1 情報通信産業の国際競争力 (1)グローバル化する情報通信ネットワーク  情報通信ネットワークの特長として、地理的な距離を克服し、離れた場所であっても瞬時に情報をやりとりすることができることがある。経済活動をはじめ各分野で高度に国際化が進展し、多くの組織や個人に国境を越えた活動が求められる今日、情報通信ネットワークに期待される役割は、グローバルなレベルへと深化している。  実際、情報通信ネットワークのグローバル化に関連した動きが着実に進展しており、そのことが情報通信産業の国際競争力に様々な点で大きな影響を与えていると考えられる。ここでは、そのような観点から、各国通信事業者の国際事業展開に関する動向、次世代ネットワークの構築に向けた内外の取組及びグローバルネットワークを活用したオフショアリングによる国際分業体制の進展について紹介する。 ア 各国主要通信事業者の国際事業展開に関する動向 (ア)各国主要通信事業者の事業規模  各国の主要通信事業者の通信サービス売上高を比較すると、上位10社には、日本の1社を除き、米国の3社をはじめとする欧米の事業者が並んでいる(図表1-2-1)。 図表1-2-1 各国主要通信事業者の通信サービス売上高とその対自国GDP比率(2005年)  また、各国事業者の売上高の対自国GDP比率を見ると、日本や米国の事業者に比べて、欧州の事業者が比較的高い。このことは、通信市場の規模が各国ともGDPにほぼ比例すると考えると、欧州事業者が自国市場内にとどまらず、国外市場へも積極的な事業展開を進めていることを示唆していると考えられる。 (イ)各国主要通信事業者の国外事業展開の状況  各通信事業者の国外展開状況を見ると、各社とも現地子会社の設立や現地通信会社への出資により、積極的に国外展開を図っている傾向が読み取れる(図表1-2-2)。 図表1-2-2 各国通信事業者の通信事業展開状況(2006年度末現在)  各国の主要通信事業者の国外売上高比率を見ると、特に欧州事業者が高い値を示しており、国外への事業展開に積極的であることがうかがえる(図表1-2-3)。これは、欧州事業者にとって、欧州内では自国で展開しているサービスの展開が相対的に容易である点も影響していると考えられる。 図表1-2-3 各国主要通信事業者の海外売上比率  日本の通信事業者については、近年は海外で積極的な事業展開を行っている事例もあるが、全体の事業規模に比べると海外での事業規模はそれほど大きくはないと見られる1。 (ウ)各国主要通信事業者の次世代ネットワークへの取組  今後世界における電気通信事業の分野では、次世代ネットワーク構築に向けた取組が加速する見通しである。各国通信事業者でも、次世代ネットワークサービスの商用化に向けた取組を発表している(図表1-2-4)。我が国においては、NTTが平成19年度内にはNGNの商用サービスを開始するとしており、KDDIも平成19年度に既存固定電話網のIP化を完了させる計画である。 図表1-2-4 各国主要通信事業者による次世代ネットワーク構築計画  後述のように、次世代ネットワークの分野では、技術やサービス規格の国際標準化に向けた検討が進められているが、それらの標準規格には、各国のサービスで利用される技術等が取り込まれていくものと想定される。日本の通信事業者は、自社の技術が国際標準となるように、積極的に世界に展開していくことが重要となると考えられる。 イ 次世代ネットワークの構築及び普及に向けた国内外の取組 (ア)NGN構築に向けた取組 A NGNの概要  近年、電話網とインターネットの長所を合わせ持つ新しい情報通信ネットワークを社会インフラとして整備しようという動きが始まっており、そうしたネットワークは、一般にNGN(Next Generation Network)と呼ばれている(図表1-2-5)。 図表1-2-5 固定電話網とインターネットの特徴比較  国際標準化団体であるITU-Tの定義によると、NGNとは「電気通信サービスの提供を目的として、広帯域かつ品質制御が可能な様々なデータ転送技術を活用したパケットベースのネットワークで、サービス関連機能が転送関連技術から独立して提供される。利用者は、競合するいろいろなサービス事業者やサービスを自由に選択し、ネットワークに自在にアクセスできるようになり、利用者に対して、一貫したユビキタスサービスを提供することができる」とされている2。  技術的には、従来型のインターネットで利用されているIP技術を採用しながら、ネットワークアーキテクチャを「トランスポート層」と「サービス層」の2層で構成することにより、インターネットの持つ柔軟性・経済性等のメリットをいかしながら、従来の電話網が持つ信頼性・安定性等も確保したサービスが提供できるとされる(図表1-2-6)。 図表1-2-6 NGNのアーキテクチャ概要 B NGNの国際標準化に向けた動き  将来的にNGN構築がグローバルに進展していくためには、NGNの主要部分の規格が国際標準化される必要がある。NGNの国際標準化活動は、前述のITU-Tにおいて進められており、2004年(平成16年)10月にNGN規格の国際的な標準化活動を推進することが合意されて以来、傘下の関連するスタディ・グループ(SG)であるSG13等を中心に組織されたNGN-GSIにおいて行われている。また、サービス層における規格には第3世代携帯電話の普及推進団体である3GPPにより策定されたIMS規格が採用されるなど、他の標準化団体との連携も行われている。  SGの活動には、地域別に組織された標準化団体のメンバーも参加している。各地域の主な標準化団体としては、欧州のETSI傘下のTISPAN、米国のATIS並びに日本、中国及び韓国の各標準化団体が連携するCJK NGN-WGの三つが挙げられる(図表1-2-7)。日本は、国内の標準化機関であるTTCの中にワーキング・グループ(WG)を組織するとともに、総務省の情報通信審議会情報通信技術分科会ITU-T部会の中にもWGを立ち上げ、両者の連携によってNGNの標準化に関する対応を行っている。 図表1-2-7 国・地域のNGN国際標準化体制と3GPPとの連携  ITU-TによるNGNの標準化は、3段階のリリースによって進められることが計画されており、各段階に応じて提供されるサービスの範囲が拡大される予定である。リリース1の基本的な仕様は、2006年(平成18年)7月に基本的勧告案として既に確定し、2007年(平成19年)中には具体的なプロトコルをも含めた勧告案を作成すべく、検討が進められている。サービス内容としては、リリース1では既存電話サービスやマルチメディアサービス等をNGN上で提供することを主眼としており、リリース2ではIPTV、FMC等、リリース3ではRFIDを活用したアプリケーション等をNGN上で提供することについて検討する見通しである(図表1-2-8)。 図表1-2-8 NGN標準化のステップ C NGNの国際標準化活動における日本の貢献  NGNのリリース1は、ITU-Tに先行して検討を開始していた欧州のTISPANの提案を基に規格が検討されている。また、3GPPの活動も、中心となっているのは主に欧州企業である。日本は、今後NGNの国際標準化に対して積極的な貢献を行うため、現在、様々な取組を行っているところである。  例えば、ITU-TにおけるNGN等に関連するSGでは、通信事業者を中心とする日本企業の専門家が議長や副議長を務めている(図表1-2-9)。また、ITU-Tに対しても積極的な提案を行っており、日本、中国及び韓国からのSG13への提案寄書件数は、第3回会合以降は半数を超える。日本は、中国と韓国に比べると件数は少ないものの、積極的な提案活動を行っているといえる(図表1-2-10)。 図表1-2-9 ITU-T(2005〜2008年研究会期)のSGにおける日本からの議長・副議長 図表1-2-10 日本、中国、韓国のNGN国際標準化への取組状況  現在、日本からITU-TのSGへ議長や副議長を輩出している企業は通信事業者が中心であるが、海外では、情報通信機器ベンダーから多くの議長や副議長を輩出している。NGNの国際標準規格は、将来にわたり、NGN構築に必要な情報通信機器の国際競争力に大きな影響を与える可能性が高いことから、今後、情報通信機器ベンダーには一層積極的な取組が期待されている。 (イ)ワイヤレス通信の高度化に向けた取組 A 各種ワイヤレス通信サービスの特徴  ワイヤレス通信サービスには、携帯電話、PHS、無線LAN、WiMAX等、様々な種類があるが、それぞれ通信可能な距離や通信速度が異なっており、用途や利用環境に合わせたサービス提供が行われている。携帯電話やPHSは一般の音声通話やデータ通信等に利用され、無線LANは各所に設置されたアクセスポイントからのノートパソコン等を用いたデータ通信等に利用される。WiMAXは無線MAN3とも呼ばれ、インターネットへのアクセス回線等に利用されるが、無線LANに比べて基地局のカバー範囲が広いため、有線ブロードバンド回線の敷設が困難な地域での高速通信用途としても期待される。  国内普及状況を見ると、圧倒的に契約数が多いのが携帯電話サービスであり、PHSサービスを含めると、平成19年1月には契約数が1億を超えている。また、公衆無線LANサービスの契約数はPHS利用者数を上回る程度にまで増加している。WiMAXサービスは提供事業者が平成19年3月時点で1社であり、現在のところ、利用可能エリアも契約数も限定的である4が、新たに割当て可能な周波数帯のWiMAXへの割当ても検討されており、今後サービス提供が進展する可能性も高い5(図表1-2-11)。 図表1-2-11 国内における主要無線通信サービスの契約者数  通信速度を比較すると、無線LANやWiMAXの方が、携帯電話やPHSに比べて高速化が進んでいる。しかしながら、携帯電話においても順次高速化が進められており、3.9G方式と呼ばれる新世代の携帯電話では、現行規格の無線LAN(802.11a/g)並みの高速通信が提供される見込みである(図表1-2-12)。 図表1-2-12 主要無線通信方式の比較 B 無線LAN及びWiMAXの国際標準化に関する取組  無線LANの通信技術に関する国際標準化は、主に米国IEEE802委員会内のIEEE802.11委員会において推進されている。同委員会は1990年(平成2年)に発足し、1999年(平成11年)にIEEE802.11aとIEEE802.11bを、2003年(平成15年)にはIEEE802.11gを標準規格として策定した。今後は2007年(平成19年)に、より高速なIEEE802.11nの標準化が予定されている。また、無線LAN対応製品については、日本を含む各国の通信事業者、情報通信機器、チップ、測定器ベンダー等が参加するWiFi Allianceにて標準化対応製品の普及が推進されている。1999年(平成11年)に前身のWECAが発足して以来、相互接続性を保証するためのロゴマーク発行等を通じた普及活動を行っており、国内外の参加者数は300社以上にまで拡大している。  WiMAXの通信技術に関する国際標準化はIEEE802委員会の中のIEEE802.16委員会が、WiMAX対応製品の普及についてはWiMAX Forumが活動を推進している。IEEE802.16委員会の発足は1999年(平成11年)であるが、現在まで、固定端末による接続を対象としたIEEE802.16-2004(固定WiMAX)を2004年(平成16年)に、モバイル端末による接続を対象としたIEEE802.16e-2005(Mobile WiMAX)を2005年(平成17年)に、それぞれ標準規格として策定している。また、標準化対応製品の普及を推進するWiMAX Forumには、国内外の通信事業者、通信機器、家電メーカー等400社以上が参加しており、WiFi Allianceと同様のロゴマーク発行等を行っている。 C 携帯電話技術の高度化と国際標準化に関する動向  携帯電話の技術は、主にデータ通信の可否や通信速度の違いによって、1G6(第1世代)/2G(第2世代)/3G(第3世代)/4G(第4世代)といった世代区分呼称が広く利用されている。1Gはアナログ方式、2G以降はデジタル方式で、通信速度の違いによって更に世代が区分されるが、通信速度については、様々な速度の規格が多数現れていることから、2G/3G/4Gといった各世代の中間を表す2.5Gや3.5G、さらには4Gに近い通信速度であることを表す3.9Gといった呼称も利用される(図表1-2-13)。 図表1-2-13 世代別通信方式の主な規格名と日米欧における採用・開発状況  携帯電話技術に関する基本的な枠組みはITU-Rにおいて検討が行われており、例えば3GはITU-Rで定義される「IMT-2000」、4GはITU-Rで定義される「IMT-Advanced」を指している。また、特に3G携帯電話については、主に3GPP及び3GPP2において具体的な規格の標準化が進められており、ITU-Rの検討においても参照されている。  2006年(平成18年)には、W-CDMAを更に高速化した「HSDPA」と、CDMA2000 1x EV-DOを更に高速化した「EV-DO Rev.A」が3.5Gの商用サービスとして導入された。また、携帯電話事業者はこれらの普及を図りつつ、3.9Gや4Gといった次世代技術の開発にも取り組んでいる。4Gに当たるIMT-Advancedについては、ITU-Rのロードマップでは2010年(平成22年)ごろを目途に検討を行うとされており、実用化の目途もそれ以降になると見込まれている。 D 国内における新世代携帯電話の開発及び普及に向けた取組  日本の携帯電話市場では、既に3Gのモバイル・ブロードバンド7が普及しつつある。日本は韓国とともに世界で最も早くモバイル・ブロードバンドサービスの提供が開始された市場であり、方式別に見ると、W-CDMA方式を利用したサービスは平成13年10月に、CDMA2000 1x EV-DO方式を利用したサービスは平成15年11月に開始されている。また、日本では通信事業者が積極的に高付加価値の端末普及を促進し、パケット通信料の面でも、単位当たり料金の大幅な低減や定額制サービスの導入を行ってきた。このような早期のサービス開始や通信事業者の戦略的取組が、世界に先駆けたモバイル・ブロードバンドの進展につながったと考えられる。現在、日本のモバイル・ブロードバンドの加入者数は世界トップであり、また、人口当たりの普及率でも、日本は韓国、イタリアに次いで高い割合となっている(図表1-2-14、1-2-15)。 図表1-2-14 世界のモバイル・ブロードバンドの国別加入数シェア 図表1-2-15 モバイル・ブロードバンドの国別普及率(上位10箇国)  2G携帯電話の規格については、日本で普及したPDC方式は世界には普及せず、欧州発のGSM方式が世界の標準的な方式となった。しかしながら、3G携帯電話では、先行したNTTドコモが平成18年9月に海外の通信事業者7社と共同でNGMN(Next Generation Mobile Networks)を設立するなど、国内技術の海外への普及活動にも積極的な姿勢を見せている。さらに、4G携帯電話の開発に向けても国内で先進的な取組が行われており、平成19年2月には、NTTドコモが4Gシステムの屋外実験で、下り最大約5Gbpsのパケット信号伝送に成功したと発表した。 (ウ)デジタルテレビジョン放送の普及に向けた取組 A デジタルテレビジョン放送の普及状況  テレビジョン放送のデジタル化は、衛星放送分野から始まり、地上放送に拡大してきている。衛星デジタル放送は、1994年(平成6年)に米国で開始され、現在60箇国以上で視聴可能となっている。一方、地上デジタル放送は、イギリスにおいて1998年(平成10年)に開始されたのが世界初であり、現在は20以上の国・地域において放送が行われている8。  我が国においてもCSデジタル放送及びBSデジタル放送が、それぞれ平成8年6月、平成12年12月に開始されている。地上波デジタル放送については、平成15年12月から東名阪広域圏で開始され、平成18年12月には全国47都道府県でも開始され、これにより3,950万世帯が地上デジタル放送を視聴できるようになった。  受信機の累計普及台数から見たBSデジタル、地上デジタル放送の国内普及状況は、平成19年3月時点においてそれぞれ2,221.1万台、1,969.5万台となっており、いずれもサービス開始以来、堅調に推移している。中でも普及をけん引しているのは、液晶、プラズマといった薄型テレビであり、平成19年3月時点の累計普及台数は、BSデジタル用、地上デジタル用でそれぞれ1,200.9万台、1,147.9万台となっている(図表1-2-16)。 図表1-2-16 BSデジタル放送及び地上デジタル放送受信機の累計普及台数 B 地上デジタルテレビジョン放送方式の普及動向  現在ITUにおいて国際標準として勧告化されている地上デジタル放送方式としては、日本のISDB-T方式9のほか、欧州のDVB-T方式10、米国のATSC方式11の3方式がある。  我が国のISDB-T方式は、SFN(単一周波数中継)が可能、携帯端末向け放送がハイビジョン放送と同一チャンネルで送信可能、ハイビジョン放送の移動受信が可能等、先に開発・標準化されたATSC方式やDVB-T方式に比して優れた技術的特性を有している(図表1-2-17)。しかしながら、放送方式普及拡大に向けた動きは、特に欧州の動きが顕著であり、DVB-T方式は、欧州各国のみならず、歴史的また政治的に関係の深いオーストラリア、ロシア、インド、東南アジア地域やアフリカ地域の一部においても採用が決定され、圧倒的なシェアを占めている(図表1-2-18)。 図表1-2-17 主な地上デジタル放送(テレビジョン)の方式比較 図表1-2-18 世界における地上デジタル放送の方式別実施状況  さらに、当初欧米では固定受信放送の付加的サービスとしてあまり重視されてこなかった携帯端末向け地上デジタル放送についても、近年では、そのニーズが見直され、各国で導入に向けた動きが目立ってきている。韓国の開発したT-DMB12方式が韓国やドイツで、また、欧州によるDVB-H13方式による放送が欧州をはじめとした国々で開始されている。我が国では固定受信システム(ISDB-T)と同じインフラで放送が行えるワンセグ放送が平成18年4月より開始され、平成19年4月時点において737万台が普及している(図表1-2-19)。また、米国では、MediaFLOによる携帯端末用動画配信サービスが2007年(平成18年)3月に開始されたところである。 図表1-2-19 ワンセグ対応携帯電話端末の普及状況 C 日本の放送方式(ISDB-T)の国際普及活動  ISDB-T方式の海外普及については、2000年(平成12年)以前からその取組を進めてきたものの、開発・標準化が欧米に比べて遅れたこともあり、長く実績が上げられなかったが、DiBEG(社団法人電波産業会デジタル放送技術国際普及部会)を中心とした産官挙げての取組により、2006年(平成18年)6月、ブラジルにおいて日本以外の国・地域として初めてISDB-Tをベースとした放送方式が採用された。現在、DiBEGを中心に、採用国であるブラジルとも協力して、アルゼンチン、チリ、ウルグアイ等南米諸国へのISDB-Tの普及活動に取り組んでいる。  また、同じくDiBEGを中心に、ISDB-Tの携帯端末向け受信に絞った普及活動の取組も進められている。固定受信方式をDVB-T等他方式に決定している国であっても携帯端末向け放送方式は未定の国が多く、日本からこうした国に対してワンセグのサービス実績と技術的に優れた点をアピールし、携帯端末向け放送方式としてISDB-Tの採用を働きかけている。この活動の一環として、2007年(平成19年)2月末、日本よりインドネシアに代表団を派遣し、同情報通信省の協力の下、デモ及びセミナーを実施し、高い評価を得た。 (エ)ネットワークの融合・連携に向けた取組  ネットワークのIP化の進展とともに、固定系と移動系、放送系と通信系等異なる領域でのネットワークの融合・連携が進み、今後は固定・移動融合型サービス(FMC:Fixed Mobile Convergence)やIPTV等の融合サービスが伸びることが期待されている。 A 固定・移動融合型サービスの提供事例  2006年(平成18年)以降、世界では、欧州を中心にFMCサービスの導入が活発である。特に、1台の端末で宅内では固定回線を利用し、屋外では携帯電話回線を利用する「ワンフォン」型のFMCサービスの提供が2006年(平成18年)中ごろより続々と開始されている。また、固定電話端末と携帯電話端末の融合にとどまらず、携帯電話端末をWi-Fiにも対応させて街頭のWi-Fiスポットでも利用可能としたイギリス大手通信事業者のような事例もある(図表1-2-20)。 図表1-2-20 海外におけるワンフォン型FMCサービス導入事例  一方、日本におけるFMCは、電話端末の融合という形ではなく、データ通信端末としてのパソコンと携帯電話端末の融合という形で発展してきている。例えば、メールアドレスの共有、音楽等のダウンロードデータの共有、携帯電話端末からのパソコン用ホームページの閲覧等があり、いずれもアプリケーション領域でFMCが進展している(図表1-2-21)。 図表1-2-21 日本における固定・移動通信の融合イメージ  今後は日本でも、欧州に見られるようなワンフォン型FMCサービスの普及の可能性があるが、日本では既にアプリケーション分野でFMCが進んでいることから、欧州とは異なる経路をたどって発展するものと考えられ、例えば、異なるアクセス網を経由して同じプラットフォーム上にあるコンテンツを利用するサービスの提供等が考えられる。 B 通信と放送の融合・連携に関する国内動向  通信と放送の融合・連携に関する取組として、IPネットワークを通じて放送局から送信される番組の同時再送信を行う仕組みの検討が進められている。平成19年1月から3月まで、総務省が実施した「地上デジタル放送の公共分野における利活用に関する調査研究」に基づいて、通信事業者による地上デジタル放送のIP同時再送信実験が行われた。  また、このような取組に関連して、地上デジタル放送への全面移行に向け、IPマルチキャスト放送による放送の同時再送信が、放送の重要な補完路であると期待されていることから、平成18年臨時国会において、放送の同時再送信についての内容を含む「著作権法の一部を改正する法律」が成立した。  著作権法では、すべての放送番組が、常に視聴者の受信装置まで流れている「放送」、「有線放送」に対して、視聴者の求めに応じて、選択したチャンネルのみが配信されるIPマルチキャスト放送は、「自動公衆送信」と解され、「著作隣接権」の扱いが異なっていた。このため、従来の著作権法では、放送番組のIPマルチキャスト放送による放送の同時再送信を行うために必要な権利処理が複雑でありサービス実現が困難であった。今回の改正では、著作権法における「著作隣接権」について、一定条件の下における許諾を不要とすることにより、IPマルチキャスト放送による放送の同時再送信を円滑に実施することが可能となった。(図表1-2-22)。 図表1-2-22 著作権法に基づく許諾に関わる改正の要点  通信と放送の融合・連携分野については、今後も技術面を含めた仕組み等について、サービスの本格提供に向けて様々な検討が行われていく見通しである。 C IPTVサービスの国際標準化に向けた動向  上記のような通信と放送の融合・連携サービスを含む、IPネットワークを利用したコンテンツ配信の仕組みとして、IPTVの動向が注目される。  IPTVはNGNのリリース2における重要テーマとなっている。2006年(平成18年)7月には、ITU-T内に1年程度の期限で集中的にIPTVの標準化活動を行う「FG(Focus Group)IPTV」が発足し、IPTVを「要求されるQoS/QoE、セキュリティ、双方向性、信頼性を提供できる管理されたIP網上で提供されるテレビジョン、動画、音声、テキスト、画像、データ等のマルチメディアサービス」と定義した。  日本で既に提供されているIPTVサービスとしては、「電気通信役務利用放送法(平成13年法律第85号)」に基づくIPマルチキャスト方式を利用した動画配信サービスがある(図表1-2-23)。なお、別形態によって提供されている公衆インターネット網を利用したコンテンツ配信サービス等は、上記定義上、IPTVサービスには含まれない。 図表1-2-23 日本で提供されているIPマルチキャストサービス  FG IPTVの活動には日本も積極的に参加しているが、寄書件数、出席者数を見ると、海外では米国、韓国、中国の3箇国の占める割合が高く、これらの国々が特に積極的な取組を示している(図表1-2-24)。 図表1-2-24 日本、韓国、中国及び米国のIPTV国際標準化への取組状況 ウ グローバルネットワークによるオフショアリングの進展  近年、社会経済活動のあらゆる側面でICTの利用が進展し、それに伴い、情報通信ネットワークのハードウェア、ソフトウェアのいずれに対しても世界的に需要が大きく増加した。その結果、国・地域によっては局地的に開発コストの高騰や技術者の不足等が生じることとなったが、特にソフトウェアについてそれを克服する役割を果たしたのがインターネットをはじめとする情報通信ネットワークである。情報通信ネットワークは、距離、時間を克服し、グローバルな規模で多種多様な主体が接続することを可能にする。そのため、ソフトウェア開発に情報通信ネットワークを活用することにより、地球上のどこにおいても、限られた資源や優れた人材を低コストで効率的に活用することが可能になったのである。こうしたことから、近年、米国をはじめとした先進国を中心にソフトウェアのオフショア開発が急速に進展しており、日本においても、ここ数年、多くのベンダーが積極的な取組を行うようになった。  また、ソフトウェア産業に限らず、様々な産業においても、ICT利用による生産性向上のため、このような情報通信ネットワークの特性をいかすようになった。1990年代後半から米国で顕著になった企業のICT利用による生産性向上への取組は、グローバルな情報通信ネットワークにより多様な資源や人材をボーダレスに結び付けることを通じて、効率的な国際分業体制を構築する試みに発展した。そうした中で、BPO(Business Process Outsourcing)として、情報通信システムの保守・運用、コールセンター、顧客管理、データ入力等の業務の海外へのアウトソーシングが進展したのである。  このような動きの進展を踏まえ、日本のオフショアリング(ソフトウェアのオフショア開発及びBPO)の現状、課題等を分析するため、我が国の上場企業、ソフトウェア開発を行う企業等合計4,632社を対象に、オフショアリングについてアンケート調査を行った(有効回答数514社)。また、日本企業と比較すべき項目については、米国のオフショアリング実施企業にも調査を行った。以下、この調査の結果や各種データ等を用いながら、我が国のオフショアリングの現状、課題等について分析していくこととする。 (ア)オフショアリング進展の背景 A グローバルネットワークの進展 (A)概論  オフショアリング進展の背景には、大容量海底ケーブルを中心とした国際通信ネットワークの整備の進展がある。日本企業は、これを活用することにより、オフショアリングとして進出した国・地域における自社関連を含む企業との間で、ボーダレスかつ一体的に各種業務を実施することができる。  日本周辺の国際通信ネットワークとしては、1990年代中ごろから、10Gbpsを超える大容量海底ケーブルの敷設が太平洋や中国、東南アジア等を中心に進展し、一部はインド洋にまたがってインド以西にまで及んでいる。特に2001年(平成13年)と2002年(平成14年)には、アジア地域を中心に容量1Tbpsを超える海底ケーブルの運用が次々と開始され、海底ケーブルの総設計容量は、2000年(平成12年)以前の10倍以上にまで一気に拡大した。現在、日本の通信事業者によって利用されている15種類の海底ケーブルのうち6種類が、2001年(平成13年)以降に運用が開始された1Tbps超の容量を有する大容量ケーブルである(図表1-2-25)。 図表1-2-25 日本周辺の国際海底ケーブル  このような大容量海底ケーブルの敷設の進展に伴って、国際通信の利便性は飛躍的に向上し、セキュリティや安定性等の面での向上も伴いながら、大容量と低料金が同時に実現できるネットワーク環境が整備されつつある。それに従い、企業間通信の分野においても、国際通信サービスの利用が急速に拡大している。以下、日本と日本からのオフショアリングの主要な相手国である中国、インドとの間を中心に、国際企業間通信サービスの現状について分析する。 (B)回線の大容量化と利用料金の低廉化  国内主要通信事業者によって提供される国際企業間通信サービスの通信容量と利用料金について見ると、日本と中国との間については、国際専用線サービスの1社当たり利用容量は、2003年(平成15年)から2007年(平成19年)にかけて8.9Mbpsから82.1Mbpsへと9倍以上に増大し、それに伴い、単位容量当たりの回線利用料は、2003年(平成15年)から2007年(平成19年)にかけて1/20近くに大きく低下した(図表1-2-26)。また、国際IP-VPNサービスについて見ても、1社当たり利用容量は2003年(平成15年)から2007年(平成19年)にかけて0.2Mbpsから3.6Mbpsへ増大し、単位容量当たりの回線利用料は2005年(平成17年)から2007年(平成19年)にかけて6割程度低下している(図表1-2-27)。なお、国際専用線サービスの利用単価は2003年(平成15年)から2005年(平成17年)にかけて急激に低下しているが、これは、大容量海底ケーブルの敷設に伴って、通信事業者が100Mbpsクラスの超高速国際専用線サービスの提供を開始し、単位当たりの利用料を大幅に低下させたことによるものと考えられる。 図表1-2-26 国内主要通信事業者が提供する日本−中国間における国際専用線の1企業当たり利用容量及び単位容量(64kbps)当たり利用料の推移 図表1-2-27 国内主要通信事業者が提供する日本−中国間における国際IP-VPNの1企業当たり利用容量及び単位容量(64kbps)当たり利用料の推移  日本とインドとの間については、国際専用線サービスは、変動の大きい2005年(平成17年)と2006年(平成18年)を除くと、1社当たりの利用容量はほぼ横ばい、単位容量当たりの回線利用料はやや低下傾向にあると見ることができる(図表1-2-28)。また、国際IP-VPNサービスについては、1社当たり利用容量は2006年(平成18年)から2007年(平成19年)にかけて0.9Mbpsから2.6Mbpsへ増大し、単位容量当たりの回線利用料は2006年(平成18年)から2007年(平成19年)にかけて5割程度低下している(図表1-2-29)。なお、国際専用線における2005年(平成17年)と2006年(平成18年)の大きな変動は、インドについてはサンプルとなる企業数が少なく、特定の大口利用企業の行動が大きく変化したためと考えられる。 図表1-2-28 国内主要通信事業者が提供する日本−インド間における国際専用線の1企業当たり利用容量及び単位容量(64kbps)当たり利用料の推移 図表1-2-29 国内主要通信事業者が提供する日本−インド間における国際IP-VPNの1企業当たり利用容量及び単位容量(64kbps)当たり利用料の推移 (C)利用企業の拡大  日本と中国との間の国際企業間通信サービスの利用企業は、日中間の経済交流の進展やそれに伴う日本からの進出企業の増加、日本と中国の通信事業者間の相互接続の進展等に伴い、大幅に拡大した。国内主要通信事業者によって提供される国際企業間通信サービスについて見ると、日本と中国の間については、2003年(平成15年)から2007年(平成19年)にかけて、国際専用線サービスと国際IP-VPNサービスの利用企業は、それぞれ56社から85社、2社から275社へと大きく増加した(図表1-2-30)。 図表1-2-30 国内主要通信事業者が提供する日本−中国間における国際専用線及び国際IP-VPNサービスの利用企業数  一方、日本とインドの間については、国際専用線サービスと利用企業は2003年(平成15年)から2007年(平成19年)にかけて減少傾向にあり、国際IP-VPNサービスの利用企業は、2006年(平成18年)から2007年(平成19年)までの1年間で7社から19社に急増している(図表1-2-31)。 図表1-2-31 国内主要通信事業者が提供する日本−インド間における国際専用線及び国際IP-VPNサービスの利用企業数  一般に、専用線はIP-VPNに比べてセキュリティや品質のレベルが高いものの、利用料が高くなる傾向がある。それにもかかわらず日本と中国との間で専用線サービスの利用企業数が堅調に増大しているのは、日本と中国の間におけるトラヒック増大に伴って、前述の超高速専用線サービスの利用ニーズが高まっているためであると考えられる。通信事業者は、そのような大容量通信の利用ニーズがある企業に対してサービスの利用単価を割安に設定しているため、専用線の利用単価はIP-VPNの利用単価に近い値にまで低下している。一方で、日本とインドとの間では超高速サービスの利用ニーズがまだ高まっていないため、IP-VPNの利用単価は専用線の利用単価に比べて大きく割安となっており、利用企業数もIP-VPNの方で大きく伸びている(図表1-2-32)。 図表1-2-32 企業間国際通信サービスの1社当たり利用容量と利用料(2007年1月時点)  ちなみに、日本と海外を結ぶ通信回線には、従来、海底ケーブル経由の回線とともに衛星経由の回線が利用されてきたが、近年の主流は大容量化した海底ケーブル経由の回線へと移行している。国内主要通信事業者による衛星経由の通信回線は、2000年(平成12年)には世界で2,500回線が利用されていたが、2006年(平成18年)には1,000回線以下にまで利用が減少している。地域別では、海底ケーブルの敷設が進展した日本と中国との間では、2004年(平成16年)以降利用はなく、海底ケーブルの敷設が必ずしも十分進んでいない日本とインドとの間では、若干の利用があるものの、利用は減少している(図表1-2-33)。 図表1-2-33 国内主要通信事業者が提供する衛星経由の回線数の推移 B 中国とインドのソフトウェア・サービス産業の成長  オフショアリングの受け手として注目されるインドと中国においては、近年、情報サービス産業が急速に成長している。  インドと中国のソフトウェア・サービス産業は、いずれも急速な成長を続け、2006年(平成18年)における売上高は、インドと中国でそれぞれ374億ドル、602億ドルとなった。このように、売上高では中国がインドを上回るものの、輸出額ではインドが中国を大幅に上回っており、売上高に占める輸出額の割合は、2006年(平成18年)のインドと中国でそれぞれ約80%、約10%と大きな差が生じている。これは、インドの情報サービス産業の国外志向の強さと中国の国内市場の大きさという二つの要因が重なりあった結果と考えられる(図表1-2-34、1-2-35)。 図表1-2-34 中国におけるソフトウェア・サービス産業の売上高の推移 図表1-2-35 インドにおけるソフトウェア・サービス産業の売上高の推移  また、人材面について見てみると、インド及び中国のソフトウェア・サービス産業の雇用者数は、いずれも大きく拡大しており、2005年(平成17年)時点でそれぞれ約129万人、約90万人となっている。対照的に、日本におけるソフトウェア・サービス産業の雇用者数はほぼ横ばいで推移しており、2005年(平成17年)は約98万人となっている(図表1-2-36)。 図表1-2-36 日本、米国、中国及びインドにおけるソフトウェア・サービス産業雇用者数の推移  インドのソフトウェア・サービス産業は、特に人材面で米国とつながりが深い。1980年代からインドから米国への留学が進み、米国のITバブル後はインドへの帰還が進んだ。また、約30万人14ともいわれる多くのインド人技術者がシリコンバレーで活躍しており、米国企業のインド進出を支えるとともに、管理職クラスの人材のインドへの供給源となっている。米国のベンダーはインドに積極的に進出し、その雇用者数は、IBM約5万2,000人、オラクル約1万8,000人、EDS約1万8,000人、マイクロソフト4,000人超、インテル約2,900人15等となっている。また、インドには、IIT(インド工科大学)、IISc(インド科学大学院大学)等のハイレベルな理工系教育研究機関が多数存在している。インドのICT系大卒者は2006年(平成18年)には約21万人16に達し、ソフトウエア・サービス産業への就業者は毎年約30万人のペースで増加17している。 (イ)オフショアリングの進展と課題 A ソフトウェアのオフショア開発の進展とその影響 (A)開発規模、コスト削減、雇用  後述する国際通信ネットワークの大容量化・低廉化や企業等における情報通信ネットワーク環境の充実等を背景として、日本のソフトウェア産業のオフショア開発は急速に拡大している。  アンケート調査の回答企業514社のうち、平成17年には96社がオフショア開発を実施しており、そのうち51社のオフショア開発規模(組込ソフト以外)は約636億円、人年ベースで約1万5,000人年である。今後もオフショア開発は拡大する見通しで、2010年(平成22年)の開発規模は約2,000億円になると推計される(図表1-2-37)。なお、2005年(平成17年)の開発規模約636億円の内訳は、主に元請や開発元となるベンダーによるものが約560億円(約88.0%)、主に下請となるベンダーによるものが約74億円(約11.7%)、自主開発が約2億円(約0.3%)となっている。 図表1-2-37 日本におけるオフショア開発の規模  また、オフショア開発の目的としては、オフショア開発を行っている企業の80%以上が、「開発コストの削減」と「国内人材不足の補完」を挙げており、他の項目と大きな差がついている。オフショア開発により生じた効果についても同様の傾向を示しており、約80%の企業が「開発コストの削減」と「国内人材不足の補完」を挙げている(図表1-2-38、1-2-39)。 図表1-2-38 日本企業におけるオフショア開発の実施目的(複数回答) 図表1-2-39 日本企業におけるオフショア開発の実施効果  開発コストの削減効果は、オフショア開発先における人件費をはじめとした諸経費が、日本に比べて低いことにより生じる。オフショア開発によるコスト削減効果の実績は25.2%と推計されるが、これによると、前述の約636億円のオフショア開発が国内で行われたものと考えた場合の開発費は約850億円と推計され、金額ベースでは約214億円のコスト削減効果があったものと想定される。今後オフショア開発の規模が拡大するのに伴い、日本のソフトウェア産業は徐々にコスト削減による生産性向上の効果を享受していくものと考えられる。なお、オフショア開発導入時のコスト削減効果の見込みは34.7%であり、実績の25.2%より9.5ポイント高くなっている。これは、商慣習や文化の違い、コミュニケーションコスト等の付加的なコストが当初想定していたよりも発生しているためと考えられる。  また、現在行っているオフショア開発を国内開発に置き換えたと仮定した場合、国内の外注先に委託する部分の割合はオフショア開発規模の約6割を占めている。したがって、オフショア開発が進展すると、国内の特に外注先、すなわち二次請、三次請のベンダーにおいて雇用減が生じるのではないかという懸念が生じる。しかしながら、前述のとおり、国内のソフトウェア人材は不足しており、その補完を図ることがオフショア開発の進展の大きな目的の一つとなっている。したがって、マクロ的に見ると、日本ベンダーは、オフショア開発を利用することにより、はじめてソフトウェア開発の規模を拡大することができるのであり、また、オフショア開発が拡大しても、現時点で直ちに国内のソフトウェア人材の雇用機会の減少につながるものではないと考えることができる。  この点について、アンケート調査の結果を用いて、長期的な観点から日本のソフトウェア人材の雇用に与える影響を分析してみる。まず、平成17年のソフトウェア開発規模全体を100とすると、オフショア開発規模は平成17年の6.1から8.5ポイント増えて平成22年には14.6にまで拡大する見込みである。また同時に、ソフトウェア開発規模も、平成17年の100から44.4ポイント増えて平成22年には144.4となる見込みである。したがって、ソフトウェア開発規模の増加分がオフショア開発規模の増加分を上回るという現在のトレンドが続く限り、将来的にソフトウェア開発の拡大は国内のソフトウェア人材が制約となり頭打ちになる可能性があるとしても、逆に、オフショア開発の拡大により国内のソフトウェア人材の雇用の減少が生じることはないと見られる(図表1-2-40)。 図表1-2-40 形態別日本のソフトウェア開発規模  なお、米国では、過去、ソフトウェア開発規模が拡大する中、オフショア開発の拡大に伴い、労働集約的な工程(例えばコーディング、テスト等)で雇用が減少する一方、高い技術力が要求されているコンサルティング、設計等の工程では雇用が拡大したと指摘されている18。日本においては、後述のとおり、米国に比べ、オフショア開発で労働集約的な工程を委託している場合が多いことから、今後、ソフトウェア産業内で相当規模の雇用調整が生じ、雇用が付加価値の高い工程へシフトしていくことが予想される。 (B)オフショア開発の課題  オフショア開発を行っている企業がオフショア開発を進める上での課題としては、「品質に不安がある、品質管理が難しい(62.5%)」、「現地の人件費が上昇している(58.3%)」、「言語問題でコミュニケーションが難しい(54.2%)」の3項目が上位に挙がっている(図表1-2-41)。 図表1-2-41 オフショア開発の実施状況別に見た日本企業におけるオフショア開発の課題(複数回答)  ソフトウェア開発の品質については、コミュニケーション面から確実に仕様を伝えることが困難という点もあるが、最も大きいと考えられる要因は、仕様の変更と品質レベルについての考え方の相違である。仕様変更については、受託ソフトの開発が中心の日本ベンダーにおいては多くの仕様変更が発生するといわれるが、海外の委託先企業は契約締結後に仕様変更を行うことは一般的でないため、仕様変更を巡って日本ベンダーと委託先企業との間でトラブル等が起こりやすいとされる。また、品質レベルについては、どこまで品質を確保するかについての考え方の差が大きいと指摘されており、委託先企業に対してレベル向上のための教育の実施や、オフショアリング先企業の評価制度の導入等に取り組む企業もある。  現地の人件費については、オフショア開発を行っていない企業で課題として挙げている企業は少ない。したがって、新たにオフショア開発を行う場合は、事前によく現地の現状把握をした上で冷静なコスト計算を行うことが必要と考えられる。  コミュニケーション面については、多くの企業が課題として挙げていることが分かった。実際、業務手順や使用言語、企業文化等が異なる海外企業に委託する場合には、仕様確定や仕様変更の際のコミュニケーションの取り方に十分に配慮したり、仕様の明文化や仕様書における図解の多用等の工夫を行ったりしている企業もある。  なお、オフショア開発を行っていない企業は、オフショアリングを進める上での課題として、言語問題、情報セキュリティ、社内への技術蓄積、契約後の仕様変更等、オフショア開発を行っている企業に比べて、抽象的な課題を多く挙げる傾向がある(図表1-2-41)。 (C)オフショア開発に関する日米比較  2005年(平成17年)から2006年(平成18年)にかけて世界的な大ベストセラーになったトーマス・フリードマンの『フラット化する世界』にあるように、米国においては、グローバリゼーションの進展によりインド、中国等へのオフショアリングが急速に拡大している。ここでは、オフショア開発に関する日本と米国の比較を行うこととする。  まず、オフショア開発の相手国・地域について見ると、日本では中国が約80%、米国ではインドが約95%と、他を大きく引き離している(図表1-2-42)。これは、日本、米国ともに、オフショア開発の相手国・地域を選ぶ基準として、人件費の安さとともに、日本語(日本の場合)又は英語(米国の場合)によるコミュニケーションを重視していることが大きいと考えられる(図表1-2-43)。中国には日本語を話せる人材が多く19、インドでは英語が準公用語であるため、日本企業は中国企業と、米国企業はインド企業と関係を構築しやすい。 図表1-2-42 日米における現状のオフショア開発の委託相手国・地域(複数回答) 図表1-2-43 日米におけるオフショア開発の委託相手国・地域の選定ポイント(複数回答)  また、中国及びインドのソフトウェア・サービスの輸出について見ると、中国では日本、インドでは米国がそれぞれ最大の輸出相手国となっており、いずれも60%以上の割合を占めている(図表1-2-44、1-2-45)。このように、日本と中国は、地理的近接性、言語・文化面の共通性等を背景に、また、米国とインドは、前述の人材面での強いつながり等を背景に、それぞれソフトウェアに関して強い相互関係で結ばれている。 図表1-2-44 中国のソフトウェア・サービス輸出の相手国・地域内訳(2004年) 図表1-2-45 インドのソフトウェア・サービス輸出の相手国・地域内訳(2005年度)  なお、日本ではベトナム、中国、インド等、米国ではインド、中国等が、それぞれオフショア開発の相手国・地域として今後有望と考えられている。今後は、リスク分散の観点からも、オフショア開発の相手国・地域の多様化が進み、ソフトウェア産業において一層の多角的な国際分業体制が進展していくものと考えられる(図表1-2-46)。 図表1-2-46 日米における今後有望と考えられるオフショア開発の委託相手国・地域(複数回答)  次に、オフショア開発の委託企業の選定基準について見てみると、日本と米国では大きな違いがあることが分かる。日本では、企業の選定に当たっては、国の選定基準と同様、言語とコスト削減を最も重視する傾向があるのに対し、米国では、言語とコスト削減以上に人材の技術力やオフショア開発の実績・評価を重視する傾向にある(図表1-2-47)。特にコスト削減については、日本企業では平均34.7%のコスト削減を見込んでいるのに対し、米国企業では平均24.8%のコスト削減を見込んでおり、日本の方が委託先企業を選定するに当たってコスト削減に関する要求水準が高いことが分かる。同様に、実際のコスト削減効果についても、日本企業の方が高くなっている(図表1-2-48、1-2-49)。 図表1-2-47 日米におけるオフショア開発の委託先企業の選定ポイント(複数回答) 図表1-2-48 日米におけるオフショア開発の実施によるコスト削減効果(見込み) 図表1-2-49 日米におけるオフショア開発の実施によるコスト削減効果(実績)  日米のこのような違いは、オフショア開発の委託内容の違いによるところが大きいと考えられる。ソフトウェア開発を工程別に見てみると、日本企業の場合は、ほとんどが「詳細設計」、「プログラム設計」、「単体試験」というソフトウェア開発の中でも特に労働集約的な工程を中心に委託しているのに対し、米国企業の場合は、「要件定義」、「基本設計」、「結合試験」という高度なマネジメント能力が求められる工程を含めた幅広い工程を委託している(図表1-2-50)。委託されるソフトウェアの種類についても、日本では、業務系アプリケーションや組込系アプリケーションの割合が特に高いのに対し、米国ではそれらのソフトウェアに加えて、OSやパーソナル・ビジネス系アプリケーションの割合も高くなっている(図表1-2-51)。米国企業が委託先企業の選定に当たって技術力や開発実績を重視する傾向にあるのは、以上のように、高度な工程を含む幅広い開発委託ニーズを満たす必要があるためと考えられる。 図表1-2-50 日米のオフショア開発において対象となっている業務範囲(複数回答) 図表1-2-51 日米のオフショア開発において対象となっているソフトウェアの種類(複数回答) B BPOの進展  グローバルな情報通信ネットワークの整備の進展に伴い、企業は情報通信ネットワークを利用した効率的な国際分業体制の構築に取り組んでおり、BPO(Business Process Outsourcing)として、情報通信システムの保守・運用、コールセンター、顧客管理、データ入力等の業務を海外にアウトソーシングする動きが広がりを見せている。 (A)海外へのBPOの実施状況  日本企業が海外にBPOをどの程度実施しているのかを見ると、現時点で海外にBPOを実施している企業は非常に少ない。上場企業を対象としたアンケート調査の結果では、回答した企業のうち、海外へのBPOを「行っている」と回答したのは2.0%であり、「今後行う予定」、「行うことを検討中」を含めても7.6%にすぎない。一方、「検討もしていない」企業は約9割を占めており、現時点では、日本企業においてBPOを活用しようという動きは必ずしも顕在化しているとはいえない(図表1-2-52)。 図表1-2-52 上場企業における海外へのBPO実施状況  また、委託業務の種類については、実施していると回答した企業と今後行う予定あるいは行うことを検討中と回答した企業と合わせて見てみると、「ICTシステムの運用・保守」、「設計」、「コールセンター・テレマーケティング」及び「顧客管理」の割合が高くなっている(図表1-2-53)。 図表1-2-53 上場企業で海外へのBPOを実施・予定・検討している企業の対象業務  アンケート調査に回答した日本の上場企業が海外にBPOを実施するに当たりどのような課題があるかを見ると、「言語問題」、「情報セキュリティ等の不安」、「提供されるサービス品質に不安」等を挙げる企業の割合が多い。ソフトウェアのオフショア開発における課題と同様、BPOに関しても言語や品質に対して不安を感じる企業の割合が多いことが分かる(図表1-2-54)。 図表1-2-54 上場企業が海外へのBPOに取り組む上での課題(複数回答) (B)インドにおけるBPO受託の現状  日本企業の海外へのBPOが現時点ではあまり進んでいない一方、世界に目を向けると、BPOの受託が急拡大している国がある。その代表例が、オフショア開発の受託でも急拡大しているインドである。  2002年度(平成14年度)以降のインドの情報サービス輸出の推移を見ると、ITサービスが一貫して最も大きいものの、BPOも急増しており、2002年度(平成14年度)の25億ドルが2006年度(平成18年度)には3倍強の83億ドルになると予測されている(図表1-2-55)。 図表1-2-55 インドの情報サービス輸出の推移  2005年度(平成17年度)のインドのBPOの委託元としては米国が約70%を占めており20、また、2005年度(平成17年度)のインドの情報サービス輸出におけるBPOの内訳を見ると、「顧客対応サービス」の割合が最も大きく、次いで、「財務・会計」、「人事管理」となっている(図表1-2-56)。 図表1-2-56 インドから輸出されたBPOの内訳(2005年度) 1 NTTは、2006年度(平成18年度)の米国証券取引委員会への年次報告書で「海外顧客への売上高は全体売上高に重大な影響を及ぼすほどの規模ではない」としている 2 ITU-T勧告 Y.2001 3 Metropolitan Area Networkの略で、LAN(Local Area Network)よりも広域のネットワークであることを表す 4 平成19年3月時点では、YOZANが東京の一部地域において4.9GHz帯でWiMAXによる商用サービスを提供している 5 平成18年3月から、総務省情報通信審議会情報通信技術分科会広域移動無線アクセスシステム委員会において検討が重ねられている 6 Generation(世代)の略 7 3Gとモバイル・ブロードバンドは、ITUの定義によれば対象が異なる。3Gには「W-CDMA」、「CDMA2001 EV-DO」及び「CDMA2000 1x」の三つの方式が含まれるのに対し、モバイル・ブロードバンドには「CDMA2000 1x」方式は含まれない 8 「NHKデジタル放送 ハンドブック」 9 ISDB-T:Integrated Services Digital Broadcasting-Terrestrial 10 DVB-T:Digital Video Broadcasting-Terrestrial 11 ATSC:Advanced Television Systems Committee 12 T-DMB:Terrestrial-Digital Multimedia Broadcasting 13 DVB-H:Digital Video Broadcasting for Handheld 14 World Bank(2005) 15 IBM(Annual report 2006)、オラクル(Oracle India Factsheet)、EDS(Annual report 2006)、Microsoft(Microsoft Indiaプレスリリース2006.9.28)、Intel(Intel Indiaホームページ) 16 NASSCOM「Strategic Review 2007」。この数字にはdiplomaとdegreeの両方を含む 17 NASSCOM「Strategic Review 2007」。情報通信産業の就業者数の推移は、2004年度約105.8万人、2005年度129.3万人、2006年度163万人(推計) 18 Aspray, Mayadas and Vardi(2006) 19 2006年(平成18年)日本語能力検定の海外における総受験者数約36.4万人の国別内訳では、中国における受験者数が16.5万人(45.4%)と最も多くなっている。ちなみに、インドは約5,000人(1.5%)で、韓国、台湾、香港、タイ、ベトナム、インドネシアよりも少なくなっている 20 Electronics and Computer Software Export Promotion Council「Statistical Year Book 2005-2006」