第2章 映像の表示手法



 セルアニメーションである「ポケットモンスター」第38話における「透過光」
と呼ばれる撮影効果が問題の発端になったものであるので、本章においては、まず、
セルアニメーションの撮影技術一般(カメラワーク、セルワーク、撮影効果)及び
透過光撮影について概述し、次に、デジタルアニメーション等のその他の映像表示
手法について概述する。

1 撮影技術

  (1)セルアニメーション
   セルアニメーションの撮影技術は、分解されて描かれたセル画と背景画を、
  カメラの前で組み合わせながらフィルムに1コマ1コマ写し撮っていくという
  ものであり、以下に挙げるカメラワーク、セルワーク、撮影効果、場面転換の
  4つに大別される。また、今回注目された撮影効果技術の一つとして透過光撮
  影の手法がある。
   1) カメラワーク
     線画台上のカメラ移動が中心の技法である。
   技法名   
          撮影方法            
PAN(パン)  
台(背景やセル)を動かす方法            
フォローパン(付 
けPAN)    
被写体の動きにつけてカメラをフォローしながらカメラの
視角を変えていく方法                
トラックアップ、 
トラックバック  
カメラが近づきつつ、もしくは遠ざかりつつ撮影する方法
                          
クレーン・アップ 
クレーン・ダウン 
対象物、背景をそれぞれ動かして、カメラをクレーンに乗
せて上下しながら撮影するのと同じ効果を生む方法   
画面回転(スピン)
一回転する秒数を指定して、台を平面的に回転させる方法
フォロー(FOL 
LOW)     
背景やセルを移動させることで、対象物の動きにつけてカ
メラを移動させながら撮影するのと同じ効果を出す方法 
マルチ・ゴンドラ 
(多段層撮影)  
         
         
パネル(画板)の上にガラスの特設画板を設置し、この上
にセルを置いて、同時に撮影することで、上下の画板が離
れているため、どちらかがピントぼけとなり、ある程度立
体感を出す方法                   

   2) セルワーク
     背景画、セル画の置き換えや移動操作による技法である。
   技法名   
           撮影方法              
引き(スライド)
        
引き速度時間を決めて台の上でセルや背景等をずらしながら 
移動させる方法                     
ローリング   
        
セルのスライド等で一定の範囲を揺れるように反復移動させ 
る方法(海の上の揺れや歩きの上下動など)        
画移動     
        
台を小刻みに動かすことで震動を表現する方法(地震など) 
                            

   3) 撮影効果
    ̄ カメラ機能で行う技法である。
   技法名   
          撮影方法           
フェイドイン(F・
I)       
フェイドアウト  
(F・O)    
暗い画面が次第に明るくなりながら画像が現れるのと、
画面が次第に暗くなって画像が消えていくことを、カメ
ラのシャッターの開角度を変化させながら撮影する方法
                         
オーバーラップ  
         
F・Oして撮影した同じコマ分を巻き戻して次ぎのカッ
ト画をF・Iする方法               
ストロボ     
         
短いF・IとF・Oをいくつも交互に重なり合っている
状態にする方法                  
スーパー     
         
フィルムを巻き戻して適正露出を2度以上重ねて撮影 
し、一つの画面に他の画面を重ね合わせる方法    
ダブラシ     
         
一つの画面に他の画面を傘ね合わせ、最終的に適正露出
にする方法(両方の絵がきれいに透けてみえる)   
半露出      
         
黒いマスクによって感光しない部分だけ暗くする方法 
(部分的に陰ができる状態を表現)         
透過光      
         
         
         
光をリアルに表現するために実際に光を下から当てて1
度撮影したフィルムに露光する方法         
(通常スーパーで行い、光にニジミ効果や多少色彩感を
持たせるために色パラや特殊フィルターを重ねている)
露光変化     
         
カメラの露出を変化させることで、白味あるいは黒味を
帯びた画面を自由に調整              
黒コマと白コマ  
         
一瞬画面が黒くなったり、白くなったりする場合に使用
(爆発などのシーンでよく使用)          

   4) 場面転換
     場面の切り替えや時間経過を表現するための技法で他の技法と組み合わ
    せて利用される。
   技法名   
         撮影方法           
ワイプ      
アイリス・イン  
アイリス・アウト 
形状を自由に選択又は作ることができる画面転換法 
                        
                        
フォーカス・イン 
フォーカス・アウト
意図的にピンボケから鮮明に、又はその逆にすること
                        
消し込み     
         
あらかじめセル上にすべてを描いておき、フィルムを
逆回転でコマ撮りしながら少しづつ消していく方法 

   5) 透過光撮影
     透過光撮影はセルアニメーションの特殊撮影の一つであり、上記1の撮
    影効果に区分され、アニメーション制作初期から存在していた撮影技術で
    ある。今回のアニメーション番組「ポケットモンスター」の中で赤青に点
    滅する画面は、この透過光撮影によって制作されている。
     透過光撮影は、光を直に撮影することで画面全体やその一部分をまぶし
    く光輝かせることができ、太陽の光や炎、光線、稲妻、水面や星のキラキ
    ラなど、手書きでは表現しきれない光を表現する場合によく用いられてい
    る。
     セルを一度撮影したフィルムを巻き戻して、光をリアルに表現するため
    に実際に光を下から当てて画面を重ね合わせる撮影方法であり、光にニジ
    ミ効果や多少色彩感を持たせるために色パラフィン紙や特殊フィルターを
    重ねて撮影することが多い。透過光撮影を何コマ(1コマ〜数コマ)おき
    に設定するかで、画面の全体もしくは一部の点滅による映像効果に違いが
    生じる。


【参考】テレビ映像の表示手法等
     1 テレビ映像の表示手法
       (1)受信機では、電子ビームによる横方向の走査で画像を形成す
         る。走査方式には、走査を上から下へ順に行う順次走査方式と
         1本飛びに粗く走らせ次にその間の走査を行い2回の走査で1
         つの画像を構成する飛び越し走査方式がある。現行のNTSC
         方式のテレビ受像機では、飛び越し走査方式が採られている。
       (2)現行のNTSC方式では毎秒30コマ(フレーム)で完全な
         画像を表示している。なお、ヨーロッパで採用されているPA
         L方式では、毎秒25コマ(フレーム)で完全な画像を表示し
         ている。
       (3)粗い画面(フィールド)は毎秒60回で構成されている。つ
         まり、60Hzということとなる(なお、欧州で使用されてい
         るPAL方式では毎秒50回で構成されている。)。
     2 フィルムからビデオへの変換
       (1) セルアニメーションの撮影は、主にフィルムによって行わ
         れ、通常1秒当たり24コマで撮影されている。
       (2)一方、現行のNTSC方式のテレビは、1秒を30コマで構
         成しており、アニメーションをテレビで放送する際には、コマ
         数の調整が必要となる。この調整は、機械により自動的に行わ
         れている。


  (2)デジタルアニメーション
    ア 現状
      セルアニメーションでは、紙に原画を描き、それをセルに写し色付け
     し、背景等をあわせながら1コマ1コマカメラでフィルムに撮影してい
     るが、この作業過程において原画を描いた後をすべてコンピュータで行
     うものをデジタルアニメーションと呼んでいる。
      デジタルアニメーションは、ここ1〜2年で急速に日本の映像制作会
     社で普及し始めた。専らデジタルアニメーションの制作を行う制作会社
     も現れている。
      セルアニメーションでは1日に30枚程度のセル制作ペースであった
     ものが、デジタルアニメーションでは1日に100枚以上制作すること
     が可能となり、作業効率の面からデジタルアニメーションは今後一層普
     及する傾向にある。

    イ 作業概要
      原画描きまではセルアニメーションと同じ作業であるが、その後はス
     キャナーでコンピュータにデジタルデータとして取り込み、コンピュー
     タ上で色付け・グラジュエーション付けし、背景等と合成して作成する
     画面データを保存し、レコーダでビデオにデータを落とす作業となる。
      1) シナリオ作成
      2) 絵コンテ作成
      3) レイアウト
      4) 原画(線画)描き →【ここまではセルアニメーションと同じ】
      5) スキャナーでコンピュータに入力
      6) ペインター(ソフトウェア)で着色
      7) コンピュータ上で合成作業
      8) レコーダでビデオ(D2、ベータカム等)などに落とす。

    ウ 特徴
      セルアニメーションの作業と比較して、次の特徴により作業効率が向
     上する。
      1) 絵の具が不要
      2) 手直しが簡単
      3) セルを使用しない(セルレス)
      4) 1枚ずつの撮影作業が不要

    エ 映像表示の効果
      デジタルアニメーションでは、人工的に表現しづらい自然現象(光、
     水、風など)の映像表現においても、実写の映像をデジタルデータで読
     み込んで、色調整・輝度調整やエフェクト専用ソフトウェアの利用など
     制作者の創意工夫により、セルアニメーション以上にリアルな表示効果
     をもった映像制作が可能である。色についてもセル用の絵の具の種類に
     制約を受けることもない。
      このため、セルアニメーションの透過光撮影など諸撮影技法による映
     像表示について、デジタルアニメーションの方が自由自在に表示効果を
     演出することが可能であり、セルアニメーション以上に映像表示の在り
     方に配慮が必要とされる。

  (3)実写
    ア 映像操作・映像編集の技法
      代表的な映像操作技法と映像編集技法を次に示す。
     1)代表的な映像操作技法
映像操作技法 
           内容             
パンニング  
カメラを左右に適切な速度で首振り回転して撮影する方法
ティルティング
カメラを上下に首振りして撮影する方法        
ズーミング  
       
カメラレンズの焦点距離を変えて撮影する方法     
被写体を徐々に大きくしたり小さくしたりして写すこと 
ドリー    
地上を水平移動する撮影方法             
クレーン   
カメラを上下方向に移動させて連続的映像を撮影する方法

     2)代表的な映像編集技法
  映像編集技法  
           内 容             
カット      
一つの画面から別の画面への不連続な転換        
カットバック   
カットによって2つの対立する画面を交互に表現する方法 
フラッシュバック 
短い時間のカットバックが連続的に繰り返される方法   
モンタージュ   
         
ストーリー全体を効果的に表現するためのショットを工夫 
して組み合わせる技法                 
ワイプ      
         
         
拭き取るようにして前の画面が消えるとともに新しい画面 
が現れてくる画面転換法(左右方向、上下方向、中心から 
外側、中心から両開きなど)              
ディゾルバ    
         
         
オ―バーラップすなわちダブらせて画面を交替させる方法 
先行する映像を次第に薄くしながら消し去ると同時に、次 
の映像が無い状態から次第に現していく画面転換法    
フェイド     
         
暗い画面がだんだん明るくするのをフェイドイン、明るい 
画面をだんだん暗くしていくのをフェイドアウト     
デジタルエフェクト
         
映像の縮小、拡大、分割や位置の移動及び傾斜並びに画変 
形などデジタル映像処理で可能となる特殊効果      

    イ 映像表示の効果
      映像表現の要素、すなわち1)映像操作(カメラワークや撮影効果(カ
     メラポジション、カメラアングル、カメラ移動の方向とスピード、画面
     の明暗コントラスト等))と、2)映像編集は、制作者の経験的な創意工
     夫によるところが大きいため、映像表現方法とその効果の関係を明確に
     体系化したものは存在していない。
      しかし、映像は本来的に人間に対する外部刺激であるため、実写に限
     らずすべての映像において、映像表現方法いかんによっては、人体の視
     覚情報処理に関わる大脳機能に少なからず影響を及ぼす。
      そこで、すべての映像表現の基本技法となっている、実写の代表的な
     映像表現方法を取り上げて、映像表示による人体への影響の可能性を整
     理した。

    1)「映像の連続的変化」表示
      視覚的注意を上下左右、遠近、奥行き方向へ移動するという映像の連
     続的変化(パンニング、ティルティング、ズーミング、ドリーによる映
     像表示)に対して、視聴者は実際に目や頭、体を動かしているわけでは
     なく、映像の視覚的変化を実際の行動に置き換えるという情報処理を行
     っているため、情報処理に混乱を生じさせるような映像表示も可能であ
     る。

    2)「不連続な画面転換」表示
      不連続な画面転換(カット、カットバック、フラッシュバック、モン
     タージュによる映像表示)、つまり視覚刺激の不連続性に対して、視聴
     者は短時間での注視行動と映像全体に素早く視線を移動させることで視
     覚情報処理を行っているため、視覚情報処理に混乱を生じさせる映像表
     示も可能である。

    3)「画面転換の加速」表示
      画面転換において、画面交替の速度を徐々に短くすることで、場面へ
     の関心や緊張感を高めることが可能であり、この技法は「加速度モン 
     タージュ」と呼ばれている。

    4)「時間的逆行の映像」表示
      時間経過に逆行した映像提示(カットバック)に対して、視聴者は時
     間的逆行の関係を認識するための高度な認知メカニズムの働きが必要で
     あり、認知しきれない映像提示に対して混乱が生じる可能性はある。特
     に認知能力が十分に達していない子供の場合はその可能性が大きくなる。

  (4)CGI
    ア 現状
      CGI(computer generated imagery)とは、コンピュータで生成し
     た画像のことを指す。
      従来からよく使われているCG(computer graphics)とは、計算によ
     って画像を生成する、もしくは画像データを加工する技術の総称である。
      コンピュータの処理技術の進展により、これまでアナログ処理であっ
     た映像表示プロセスや映像制作プロセスがデジタル化される(映像処理
     のデジタル化)に伴い、CGが駆使されるようになり、コンピュータで
     生成した画像、すなわちCGIが一般的に使用されるようになってきた。
      CGIの傾向としては、実写の映像では作り出すことが困難もしくは
     不可能な場合の映像表現手段としてだけでなく、実写でも制作できるが、
     CGIの方が作業効率が良く、低コストで映像としてよりリアリティが
     あるという特徴を生かしたものが増加し、日常的に利用されるようにな
     ってきている。
      より高度で豊かな映像表現の追求として、下表に示すようにCGIが
     活用されている。

数値データの可視化      
               
天気予報、選挙開票速報など物理的、社会的 
データを分かりやすく提示         
虚構世界の映像化       
現実には有り得ない映像世界の創出     
時間を超えた世界の映像化   
過去・未来の人物の登場          
映像の変更可能        
               
画像の情景、被写体の位置・形状・動きを制 
作者の思いとおりに変更          
実写で得られないシーンの映像化
               
宇宙、ミクロ、危険地帯、高価あるいは貴重 
な被写体の撮影              
より誇張した映像表現     
               
人物の動作を誇張したキャラクターの演技、 
感性の表現                
新しい映像表現手段      
芸術的映像、インタラクティブアート    

    イ 映像表示の効果
      実写映像との合成を含めたCGIは、コンピュータ上で自在に映像処
     理を施すことができ、形状や色彩だけでなく、ライティングや写り込み
     の制御、また様々な特殊効果や変形アニメーションなど、実写では難し
     い映像表現を行うことができる。
      このため、実写との区別が付かない程のクオリティに達しているもの
     も多くなり、本物以上の質感の表現・描写によるリアリティの実現が以
     前より簡易な作業によって可能となった。
      これは、実写やセルアニメーションによって従来行われてきた映像表
     示において、技法的には同等であっても、クオリティの面で格段に高度
     化したものが一般化することを示唆しており、これまで以上の映像表示
     効果を発揮することが可能であることから、映像表示の在り方に十分な
     配慮が必要とされる。

  (5)立体映像・VR
    ア 現状
      3次元映像の実現において、現状では、CG技術やVR(バーチャル・
     リアリティ)技術の進展・普及により、人間の両眼立体視なども視覚機
     能を利用した擬似的な映像システムとして、立体ディスプレイやVRシ
     ステムが実用化され始めている。
      これは、CADなどの設計装置や多人数同時疑似体験装置の開発、医
     療診断補助のための諸装置の開発、教育展示装置の開発など、様々な分
     野で3次元映像利用に対するニーズが高まっているためである。
      しかし、3次元映像は、従来の2次元映像に比べて格段に実存感や臨
     場感が高まり、そのため不適切な視聴条件によっては、人体に違和感を
     与え、眼精疲労、めまい、酔いなどの症状を引き起こすことがある。

    イ 立体映像技術(立体ディスプレイ等)
      1930年代以降、動画像に対してアナグリフ方式や偏向メガネ方式
     が適用されるようになり、立体映画や立体テレビジョンへと発展してお
     り、最近では、メガネ無しの立体テレビジョンの開発も行われている。
      アナグリフ方式とは、赤と青の色フィルターメガネを付けて同様の色
     の着いたディスプレイ側の二重画像を観察することで、二つの画像に適
     切な視差を持たせて立体視を成立させる3次元画像表示方式である。
      メガネの要らない立体映像システムとしては、様々な方式が研究開発
     されており実用化に近づいている。例えば、レンチキュラ・レンズとい
     う特殊なレンズを用いた方式、液晶プロジェクターと特殊な立体表示光
     学スクリーンを用いたシステム、ホログラムによる立体映像などが挙げ
     られる。

    ウ VR(バーチャル・リアリティ)
      VR(バーチャル・リアリティ)とは、事実上のものという意味であ
     り、仮想現実とも訳される。狭義の定義としては、コンピュータの中に
     作られた仮想世界を被験者にあたかも現実のように感じさせるための技
     術の総称である。
      そのために、視覚や聴覚のほか、平衡感覚、加速度感、振動といった
     運動感覚、腕や指、首、眼球といった部分の動きに対する仮想世界のイ
     ンタラクション、触覚や反発力、重力感や柔らかさといった手触り、そ
     の他匂い、温度、風といった要素も重要である。これらの感覚を電子 
     的・機械的にモデル化し、リアルタイムに被験者へフィードバックして
     いくことで、仮想世界は現実味を帯びていくことになる。



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