある。近年では2013年7月にクロアチアがEUに加盟した。現在、加盟候補国としてアルバニア、北マケドニア、モンテネグロ、セルビア、トルコ、ウクライナ、ジョージア、モルドバ、ボスニア・ヘルツェゴビナが欧州理事会(Ⅱ-3(1)の項参照)により承認され、コソボが潜在的加盟候補国と位置付けられている。
英国のEU離脱については、2020年1月にEUと英国がそれぞれ離脱協定に署名し、同年2月より英国はEU加盟国でなくなり、EUにとって第三国となった。移行期間も2020年12月末をもって終了している。
2009年12月のリスボン条約発効により、①欧州共同体(EC)と欧州原子力共同体(EURATOM)、②共通外交及び安全保障政策(Common Foreign and Security Policy:CFSP)、③司法・内務分野における協力(Police and Judicial Cooperation in Criminal matters:PJCC)の「3本の柱」は廃止されることになった。同条約により、EUは法制定が可能なECの地位を継承し独立の法人格を持つことになった。このため、法の中で使用されてきた「共同体(Community)」という言葉はすべて「連合(Union)」に置き換えられ、EUの名の下で国際条約に調印できるようになった。
EU法は第1次法と第2次法に分類される。第1次法はEUを基礎付ける条約、第2次法は、条約に法的根拠を持ち、そこから派生する法である。第2次法(以下、EU法)には適用範囲と法的拘束力の強弱によって、①規則(Regulation)、②指令(Directive)、③決定(Decision)、④勧告・意見(Recommendation/Opinion)の4種類が存在する。
①規則(Regulation) | すべての加盟国を拘束し、直接適用性(採択されると加盟国内の批准手続を経ずに、そのまま国内法体系の一部となる)を有する。 |
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②指令(Directive) (「命令」と呼称されるときもある) |
指令の中で命じられた結果についてのみ、加盟国を拘束し、それを達成するための手段と方法は加盟国に任される。指令の国内法制化は、既存の法律がない場合には、新たに国内法を制定、追加、修正することでなされる。一方、加盟国の法の範囲内で、指令内容を達成できる場合には、措置をとる必要はない。加盟国の既存の法体系に適合した法制定が可能になる半面、規則に比べて履行確保が複雑・困難になる。 |
③決定(Decision) | 特定の加盟国、企業、個人に対象を限定し、限定された対象に対しては直接に効力を有する。 |
④勧告・意見 (Recommendation/Opinion) |
欧州連合理事会及び欧州議会が行う見解表明で、通常は欧州委員会が原案を提案するもので、①~③とは異なり法的拘束力を持たない。 |
出所:https://europa.eu/european-union/law_en
EU法の立法過程における決定手続には、欧州議会の関与の程度に応じて、①通常立法手続、②同意手続、③諮問手続の3分類が存在する。リスボン条約は通常立法手続が適用される範囲を拡大した。
①通常立法手続 (ordinary legislative procedure) |
マーストリヒト条約によって導入され、以前は「共同決定手続」と呼ばれていた。リスボン条約により名称が変わった。欧州議会の賛成なしに法案が採択されないのが特徴。 |
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②同意手続 (consent procedure) |
1987年発効の「単一欧州議定書」によって導入された。欧州連合理事会が採択しようとする決定には欧州議会の同意が必要となる。 |
③諮問手続 (consultation procedure) |
欧州委員会の提案後、欧州議会等の諮問を経て、欧州連合理事会が決定する。諮問の意見には拘束力はない。 |
出所:https://www.europarl.europa.eu/
通常立法手続は以下のような過程をとる。欧州委員会が欧州議会と欧州連合理事会に法案を提出する。その後、欧州議会で第1読会が開かれる。欧州議会の意見を受け、欧州連合理事会は欧州議会の意見を承認するか、しないかを決定する。承認しない場合は、欧州連合理事会は「共通の立場」を採択し、それを欧州議会に伝える。欧州議会では第2読会が開かれ、そこで承認、否決、修正が行われる。修正の場合は再度欧州連合理事会に伝えられ、そこで承認ないしは否決が行われる。否決された場合には、欧州議会と欧州連合理事会からなる調停委員会が開催され、そこで共同案が出される。この共同案を、両者が共同で行う第3読会で承認すれば採択、否決すれば不採択に終わる。通常立法手続においては、欧州議会と欧州連合理事会は、少なくとも1回は提案(法案)の審議に加わることができる。
EUには様々な機関が存在しているが、通信分野においては、欧州理事会、欧州連合理事会、欧州議会、欧州委員会、欧州連合司法裁判所が主なものとして位置付けられる。
「EUサミット」又は「EU首脳会議」と呼称されることもある。欧州連合の全体的な政治指針と優先課題を決定する。リスボン条約によって正式な機関として位置付けられ、欧州理事会議長(いわゆる「EU大統領」)とEU外務・安全保障政策上級代表(同「EU外相」)が新設された。メンバーは加盟国の元首・首脳と欧州委員会委員長、欧州理事会議長で構成され、外務・安全保障政策上級代表も任務遂行に参加する。加盟国の元首・首脳は議題に応じて各国閣僚の補佐を受けることができる(欧州委員会委員長の場合は同委員会委員による補佐)。
全体の会合は最低年4回開催され、同時に経済、雇用、産業等の個別の分野の政策に関する論議が行われる。また、国際問題に関しても共通外交・安全保障政策の共通戦略を決定する。理事会開催後、その結果は議長総括(presidency conclusions)として発表される。これは、その時期においてEUが抱える問題、今後EUが取り組むべき課題等に関して、欧州理事会の意見を集約したものである。
* 欧州理事会(European Council)は、フランス・ストラスブールにある欧州評議会(審議会)(Council of Europe)と混同されることがある。欧州評議会は、人権保護を主な目的とするEU外の機関である。
EUの主たる決定機関である。「閣僚理事会」又は「EU理事会」と呼称されることもある。欧州議会と立法機能及び予算権限を共有し、共通外交及び安全保障政策と経済政策調整で中核的な役割を担う。本部はブリュッセルに置かれ、特定の会議はルクセンブルクで開かれる。議長国は半年交代の輪番制であるが、会議のアジェンダ作成や重点テーマの絞り込みは18か月を区切りとして三つの議長国が協力して行うこととされている。2025年1月~2026年6月期の議長国は、2025年前半がポーランド、2025年後半がデンマーク、2026年前半はキプロスとなっている。
加盟国の分野別閣僚(担当大臣)によって構成される。分野は10分野(一般事項、外交事項、経済財政事項、司法内務分野における協力、雇用・社会政策・健康・消費者事項、競争、運輸・電気通信・エネルギー、農業・漁業、環境、教育・若者・文化・スポーツ)あり、それぞれの理事会を総称して欧州連合理事会と呼ぶ。
欧州連合理事会における意思決定の方法には、全会一致、単純多数決(14以上の加盟国の賛成票)、特定多数決(a qualified majority vote)がある。全会一致は、基本条約の改正や新しい共通政策の導入、新規加盟国の承認等、重要事項の表決に用いられる。欧州委員会提案(proposal)の採択には、原則として特定多数決が用いられ、加盟国の55%以上、域内人口の65%以上の賛成票が必要とされる。その際加盟国に割り当てられる加重投票数は、各国の人口を大まかに反映している。
欧州連合理事会と並ぶ、EUの主たる決定機関である。議員の任期は5年(現任期は2024年7月~2029年6月)。1979年以来、直接普通選挙で選出されている。選挙方式は、加盟国別に異なっている。議席配分は、各国を一つの選挙区とし、定員は各国の人口に配慮したものになっている(加盟国別の議席票は次表参照)。2009年12月の欧州連合条約及び欧州共同体設立条約を修正するリスボン条約(リスボン条約)発効により定数は751名となった。英国のEU離脱に伴い、英国に割り当てられていた73議席のうち、27議席はEU加盟国内で分配し、残りの46議席は将来の新規加盟国のために確保するとしたが、2024年の欧州議会選挙において15議席が分配され、現在の定数は720名である。
欧州議会は、本会議はストラスブール(フランス)、一部の本会議、委員会及び事務局支部がブリュッセル、事務局本部はルクセンブルクに置かれている。本会議は、原則として8月を除く毎月1回(各4日間、予算審議を含む)開催している。その他、追加的な本会議がブリュッセルで開催されている。原則公開である。
本会議では、各委員会で討議された法案等についての報告書が審議されるほか、EU内部の事項、国際情勢等も討議され、決議・勧告等が採択される。委員会は、具体的な政策を討議し、欧州議会としての意思決定のための準備を行う。各欧州議員は少なくとも一つの委員会に所属する必要がある。常任委員会は、予算、環境・公衆衛生及び食品の安全性、域内市場及び消費者保護、外交事項、開発、国際貿易等、合計20の委員会が存在する。このほかに暫定委員会が組織されることもある。
欧州議会は、かつては諮問機関としての位置付けであったが、条約の改正を重ねることでその権限を拡大してきた。現在、EU市民の民意が反映される場として、①立法権(2(1)の項参照)、②予算に関する権限、③欧州委員会に対する監督、④欧州連合理事会に対する監視、その他欧州市民からの請願の検討、EU機関による行政過誤に対する苦情を処理するオンブズマンの任命等の権限も有する。
90議席~ | ドイツ(96) |
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70議席~ | フランス(81)、イタリア(76) |
40議席~ | スペイン(61)、ポーランド(53) |
30議席~ | ルーマニア(33) |
20議席~ | オランダ(31)、ベルギー(22)、チェコ(21)、ギリシャ(21)、ハンガリー(21)、ポルトガル(21)、スウェーデン(21)、オーストリア(20) |
10議席~ | ブルガリア(17)、フィンランド(15)、スロバキア(15)、デンマーク(15)、アイルランド(14)、クロアチア(12)、リトアニア(11) |
10議席未満 | ラトビア(9)、スロベニア(9)、エストニア(7)、キプロス(6)、ルクセンブルク(6)、マルタ(6) |
出所:https://www.europarl.europa.eu/
Tel. | +32 2 299 11 11 |
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URL | https://commission.europa.eu/index_en |
所在地 | Berlaymont building, Rue de la Loi 200, 1000 Brussels, BELGIUM |
幹 部 | Ursula von der Leyen(委員長/President) Henna Virkkunen(執行副委員長:技術主権・安全保障・民主主義担当/Executive Vice-President for Tech Sovereignty, Security and Democracy) Stéphane Séjourné(執行副委員長:繁栄・産業戦略担当/Executive Vice-President for Prosperity and Industrial Strategy) Roxana Mînzatu(執行副委員長:人材・スキル・準備担当/Executive Vice-President for People, Skills and Preparedness) Teresa Ribera Rodríguez(執行副委員長:クリーンで公正な競争力のある移行担当/Executive Vice-President for Clean, Just and Competitive Transition) |
任 期 | 2029年10月31日(2024年12月1日発足) |
EUの執行・政策決定機関としての機能を担い、主に以下を所掌する。
(ア)EUの政策・法案の提案
EUの諸機構において唯一、法案提出権を有する。EU法の立法はすべて欧州委員会の提案に基づいて開始される。ただし、その提案に際しては、以下の三つの要件を満たさなければならないとされている。
欧州委員会は、個別部門の利益、個別加盟国の利益でなく、EU、欧州市民全体の利益にとって最善であるとの判断を反映すること。
欧州委員会は、最終提案を提示するに当たり、加盟国政府、産業界、労働組合、関係利益団体及び技術的専門家の意見や助言を事前に求めること。
「マーストリヒト条約」において採用された原則で、各加盟国に任せておく場合よりも効果的である場合に限り、EU法を提案すること。
また、政府間協力の分野においては、欧州委員会は個々の加盟国と同様に提案を行う権限を有する。
(イ)EU法(条約、条約の規定に基づく決定等)の公正な適用の監督
欧州委員会は、条約違反を理由に加盟国をも提訴できる。また必要に応じて欧州裁判所に司法判断を仰ぐこともある(後述)。更に、EUの競争ルール違反等の理由で、個人や法人に罰金を科すこともできる。
(ウ)EUの行政・執行機関として機能
条約の特定の条項を施行するための規則を制定し、EUの活動に割り当てられた予算の拠出を管理する。実施に当たっては、多くの場合、加盟国当局者で構成される委員会の意見を求めなければならない。
(エ)競争法分野における立法
原則として、欧州委員会に立法権限は付与されていないが、競争法分野においては、立法権を有している。また、欧州連合理事会によって制定されたEU法の執行に関する規則を制定する。
欧州委員会は、職員約3万名を擁するEU最大の機関である。その活動は多岐、広範囲にわたり、しかも各加盟国の国民に対して母国語で情報を提供する必要があるため、多数の職員が翻訳業務に従事している。
最高意思決定機関である委員会は27名の委員(Commissioner、任期5年)で構成され、加盟国から各1名が、欧州議会の承認、並びに欧州理事会の特定多数決を経て任命される。委員は、出身国から完全に独立しており、いかなる指示も受けてはならず、EU全体の利益のためにのみ職務を遂行することを義務付けられる。欧州委員会を譴責する権限を持つのは、欧州議会のみである。また、委員は、それぞれ一つ以上の政策領域に関して責任分野を持っているが、その決定に関しては、委員全員が連帯責任を負う。委員長は、欧州理事会の特定多数決により指名された者が欧州議会の承認を得て選任される。
欧州委員会には27名の委員の下に、各総局(Directorate-General)をはじめとする部局が設置されている。総局は日本の省庁に相当する。2024年12月から2029年10月までのフォン・デア・ライエン委員長体制下では、ハンナ・ヴィルクネン執行副委員長(技術主権・安全保障・民主主義担当)が、デジタル・情報通信政策を主に担当するものの、その他6名の委員もデジタル関連政策を分掌する。
(ア)通信ネットワーク・コンテンツ・技術総局(Directorate General for Communications Networks, Content and Technology:DG CONNECT)
Tel. | +32 2 299 11 11(欧州委員会代表番号) |
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URL | https://commission.europa.eu/about-european-commission/departments-and-executive-agencies/communications-networks-content-and-technology_en |
所在地 | Copernicus Building, Rue de la Loi 51, 1000 Brussels, BELGIUM |
概要
デジタル時代にふさわしい欧州を実現するため、EUのデジタル政策の策定・実施を所掌する。重要デジタル技術(人工知能(AI)、共通データ空間、高性能コンピューティング、5G、マイクロエレクトロニクス、ブロックチェーン及び量子コンピューティング等)の研究、開発及び普及に対する投資を行う。データ・エコノミー及びサイバーセキュリティ分野におけるグローバルリーダーを目指し、デジタル・トランスフォーメーション(DX)に必要なコネクティビティを実現する。対外関係・セキュリティ、公衆衛生、経済・財務及び教育関連の政策策定にも参画する。
「デジタル・サービス法(Digital Services Act:DSA)」及び「デジタル市場法(Digital Markets Act:DMA)」(Ⅳ-3(11)の項参照)の施行に伴い、DG CONNECTの権限が拡大され、DSAの超巨大プラットフォーム・検索エンジン及びDMAのゲートキーパー(注:競争総局と共管)に対する監督・執行権限を有する。また、AIに関する包括的な規制(以下、「AI規則」)に基づくAIオフィスが設置され、AI規則の円滑な施行の確保、汎用型AIに対する規律の監督・執行、AI振興策の推進、AIに係る国際連携の推進等を担う。
(イ)競争総局(Directorate General for Competition:DG COMP)
Tel. | +32 2 299 11 11(欧州委員会代表番号) |
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URL | https://commission.europa.eu/about-european-commission/departments-and-executive-agencies/competition_en |
所在地 | Place Madou/Madouplein 1, 1210 Sint-Joost-Ten-Noode, BELGIUM |
概要
EUの統一的競争政策の策定・実施を所掌する。欧州単一市場における公正な競争を確保するため、競争法の違反事案を捜査するとともに、大規模な企業合併・買収についても調査のうえ、必要に応じてその実施を阻止する権限が付与されている。このほか、DG CONNECTと共同で加盟国規制当局が通報する電子通信サービス網に関する市場評価結果等の検証やDMAの執行・監督を行っている。
(ウ)域内市場・産業・起業・中小企業総局(Directorate General for Internal Market, Industry, Entrepreneurship and SMEs)
Tel. | +32 2 299 11 11(欧州委員会代表番号) |
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URL | https://commission.europa.eu/about-european-commission/departments-and-executive-agencies/internal-market-industry-entrepreneurship-and-smes_en |
所在地 | Breydel building, Avenue d’Auderghem 45, 1000 Brussels, BELGIUM |
概要
域内市場における人、物、サービス、資本の完全な自由移動を保証した欧州単一市場の構築は、EU最大の成果とされている。同総局の役割は、欧州単一市場の効率的な機能のための欧州委員会の全般的政策の調整、単一市場の重要分野における欧州委員会政策の策定と実施、管理負荷の低減やグローバル市場へのアクセス等を通じた中小企業の育成、産業界の知財権の保護・活用についての政策立案である。
EU諸条約を含めたEU法の順守を確保するため、その解釈、適用及びEU諸機関のすべての行為において必要な司法上の保護措置の実施を役割とする。旧EC条約では、司法機関は、欧州司法裁判所と第一審裁判所、並びに、第一審裁判所に付属する司法委員会で構成されていたが、リスボン条約の発効により、それぞれ欧州司法裁判所、一般裁判所、専門裁判所へと名称が改正された。これらの司法機関は、総称として欧州連合司法裁判所と呼ばれる。
EU法の解釈を行う最高裁判所で、ルクセンブルクにある。EU法に関して、普通裁判所としての機能のほか、憲法裁判所、行政裁判所、労働裁判所、国際裁判所としての機能も有しており、加盟国裁判所の要請に応じ、EU法上の争点の解釈やその妥当性について先行判決を下すことができる。更に、加盟国がEU法上の義務を履行していないと認定し、当該国がその判断に従わない場合、高額の罰金を科すこともできる。その他、EUの機関による措置の無効を求める裁判において、当該措置の合法性について検討・判定することができる。
欧州司法裁判所は、加盟国の合意によって任命された各国1名ずつ計27名の裁判官及び11名の法務官(Advocate General)*によって構成される。両者とも任期は6年(裁判長及び副裁判長は3年ごとに改選)で、在任中はその独立性が保障される。法務官は、同裁判所の業務遂行を補佐するため、同裁判所に提訴された事件に関して、完全に公平、独立の立場から、理由を付した法的見解を法務官意見として裁判所に提出する。
* 法務官制度:欧州共同体設立当初に主導権を握ったフランスの最高行政裁判所である国務院で、「法の代理人」として公正な立場から法理論を展開する政府委員制度を参考にして採用された。
EUの活動範囲拡大に伴う欧州司法裁判所への訴訟件数急増に対処するため、単一欧州議定書が改定され、欧州司法裁判所の附属機関として1989年9月に発足した。欧州司法裁判所と同様にルクセンブルクにあり、加盟国政府の合意によって任命された各国2名ずつの裁判官(任期6年。裁判長については3年ごとに改選)から構成されているが、加盟国の数よりも裁判官の数が多くなることもある。欧州司法裁判所と異なり、専属の法務官は任命されておらず、法廷から要求があった場合に限り一般裁判所の長官が裁判官の中から法務官を任命する。
一般裁判所は、EU諸機関の決定に対する個人及び法人から提訴されたすべての事件を審理し、判決を下す。一般裁判所の判決については、法律上の争点に関する事案に限り、欧州司法裁判所に上訴することができる。
2016年9月、欧州委員会は、2015年5月に発表したデジタル単一市場戦略の一環として、既存の「電子通信規制パッケージ」の4指令を一本化し、EU域内における通信規制の更なる調和、市場の公平性の確保、高速ブロードバンド網への投資促進等を目的とする施策を組み込んだ「欧州電子通信コード」(European Electronic Communication Code:EECコード)の提案を行った。主な内容は以下のとおりである。
複数の事業者が高能力のネットワークに共同投資を行う場合の規制緩和、過疎地域等へ投資を最初に行う事業者に対する投資予見性の向上等。
より厳格な要件を付した長期間の免許制度の創設、時期等の周波数割当にかかわる基本的な要件の調和等。
バンドル・サービスにかかわる他事業者への乗換えの容易化、高齢者及び障がい者がインターネットを安価に利用できるルールの強化等。
既存事業者と同様のサービスを提供する新たなオンライン事業者(SMS、メールを含む)に対しても、セキュリティ要件等に関する規制を適用等。
その他、上記の提案では、EU域内で規制が一貫して運営されるよう、欧州電子通信規制者団体(Body of European Regulators for Electronic Communications:BEREC)の役割強化等も盛り込まれている。
2018年6月、欧州議会と欧州委員会は、5G展開のための周波数割当、大容量の固定網展開強化、市民のアクセス機会増大とセキュリティ対策といった同案の内容で合意した。同月に欧州連合理事会がBERECの意見を基にまとめた修正案には、「電子通信」定義の見直し、SMP(Significant Market Power)事業者の卸売事業における義務の再規定と規制機関の役割の強化、ユニバーサル・サービス範囲の拡張、移動体通信着信料金の欧州域内での単一化等が盛り込まれた。この提案は2018年12月に成立及び施行された。これによりEU加盟国は新指令の国内法制化を遅くとも2020年12月までに実施することが義務付けられた。
2024年8月、ポーランドにおける国内法制化が完了したことで、全27加盟国の国内法制化が完了した。
2025年末に欧州電子通信コードの最初の評価報告書が公表予定となっており、以降、5年ごとに評価が行われる予定である。
欧州電子通信コード策定以前については、2002年に採択された電子通信規制及び2009年に発効したその改正案が、電子通信規制パッケージとして適用されており、2002年に採択された電子通信規制は以下の四つの指令で構成されていた。
2009年12月に発効した改正電子通信規制パッケージは、EU全域において、すべての市民が安価な通信サービス(移動電話、高速ブロードバンド、ケーブルテレビ等)を享受できる環境作りを目的としたもので、各加盟国の電子通信規制団体の代表者から構成されるBERECが設立された。BERECは欧州委員会と共に、各国規制機関の規制案に関する意見を表明することができる。そのほか、既存の電子通信規制パッケージの各指令や規則の各条項を改正した2指令が規定された。
名称 | 内容 | |
---|---|---|
1 | 欧州電子通信規制者団体(BEREC)の設立と事務局に関する規則(1211/2009) | |
2 | 「市民の権利」指令(2009/136/EC) | ユニバーサル・サービス指令(2002/22/EC)、プライバシー保護指令(2002/58/EC)、消費者の権利保護に関する法の執行機関間における協力に関する規則(No2006/2004)の改正 |
3 | 「より良い規制」指令(2009/140/EC) | 枠組指令(2002/21/EC)、アクセス指令(2002/19/EC)、認可指令(2002/20/EC)の改正 |
出所:EUサイト法検索ページ
欧州議会は、2007年11月、「オーディオ・ビジュアル・メディア・サービス(AVMS)指令(2007/65/EC)」を採択した。正式名称は「テレビ放送活動の遂行に関し、加盟国において法律、規則、行政行為によって制定される規定の調整に関する1989年10月3日付け理事会指令(89/552/EEC)の改正についての2007年12月11日付け欧州議会及び理事会指令」。加盟国には2009年末までにAVMS指令を国内法に反映させることが義務付けられた。
AVMS指令の目的は、今日的な競争促進の枠組みを、欧州のテレビ事業者及びそれに類するサービスを提供する事業者に適用することであり、新しい広告コミュニケーション形態によってオーディオ・ビジュアル・コンテンツの資金確保のための柔軟な規制を適用することである。配信に用いている技術に関係なく、欧州市場でオンデマンド・サービスを行っているすべての企業が活動領域を形成することもできるとしている。
テレビ及びテレビ類似サービスは、それぞれリニア・サービスとノンリニア・サービスとして区別される。
一方、個人的な通信(注:eメール、ブログのような個人的なウェブサイト等)、電子版の新聞、雑誌、オーディオ・ビジュアル・コンテンツの提供を主目的としないウェブサイト等は、AVMS指令案の適用範囲外になっている(他の法令による規制はありうる)。
リニア・サービスには、現在テレビ放送に適用されているルールを適用するが、ノンリニア・サービスに関しては、青少年保護、人種等に基づく憎悪助長禁止、消費者をミスリードする広告(不正広告)の禁止等、基本的で最低限の原則のみが適用される。
2018年11月に成立した改正AVMS指令は、メディア事業者への公正な競争環境の提供、欧州制作作品の振興、有害コンテンツからの児童の保護、ヘイトスピーチ対策強化等が目的であり、新たに登場したオンライン・プラットフォーム事業者に対する新規アプローチも盛り込んでいる。主な改正点は以下のとおりである。
オーディオ・ビジュアル・メディア・サービス事業者は、暴力、テロリズム、憎悪を誘発するコンテンツに対抗する適切な方策をとらねばならない。併せて侮辱やポルノグラフィにも適切な規則を設けることが求められる。法律ではアップロードされたコンテンツへの自動フィルタリングを義務付けないが、プラットフォーム事業者は必要に応じてユーザに注意喚起をするメカニズムを構築する必要がある。
新たな規則では6時から18時の広告上限は放送時間の20%に設定される。18時から0時のプライムタイムの広告も同様に上限は20%に設定される。
欧州のオーディオ・ビジュアル部門の文化的多様性を支援するために、VODのプラットフォームが提供するカタログの下限30%は欧州で制作されたコンテンツを掲載することを義務付ける。また、VODのプラットフォーム事業者には欧州の映像産業の発展への様々な貢献を求める。
また、欧州委員会は2020年7月、改正AVMS指令の履行を促進するためのガイドラインを公表している。
2023年2月、アイルランドの国内法制化が完了したことで、全加盟国における国内法制化が完了した。
EUの司法制度の中には、「取消訴訟」「条約違反手続」「先決裁定手続」「裁判所意見」があるが、加盟国がEU法執行の義務を履行しているか否かを裁定するのは、「条約違反手続」である。
「条約違反手続」は、EU法を履行確保するための手段として、「EU運営条約(旧EC条約)」第258条及び第259条にて規定されている。第258条は欧州委員会がEU法を履行しない加盟国を訴えることを規定しており、第259条は加盟国が他の加盟国を訴えることを規定している。通常は、第258条に基づき、欧州委員会が法の擁護者として、履行義務違反の疑いがある加盟国を訴える。
2019年7月にフォン・デア・ライエン次期欧州委員長(当時)が公表した「次期欧州委員会の政治的ガイドライン2019~2024」において、「デジタル時代にふさわしい欧州(A Europe fit for digital age)」が優先政策課題の一つに掲げられ、以下のアクションが挙げられている。
欧州委員会は2020年2月、上述の優先政策課題の下、「ヨーロッパのデジタルの未来を形作る(Shaping Europe’s digital future)」という目標を示し、併せて「欧州データ戦略」(3(5)の項参照)と「人間中心主義のAI開発政策」(3(8)の項参照)を公表した。更に欧州委員会は、2024年までのデジタル分野での主な柱として、①人に役立つ技術、②公正で競争力のある経済、及び③開かれた、民主的で持続可能な社会を掲げ施策を推進した。
欧州委員会は2021年3月、EUの研究・イノベーション枠組プログラム「Horizon Europe」における最初の4年間(2021~2024年)の戦略計画を採択した。予算総額955億EURとなる同プログラムでは、気候中立やグリーン・ヨーロッパ、欧州のデジタル化対応、人に優しい経済等、EU政策の優先事項への貢献が求められており、最初の4年間の投資に関する戦略的方針が打ち出された。同方針4項目の主な内容は以下のとおり。
なお、国際的課題の解決に不可欠な国際協力については、プログラム全体の共通優先事項として挙げられている。
2024年7月、欧州議会において2期目続投の信任投票に先立ち、フォン・デア・ライエン次期欧州委員長候補は、「次期欧州委員会の政治的ガイドライン2024~2029」を公表した。同ガイドラインは欧州理事会が示した戦略アジェンダに沿ったもので、以下の七つの柱で構成されている。
デジタル分野では、現政権で成立させたデジタル関連規制の執行強化に加え、デジタル技術主導の競争力強化やオンラインにおける青少年保護等を最優先課題として掲げている。
欧州委員会は2021年3月、2030年までを「デジタルの10年(Digital Decade)」として、2030年までの具体的な施策事項である「デジタル・コンパス(Digital Compass)2030」を公表した。以下の四つの柱が示されている。
欧州委員会は2021年9月、2030年までに実現を目指す具体的なデジタル分野の目標を定める欧州2030政策プログラム「デジタルの10年への道(Path to the Digital Decade)」の提案を発表し、2022年12月に成立した。具体的には、①デジタルスキル及び教育の強化、②安全で持続性のあるデジタル・インフラストラクチャ、③ビジネスのDX、④公共サービスのデジタル化の4分野におけるターゲットが策定されている。主な内容は以下のとおり。
2024年7月に公表された2024年次進捗報告書では、「デジタルの10年」の四つの柱の進捗状況を報告し、目標の達成には加盟国の取組みだけでは不十分であり、特にデジタル・スキル、デジタル・インフラの改善(高品質の接続性及び半導体製造)及び企業のデジタル・トランジション(企業によるAIとデータ分析の導入及びスタートアップ企業のエコシステム)の各分野への追加投資が必要だと提言した。また、加盟国に対しては、特定されたギャップに対応するための国別及び分野別の推奨事項を挙げ、2024年12月2日までに自国のロードマップの見直しを行うよう指示した。
欧州委員会は2023年2月、2030年までにギガビット回線をEU全世帯へ提供する「デジタルの10年」(2の項参照)の目標実現に向けた超高速ブロードバンド展開のため、①「ギガビット・インフラ法(Gigabit Infrastructure Act)」案、②「ギガビット勧告(Gigabit Recommendation)」案、③欧州のコネクティビティ分野とインフラの将来についての意見募集からなるイニシアチブを発表した。
ギガビット・インフラ法は2024年4月に成立し、同年5月に施行された。同法は、「2014年ブロードバンド・コスト削減指令」を改正するもので、高額な電子通信インフラ(5Gネットワーク等)の配備コストの引き下げ、建物内の物理インフラへのアクセスの容易化、行政手続の簡素化のために4か月以内に規制機関からの指摘がないことをもって許認可とする「tacit approval」の導入(加盟国の任意採用)、2029年までに加盟国間の通信にかかる追加料金を廃止(現在の小売価格上限は通話が0.19EUR/分、SMSが0.06EUR/件、データ通信は0.20EUR/メガバイト)すること(ただし、2032年以降廃止を継続するかは影響評価等のプロセスを経て決定)等が規定されている。
ギガビット勧告は2024年2月に採択され、従来の「アクセス勧告」を改正する内容で、市場支配力を有する事業者への通信網アクセス要件等、すべての事業者による既存インフラへの接続を保証する、各国規制当局のガイドラインとなる。
欧州委員会は、2024年2月に、欧州が直面する課題を分析し、投資を誘引し、取り組むべき事項を政策シナリオとしてまとめた「欧州のデジタル・インフラ政策の今後の方向性を示す白書」を公表し、同年6月末までの間、意見募集を行った。白書は、次の三つの柱から構成されている。
意見募集の結果は、今後の電気通信インフラ施策に反映される見込みである。
また、2024年9月に公表された技術主権・安全保障・民主主義担当執行副委員長の担務には、「デジタル・ネットワーク法」の策定が含まれている。デジタル・ネットワーク法は、2023年10月に欧州委員会ブルトン委員(当時)が公表した構想で、①EU域内の国境を跨ぐ事業運営及び真の汎欧州インフラ事業者の創設の促進、②迅速な技術の導入のための事務コスト削減の規制枠組の導入、③テレコムセクターへのより多くの民間資本の投入、及び④ネットワーク・セキュリティの確保の四つの柱に基づく施策が掲げられている。
EU理事会は2021年6月、域内の交通・通信・エネルギー網整備に向けた「Connecting Europe Facility(CEF)2.0」を採択した。これにより、2021~2027年度の次期CEF期間に、これらの3分野の次期主要プロジェクトへの支援として、総予算337億1,000万EURが割り当てられる。各分野へ割り当てられる予算は以下のとおり。
デジタル分野については、経済・社会におけるDXへの円滑な移行のため、高信頼、低料金、大容量ネットワークへのユニバーサル・アクセス・プログラムや経済的・地理的格差是正のためのエリア・カバレッジ拡大が優先される。そのほか、分野横断的なコネクテッド/自動運転モビリティや代替燃料等、交通、エネルギー、デジタル分野における相乗効果が期待されている。同法案は、2021年7月に欧州議会で採択され、同月に発効した。CEF規則として2021年1月から遡及適用されている。
2023年10月に、CEFのデジタル分野における提案募集が開始された。三つのテーマに対して募集がかけられており、総額2億4,100万EURの共同資金が設けられている。
提案期限は2024年2月20日までとなっていた。
欧州委員会及びEU加盟国は2021年3月、通信事業者が光ファイバや5G等のギガビット級のブロードバンド・ネットワークへの投資や敷設時期に関して、最も効率的であると考えられるベストプラクティスを提示した「コネクティビティ・ツールボックス」を採用することで合意した。同ツールボックスは、2020年9月に欧州委員会が公表した同ツールボックスの導入に係る勧告に沿った内容となっており、欧州委員会は、ツールボックスのベストプラクティスに基づき5Gの普及・拡張を効果的に進めることが、コロナ後の復興政策及び2021年3月に発表した「デジタルの10年」の達成にとって重要になるとしている。主なベストプラクティスの内容は以下のとおり。
欧州委員会は2021年12月、中国の「一帯一路」に対抗するための戦略として、EU域外向けの新たなインフラ支援戦略「グローバル・ゲートウェイ」の政策文書を発表した。グローバル・ゲートウェイ構想では、世界インフラの開発、及び世界のグリーン化及びデジタル化を支援するため2027年までに主に融資や債務保証等で最大3,000億EURの投資動員を目指すとしており、デジタル、気候及びエネルギー、交通、医療、教育及び研究を五つの優先投資分野として指定した。2023年10月25、26日には、ベルギーのブリュッセルにおいて、第1回目となる「グローバル・ゲートウェイ・フォーラム」が開催された。
2019年10月に欧州委員会が発表した「電子政府ベンチマーキング」では、デジタル公共サービスの内容に関する各国間の差は縮まり、「ユーザ中心」の観点で市民の要望に応じるサービス開発が進行している。今後の優先課題は公的オンライン・サービスのセキュリティと透明性の強化、国境を越えた利用可能性の増大であり、具体的には電子身分証明等、住民の自己に関する各種書類での電子化とされている。
また2019年6月には、「オープン・データ及び公的部門の情報の再利用に関する指令第2019/1024号」が発効し、各国政府は社会的・経済的に有用な公的データに誰もが無料でアクセスし、マシンで読み込める形式で入手可能とする高価値データベースを設定すべきとされた。
欧州理事会は2020年10月、司法手続のデジタル化の方針を採択し、続けて2020年11月に証拠取得と文書サービスに関する二つの改正規則案を採択した。理事会は、加盟各国の司法制度においてデジタル化を進めることは、全EU市民の司法へのアクセスを促進するとし、デジタルツールの導入により、手続を構造化し、標準化及び統一された方法で自動的かつ迅速に処理することで、司法手続の有効性と効率性の向上が見込まれるとしている。欧州理事会からの司法制度のデジタル化に関する包括的なEU戦略の策定要請を受けた欧州委員会は、2020年12月、EUにおける司法制度の近代化のための新パッケージを採用すると発表した。同新パッケージは、①EUにおける司法のデジタル化に関するコミュニケーションと、②欧州の司法訓練に関する新戦略を二つの柱としている。
「改正欧州デジタルIDウォレット規則(eIDAS規則)」が2024年3月に成立し、同年5月に施行された。加盟国は2026年までに国内法制化を行わなければならない。eIDAS規則は、欧州のDXのマイルストーンと位置付けられており、デジタルIDへのパラダイムシフトを実現する。主な内容としては、欧州全域の欧州市民に対する個人情報の完全なセキュリティと保護の下で公共及び民間のオンライン・サービスへアクセスするためのデジタルIDウォレットの選択肢の提供、各国のデジタルIDとその他の個人属性(運転免許証、卒業証書、銀行口座等)の連結によるデジタルIDの安全な保管、銀行口座の開設、決裁、デジタル文書の保有等である。なお、DSAで超巨大オンライン・プラットフォーム(VLOPs)に指定されたプラットフォームや法的にユーザの認証が義務付けられている民間サービスは、自社のオンライン・サービスへのログイン方法としてデジタルIDウォレットを受け入れる必要がある。
2016年4月、欧州議会は「一般データ保護規則(General Data Protection Regulation:GDPR)」を最終採択し、2018年5月に完全適用された。GDPRは、「個人データ保護は人権である」というGDPRの前身の「EUデータ保護指令」の基本理念を継承しつつ、急速な技術の進展やグローバル化を踏まえ、より強固な個人データ保護ルールを整備するとともに、各加盟国において別途法整備が必要な「指令」から、EU域内に直接適用される「規則」とすることで、EU域内におけるルールの単一化・簡素化を図ることを目的としている。その主な内容は以下のとおり。
欧州データ保護委員会(European Data Processing Board:EDPB)は2022年10月、GDPR順守に対する初の企業認証方法として、欧州データ保護シール「ユーロプライバシー(Europrivacy)」を承認したと公表した。同認証を受けることにより、各企業は、消費者や顧客企業に対するデータが適切に処理されていることの正式証明、基準を順守したデータ処理事業者の選択、国境を越えるデータ移転に関する事前のリスク評価等が可能となり、ビジネス価値及びサービス信頼性の向上につながるとしている。「ユーロプライバシー」は欧州研究プログラム「Horizon 2020」を通じて研究開発された認証方法であり、具体的には以下のような特性を持っている。
EUと米国の間の個人データの越境移転に係る十分性認定に関しては、2015年10月に欧州司法裁判所で無効とされた「セーフハーバー協定」に代わるEUと米国間における個人データの越境移転のための新たな枠組みを、2016年7月に欧州委員会が「EU-USプライバシーシールド」として採択し、同年8月から施行した。しかし、欧州連合司法裁判所は2020年7月、新たに施行された「EU-USプライバシーシールド」も、EUから米国への個人データを越境移転するための有効な枠組みではなく、無効であるとの判決を下した。これを受け、米国政府と欧州委員会は2022年3月、米EU間の個人データ移転に関する新たな枠組みである「The Trans-Atlantic Data Privacy Framework(以下DPF)」に暫定合意し、同年10月に米国バイデン大統領(当時)は同枠組を実行するための大統領令に署名した。具体的には、米国の監視活動が国家安全保障の目的に対し必要かつ適切であることを保障するためのセーフガードの導入、是正措置を指示する独立救済メカニズムの設置、監視活動の法令順守状況に対する監督の強化が盛り込まれている。2023年7月には、米国のDPFの利用に関する手続が完了し、欧州委員会においても十分性に関する決定が採択された。これにより米国のDPFに参加する企業は、欧州域内の個人データを追加的なデータ保護措置を講じずに移転することが可能となった。
2017年1月、欧州委員会は、個人データの国際流通に関するコミュニケーションを公表し、2017年に日本及び韓国を皮切りに、東アジア及び東南アジアの重要な貿易パートナーと、個人データの越境移転に向けた議論を積極的に行っていく旨の方針が示された。日本との間では、2019年1月に、EUが日本に対する十分性認定を、日本が個人情報保護法に基づくEU指定を行い、日EU間の相互の円滑な個人データ移転を図る枠組みが発効した。
2017年1月、欧州委員会はeプライバシー規則案の提案を行った。本規則案は電子通信分野における通信の秘密やプライバシー保護を目的としたeプライバシー指令をEU域内に直接適用される規則に改正するものであり、通信事業者と同等の電子通信サービスを提供するOTT(Over The Top)事業者への適用対象の拡大、電子通信に由来するコンテンツ及びメタデータ(時間・ロケーション等)の保護、クッキーに関するルール、スパムに対する保護等が盛り込まれている。2021年2月、欧州連合理事会は同規則の修正案に加盟国が同意したと発表し、欧州議会との協議が開始されている。
2017年1月、欧州委員会はデータ・エコノミーに関する政策パッケージを公表し、データについて特に以下の施策に取り組むこととしている。
2017年9月には、非個人データの越境フリーフローに関する規則案が欧州委員会により提案された。同規則は、2019年5月から適用されている。同規則の主な内容は以下のとおりである。
非個人データには、機械生成データや商業データ等が含まれる。具体例としては、ビッグデータ分析や精密農業、産業機械のメンテナンスに用いられる集約されたデータセットが挙げられる。データセットが個人データと非個人データの両方で構成される場合は、非個人データについてのみ本規則が適用される。ただし、個人データと非個人データが密接にリンクしている場合には、2018年5月から施行されているEU「一般データ保護規則(GDPR)」が適用される。
本規則は、公安を根拠としたデータ・ローカライゼーションのみを認める。その他のデータ・ローカライゼーションについては、コンプライアンスと透明性を確保するために欧州委員会に報告し、オンラインで公開しなければならない。
公共機関は調査や行政監督の目的でEU全域のデータにアクセスすることができる。クラウド・サービス事業者間のスイッチングを促進するためには、専用のガイドラインを作成する。
日本とEUは、2023年10月、日EU経済連携協定(EPA)に「データの自由な流通に関する規定」を含めることに関する交渉の大筋合意に至った。新たな規定は、国境を超えた自由なデータ流通を確保することを約束し、国境を越えたデータ流通を禁止・制限する措置(データの国内保存要求等)を採用又は維持しない義務を設けつつ、個人情報保護や正当な公共政策目的等の観点から、例外的に適切な政策上の措置を講ずる余地を確保するものとなっている。2024年1月、日EU両者が「経済上の連携に関する日本国と欧州連合との間の協定を改定する議定書」に署名し、今後、それぞれの関係する国内法上の手続等を完了した後に議定書の効力が発生し、EPAに新たな規定が含まれることになる。
欧州委員会は2020年2月、「欧州データ戦略」を公表した。欧州委員会は、新データ経済における模範的かつリーダー的な位置付けを目指し、EU域内の企業、学術機関、公共機関の三者間における自由なデータ流通を促進するデータ単一市場「欧州データスペース(European Data Space)」を形成するとしている。実現に向けては、欧州企業等の産業データを官民や企業規模の大小にかかわらず共有可能にし、データの管理、アクセス、再利用に関する規制枠組の策定等を行っていく計画である。
欧州委員会は2020年11月、欧州域内での信頼性のあるデータ共有へ向けた「データ・ガバナンス法(Data Governance Act)」を提案した。2022年6月、規則(EU)2018/1724を修正するデータ・ガバナンス法が施行され、15か月の猶予期間の後、2023年9月に適用された。同法は、GDPR、消費者保護、市場競争等のEUの価値観と基本的権利に沿った中立的かつ透明性の高い内容で、欧州独自の新たなデータ・ガバナンスの基礎となり、市場力を利用した巨大プラットフォーマーのビジネスモデルに取って代わることを目的としている。同法の主な内容は以下のとおりである。
欧州委員会は2022年2月、遅れていたEU域内で生成されたデータの利用・アクセスに関する経済分野における新法案を「データ法(Data Act)」として提案した。同法案は、2023年11月に成立し、2024年1月に施行され、施行から20か月後に適用が開始される。同法はデータ・ガバナンス法を補完するものであり、データが十分に利用されない原因となる法的、経済的、技術的な問題に対処し、デジタル環境における公平性を確保、競争力のあるデータ市場を刺激して、データ主導型イノベーションの機会を開き、すべての人がデータにアクセスできるようにすることを目的とする。同法は、ユーザがコネクテッド・デバイスの生成するデータへのアクセスやそのデータの第三者提供を可能にする措置、データ共有契約における競争的地位の濫用防止と中小企業の交渉力を均衡させる措置、公共緊急事態の場合に公共部門機関が民間保有データにアクセス・利用する措置、違法なデータ転送に対する安全策、投資の保護のための「データベース指令」(1990年代に策定)の見直し等を内容としている。
2024年9月に公表された技術主権・安全保障・民主主義担当執行副委員長の担務には、「欧州データ連合戦略」の策定が含まれており、既存のデータ関連のルールを基礎に、高度なプライバシーとセキュリティ基準を満たしつつ、企業や行政がシームレスかつ大規模にデータを共有するための簡素・明確で、首尾一貫した法的枠組を確保することを内容としている。
2019年3月に施行したサイバーセキュリティ法により、EUにおいてEU共通のサイバーセキュリティ認証制度の導入が可能となった。
同法に基づく最初の認証制度である「共通要件に基づくサイバーセキュリティ認証制度(EU Cybersecurity Certification Scheme on Common Criteria:EUCC)」は、ICT製品のライフサイクルにわたってサイバーセキュリティを認証するもので、対象には、生体システム、ファイアウォール(ハードウェア及びソフトウェア)、検出・対応プラットフォーム、ルーター、スイッチ、専用ソフトウェア、データダイオード、OS、暗号化ストレージ、データベース、スマートカード及びあらゆる製品に組み込まれたセキュア・エレメント等が含まれる。EUCCをはじめとするサイバーセキュリティ認証制度は、サイバーセキュリティ認証向け「EU継続作業プログラム(Union Rolling Work Programme:URWP)」に組み込まれ、今後、サイバーレジリエンス法や欧州デジタル認証規制等の関連法制に紐付けられる見込みとなっている。なお、サイバーセキュリティ法に基づき、2021年6月から「EUクラウド・サービスに係るサイバーセキュリティ認証枠組(European Cybersecurity Certification Scheme for Cloud Services:EUCS)」の検討が行われている。EUCSは、すべての種類のクラウド・サービスに適用可能で、現行案には透明性要件等が含まれている。
また、サイバーセキュリティ法は2024年12月に改正され、サイバーセキュリティ・インシデントの防止、検知、対応及び回復において重要性を増しているマネージド・セキュリティ・サービス(MSS)(インシデント対応、侵入テスト、セキュリティ監査、テクニカルサポートに係るコンサルティング等を提供するサービス)に対する将来的な欧州認証スキームの創設が可能となった。
欧州委員会は2020年12月、新しい「欧州サイバーセキュリティ戦略」を公表した。欧州地域におけるサイバー的脅威へのレジリエンスの強化、デジタル・サービスの信頼性の確保、国際標準化のリーダー的地位の確保を目的としている。同戦略における主な提案は以下のとおりである。
欧州サイバーセキュリティ戦略と合わせて2020年12月に欧州委員会が提案したCER指令については、2022年12月に成立し、2023年1月から施行された。加盟国は同指令発行後21か月以内に国内法へ整備することが義務付けられる。2023年7月には、CER指令の対象となるエネルギーや運輸、銀行、健康分野等の11の分野の必須サービスのリストが採択された。加盟国は、2026年7月17日までに、CER指令で定められたセクターの重要な事業体を特定する必要がある。
EU全体のレジリエンス及びインシデント対応能力を強化することを目的とし、NIS指令を改正するNIS2指令は2022年12月に成立し、2023年1月に施行された。加盟国には同指令発効後21か月以内に国内法へ整備することが義務付けられる。NIS2指令は、エネルギー、交通、医療及びデジタル・インフラ等、同指令の対象となるすべての分野におけるリスク管理対策及び報告要件について、規制枠組を最小限に抑えたEU共通の基準を設定している。また加盟国間の協力体制を促進するメカニズムとして、大規模なサイバーセキュリティ・インシデントの共同管理を支援する、欧州サイバー危機連絡調整ネットワーク「EU-CyCLONe」の設置を決定している。NIS指令の対象がエッセンシャル・サービス・プロバイダやデジタル・サービス・プロバイダに限定されていたのに対して、改正版では指定された産業分野におけるすべての中規模及び大規模事業者と対象を大幅に拡大している。その他、理事会は重要インフラ事業者を対象とした「CER指令」や、「金融セクターのデジタル・レジリエンス強化を目的とした規制(Digital Operations Resilience Act:DORA)」等のセクター固有の法律とNIS2指令の内容について矛盾が生じないよう、法的に明確にし、調整を行っている。
欧州委員会は2022年9月、新法案「サイバーレジリエンス法(Cyber Resilience Act)」を公表した。欧州理事会及び欧州議会による審議を経て、同法案は2024年10月に成立した。同法は、デジタル要素を持つすべての製品のサイバーセキュリティ水準の向上を目指すもので、他のデバイス又はネットワークに直接又は間接的に接続されるコネクテッド製品の全ライフサイクルにおいて、ハードウェア・ソフトウェアを含むすべてのデジタル製品にリスクの度合いに応じたサイバーセキュリティ要件を課す。同法が課す主な義務は以下のとおり。
欧州委員会は2020年1月、EU加盟国が合意した5G網のセキュリティ・リスク緩和を目的とした措置であるEU「ツールボックス」を承認した。これは、欧州理事会の5Gセキュリティに対する協調的アプローチの要請に対して、欧州委員会が2019年3月に公表した勧告に続く取組みとなっている。EU加盟国は、欧州委員会による2019年3月の勧告に沿って各国レベルでの5Gリスク及び脆弱性について調査し、その結果をEUリスク評価報告書として2020年10月に発表している。ツールボックスには、EUの5Gサプライチェーンを通じた非EU加盟国や国営企業等からの干渉といった非技術的要因に関連するリスクを含め、EUリスク評価報告書で特定されたすべてのリスクに対応する戦略的・技術的措置と、その措置の有効性向上を目的とした関連活動が含まれている。また、このツールボックスは特定の企業を明確に排除するものではないが、加盟国に対し、自国の通信網への高リスクな企業の製品使用を制限できる手段を提供するものとなっている。主な内容は以下のとおりである。
EU加盟国は、2020年7月と12月に進捗報告書を提出した。これらの進捗報告書によると、すべてのEU加盟国が実施に向けた手続を開始しており、ほとんどのEU加盟国は勧告された措置の実施に向けて順調に手続を進めている。2021年第2四半期までに実施完了を目指すこととなっていたが、2022年11月時点で、一部の加盟国においてまだ実施が完了していない状況である。
2023年6月に2回目となる進捗状況のレポートが公表され、併せて欧州委員会から加盟国に対して、華為技術(HUAWEI)及び中興通訊(ZTE)をハイリスク・サプライヤと名指ししたうえで、機器の導入又は調達の計画の際に、移動体通信事業者より包括的かつ詳細な情報を確実に入手することやサプライヤのリスクを評価する際は当該ツールボックスで推奨されている客観的な基準を考慮する必要がある等の勧告が示されている。
EUサイバーセキュリティ庁(European Union Agency for Cybersecurity:ENISA)は2021年3月、加盟各国の通信セキュリティ当局によるセキュリティ・インシデント報告を円滑に進めるための新ガイドラインを発表した。新ガイドラインは、欧州電子通信コードに基づいた内容となっており、これまでの枠組指令に沿ったガイドラインに取って代わることになる。
欧州委員会は、2023年4月、「サイバー連帯法(Cyber Solidarity Act)」を提案し、2024年12月に同法が成立した。同法は、加盟国間の連携メカニズムの強化により、サイバー脅威に対するEU全体の強靭性を高めることを目指している。具体的には、セキュリティ警告システムの構築により、既存の枠組みを強化し、汎EUでより効率的・効果的にサイバーセキュリティ・インシデントに対処することを可能にする。また、新たに構築するサイバーセキュリティ緊急メカニズムにより準備体制の強化を図り、インシデント時に民間のインシデント対応サービスを利用可能にする「サイバーセキュリティ・リザーブ」も新たに設置する。緊急メカニズムは、新設するインシデント評価メカニズムにより効果的に機能しているか評価される。
「電気通信の単一市場パッケージ」の一つとして2013年9月に提案されたネットワーク中立性に関する規則は、EU域内のローミング料金の撤廃と併せ、2015年11月に欧州議会及び欧州連合理事会において最終的に採択され、すべてのトラヒックを原則として平等に取り扱うこと及び、特定のコンテンツの配信を遮断あるいは減速することが原則として禁止されることとなった。本規則を踏まえ、BERECはネットワーク中立性に関するガイドラインを2016年8月に採択した。
従来のローミング規則は時限付きだったため2022年6月末に終了したが、2022年7月に新しい規則が発効しローミング料金の撤廃が10年間延長された。EU域内を移動する人々は自国の料金を支払うことで、引き続き通話・SMS・データ通信を利用することが可能となっている。
欧州委員会は2019年にAIの倫理に関するガイドライン等の発行を目的に、2018年6月、52名の専門家からなるAIハイレベル専門家グループ(AI HLEG)を組織した。同ハイレベル専門家グループは、2018年12月に「信頼できるAI(Trustworthy AI)のための倫理ガイドライン(案)」を公表し、その後パブリック・コメントを経て、2019年4月に「信頼できるAIのための倫理ガイドライン」を公表した。同ガイドラインでは、信頼できるAIについての四つの倫理原則とそれを実現するための七つの要件、同要件の運用を検証するための評価リストが設定されている。欧州委員会は、このAI倫理ガイドラインが実際に運用できることを確認するため、2019年9月からステークホルダーによる試行フェーズを実施し、2020年7月に最終的な評価リストを公表した。
欧州委員会は2021年4月、AI規則案を発表した。同規則案について欧州委員会は、AIに関する世界初の法的枠組と、EU加盟各国との協調計画で構成されており、AIに関する国際基準の設定において欧州の主導的立場を強化するねらいがあるとしている。同規則は、2024年5月にEU理事会の採択をもって成立のうえ、同年8月に施行された。なお、本規則は2020年2月に公表した「AI白書」における、リスクに応じたAIシステムの分類を受け継ぐ内容となっている。
EUで使用されるAIシステムが、安全、透明、倫理的、公平、そして人間の管理下にあることを確認するために、人間の生命や権利へ与える影響の大きさを基準として、AI利用を「禁止」「高リスク」「限定的な危険性」「最小限の危険性」の4段階に分類している。AI規則によるリスクレベルの分類、内容、利用拒否及び条件、該当するAIシステムについては下表のとおりである。
リスクレベル | リスクの内容 | 利用拒否・ 条件 |
該当するAIシステム |
禁止(許容されないリスク) | 人の生命・身体の安全や社会生活、基本的人権に対して明らかな脅威となるもの | 利用禁止 |
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高リスク | 人の生命・身体の安全や社会生活、基本的人権に対して不利益をもたらすもの | 各種要求事項の準拠及び事前適合性評価の実施を条件として利用可 |
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限定的な危険性 | リスクは限定的であるが、透明性要件に服する必要があるもの | 透明性に関する情報開示等の要件を満たすことを条件として利用可 |
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最小限の危険性 | リスクがごくわずか、又はリスクを伴わないもの | 利用可 | 上記以外のAIシステム |
出所:EUサイト法検索ページ
ただし、様々な用途に利用可能な機能を備えた「汎用AI」(General-Purpose AI:GPAI)モデルについては、これら4段階の分類とは別に固有の義務を定めている。すべての汎用AIモデルに適用される技術文書の作成や訓練に使用したデータの公開等の義務に加え、システミック・リスク伴う汎用AIモデルに対しては、敵対的テストの実施を含むモデル評価やシステミック・リスクの評価・緩和策の実施、深刻なインシデント及び対処のための是正措置に係る関連情報の当局への通報等の義務が発生する。システミック・リスクは、当該モデルが最先端の汎用AIモデルと同等以上の能力を持つかどうかによって判断され、モデルの訓練に用いられた計算量が浮動小数点演算で1025を超える等の条件により、システミック・リスクを有すると推定される。また、AIオフィスに対して、整合規格が策定されるまでの間、汎用AIモデルのプロバイダが準拠するための実践規範(Code of Practice)を策定することを定めている。罰則については、容認できないAIに係る違反に対して3,500万EUR又は全世界の年間売上高の7%の高い方が、その他の義務違反に対して1,500万EUR又は全世界の年間売上高の3%の高い方が、不正確な情報の提供に対して750万EUR又は全世界の年間売上高の1%の高い方が適用される。AI規則は、施行日から2年後に全面適用されるが、禁止されるAIに係る規律は施行日から6か月後、高リスク・システムに係る規律は一部の分類ルールを除き施行日から24か月後に適用が開始される。また、汎用AIに係る規律は施行日から12か月後、実践規範は施行日から9か月後に適用が開始される。また、AI規則では、AI振興策として、加盟国に対して最低一つのAI規制のサンドボックスの設置を義務付けており、加盟国は、2026年8月2日までに運用を開始する必要がある。
欧州委員会は2024年6月、AI規則によって設立が規定されているAIオフィスを開設した。AIオフィスは欧州委員会の中に設置され、AI規則の汎用AIモデルに対する執行をはじめ、信頼できるAIの開発と利用、また国際協力の促進の役割を担うことになっている。
欧州委員会は2022年9月、「製造物責任指令(Product Liability Directive)」の改正案及び「AI責任指令(AI Liability Directive)」案を公表した。製造物責任指令の改正案は、デジタル時代に適応するため、ソフトウェアやAIシステムを含む新たなデジタル製品の台頭を念頭に、製造物責任指令に新たな規律を導入することで、消費者保護を強化し、企業に安定した法的枠組を保証するものとなっている。具体的には、規律の適用対象をソフトウェアやAIシステムを含むデジタル製品へ拡大し、賠償の対象を欠陥製品によって引き起こされる物的損害のみならず非物的損害へも拡大する等の内容を含み、2024年10月に成立し、同年11月に施行した。AI責任指令案は、2021年に提案されたAI規則案に沿ったもので、各国制度で扱われていたAI責任の調和を図り、AIによる被害者が損害賠償を受けやすくすることを目的としている。具体的には、因果関係の推定(presumption of causality)及び証拠へのアクセス権(right to access to evidence)を導入することで、被害者の法廷手続を簡素化する等の内容が含まれる。同指令案は、成立に向けた協議が続いており、2024年9月には、欧州議会が同指令案に汎用AIの追加等を求める補完的影響評価の結果を公表している。
欧州委員会は、2024年1月に「AIイノベーション・パッケージ」を公表し、スーパーコンピューターの活用や生成AI開発への支援を表明した。AIイノベーション・パッケージの内容は次のとおり。
2024年9月に公表された技術主権・安全保障・民主主義担当執行副委員長の担務には、「EUクラウド・AI開発法」の策定が含まれており、具体的には、EUのAIモデルの訓練・改善に係る計算能力の向上や、革新的な中小企業に「計算資本」を提供するためのEU全体の枠組構築等が内容となっている。
欧州委員会は2018年6月、デジタル単一市場戦略の一環として、デジタル社会化の主要技術及び人材育成に関する2021~2027年の支援計画「デジタル欧州プログラム」を提案した。2020年12月に同プログラムについての三者間合意が成立し、2021年から同プログラムが開始している。年間400万の雇用と6年間で4,150億EURの経済成長の達成を主目的としている。7年間での総予算額は75億EURである。
2023年11月には、デジタル・スキルに焦点を当てた新たな一連の募集が開始され、4,200万EURの資金が投資される予定である。
欧州委員会は2020年9月、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)危機からの復興の一環として、教育及び研修分野を強化し、グリーンかつデジタルな欧州を目指す二つのイニシアチブを採択した。一つは、より多くの投資や加盟国間の強固な協力体制を要請し、2025年までに「欧州教育圏」構築を目標とするコミュニケーションで、もう一つは、コロナ禍の経験を教訓とする、高度デジタル教育エコシステム構築計画「デジタル教育アクションプラン」となっている。
「欧州教育圏」に関するコミュニケーションは、2025年までに欧州教育圏実現のための手段と目標を定めており、教育の質、包摂性・男女平等、グリーン及びデジタル変革、教師、高等教育、世界における欧州の地位強化の6項目によって裏付けられている。同イニシアチブは、報告や分析システムを含む、加盟国や教育関係者協力のための枠組みも提案している。
一方、「デジタル教育アクションプラン(2021~2027)」は、①高度なデジタル教育エコシステム発展の促進、②変革に必要なデジタル能力の拡充、の2点を長期的戦略の優先項目として挙げている。コロナ禍の危機を教育のデジタル化の転機として捉え、緊急事態を乗り切った後は長期的な戦略的アプローチが必要であるとし、高度かつ包摂的なデジタル教育実現のための一連の計画を提案している。また、EUレベルでの協力強化やデジタル教育関連政策分野での相乗効果を高めるため、「欧州デジタル教育ハブ」や各国の諮問サービスをつなぐネットワークを創設する等、官民両セクターにおける協力を強化していくとしている。
欧州委員会は2022年5月、児童によるインターネット利用の促進とリスクからの保護を図るため、新しい「児童のためのより良いインターネットに関する欧州戦略(European strategy for a Better Internet for Kids:BIK+)」を発表した。インターネットを利用する児童を対象にした欧州戦略は2012年に一度採択されていたが、過去10年と比べ、スマートフォンを利用する児童数が倍増したことや利用開始年齢の若年化等、児童によるオンライン・サービスの利用機会が飛躍的に増大する一方で、インターネット上の偽情報、いじめ、有害・違法コンテンツからの保護の必要が高まったところから、新たにBIK+を採択するに至ったとしている。
EU理事会は2019年6月、オンライン・プラットフォームの透明性向上に関する「P2B(Platform to Business Relations)規則」の導入を承認、同年7月に発効、2020年7月に適用開始された。P2B規則は、プラットフォーマーに対し、欧州のビジネスユーザに対する透明・非差別的なビジネス環境の提供を義務付け、規則違反に対しては、各国の対応規制機関が自国の基準に従い制裁を加えることができるとしている。また欧州委員会には、①プラットフォーマーとビジネスユーザ間の専門調停機関の設立の奨励、②プラットフォーマーに対する行動規範の策定、③規則の適用状況に関する定期的な報告を行うようにと勧告した。
欧州委員会は2020年12月、EU域内で運用するデジタル・プラットフォームにおける消費者保護、基本的権利、公正な市場構築を目的とした、2本の包括規則案「デジタル・サービス法(DSA)」及び「デジタル市場法(DMA)」を提案した。
すべてのデジタル・サービスに適用されるDSAは、「eコマース指令」を改正し、安全なオンライン環境を実現するため、サービスの仲介を行うオンライン・プラットフォーム事業者に対して各種義務を課すことで、違法コンテンツ削除や言論の自由を含むユーザのオンラインにおける基本的権利の効果的な保護のメカニズムを向上させることを目的としている。具体的な規律の内容は、事業者の規模及び影響力に応じて異なり、特にEU域内の10%以上の人口(2024年11月現在の閾値は4,500万人)を有するとする超巨大プラットフォーム・検索エンジンに対しては、欧州委員会による強化された監督が実現する。その他のオンライン仲介者は、規模に応じて仲介サービス、ホスティング・サービス、オンライン・プラットフォームに分類され、分類に応じて、主に次の義務を課される。
なお、最も規模の小さい仲介サービス者に対しては、一般モニタリング義務の免除、違法コンテンツに対する免責が規定されている。
これらの義務に加えて、超巨大プラットフォーム・検索エンジンに対しては、外部独立監査、ユーザに対するプロファイリングによるレコメンデーションを受けない選択肢の確保、公的機関・研究者へのデータ共有、行動規範の策定等の義務が課される。
超巨大プラットフォーム・検索エンジン以外のオンライン仲介者については、加盟各国が指定するデジタル・サービス調整官の下で監督・執行される。DSAの義務違反に対しては、前年度の総売上高の最大6%の罰金等を科すことが可能となっている。
一方DMAは、対等な競争市場を構築し、EU単一市場における「ゲートキーパー」としての巨大プラットフォームがオンライン上で公正な態度を取るよう対処することを目的としている。強力な経済力、仲介の役割を果たし、市場で確立された永続的な地位を有するオンライン・プラットフォームが提供するコアプラットフォーム・サービス(オンライン仲介、検索エンジン、SNS、動画共有プラットフォーム等)が規律の対象となる。欧州委員会が、①売上高要件(過去3年度でEU域内の売上高が年間75億EUR以上又は前年度の平均時価総額750億EUR以上であり、3か国以上の加盟国でコアプラットフォーム・サービスを提供)、②ユーザ数要件(前年度にEU域内で平均4,500万人以上の月間アクティブ・エンドユーザかつ年間1万社以上のビジネスユーザにコアプラットフォーム・サービスを提供)及び③持続性要件(3年度の間、上記②の要件を満たす)の三つを満たしたプラットフォームを指定し、監督・執行を行う。主な義務の内容は以下のとおりである。
DMAの義務違反に対しては、前年度世界売上高の最大10%、過去8年以内の違反と同様又は類似の違反の場合は最大20%の制裁金賦課等のほか、8年間に3回以上の違反の場合、構造的措置(事業売却等)を含む追加的な是正措置が可能となっている。
2022年11月にはDMA(同年9月成立)及びDSA(同年10月成立)が施行された。DMAについては法施行6か月後の2023年5月から適用開始となり、規制対象となるゲートキーパーに対しては新たな要件を満たすために最大6か月間の猶予が設けられている。2023年9月には、DMAが施行されて初となる「ゲートキーパー」の指定が行われた。指定された事業者は、6か月以内にDMAが定める要件を確認し、各要件に対してどのように順守しているのか、詳細な報告書を提出する必要がある。2024年11月現在、DMAにてゲートキーパーに指定されている指定事業者及びゲートキーパーが提供しているコアプラットフォーム・サービスは以下のとおりである。
アルファベット(Alphabet)、アマゾン(Amazon)、アップル(Apple)、バイトダンス(ByteDance)、メタ(Meta)及びマイクロソフト(Microsoft)(2023年9月指定)、Booking(2024年5月指定)
ソーシャル・ネットワーク(TikTok、Facebook、Instagram及びLinkedIn)、電話番号独立型個人間通信サービス(WhatsApp、Messenger)、ビデオ共有プラットフォーム・サービス(YouTube)、オンライン仲介サービス(Google Maps、Google Play、Google Shopping、Amazon Marketplace、App Store、Meta Marketplace及びBooking.com)、広告(Google、Amazon及びMeta)、ウェブブラウザ(Chrome、Safari)、検索(Google Search)、OS(Google Android、iOS、iPadOS及びWindows PC OS)
DSAについては発効から15か月後の2024年2月からEU全域に直接適用されるが、EU内で4,500万人以上のユーザ(EU人口の10%)を抱えるVery Large Online Platforms (VLOPs)とVery Large Online Search Engines (VLOSEs)については、指定された後4か月後から適用される。欧州委員会は、2023年4月にVLOPs及びVLOSEsを初めて指定し、当該サービス(後述)を有する事業者については、その時点でDSAが適用されることとなった。2023年10月より、欧州委員会は、DSAに基づき、該当のプラットフォームに対して情報要求(request for information)を送信し、調査を開始している。2024年11月現在、DSAにて、VLOPs及びVLOSEsに指定されている当該サービスは以下のとおりである。
Alibaba AliExpress、Amazon Store、Apple App Store、Booking.com、Facebook、Google Play、Google Maps、Google Shopping、Instagram、LinkedIn、Pinterest、Snapchat、TikTok、Twitter(現X)、Wikipedia、YouTube及びZalando(2023年4月指定)、Pornhub、Stripchat及びXVideos(2023年12月指定)、Shein(2024年4月指定)、Temu(2024年5月指定)、XNXX(2024年7月指定)
Bing及びGoogle Search(2023年4月指定)
2018年3月、欧州委員会はデジタル・サービスの欧州経済への影響力増大に鑑み、デジタル関連サービス企業への新たな課税方針案を発表した。この草案は2018年12月に欧州議会で承認を受けたが、EU理事会は2019年3月、OECDにおける国際的なデジタル課税ルールに係る議論を待つ形で、審議を停止すると発表した。主な内容は以下のとおりとなっている。
EU理事会は2021年3月、デジタル・プラットフォーム上のビジネス収入と課税に関して行政機関の協力強化を図る新規則を採択した。同規則では、加盟各国の税務当局がデジタル・プラットフォーム上の収入について調査を実施し、納税義務を決定する権限が与えられる。また、デジタル・プラットフォーム事業者にとっても、EU共通の枠組導入により、一加盟国での報告で済むため手続が容易になる。その他、課税分野についての改正事項として、納税者グループに関する情報を入手しやすくする等、税務当局間の情報交換と協力体制の改善が規定されている。また当局による調査期間中は、多国間における同時監督や、他の加盟国への参加を許可するとしている。新規則は、EU域内外のデジタル・プラットフォームを対象として、2023年1月以降に適用される。
欧州委員会は2020年12月、「欧州デモクラシー・アクションプラン(European Democracy Action Plan)」を発表した。過激主義の高まりや、人々と政治家の距離感の問題等、民主主義システムに対する課題に対抗するため、次の三つを取組みの柱としている。
オンライン・プラットフォーム等における政治広告の透明性強化に関する措置及び法案を提案する。
ジャーナリストの安全性を確保するための措置を提案し、スラップ訴訟からジャーナリストを保護するためのイニシアチブを提示する。
既存の「偽情報に関する行動規範(Code of Practice on Disinformation)」を抜本的に見直し、オンライン・プラットフォームに対する義務の強化、積極的な監視及び監督の導入に向けた取組みを行う。今後は、2023年までに計画を逐次実施していくとし、同時に進捗状況と更なる施策が必要かどうかも評価する。
「欧州メディア・フリーダム法(European Media Freedom Act)」案は、2024年3月に成立し、同年5月に施行された。同法は、AVMS指令に基づくものであり、第三者による干渉からメディアを保護し、メディアの多元性・独立性を確保することが狙いとなっている。具体的には、スパイウェアの使用を含む記者に対する情報源開示の強要の禁止、メディア所有権に関する透明性確保、政府広告の公正な配分、公共メディアの編集上及び機能上の独立性の確保、DSAに基づき指定される超巨大プラットフォームの恣意的な決定(コンテンツの削除や制限等)に対するセーフガード等を導入する。また、同法はAVMS指令によって設立された欧州規制機関グループ(European Regulators Group for Audiovisual Media Services:ERGA)を欧州メディア・サービス委員会(European Board for Media Services:EBMS)に置き換える。同法の適用については、2025年6月から適用開始されるが、メディア・サービスの受信者に対するメディア多元性の権利確保を加盟国に義務付ける規定は、施行日から6か月後の2024年11月から適用開始される。
「欧州チップ法(European Chips Act)」が2023年9月に成立及び施行された。本法案はEU域内の半導体の安定した供給を図るとともに、研究開発や製造を強化しバリューチェーン全体に係るエコシステムを形成するものである。また、2030年に世界市場シェアを20%に倍増する目標を掲げている。
スマートフォン等の製品の修理を推進するための共通ルールに関する指令、いわゆる「修理する権利指令(Right-to-Repair Directive:R2R Directive)」が、2024年6月に成立し、同年7月に施行された。加盟国は、施行日から24か月後以内に国内法制化を行う必要がある。本指令は、技術的に修理可能なスマートタブレットやスマートフォン等の製品について、買替え以外のより簡易で安価な修理の選択肢を消費者に与えるものとなっている。
2002年7月に「Decision(2002/622/EC)」(2019年6月に改正、Decision (2019/C 196/08))により、電波政策事項、政策手法の調整並びに周波数の利用及び効率的な使用に関する調和のとれた状態について欧州委員会を支援し助言することを目的としてRSPGが設立された。
・URL:https://radio-spectrum-policy-group.ec.europa.eu/
2002年3月に「Decision(676/2002/EC)」に基づき、電波の効率的な利用のために加盟国間の調和を確保し、技術的導入法案の採択について欧州委員会を補佐するため、RSCが設立された。
周波数関連事項については、欧州委員会は、調和された周波数提案について欧州郵便電気通信主管庁会議(European Conference of Postal and Telecommunications Administrations:CEPT)へ要請(mandate)を発出することができる。CEPTは、要請に対しECC(Electronic Communications Committee)で検討し報告書(report)を発出する。欧州委員会では、その検討結果に基づきRSCと協力して周波数の調和案を準備し、欧州委員会としての決定(Decision)を行う。その決定による周波数割当はEU全体に適用される。一方、技術的事項(周波数関連事項を除く)については、欧州委員会から発出された要請に基づき、欧州電気通信標準化機構(European Telecommunications Standards Institute:ETSI)で検討し、その結果をシステム参考文書(system reference document:新システムを構築する場合や、既存のCEPTの周波数を変更する場合に作成されるETSIの技術報告書)により、欧州委員会に報告する。欧州委員会では周波数事項と同様な手順で技術的調和案を準備し、欧州委員会としての決定を行う。
EUの電波関連の規制の枠組みは、以下のとおり。
周波数の効率的な使用に関して調和した状態を確保するために、欧州委員会が技術的な導入法案を採択することを定めている。本規定に基づきRSCが設立された。
本指令は、欧州電気通信コードによりRSPGに多くの機能が付与されることから廃止され、新たに、Decision(2019/C 196/08)が制定された。
2022年以降のRSPGの年次作業計画では、2027年の世界無線通信会議(WRC-27)や「デジタルの10年」への対応、6Gの開発に向けた周波数ニーズの検討、UHF帯(470-694MHz)の2030年以降の将来的利用、戦略等が示されている。このほか、移動衛星通信における1980-2010MHz帯と2170-2200MHz帯の使用に関するパブリック・コンサルテーションの提案等も行われ、2023年にそれぞれパブリック・コンサルテーションが実施されている。
EU全体の調和のとれた周波数利用戦略プログラム(Radio Spectrum Policy Programme:RSPP)の作成を目指す。欧州委員会は2022年10月、新たな周波数利用戦略プログラム(RSPP 2.0)の策定を2023年に開始すると発表した。
無線通信機器、放送受信機及び無線機能を有するすべての機器に関する基準認証の枠組みを定めている。
本指令発効と同時に、四つの指令、すなわち、アクセス指令(2002/19/EC)、枠組指令(2002/21/EC)、ユニバーサル・サービス指令(2002/22/EC)及び無線局の免許手続が規定されている認可指令(2002/20/EC)は廃止となった。
各加盟国の免許制度の基本的な枠組みが欧州電子通信コードに示されている。以下にその概要を示す。
各加盟国は、欧州の周波数の使用の戦略立案、調整、調和のために相互に欧州委員会に協力し、周波数の可用性と効率的な利用に向けて、適切で調和のとれた条件の調整を推進する。また、各加盟国は、欧州で調和された周波数を使用する場合において、他国からの有害な干渉を受けないよう、RSPGを介して相互に協力する。
また、加盟国は周波数の使用の調和を促進するため、以下のことを確保するよう努める。
免許手続には、免許不要の一般認可と、免許を要する個別の使用権の付与がある。免許不要の一般認可(general authorisation)をする場合は非差別的、公平、透明な手続であることとする。要求に応じて、周波数の個別の使用権利を認める(granting of individual rights of use)場合は、客観的、透明、競争的、非差別的及び公平な基準に基づくものとする。また、一般認可(免許不要局等)を原則とし、個別の使用権(免許)を、需要を満たすため最大限効率的な利用をするために必要な場合に制限し、一般認可と個別の使用権の混在による有害な干渉の問題を最小限に抑え、更に、周波数の使用に対する制限を最小にするよう努めることとしている。
更に、個別の使用権に付加においては、周波数の最も効果的・効率的な使用を保証するよう条件を付すこととし、使用権の既存保有者に不当な利益を提供することにならないよう、割当て又は更新の際には、使用権の取引又はリース等の可能性を含め、周波数使用の条件を達成するよう努めることとする。使用権には期限を設け、期限までに条件を満たさない場合当局は使用権を撤回する権利を持つ。
個別の使用権を許可する場合、周波数の競争、効果的かつ効率的な利用を確保する必要性及び投資償却の適切な期間の許可及び革新と効率的な投資を促進することを考慮して、適切な期間を設定する。
2018/1972/EUに基づき調和条件が設定された無線ブロードバンド通信に使用する周波数の個別の使用権については、少なくとも20年間の規制上の予測可能性を確保するものとし、使用権は少なくとも15年間有効であることを保証し、必要に応じて延長を認めるものとする。そのため管轄当局は存続期間満了の遅くとも2年前に使用権の条件順守についての評価を実施し存続期間の延長が認められるかどうかを決定する。
加盟国は、使用権の存続期間を調整して、一つ又は複数のバンドの権利の存続期間が同時に期限切れになるようにすることができる。
また、所管当局は、免許更新の可能性が明示されていない個別の使用権については適宜使用権の更新に関する決定を行うことができる。
加盟国は、周波数の個別の使用権を他者に譲渡又はリースできることを保証する。ただし、無償あるいは放送のために割り当てられた場合は除く。特に、使用権に付随している条件が維持されたままでの使用権の譲渡又はリースを許可するものとする。また、所管当局は、譲渡又はリースを促進するため、譲渡可能な周波数の使用権の詳細を電子的手段で公表するものとする。更に、電子通信ネットワーク及びサービスに使用する周波数の譲渡又はリースについては、競争を促進し競争のひずみを避けるための措置をとることができる。
欧州電子通信コード付録IパートDに、周波数の個別の使用権に付することのできる義務リストがあり、その中で、個別の使用権に本指令第42条の料金(fees)を付すことができるとし、電気通信ネットワーク又は電気通信サービス提供のために使用される周波数の使用権の料金(Fees for rights of use for radio spectrum)は、所管当局が設定できることとされている。また、料金設定は、①効率的な割当てと使用を保証する水準の適用可能な料金であること、②利用可能な代替用途における権利の価値を考慮した最低料金と付随する条件に伴う費用を考慮することとされている。
無線LAN及び調和のとれた周波数を使用した公衆電気通信ネットワークへのアクセスには、一般認可のみが適用されるものとする。また、公衆で利用可能な電子通信ネットワーク又はサービスのプロバイダは、自らの一般認可の手段によるアクセス、更には、他のユーザが持つ一般認可の手段を介するアクセスを妨げてはならない。更に、所管当局は、無線LANからの公衆電気通信へのアクセスを不当に制限してはならない。
加盟国は、ネットワークが壊滅的に壊れた場合においても、公衆通信ネットワークを介した音声通信及びインターネット・アクセスを最大限確保するよう必要な措置をとり、緊急サービス、公衆警報へのアクセスを、音声サービスの提供者が確保するよう保証しなければならない。
加盟国は、2022年6月までに、重大な緊急事態と差し迫った災害に関する公衆警報システムを整備し、警報が、移動電話番号をベースにした対人通信サービスのプロバイダによってエンドユーザに送信されるよう保証しなければならない。
加盟国は、無線ブロードバンド・サービスに使用可能な地上システムにおいて、5G展開を容易にするために必要な、以下の適切な措置を、2020年12月末までにとる。ただし、この期限は延長可能である。
欧州委員会は2020年6月、5Gネットワーク拡充に向け、小型基地局の設置許可の免除に関する規則を採択した。基地局の設置には、通常、電磁界ばく露の観点から、規制機関や地方自治体等による認可が必要とされているが、小型基地局の送信電力等の技術的仕様を、人体に影響しないレベルに定めることで、認可手続を不要にする規定とした。具体的には、電磁波ばく露制限の欧州基準規定(EN62232: 2017)における「簡易化された製品」の基準を適用し、公衆ばく露の制限値を国際的に安全性が証明されているレベルの50分の1に設定した。
2014年5月に、「無線機器指令(Radio Equipment Directive:RED)(2014/53/EU)」が施行され、本指令に基づき、無線機器の技術基準への適合性を製造会社等が宣言するEU適合宣言(Declaration of Conformity:DoC)が行われている。
RE指令では、放送受信機及び無線機能を内蔵するすべての無線通信機器が対象であり、無線機能を持たない電話機、ファクシミリ、屋内PLC等はLV(低電圧の機器が対象)指令(2014/35/EU)及びEMC(電磁両立性)指令(2014/30/EU)の対象となっている。RE指令では、電磁界ばく露の基準に関して、LV指令、EMC指令を引用する形で必須条件としている。
欧州委員会は2021年10月、欧州市場で流通する無線機器のサイバーセキュリティ要件を強化するため、RE指令に対する委任法(delegated act)(注:委任法とは、欧州委員会が委任された権限によって採択する法行為で、通常の立法行為と区別される)案を採択した。同法案は、移動電話、スマート・ウォッチ、フィットネス・トラッカー、ベビーモニター等のワイヤレス玩具等の無線デバイスに対して、市場に出回る前に安全性を保証するため、各メーカーに対して設計や生産過程におけるサイバーセキュリティ・セーフガードに関する新たな要件を課している。同法案は2か月の調査期間を経て、欧州理事会及び議会の異議の申立てがなかったため、施行された。
欧州議会と欧州連合理事会は2022年10月、欧州標準化規則の改定案について政治的合意に達し、2022年12月に施行された。欧州標準化規則は、欧州の標準化プロセスの枠組みを規定するもので、欧州委員会が、三つの欧州の標準化団体(欧州標準化委員会(European Committee for Standardization:CEN)、欧州電気標準化委員会(European Committee for Electrotechnical Standardization:CENELEC)及び欧州電気通信標準化機構(ETSI):ESOs)に対し、EU法令に即した欧州の標準策定を指示する権限を与えている。欧州委員会がESOsに対し標準策定を求める際に、標準策定プロセスにおけるEU加盟国及び欧州経済領域(European Economic Area:EEA)諸国の標準化機関の参加を義務付けており、それ以外の国の標準化機関の参加は排除されている。また、公開性・透明性を高め包括的な標準化プロセスを実現するため、ESOsに対し、新たに運営管理・ガバナンスの内規を設けることを義務付けており、特に関連産業や中小企業、民間組織、学術分野等の関係者が標準策定プロセスに参加できる枠組みとすることが求められている。
EUとして単一市場を実現するため、EU域内の周波数分配に関する調和政策として、加盟国は下記の2項を課されている。
また、具体的な周波数帯の分配につき、EUは加盟各国に各種の勧告や決議を出している。
実施決定2019/235/EUでは、欧州電子通信コードを受けて、3400-3800MHzを2019年9月末までに移動体通信に優先的に割り当てることとした。
実施決定2019/784/EUでは、同じく欧州電子通信コードを受けて、24.25-27.5GHzを2020年6月末までに無線ブロードバンドに割り当てることとした。
実施決定2020/1426/EUでは、5875-5935MHzを2021年6月末までに高度道路交通システムに割り当てることとした。
実施決定2021/1067/EUでは、5945-6425MHzを2021年12月までに無線LANを含む無線アクセス・システムに割り当てることとした。
実施決定2021/1730/EUでは、8744-8800MHz及び9194-9250MHzを2022年1月までに、非ペア・バンドの1900-1910MHzを2025年1月までに鉄道移動無線に割り当てることとした。
実施決定2022/173/EUでは、2022年2月から、30日以内に900MHz帯(880-915MHz及び925-960MHz)をGSMシステムと共存可能な電子通信サービスを提供できる地上システムに割り当て、30か月以内に1800MHz帯(1710-1785MHz及び1805-1880MHz)をGSMシステム及び附属書に規定されたパラメータに従って電子通信サービスを提供できる地上システムに割り当てることとした。
実施決定2022/179/EUでは、5150-5250MHz、5250-5350MHz及び5470-5725MHzを2022年3月末までに、WAS/RLAN実装のために非独占的に割り当て、付属書に定める技術条件に従って利用可能としなければならないとした。
実施決定2024/340/EUでは、925-960MHz、1805-1880MHz、1920-1980MHz及び2110-2690MHzのペア・バンド、2500-2570MHz及び2620-2690MHzのペア・バンドの一部を、領海内の船舶用として5Gを含む移動体通信に割り当てることとした。
実施決定2024/1983/EUでは、40.5-43.5GHzを2026年12月末までに次世代地上(5G)無線ブロードバンドに割り当てることとした。
EUは、1999年7月に「EU勧告(1999/519/EC)」において、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)ガイドラインの公衆ばく露制限値を加盟国で適用するよう勧告した。本勧告に強制力はないが、ほとんどの加盟国内で国内法規制又はガイドラインが導入されている。職業ばく露に関しては、2013年6月のEU指令2013/35/EUに基づき、各加盟国は同指令に適合するよう国内法令や規制を整備・制定している。
また、移動体通信端末機器に関しては、EMC指令(2014/30/EU)に基づき欧州電気標準化委員会(CENELEC)が規格を整理している。
なお、BEREC及びRSPGは2020年10月、5Gの潜在的な健康リスクに関する共同政策方針書を発表、透明かつ科学的な方法で人々の健康を守るためには、ICNIRPのガイドラインを順守することが重要であると強調している。