3 情報通信産業の競争力強化に向けた課題 (1)ICT企業の海外進出度と収益性 ア 世界の地域別ICT企業の海外進出度  世界における我が国市場の割合が低下し、成長率も世界市場に比べて低くなっている現状において、今後も日本のICT企業が成長を持続するためには、積極的な海外での事業展開が必要である。情報通信関連の製品やサービスについて、自地域内市場と自地域外市場における市場シェアの関係を見ることにより、各地域企業の海外進出度の特徴が明らかになると考えられる。そこで、以下は、横軸に自地域市場における当該地域企業のシェアを、また、縦軸に自地域外市場における当該地域企業のシェアをプロットした図表から、世界の各地域企業の海外進出度の特徴について考察する。 (ア)日本企業  日本企業については、インフラソフトウェア、プロセッサー、LANスイッチ、アプリケーションソフトウェアといった北米企業が世界中で圧倒的優位に立っている一部の製品を除いては、いずれも国内市場でのシェアは30%を超えている(図表1-2-3-1)。 図表1-2-3-1 自地域内/自地域外別に見た日本企業の市場シェア  しかしながら、国外市場において20%以上のシェアを有している製品は、いずれも国内市場において70%以上のシェアを有するもの(コピー機、プラズマテレビ、液晶テレビ、オプトエレクトロニクスデバイス、ディスクリート半導体、プリンター)のみである。また、国内市場で70%以上のシェアを有する製品・サービスであっても、国外市場においては10%未満のシェアにとどまっている製品・サービスも多い。さらに、国内市場におけるシェアが70%未満になっている製品・サービスについては、ほとんどが国外市場では10%未満のシェアにとどまっている。  日本企業の海外進出が進まない要因としては、第一に規模の経済性の問題が指摘できる。新規市場への参入にはまとまった先行投資が必要となるため、事業規模が重要な競争要因となる。国内市場では日本企業が高いシェアを占めている製品・サービスが多いが、参入企業数は多いため、1社当たりの事業規模は必ずしも大きくない。また、日本企業は複数の事業部を1社で抱えていることが多いため、各事業部が投資できる予算規模も限られているという指摘もある。日本が国レベルで海外企業と競争する際には、事業再編の加速や提携の促進等による規模の経済性を追求する必要があると考えられる。  第二に、日本企業の傾向としては、製品・サービスの品質や機能面での競争力を有しているとしても、海外進出に慎重であるということが考えられる。日本市場でシェアを獲得するためには、製品・サービスの品質や機能面で一定のレベルに達する必要があると思われるため、国内市場シェアが高い製品は、技術的には他の地域企業の製品と比較して十分に競争力を有しているものも多いと考えられる。国外市場での事業展開には、市場のニーズに合った製品開発・投入、販路の開拓といった技術力以外の面における課題の克服も重要であるが、戦略面の検討を踏まえて積極的に海外進出を図ることにより、国外市場でも現状以上のシェアを占めることが可能な製品もあると考えられる。 (イ)アジア太平洋企業  アジア太平洋企業については、域内市場の成長性が非常に高く、域外の企業にとっても魅力的な市場であることから、域内での競争が激しく、域内市場において70%以上のシェアを獲得できている製品は、デスクトップパソコンのみである(図表1-2-3-2)。 図表1-2-3-2 自地域内/自地域外別に見たアジア太平洋企業の市場シェア  しかしながら、アジア太平洋企業は、域内市場で70%未満のシェアにとどまっている製品・サービスであっても、メモリー、プラズマテレビ、液晶テレビ、PDA、携帯電話機、ノートパソコンでは、域外市場でも20%以上の比較的高いシェアを獲得しており、海外進出に慎重な日本企業と対照的といえる。  アジア太平洋企業の海外進出が日本企業と比べて進んでいる要因としては、アジア太平洋には国の数が多く、中国等の一部を除けば各国の国内市場の規模が小さいことから、海外進出に積極的な企業が多いこと、製品の技術力等の競争上の不利を市場ニーズに合わせた製品開発や販路の開拓といった販売・営業戦略でカバーしていること等が考えられる。アジア太平洋企業は、域内市場の成長性は高いことから、今後はまず販路面等での優位がある域内市場でのシェアを高めながら、技術面での競争力も高め、一層の世界市場への進出を図ってくる可能性も考えられる。 (ウ)北米企業  北米企業については、メモリー、オプトエレクトロニクスデバイス、液晶テレビ、プラズマテレビといった、世界中で日本やアジア太平洋企業の優位性が高い製品においては域内市場シェアが30%を下回っているものの、その他の製品・サービスではいずれも30%以上のシェアを占めている。多くの製品・サービスで域内市場シェアが高いという点では、日本企業と似ている傾向がある(図表1-2-3-3)。 図表1-2-3-3 自地域内/自地域外別に見た北米企業の市場シェア  しかしながら、海外進出の状況を見ると、日本企業とは明らかに傾向が異なっており、域内市場でシェアが低い製品・サービスであっても域外市場でのシェアが伸びる傾向にある。域内市場においてシェアが70%以上の製品・サービスについては、プロセッサー等多くの製品・サービスで、域外市場において40%以上のシェアを獲得し、世界中で圧倒的な優位性を築いている。さらに、域内市場シェアが70%に満たない製品・サービスについても、メモリー、ノートパソコン等多くの製品・サービスで、域外市場においても20%以上のシェアを獲得している。  日本企業と北米企業との差は、日本企業が多くの場合、海外進出に慎重であり、進出するとしてもまず国内市場で優位性を築いてから海外展開を図ろうとするのに対し、北米企業は市場参入時から世界市場を見据えて事業展開を行っているという点にあると見られる。世界市場参入に対する考え方の違いは、今後も企業の競争力に大きな影響を与えるものと考えられる。 (エ)西欧企業  西欧企業については、域内市場が北米市場と並ぶ大規模市場であり、域外企業の参入も多いことから、西欧企業が域内市場において70%以上の市場シェアを占める製品は、モバイルインフラのみである。しかしながら、携帯電話機については、域内市場シェアが70%未満ながら、域外市場では、40%以上のシェアを有しており、世界で高いプレゼンスを示している。光伝送システムについても、域内市場シェアが70%未満ながら、域外市場では、20%を超えるシェアを有している(図表1-2-3-4)。上記3品目以外では、域内市場で70%を超える製品・サービスも、域外市場で20%を超える製品・サービスもない。 図表1-2-3-4 自地域内/自地域外別に見た西欧企業の市場シェア  海外進出について日本企業と比較すると、西欧企業では、域内市場でのシェアが70%未満の製品・サービスのうち、域外市場で10%以上のシェアを有している製品・サービスがアプリケーションソフトウェア、PDA、メモリー等5品目あるのに対し、日本企業では、そのような製品・サービスは1品目(メモリー)に過ぎないことから、西欧企業は、世界でのプレゼンス自体はそれほど高くないながらも、日本企業に比べて自地域内外での事業展開のバランスは取れている傾向にあるといえる。 イ 収益力から見た我が国ICTベンダーの国際競争力 (ア)世界の主要ICTベンダーの売上高・営業利益額上位企業  世界の主要ICTベンダー12の売上高、営業利益額の上位企業を見てみると、売上高上位20社に占める日本ベンダーの数は7社に上り、各ベンダーとも世界的に見て非常に大きな売上高を上げていることが分かる。一方、営業利益額上位20社に占める日本ベンダーの数は、わずか2社にとどまっており、売上高の大きさが必ずしも営業利益額の大きさにつながっていないことが分かる(図表1-2-3-5)。 図表1-2-3-5 売上高及び営業利益額から見た世界のトップICTベンダー  一方、売上高上位20社に占める米国ベンダーの数は7社、また、営業利益額上位20社に占める数は12社であり、米国ベンダーは、売上高が大きい企業において営業利益額も大きい傾向があることが分かる。 (イ)日米の主要ICTベンダーの営業利益率  1997年度から2006年度までの日本と米国の主要ICTベンダーの営業利益率の推移を見ると、米国は、ITバブル崩壊の影響が大きかった2001年度(平成13年度)に落ち込みが見られるものの、毎年10%を上回って推移しているのに対し、日本は、毎年5%以下という低水準での推移が続いている(図表1-2-3-6)。 図表1-2-3-6 日米の主要ICTベンダーの営業利益率の推移  また、この間の日本ベンダーの平均営業利益率は3.8%、米国ベンダーの平均営業利益率は14.2%であり、米国ベンダーの収益力は、日本ベンダーの収益力の約3.5倍となっている(図表1-2-3-7)。 図表1-2-3-7 日米の主要ICTベンダーの平均営業利益率(1997〜2006年度) (ウ)日米の主要ICTベンダーの海外事業における収益力  日本においては、今後、少子高齢化が進み、人口減少が加速していくと予想される。このような状況は、すなわち、我が国の国内需要が比較的低成長にとどまることを示しており、日本ベンダーが持続的に収益を確保していくためには、海外、とりわけ高い成長を遂げて市場が拡大していくと予想される国々での収益力を高めていくことが必要不可欠となる。  2006年度(平成18年度)における日本と米国の主要ICTベンダーの海外での売上高比率を見ると、日本ベンダーは43.4%、米国ベンダーは52.3%となっており、両国とも売上高の約半分は海外事業によるものである(図表1-2-3-8)。一方、海外での営業利益比率について見ると、日本ベンダーは17.7%、米国ベンダーは49.1%となっており、日本ベンダーの営業利益は国内事業に大きく依存している傾向があることが分かる。一方、米国ベンダーは、海外売上高比率、海外営業利益比率ともに約5割であることから、国内事業と海外事業のどちらかに依存するのではなく、双方のバランスが取れていると見ることができる。 図表1-2-3-8 日米主要ICTベンダーにおける売上高及び営業利益額の地域別構成比(2006年度)  次に、2006年度(平成18年度)における日本と米国の主要ICTベンダーの国内・海外事業における営業利益率をそれぞれ見ると、日本ベンダーの国内事業の営業利益率は6.4%、海外事業の営業利益率は1.8%であったのに対し、米国ベンダーの国内事業の営業利益率は15.6%、海外事業の営業利益率は13.7%となっている(図表1-2-3-9)。 図表1-2-3-9 日米主要ICTベンダーの国内/海外別売上高営業利益率(2006年度)  つまり、米国ベンダーは、国内事業、海外事業の双方においてバランスよく売上及び営業利益を上げ、その営業利益率も、国内事業、海外事業ともに10%を超えている。  一方、日本ベンダーは、国内事業、海外事業の双方においてバランスよく売上を上げているものの、営業利益は、その約8割を国内事業に頼っているという国内依存の傾向がある。さらに、営業利益率は、米国ベンダーと比較して低水準であり、とりわけ、海外事業の営業利益率が非常に低いという状況にある。  したがって、日本ベンダーは、海外事業における低い営業利益率を高め、営業利益の国内依存体質を是正することにより、企業全体としての収益力の向上を図ることが重要な課題であるといえる。さらに、海外事業のウエイトを高めることは、国内の景気変動に左右されない安定した収益基盤をもたらすとともに、今後、需要の縮小が見込まれる国内市場に代わり、大きく拡大すると予想される市場での需要獲得が可能になると考えられる。こうした点からも、海外事業における収益力の向上は、日本ベンダーが国際競争力を高めていく上で非常に重要であるといえる。  日本企業と米国企業との海外事業における収益性の違いは、マーケティング活動の効率の違いが影響していると考えられる。一般に、既存顧客との関係が確立されている市場と、確立されていない市場とでは、製品・サービスの販売に必要なマーケティング活動に大きな違いがある。既存顧客との関係が確立されている市場においては、既存顧客のニーズが分かっていることが多く、また、製品・サービスの提案も行いやすい。したがって、特別なマーケティング活動を行わなくとも、販売コストは比較的低くなり、収益性は高くなる傾向にある。既存顧客との関係が確立されていない市場においては、十分な関係が築けていない不特定多数の顧客ニーズを的確に把握するとともに、ニーズに合わせて最適な提案を行うことのできる提案力が重要となる。海外進出で先行した米国企業は、先行者のアドバンテージを生かして、収益性を高めていると考えられる。今後の海外事業展開に当たっては、既存顧客の有無に左右されにくいマーケティング戦略の確立が課題であると考えられる。 12 2006年度(平成18年度)の連結売上高が、日本では1兆円以上、海外では80億ドル以上のICTベンダーを対象としている