はじめに



 本検討会は、平成9年12月16日に起こったいわゆる「ポケットモンスター問題」
を契機にして、これからの高度情報通信社会において、放送の健全な発達、特に視
聴者の視聴環境の向上に資するため、放送番組の視聴覚的効果・生理的効果等を中
心に検討することを目的として、同年12月に発足した。このため、本検討会は、工
学・医学・心理学・メディア論、放送関係者・番組製作者等の各方面にわたる専門
家により構成され、幅広い見地から検討を行った。
 そもそも、本検討会開催の契機となった「ポケットモンスター問題」は、映像表
現の高度化が場合によっては人体に悪影響を及ぼすことがあるということを社会的
に意識させた初めての事例であった。このため、本検討会は、これまでともすれば
意識されていなかった、映像の表示手法が中枢神経系に与える影響に関する研究と
いう未開拓の領域について検討を行うこととなった。
 本検討会では、平成9年12月の発足以来、テレビの映像表示手法について検討を
進めてきており、セルアニメーションの表示手法に関し、平成10年4月に中間報告を
取りまとめたが、以降セルアニメーション以外の映像表示手法に関する事項につい
ても検討を行い、この度一定の成果がまとまったので、ここに最終報告として整理
し公表することとする。


第1章 検討の経緯と基本的考え方



 本章では、本検討会が発足し議論を進めるに至った経緯(アニメーション番組
「ポケットモンスター」第38話等に係る事案の概要、表示手法、関係機関の対
応)と、議論に際しての本検討会における基本的な考え方を述べる。

1 検討に至る経緯 
  
  (1)アニメーション番組、「ポケットモンスター」 第38話と「YAT安 
     心!宇宙旅行」第25話
      「ポケットモンスター」(通称「ポケモン」)は、任天堂の携帯型 
     ゲーム「ゲームボーイ」用のゲームソフトとして、平成8年2月に発売
     された。主人公のサトシが旅を続けながらポケットモンスターと呼ばれ
     るキャラクターを集めるという構成になっており、小学生を中心に人気
     を集めている。
      また、ゲームだけにとどまらず、マンガとしても連載されている。
      さらに、平成9年4月からは、テレビ東京系列等でアニメーション番
     組「ポケットモンスター」として放送され(全国6局で毎週火曜日午後
     6時半からネット放送。31局で番組販売による放送。)、放送されて
     いた時間帯で高い視聴率を獲得していたとされている。
      平成9年12月16日(火)放送の「ポケットモンスター」(第38話)
     も、全国6局(北海道、東京、愛知、大阪、岡山・香川、福岡)で放送
     されていたが、当日の視聴率は16.5パーセント(関東地区。ビデオ
     リサーチ調べ)であり、換算約460万世帯(推計)に及ぶ多くの家庭
     で視聴されていた。
      これを見ていた一部の視聴者(児童が多い)は、気分が悪くなるなど
     の症状を起こし、中には病院に入院した者も出た。その後、症状が発現
     した人が出たのは、午後6時50分ころに集中していることが分かっ 
     た。この番組を見ていたことにより、体調に不調を来し救急車で搬送さ
     れ病院で治療を受けた者は、全国で685人に上った(平成9年12月17
     日 17時現在(消防庁調べ))。当日、一世帯当たり平均何名の視聴者
     がいたかは明らかではないが、約460万世帯で各一人が視聴していた
     と仮定すると、救急車で搬送された率は約0.015パーセントにな 
     る。
      問題の発生後、番組販売による放送は中止された。また、テレビ東京
     系列では、当番組のその後の放送を中止している。
       一方、時間的には前後するが、本事案の発生以後の調査で、平成9年
     3月29日(土)に放送されたNHKのアニメーション番組「YAT安
     心! 宇宙旅行」(第25話)においても、小規模ではあるが類似の症例
     が発生したことが判明した。

  (2)「ポケットモンスター」第38話の表示手法
      今回問題となった「ポケットモンスター」第38話のストーリーは、
     コンピュータ内という異次元世界を舞台とするものであった。現実空間
     との差異を強調するため、この第38話においては特に「透過光撮影」
     (通称「パカパカ」)と呼ばれる透過光を利用した画面の背景が強い光
     により明滅する映像表現が多用されていた。
      午後6時50分ごろ、けいれん発作等の症状を起こした人が多発して
     おり、ちなみにこの時間帯には、数秒間にわたり「透過光撮影」が使用
     されていた。この映像表示手法が原因になり、けいれん発作等の症状が
     惹起されたものと推定される。
      なお、「透過光撮影」という手法は、アニメーションの表示手法とし
     ては、従来から用いられてきたものであった。

  (3)放送事業者等における原因究明・対策策定のための体制整備と対応
      テレビ東京では、今回の事案に対応するため、「アニメ・ポケットモ
     ンスター局内調整チーム」を発足させ、アニメ番組の映像手法について
     調査を進め、今回の放送に関する技術的点検を行うとともに、海外での
     取扱い状況について調査を行い、同局独自にアニメ番組制作上の暫定的
     指針を策定した。
      また、日本民間放送連盟の放送基準審議会では、このような事態を重
     く受け止め、「アニメーション等における視覚的な表現手法として、閃
     光や、急速に点滅したり変化したりする光の画像、また、極端に短い画
     像などを多用した番組の放送にあたっては、当面、特に慎重に取扱う」
     ことを申し合わせるとともに、同審議会の中に「アニメーション番組の
     映像表現に関する特別部会」と「アニメーション番組の映像表現に関す
     る顧問会議」を設置し、具体的対策案の検討を進めた。
       一方、アニメーション番組等の特殊な映像効果がテレビ視聴者に及ぼ
     す影響については、NHKにおいても、今回の事態を放送界全体の問題
     として重く受け止め、「アニメーション問題等検討プロジェクト」を発
     足させ、アニメーション番組等の特殊な映像効果について、医学的な側
     面等から、表現手法の在り方について検討を行っている。
      加えて、アニメーション等の表示手法についてガイドラインを自主的
     に策定するため、NHKと日本民間放送連盟は合同で検討を進めた。
      平成10年4月6日に出された本検討会の中間報告を受け、NHK及び日
     本民間放送連盟は4月8日に共同で「アニメーション等の映像手法に関す
     るガイドライン」を策定した。
      (NHKの対応)
      ガイドライン策定の主旨と内容をニュース、広報番組で伝えるととも
     に、スポット等で視聴者にとってより望ましいテレビの見方の周知を図
     った。そして、ガイドラインに沿ってNHK独自の施行内規を定めると
     ともに、「国内番組基準」を一部変更し、アニメーション等の映像手法
     による身体への影響に配慮することを1項目追加することとした。ま 
     た、番組制作者が現場で番組がガイドラインに適合しているかどうかを
     判断する際の参考にするための「参考計測機」を開発・導入することと
     した。
      (民放連の対応)
      同ガイドラインを民放連加盟全社に周知・徹底したほか、関係各団体
     やアニメーション番組の制作に携わるプロダクションなど15団体・171社
     にも送付し、協力を要請した。同時に、各放送局には、「自主的な運用
     上の内規等の策定」を促すとともに、同ガイドラインに関する『解説資
     料』を作成して、各社が内規等を策定する際の参考に供した。さらに今
     後は、『民放連・放送基準解説書』に、このNHKと協力して作成した
     ガイドライン全文を盛り込み、テレビ映像の子供たちの身体への影響に
     充分配慮するよう、広く注意喚起を行うこととした。
      (テレビ東京の対応)
      4月9日に「アニメ番組の映像効果に関する製作ガイドライン」を策定
     し、問題発生後中断していたアニメーション番組「ポケットモンス  
     ター」の放送を16日に再開した。なお、テレビ東京でも、映像表示がガ
     イドラインに適合しているかどうかを検出するアニメチェッカーを開発
     し、ガイドラインの運用に利用することとしている。


2 検討に際しての基本的考え方

  「ポケットモンスター問題」は、テレビ視聴を契機に発生したものであり、映
 像表示手法の高度化が、場合によっては人体に対して悪影響を及ぼすことがあり
 得ることの最初の大規模な実例であるといえる。
  本検討会の当面の課題としては、まずは今回発生したような問題が再び起こる
 ことのないよう再発防止を図ることにある。放送なかんずくテレビは、国民生活
 に必要不可欠な情報を提供するとともに、教育、教養、娯楽等の提供手段として
 定着し、社会的・経済的・文化的に重要な役割を果たしている、国民に身近なメ
 ディアである。こうした中で、視聴者が安心してテレビを視聴できるようにする
 ことは極めて重要な課題であるといえる。
  本検討会では、検討に際しては、多メディア化・多チャンネル化が進展する 
 中、今後の映像文化・放送文化の発展に資することを念頭に置くこととした。
  特に、映像産業は我が国の産業においても急速に進展している情報通信産業の
 一翼を担うものであるが、その中でもアニメーションは、日本で長年にわたり親
 しまれ、また、幅広い年齢層に受け入れられているほか、「ANIME」「ジャ
 パニメーション」と呼ばれ世界的に親しまれている。市場規模でみても、日本の
 アニメーションは世界市場の65%を占めるに至っており、このアニメーション
 を全世界の人々が安心して見られるように映像表示の安全性を確保することは、
 我が国がこの分野での国際的責任を全うするため極めて重要なことである。
  また、放送番組の視聴者には成長途上の子供たちが含まれるが、将来を担う子
 供たちの健全な発達にも本検討会では十分に考慮して議論を進めることとした。
  さらに、近年映像を始めとする情報通信分野における技術が急速に発展してい
 く中で、放送事業者としての対応の在り方、行政としてなすべきことを含めて議
 論していくこととした。
  以上のような議論をするためには、自然科学・人文科学・社会科学全般に広範
 多岐にわたる幅広い見地からの精密な検討が必要である。
  本検討会では、限られた時間の中で可能な限り多角的な観点から議論を行うこ
 ととし、次章以降のとおりの内容の検討を行ったところである。



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