(2)日米欧における情報通信産業の動向 ITバブル崩壊による低迷から一部回復の兆し 1 欧米における情報通信産業の動向 (1)米国  米国では、1990年代後半、情報通信産業は大きく成長した。その背景・要因としては、1)経済面では、米国経済全体が拡大期にあったことやインターネット関連の情報通信機器・サービスへの需要が増加したこと、2)金融面では、ベンチャーキャピタル、個人投資家等が当該産業へ豊富に資金を供給したこと、3)制度面では、連邦通信法が1996年に改正され地域・長距離通信事業等への参入が容易になったこと等が指摘されている(図表3))。  しかしながら、21世紀に入り、米国経済全体の低迷、情報通信機器・サービスへの需要の一巡等により、情報通信産業は低迷しはじめた。2001年には、1990年代後半以降に新規参入した通信事業者のうち、中小の事業者を中心として、連邦破産法第11章に基づく資産保全・再建手続申請を行う会社が現れた(図表1))。また、2002年に入り、1月には、長距離通信事業における売上高が米国第5位で新興事業者の代表格といわれたグローバルクロッシングが、また同年7月には、長距離通信事業における売上高が米国第2位で、世界中にインターネットバックボーン回線を保有するワールドコム(現MCI)が再建手続申請を行った。売上高213億ドル、資産1,070億ドル、負債410億ドルのワールドコムの再建手続申請は、米国史上最大規模のものであった。  インターネット関連企業の株価は、1990年代を通じてバブル的な要因も含め上昇基調にあったが、2000年3月をピークに下降へと転じ、また、新興企業が多数上場しているNASDAQ(ナスダック)でも同様の推移をみせている。情報通信産業等に支えられた米国株価は上昇から下降基調へと転換し、いわゆる、ITバブルが崩壊した(図表2))。  米国においてITバブルが崩壊し情報通信産業が低迷した要因は、複合的である。1)米国経済全体の低迷、情報通信機器・サービスへの需要の一巡、2)過剰な通信需要の見通しによる多額の企業設備投資、活発なM&A(買収・合併)による有利子負債の増加、3)1996年連邦通信法改正による多数企業の新規参入に伴う過当競争等がその要因として指摘されている(図表3))。  その後、2002年に入り、米国の情報通信産業は一部回復の兆しをみせている。例えば、主要な地域通信事業者の最終損益が改善している(図表4))。また、ITバブル崩壊により連邦破産法第11章に基づき資産保全・再建手続申請を行った新興事業者のうち、FWA事業者のテリジェントは2002年9月、光回線卸事業者のウィリアムズ・コミュニケーションズは2002年10月、データ・長距離通信事業者のXOコミュニケーションズは2003年1月、それぞれ連邦破産法第11章の適用が終了し再建が進んでいる。 図表1) 米国連邦破産法に基づく資産保全・再建手続申請を行った主な通信事業者(2001〜2002年度) 図表2) 米国の主な株価指数の推移 図表3) 1990年代後半以降の米国における情報通信産業の成長及び2001年からの低迷の要因 図表4) 米国の主要通信事業者の決算状況 (2)欧州  欧州においても、OECDレポート“Measuring the Information Economy 2002”(2002年11月公表)によると、1995〜2000年における情報通信産業の雇用者数は年平均増加率4%であり、これは産業全体の増加率の約3倍に相当している。また、通信業の株価が1999年1月から1年余りで2.4倍になるなど、情報通信産業は経済を牽引・下支えしてきた(図表5))。しかしながら、通信業の株価は米国同様に2000年3月をピークに下降へと転じ、2年半で83%下落している。さらに、2001年に入り、BT、ドイツテレコム、フランステレコム等、欧州を代表する主要通信事業者は、電波オークションによる第3世代携帯電話の落札額の高騰(図表6))、海外事業進出の失敗に伴う巨額の有利子負債増加等により業績が大きく悪化した。その影響で、欧州各国で第3世代携帯電話事業の中止・延期等が相次いでいる(図表7))。 図表5) 欧州の主な株価指数の推移 図表6) 欧州の第3世代携帯電話の免許取得費用(主な国) 図表7) 欧州での第3世代携帯電話事業の中止・延期等の事例(かっこ内は発表時期) 2 我が国における情報通信産業の動向  我が国の情報通信産業は、1995年(平成7年)から2001年(平成13年)にかけて、市場規模が79兆円から123兆円へ拡大するなど、バブル崩壊以降低迷する我が国経済を牽引・下支えしてきた(2-1-1参照)。  しかしながら、欧米と同様、パソコン、携帯電話等の情報通信機器・サービスの需要一巡、欧米における情報通信産業低迷の影響、当該産業を取り巻く構造的な変化等により、2000年(平成12年)から2001年(平成13年)にかけて情報通信企業の業績は悪化した。特に、米国依存度の高い情報通信機器メーカは、米国の情報通信産業の低迷が大きく影響した。また、主要な電気通信事業者も、牽引役であった携帯電話などの需要増の鈍化、IP化による固定電話の需要減少等を背景に業績が悪化した。  2002年(平成14年)に入り、情報通信機器、サービスへの需要は、ブロードバンド需要の急増、カメラ付き携帯電話等の新しい機器・サービスへの需要増により一部持ち直している。携帯電話の国内出荷台数は、2002年(平成14年)第4四半期に、対前年同期比で6期ぶりにプラスに転じ、パソコンの国内出荷台数も下げ止まりの兆しがある(図表8))。また、情報通信企業は、リストラ等を含む積極的な構造改革を行っており、我が国の情報通信産業の業績には、回復の兆しもみられる。 図表8) 我が国における情報通信機器の出荷台数の推移 図表9) 我が国における情報通信産業の株価指数の推移